救える者になるために(仮題)   作:オールライト

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どーも、オールライトです。
自分のネーミングセンスと真剣に向き合わなければならないと感じる今日この頃(二回目)
長くなりましたが、いよいよトーナメント開始ですね。
もろもろの事情により一部の試合がすっ飛ばされたりギャグで終わったりしますが、そこは勘弁願いたく思います。
てなわけで最初からクライマックスな24話です、どーぞ!


第二十四話 ヒーロー 上

雄英高校体育祭最終種目、その内容はガチンコのトーナメント。

相手を場外に出すか、行動不能にするか「参った」と言わせるかのどれかの条件を満たせば勝利となる、できる限り実践に近づけた種目だ。

もちろん、命を奪うような…プレゼントマイクの言葉を借りれば『クソ』な場合は審判のミッドナイトおよびセメントスの止めが入ることになっている。

そんなマジな勝負なだけに、選手の緊張感も例年の比ではない。

それを考慮してか、選手たちにはそれぞれ個別の控室が用意してある。

さすがに16人分とまではいかないが、試合前の選手二人分の控室が用意してあるため、選手の入れ替わり立ち代わりはあるものの、一人で集中する分には十分すぎる空間が用意されている。

その控室の内の一つでは、テレビから発せられるどこか雑音混じりな音声がそれなりの広さの個室に響いている。

そこそこの歓声と健闘をたたえるかのような拍手。

それに交じって、ちょっとテンションが低めなプレゼントマイクの声が聞こえてくる。

おそらくは、控室でも相手の試合が見えるようにこのテレビが備え付けてあるのだろう。

だが、肝心の控室で控えている選手はこのテレビにまったく視線を送っていない。

 

 

机も椅子も、およそ部屋にあるものすべてをわきへと追いやり、上半身裸で部屋の中央へと立っているその少年、五十嵐衝也はいつになく真剣な雰囲気を漂わせていた。

 

(肩幅に足を開いて…正中線、特に丹田を意識し、空気を…一気に吐き出す…)

 

「っふぅぅぅぅぅぅ…」

 

瞼を閉じ、彼が息を吐き出すと同時に、彼の綺麗に六つに割れた腹筋が一気に引き締まっていく。

それを皮切りに、徐々に徐々に彼の鍛え抜かれた筋肉がより一層引き締まり、その形を際立たせていく。

数秒か、あるいは数十秒か、彼の息を吐く音がしんとした控室に消えていく。

そして、彼はようやく息を吐くのをやめ、ゆっくりと自身の瞼を開いた。

 

「…んー、ダメだなぁ、いまいちこう…パッしない。いつもこれやると身体が軽くなるんだけどなぁ。」

 

そういって、衝也はいまいち納得がいかないという風に首をかしげた。

先ほど彼がやった呼吸方は簡単に言えば一種の精神統一方法の一つである。

正中線や丹田に意識を集中し、息を吐くことで心を落ち着かせたり、体内機能の調整を行い、全身の入り過ぎた力を緩ませ、本来の自分の実力を引き出すための呼吸法。

少なくとも彼はそう教わった(・・・・)

実際、彼も何度かこの呼吸法をしたおかげで肩の力が抜けたり、余計な考えが頭から抜け落ちたりして、自然と身体が軽くなっていたため、おのずと特訓の前や入試の前、テストの時など自身にとって大事な場面の時に使うようになっていた。

だが、今回はなぜかいつものようにうまくいかない。

どうにも、身体の余計な力みが取れないのだ。

ここに入って軽く身体を動かして以降はひたすらこの呼吸法を繰り返していたというのに、である。

 

「意識の集中が足りねぇのか…。うーん、爺様(・・)からのお墨付きももらえてたし、うまくやれてると自負してたんだけど…」

 

そうつぶやき、軽く首に手を当ててひねったり回したりを繰り返す。

そして、隅に避けてある椅子に掛けてあった体操服とジャージをいそいそと着始めた。

その途中、ちらりと視線をテレビへと送る。

備え付けのテレビには健闘を讃える拍手をその身に浴びている緑谷の姿が映し出されていた。

どうやらあのエセヘタレ野郎(衝也命名)は無事一回戦を突発したらしい。

 

(…おめっとさん緑谷、とりあえずは一回戦突破だな。)

 

軽く笑みを浮かべながら画面の向こうにいる友人に賛辞を送る衝也だが、すぐに視線をテレビから外し、表情を曇らせる。

友達の勝利が嬉しくないわけではない。

だが、正直今の衝也には、あまり他人を心配できる余裕がないのが現状なのだ。

 

(にしても…意識の集中がこれほど乱れるとはなぁ…それほど緊張してる…ってことなのかもな。いや、あるいは迷いか…それとも両方か…たぶん、後者なんだろうなぁ。)

 

袖に腕を通しながら、衝也は思考の海に身を投じていく。

そう、自分はおそらく、過去のどの場面よりも今緊張している。

その理由は、言うまでもなく、一回戦の相手が『あの』轟焦凍だからだ。

1-Aの皆から満場一致で『クラス最強』と認められている轟。

衝也としては『戦闘』という面に関しては爆豪も負けていないと考えているが、統合的に考えてみればもちろん轟の方が上だと断言できる。

というか、爆豪は戦闘センスと精神力以外のすべてがヒーローとして及第点以下に見える。

その及第点を決めるのは衝也ではないので深くは言わない。

というか、今こうして偉そうに及第点だなんだほざいている衝也自身も爆豪とそう変わらないだろう。

とにかく、およそこの学園祭に参加している一年生の中でも間違いなくトップクラスには入るであろう実力を備えていると轟を評価している。

クラス最強の称号がつくのも納得の強さだ。

だが、衝也が緊張しているのは…一回戦でいきなりその最強と当たってしまったから

 

ではない。

確かに一回戦でいきなり当たってしまったということに驚きはした。

衝也の気分的には、もっと終盤で当たりたいと思っていたから。

だが、緊張している理由はもっと別の方向にあるのだろう。

そこまで考えた衝也の脳裏に浮かぶのは、白い部屋にあるベッドの上で、悲しそうに窓の外を見つめる一人の女性。

頬が少し痩せ、病的に白すぎる肌が特徴的なその女性の愁いあるその顔。

それを思い出した瞬間、衝也の心がより一層強い音を発し始める。

うすうすはこれだと思ってはいたが、この心臓の高鳴りを鑑みるにどうやら本当に『これが』緊張の原因らしい。

 

(…そりゃそうか、今の俺はただ戦う(・・・・)わけじゃねぇんだもんな。)

 

そして、同時に迷ってる。

この事に自分が首を突っ込んでいいのかどうかに。

これはただの自分の独りよがりなおせっかいなだけであって、本人にとっては有難迷惑な行為なのかもしれない。

もしくは、衝也が何もしなくても、彼も彼女も勝手に救われるかもしれない。

もしかしたら、自分よりうまく彼らを救ってくれるヒーローのような存在が現れるかもしれない。

そんな考えが、ぐるぐると衝也の頭の中を駆け巡り、それがさらに衝也の頭を悩ませた。

 

「…あー、やだやだ…俺ほど緊張なんて言葉が似合わない男はいないってーのに。」

 

そういって思わず苦笑を浮かべてしまう衝也。

いつもへらへら笑ってバカをやって、緊張のきの字も感じさせない。

それが客観的に見た衝也のイメージだ。

だが、本質的な部分は違う。

本当の自分はいつだって臆病だ。

こうして、誰かを救うことにためらいを覚えてしまう程度には。

誰かを救うことが怖い、その誰かを救えなかった時、どれほど自分の心が苦しむのかを知っているから。

誰かを失うことが怖い、大切な人を失うと、心がどれだけむせび泣くかを知っているから。

そう、いつだって彼は怖がりで、臆病で、でも…それでも誰かを失わないように強くなろうと決めた。

誰かを救うことができる、ヒーローのような存在になろうと決めた。

そのために、湧き出る恐怖から、不安から自分を欺くためにへらへら笑ってバカをやっているのだ。

だが、それでも不安がなくなるわけでも、恐怖が消えるわけでもない。

笑顔の裏に、不安と恐怖を抱えていても、それでもなお人を救う。

だからこそヒーローは英雄(ヒーロー)と呼ばれるのだろうと、こういうとき衝也は改めて感心してしまう。

そして同時に、自分はまだまだヒーローには手が届かないことを痛感してしまう。

 

「けど…あきらめるわけにもいかんのよなぁ。」

 

そう呟く衝也の脳裏に浮かぶのはとある女性のセリフ。

その女性は自分にとって、最も身近に居てくれた人。

その女性は自分にとって、最も大切だった人。

その女性は自分にとって、最高のヒーローだった人。

 

『いいかい衝也?救うという『行動』が重要なんじゃない。救いたいと『想う』ことが一番重要なんだ。誰かを救うのがヒーローなのではなく、誰かを救いたいと想うのがヒーローなんだよ。だから、衝也は、一度救いたいと想った人がいるのならその人にどんなことを言われようが、何が何でも救ってあげるんだ。たとえそれが、自分の身勝手な想いの押し付けだとしても。

例え相手から感謝されなかろうができないと頭の中で思おうが、自分のその救いたいという気持ちに、嘘をついちゃだめだからね!』

 

自分が知る中で、最も強く、最も勇敢で、そして誰よりも優しかったそのヒーローは自分の信念を最後の最後まで貫き通していた。

自分の心のうちにある救いたいという想いから、目を逸らそうとしなかった。

そんな姿に、自分はどうしようもなく憧れた。

今の自分があるのはそんな彼女(・・)を知っていたからだ。

自分がヒーローを目指したのは、彼女(・・)の言葉があったからだ。

自分が強くなれたのは、彼女(・・)の消えない後ろ姿があったからだ。

 

「俺自身の救いたいって気持ちに…目を逸らすわけには、行かないもんな…!」

 

迷いが消えたわけではないし、緊張がなくなるわけでもないし、不安も恐怖もいまだなくなったわけでもない。

だが、衝也は知っている。

誰かを失うつらさを知っている。

誰かを救えない苦しみを知っている。

 

そう、知っているから、衝也は轟を救いたいのだ。

 

余計なお世話と言われようが、相手から嫌われようが、そんなものは知ったことではない。

それでも、自分の気持ちから目をそらさないのが、自分の知るヒーローなのだから。

 

「さてと…んじゃ、そろそろ小難しいこと考えるのはやめにするか。いくら考えようが何しようが、結局やることは変わらんわけだし。とりあえず今はただ

 

救う(目の前の)ことだけ考えよう。」

 

そう呟いた衝也は、ゆっくりと体操服のファスナーを閉めていく。

その顔には、もう迷いも緊張も一切感じられていない。

 

救う覚悟を決めた男の揺らがぬ想いがその表情に浮かんでいた。

 

「悪いな…轟。てめぇのことは、ほとんど何も知らねぇし、お前の気持ちも想いも何一つわからねぇ。

これは俺の単なる身勝手なわがままで、余計なおせっかいみたいなもんだ。

だが、それでも…

 

救わせてもらうぜ?それが俺の知るヒーローってやつだからよ。」

 

そういって握りしめられた拳を手のひらに打ち付け、衝也は笑う。

いつも通り、へらへらと、お調子者を演じてく。

そのお調子者の笑顔もまた、自分の憧れたヒーローの姿なのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟焦凍は、今猛烈に不機嫌だった。

恐らくは人生で一番機嫌が悪い日と言っても過言ではないほど、彼の心は荒れに荒れまくっていた。

実際、控室においてある机や椅子、果てはロッカーまで、部屋にあるものが一つ残らず氷漬けにされている。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…くそ!!」

 

荒く息を吐きながらぎりぎりと歯ぎしりをする轟。

その表情は憤怒と呼ぶにふさわしいほどの表情を浮かべている。

彼がここまで荒れている理由はつい先ほど起こったある出来事が理由にある。

それを知るには、少しばかり時間をさかのぼらなければならない。

 

 

『…』

 

トーナメントの組み合わせが発表され、レクリエーションも終わり、一回戦が始まったころ、轟は次の試合の準備のために自身の控室へと足を進めていた。

試合の相手が相手だけに、油断も慢心も一切できない。

 

五十嵐衝也。

 

この学年の中で自分と同等か、あるいはそれ以上の実力を秘めているかもしれない衝也。

普段のおちゃらけた言動からは想像もつかないほどの強さと、そして信念を持った少年。

USJの事件以来、轟の衝也に対する評価は大きく変わっていた。

それまではただの奇行の多いバカとしか認識がなかったが、今ではその認識を大きく覆されている。

冷静な判断力と卓越した戦闘能力、そして…誰かを救うことへの覚悟。

どれもヒーローとして必要なものであり、それを兼ね備えている彼に、轟は純粋に驚愕し、そして同時に尊敬した。

実際、実力も判断力もあるという点では轟とそう変わりはない。

轟は今までの訓練のせいもあってかそこらのビギナープロヒーローを超えるほどの実力を兼ね備えている。

だが、衝也のような、あそこまでの信念や覚悟があったかといえば…答えは否だ。

あそこまでボロボロになりながらも、自分の命を勘定に入れず最後まで誰かを守るために戦い抜く彼のその姿に、初めて轟は気圧された。

なまじ一番近くにいるヒーローがクズなだけにその思いは一層強く、それが衝也に気おされた一つの理由になったのかもしれない。

 

しかし、

 

『お前…やめたほうが良いと思うぞ。ヒーロー目指すの。』

 

そんな彼に、自身は否定されてしまった。

彼のそのたった一言の否定は、轟の心をわずかに乱していた。

理由は、彼自身もよくわかっていない。

だが、少なくとも、彼のその一言が心のなかで引っかかっているのは間違いないだろう。

出なければ彼と試合をする直前というこんな時に思い出してはいないはずだ。

非常に自分らしくないが、どうやら衝也の言ったことを、むやみやたらに切り捨てられずにいたのだ。

あるいは、心のどこかで…そのことに納得してしまっている自分が、いるのかもしれない

 

(…なんて、そんなわけないな。俺は、俺の『復讐』のために強くなってきた。そこに迷いがあったことなんて一度もなかったし、金輪際迷うことは一切ない。)

 

そういってわずかに頭を振って思考を強引に切り替える。

今はそんな些細な事も、衝也の否定のことも気にしているような余裕はないのだから。

 

本番直前までできるだけ集中を乱さないためにも、そして何より、彼の言葉を頭の片隅に追いやるためにも、なるべくならはやく一人になった方がいい。

自然と控え室へ向かう足取りもはやくなっていく。

そして、轟が長い無人の廊下を曲がった直後

 

彼の表情に、嫌悪と敵意の感情が浮かび上がった。

 

『……何の用だ。』

 

『…実の父親に向かって「何の用だ」か…。随分な口を利くな、焦凍。』

 

憮然とした、それでいてどこか呆れのある声色で轟の名を呼んだその男は、廊下の壁に寄りかかりながら自身の燃える髭を雄々しく揺らしている。

その体から発せられる威圧感と重圧が、否応なしに彼が並みの人間ではないことを認識させてしまう。

実際に、その男は決して普通の人間ではない。

 

No.2ヒーロー 『エンデヴァー』

 

この飽和したヒーロー社会に置いて、平和の象徴とうたわれるオールマイトに次ぐ名声と実力を持つ男。

柔和で温厚で、朗らかなオールマイトとは対照的に、

厳格で冷淡で、威圧的な雰囲気を纏う男。

その野心と実力を武器に、このヒーロー社会のトップを狙い、走り続ける男。

そして、

 

その野心の高さ故に、轟焦凍の人生を、自分の子供の人生すらも歪ませてしまった男。

 

 

『何の用かなど、貴様が一番よくわかってるんじゃないのか?』

 

『……』

 

そういってエンデヴァーは組んでいた腕をおろし、ゆっくりと寄りかかっていた廊下の壁から体を離して、未だに自分をにらみつけている轟の目の前に立った。

 

 

『障害物競争では一回戦の緑谷とかいう奴に出し抜かれ、騎馬戦ではその視野の狭さを利用されてハチマキを掠め取られる。結果こそ上位ではあるが、蓋を開けてみれば貴様はただただ醜態を晒しているだけだ…。』

 

その言葉と同時に、彼の燃え上がる炎が僅かに大きくなる。

それはまるで、エンデヴァーの苛立ちと怒りを現しているようにもみえた。

 

『仮に貴様が『左』の個性を使ったとしたら、少なくともあんな無様な試合をする羽目にはならなかっただろうな。』

 

『…ぇ』

 

『お前のその子供じみた反抗の結果がこの体たらくだ。期待の新星?学年一の実力者?焦凍、貴様まさか…たかだか学校という狭い環境の中でもてはやされ、自分は強者だと思いあがっているわけではあるまいな?』

 

『…せぇ』

 

『はっきり言おう、貴様は弱い。『右』はもちろん、仮に『左右』両方を使って戦ったとしても、まだまだオールマイトはおろか、ほかのプロヒーローどもにも劣る。学生である今はまだそれもよしとしよう。だが、今後もそうであるならばもう看過することはできんぞ?』

 

『…るせぇ』

 

『『生徒の中で』強者であったとしても意味がないのだぞ?俺が一体何のために貴様を育て上げたと思っている?すべては貴様の、オールマイトを越えるという義務を果たさせるためだ。あんな有象無象のような者どもに足元を掬われているようでは、オールマイトはおろかプロの世界で生き残ることすらままならなくなっていくぞ。

わかってるのか?貴様は俺の『最高傑作』だ。

ここまで貴様を育て上げたのが誰か、今一度よく』

 

『うるせぇんだよ!!』

 

『…ッ!?』

 

廊下へと響き渡る轟の怒号により、今まで説教を続けていたエンデヴァーの目がわずかに見開かれ、それと同時に開かれていた口が閉じられる。

轟とエンデヴァーの二人しかいない、狭く長い廊下に、轟の怒号が徐々に消えていく。

そして、響き渡る怒号が完全に止んだあと、轟は目の前でこちらを見下ろしているエンデヴァーの横を、足早に通り過ぎていく。

その顔はエンデヴァーの方には向けられず、ただただ前へ向けられていた。

彼とは、視線を合わせようともしていない。

 

『口を開けばてめぇはいつもそればかりだ…ほかに言うことがないのかてめぇは…。

いいからてめぇは黙ってみてろ…俺は、闘いでてめぇの力は使わねぇ。

お母さんの力だけで、俺は戦い抜いて見せる。』

 

そういって轟は振り返ることなく控室へと歩いていく。

その背中には、エンデヴァーにたいする拒絶と憎悪が漂っているように見える。

その様子を目だけで追っていたエンデヴァーは視線を再び前へともどし、視界に薄暗い廊下を写しながら、はっきりと轟に向けて言葉を紡いだ。

 

『そうか、あくまで反抗を続ける気か…

 

 

 

ならば焦凍、貴様はヒーローを目指すのはやめろ。雄英からもそうそうに立ち去れ』

 

淡々と、それでいてどこか呆れを含んだような声色で放たれたその言葉に、轟の動きがピタリと止まる。

それに気づいているのかいないのか、エンデヴァーは轟へと振り返ることなく言葉を続けていく。

 

『貴様はヒーローがどんなものかをまるで理解していない。そんな奴がヒーローになったところで、オールマイトを超えることなどできん。むしろ社会において邪魔になるだけだ。そんな腑抜けがヒーローになれば俺の顔に泥を塗ることになるだけだ。

オールマイトを超えられもしないお前がヒーローになっても俺の野望は果たされん。』

 

『…』

 

『雄英には体育祭が終わった後、俺が直々に話をつける。この体育祭が最後の花だ。これまでのような醜態をさらすようなことはするなよ焦凍。』

 

そういってエンデヴァーはやはり振り返ることなく、廊下を歩き始める。

カツカツとエンデヴァーの靴音が自身から離れていくのを黙って聞いていた焦凍は、拳を固く握りしめ、ギリギリと歯ぎしりを立てる。

そして、去っていく自身の父の背中につぶやきを漏らす。

そのつぶやきに、ありったけの怒りと憎悪を込めながら

 

『てめぇが…俺の人生を、お母さんの人生を…自分の家族の人生を狂わせたてめぇが…ヒーローを語ってんじゃねぇよ…!』

 

そういって目の前の控室のドアノブを回し、部屋へと入ったあと、バタァン!

とそれこそドアが壊れるのではないのかというような勢いで扉を閉めた。

そのドアノブには、わずかに氷がまとわりついている。

 

轟が部屋に入った後、エンデヴァーは一瞬だけその扉へと目をやる。

 

『……』

 

その顔から呆れの感情が剥がれ落ちることはなく、揺らめく炎をより一層燃え上がらせながら、エンデヴァーは前を向きなおし、長い廊下をあとにする。

薄暗い廊下の中で、エンデヴァーの炎の明かりがゆらゆらと揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…これが、轟が控室に入る数十分前の出来事にして、彼がムカ着火ファイヤーしてしまっている原因である。

 

(クソッ…クソッ…クソッ!!何が『最高傑作』だ、何が『ヒーロー』だ!!お母さんをあれだけ傷つけて、人の人生を狂わせて…そんなてめぇが…ヒーローなんざ気取ってんじゃねぇよ!!)

 

心の中でぐるぐると渦巻くどす黒いものを消化するために、轟は手近にあったロッカーに思い切り拳を打ち付ける。

鉄板がへこむような音と拳に感じた鈍い痛みが轟に伝わってくるが、胸の内の憎悪も憤怒も消えることはなく、むしろより一層広く、激しく燃え上がっていく。

 

許せない

 

あれだけ自分の大切な人を傷つけておきながら、あれだけ自分の人生を捻じ曲げておきながら、あれだけ人の心に傷を負わせながら…それでもなおヒーローを気取るあの屑が。

そしてなにより

 

そんな屑が、自分のことを否定したことが、一番許せなかった。

 

(俺は、俺はあんな屑とは違う!あんな、あんな人間のクズみてぇな野郎に…俺を否定する権利なんざねぇだろうが!!)

 

心の中でそう悪態をつきながら轟は乱れてしまった息を整えようともせずに、勢いよく床へと胡坐をかいて座る。

 

(…どうでもいいんだ、あんなクソに否定されようがなんだろうが、どうだっていい。俺があいつに『復讐』出来さえすればそれでいい。あのクズがどれだけ否定しようがなにしようが、俺はお母さんの力だけであいつより上をいって…あいつを完膚なきまでに潰す!)

 

そうだ、どうでもいい、だれにどう否定されようが、自分は自分の復讐を信じて成し遂げればいいだけだ。

そう心の中で何度もつぶやきながら、轟はゆっくりと瞼を閉じる。

そして、燃え上がった憎悪と憤怒は、それを超える復讐心によって鎮火される。

自身の『目的』を再度自分に認識させた轟は、一度だけ大きく深呼吸をした後、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた。

その瞳に先ほどのような激情はみられず、代わりに暗く、深い『黒』が映し出されている。

 

(そうだ、あいつがどれだけ否定しようが、俺を認めなかろうが、それを上から力で押さえつけて、否定してやればいい。アイツが今まで俺や母さんにしてきたことと同じように…それが、それが俺の『復讐』だ)

 

ゆっくりと、轟は床から立ち上がり、控室の扉の方へと歩みを進めていく。

そして、瞳に闇の炎を灯しながら控室の扉へと手をかけた。

その心の内にあったはずの衝也の言葉は、彼の復讐という炎によって跡形もなく灰にされていた。

 

 

 

 

 

 

 

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一回戦を終え、保健室にいるリカバリーガールにて負傷した指を治癒してもらった後、緑谷は観客席へ半ば走るような形で向かっていた。

それは次に二人のどちらかと戦うことになるからということもあるが、一番は純粋なる好奇心だ。

一人はクラス最強とうたわれる実力者にして、心の内に自分の父親への復讐心を燃やす少年、轟焦凍。

彼の個性はその特性上か一瞬で勝負をつけてしまうことがほとんどで、あまりちゃんと見たことがない。

そのため、もし二回戦で当たった時のためにも、次の試合をみてきちんと研究しておきたかったのだ。

緑谷自身の個人的な見解だが、おそらくはこの試合、たとえ轟であったとしても一瞬で勝負がつくことはないと考えている。

 

(相手はあの五十嵐君…どう考えても一筋縄ではいかないはず…)

 

USJの時、その個性の秘めたるパワーをありありと見せつけた衝也。

その個性だけでも厄介だというのに、それを使いこなせるだけの技術がある。

さらに、この体育祭で緑谷自身が痛感した、彼の狡猾さと姑息さ。

聞くだけ聞くとけなしているようにきこえてしまうが、もちろん緑谷はそういった意味での評価はしていない。

ハチマキを横からかすめ取ったり、わざわざ敵の動きを止めていじらしくハチマキをとったり。

ずるがしこいというよりは汚く、それでいて一番手っ取り早く合理的な作戦を思いつくその姿は普段の陽気でおちゃらけな彼からは想像もつかない姿だ。

姑息だ汚いだ、正々堂々と戦えなどの文句をいう人間もいるかもしれないが、緑谷としてはそういったクレーバーな作戦を立案できる点は純粋に尊敬できる。

戦闘技術、判断力、思考判断等々…。

轟も、衝也も、どちらもすべての能力がほかの生徒たちから一歩抜きんでたところにいる。

緑谷から言わせてみれば、一回戦からいきなり最強決定戦の最終試合を見せられるようなものだ。

ましてや、その最強決定戦の勝者と自分が戦わなければならない。

そんな超大切な試合を見ないという選択肢など存在しないだろう。

いつの間にか半ばどころかマジで駆け出していた緑谷は、少し息を切らしながらも長い廊下を走り、観客席へとたどり着いた。

 

ザワザワと人の談笑や話し声が響き渡る観客席を緑谷はきょろきょろと見渡していく。

すると、観客席の前列に見知った1-Aの生徒たちの面々が座っているのが目に入った。

 

(!あそこだ!)

 

それをみた緑谷は座っていた人達に謝罪をしながらその前を通り、1-Aの集団席へと近づいていく。

 

「あー、デク君!オツカレー!」

 

「緑谷君、お疲れ様!素晴らしい戦いぶりだったな!あ、隣はもちろん開けてあるぞ!」

 

「あ、ありがとう二人とも!ごめんね、席とっといてもらって…」

 

緑谷が席に近づいていくと、それに一番初めに気が付いた麗日が軽く手を振りながら緑谷にねぎらいの言葉をかけ、それに続いて飯田も隣の席を指さして軽く眼鏡を光らせる。

そんな優しき友人二人にお礼を言った後、緑谷はそそくさと開けてもらっていた席に腰を下ろす。

すると、周りにいたほかのクラスメートも次々ねぎらいの言葉をかけていく。

 

「おーっす緑谷!一回戦、あんまし派手じゃなかったけど男らしいいい試合だったぜ!」

 

「お疲れ様緑谷ちゃん、指の具合はどう?試合に勝つのはいいけれど、あまり無理してけがを増やしちゃだめよ?」

 

「つーかおめぇ、指だけであんな威力って反則だろー、オイラのモギモギと個性交換しようぜ?」

 

切島、蛙吹、峰田などそれなりに付き合いのある人達から褒められたり、心配されたりされ、どことなくむずかゆくなりながらもひとりひとりにお礼を返していく緑谷。

そんな緑谷に、尻尾を揺らしながら尾白がゆっくりと近づいていく。

 

「あ、尾白君…」

 

「おめでとう緑谷、最初受け答えしたときはひやひやしたけど、ギリギリ勝ってくれてうれしかったよ。ごめんな、俺の分まで。」

 

「!う、ううん!そんな、あの試合に勝てたのはむしろ尾白君のおかげだよ!こちらこそありがとう!」

 

そういってあたふたしながらもお礼を言う緑谷を見て軽く笑みを浮かべる尾白はスッ…と手のひらを前に突き出した。

それに一瞬キョトンとした緑谷だったが、すぐに意図が分かり、慌てた様子で、しかしがっちりと彼の手のひらを握り返した。

 

「ありがとな緑谷。次の試合、つらいだろうけど頑張れよ。」

 

「う、うん!頑張るよ、尾白君もありがとね!」

 

そういってどちらからともなく手を離した後、緑谷は改めてステージの方へと視線を向ける。

どうやら試合はまだ始まってないらしく、ステージにはまだ轟も衝也も、誰もたっていない。

試合開始前に何とか間に合ったことにひそかに安堵のため息を緑谷が漏らす。

 

「緑谷オツカレー。すごいじゃんさっきの試合、豪快な背負い投げだったよ。」

 

「あ、耳郎さん…。いや、正直僕も無我夢中だったから、そんなに褒められたような物じゃなかったんだけど。」

 

「でも勝ったんだから結果オーライじゃん。それに、そこまで卑下するような試合じゃなかったと思うよウチは。」

 

「あ、ありがとう…。」

 

そんな緑谷に蛙吹と上鳴に挟まれている耳郎がパタパタと手を振りながら声をかける。

彼女の言葉に軽く照れ笑いをしながらそう答えた緑谷はゆっくりと改めて席へと座りなおす。

それと同時に、耳郎の隣にいた上鳴が両手を頭の後ろにやって感慨深そうにつぶやいた。

 

「にしても、一回戦からいきなり轟と衝也が対決かぁー。なんつーか、いきなり決勝戦見てるみたいだよなー。」

 

「かもねー。五十嵐も轟も二人ともめちゃつよだもん。」

 

上鳴のつぶやきに同調するように芦戸がうなずくと、それに続いてほかのみんなも口々に同調し始めた。

 

「確かに、このクラスでも実力の高いお二方の対戦…それだけに見る価値も大きいですわね。」

 

八百万のその言葉を聞いて、葉隠がふと何かを想ったのか手袋で表されている指を(おそらくは)額の方へと押し付けた。

 

「でもさ、ぶっちゃけ五十嵐君と轟君ってどっちが強いのかなぁ…そーだ!爆豪はどっちが強いと思うの?」

 

「んなこと関係ねぇよ。どっちも俺がぶっ殺す、それだけだ」

 

「だめだ会話にならない。」

 

「ああ!?んだこのクソ透明野郎!てめぇが勝手に聞いてきたんだろうが!?」

 

「ちょ、野郎ってなにさ野郎って!私は野郎じゃなくて女ですぅ!」

 

「そんなのわかるわけねぇだろ!顔も何も見えねぇんだから性別もくそもねぇだろ!」

 

「私の胸にある立派な母性の象徴が見えないの!?言っとくけど私飛んだら揺れるんだからね!ほら、ほら!!」

 

どちらが強いかを聞いたはずがしょうもない喧嘩に発展してしまった葉隠と爆豪。

葉隠に至ってはぴょんぴょんとはねながら爆豪にその揺れる果実を見せつけており、ちょっと年頃の女の子としてはアレな行為を繰り返していた。

それをみて峰田がぎらついた目をしながら鼻血を垂れ流しているが、それすらお構いなしといった感じである。

それに見かねた尾白が必死に葉隠をなだめている中、砂籐は顎に手を添えながらほかのクラスメートへと疑問を投げかけた。

 

「だけど確かに葉隠の言う通りちょっと気になるよな。轟はまさしくクラス最強って感じだけどよ…正直五十嵐は最初の屋内戦の時はすげぇって思ったけど、それ以外はあんまその…ぱっとしないっつうか…」

 

「バカっぽいから強く見えないよね、実際バカだし五十嵐君。」

 

砂籐が言いにくそうにしていたことをバッサリと言い放つ葉隠は本人が聞いたら間違いなくキレるであろうことを平気で口にする。

その様子に思わず苦笑いを浮かべてしまう緑谷だが、対する上鳴は腕を組んで真剣に悩み始めていた。

 

「んー、確かに時々アイツが才能マンだってこと忘れる時があるなー。いつだかあいつテニスボール持ちながら『おい上鳴、瀬呂、切島、ミントンしようぜ!』って言ってきたときは本当にバカだと思ったし…」

 

「…あの、上鳴さん?私の記憶が確かなら、バトミントンとは羽をついて戦うスポーツだった気がするのですが…?」

 

「あいつ曰くテニスとバトミントンはラケット使うから同じような物らしいぜ?」

 

上鳴のその言葉を皮切りに出るわ出るわ衝也の奇行エピソード。

ある時は相澤の椅子にブーブークッションを、本人がいる前で置こうとしていたり、

キックベースは野球のベースを蹴って野球をするものだと思ってたり、

相澤先生の普段巻いている特殊な拘束具を全部瀬呂テープに変えてやろうと画策したことがあったりと

この短い期間の間でかなりのバカをやってきてる衝也を見ていると、どうにも『強い』というイメージがわいてこないのだ。

 

その話をあらかた聞いていた面々は一様に押し黙ってしまい、その静寂を破るかのように八百万が口を開いた。

 

「や、やはり轟さんの方が強いのかもしれませんね。」

 

「だねぇ…いくら五十嵐でも轟には勝てないでしょー。」

 

「単純にイメージがつかないな、五十嵐が轟に勝つ姿が。」

 

八百万に続いて芦戸や常闇がうなずいているが、対照的に上鳴や瀬呂、障子などは彼らの言葉に少しばかり反論し始める。

 

「いやいや、俺が言いだした手前あれだけど衝也ってああ見えて色々考えてるやつだぜ?な、瀬呂。」

 

「だなー。トレーニングの時もそうだけど、あいつってああ見えて結構自分にストイックなところあるんだよ。そういう姿を見てると一概にただのアホとは言いづらいっつーかさ。」

 

「俺も二人に賛成だ、あいつはああ見えて俺達の中の誰よりも芯の通ってるやつだと俺は思う。」

 

いつの間にか轟派と衝也派の二つの派閥ができつつある中、上鳴は真剣な表情で話を聞いているだけだった耳郎へと話を吹っ掛ける。

 

「へい耳郎、お前は轟と衝也だったらどっちが勝つと思う?」

 

「ウチ?ウチは、そうだなぁ…」

 

一瞬目を見開いたあと、耳郎は考え込むように視線を下におろした後、ゆっくりと視線を元に戻して口を開いた。

 

「ウチは、」

 

「うんうん、お前は?」

 

「…わかんない。」

 

「えー、おま、わかんないは卑怯だろうよ…。」

 

がっくりと肩を落とした様子の上鳴だったが、対する耳郎は少しばかり真剣な様子で上鳴へと反論を返す。

 

「じゃあ逆に上鳴はどうして衝也の方が勝つと思ったの?」

 

「へ?いや、それは…」

 

「ウチは轟の戦い方もしらないし、衝也の戦い方もそんなに詳しくはない。二人と戦ったことだってないし、一緒にこうやって試合をしたこともないしね。個性の相性だってあるかもしんないし、相手の戦い方いかんによってはどう勝負が転ぶかもわからない。戦いってそういうものでしょ?だから、ウチは正直にわかんないっていうしかない。

どっちが勝つとかが分かるほど、ウチはまだ二人のことを『知ってない』からね、

けど、『強い』のは、衝也のほうだと思うよ。」

 

そういって「たぶんだけどね」と付け足した後、耳郎は真剣な面持ちを崩さないまま目の前のステージへと向き直る。

そんな彼女の言葉に上鳴はきょとんとした表情で首をかしげる。

 

「?強いのが衝也だったら勝つのだって衝也だろ…?あれ、俺なんかおかしなこと言ってる?なぁ切島、俺なんか間違ったこと言ってるか?」

 

「……」

 

「…切島ぁ?おーい、俺の声聞こえてますかー?」

 

そういって切島に声をかけるが、対する切島は耳郎の言葉に何かを感じたのか、珍しく思考にふけっており、彼の問いかけに反応も示さず神妙な面持ちで何かを考え始めていた。

見ると蛙吹や爆豪なども同じように思考にふけっているらしく、口を開くこともなく一様に真剣な面持ちで目の前のステージを見つめている。

その様子に上鳴は若干自身の場違いさを感じてあたふたし始めた。

 

「え、アレ?なにこの状況?俺、なんか変な事言っちゃった?」

 

そういって心配そうな表情でアワアワしている上鳴。

そんな彼を見て苦笑した後、緑谷はやはり真剣な面持ちで目の前のステージへと視線を向けた。

 

(お父さんの復讐を理由にあそこまで強くなろうとしてきた轟君…その執念の大きさは僕にははかり知ることすらできない。それだけに、彼がどれだけ強いのかも想像ができる。

けど

 

 

五十嵐君、君は、一体どんな理由で強くなろうとしてきたんだろう)

 

何を知り、何を選択し…そして何を思って強くなってきたのか。

それを知りたいと思うからこそ、緑谷も、耳郎も、切島も、蛙吹も、安易にどちらが強いとは言うことができない。

強さとは、何を想って強くなってきたかによって差が出てくるものなのだと

彼らは『知っている』のだから。

そして、その答えがもしかしたらこの試合でわかるかもしれないのだから。

人知れず固唾をのみ込む緑谷。

 

 

それがゆっくりと緑谷の喉を通り過ぎた直後、

 

プレゼントマイクのハイテンションな放送が会場へと響き渡った。

 

『お待たせしました!続きましたは一回戦第二試合!死力を尽くし、全力でぶっ殺しあうのはこいつらだ!』

 

『殺し合いじゃねぇだろ。』

 

プレゼントマイクの物騒な一言に思わずツッコミを入れてしまう実況の相澤だったが、そんなことはお構いなしという風に言葉を続けていく。

 

『障害物競走2位!騎馬戦も2位!二番続きでトップはなしだがその実力は学年一とも噂される天才!トーナメントで初のトップを飾って優勝なるか!?

 

ヒーロー科!轟焦凍ぉぉぉぉぉ!!』

 

プレゼントマイクにそう紹介された轟はゆっくりとステージへと歩いていく。

その顔は下へと向けられており、表情を窺うことはできない。

そして、彼がステージの上へとたどり着くと、再びプレゼントマイクの実況が再開される。

 

『んでもって対するはこの男!障害物競争4位!騎馬戦は姑息な手で1位に!実力はある!あるはずなんだが、正直まったく強そうに見えねぇのがこのクレイジーボーイのすげぇ所!ルックスに行動にすべてが相手と真逆の問題児!

ヒーロー科切手の三枚目!五十嵐衝也ぁぁぁぁぁぁ!!』

 

テンションアゲアゲのプレゼントマイクの紹介と同時に、轟の反対の入り口から、ゆっくりとした足取りで、それでいてどこか悠然としていて、そして何よりその瞳を轟から決して外さずに、一歩一歩確実にその距離を縮め、

ようやく轟の目の前に、衝也の姿が現れる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ことはなかった。

 

『……あり?』

 

思わず、といった感じで漏れるプレゼントマイクのつぶやきが会場へと虚しく消えていく。

 

そう、あれだけド派手な紹介をされておきながら、衝也はステージに上がってくることもなく、未だ轟の目の前にはだれにも立っておらず、ステージの角にある炎が揺らめいているのみだった。

 

『あれ?ちょ、五十嵐ぃ?ヘイカモン五十嵐衝也!!』

 

少しばかり焦ったようなプレゼントマイクの声が会場に響くが、それでも彼は姿を現さない。

その様子に会場内がにわかにざわつきはじめる。

 

『ヘイヘイヘイヘイ!?どーしたんだよクレイジーボーイ!う〇こが詰まって大洪水でもしてんのか!?とりあえずなんでもいいから早く来てくれ!ハリーハリー!!』

 

『あのバカ…こんな時までどこほっつき歩いてやがる…!冗談じゃねぇぞ…!』

 

ビキビキとこめかみに青筋を立てまくりながら怒りの表情を浮かべる相澤と困ったようにハリーだのカモンだのわめいているプレゼントマイク。

その声に会場内はざわつきが伝染していき、いよいよ本格的にざわつきが大きくなってきた。

むろん、1-Aの面々も例外なく、むしろほかの者たちよりも焦り始めていた。

 

「な、なぁ…五十嵐君どこ行ったんかなあ?ちょっと心配やあらへん?」

 

「まったく!こんな大舞台でまたもや遅刻するとは…彼は俺達のこの姿が全国に放送されているという自覚がないのか!」

 

心配そうにしている麗日や腕をオーバーに振り回しながら怒る飯田などと一緒に緑谷は心配そうにステージの方に目を向ける。

 

「五十嵐君…どうしちゃったんだろう…」

 

「ケロ…心配ね…耳郎ちゃんは何か知らないの?」

 

「ううん、ウチもわかんない。結局ウチは控室には行けなかったし…最後にあったのはトーナメントの組み合わせの発表の時だし…。あのバカ…一体どこで油売ってんの…。」

 

緑谷に続くように、蛙吹や耳郎も心配そうな表情を浮かべる。

その時、耳郎の脳裏に、組み合わせが発表された時の彼の、あの何とも言えない表情が思い出される。

 

(まさか…棄権なんてことは、ないよね?)

 

一瞬、その考えに思いいたり、慌てて頭を横に振る。

よりにもよってあの衝也が棄権するとは考えにくい。

だが、もしかしたら…。

そのようなあり得ない妄想までが皆の頭の中に思い浮かんできてしまう。

そんな中、上鳴がわざとらしく、みんなの気を紛らわすためにあっけらかんとした様子で口を開いた。

 

「みんな心配し過ぎだって!大丈夫大丈夫。どうせマイク先生が言ったみてぇにトイレが長引いてくるのが遅れてるだけだろ!」

 

「…そう、だな。どうせ初日みたいに迷子かなんかになって若干遅れてるだけだろ?心配しなくてもそのうちひょっこり出てくるって!」

 

上鳴に続いて切島もみなの気を紛らわすために続けて言葉を紡ぐ。

そんな二人の言葉に、切島の隣に腰を掛けた衝也が心外だという風に声をかけた。

 

「おいおい、失礼なこと言うんじゃねぇよ二人とも。悪いが俺はトイレは問題なく快便だったし、迷子になったりもしてねぇよ。そうやって俺に不名誉な事を俺の居ないところでいうのやめてくんない?」

 

「いや、だってそっちのほうが棄権よりも断然可能性高いだろ?普段の行動的に考えて。」

 

「上鳴にだけは言われたくないと思うのは俺だけだろうか?」

 

「俺もおめぇだけには言われたくねぇっての。」

 

「普段の行いの報いですわね…」

 

「だなぁ…」

 

衝也の問いかけに上鳴、八百万、瀬呂がしみじみといった様子でうなずいている中、衝也は納得がいかないという風に首をかしげて不満げな表情を浮かべる。

そんな中、切島が「これに懲りたら今度からは普段の行いに気を付けるんだな」と笑顔で注意し、それを聞いたみんなが笑顔で笑いあいながらうなずき合った。

 

『……ってちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇ!!』

 

「うおッ!何事!?」

 

もちろんそれだけで終わることはなく、クラス全員のツッコミが衝也の方へと向けられる。

そのあまりの迫力に思わず衝也はびくりと肩を跳ね上げてしまう。

だが、そんなことはお構いなしという風に皆一様に衝也の方へと詰め寄っていく

 

「おまえマジで何やってんだよ!?なんでこんなところでシレーっと会話に混ざってんの!?思わず普通に会話成立させちゃったんですけど!」

 

「もうとっくに轟はスタンバってんぞ!?お前も早くしたいかねぇとマジでやばいって!つーかお前どうしてここいんだよ!?自分の出番忘れちゃってましたーっとかふざけた理由だったらとりあえず一発ぶん殴るからな!?」

 

「待て待て待て待て、とりあえず落ち着け皆の衆。そんなに取り乱しちゃだめでしょーよ。こんな時こそ平常心だぜ?それにほら、ヒーローは遅れてやってくるっていうし、これはこれでありじゃない?」

 

「「ぶっ飛ばすぞこの野郎」」

 

上鳴と瀬呂に胸倉をつかまれながら説教される衝也だったが、そんな二人をものともせず笑顔で二人に話しかける。

だが、上鳴の後ろにいるほかのクラスメートの表情を見るとその表情が一気に固まり、その額に少しだけ汗が流れ始める。

 

「えっと、あのー、皆さんその恐ろしいまでのお顔はいったいなんでございましょうか?」

 

「…ほー、バカだバカだとは思ってたけど…アンタここまでバカだったんだね。とりあえず一片死んどく?」

 

「ちょっと待って耳郎さん、いや耳郎様!ほかの皆様方もその迫力満点の表情を元に戻してくださりますか!?」

 

そういって距離を詰めてくるクラスメートからじりじりと距離をとる衝也は一度大きく咳ばらいをした後、人差し指を立てて弁解をし始めた。

 

「いや、その…ね。こうなったのにはその色々わけがあるといいますか…。」

 

『……』

 

「あのー…その、俺としてはですね…轟君と戦うというのはとても勇気がいることでしてね。できることなら決勝戦とか準決勝とかね?そこらへんで当たりたかったわけでして…」

 

『……』

 

「でも一回戦で当たったのはもうくじ引きなんでもう変えようがないじゃないですか。しかも一回戦の第二試合というね。だからその、せめてもう少し後、できれば一回戦の最終試合らへんまで引っ張りたいとおもいまして…」

 

『……』

 

「だからその…俺がこの場で出なければ試合が伸びてほかの試合が先に始まるかなー…なんて!」

 

『…っ!!』

 

「あ、痛い!痛い!ちょ、みんなやめて、俺の脛に蹴りを入れてこないで!そんな集団で俺の脛をリンチしないで!」

 

衝也の開き直ったような笑顔に我慢ならないといった様子で彼の脛に蹴りを入れていく面々。

そしてひとしきり衝也の脛を蹴り続けた後、うずくまって「横暴だ…いじめだ…訴えてやる」と脛をさすっている衝也の肩を八百万ががっちりとつかみかかった。

 

「五十嵐さん!」

 

「へ、あ、はい!なんでございましょう八百万の神!」

 

「あなたという人は、本当に…本当に大馬鹿なのですか!?」

 

「ぐはぁッ!!!八百万に言われるとほかの奴らよりもダメージがぁ!!」

 

胸を押さえて苦しそうに吐血したようなそぶりを見せる衝也だったが、そんな彼にお構いなしという風に八百万は言葉を続けていく。

 

「いいですか五十嵐さん!このままあなたが出なかったとしても試合が先送りになることはありません!むしろ

 

このまま出なかったら不戦勝で轟さんの勝ちになってしまいますよ!?ミッドナイト先生がルール説明でそうおっしゃっていたではありませんか!」

 

「バカやろー!誰だ試合先送りしたいだなんていった奴は!このままじゃ不戦勝になっちまうぞ!…って痛い痛い!ちょ、やめて、膝を…!俺のニーを蹴らないで!?」

 

八百万の言葉を聞いた瞬間手のひらを返した衝也の膝にこれでもかと蹴りを入れる上鳴と瀬呂の二人。

そんな中、障子は焦ったようにステージの方へと視線を向けた。

 

「まずいぞ、このままじゃ本当に五十嵐が不戦勝に!」

 

「何言ってやがる障子!あきらめたらそこで試合終了だろうが!」

 

「現在進行形で試合終了間近のてめぇがいってんじゃねぇ!」

 

峰田の的確すぎるツッコミには耳を貸さずに衝也はいそいそと観客席の手すりへと向かっていき、

 

その上へと足をかけ、ゆっくりと手すりの上へと立ち上がった。

 

「時間はもう限られてる…こうなったら最終手段だ…!」

 

「…!ちょ、お前まさか!」

 

その姿を見た上鳴が思わずといった風に声をかけるが、それでも衝也は止まる様子を見せない。

そして、ゆっくりと後ろを振り返り、クラスメートたちに向けて渾身の笑みを向けた。

 

「みんな見ていてくれ、今こそ俺は鳥になって見せる!」

 

「あ、衝也!ちょッ、止まって!」

 

「行くぜ!アイキャンフラッ…!」

 

そういって衝也は耳郎が止めるよりも早く手すりから勢いよくジャンプしようとして

 

ほどけていた靴紐を盛大に踏みつけた。

そして、バランスをくずした衝也はそのまま

 

「いぃぃぃぃぃ!?」

 

手すりの下へと真っ逆さまに落ちていった。

それをみた耳郎は呆れたように顔を手で覆い、

 

「靴紐…ほどけてるって言おうとしたのに…」

 

と情けなさそうにつぶやいた。

それと同時にわずかに地面に物が落ちたような音が響き、プレゼントマイクが驚いたようにマイクへと声を通す。

 

『うおっ!なんだなんだ!?観客席から誰か落っこちて来た…って!!よく見りゃ噂のクレイジーボーイじゃねぇか!?やべぇ、なんかものすごいだせぇ落ち方してるぜうける!!つーかなんであいつはあんなとこに!?つーかマジであの落ちかた!ちょっと笑いが止まんねぇぜ!!』

 

『あの…バカ野郎が…!』

 

もはや脳の血管がちぎれるんじゃないかというほどビキビキと額に青筋を立てまくっている相澤とまるで犬神家のような落ち方をしている衝也を見て大爆笑しているプレゼントマイク。

その上ではクラスメートの面々があきれ半分心配半分といった様子で下に落ちた衝也に視線を送っていた。

 

「まぁ…自業自得だな。」

 

「意義ナーシ。」

 

「猛省すべき。」

 

上鳴や芦戸、常闇などがあきれたように席へと戻っていくなか、切島と耳郎、そして緑谷は呆れつつもどこか心配したような様子で彼を見続けていた。

 

「…なぁ、耳郎」

 

「なに?」

 

「あいつさ、本気だったとおもうか?」

 

衝也から目を離さずにそう問いかける切島に、耳郎は少し逡巡したようなそぶりをみせる。

が、それも一瞬ですぐに衝也の方を向き直って少しばかり表情を曇らせた。

 

「十中八九わざとだろーね。」

 

「やっぱりそうなんだ…。」

 

「だよな…」

 

耳郎の言葉に緑谷と切島がそれぞれ反応を返す。

そして、いまだぴくぴくと足を動かしながらその場にとどまっている衝也を見て、緑谷がゆっくりと口を開く。

 

「緊張…してるのかな?」

 

「どうだろうね。ああ見えてあそこまで不謹慎な奴じゃないだろうし。あんな普段以上のバカをこんなとこでやったりしないでしょ。

普段以上に普段通りにしてないと、自分の緊張に押しつぶされるんじゃない?」

 

「ったく、普段通りにするのはいいにしても…もうちょっとましなやり方あったろうが…」

 

「ほんと、不器用な奴…」と半ばあきれた様子で呟く切島だったが、対する耳郎は少しばかり目を細めて衝也の方へと視線を送り続ける。

衝也はしばらくの間そのままの態勢でいたのだが、数分経ってやっと身体を起き上がらせ、ざわざわと一層ざわつき始める会場を見渡した後、ゆっくりと身体を伸ばした後、ようやくステージの方へと歩き始めた。

 

(衝也…)

 

思わず心の中で彼の名をつぶやいてしまう。

どこかいつもと違う、ステージへと向かう彼の背中に向けて。

 

ゆっくりと、悠然とセメントスが作ったステージの上へと上がっていく衝也。

一歩一歩地面を踏みしめながら

その視線を、轟へと一心に向けながら

彼との距離を、徐々に徐々に詰めていく。

そして、ステージへと衝也が上ってくると、主審のミッドナイトが少しばかり眉間にしわを寄せ、衝也の方へと詰め寄っていった。

 

「ちょっと五十嵐君!あなたどうして観客席から落ちてきたの!?試合開始前はちゃんと控室で出番が来るまで準備して待ってるようにって説明を…」

 

「すんません、ミッドナイト」

 

しかし、ミッドナイトの説教は衝也の謝罪により中断されてしまう。

一瞬、驚きからか言葉を止めてしまったミッドナイトには目もくれずに、衝也は続けて言葉を紡いでいく。

 

「色々と頭ン中で考えて、結構いっぱいいっぱいだったんで…でももう大丈夫です。

 

 

 

今やっと準備(・・)を終わらせることができたんで。」

 

 

そういって軽く首を回す衝也だがミッドナイトとしてはそんなわけのわからない理由でこのような行為を認めるわけにも行かない。

きちんと注意すべきところは注意をしようと、改めて説教を再開しようと口を開こうとして、

言葉が出る直前で動きが止まった。

 

彼女の視線の先にあるのは彼のその姿。

説教をすることに躍起になってしまい、意識を向けるのが遅くなってしまったその彼の姿は

 

いつもの彼とは真逆の、鋭く、威圧感すら感じてしまうほどの雰囲気をまとっていた。

 

その姿から見て取れる並々ならぬ戦意と

胸の内にある覚悟

 

それを感じ取れたのは、おそらくミッドナイト自身がヒーローだからだろうか

それとも

ここ最近急に身近になった、あのトップヒーローと同じような雰囲気だったからなのか。

どちらにしても、いまこの瞬間、ミッドナイトは間違いなく、

 

五十嵐衝也に気圧された。 

 

『へい!時間も時間だ、ちゃちゃっと始めるぜミッドナイト!』

 

プレゼントマイクのその声に、ようやくミッドナイトの意識が衝也から離れていく。

そして、結局彼に説教の続きをすることはせずにステージの上から足早に去っていく。

 

(雰囲気が、いつもとまるで違う…相澤からほかの生徒とは明らかに違うとは聞いてたけど…まさか、こういうこと?)

 

自然と出てきた額の汗をぬぐうこともせずにステージから出ていくミッドナイト。

だが、その最後まで、衝也と轟から目を離すことはしない。

 

(荒れる…この戦い…絶対に荒れる!根拠はないけど、なぜか断言できてしまう!

 

この戦い、『普通』で終わる予感が全くしない!)

 

そして、ミッドナイトがステージを降りたあと、会場にプレゼントマイクの声がマイク越しに響き渡る

 

『ヘイエヴリバディ!!大変長らく待たせちまったな!!首を長くしてろくろ首になってるやつは今のうちに首を元に戻しとけよ!そんじゃ気を取り直して、一回戦第二試合!

 

START!!!!』

 

プレゼントマイクの大声と共に開始された轟と衝也の試合。

だが、開始の合図が出てもなお、対する二人は全く動く様子もない。

ただただ下を向いて俯いている轟と、そんな轟を鋭く見続ける衝也。

どちらも、動こうとする気配もない。

そんな中、しきりに首や手首を回していた衝也は大きく一度息を吐くと、気まずそうに、それでもはっきりとした声で轟へと話かけた。

 

「轟…試合する前にこれだけは言っておきたかったんだが…」

 

「五十嵐」

 

「…んあ?」

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな」

 

自分の言葉を中断し、わざわざ名前まで言って謝罪をしてきた轟のその言葉に一瞬、衝也の動きが止まる。

そしてその瞬間、

 

 

 

ステージの上に氷山が降り立った。

 

 

 

比喩でも何でもない、文字通りの氷山。

およそテレビでしかお目にかかれないような氷の山がステージどころか会場の半分を埋め尽くした。

およそ轟が出せる最大出力の氷は、まさしく災害と呼んでもいいレベルにまで達していた。

そして、この行動は轟の今打てる最善の手でもあった。

衝也の戦い方はその個性を応用した超スピードを利用した強烈な打撃のヒット&アウェイ。

体力とスピードで自身を大きく優っている衝也を拘束するには小さな氷でちまちま闘い続けるより、こうして最大出力で閉じ込めたほうが一番手っ取り早く、合理的なのだ。

 

だが、それでも規模が大きすぎる。

そのあまりの規模のでかさに観客も主審も、実況も驚きで口をあんぐりと開けてしまう。

ただ一人、解説の相澤を除いて

 

『何やってやがるミッドナイト!試合を止めろ!!

 

 

 

五十嵐が死ぬぞ!!』

 

会場に響くその言葉に、今まで口を開けていた全員が一気にその視線を氷山へと向けた。

そう、衝也はこの氷山に動きを止められたのではない。

文字通り閉じ込められたのだ。

この氷山の()に。

そこまで思考を追いつかせたミッドナイトはすぐさま氷山の方へと視線を移す。

これほどの規模の氷山の中に閉じ込められたとしたら、数分も立たずに凍死してしまう。

ましてや、ここまでの規模の氷山から抜け出すことなど、普通であればできはしない。

 

「まずッ」

 

慌てたミッドナイトが試合を止めるよりも先にセメントスへと合図をおくり、どうにかしてこの氷山から衝也を救い出そうとステージへと駆け寄ろうとして

 

ビキッ!と

氷山の方から小さくヒビが入ったような音が響いてきた。

その音を聞いたミッドナイトの動きが止まり、轟の眉も一瞬だけ動く。

そして次の瞬間

 

 

会場を埋め尽くした氷山が、真ん中から音を立てて崩れていった。

 

「なっ、ちょ…嘘だろ!?」

 

突然のことに慌てつつもセメントスは咄嗟にセメントを操りミッドナイトと自分を守る。

しかし、観客席に落ちていく氷は防ぐことができず、そのまま観客席に氷が落ちていく。

その質量は氷山ほどではないものの人を潰すには十分すぎる。

 

「うわ、な、こ、こっちにくるぞおおおおおおお!?」

 

思わずといった様子で観客席から悲鳴が聞こえてくるが、

 

 

 

その氷も、観客席に落ちていく前になぜか粉々に砕け散った。

 

「おおおおおおお…お?」

 

「あ、あれ?氷がない?」

 

「く、砕けたのか?」

 

突然落ちて来た氷が砕け散り、叫び声が素っ頓狂な間抜け声に変ってしまう観客たち。

 

そんな中、あの氷山を作り出した轟は冷気のせいで立ち込めた霧により視界が遮られるステージで、悠々と立ちすくんでいた。

とはいっても、ただ立っているわけではない。

実際に、その表情には少しの動揺と焦りが見て取れた。

 

(馬鹿か俺は!選択を誤った!…そうだ、USJの時に見たあいつの個性のパワーなら…俺の最大出力を真正面からぶっ壊せたとしても不思議じゃねぇ!)

 

計算違いによる些細なミス。

初手の誤り。

しかし、戦闘においてそのミスは大きな敗因につながってくる。

実際、轟は自分の個性のせいでできたこの霧により衝也の姿をとらえることができず、攻めあぐねていた。

あの姑息で狡猾な衝也が、この好機を逃すとは考えずらい。

絶対にここで何かしらのアクションを起こしてくるはずだ。

一瞬たりとも気が抜けない。

全方位に意識を集中し続ける轟。

目も、耳も、鼻も、あらゆる部分の神経を最大限まで集中させて攻撃に備える。

 

そして、彼の右側から

 

コツンッ…という一瞬、何かを蹴ったような音が聞こえて来た。

 

「ッ!」

 

それが聞こえたと同時に轟の視線が右方向へとわずかに動いたその刹那

 

彼の前方から顔程もある大きな氷の塊が勢いよく飛んできた。

 

(!右は囮か!?)

 

予想外の攻撃に一瞬止まってしまうものの、そのまま攻撃をもろに食らうほど轟もバカではない。

とはいえ、氷の盾を出すと間に合わない可能性が考えられるため、轟は一瞬逡巡をした後、身体を瞬時に下へとかがませてその氷を避けた。

そしてすぐさま氷が飛んできたほうへ視線を送り

 

轟の顔面に、衝也の蹴りがぶち込まれた。

もちろん、ただの蹴りではない。

まるで、轟が最初からそう動くのをわかっていたかのような動きで放たれた彼のサッカーボールキック、しかも加速のために個性使用というおまけまでついている。

 

「がッふ…!?」

 

鈍い痛みと凄まじい衝撃の後、彼の身体と共に大きく後ろへと吹っ飛んでいく。

普通の蹴りとは違い、勢いよく振りぬかれたサッカーボールキックは普通の回し蹴りやローキックの数倍の威力がある。

それに個性の加速までつけば、単純に威力は倍だろう。

地面を何回もバウンドしながら吹っ飛んでいく轟は場外だけは避けるために半ば強引に右手を動かし、後方へと氷の壁を作り、その壁へと激突する。

 

「っは…!」

 

背中にきた衝撃と共に肺の中にあった空気が一瞬で外へと吐き出される。

そして次にやってきたのは鼻の下に通る生温かい感触。

すぐさま手の甲で鼻の下をこすると、そこにはべっとりと血が大量についていた。

 

「ったく、ほんっとによぉ…話の途中にいきなり氷山ぶっこんでくるほど非常識だとは思わなかったぜおい。」

 

だが、前方から声が聞こえて来た瞬間、その血のことは一瞬で頭の中から消え去っていく。

そして、すぐさま視線を前方の方へと向けた。

いつの間にか立ち込めていた霧もうすくなり、もうほとんどステージが視認できるほどになっている。

そんな中、前方に立つその男は

 

「つーかなによりもまず最初に一つだけ言わせろ轟…

 

 

 

お前この後風邪ひいたらマジでハッ倒すからなこの野郎!!」

 

がちがちと歯を打ち鳴らし、鼻から垂れてくる鼻水を勢いよくすすり、必死に体を左手でこすって暖め続けている

 

なんともしまらない恰好をしていた。

 

 

 

 




この前のステイン云々アンケートなんですけど、なんだか非常にビミョーな感じなんですよね。
会わないが5票、会うが4票、そして自信のある方が1票。
前言った通り自信がある方は会う方なので、そういくと会うが5票に…どーしてくれよーか。
…ま、いっか(思考放棄)
まだ体育祭続くし、時間はあるから大丈夫だー!

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