もう番外編何回目か忘れてしまいましたよ…
てなわけで番外編です
どうぞ
あ、後、後半にものすごいキャラ崩壊があります。
もう、ほんとにすごいです。
見たら一発で「あ、ここのことか」ってなるくらいわかります。
なので、
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から先を読むときは覚悟を決めて下さい。
「さて、見苦しいところを見せて申し訳ないね皆。ささ、遠慮せずに中に入ってくれたまえよ。」
「あ…は、はい!それじゃあ、お言葉に甘えまして…」
「なあ…大丈夫かな衝也のやつ…」
「自業自得でしょ。」
「容赦ねぇな耳郎。」
『五十嵐様』と書いてある病室に謝罪を通り越して懺悔と化した叫び声が響き渡ってからおよそ数分後、
先ほどとは打って変わって優し気な笑みを浮かべた静蘭に誘われた耳郎達は入る前に律儀に「し、失礼しまーす…。」と一礼してから病室の中へと入っていく。
白くて殺風景な部屋、その窓辺にあるベッドへとゆっくり歩いていく。
そして、そのベッドに横たわっていたのは
「ごめんなさいすいませんもうしません許してください私が悪かったですごめんなさいすいませんもうしません許してください私が悪かったですごめんなさい……」
「「「怖っ!?」」」
光をともしていない目を限界まで見開いてただひたすらに一定の音とリズムで謝罪の言葉を繰り返す五十嵐衝也だった。
最早懺悔をし続けるだけの人形と化している衝也のその姿に思わず挨拶も忘れて恐怖を感じてしまう三人。
一瞬気おされて後ずさりしてしまう三人を見て、その近くで「ふう、これで一安心だぁ。ありがとう静蘭、助かったよぉ。…ん?」と安堵の言葉をつぶやいていた衝也の父親(仮?)が不思議そうな顔をして静蘭の方へと顔を向けた。
「なぁ静蘭、この子たちは…もしかして?」
「ああ、もしかしなくてもこの子たちは…例の衝也の友達だよ。」
「おお!やっぱりかい!?」
静蘭の笑顔の返答を聞いた衝也の父親(仮)は眼をキラッキラ輝かせながら勢いよく耳郎達の方へと顔を向けた。
それを見た耳郎達は慌てて挨拶をしようとするが、それよりも早く衝也の父親(仮)が耳郎達のもとへと駆け寄っていく。
「いやぁ、息子がいつもお世話になってるねぇ!!衝也から君たちの話をたくさん聞いてるよ!あ、僕の名前は五十嵐衝駕!!よろしくね!」
「え、あ、その…ど、どうもっす…。」
耳郎の手を取り、ぶんぶんと上下に激しく振りながらニコニコと笑顔を浮かべて自己紹介をしていく衝也の父親、衝駕。
そのあまりのテンションの高さに手を握られてる耳郎は若干引き気味であり、挨拶の言葉を詰まらせていた。
そして、数回ほどぶんぶんと耳郎の手を上下に振り回した後、今度はその後ろの切島たちへと視線を向けた。
「ほらほら!君たちもそんなところにいないで、握手握手!!」
「え、あ、う、うっす!あ、うっすじゃねぇ…えっと、こういう時は…あれだ。よ、よろしくっす!!」
「うわわわ…あの、えっと、よ、よろしくお願いします?」
「うんうん!よろしくね!!よろしく!」
緊張と衝駕のテンションに圧倒されてかしどろもどろになってしまっている切島と緑谷の挨拶にもにこやかに返事をして握手を交わす衝駕。
もちろん、ぶんぶんと激しく手を振り回すのも忘れていない。
そして、一通り握手を済ませた衝駕は大満足という風に「むふー!」とため息をはき、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「うんうん!話に聞いてた通り皆優しそうないい子たちじゃないか!いやぁ実はね、衝也が家であまりにも高校の友達の話をしすぎているから僕も実際どんな人たちなのか気になって気になって!前々からあってみたいなぁ…今度の体育祭で会えるかなぁ?なんて考えてたんだよ!まさかこんな早くに会えるとは思わなかったなぁ!」
「おいおい衝駕、そんなに矢継ぎ早に話していては彼らに迷惑だろう?ほら、自己紹介をしようとしてくれていたのに、驚きのせいで固まってしまっているじゃないか。せめて挨拶くらいはさせてあげたらどうだい?」
「えっ、あ、ご、ごめんね!?ついテンションが上がりすぎちゃって…」
「あ…いやいや、そんな!?別に気にしないでいいっすよ!俺らは別に大丈夫っすから!」
衝駕の猛烈な言葉の嵐に挨拶もできずに茫然としていた耳郎達を見かねてあきれた様子で衝駕を注意する静蘭。
そんな彼女の言葉を聞いた衝駕はさっきまでの笑顔から一転、しゅんとした表情を浮かべて、申し訳なさそうに両手を合わせて耳郎達へ謝ってきた。
それを見た切島は、慌てたように首と両手を横に振って否定する。
耳郎達も同様のしぐさをして否定の意を伝えていた。
そんな彼らを見て、衝駕は嬉しそうな笑顔を浮かべて再び口を開く。
「本当かい?いやぁ、すまないねぇ…僕は昔からこんなんでさ、よく皆から煙たがられてたんだよ。この前もねぇ…」
「衝駕?」
「あ、いや…その、そ、そうだ!君たちの名前!名前聞いてなかったね!?まぁ聞いてなかったの僕なんだけど!ごめんねぇ、本当に。お手数かもだけど教えてもらえないかな!?」
「え、あ…はい!」
再び話がそれてしまいそうになっている衝駕だったが、背後から般若をのぞかせてきた静蘭に名前を呼ばれて、慌てて話を元に戻す。
そして、やっと挨拶ができる場を設けられた耳郎達は、ゆっくりと息を吐いた後、口を開く。
「えっと…挨拶が遅れてすいません。ウチの名前は耳郎響香っていいます。耳に太郎とかの郎に響く香って書きます。その、よろしくお願いします。」
「お、俺の名前は切島鋭児郎って言います!よろしくお願いしやっす!」
「み、緑谷出久…です!あの、いつも五十嵐君にお世話になってます!」
三人とも少しばかり緊張しつつもきっちりと頭を下げて自己紹介をする。
そんな様子を見て衝駕は感心したように数回ほどうなずきを見せた。
「耳郎ちゃんに切島君に緑谷君か!なんていうか、まさに名は身体を表すというか!そのまんまな名前だね、うん!切島君以外だけど」
「衝駕?」
「あ…ごめんいまのウソ!忘れて!きれいさっぱり水に流しちゃって!脳内トイレにバーッと!」
笑顔でとんでもなくどストレートなことを言う衝駕に再び視線を向ける静蘭。
心なしか彼女のこめかみがピクピクしてるのを視認した衝駕は慌てて耳郎達に両手を合わせて謝罪する。
そんな衝駕を見て、耳郎達は思わず
(この人たち、マジで衝也の両親って感じだなぁ。)
とあきれ半分に心の中でつぶやいてしまう。
恐らく、7:3くらいの割合でこの二人が交わったら衝也みたいな感じになるのだろう。
もちろん、7は衝駕で3は静蘭である。
残念なことに顔の遺伝だけは欠片もないのだが。
二人とも容姿端麗であるのに、どうしてその息子はこうもどこにでもいるようなありふれた容姿なのだろうか。
神様も酷なことをする、と心の中で同情する三人だが、ふと耳郎は視線をベッドにいる人形に目を向けて、言いにくそうに口を開いた。
「あのぉ…すいません。」
「ん、どうかしたの耳郎ちゃん?何か気になることでもあった?」
「あ、いやその…実はウチら…衝也のお見舞いに来させてもらったんですけど…」
そういってゆっくりと自分の腕にぶら下がってるビニール袋を見せる耳郎。
そんな彼女に続いて、切島と緑谷もおずおずと自分たちの持ってきたお見舞いの品を衝駕と静蘭に見せる。
それを見た衝駕はまた嬉しそうに笑顔を浮かべ始める。
「あ、君たち衝也のお見舞いに来てくれたの!?いやぁ…わざわざ息子のために苦労を掛けて悪いねぇ…あ、ということはもしかしなくても僕ってお邪魔な感じ!?それならそうと早く言ってくれればいいのに!」
「貴様のせいでこの子たちはそれが言えなかったんだろう?そろそろ貴様も覚悟を決めておくか?」
「はい、おっしゃる通りであります、すいませんでした。」
嬉しそうな表情から一転して謝罪の言葉を述べる衝駕。
そんな彼を見る静蘭の背後には般若の顔が見え隠れしていた。
そして、謝罪の言葉を必死に繰り返し続ける衝駕に半ばあきれた表情を向けた後、静蘭はいつもの優し気な笑みを浮かべて耳郎達の方へと顔を向ける。
「ふう…皆、家のバカが迷惑をかけてすまない。せっかく君たちが息子のためにお見舞いに来てくれたというのに…」
「あ、いや…それは別にいいんすけど…その、肝心の衝也の方に問題があるっていうかなんて言うか…」
「?」
耳郎のとぎれとぎれの言葉の意味がよく分からず少し首を傾げる静蘭。
そんな彼女を見て、耳郎は言いにくそうに口を開きながら、ベッドの方へと指を向けた。
「あの…衝也のやつ、大丈夫なんすか?どう考えても…普通じゃないというか…」
不安そうな彼女の言葉に、切島と緑谷もぶんぶんと首を縦に振って同意する。
そんな彼らを見た静蘭は一瞬きょとんとした後、背後のベッドに視線を向ける。
そのベッドに横たわっている衝也の瞳には生気がなく、身動きすらせずにただひたすらに謝罪をし続けていた。
見る人が見たら病んでると思われそうなほどシュールでゾッとするその光景に耳郎達はもちろん不安を覚えたのだが、その原因を作ったであろう静蘭は
「ああ!なるほど、そういうことか。大丈夫、心配しなくてもすぐに戻るよ。うちではよくあることだから。」
と言って安心させるためか優しい笑みを浮かべていた。
それを見た切島は、額に汗を流し、若干顔を引きつらせながら「よくある…こと…?」とつぶやいた後、ゆっくりと視線を衝也に向けた。
すると、今まで謝罪の言葉をつぶやいていた衝也の口がぴたりと閉じ、つぶやきが聞こえなくなった。
それを見た耳郎達三人は恐る恐る、そーっと、遠目から衝也の顔を覗き込むように視線を向けた。
そしてその瞬間、衝也は
「…アアアアアアアアアアァァァァ!!!!許してぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」
と狂気じみた叫び声をあげた。
「よくあること!!?これが!?こんな懺悔の叫びがよくあること!?」
「だ、大丈夫なんすよね!?衝也の奴は大丈夫なんすよね!?」
「一体あの数分でどんなことを…」
その叫び声を聞いた緑谷は驚愕の表情を浮かべており、切島も心配そうに静蘭へと詰め寄る。
耳郎も、自業自得だとは言っていたものの少し不安そうにしていた。
しかし、そんなことはお構いなしというように、静蘭は衝也の方へと顔を向けた。
そして、すぐに考え込むようにあごに手を添え始めた。
「うん、でも…そうだな、君たちがお見舞いに来てくれているというのに、当の本人がこのままではお見舞いにもならないし、しょうがない。本当はほっといても治るんだが、少しだけ荒療治でいこうか。」
そういいながら数回うなずいた後、静蘭はゆっくりと衝也の方へと向かっていく。
その様子を、耳郎達三人は今度は何をするのかと固唾をのんで見守っている。
そして、静蘭は衝也の枕元まで立つと
「許して許して許して許アダッ!?」
スパァン!といい音を響かせて、ノーモーションで衝也の頭を平手打ちした。
「「「……ってえええええええええ!?」」」
一瞬静蘭が何をしたのかわからず茫然としていた彼らだったが、目の前で起きたことを時間をかけて認識し、驚いたように叫び声を響かせた。
それはそうだ。
いくら治りかけとはいえ絶対安静の怪我をしている人間の頭をひっぱたいたのだ。
驚かない方がおかしい。
思わず緑谷は静蘭と殴られたせいか頭を俯かせてうなだれてしまった衝也の方を交互に見ながら慌てて静蘭の方へと声をかけた。
「ちょ、ちょちょちょ!?え、あ、だ、だい、大丈夫なんですか?頭なんか叩いちゃったりして!?て、ていうかなんで頭なんて!?」
「ん?ああ、大丈夫、心配ないよ、 衝也がこうなった時は最悪たたけば治るから。」
「大昔のテレビじゃないんすよ!?そんなんで治るわけないじゃないっすか!?つ、つーか絶対安静の人間を叩くなんて普通にダメっすよ!?」
緑谷の質問に答えた静蘭の言葉を聞いて、慌ててツッコミを入れる切島。
それを聞いた静蘭はそんな切島のツッコミを笑って吹き飛ばした。
「大丈夫さ、ほら、だって動かしてはいないんだ。あくまでたたいただけ、安静にはしてるから。それに、いくら何でも本気でたたきはしないさ。こう、軽ーく、スパァン!とね。」
「結構いい音響かせてましたけど!?」
「なんか、やっと認識できた。この人は衝也の母親なんだって。」
軽く手首で叩く動作をしながら笑う静蘭にツッコミを入れる切島の後ろで、耳郎はしみじみと納得したようにうなずいていた。
そんな中、緑谷は衝也のベッドの横で心配そうに衝也の身体のあちこちを見まわしていたが、不意に
「ん…あれ、俺今まで何を…?」
「「「なんか治ってるうううう!?」」」
ゆっくりとうなだれていた顔を上にあげて衝也はゆっくりと困惑しているようにつぶやいた。
それを見た切島たちは驚いた様子でまたもや大声を上げる。
その大声に、思わず衝也は身体をびくりと一瞬上げてしまう。
「うお…うるさッ!ってあれ、耳郎に切島に緑谷じゃん!お前らなんでこんなとこに!?」
衝也はその音源を探そうとキョロキョロと視線を泳がせ、耳郎達を見た瞬間、驚いたように目を見開いた。
しかし、そんなことはお構いなしという風に、近くにいた緑谷は衝也の方へと詰め寄っていった。
切島も慌てて衝也の方へと近づいていく。
「い、五十嵐君、本当に治ったの?大丈夫なの?正気はきちんとある?」
「へ、いや何言ってんだよ緑谷。怪我はまだ治ってねぇよ、この包帯見ればわかんだろ?ていうか、正気はきちんとあるかって、俺別に精神科の病棟にいるわけじゃねから正気を疑われる要素は皆無なんですけど…?」
「え、いや、おめぇだってさっき…」
「さっき…?ん?そういえば俺さっきまで何やってたんだっけ?あれ、確か父さんが見舞いに来てくれて…あれ?なんか、こっから先が全く思い出せない。」
「あ、いや、やっぱ何でもない。何でもないよ衝也。思い出すな、何も思い出すな。」
「そういえば…なんかさっきから後頭部あたりが妙にズキズキする気が…」
「いいから!いいから何も思い出すな!思い出さなくていいんだ衝也!もうやめろ!」
「?あ、ああ、まあ…思い出せないんじゃそれほど重要でもないんだろうし、別に俺はいいけどよ。」
切島の言葉で何かを思い出しそうになっていく衝也だったが、それに比例するかのようにどんどん顔色が悪くなっていくのを見ていられず、思わず顔を彼から逸らして思い出そうとするのを止めてしまう切島。
どうやらあまりの恐怖に記憶を心の奥底にしまい込んでしまったらしい。
何が何だかわからないという風に首を傾げた衝也はふと視線を切島から緑谷の方へと
移した。
「ていうか、なんでお前らがこんなところにいるんだ?…!もしかして、お前らも怪我とかして病院に入院!?」
「んなわけないでしょ。なんで患者が私服で病院うろついてるんだよ。」
「あ、そっか。」
不思議そうにしていた顔から一転して焦ったような表情に変えた衝也を見て、あきれたようにそう言い放つ耳郎の言葉を聞いてポンと手を打って納得する衝也。
だが、すぐにまたあごに手を当てて首をひねり始める。
「ん?でも入院じゃないってことは一体全体なんだってこんなとこに?」
「まったく、意外なとこで感が鈍いなぁ相変わらず…。彼女たちはお前のお見舞いに来てくれたんだよ。」
半ばあきれたような笑みを浮かべながら衝也にそう言う静蘭。
それを聞いた衝也は一瞬目を見開いた後、顔を静蘭の方へとむけた。
「あれ?母さんじゃん!」
「ん。良い子にしてたか衝也。」
驚きつつもどこか嬉しそうに静蘭のことを指さす衝也に対して、静蘭は優しい笑みを浮かべながら軽く右手を上げる。
それを見た衝也は若干ため息をはきながら言葉を続けていった。
「なんだよぉ、来てたなら来てたって言ってくれればよかったのに。てか、今日パートは?休み?」
「ああ、かわいいかわいいわが子の見舞いのために、仕事を休んできたんだよ。どうだい?優しい母さんだろ?」
「えー…般若のお面が背に見えるような人が?やさしい?」
「ん?聞こえないな?なんていったんだい?」
「とっても素晴らしい母さんだと思いますよ僕は!!」
笑顔から一転、背後から般若をのぞかせ始めた静蘭を見て、慌てたように早口でまくしたてる衝也。
そんな衝也はしばらく冷や汗を垂らしながら視線を泳がせていたが、不意に何かに気づいたように口を開いた。
「てか、パート休みなら家でゆっくりしとけばよかったのに…せっかくの休みくらい身体休ませといたら?」
「何を言うかと思えば…息子が入院しているというのに家でゆっくりしてられるわけがないだろう?」
そういって笑みを浮かべる静蘭だったが、衝也の方は少々渋い顔をして軽く頬を掻く。
「そうは言うけどさ…見舞いになんて来なくても俺は別に大丈夫だぜ?もうすぐリハビリもできるようになるし…」
「何を言うんだい衝也君!恥ずかしがらずに寂しいときは寂しいって言わないと!僕なんて衝也君が家にいない生活が耐えられなくて…夜には寂しく枕を濡らしてるんだよ!?」
「とりあえず父さんは見舞いになんて来ずに就職活動ガンバレよ…てか、自分の父親にそう言われる息子の気持ち考えろよ…吐き気がしてくるんだけど?」
「ひ、ひどい!?」
父親の悲し気な叫びを正論で一刀両断した衝也のその言葉に、傷ついたような表情を浮かべる衝駕。
そんな父をあきれたように笑みを浮かべながら見ていた衝也はふと、何かを思い出したように視線を耳郎達の方へとむけた。
「それで?耳郎達はなんでここにいるんだっけ?」
「え、えぇー…話ちゃんと聞いてたの五十嵐君…。」
「まあ、なんとなくは予想してたけどな、衝也だし。」
「まあ、アホだからね、本当に。」
「本当に、どうしようもないほどアホだな衝也は…母親として恥ずかしくなってくるよ。」
「まぁ、バカは死んでも治らないっていうし、衝也君のバカは一生治ることはないんだよ。」
「おかしい、関係が近しいものほど罵倒のレベルが上がってやがる…」
緑谷<切島<耳郎<静蘭=衝駕と、だんだんレベルアップしていく自身の罵倒に軽くげんなりしてしまう。
そんな彼にあきれたようなため息をはいた耳郎はゆっくりと腕にぶら下げていた袋を衝也の軽く上へと持ち上げた。
「ウチらは、アンタのお見舞いに来たの!ほら、こうして見舞いの品まで買ってきてやったんだから、感謝しなよ。」
耳郎が袋を上にあげたのに続くかのように、切島も二カッと笑顔で自身が持ってきた袋を上にあげる。
緑谷もどことなく恥ずかしそう笑みを浮かべつつも見舞いの品を持ち上げていた。
それを見た衝也はきょとんとした表情を浮かべた後、すぐに照れたような笑顔を浮かべ始めた。
「…!なんだよ、それならそうと早く言ってくれればいいのによ!ほらほら、座れ座れ!歓迎するぞお前ら!」
「いや、さっき普通に言ってくれてたぞ、静蘭さんが…」
「細かいことは気にすんなよ切島、漢らしくねぇぞ!」
「アンタが気にしなさすぎなんでしょ…」
切島に笑顔でそう言う衝也にあきれながらも促された席に座る耳郎達。
そんな彼らを見た衝也は相変わらず笑みを浮かべながら耳郎達の方を見続けている。
「いやー…わざわざ遠いところからご苦労だったな三人とも!さあ、俺に貢ぐものを渡してくれ!さあ早く!前置きとか全然いいからとりあえず貢物を!」
「なんか妙に楽しそうかと思ったらそれが理由か!?現金だなおめぇ!」
「はは、何か五十嵐君らしいね…こういうの!」
「ったく…なんか見舞いに来たのが一気にばからしくなってきた…。」
「ほれほれ、早う早う」と言いながら催促をする衝也の姿に思わず声を上げた切島と、嬉しそうな、ほっとしたような笑みを浮かべる緑谷、そして、あきれたようにため息を吐く耳郎。
三者三様の反応を示す耳郎達だったが、その表情はどことなくうれしそうで、ほっとしているような、そんな表情をしていた。
一瞬にして四人の(主に衝也による)バカ騒ぎが始まったが、それを後ろから見ている静蘭はあきれ半分の笑みを浮かべていた。
(全く…照れ隠しとはいえ、こんなに騒がなくてもいいだろうに…。家の子はほんと、変なところで純情だよなぁ…狡い作戦とかすぐに立てるのに…。)
母親だからこそわかる衝也の照れ隠しの行動に思わず小さく笑ってしまう。
照れてるのを隠そうと必死に騒ぎ立てる衝也をしばらくほほえましく見守っていた静蘭は、持たれていた壁から背を離し、横で同じように笑顔で息子を見守っていた衝駕へと声をかける。
「さて、それじゃ私たちはちょっと席をはずしておこうか衝駕。」
「うーん、その方がいいみたいだねぇ…せっかく衝也君のお友達といろいろ話せそうだったんだけど…」
そういって衝駕も身体を動かすと、衝也と一緒に話していた切島が慌てて声をかける。
「あ、別にそこまで気を使ってもらわなくても大丈夫っすよ!お二人もくつろいでてください!俺らはお二人のおまけみたいな感じっすし…」
「あはは、そんなことはないさ切島君。その証拠に、衝也君のその嬉しそうな笑顔、僕はかなり久しぶりに見たよ。」
「ば!?ちょ、父さん!別に喜んでるわけじゃねぇって!いや、確かにただでなんかもらえるのはうれしいけど!」
「物欲の塊だね…」
「性欲の塊のブドウよりはましだけどな。」
照れたように父親の言葉に反論しつつも、緑谷の小さなつぶやきへの返しも忘れない衝也。
そんな彼を見て軽く笑った静蘭は、気にしないでほしいというように軽く手を横に振った。
「気を使わなくても大丈夫さ。少し席を外すだけで、帰るわけではないしね。それに…」
「?」
「私たちがいない方が、言いやすいだろうし、ね?」
そういって軽くウインクをして笑顔を浮かべる静蘭はそのまま病室を後にする
「衝也、耳郎ちゃんたちに迷惑をかけないようにね。」
「わかってます!さすがにお見舞いに来てくれた友達に迷惑かけたりしないって!」
前にきちんと注意だけは忘れない。
衝也の返事を聞いた静蘭は「よろしい」とつぶやいて今度こそ病室を後にした。
衝駕もそれに続き「皆、衝也君のことよろしくねぇ!」と言い残してから病室を後にし、扉を閉めた。
それを見ていた耳郎達はしばらくの間、扉を見ていたが、不意に耳郎がポツリと衝也に向けて声をかけた。
「ったく、家の母上は心配しすぎだっての…。」
「衝也」
「ん?どしたん耳郎?」
「アンタんちの親、かっこいいね。」
「……醜いアヒルの子とでも言いたいわけか?」
「卑屈すぎる…」
「いいさいいさ。どうせ俺は家族唯一のフツメンですよ。遺伝子の残酷さが生んだ醜き子ですよ…」と耳郎の言葉を卑屈にとらえた衝也はベッドで布団に丸まり軽く泣き始める。
地味に気にしていたらしい。
そんな彼を見て、耳郎は(そういう意味じゃないんだけどなー。)と思いつつも伝えるのがめんどくさかったのでスルーした。
「ま、とりあえず…静蘭さんたちの気遣い無駄にしないためにも、早めに言っちまうか…」
「ん?何を早めにいうんだ?」
切島のつぶやきが聞こえた衝也は、ベッドからモゾモゾと動き、視線を切島の方へ向ける。
すると、目に入ったのは切島のみならず緑谷、耳郎と、いつになく真剣な顔をしている三人だった。
そのただならぬ雰囲気に、思わず衝也は身構えてしまう。
「ど、どしたんお前ら…そんな怖い顔して…」
「衝也…」
「お、おう?」
切島に名前を呼ばれて、若干つまらせながらも返事をする衝也。
そして、切島たちは、ゆっくりと
「「「ありがとう」」」
その頭を、ゆっくりと下げた。
予想外のお礼とお辞儀に頭が追い付いていないのか、切島は口を半開きにしたまま切島たち三人を見つめている。
「お前が、お前が命がけで俺たちを助けてくれてなかったら、俺たちはきっと…いや、確実に殺されてた。傷だらけで、ボロボロで…動けない体に鞭打ってまで…俺たちのことを、守ってくれた。だから…俺たちは今ここで怪我らしいけがなく立っていることができるんだ。」
「ぼ、僕、たくさん迷惑かけちゃって…足ばっかりひっぱってたけど、どうしても、お礼の言葉だけは言いたくて!こんな頭下げて、お礼の言葉だけ言って…チャラになるような、そんなちっちゃなものじゃないけど…それでも、お礼だけは、どうしても言いたくて!」
「ま、ウチはもう三回もアンタに助けられてるし、ね。それに、言ったでしょ?借りの作りっぱなしはウチのしょうに合わないんだって。いつか、今よりももっと強くなって、必ずこの借りは返す。だから、だからさ、今はこれだけで、我慢しといて。」
そういって、三人はゆっくりと下げていた頭を上へと上げる。
そして
「「「ありがとう」」」
彼らができる精一杯の笑顔で、もう一度お礼の言葉を口にした。
強くなる。
衝也に負けないほど、強く。
そう心の中で誓いながら。
そんな彼らの笑顔を、ただただ茫然と見ていた衝也は微動だにせずそのまま彼らを見続ける。
「…?衝也?」
長いようで短い沈黙が病室を支配するのが耐えられなかったのか、たまらず耳郎が衝也に声をかける。
そんな彼女の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、衝也はぽつりと誰に言うでもなくつぶやいた。
「ありがとう…か…」
「…?なんか言った?」
「いや…」
耳の良い耳郎が衝也が何かつぶやいたのに気づき、声をかけるが衝也は軽く頭を横に振った後、照れたように頬を掻き始めた。
「んー…なんていえばいいのかな、俺としては…さ…自分がバカみたいに突っ込んじまった半ば自業自得の怪我だと思ってるし…俺一人だけじゃ、たぶんこんな怪我どころじゃすまなかったんだとも思ってる。それに、俺は自分がもう二度と後悔しないように行動したわけで、お前らがそんな気にすることじゃないっていうか…あー、えっと…なんだその…つまりあれだ…ああくそ!なんか、調子狂ったなぁもう!」
ガシガシと頭を掻きながらぐおおお!と変なうめき声をあげる衝也。
どうやら予想外のお礼に照れてしまい、言いたいことがうまくまとまっていないように見える。
そんなちょっと珍しい衝也を物珍しそうにまじまじと見続けていた耳郎達。
彼女たちの視線に気づいているのかいないのか…
衝也は頭を掻くのをやめてバッと耳郎達の方を向く。
照れて顔が赤く見えるのは果たして彼女たちの気のせいだろうか。
「とにかく!あれだ!お礼言われたら、あー…とりあえず…
どういたしまして!だ!!」
「「「……」」」
「……」
「「「…ブフォッ!」」」
「笑うなぁ!!くっそ、お前ら動けるようになったら覚えてろよ畜生!!」
「い、いや…だって…ここまで溜めて、結局…どういたしましてって…ほかになんかなかったの…ブフッ!」
「うるせぇ、こっちみて笑うんじゃねぇよ耳郎!つーか後ろ二人も隠れて笑ってんじゃねぇ!!」
「あははは…だめちょっと、こっち見ないで、さっきのどや顔の『どういたしまして』が…あぁ、笑いすぎて…腹筋痛いぃ…!あはははは!」
「耳郎お前ほんとに覚えとけよ!?てか後ろの二人ぃ!!床に膝ついて爆笑してんじゃねぇぞこの野郎ぉ!!」
何を言っていいのかわからず、勢いに任せてどういたしましてと叫んだ衝也のそのシュールさに思わず吹き出してしまう三人。
三人のその反応にぐがああ!とベッドの上で雄たけびを上げる衝也。
今、この時こそ身体が動いてほしいと思ったときはそうは無いというのは後の本人の言葉である。
やはりというかなんというか
衝也のいる場所は、どうあがいてもにぎやかになるというのはもう決まっているようだった。
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衝也の『どういたしまして事件』からの笑劇も過ぎ去った五十嵐病室。
耳郎達はとりあえず本題であるお見舞いの品を衝也へと手渡し、特にすることもないので必然的に他愛もない世間話をすることとなった。
ちなみに、お見舞いの品なのだが
『へいへーい!お前ら早く貢物を渡しな!そうすればさっきの爆笑はチャラにしてやるからよ!』
『言ってろバカ。んで、切島と緑谷は何もって来たの?』
『耳郎、おめぇほんとに容赦ねぇな…俺はあれだな、フルーツの盛り合わせ。なんか病院の見舞いって言ったらこれくらいしか思い浮かばなかった。』
『え!うそ…じ、実は僕もその…フルーツの盛り合わせをお見舞いに…』
『げ…嘘…二人ともフルーツの盛り合わせ?』
『もってことは、耳郎、まさかおめぇも…』
『フルーツの盛り合わせ。ばっちり三人ともかぶっちゃったわけね…。まあ病院といったらフルーツだし、仕方ないよ。というわけで、ほい衝也、フルーツの盛り合わせ三人前。これがお見舞いの品ね。ありがたく受け取んなよ。』
『お前らのお見舞いの品のレパートリーの少なさに俺は猛烈に絶望した…激しく絶望した。甘味だけじゃなく辛味もくれよ…フルーツダイエットかよ。』
見事に三人ともダダ被りであった。
衝也が寝ているベッドの横にはリンゴやらなにやら色とりどりのフルーツが盛りだくさんで、全部食べたらもうむこう三週間は衝也の身体にビタミンはいらなくなるのではないのかと思うほどの量である。
「それでよ、爆豪の奴その場に集まってたやつら全員をモブ扱いしてA組は目の敵にされちまったってわけよ。もう学校にあるトレーニングルームや訓練場を使ってる時の視線が怖いのなんのって…」
「ぼ、僕も登校のときとかすごい視線を感じるようになったよ…ちょっと怖いくらいに。まあ、かっちゃんらしいと言えばらしいよね。」
「おうおう、爆豪のせいでお前ら苦労してるのぉ…。これは俺も退院した時にちょっと気を付けなきゃなぁ。今のうちにB組の皆さまに媚売っとこう。…フルーツの盛り合わせ持って。」
「アンタ、よくお見舞い渡したウチラの前でそんなこと堂々と言えるよね…」
「ん?でもB組ってどこの組だ?つーか何科だっけ?普通科?ヒーロー科はA組だけだもんな…つーことはB組は普通科か!」
「アンタ、絶対媚売るのよした方がいいよ。絶対に。」
耳郎があきれたような表情を衝也に浮かべた後、げんなりした表情だった切島はふと視線を衝也の方へとむけた。
「そういや、衝也は体育祭どうするんだ?」
「ん、まぁ怪我もギリギリ一週間前には治ってるだろうし、リハビリがてら筋トレして体育祭始まるまでにコンディション整えるしかないだろ。」
「リハビリがてらに筋トレ…」
「まずはダンベル20キロくらいからかねぇ…あ、後は勘を取り戻すためにも演習場とか借りないとな」
「…アンタ、自分の身体に何か恨みでもあんの?」
リハビリがてらにとんでもないことをしようとしている衝也に軽く顔を引きつらせる緑谷と耳郎。
そんな二人と衝也を見てあきれたように笑い声をあげていた切島はふともぞもぞと落ち着きなく動き始めた。
それに気づいた衝也は、いち早く切島に声をかける。
「どうした切島?尿意か?それとも便意か?」
「言い方に悪意しかねぇ!?普通に便所でいいだろうが!」
「じゃあ、間をとって便所意で」
「なんだよそのエンジョイみたいな言い方…」
ケラケラと笑いながら自身をからかう衝也を見てまたもやげんなりとした表情を浮かべた切島は、仕方ないという風に首を横に振った後、ゆっくりと座っていた椅子から立ち上がった。
「さってと…それじゃあ、ちょっとトイレ行ってくるわ。」
「便所じゃねぇんだな。」
「おめぇいい加減にしとけよ…つーか、ほんとに元気だよな、心配して損したわ!」
「おいおい、この包帯だらけの姿が見えないのか?」
そういって自身の身体を見せる。
彼の頭を除いて身体はほとんど包帯だらけで、動かせそうなのはリカバリーガールが治してくれた右腕のみ。
その右腕もリカバリーガールの指示で、次彼女が来るまでなるべく動かさないようにとのことである。
「ま…怪我をしても衝也は衝也ってことだわな。ちと安心したわ。」
「安心して漏らすなよ。」
「漏らすか!ほんっとにおめぇは…」
そういって呆れた様に笑いながら病室を出ようとする切島と、それを見ていつもの笑みを浮かべる衝也。
そんな中、緑谷は急に慌てたように立ち上がった。
「あ、き、切島君!ぼ、僕も一緒に行っていいかな?なんか、五十嵐君としゃべって安心したらつい…」
「おう、じゃあ一緒に行くか緑谷!ついでにトイレどこにあるのか知らねぇから教えてくれ!」
「わからないで行こうとしてたんだ…あ、じゃあ、またすぐ来るね!」
そういいながら切島のもとへと駆け寄っていった緑谷。
そして、切島とともに衝也と耳郎の方へと手を振りながら病室を出ていった。
残されたのはベッドの横にある椅子に座ってる耳郎とベッドで寝ている衝也の二人だけになってしまった。
「衝也…」
「うぬ?」
「仮にも女子がいるのにそういう話する?」
「…すまん」
仏教面でそういってくる耳郎にただただ平謝りをする衝也。
確かに、女子がいるこの場であのジョークはするべきではない。
自身の軽率な行動を反省しながら申し訳なさそうにしている衝也を見て、耳郎はあきれた様にため息を吐いた後、話をつづけた。
「ま、けどさ…切島が言ったことじゃないけど、ほんとに、大したことなくてよかったよ。一時はほんとどうなるかと思ったし」
「ん?おう、まぁな。まぁ、まさか俺もこんなに早く治療できるとは思わなかったよ。リカバリーガール様様だよほんと。右腕とかよく残ってたよな、的なこと言われたし。」
そういって、うんうんとうなずく衝也を見て耳郎は少しだけ表情を曇らせた。
「は…?ちょっと、それってどういう意味?」
「ん、ああ。なんかな、リカバリーガールが言うには、最後の一撃あったろ、俺が脳無に撃った奴。あの威力の衝撃出してたら普通腕ごと爆散してるはずなんだって。」
「爆…ッ!?」
「いやぁ、その話聞いたらさ俺って案外ついてんのかもなぁ…なんて思ったりして…」
豪快にアハハハと笑う衝也だったが、次に視線を耳郎に向けた後、思わず笑うのを止めてしまった。
耳郎の表情は、どこか不安げで、悲しそうな、いつもの前向きな彼女には珍しい表情を浮かべていたからである。
その表情を見て、思わず衝也は気まずそうに視線をそらしてしまう。
すると耳郎は、急に椅子の上に足をのせ、器用に椅子の上で体育座りをしておでこを膝の間につけて顔を俯かせた。
そして、何かを考えているのか何もしゃべらずにそのままになってしまった。
重く、気まずい無言の空間の完成である。
思わず衝也は上を見上げてしまう。
なにやら知らないうちに地雷のようなものを踏んでしまったようである。
(くっそ…重苦しい、気まずい。何が悪かったんだ今の発言の…。ちょっとした冗談みたいな話だったのに…まあジョークではなかったんだけど。顔も悪い、女の子の会話もだめじゃ…俺、男としてあれだぞ…)
がっくりと心の中で肩を落とす衝也だったが、実際何かいい案があるわけではないのでどうしようもない。
せめて何か会話でもしようとするが、悲しいかな生まれてこの方付き合うどころか告白すらされたことのない非モテなフツメンである彼に女の子と楽しく話できるほどのイケメンスキルも話題もないのである。
まさしく八方ふさがりとはこのことだ。
それでもなんとか会話をしようとうんうんうなっていると、不意に耳郎が体育座りのまま話しかけてきた。
「衝也はさ…」
「ん?」
「衝也はさ、強いよね…ほんとうに。」
「?…どうしたよ、いきなり。」
いきなりの耳郎の言葉に思わずきょとんとしてしまう衝也。
そんな彼の問いかけに、耳郎は顔を上げずに、淡々と答えていく。
「だってそうでしょ?あれだけ傷だらけでも、動けない体してても立ち上がって、まだあって1か月くらいしかない友達のために、全力で戦って、そして勝つんだからさ。マジでヒーローって感じじゃん。」
「それは…なんだ、あれだろ、火事場のバカ力ってやつなんじゃねぇの?ピンチになってたまたま出せた力であってさ、本来の力とはまた違うんじゃねぇかなぁ?」
そういって軽く笑い声を出す衝也だったが、耳郎はその言葉には反応せずに話を続けていく。
「…怖かった。」
「?」
「切島はさ、アンタが血だらけで倒れてるのを見て、『情けなくて悔しかった』って言ってた。自分が弱かったから、友達のアンタをあそこまで傷つけることになったんだって。」
「あいつ、そんなこと言ってたのか…気にしなくてもいいのに、切島らしいつーか何つーか…」
そういって苦笑いする衝也だが、耳郎はそんなことには耳を貸さずに話を続けてく。
「そりゃ、ウチだって情けなかったし悔しかった。アンタを、山岳ゾーンで会った時に止めていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって。自分がもっと強かったら、アンタの足を引っ張ることにはならなかったんじゃないかって…」
「……」
「だけど…一番最初に感じたのは、恐怖だったんだ。アンタが、衝也が死ぬかもしれない。もう会えなくなるかもしれない。アンタの笑顔を見ることも、声を聴くことも、バカなことしてるとこ見ることも、何もかも全部できなくなるんじゃないかって思ったら…怖くて、怖くて、涙が止まらなかった。」
「……」
「もう、いやだよ。友達が、目の前で傷ついて、血だらけで倒れるのなんて、見たくない!」
「……」
顔を上げずに、そう呟いた耳郎は、時々嗚咽を混じらせながら、肩を震わせている。
先ほどまでの明るく、前向きで正直な彼女とは打って変わってしまっていて、衝也も少しだけ表情を暗くする。
ヴィランが襲撃してから一週間もたっていない。
そんな短期間で、そのとき受けた傷をいやすことなど、できないのだ。
特に、切島や耳郎などの、受けた傷が大きいものであればなおのこと。
まだ決して克服できているわけではないのだ。
友を失いかけたその悔しさや後悔、そして恐怖から。
中には、自分自身で答えを見つけ克服できたものもいるのかもしれない。
しかし、普通ならば、このように些細なきっかけで傷が開いてしまうはずなのである。
かつて、衝也がそうだったように。
(つらいよなー…そりゃ。つらくないわけ…ないよな。)
目の前で友が死にかけていて、ましてや当事者なのだとしたら、それは深い傷として残るのだろう。
その傷を乗り越えて、前へ進めるようになる者はけっして多くはない。
耳郎はその震える声のまま…そっと、つぶやくように衝也へと問いかける。
「ねぇ、ウチは…どうしたらアンタを守れるほど強くなれる?ウチは…どうしたら誰かを守れるほど強くなれる?ウチは、本当に…誰かを守れるような…
ヒーローに、なれるのかな…?」」
不安、恐怖、悲しみ、葛藤、様々な感情が入り乱れている彼女のその問いかけに、衝也は…
「もちろん、なれるに決まってんだろ。」
「え…ッ!?
間髪入れずに即答した。
何の迷いもない、すがすがしいほどあっさりと、そう言い放った。
その瞬間、耳郎の肩はピクリと跳ね上がり、そのまま、ゆっくりと顔を上げる。
耳郎の目は涙であふれ、彼女の頬には涙の跡が見える。
そんな彼女の視線の先にある衝也の顔は
いつもよりも少し優し気で、耳郎が強くなれることを一切疑っていない、晴れやかな笑顔だった。
「俺の持論、耳郎は一回聞いてたっけ?」
「…『知ってる』か『知らないか』で、その時の行動は…変わる。」
「正解!」
そういって衝也は嬉しそうに軽くうなずくとさらに言葉を続けていく。
「今回さ、耳郎達はきっと『知ること』ができたはずなんだ。誰かを失う恐怖や悔しさとか。そして、それを知ったものは否が応でも変わっていくもんなんだと俺は思うのよ。まぁ、それが良い方向へいくか悪い方向へ行くかはその人次第だけどな。」
「…じゃあ…ウチだって、良い方向へ行くかは、わかんないじゃん。もしかしたら、悪い方向に」
「ないないないないそれはない。まかり間違ってもそれはない。だっておまえ、
自分で言うほどそんな弱くねぇもん、むしろ結構強いと思う。」
衝也のその自信たっぷりのその言葉に耳郎は思わず目を見開いてしまう。
自分は強くはない。
だって、強かったら、衝也をここまで傷つけるようなことにはならなかったはずなのだから。
それなのに、目の前の男は、そんな自分を強いと言っている。
「さっきお前は俺のことをさ、会って一か月も経ってない友人のために体張れるなんてすごい、みたいなこと言ってたけどさ、そのあって一か月も経ってない友達の身を心配して本気で止めてくれたのはどこのどなたでしたかな?」
そういって、軽く肩をすくめながら衝也は笑みを浮かべて耳郎の方を見つめ続ける。
「ヴィランの攻撃から俺を助けてくれて、脳無から俺を守ろうとしてくれて、自分が殺されそうになっても、ずっと俺のそばにいてくれたのは…お前だろ?あの時お前が死柄木から助けてくれなかったら、俺マジでやばかったんだぜ?」
「……」
「あの時、お前は、俺に『一人じゃない』って、そう言って笑ってくれただろ?俺を安心させようとして、俺を守ろうとして、必死にそう言って、俺を守ってくれた。少なくともさ、その姿は俺にとって
ヒーローそのものだったよ。」
「…っ!」
「だから、あんまり思いつめんなって、切島みたいにパパッと切り替えちまいな。耳郎は弱くなんてないさ。少なくとも、ここに一人、お前に救われた命があるんだから。友達の命を救うために命張れるほど優しいお前が、弱いわけねぇだろーよ。心配性なんだから。」
そう言って、耳郎の方へと手を伸ばし、ぐりぐりと頭を撫でまわす。
乱暴そうに見えて、それでいて優しく、温かいぬくもりを感じるその無骨な手の平に撫でられると、なぜだがすごく心が安らいで、ものすごく、安心してしまう。
その瞬間、耳郎は下を俯き、何粒ものしずくを床へと流していく。
「…ウチ、強くなるから!」
「おう。」
「アンタを守れるくらい強くなるから!」
「おう。」
「皆を守れるように、だれも失わないよう強くなるから!!」
「…おう!」
衝也に撫でられながら、顔を下に向け、何度も、何度も、そう誓い続ける耳郎。
そんな彼女を、衝也はどこかの女性のように優し気な笑みをしながら、撫で続けていた。
そんなことがあってから10分後
(……気まずい。)
あの後、必死に耳郎のことをなだめ続けた衝也だったが、ふと、自分は何をしてたのかと思ってしまう。
耳郎に偉そうなことをのたうち回り、上から目線で強くなれるだのなんだの。
挙句の果てには女子の頭を撫でてしまう始末。
いや、まぁ撫でたことはこれで三回目になるが。
それにしたってこれはもう駄目である。
気まずいどころか…冷静に考えて
(偉そうに上から目線で言えるほど偉くねぇだろうが俺は!ああもう、穴があったら飛び降りたい…)
「はぁ…」
隠れるどころかもういっそ死にたいと思ってしまう衝也はベッドの上で重苦しい溜息を吐いてしまう。
一方の耳郎はというと、窓際のほうで椅子に座り、窓枠に肘をつき、頬杖をしながら窓の外を見ていたが
(……ハズイ)
顔を真っ赤にして猛烈に恥ずかしがっていた。
衝也の右腕の話を聞いて、ふと、ふたが外れたかのように思っていたことや隠していた弱音を全部ぶちまけてしまった挙句、男子に慰められ、あろうことか頭を撫でられる始末。
末。
いや、まぁ撫でられたことはこれで三回目になるが。
それにしたってこれはさすがに恥ずかしすぎる。
自身のコードを指でいじくりながら必死に冷静になろうとする、が
(なんだよ、アンタを守れるほど強くなるからって…何言ってんだウチは!?これってなんか…その…聞きようによってはなんか!こ、ここ、こく、告白してるみたいじゃん!?まぁ、ち、ちがうけどね!これはあくまで、そう友達として!友達として衝也を傷つけないようにするだけであって…そこに恋愛感情なんてものは無い!そう、絶対ない!ありえない!)
ぶんぶんと首を横に振って自分の中に浮かんできた考えを否定する。
確かに告白といえば告白だが、どちらかというとこのセリフは男子が言うような告白セリフなのだが、耳郎はそのことには気づかない。
(ていうか、あれだなぁ…前から思ってたけど、衝也の手って意外と大きくて無骨だよね…なんか、ちょっとごつごつしてたし…)
そこまで考えて、ベッドの上にいる衝也の手元の方へと視線を移動させる。
よく見ると、衝也の手はまめのあとやタコができており、意外とボロボロで大きいことに気づく。
(温かかったな、アイツの手……てぇ!!ウチは何を思い出してるんだこのバカ!?)
頭の上に手を置きながらぼーっとしていた耳郎だったがすぐに正気に戻り、真っ赤な顔をして首をぶんぶん横に振る。
それにつられて耳郎の耳たぶのコードもぶんぶんと揺れる。
そして、首を振るのをやめた耳郎は
(あー、もうはずぎる…穴があったら飛び降りたい。)
やはり隠れるどころか死にたいと思ってしまう耳郎は思わずため息を吐く。
そんな中、こんな空気をどうにかしたかった衝也は、自身の脳をフル活用して何とか話題を作り出し、最初にこの気まずい空気を破って見せた。
「いやぁ…しかしあれだなぁ!切島と緑谷の奴は遅いなぁ!?トイレに一体何分かかってんだろうな!?もしかして、マジで大きい方だったりして!」
「…女子の前でそういうのよしてよって言ったじゃん。」
「…あ、す、すまん」
「……」
「……」
本日二回目の沈黙に突入である。
(馬鹿か俺は!?あの時もうトイレの話題はNGだっつったろーに!?いい加減学べやこのアホ!そんなんだからお前は告白もされないし彼女もできないんだ!このくそ非モテDT野郎!!…あ、今のちょっとへこんだ…。)
学習しない自分に思わず心の中で自虐的に罵倒してしまう衝也。
もう何が正解で何が間違いなのかもわからなくなってきてしまっている衝也は何か助けになるもの、せめて話題になるものでもないかとあちらこちらに視線をやる。
そして、隣の棚に置いてあるフルーツの盛り合わせを見て、もうこの際なんでもいいから話題にしちまえ!と半ばやけくそに話題を作る。
「な、なあ、ちっと腹減ったんでフルーツかなんか食っていい?」
「…わざわざ許可なんて取らなくても、もうアンタにあげたもんなんだから、好きに食べなよ。」
「…だよな!悪い悪い。」
相変わらず窓の外を眺めたままそっけなく返す耳郎に軽くわらいながら謝罪する衝也。
作戦失敗である。
(もう誰でもいいからこの状況を何とかしてくれ!てか切島と緑谷はほんとどこで何してんだこのやろー!)
と心で涙を流しながら、フルーツの入れ物に静蘭が入れておいてくれた果物ナイフを右手でつかんだ衝也は、その果物ナイフを目の前のテーブルに置き、今度はリンゴを(お一応食べたい。さっきから口の中が乾いてしょうがない)手に取ろうとしたとき
「ちょっとまって。」
「うお!?」
いきなり耳郎にその手を止められてしまった。
突然のことで軽く目を丸くしてしまう衝也だったが、右手を素直に引っ込め二郎の方を向く。
相変わらず耳郎はこちらに目を合わそうとはしないが、それでも身体だけはこちらに向けてくれていた。
「…どしたん耳郎?」
「どうしたじゃない。アンタね、自分がどんな状態か本気でわかってんの?絶対安静、何でしょ?」
「?そりゃまぁな。医者からもリカバリーガールからもそういわれてるし…。」
「だったらなんで果物なんて切ろうとしてんだよこのアホ。右腕も使うなって言われてるんでしょ。第一アンタ今左手使えないでしょうが。そんなんで果物切ったら怪我するっての。」
「…だからって、皮剥かなきゃ食えんだろ?さすがに丸かじるはちょっと…」
そう言って首を傾げる衝也を見て、耳郎は思わずといったようにガシガシと頭を掻く。
「…ああ、もう!ここまで言ってなんでわっかんないかなぁ?ウチがやるから、アンタは動かなくていいって言ってんの。全く、目ぇ放したらすぐ動こうとすんだから、あきれるよほんと。」
「あ、ああ…なるほどそういうことね。さ、サンキューな耳郎!」
そう言って衝也から果物ナイフを奪い、リンゴを片手でわしづかみ、くるくると皮をむき始める耳郎。
その様子はなかなか様になっており、それなりに料理をやっていることがわかる。
耳郎がリンゴの皮をむく音が響く中、とりあえずすることもないのでじっと耳郎の皮をむく姿を見続ける衝也は、何とはなしに口を開いた。
「耳郎ってさ、俺の母さんになんとなく似てるよな。」
「アンタは、ウチがあんなにスタイルよく見えるわけだ…。何、嫌味?」
「俺もたいがいだけど、お前も卑屈だなおい…」
ギロッ!という音が聞こえてそうなほどにらみをきかせた耳郎に思わずげんなりとした表情を浮かべてしまう衝也だったが、軽くせき込んだ後、気を取り直して話を続けていく。
「そうじゃなくて、性格がってこと。」
「性格?」
「そ、面倒見のいいところとか、優しいところとかさ、そういう内面が似てるってこと!」
「…ウチが怒った時には般若が出てくるんだ。なるほどねー。」
「だっから、なんでそう捉えるかなーったく…。」
「あはは、冗談だよ冗談。ま、とりあえずは褒め言葉として受け取っとく。」
「もっと素直に受け取ってくれよ。」
またもやげんなりとして肩を落とす衝也の姿を見て、思わず笑ってしまう耳郎。
そんな彼女をみて、とりあえずは何とか空気がよくなってきているのを感じた衝也はほっと息をなでおろす。
そして、視線を再び耳郎の方へとむけた。
「…ていうかさ」
「ん、何?」
「お前そこまで自分のこと卑下にしなくてもよくないか?」
「は…どういう意味それ?」
衝也の言葉に思わず皮をむく手を止めて首を傾げてしまう耳郎。
そんな彼女を見て衝也は話を続けていく。
「目だって大きくてクールでかっこいいし、髪だってさらさらしててきれいだし、その耳のコードだってなかなかかわいいじゃん?見たところ肌だって結構きれいみたいだし、もうちょい自分に自信もってもいいんじゃね?」
「……」
「…おい、リンゴ、落ちたぞ?」
いきなりの衝也の言葉にフリーズした機械のように動かなくなってしまう耳郎。
手元からごとりとリンゴも落ちてしまっている。
そんな彼女を見て心配そうに衝也は問いかける。
そんな衝也に耳郎は視線を勢いよく向け、ズズイと詰め寄っていった。
心なしかその顔が真っ赤になっている。
「…ッ!あ、アンタ!何でいきなりそういうこと…言うかなぁ!?」
「え、いや、褒めてるのに、なんで怒られてんの俺?え、なんかダメだったか?」
「~ッ!ああー!もういい!」
なにやら煮え切らず、声にならない声を上げていた耳郎だったが、半ばやけくそ気味にそう言って落ちたリンゴを拾い上げ、そのまま皮をむくのを再開する。
「…変えようぜ、リンゴ。」
「うっさい、三秒ルールだ。」
「おかしい、俺とお前の三秒にはずいぶん違いがあるみたいだ。」
衝也の問いかけにもそっけなく答え、皮剥きを黙々と進めていく。
そんな彼女の姿を見て、再び衝也は口を開いた。
「にしても、包丁の使い方うまいな耳郎は。」
「ん、まあ時々家の手伝いで料理とかするしね、そこそこはできるよ。」
「おおーすげぇな。そこは俺の母さんとは違うな。」
「え、静蘭さん料理下手なの?だとしたら意外かも…」
そう言って驚いた様子を見せる耳郎だったが、衝也は軽く頭を横に振って否定した。
「いや、普通。ただ俺の方がうまい。」
「ごめんそっちの方が意外だったわ。」
「……」
耳郎の一言で再び肩を落とした衝也を見て、「ごめんごめん、冗談だって」と笑顔でなだめる。
そんな耳郎を見て、衝也はまたもや爆弾発言を落としてくる。
「耳郎は、あれだな。いい嫁さんになりそうだよな、将来。料理もできて性格もよくて、ルックスもばっちりの。」
「……」
「…おい、リンゴ、落ちたぞ?」
またもやフリーズした機械のように動かなくなってしまう耳郎。
またもや手元からごとりとリンゴが落ちる。
そして、また耳郎は衝也の方へと近寄っていく。
やはり、その顔が赤く見えるのは気のせいだろうか?
「…ッ!あ、アンタねぇ!からかうのもたいがいにしないとマジで怒るかんね!?心臓破裂させるよ!?」
「褒めた見返りがむごたらしい!?」
もう何が何だかわからないよ!という風に頭を抱えそうになる衝也に、耳郎はもう何度目かわからないため息を吐いた後、ゆっくりとリンゴを拾い上げ、皮をむき始める。
「なあ」
「三秒ルール!!」
「…はい。」
そして、待つこと数分
「はい、アンタの横入れのおかげでずいぶんと時間かかったけど、ちゃんと剥けたよ。」
そう言って、お皿に盛った(ナースに持ってきてもらった。)リンゴを衝也のテーブルへと置く耳郎。
それを見た衝也は笑顔で耳郎の方へと顔を向けた。
「手間かけちまったな耳郎。サンキュー!」
「ほんと、リンゴ剥くのにこんな疲れたのたぶん初めてだわ。」
軽く肩を拳でたたきながらそういう耳郎にお礼を言いながら衝也は視線をリンゴへ向ける。
「うーむ、落ちたリンゴを食べるのには勇気が…」
「ちゃんと洗ってるから大丈夫。ほら、さっさと食べな。」
「おお、そっか、ならいいや。それじゃあ早速…」
そう言って衝也はリンゴを食べようと右腕を動かそうとするが
「ちょ!?いきなり何右腕動かそうとしてんの!?」
それを耳郎に止められてしまう。
「え、いや、だって、俺今右腕しか動かないし。」
「だから!右腕も絶対安静なのに、どうして動かそうとするかなぁアンタは!全く。」
そう言ってあきれた様にため息を吐く耳郎だったが、対する衝也は困惑したように耳郎へと、肝心な質問を投げかけた。
「けどよ、右腕動かせないんじゃ俺リンゴ食べれないんだけど…?」
「あ……」
衝也のその言葉に一瞬目を見開いた後、耳郎は何秒か固まってしまう。
そして、しばらく何かをぶつぶつとつぶやいたき始めた。
「これって、どう考えてもそれしかないよね?ほかに方法もないし、もう完璧にそれしかにないよね?いやでも、それはさすがに…」
「?」
ぶつぶつし続ける耳郎を不思議そうに見続ける衝也だったが、不意に耳郎が覚悟を決めた様に長く息を吐き、
突然テーブルに置いてあったフォークをつかみ始めた。
「いい?これは、その…仕方なくだから!アンタは今両腕が使えなくて、リンゴが食べれない、だから、仕方なく、仕方なく!やるんだからね?そこのところ、変に、その、勘違いしたりしないでよ!?ウチがやりたくてやってるわけじゃない!OK?」
「?ああ、わかった…けど何を?」
何を言ってるのかよくわからないがとりあえず了解だけはする衝也。
それを見た耳郎は大きく深呼吸をすると、
自身が持ってるフォークでリンゴを刺し、
そのリンゴを
「ほ、ほら、口開けなよ…。」
衝也の方へと差し出した。
そう
これは
いわゆる
『あ~ん』というやつである。
そう、よくリア充どもがやっていて、人によっては恨みを込めた目で見るイベント、
『あ~ん』である。
(え…あれ、ちょっと待って、あれ?これ、あれ?これ、あれ、これどういう状況?)
突然のことに脳内がパニックに落ちいてしまった衝也は目の前に差し出せれたリンゴと耳郎に交互に視線を泳がせる。
「…すまん、これどういう状況?」
「ど、どういう状況って…い、いいからアンタは早くリンゴ食べなってば!」
「え!?いやこれだってどう考えても」
「それ以上言ったらアンタの心音ウチの心音で消し飛ばすよ!」
「殺されるのか俺は!?」
(いや、のんきにツッコミ入れてる場合じゃねぇ!とりあえず、落ち着け、素数を数えるんだ、あれ…素数ってなんだっけ?3.141…ってこれは円周率じゃねえか!?あれ、ちょっと待って、思考回路が追い付いていませんですことよ!?)
思わず心の中で叫びながらも必死に、何とか状況を整理しようと周りを見る、
目の前の耳郎は手をこちらに伸ばして、自分が食べるのを待っている。
顔の向きは気恥ずかしいのか完全に横に向いているが、時折こちらをちらちらと見てくる。
ついでに耳のコードも時折プラプラと揺れていた。
その耳は上から下まで真っ赤である。
もう何が何やらさっぱりな状況である。
もうどうしてこうなったのかも衝也には理解できなくなってしまっている。
(とりあえず落ち着くんだ、冷静にあたりを見渡せ、てか目の前でちらついてるこれはなんだ!?リンゴだよな?リンゴでいいんだよな?)
もはや目の前に差し出されたリンゴが果たしてリンゴかどうかもわからないくらい混乱してしまっている衝也は、きわめて、冷静に、そう冷静に言葉を投げかける。
「リンゴが俺を食べればいいんだよな、耳郎?」
「え、え、何!?ごめんちょっと、きこえなかった、かも…」
訂正、両者ともに冷静じゃないらしい。
「俺がリンゴを食べればいいんだよな」と言いたかった衝也だったが、彼の口から出てきたのは世にも恐ろしい人食いリンゴであった。
そして、耳郎も緊張しているのかどうなのか、珍しく声を聞き取れずにいたらしい。
衝也は今度こそと、大きく息を吸う。
「俺は、リンゴを、その…食べればいいんだよな?え、ていうか、ほんとに食べていいのか?え、こういうのってもっとこう、好きな人同士でやるもんじゃないのか?」
「う、うるさいな!しょうがないじゃん、アンタは腕使えないんだから!べ、別に友達同士でやったって問題はないでしょ!いいから、早く食べなって、ウチ、もう腕が疲れてきたんだけど!」
チラチラとこちらを横目で見ながら必死にそういう耳郎の言葉を聞いて、衝也は思わず固唾をのんでしまう。
生まれてこの方、母親以外の異性からこんなことなどされたことがない。
ましてや付き合ったこともない衝也は、こういったことにかなり慣れていないのである。
静蘭の言う通り、変なところで純粋な男である。
「え、えと…じゃあ、その…食べます。」
「んっと…そ、その…どうぞ。」
衝也がそういうと、耳郎も少しだけ返事をして後、リンゴを衝也の口へと近づける。
そして、衝也は、意を決したように目をつむって耳郎の方を見ないようにし、口を大きく開けて、前へと持って行った。
そして、そのリンゴが衝也の口へと入ろうとしたその瞬間
「うぃーっす、衝也!見舞いに来たぜー!」
「…ッッ!!?」
「ゴフガァッ!!!!??」
いきなり開かれたドアに驚いて、耳郎は差し出してたリンゴ付きフォークを思いっきり前へと突っ込んでしまう。
そして、慌てた様にフォークを離し、ドアの方へと顔を向ける。
すると、そこには
上鳴を先頭に、クラスのみんなが続々とドアの方から病室へと入ってきていた。
「五十嵐君!クラス委員長としてお見舞いに来させてもらったぞ!皆でお金を集めて高級なメロンを買ってきた!ぜひ食べほしい!」
「あ、切島の言う通り耳郎がいた。てことはやっぱお前ら三人はもう病院についてたのな。」
「やっほー響香ちゃーん。五十嵐君大丈夫だった?」
「五十嵐ぃ!無事か!?腕おれてねぇか!?欲求不満になってねぇか!?てか、かわいいナースのおねぇさんいないか!?」
飯田、上鳴、葉隠、峰田と、続々と入ってくるクラスメートたちを茫然と見つめる耳郎。
「え、皆…なんでここに?」
「お見舞いだってさ。」
「あ、緑谷!切島も!」
耳郎の質問に答えてくれたのは、そんなクラスメートに混じって病室に入ってきた緑谷だった。
もちろん、隣には切島もいる。
「実は、僕たちが病院についた後、飯田君が皆に五十嵐君のお見舞いに行こうって提案してたんだって。」
「飯田が?」
「なんでも、皆でお見舞いに行けば衝也も喜ぶんじゃねぇかってな。それで、俺らにも連絡してくれたらしいんだけど、ほら、俺らってそのときもう病院だったじゃん?だから携帯も電源切ってて気づかなくてさ。」
「それで、とりあえず僕ら以外の人が集まり次第病院に行くことになったらしくて、それでみんなとさっきトイレに行った帰りにちょうど鉢合わせしたってわけなんだ。」
「ま、ダチを思う熱い気持ちはみんな一緒だったってことだな!爆豪と轟はきてないけど。爆豪はともかく、轟は何か、この病院だけはだめだとか言って、来なかったんだ。お金は後で渡すらしいけど。」
「な、なるほど、そうだったんだ。」
緑谷達んの話を聞いて納得したようにうなずいた耳郎のもとへと1-A女子たちが耳郎のもとへと駆け寄っていく。
「もう、響香ちゃん、お見舞いに行くなら行くで誘ってくれればいいのに!」
「あ、ご、ごめん。皆用事とかあるかと思って…」
「五十嵐ちゃんが心配なのはみんな同じよ?耳郎ちゃんばっかり背負わなくてもいいのよ。」
「あ、ありがと蛙吹。」
蛙吹のねぎらいの言葉を聞いて困惑しつつも嬉しそうに笑顔を浮かべる耳郎。
そんな耳郎に、芦戸は不思議そうに声をかけた。
「あ、そういえばさ、さっき響香ちゃんさ、五十嵐と何してたの?なんか見つめあってるようにも見えたけど」
「へッ!?い、いいいい、いや別に!?な、なな、何もしてなかったけど?あ、芦戸の見間違いかなんかじゃないの?ね、ねぇ衝也!」
芦戸の質問に慌てた様に両手を大げさに横に振り、ベッドの方にいる衝也に声をかける。
が、
「ま、まずいぞ皆!?五十嵐君の、五十嵐君の喉にリンゴが、しかもフォークに刺さったリンゴがまるで刺さったかのようにつっかえてしまっている!だ、だれか、すぐにナースコールを!!」
『え、えええええええええええええ!!』
肝心の衝也は飯田に支えられながら口からフォークの持ち手を出しながら白目を剥いて気絶していた。
その後、何とか大きな怪我もなくフォークとリンゴを取り出すことはできたが、しばらくの間衝也はリンゴとフォークを見ると震えが止まらなくなってしまっていたとか。
そしてそれを見るたびにどこかのロッキンガールが
「ご、ごめん衝也。ほんと、ごめん」
と謝っていたとかいないとか
次回は本編です。
この病院の入院が、とある少年の苦悩を救うきっかけになる…かも!?
こうご期待です!
まあ病院と言ったら彼しかいませんよね!
うひょーやっと体育祭やー!!
トーナメント大好き!
あ、でも…障害物競走と騎馬戦あるやんけ…うわぁ…