衝也君…どんな容姿してるのかわかんないかもしれない、ということに
本文でわかってることなんて…顔がめっちゃ平凡なフツメンだってことくらいじゃないですかね…
どうしよう…
てなわけで番外編その…
その……
……どうぞ!!
「は、母親…この人が…衝也の…?」
「うっそ…」
「…!」
エレベーターにて衝也の母親であるという女性、五十嵐静蘭と出会った耳郎達は
驚きのあまり顔を絶句させてしまっていた。
切島は口をあんぐりと開けて静蘭の方へと人差し指を向け、耳郎は半ば茫然としたように静蘭を見つめ、緑谷に至っては驚きのあまり固まってしまっていた。
当の静蘭はというと、彼らのあまりの大声に軽く驚いてしまった後、すぐに面白そうに目を細め、優し気な笑みを浮かべた。
「ふふ、まさかそんなに驚かれるとは思わなかったなぁ…。私があの子の母親だというのがそんなに意外だったかい?私としてはよく似ていると思うんだが…ほら、笑った時の目元とか、息子に似てないかい?周りからよく似ていると言われてるんだ。」
優しい笑顔のままズズイ!と顔を耳郎達に近づけながらそう問いかける静蘭。
その彼女の問いかけに対し、切島は動揺をしつつもなんとか答えようとする。
が
「いや、あの…意外ってーかなんというか…衝也の母親であることが意外だっていうか…その…ぶっちゃけ全然母親に見えないというか…。あ!いや、似てないとかそういうわけじゃ…なくてですね…。」
「…?」
動揺と緊張のせいかしどろもどろなセリフを小さくつぶやくことしかできない。
それを見て、静蘭はやはり笑顔のまま少しだけ首を傾げた。
どうやら切島の言っている意味があまり理解できていないらしい。
それでも彼が何とか言葉にしようとしているのを見て、文句も言わずじっと切島が言葉をつづけようとするのを待つ静蘭のその対応は、まさに大人の女性といった感じである。
しかし、切島としてはこんな美人にじっと見られ続けると、非常に心臓がうるさくなってしまい、もう緊張やらなんやらで何を言ったらいいかもわからなくなってしまう。
あたふたと視線をあちらこちらにやっている切島を横目で見た耳郎は、あきれたようにため息をはくと、ゆっくりと一つ深呼吸をした。
「あの…こんなことを聞くのはすごい失礼だってわかってはいるんすけど…その…静蘭さんはおいくつなんすか?」
「!なんだ、切島君は私の年齢が聞きたかったのか…それならそうと言ってくれればいいのに。あまりにも緊張しているから一体何を聞きたいのか、と少しひやひやしてしまったよ。」
耳郎の質問を聞いた静蘭は一瞬キョトンと目を丸くした後、すぐにまた先ほど通りの笑顔を浮かべた。
世の女性がされたくない質問TOP3には入るであろうその質問にも、笑顔で返す静蘭を見て、質問をした耳郎は内心で安堵のため息をはく。
「しかし、私のようなおばさんの年齢を聞きたがるなんて、君たちも物好きなものだね。まあ、若い女性にはそもそもこんな質問ができないか。ん?待てよ、ということはだ、年齢を明かすことへの羞恥心をなくしてしまった私はもう本格的におばさんへの道を歩んでいるということかな…?それはそれでいやだな…」
「いや…ていうか静蘭さん、高校生の子供持ってるような年齢には見えないですよ。20代って言っても全然違和感ないくらいっす。」
静蘭が少しばかりがっかりしたような表情を浮かべるのを見て、思わずそう口にしてしまう耳郎。
切島と緑谷の二人もしきりに首を縦に振り耳郎の言葉に肯定の意を示す。
それを見た静蘭が「はは、最近の子供はお世辞がうまいんだね」と嬉しそうな笑みを浮かべたその瞬間
軽い音とともにエレベーターのドアがゆっくりと開いていった。
それを見た静蘭は「とりあえず、降りようか」と着いた階を指さしながらこちらを振り返るのを見て、耳郎達は慌てたように静蘭とともにエレベーターから降りていく。
病人が入院する階のためか、下の階よりかなり静かで、それでいてより強い消毒液の匂いが漂うその廊下に、嬉しそうに笑顔を浮かべる静蘭の話声が響き渡る。
「ふふ、20代に見えるなんてお世辞を言われたのは初めてだが、嘘と分かっていてもなかなかどうしてうれしいものだね、ありがとう。」
「い、いやいや!マジでそんくらいに見えますよ静蘭さんは!もうほんと、めっちゃ美人っす!」
「きき、切島君の言う通りですよ…!もう、ほほ、ほんと…すすす、すごいお綺麗で…」
静蘭のその言葉を聞いて、切島は首をぶんぶんと横に振りながら静蘭の言葉を否定する。
緑谷も首をぶんぶんと縦に振り肯定の意を示す。
それを見た静蘭は少しばかり目を細めた後、笑顔で首を軽く横に振った。
「いや、見た目は多少化粧で若作りしてはいるけど、肩こりや腰痛も年を重ねるたびにひどくなっているんだ。41にもなると、身体のあちこちにガタが出始めてくるんだ…。君たちのような若い子たちが時々うらやましくなるよ。」
「「「まさかの40代!?」」」
「む…こら、声が大きいよ。ここは病院だ、大きな声は出さないように、ね?」
そういって大げさに腰をたたいて困ったような笑みを浮かべる静蘭だが、耳郎達三人は静蘭がさらっと言った年齢に驚愕する。
この美貌と若さでまさかの40代…まるでアニメの登場キャラクターのような見た目と年齢の違いに三人はただただ驚愕するのみである。
驚きのあまり廊下で大きな声を出した三人をしっかりと注意し、三人が慌てたようにうなずくのを見た静蘭は、優し気な笑顔で軽くうなずいた後、小声で「そんなに驚くかな…確かに本当かどうか疑われたりするけど…」とつぶやきながら首を傾げていた。
そんな彼女を見ながら、ふと耳郎はなにかを思い出したように静蘭に話しかけた。
「あの…静蘭さん、ちょっといいすか?」
「ん?どうしたんだい耳郎ちゃん?」
「その、衝也の奴、どんな感じですか?」
どことなく不安気にかんじる声色で静蘭にそう聞く耳郎の顔は、少しばかり表情が曇っており、切島や緑谷も同じように顔に不安や心配の色を浮かべていた。
彼女たちの言葉を聞いた静蘭は、わずかに目を見開いた後、優し気な表情を浮かべた。
「大丈夫、息子は至って元気だよ。意識もしっかりしてるし、怪我も…まあ大したことはあるが、後遺症も残ることはないし、何より本人が全くその怪我を気にしてない。医者と…あー、確か…リカバリーガール、だったかな?その方の話では遅くても後一週間で退院できるそうだ。」
「ほんとう、ですか…?」
「もちろん。息子の友達の前だ、下手な嘘は言わないよ?」
「…衝也のやつ、本当に無事なのか…よかったぁ!」
「五十嵐君…よかった…!」
静蘭の言葉を聞いた切島は嬉しそうに笑顔を浮かべ、緑谷もほっとしたように胸をなでおろしていた。
そんな中、耳郎はゆっくりと大きく息を吐きその顔を俯かせ
「よかった…ほんとうに、よかった…」
と安堵したようにつぶやいていた。
よく見ると、彼女の肩は少しばかり震えており、彼女が心の底から衝也のことを心配しているのであろうことが、静蘭の目に見て取れた。
そんな彼らを見て、静蘭は嬉しそうに目を細めて笑顔を作る。
しかし、不意にずっと俯いていた耳郎が顔を上げてこちらを向いてきたため、静蘭の視線が彼女に移る。
「…静蘭さん」
「?何かな耳郎ちゃん?」
名前を呼ばれた静蘭は視線を耳郎に向けたまま軽く首を傾げる。
そして、次の瞬間、静蘭の瞳が大きく見開かれた。
「…すいませんでした!」
「うおっ、ちょ、耳郎!?何やってんだよ!?」
「じ、耳郎さん!?」
突然、耳郎が謝罪の言葉とともにその頭を下げたからである。
それを見た切島と緑谷も混乱しているのかあたふたと耳郎と静蘭に視線を行ったり来たりさせている。
そんな中、静蘭だけは視線を耳郎から放すことなく彼女のことを見続けていた。
「…衝也のやつが傷ついたのは、ウチらのせいなんす!ウチらは、ウチらは、衝也のやつが傷だらけなのを知ってて、それなのに衝也のやつを止めることもできなくて!衝也のやつに…ずっと頼ってばっかりで…ウチが、ウチがあいつのことを止めていれば…ウチがもっと強かったら!衝也も、こんなことにならずに済んだんです!ウチが…ウチが…!」
そこまで口にして、顔を廊下の地面へとむけながら、小さく肩を震わせる耳郎。
いつの間にか『ウチら』は『ウチ』へと、自分自身へと変わっていた。
順序も内容もバラバラでめちゃくちゃ、事情を知らないものが聞いていたら理解するのも難しいのではないかと思う耳郎の謝罪の言葉を聞いていた切島と緑谷は、ただ悔しそうに握りしめていた拳を震わせている。
そう、この場にいるもので事情を知らないものは一人もいない。
耳郎も切島も緑谷も、そして、静蘭も。
事情を知らないものは、誰一人としていないのだ。
だからこそ、耳郎がどうして謝っているのか、それが理解できないものは誰もいない。
内容もしっちゃかめっちゃかで、頭に浮かんできた言葉を吐き出しただけのような彼女の叫びを、静蘭は何もせず、ただただじっと聞いていた。
そして
ゆっくりと、ゆっくりと表情を変えずに、彼女のもとへと歩み寄る。
コツコツと、歩く靴の音が響き、静蘭が耳郎の目の前に来た途端その音がやむ。
静蘭の腕は、ゆっくりと耳郎のもとへとのびていく。
そして、彼女の手の平が
ポフンっ、と耳郎の肩へと置かれた。
「ありがとう。」
その言葉を聞いて、耳郎は思わず固まってしまう。
いくら優しそうな人だとは言っても、自分の息子があそこまで傷ついた。
そして、その原因には少なからず自分も関与してる。
少なくとも、耳郎自身はそう思っていた。
罵倒されても仕方がない、文句を言われても、何を言われても仕方がない。
例え、謝っても、許されないかもしれない。
それでも、どれだけそれが怖くても、この人には、きちんと、自分の気持ちを伝えたうえで
謝らなければならない。
そう思っての謝罪。
しかし、返ってきたその言葉は、罵倒でも怨嗟の叫びでもなく『ありがとう』だった。
「事情はすべて、校長先生と警察から聞いたよ。…ヴィランに襲われていたというのに、それでもなお、逃げることなく君たちは、私の息子のそばにいてくれた。息子のことを、助けてくれた。」
「ち、違う!ウチはあいつのことを…」
「違わないさ」
衝也を助けられてなんかいない、あの時私は、衝也のことを助けることなんてできていなかった。
そう言おうと静蘭に顔を向けるが、
静蘭は、優し気な笑顔で、耳郎の言葉を否定した。
「あの子は、君たちがそばにいてくれたからこそ…敵に打つ勝つことができたんだ。君たちが、衝也のことを見捨てずに、ずっとそばで戦い続けてくれていたからこそ、衝也は…あんな傷だらけの身体でも戦うことができた。君たちがいてくれたから、あの子は大切なものを守り通すことができたんだ。友達という、あの子にとってとっても大切なものをね。」
「…っ!」
「だから、ありがとう。ずっと、息子のそばにいてくれて。息子を、一人にしないでいてくれて。もし、君たちが息子を置いて逃げていたら、きっと、息子はここにきていることすらできなかっただろうから。」
「……っ!!」
「息子のそばで逃げずに戦ってくれていた君たちは…私たちにとって、息子にとって
最高のヒーローさ。お礼くらい、言わせておくれ。」
「うっ…あ…。ごめん、なさい…!ごめんなさい!!」
静蘭の言葉を聞いた耳郎は、顔を上げることはなく、ただただ謝り続ける。
静かな廊下に、きれいな雨を落としながら、何度も、何度も。
いつの間にか、後ろで聞いていた二人の少年も涙を流してしまっている。
そんな彼らを見て、静蘭は思わず小声で嬉しそうにつぶやいてしまう。
「まったく…いい友達を持ったなぁ…家の息子は」
息子の安否を、ここまで心配してくれる友がいる。
そんな些細なことが母親である静蘭にはとてもうれしく感じてしまう。
警察や、雄英高校の校長や担任から、衝也がどういった経緯で、そして、『何のために』ここまで傷を負ってしまったのか、話には聞いていた。
自分のクラスメートを、友達を守るために、それこそ命を懸けて敵と戦い、勝利したことも…あの時起こったすべてのことを、謝罪の言葉とともに包み隠さず教えてくれた。
大切な、大切な自身の息子。
今やたった一人だけになってしまった、愛すべきわが子。
そのわが子が、いくら友を守るためとはいえ、ここまでの無茶をして、親が黙っているはずがない。
大声で、それこそ両目に涙を溜めながら問い詰める自身と夫にすまなそうな顔を向けながら
『ごめん、でも…俺、あの時決めたんだ。もう、二度と…二度と失わないようにって。あいつに…誓ったんだ』
はっきりと、自分たちを見すえながらそういった。
その瞬間、自身も、夫も、何も言えなくなってしまった。
あの時と同じ、覚悟を決めたような、そんな息子の顔。
自身が母親であることを忘れてしまったあの日から、
そして、自身が母親であることを思い出したあの日から
息子の覚悟は、信念は何も変わっていないのだということを、理解したから…理解、してしまったから。
なら、母親として自分ができることは
(見守ることぐらいしか…ないのかなぁ。)
例えどれだけ学校側に悪い感情を覚えても、どれだけ息子を止めたいと思っても、
息子が走っていくその姿を、ひたすらに応援し続けることしか、できないのかもしれない。
息子が走るその道が、息子にとっても、自身にとっても茨だらけの過酷な道であろうとも、である。
息子の傷だらけの姿を見ながらも、それを止められないというのは…親としてはくるものがある。
(まあ、自分の友達のためにあそこまでボロボロになるバカ息子…茨があろうが槍が降ろうが…私や旦那が止めようが…止まることはないんだろう…。家の子、わが子ながらものすごいバカだしなぁ…。頭も、行動も…中身も)
日頃のわが子の行動を思い出して、感慨深そうに首を縦に振った静蘭はその顔を、耳郎達の方へとむけた。
切島と緑谷は、いまだ俯いて肩を震わせている耳郎の方へと駆け寄り、励ますように声をかけている。
そんな様子を見て、静蘭はゆっくりと表情を笑顔へと変えていく。
衝也いわくぶっきらぼうだけどほんとはすごく優しい耳郎、衝也いわくだれよりも漢らしく、友達思いな切島、衝也いわくあがり症でよくビビるけど、しっかり芯の通ってる緑谷
毎日、毎日、楽しそうに学校であったことや自分の友達のことを話し続ける衝也のおかげで、会ってもいないのに名前を当てられるくらい詳しく?なってしまったが、
あんなに楽しそうに友達のことをしゃべるわが子を見るのは、初めてだった。
特にこの三人と轟、蛙吹、峰田、尾白、飯田、上鳴という人物の話を聞くことが多い。
今回の事件でも、耳郎達に助けられてばかりだったということを、しきりに話していた。
『高校に行ってからさ、俺にはもったいないくらいの友達が、たくさん増えたよ。まあまだ一か月くらいしかたってないけどなぁ…一人は絶対俺のこと友達とは思ってないだろうし…後は友達とは思いたくないやつも一人いるし』
(こんな良い子たちが、息子の友達なら…少しは安心しても、いいのかな?)
わずかに、その表情を笑顔に変え、自身が肩にかけていたバックに手を入れながら、いまだ肩を震わせる耳郎の方へと歩いていく静蘭。
そして、俯いている彼女の顔の前に、自身の取り出したハンカチを、そっと出した。
それに気づいた耳郎はゆっくりと顔をあげ、視線をハンカチから静蘭の方へと移す。
「…!せい、らんさん…」
「泣かないでくれ耳郎ちゃん、せっかくのかわいい顔が台無しだよ。それに、謝られてばかりじゃ…なんだか悪いことをしたみたいで悲しくなってしまう。」
「…!あり、がとうございます…」
「ああ、どういたしまして。…うーむ、お礼を言われたら言われたでなんだかこそばゆいな。」
(自分の息子を思って、涙を流してくれるような、そんな子が衝也の友達なら)
どこかのバカと似たようなセリフを言いながら、笑顔を浮かべてハンカチで耳郎の頬を流れる涙をぬぐう静蘭。
その言葉を聞いた耳郎は、涙をぬぐいながら、何度も何度も、お礼の言葉を述べていた。
そのまましばらくした後、耳郎は静蘭とともにお手洗いへ行き、女の子のための諸々のケアを手伝ってもらった後、再び衝也の病室へと足を進めていった。
「耳郎さん…その、大丈夫?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね緑谷、切島も。」
歩みは止めずに軽く目をこすりながら緑谷の問いかけにうなずく耳郎。
それを聞いた緑谷は「そ、そんな…謝らなくても!ぼ、僕が勝手に心配してるだけで…」と慌てたように首を横に振る。
そんな彼の言葉に賛同するように切島もうなずく。
「そうだぜ耳郎!悔しいのは俺らだって同じなんだ!これから衝也みてぇにどんどん強くなって、ちゃんとあいつを守れるようみんなで前見て走ってこうぜ!」
「…うん、そうだね…ありがと、切島。」
少しばかり感慨深そうにしながら拳を上に高々と上げる切島にお礼を言った耳郎。
そんな彼らを見て、静蘭は笑顔を浮かべつつ耳郎達へと視線を向ける。
その顔はどことなく心配しているように見える
「ふふ、強くなりたいと思うのはいいことかもしれないが、焦りすぎるのは良くないよ切島君。君たちはまだ高校1年生。焦って強さを追い求めても、いいことの方が少ない、逆につらくなるだけさ。」
「?そうっすかね?俺は、今すぐにでも強くなりたいって、今はそう思うんですけど…」
そういって拳を握りしめてそこに視線を送る。
その表情はどことなく悔しそうだが、歩いているのに集中できていなかったのか変に足がもつれてこけそうになってしまう。
「うおっと!?」と思わず声を出してこけないよう踏ん張りを効かせようとする切島を見て、耳郎は「なにやってんだか…」と笑顔を浮かべている。
緑谷も心配そうに駆け寄るが、その顔は少しばかり笑っている。
「ふふ…それに、衝也だって最初から強かったわけじゃないさ。君たちと違うのはたぶんあれかな…強くなりたい、強くならなくてはいけない。そう思い始めた時期が少しだけ早かったからじゃないかな?」
静蘭の何かを思い出しているようなその顔を見て、思わず首を傾げる耳郎たち。
その表情にはどこか、悲し気な雰囲気が漂っていて、今までの静蘭とは少しばかり違ったような気がしてしまう。
しかし、それも一瞬で、すぐに静蘭はあきれたような笑みを浮かべて耳郎達に顔を向けてきた。
「それに、あの子は普通の高校生よりは強いだろうけど、普段の行動は…ねぇ…君たちもわかるだろ?」
「「ああ、確かに。」」
「ちょ!?し、失礼だよ二人とも!いくら親御さんが言ったからって…」
静蘭の言葉に思わず賛同してしまう耳郎と切島。
そんな二人を慌てて注意する緑谷だが、本人もそう思っていること自体はバレバレだった。
そんな彼らを見て静蘭は思わずといったように笑みを漏らしてしまう。
「ふふ、切島君といい耳郎ちゃんといい緑谷君といい、本当に優しい子ばかりだな…。」
そう呟いた静蘭は、ふと歩いていた足を止めて耳郎達の方へと顔を向ける。
その表情は先ほどよりも真剣で、後ろをついていくように歩いていた耳郎達も、思わず足を止めてしまう。
「……」
「あ、あの…静蘭、さん?どうかしたんすか?」
数秒の沈黙の後、恐る恐るといった風に静蘭へと声をかける耳郎。
そんな彼女たちを一瞥した静蘭は、少しばかり顔に笑みを浮かべた後
深々と、頭を垂らした。
「息子を、よろしく頼むよ。」
突然のことに目を見開いて驚き、固まってしまう三人。
だが、そんなことはお構いなしという風に静蘭は頭を下げたままはなしを続けていく。
「君たちの知ってる通り衝也は、私の息子は大バカ者でね…何かあるたびに一人で突っ走って、勝手に怪我をして、困らせることも多いだろう。君たちにも迷惑が掛かってしまうかもしれない。君たちの優しさに甘えるようで、本当に申し訳ないが…もしよかったら、息子のそばに、これからもいてくれないかい?」
これは、恐らく、五十嵐衝也の『母親』として、彼女が三人にお願いするもの。
このお願いに、彼女の息子に対する思いが、葛藤が、不安が、希望が、様々な思いが詰まっているのだろう。
「今、あの子に必要なのは…誰かの支えなんだ。そして、その支えに…私たち『親』はなることができない。まして私は、一度母であることを忘れてしまった人間だ。そんな人間が、あの子の『本当の』支えになることは…おそらくできないだろうから。だから…
息子のことを…よろしく頼む」
そう言って、よりいっそう深く、深く頭を下げる静蘭。
そんな彼女の言葉を聞いて耳郎達は
「もちろんす、任せてください。」
「当り前ですよ!ダチを支えるのは漢として当然のことっす!」
「ぼ、僕も、五十嵐君は…大切な友達ですから!」
三人とも、間髪入れずにそう答えた。
そのあまりの即答っぷりに、思わず呆けた表情をして、顔を上にあげてしまう
それぞれ、悔しさや不安などいろいろな思いを抱えていたのだろう。
衝也を傷つけてしまった不甲斐なさや、何もできなかった自分自身へのいら立ちや葛藤。
それがあることをうっすらとではあるが、わかっていながら静蘭は、息子を頼むと、そうお願いを…してしまった。
それなのに、それなのにこの子たちは…
(ああ、本当に…いい友達を持ったな…衝也。)
こんな最高の笑顔を浮かべて、任せてくださいと、当然だと、大切な友達だと、そういってくれた。
目からこぼれ出た小さなしずくを静かに指で掬い取る静蘭。
そして、一度大きな深呼吸をして
自分のできる精一杯の笑顔を浮かべ
「ありがとう。」
精一杯の感謝を込めて、その言葉を口にした。
そして、気を取り直すかのように大きく一度手をたたいたかと思うと、静蘭はその両手を左手にある扉の方へとむけた。
「時間を取らせてしまい申し訳なかったね。さて、少しばかり時間をかけすぎてしまったが、無事たどり着くことができました!ここが私の息子の病室だよ。」
笑顔で軽く拍手をしながら扉の方へと三人を案内する。
静蘭に背中を押された三人が扉の横にあるプレートを確認すると、静蘭の言った通りばっちりしっかり『五十嵐様』という文字が書かれていた。
「ここが衝也の病室か…やばい、何かまた緊張してきた。」
「ぼ、僕も…お手洗い済ませとけばよかった…」
「…二人とも緊張しすぎだっての」
ごくりと、緊張したように喉を鳴らす切島と緑谷を見て若干あきれた表情を浮かべる耳郎。
そんな彼らを見て、面白そうに笑みを浮かべた静蘭は、ゆっくりと手を扉の方へとかけていく。
「ふふ…そんなに緊張しなくても大丈夫。衝也も君たちが来見舞いに来たのを見ればきっと喜ぶさ。あ、ただ…あの子は今怪我が怪我だけに絶対安静の指示を受けていてね。一応、身体を動かすのも今は禁止になってるんだ。今日明日あたり、リカバリガールが治癒をしにこちらに来てくれるそうだから、リハビリはそのあとということになっているんだ。食事も腕を動かしてはいけないから介助をしてるような状態だしね。君たちにとっては少しばかり退屈になってしまうかもしれないし、お見舞いの品によっては今日は食べられなかったりするかもしれないが…そこは了承しておいてくれるかい?すまないね、せっかくのお見舞いだというのに」
耳郎達の方を向いてすまなさそう謝ってくる静蘭だが、対する耳郎達は気にしないでほしいという風に頭を横に振った。
「大丈夫すよ、お見舞いの品だって、別に衝也が食べてくれるんならいつ食べたってかまいませんし。それに、ウチらはお礼を言うためにここにきてるんです。楽しもうと思ってお見舞いに来てるわけじゃないですから。」
「まあ、退屈させねぇように楽しませようとは思ってるんっすけどね!」
「えぇ…僕、お礼とお見舞いのことくらいしか考えてなかったんだけど…」
「さっきの物まねでも見せてやれ!あいつきっと噴き出すぞ、間違いなく!」
耳郎が笑顔でそういったかと思えば切島が二カッと葉を見せて笑いながら頭を掻き、緑谷は知らず知らずのうちに物まねをやる雰囲気になったのを感じて、(おかしい、絶対におかしい気がする)と何度も首をひねっていた。
そんな彼らを見て、静蘭は、「そうか…」と嬉しそうに目を細める。
「まあ、とりあえずは君たちの元気な姿をあの子に見せてあげてくれ。あの子、病院に来た日から、皆に怪我はなかったか、そのことが気になってしょうがないみたいだから。それと、
できれば笑顔で、お礼の方を言ってほしい。そうした方が、きっとあの子も喜ぶだろうから。少なくとも、謝罪よりはずっと、ずっと…ね?」
「…っ!はい!」
「もちろんっす!!」
「は、はい!」
静蘭の言葉を聞いて、各々力強く、それでいて笑顔でうなずく三人。
それを見た静蘭は満足そうにうなずいた後、
「それじゃ、行こうか?」
ゆっくりと、病室のドアを開けて、消毒液の匂いがわずかにする室内へと入っていった。
そして、耳郎達に向けた笑顔よりもすこし優しさが上乗せされたような笑顔を浮かべて部屋の中にいるであろう衝也へと声をかけた。
が
「衝也、グッドなお知らせだ。君の友達が…」
「だぁぁぁ!もうさっきから変なとこで頑固だなぁ父さんは!いいからその手に持ってる紙袋を渡せって!!」
「だ、だめだよ衝也君!こ、これは絶対に渡さないからね!?」
病室内に響き渡る叫び声とその声におびえてるかのような声を聴いて、静蘭はその笑顔のまま歩みを言葉を止めてしまう。
耳郎達も口をあんぐりと開けてしまっている。
それはそうだろう。
先ほど、ほかならぬ当人の母親から絶対安静になっていることを聞いたというのに、その本人、五十嵐衝也は
思いっきりベッドから降りて、紙袋を抱きしめてじりじり壁際に後退している中年男性を追い詰めようと歩いていたのだから。
「ていうか!その紙袋持ってくるよう父さんに頼んだのほかならぬ俺なんですけど!?なんでここまで持ってきて置いて渡すの渋ってんだよ!?持ってきたんだったら渡してくれないと俺が困っちまうんですけど!?ギブイッツプリーズ!!」
「だ、だめだ!これは絶対に渡さないよ!?ほ、ほんとだよ!絶対だからね!?」
「さっさと渡さんと大けが負わせるぞこの愛すべき最高のお父さんがぁ!!」
「大けがして入院してる衝也君に言われても説得力皆無なんだけど!?あとありがとね!衝也君も最高の息子だよ!」
じりじりと間合いを詰めていく衝也に対して、これまたじりじりと後退していく中年男性。
優しそうで、それでいてどこか抜けていそうな、そんなイメージを見せるこの男性は先の会話から推測して衝也の父親なのだろう。
顔もいわゆる草食系イケメンと言われそうな顔立ちで、そう悪くはない。
なんと、あの顔で衝也の家庭は美形揃いだったらしい。
遺伝子はかくも残酷なものである。
と、ここで、後退を続けていた父親(仮)が不意に反撃に出る。
「て、ていうか!お父さんは衝也君にメールで『父さん、わりぃんだけど俺の部屋のベッドの下にある紙袋持ってきてくんない?さすがに母さんに持たせるわけにはいかないしさ。思春期でもある男子高校生の切なる願いを聞いてくれ!頼む!』っておくられてきたから、ああこれはきっとそういうものが入ってるんだろうな、それじゃあお母さんには持たせられないよね、しょうがないなぁ持って行ってあげよう!と思ってきたのに!いざ渡そうとしてみたら!」
そこまで言って父親(仮)は紙袋の口を下に向け、そのままガサガサと上下に揺らし始める。
その紙袋の中から
大量のダンベルやらおもりやら…
筋力アップのためのトレーニングの道具が音を立てて床に落ちていった。
「これだもの!!お父さん思わず二度見をとおり越して四度見くらいして中身確認しちゃったよ!しかも幸か不幸か衝也君に渡す前に!通りでそういう本にしては重いなぁ、なんて感じるわけだよ!何が思春期男子の切なる願いだ!思春期男子が入院中こんなものを親に持ってこさせるかぁい!!」
「思春期男子は皆筋トレにあこがれてんだよたぶん!父さんだって学生の頃はドラゴン○ールに影響されてひっそり身体に重りとかつけて筋トレして、ひっそりかめはめ○の練習とかもしてたんだろ!?あれと同じようなもんでしょうが!?」
「全然違うからね!?ていうか何さりげなく僕の黒歴史ばらしてるの!?一体誰から聞いたのそんなこと!」
「母さんだよ!」
「やっぱりか!ていうか、こんなものわざわざ僕に頼まなくても母さんに頼めばよかったじゃないか!」
「母さんじゃすぐに中身に気づいちまうだろぉが!父さんならアホだから絶対に気づかないと思ったんだよ!アホだから!だから絶対に渡してくれるって信じてたのに!最後の最後で裏切りやがって!」
「失礼極まりない信頼をしないでくれる!?とにかく、これは絶対に渡しません!絶対安静って言われてるんだからさっさとベッドに戻るの!」
「待てよ父さん!じゃあせめてダンベル!ダンベルだけでも!」
「ダンベルだけでもだめに決まってるでしょ!」
「20キロ…いや、10キロの重さのやつでもいいから!それくらいの重さのやつならいいだろ!?」
「重さの問題じゃなくてそんな状態で筋肉を傷めつけようとするなって言ってるの!」
「大丈夫だって!こんな軽いトレーニングで悲鳴上げるような筋肉じゃないからさ俺!頼むって!」
「今の衝也君の筋肉は酷使しすぎて悲鳴も上げらんないでしょうが!」
「ああもうわがままだな!じゃあもうハンドグリップでどうだ!」
「わがまま言ってるのそっちでしょ!握力ならいいとでもいうと思ったのかい!?」
「じゃあもういいよなんでも!とにかく、母さんが来る前に一個でもいいから器具を」
「ふむ、私が来る前にということは…少なくとも私が来たら怒られることは自覚しているわけだ?」
「当り前でしょうが!昨日ちょっとスクワットしようとしてあれなんだ!トレーニング機器持ってこようものならもうとんでもないことに…!」
そこまで言って、じりじりと父親(仮)を追い詰めていた衝也の足がぴたりと
まるでねじの切れた人形のように動かなくなる。
衝也の目の前にいる父親(仮)はまるで待ち望んでいた助けが来たように安堵したような表情を浮かべている。
そして
ポンと、衝也の肩に綺麗で細い手が置かれる。
ギチギチと、まるで壊れた機械のように首を背後へとむけていく衝也。
彼の背後に手を置いたその女性は
顔に笑顔を浮かべながら、それでいて眼だけは笑っていないというなんとも器用な表情を浮かべている。
衝也は、この人の子の笑顔をよーく知っている。
そう、マジ切れした自身の母親の笑顔である。
「…は、はろー愛すべき最高のマイマザー…ず、ずいぶんと遅かったですね…」
「ああ、遅れてすまないな私の愛すべき最高の息子殿?」
「いやぁ…ははは。そんな、全然気にしてないよ…来てくれてありがとう。えっと…ダンベルとかしかないけど、くつろいでく?」
乾いた笑みで何とか笑う衝也だったが、目に映る母親の笑顔はピクリとも動かない。
そして、ゆっくりとその口が、衝也の世界で一番怒らせたくない生物の口が開かれる。
「うむ…そうだな、せっかく来たのだしくつろいでいこうかな…まぁ、それはそれとして…」
「貴様、覚悟はできてるか?」
衝也の耳元で聞こえてきたその声は、峰田あたりが聞いたら卒倒しそうなほどの恐怖を感じるほどのもので
その直後
一人の青年の悲鳴と謝罪の叫びが病室内に響き渡った。
そんな中、その一部始終を見続けていた三人は
「すげぇな…なんかマジで親子って感じだ。つーか静蘭さんマジでこえぇ。おれ、自分の母親より怖い人見たの初めてかもしんねぇ。」
「ぼ、僕も。そ、それにしても…五十嵐君とお父さん…だよね?なんか雰囲気とか似てるよね。」
「あ、それは確かに思った。耳郎もそう思うだろ?」
「あのバカ…またあほなことして…怪我が悪化したらどうすんだっての…。次またあほなことしたら静蘭さんと一緒にウチのイヤホンジャックで拘束して、意地でもベッドに括り付けてやる。」
「あ、そっちにツッコミ入れるのね…てか、目がマジだぞ耳郎…」
それぞれこの特徴的すぎる五十嵐家の感想をつぶやいていたとかいないとか。
母親の心情というのを書くというのはこうも難しいものなのですね…。
ちゃんと描けたか心配です。
それはそうと、衝也君の容姿ですが…
なんかイラストがあった方がいいのかなぁ
なんて思ったので書いてみたのですが…
もうほんといろいろやばかったのでイラストは無しということにします。
ごめんなさい。
そのうち何とかします。
ていうか、お見舞い編が終わらねぇ