ほんと、あの人の作品とか、あの人の作品とか…面白すぎて先が気になる。
…読み専に転職しようかなぁ
てなわけで番外編その3です
どうぞ
USJ襲撃事件から二日後、まだ幼きヒーローの卵たちが、プロのヒーローたちに向けられている本物の悪と戦い、見事乗り越えた1-Aの生徒たちは、その早すぎる経験に各々恐怖や悔しさ、不甲斐なさを感じながらもそれに屈することなく、ヒーローになるための本当の覚悟を決めた彼らは、再びこの雄英高校へと赴いていた。
今、雄英高校の門をくぐった緑谷出久もまたそんな生徒の一人である。
(お母さんに…ずいぶんと心配かけちゃったな。)
1-Aの教室に足を運びながら、緑谷はおとといの母の姿を思い浮かべる。
息子がヴィランに襲われた。
そんな知らせを聞いた緑谷の母、インコは、彼が警察により自宅に送り届けられたその瞬間、泣き叫びながらわが子を抱きしめた。
良かった…本当によかったと、そう呟きながら強く自身を抱きしめる母の姿を、彼は黙ってみることしかできなかった。
(もっと、強くならないと…!)
そう考え、自然と握られていた拳に力が入る。
母に心配そうな顔で送り出されることのないように、もっと
母に笑顔で送り出されるようになるように、もっと
そして何より、だれかを救えるようになるために、もっと強くならなくてはならない。
あの事件を通して、緑谷はそのことを痛感することができた。
憧れや強き思いだけでできるような甘いものではない。
自分が夢見ている…いや、目指しているものは、そんな生半可なものではないのだから。
(強くなければ…誰も救うことはできないんだ!いくら気持ちが強くたって…それに見合うくらいの強さがないと!)
今回の事件で、緑谷はほとんど何もできてはいなかった。
最初のほうこそ蛙吹と峰田の力を借りて大量の敵に勝つことができたが、そのあとできたことといえば蛙吹と峰田を脳無の一撃から守っただけ。
そのあとは両足が骨折してしまい、ただただみんなに、衝也に守られてばかりだった。
奇しくも、相沢が体力テストのときに言ったとおりの結果になってしまったのだ。
(無個性だったころ以上に…悔しい!力がない悔しさを…力をもらうことができたいま感じるなんて!)
今はだめでも、いつか…
オールマイトからもらったこの個性を使いこなせるようになればきっと
自分は最高のヒーローになれる。
そう緑谷は思っていた。
だが、それはとても甘い考えだったことを、彼はようやく思い知ることができた。
(いつか…なんて甘い考えじゃ、この先一生強くなることなんてできないんだ!いつ、どこで、どんな危険がみんなに降り注ぐのか、そんなのだれにもわからないんだ!いつかじゃだめだ!今日にでも、明日にでも、今すぐにでも!そういう気持ちでいかないと、また、誰かに頼ることになる!)
ヒーローの成長を待ってくれる敵など、テレビや漫画の中でしかいない。
本当の敵とは、突然現れ、その悪意と狂気を振り回すものなのだから。
これからは死に物狂いで、今まで以上に頑張らなければならない。
自分はもう、ただあこがれているだけの少年ではないのだから。
命を賭して誰かを守る、ヒーローを目指す有精卵なのだから。
「もっと…頑張らないと!」
そう呟いて握りしめていた拳に視線を向ける緑谷。
その顔は、かつて無個性だ、デクだとバカにされるたびに泣いていた彼からは想像もつかないほど
強い覚悟を決めたような顔をしていた。
そんな彼は、ふとその拳の根元、つまりは手首の部分に巻き付いている時計に気づき
「あ、やばっ!時間がっ!?遅刻!?」
慌てたように駆け足をし始めた。
そして、走ること2分、何とか予冷前に教室の前にたどり着くことができた緑谷は軽く深呼吸をした後、ゆっくりその大きな教室の扉を開けた。
「む、緑谷君か!おはよう!どうした、今日は少し登校してくるのが遅かったようだが…はっ!もしや、怪我をしていた両足に何かあったのかい!?」
緑谷が教室に入ったその瞬間、大きな声で話しかけてきたのはメガネで真面目なクラス委員長、飯田天哉だった。
ヴィランに襲われた後でも変わることのない彼のその姿勢に緑谷は思わず頬を緩ませてしまう。
「おはよう飯田君、大丈夫、怪我はもう治ってるよ!後遺症も残ってないし…遅れたのはその、考え事をしてたというか…。」
「そうか、まああんなことがあった後だし、そうなってしまうのも無理はないかもしれないな。」
少しばかり言葉を途切れさせる緑谷を見て、飯田は少しばかり表情を暗くし、神妙な面持ちで数回ほどうなずいた。
そんな中、緑谷を見つけた一人の少女が慌てたように彼らのもとへと駆け寄ってくる。
「あ、麗日さん!お、おはよ…っ!?!」
「あー!!デク君、来てたん!?よかったぁ…怪我は!?足はもう大丈夫なの!?」
そう叫びながら駆け寄ってきた少女、麗日お茶子を視界にとらえた緑谷は若干緊張気味に挨拶しようとするが、そんなことはお構いなしといった具合で近づいてきた麗日は彼の全身を至近距離で心配そうに見まわし始めた。
その距離があまりに近いためか、緑谷は両手で必死に赤くなっている顔を隠しながら麗日に話しかける。
「ちょ…!麗日、さん!?だ、だいだい、大丈夫だよ!?ぼぼぼ、僕、なんともない!すっごく元気!だから、大丈夫!!」
「ほんと…?それならいいんやけど…」
若干片言になりながらもそう伝える緑谷の言葉を聞いて、心配そうな表情を浮かべながらも彼から離れていく麗日。
緑谷はその様子を見てほっとしたようなため息をはくとともに、少しもったいないような気持ちを感じた
が、すぐにキョロキョロとあたりを見渡して、誰かを探し始めた。
そんな緑谷の様子に、思わず飯田は不思議そうに首をほぼ直角に傾げた。
「む、どうした緑谷君?誰か探しているのか?」
「あ、いや…その五十嵐君ってどこかなぁって…。五十嵐君、昨日はずっと意識がなかったからあってお礼が言いたかったんだけど…」
そう緑谷がつぶやくと飯田も麗日もわずかに表情を曇らせる。
それを見て緑谷はわずかに顔を首をかしげるが、そんな彼に一人の少年が話しかけてきた。
「衝也のやつは…まだ来てねぇよ。」
「あ、切島君…」
声のした方向へと顔を向けると、そこには神妙な面持ちでこちらに近づいてくる切島の姿があった。
切島は「おっす緑谷…」と右手を挙げて軽く挨拶をするが、その声にも表情にも、いつものような覇気がない。
そんな彼の様子に緑谷は五十嵐何かあったのかと身構えてしまう。
「五十嵐君…何かあったのかな?」
「さあな…それがわからねぇから、みんな不安なんだ…。」
そういってクラスの方を見渡す切島。
それにつられて、緑谷も今日初めて教室にいるクラスメートたちのほうへと視線を向けた。
いつもならワイワイと談笑し、時には上鳴や衝也あたりがバカなことをして飯田に注意されている時間なのだが、今は驚くほど静かで、何人かは話をしているものの、その表情は決していつものように晴れやかではない。
みな、気分が沈んでいるというより、不安がクラス全体を包み込んでいるような感覚だった。
特に、蛙吹と峰田、そして切島と、なんとあの轟と爆豪が重苦しい表情と雰囲気を醸し出していた。
「特に俺や蛙吹とか、あいつと一緒に戦ってたやつらは…さ。その、あいつがどれだけ無茶してたか知ってるから、よけいに、な。リカバリーガールんとこ行ってからなんも報告ないし…」
「…!うん、そう、だよね…心配、だよね。」
顔を俯かせて悲しそうな表情を浮かべる切島につられて、緑谷も表情を暗くする。
そんな中、緑谷は何かに気づいたかのようにふと教室のとある席に視線を向けた。
その席には、まるで壁を作るかのように女子たちが立っており、何人かの女子は時折その席に座っているであろう生徒を慰めるかのように肩に手を置いていた。
(あの席って確か…耳郎さんの席?)
緑谷がその席を見つめてることに気が付いた切島は、少しばかり声のトーンを落として声をかける。
「耳郎のやつさ…衝也の野郎を止めておけばよかったって後悔しててよ…ちょっとばかし、さ。たとえ止められなかったとしても、自分が変に出しゃばったりしないで逃げていれば、あいつがあそこまで傷つくことはなかったんじゃないかって。」
「そんな…それを言うんなら僕らだって五十嵐君に…」
「そうさ、『俺らだからこそ』、あいつの気持ちはよくわかるだろ?」
「っ…!」
切島の悲しそうなそのつぶやきに、緑谷は言葉を詰まらせてしまう。
あの時、衝也は何度も何度も緑谷たちの命を救ってくれた。
だが、その代わり自身の命を犠牲にしてである。
身体中ボロボロで命すら危うかったのにも関わらず、彼は必死に仲間を守るためにその身を奮い立たせたのだ。
そして、そんな衝也に、緑谷たちは甘えてしまった。
彼が動けるような身体ではないだとわかっていながら、自分たちは差し出された彼の傷だらけの手を、見て見ぬふりをして、つかんでしまったのだ。
その結果は、言うまでもない。
ただでさえ傷だらけの衝也の身体を死に体にまで追い込んでしまったのである。
「おめぇだってわかんだろ緑谷…俺らが、もっと…あいつみてぇに強かったら…きっとあいつもあんなことにはならなかったんだ。」
「……」
そういって拳を握りしめ、悔しそうに歯ぎしりをする切島。
それを見て、緑谷も思わず表情を悔しさでゆがめてしまう。
彼のいう強さとは、戦闘能力の強さではない。
戦闘能力という点においては、クラスでも五指にはいるであろう実力者の衝也と、あの場にいた者たちとを比べてもそこまでは劣ってはいない。
実際、轟や爆豪など、衝也と肩を並べているであろう者もいたはずである。
そんな彼らより、衝也が勝っていたもの。
それは、信念と覚悟
この二つが、衝也は他の者たちよりもずば抜けて強かったのである。
もう二度と、大切なものを失わないという信念。
そして、それを成し遂げるのならば命を懸けたってかまわないという本物の覚悟。
たったその二つの強さの違いだけで、あれだけの実力差が生まれるのだ。
そのことを、切島たちは今まさに痛感していることだろう。
「…くっそ!!」
悔しそうに、本当に悔しそうに拳を自身の手の平にたたきつける切島。
緑谷も悔しそうに唇をかみしめる。
そんな彼らを見て、飯田は悲しそうな表情を浮かべる。
(彼らには、きっと…衝也君とともに戦っていた彼らにしかわからない悔しさがあるのだろうな。…いかん、こういう時、友にどういった言葉をかけるべきなのか、僕にはわかりかねる…。緑谷君たちが苦しんでいるというのに…こんなとき、兄さんならば…いや!)
そこまで考えて、飯田は激しく首を振り、くわっとめを見開いた。
それを見ていた麗日が少しだけ驚いたように肩を震わせる
(こういうみんなが落ち込んでいる時こそ、クラス委員長である僕は!いつも通りにいるべきなんだ!クラスを率いるべき僕までが落ち込んでしまっていては、いつまでたってもみんなが立ち直ることができない!)
そして、飯田はゆっくりと深呼吸をした後、一昨日までの自分と同じように大きな声を教室へと響かせる。
「よぉし!皆ぁぁ、時間だぞ!朝のSHR5分前だ!席に着こう!!さあ、切島君も緑谷君も!早く席に着くんだー!!」
そういっていそいそとみんなを席に着かせようとする飯田。
そう、自分が普段通りにしていれば、一時ではあるがきっと
みんなの抱える不安が消えるかもしれない。
皆何がそんなに面白いのか、自分が話をするとあきれたように笑うのだ。
ならば、自分が普段通りにしていればきっと、みんなも少しは笑顔で入れるはずなのかもしれないのだから。
そんな飯田君なりの気遣いにみんなは気づくことはない。
ただ、後から周りに普段と変わらない飯田の様子を聞いたとある少年は
「さっすが委員長だな」と嬉しそうに笑ったのだとか
いいぞガンバレ飯田君!!
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「うおお…なんかとてつもないほど緊張するね…」
「お、おう…なんか、腹が痛くなってきたような気がする。」
そう呟きを漏らすのは、なぜだかものすごく緊張している切島と緑谷の二人である。
透明な自動ドアのセンサーが反応しないギリギリのラインで立って、大きく息を吸ったり吐いたりしている。
彼らの握りしめている透明な袋はガサガサと音を立てながら揺れており、袋の中身が震えるその腕のせいで暴れていた。
そんな彼らの目の前にあるのは大きな白い建物で、透明な自動ドアの先では
白衣を着た女性、いわゆるナースたちがせわしなく動いている、
そう、ここは病院。
彼らの友人、五十嵐衝也が入院している、病院である。
飯田が皆を席につかせ、朝のSHRが始まった後
なんとわずか二日で現場復帰してきた相沢先生はハロウィンの時期を間違えたミイラマンとして雄英高校1-Aの教壇へと立った。
そして、敵の襲撃があったのにも関わらず、雄英高校の体育祭が開催されることを、ごく普通に、怪我などしていないかのように普通に話し始めた。
雄英高校体育祭
人口も縮小していき、それに伴って規模も縮小してきたスポーツの祭典、オリンピック。
そのオリンピックもついには終わりを迎えてしまった現在、そのオリンピックの代わりになるほどの熱狂を見せている
個性ありきのスポーツの祭典
それこそが雄英高校の体育祭。
つまりは、人々がオリンピックに向けていた興奮や熱狂などが今現在はこの体育祭に向けられているというわけだ。
前途優秀なヒーローの卵たちが、自身の個性を存分に使い、凌ぎを削るこの体育祭。
もちろん、現職のプロヒーローたちもこぞってこの体育祭を見に来る。
その目的は、優秀な人材を少しでも自分の事務所にスカウトしようというものである。
そうとなれば、当然生徒たちのやる気も上がるもの。
皆一様に、プロとしての大きな一歩を踏み出すために全力で体育祭に挑むのだが
1-Aの生徒たちはそんなことよりも気がかりなことがあったのだ。
五十嵐衝也はどうなったのか
とにかくこれが気になりすぎて体育祭のことなんて頭にも入らない。
我慢ならず、とあるロッキンガールが効率廚な担任に
『そんなことはどーでもいいんす先生!衝也は、衝也はどーなったんすか!』
と叫んで衝也がどうなったのか言及する。
それに対して返ってきた言葉は
『ああ、あいつならいまは入院中だぞ』
『言い方かっる!?』
まるで「ああ、あいつなら今トイレでくそしてるぞ」くらいの軽い感じで言ってきた相沢に生徒一同が思わず突っ込みを入れる。
普通なら入院と聞けば何があったのか、深刻な怪我でもしたのかと思ってしまうが、相沢が言うには命に別状はなく、リカバリーガールの治癒と病院での治療を掛け合わせて2週間後の体育祭に間に合わせようとしているとのこと。
怪我の方も後遺症が残るほどひどいものは無いとのことで、クラス中が一斉に安堵のため息をはいた。
そして同時に、『知ってるんだったら先に言えよ』とも思った。
相沢としては命に別状はないし優先度で言ったら体育祭かなぁという、なんとも薄情な合理的思考のもとの発言である。
そんな薄情な彼だが、衝也が病院に入院した次の日、つまりは臨時休校日にこっそりだれよりも早く彼のお見舞いに行っている。
そして、衝也が入院していることを知った緑谷は、今度こそ、面と向かってお礼と謝罪をいうためにお見舞いへ行こうと決意したのだ。
…とはいえ
今まで友達のお見舞いへ行くなんてことを経験したことがない緑谷はお見舞いの品を選んでいる時から緊張しっぱなし。
スーツでお見舞いに行った方がよいのか母に相談してしまったほどである。
そんなこんなでどーにかお見舞いの品を見繕い、休日にもちろんスーツは着ずに病院へと向かっていた緑谷。
その行きの電車の中で、緊張しないように人の字を飲み込んでいると
突然後ろから肩に手を置かれ、思わずびくりと肩を震わせた。
ところが
『おめぇ…緑谷か!?』
『へ…?あぁ!き、切島君!?どーしてここに!?』
そのあと聞こえてきた声があまりに聞きなれていた声だったので振り返ってみると、そこにはなんと
自身と同じくお見舞いの品を手にひっさげている切島が笑顔で手を置いていた。
話を聞くと彼も衝也に会って直接お礼と謝罪をしたかったらしく、緑谷と同じように病院へと向かっていたのだ。
そこで二人はその病院へと一緒に向かおうということになり
そして冒頭に至る、というわけである。
「それにしても…なんつーか、立派すぎねぇかこの病院…ちょっと立派すぎて入るのに抵抗が…」
「た、たしかプロのヒーローたちが怪我したときに来るここでも一番大きい病院だよ。まさか、雄英がこことつながってるなんて…」
「さすが緑谷…物知りだな。」
お互い、緊張した面持ちで話をする緑谷たちだったが、その足は一向に病院へと進まない。
想像以上に立派だった病院の外装と初めてのお見舞い(実は病院へのお見舞いは切島も初めて。)で緊張が倍増してしまったようだ。
なまじ衝也のイメージが貧乏性なだけにこんな大きな病院だとは想像できなかったのだ。
「…ええい!ビビッててもなんも変わらねぇ!別に悪いことしようとしてるわけじゃないんだ!堂々と入るぞ、緑谷ぁ!」
「え!?あ、う、うん!そ、そうだよね!このままドアの前に立ってたらほかの人にも迷惑だろうし…そうだね!入ろう、切島君!」
二人して視線を互いの顔へとむけ、数回ほど勢いよく首を縦に振り、大きく深呼吸をしあと、緑谷たちはゆっくりと、透明な自動ドアの目の前へと立った。
すると、自動ドアは静かにその扉を『さあ!どんどん入っちゃてぇ!!』というかのように全開に開いた。
扉があいたのを確認した二人は緊張したように唾をのんだ後、ゆっくりと病院の中へと入っていった。
その瞬間、病院特有の消毒液のような、なんとも言えない匂いが彼らの鼻を刺激する。
中は思った以上に広く、時折ベンチに座った患者のおじいさんや若者、通りがかるナースにまであいさつをされる。
それに何とか頭を下げることで答える切島と緑谷だが、もうすでに場違いな雰囲気に耐えられずこのままUターンしたくなってしまう。
そこを何とかこらえつつ、緑谷は切島へと小声で話しかける。
「ね、ねぇ切島君…どうしよう、すっごく帰りたい。」
「だいじょぶだって!心配すんな緑谷!とりあえず、受付行ってさっさと見舞いに行こうぜ!衝也に会えばあいつのバカっぽさでうまい具合に緊張がほぐれるはずだ!」
衝也本人が聞いたら「だれがバカじゃこの男色赤鬼がぁ!」と怒りそうなことを言った切島は緑谷とともに若干速足で受付の方へと向かおうとした。
その時
「あれ…緑谷に切島じゃん。アンタらも来てたんだ。」
後ろから一人の少女の声が聞こえてきた。
その少女の声は二人にとって聞きなじみのある声であり、まるで希望の光を見出したかのような表情を浮かべながら声のした方向へと振り返る。
そこにいたのはつい先日にはあの消しゴム頭に勇気ある一声を言ってくれたロッキンガール
耳郎響香がこちらに向かってパタパタと手を振っていた。
「いやぁ、耳郎がいてくれてマジで助かったわ、サンキューな耳郎!」
「ほんとに助かったよ耳郎さん…僕たち、変に緊張しちゃって、正直お見舞いどころじゃなかったんだ。」
病院の廊下を歩きながら頭に手を置き、耳郎にお礼を言う切島と同じように照れくさそうに頬を掻きながらお礼を言う緑谷。
今まで緊張していたのが和らいだのか、多少いつも通りに戻っている二人にお礼を言われた耳郎は気にしないで、という風に手を軽く振って二人の方へと視線を向けた。
「いいっていいって。ウチ一人で来てて少し緊張してたし、お互いさまってことで。」
「聞いたか緑谷、あいつ緊張してたんだってよ…見えたか、そんな風に?」
「ううん、全然見えなかった。すごいなぁ耳郎さん…。」
耳から伸びているイヤホンを軽く揺らしながら笑顔でそういう彼女の言葉を聞いて、切島と緑谷は思わず感嘆の声を上げる。
二人に声をかけた耳郎は、緊張してもぞもぞしていた二人を引っ張ってずんずんと受付の方へ行き、何も緊張した様子もなく
『すいません、ここに入院してる五十嵐衝也っていう人のお見舞いに来たんすけど…』
としゃべり、淡々と身分やら何やらを受付のナースにしゃべり、わずか数分で衝也の病室を聞き出したのである。
それを見た緑谷は思わず拍手をしてしまい、切島は
『すげぇ漢らしいぜ耳郎!』
と言って、彼女にどつかれてしまった。
そんな男顔負けの(彼女からしてみれば男二人が情けないだけなのかもしれないが)精神力を見せた耳郎は歩みを止めないまま後ろを歩く二人へと話しかけた。
「それにしても、アンタらが来てるなんてちょっと意外だったわ。なんか切島は緑谷と一緒にいるのあんま見たことないし。緑谷は飯田とか麗日とかしか一緒にいたとこ見てないしさ。」
「いや、俺らも今日たまたま電車で一緒んなっただけで、もともと約束してたわけじゃねぇんだよ。な、緑谷。」
「うん、切島君とあったのは偶然で、ほんとは僕一人でここに来るつもりだったんだ。でも、二人にあえて本当によかったよ。僕一人じゃ、たぶん病院に入ってもあたふたしっぱなしだったと思うし…」
そういって照れくさそうにポリポリと頭を掻く緑谷を見て、切島も
「それ言うんなら俺だってそうだよ…。くぅ!我ながら情けなくなってくる、こんなんじゃ衝也の野郎に笑われっちまうぜ…!」
と悔しそうな表情を浮かべていた。
そんな切島を見て、耳郎は人の悪そうな笑みを浮かべながら切島をコードで指さした。
「確かに、漢気重視のアンタにしては意外な感じするよね。何?ひょっとして病院とか苦手?注射とか苦手なタイプ?」
「いや全然。むしろガキの頃は注射のあと菓子とかもらえたから大好きだった。生まれてこの方怪我とかで病院に来た事なかったからなんか緊張しちまってよ…。あとはあれだ、衝也が入院してるっていうからなんかこう…もっと小さい感じの病院かと思ってたんだけど、想像以上にでかくてビビっちまったのもある。」
「あー…なるほどね。確かにそれはあるかも。あのバカがこんな大きい病院に入院なんて、普通は想像できないしね。」
(二人の五十嵐君のイメージって…)
地味ーに衝也のことをディスっている二人の会話を聞いて、二人の衝也に対するイメージがどんなものなのか若干心配になってしまった緑谷だったが、ふと何か思い出したかのような表情を浮かべ、視線を下へと俯かせた。
「でも、こんな大きい病院に入院するなんて、五十嵐君、大丈夫なのかな…」
緑谷のつぶやきを聞いた切島と耳郎は先ほどまでのおしゃべりをぴたりとやめて、一転して暗い表情を浮かべる。
相沢先生の話では、命に別状はなし、後遺症も残るようなことはない、リカバリーガールの治癒と病院の治療があれば1週間で戻ってこれる、と言っていたが、やはり心配なものは心配である。
緑谷も切島も耳郎も、各々が彼を傷つけてしまった悔しさや罪悪感を心の底から感じているのだ。
そのうえ、彼がどれほどの重傷を負ってしまったのかも、その目に焼き付けている。
ほかのクラスメートたちよりも、心配しすぎてしまうのも無理はない。
三人の間に重苦しい無言の静寂が漂う中、切島はしばらく握りしめた自分の拳を見つめた後、ポツリと、覚悟を決めたかのようにしゃべり始めた
「俺は、俺は…あいつが血だらけで倒れこんでいた姿を見てさ、後悔したよ。猛烈に、後悔した。あいつ自身が無茶してるのも、動けるような身体じゃないことも、頭ではわかってたのに…『衝也なら大丈夫だ』『衝也ならなんとかなるだろう』って自分にそう言い訳して、ずっとあいつに頼りっぱなしだったんだ。」
悔しそうに拳を震わせ、音が聞こえてくるほど歯ぎしりをしながら切島は、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
それはまるで、自分に言い聞かせるかのように。
「『あの時俺がこうしていれば』とか『もっと俺が早くあいつを助けていれば』とか、いろんな後悔が頭の中を駆け巡ったけど最後に残ったのはさ、『情けない』と『悔しい』だったんだよ。俺はさ、自分はダチのためなら命だって張れるんだって、勝手に自分でそう思い込んでた。けど、ふたを開けてみたら…ダチのために命張るどころか、自分のダチに命張らせちまうような結果になっちまった。情けない…本当に、本当に情けない!あんなんで、よくあいつのダチだなんてこと言えたもんだよ…。自分の未熟さが、覚悟の足りなさが、思い上がりが、そして何より自分自身の弱さが!めちゃくちゃ情けなくて…言葉にならないほど悔しくて…気が付いたら、柄にもなく泣いちまってた…。」
そこまでつぶやいた切島は握りしめていた拳を勢いよく振りかぶり
「だから…!」
思い切り、その拳を自身の手の平へと打ち付けた。
「俺は、もっと強くなる!そんであいつみてぇに、自分のダチを命懸けて救えるような強ぇヒーローになる!もう二度と、あんな悔しい思いは、したくなんてねぇから!」
そういって切島は顔を上げ、いつものように暑っ苦しい、漢気あふれる笑顔を見せた。
「んで、今度こそ、あいつの隣に立つ!正真正銘、本物のダチとしてな!」
そう叫んだ切島の顔は、これまで見たことがないほど漢らしく、今まで見たどの切島よりも最高にかっこよく見えた。
そんな切島を見て緑谷は、自然と笑みを浮かべてしまう。
そして、自分も、強くならなくてはと改めて気を引き締める。
自分自身の弱さを嘆き、強くなろうとしているのは、自分だけではないのだから。
そんな中、耳郎は緑谷と同じように優し気な笑みを浮かべた後、不意に表情を曇らせ、
「悔しい…か。」
とだれにも聞こえないようにぽつりとつぶやいた。
そんな耳郎がふと俯かせていた顔を上げた後、後ろにいる切島と緑谷に話しかけた。
「ま、とりあえず反省タイムはいったん終了にしよ?そろそろここに来た目的に移らないと、いつまでたっても腕にぶら下がってるビニール袋が外れないし。ていうかこれ意外に重いんだよね。ウチ、腕疲れてきた。」
そういってめんどくさそうな表情を浮かべた耳郎は自分の持っているビニール袋を指さした。
確かに、そのビニール袋は切島や緑谷と比べても若干ではあるが大きく、重さもそれなりにありそうだった。
それを見た切島は、慌てたように声を出す。
「あ、そういやそうだったな!俺ら、衝也のお見舞いに来てたんだっけな!危うく本来の目的を忘れるところだったぜ…」
「いや、忘れるのはさすがにまずいんじゃないかな、切島君。五十嵐君が聞いたら『何忘れてやがんだこの赤鬼がー』って怒っちゃうかもよ?」
「うーむ、確かにありそうだな…てか今の衝也のまねか?緑谷、おめぇ意外とうまいな。」
「うん、今のは確かにうまかった。緑谷、意外と才能あんじゃない?」
「へ?あ、ありがとう…でいいのかな?」
緑谷の意外な物まねスキルに感嘆の言葉を上げつつ三人は上へ行くためのエレベーターへと乗り込んでいく。
そして、最後に緑谷が乗り込んだ時点で。一番最初に乗り込んだ耳郎が衝也のいる病院階のボタンを押し、『閉』のボタンを押そうとした瞬間
「すまない!ちょっと待ってくれないか!?」
突然声をかけられ、耳郎は慌ててボタンを押そうとした手を引っ込める。
その直後、一人の女性が耳郎達の乗っているエレベーターへと駆け込んできた。
きれいで透き通った水色をしているショートヘアーのその女性は走ってきたせいか、少しばかり呼吸を荒くしており、胸に手を当てて息を整えている。
そして、二、三度深呼吸をして呼吸を整えた後ゆっくりと顔を耳郎たちの方へとむけた。
「ありがとう、君らのおかげで、階段を使わずに上まで行けそうだ。年齢を重ねていくと階段で上るのもきつくてね…。」
そういって笑みを浮かべるその女性は、凛とした目をした端正な顔立ちの女性で、同姓である耳郎もおもわず
(うっわー、めっちゃ美人…。スタイルもめっちゃいいじゃん!)
と見とれてしまうほどの美人だった。
緑谷もその綺麗さに思わず顔を赤くしてエレベーターの四隅の方へと移動してしまう。
そんな中、切島はずずいと前に出て若干頬を赤くしつつも笑顔でその女性に話しかける。
「あ、あの!何階に用があるんすか!?俺、よかったらボタン押しますよ!」
「ん?ああ、助かるよ少年、優しい子だな君は。だが、どうやら君たちと私は降りる階が一緒のようだ。でも、せっかくボタンを押してくれるというのだし、どうせなら、空いているドアを閉めてもらおうかな、お手数をかけるが頼めるかい?」
「は、はい!そりゃもう喜んで!」
切島の申し出に対し、笑顔でそう答える女性。
その笑みはまさにクールビューティーと呼ぶにふさわしい大人らしい知的な笑みで、その笑みを向けられた切島はテンションを上げて嬉しそうに『閉』のボタンを押す。
それを見た耳郎は(こういう時の反応もある意味男らしいな…)とジト目で見ていた。
が、同姓から見ても美人に見える女性だし、それもしょうがないかなと思ってしまう。
そして、切島が『閉』のボタンを押すと、ゆっくりとドアが閉まり、上昇していく。
それを見た女性は腕時計で時間を確認した後、申し訳なさそうに耳郎達へと声をかける。
「すまないね、こんな年を重ねた女と一緒で。せっかく若い者同士でいたというのに、悪いことをしたかな?君も、そんな隅に行かせてしまい、申し訳ないね。」
「いい、いえいえいえ。そ、そんな、わわ、悪いだなんて…!」
「そうですよ!むしろ味気ないメンバーに可憐な花がパーッと咲いたみたいで、もう全然ウェルカムすよ!」
「味気のない花で悪かったね…!」
切島の言葉にジト目でそう返す耳郎を見て、思わず切島は「あ、いや…その」と言葉を詰まらせてしまう。
そんな耳郎を見て、女性は優し気な笑みを浮かべる。
「ははは、お世辞がうまいね君は。こんなおばさんにお世辞を言っても残念ながら何も出せないよ?それに味気ないだなんてとんでもないじゃないか。そこに綺麗でかわいらしい子がいるだろう?」
そういって耳郎の方へと笑顔を向ける。
いきなり自分が褒められたのを聞いて失礼と分かっていながら思わず耳郎は照れくさそうに顔をそらしてしまう。
「い、いや…ウチはそんな、可愛らしいなんてことは…」
「何を言う。大きくてかわいらしく、それでいてクールな部分もあるその目に、つややかできれいなその髪、肌もきれいだし、ほかにも魅力的な部分がたくさんある。それでかわいくないなどと言われたら、私など立つ瀬がなくなってしまうさ。まあこんな年ばかりの女と比べられるのは君もいやかもしれないが。」
「いや、そんな…それを言ったらウチの方が、その比べるのもおこがましいというか、」
怒涛の褒め言葉に、耳郎は頬を真っ赤に染め上げ、照れくさそうにイヤホンをいじくったりプラグ同士をつついたりし始める。
それを見て、女性はかわいらしいものを見たかのような笑みを浮かべた後、何かに気づいたような表情を浮かべた。
そして、あごに手を当ててぶつぶつと何かをつぶやき始めた。
「っ!待てよ…イヤホンコードのある少女に、つんつんした赤髪、緑色のもじゃもじゃした頭にそばかすが目立つ顔…」
そう呟きながら耳郎達の顔を順々に見ていく女性は、しばらくそれを繰り返した後、あごから手を放し、ゆっくりと顔を耳郎達の方へ向けた。
「すまない、一つだけ聞いてもいいかな?」
「はいはい!もう何でも聞いてくれて大丈夫です!」
「ありがとう…それじゃあ、間違えてたりしたら大変申し訳ないのだが…もしかして君たちの名は、そこの可愛らしい女の子が耳郎響香、赤い髪をした君が切島鋭児郎、そして、そこの緑色の髪とそばかすがある君が緑谷出久、じゃないか?」
「「「っ…!?」」」
女性の口からいきなり自分たちの名前が出てきたことに思わず驚いて固まってしまう。耳郎達。
そんな様子を見て女性は心配そうな表情を浮かべ始める。
「?どうしたんだい?あ、まさか…違っていたのかな?それならば本当に申し訳ないことを…」
「あ、いや名前はその…あってるんすけど…」
何とか耳郎がそれだけ言うと、女性の目が見開かれる。
「!それじゃあやはり君たちがあの!話には何回も聞いているからもしかしてと思ったんだが、まさかこうして会うことができるとは思っていなかったよ。」
そういって嬉しそうに笑顔を浮かべる女性をただただ茫然と見ている耳郎達だったが、このままではどうにもすっきりしないので。意を決して耳郎は女性へと話しかけた。
「あ、あの!」
「ん?どうしたんだい、耳郎さん…だったかな?」
「あ、はい。ウチの名前は耳郎すけど…その、失礼スけど貴女は一体…?」
「あ…ああ!そういえば、自己紹介がまだだったね。すまない、少しばかり年甲斐もなく気持ちがはしゃいでしまってね。ついつい自分のことを紹介するのを忘れてしまっていた。」
これでは私はただの不審者ではないか、とつぶやいてから女性は軽く身なりを整えた後、先ほどと同じような優し気な笑みを耳郎達へとむけた。
「私の名前は五十嵐静蘭(せいらん)。君たちにいつも世話になっている五十嵐衝也の母親さ。」
そういっていつも息子が迷惑かけて本当にすまない、と頭を下げてくる静蘭。
そんな彼女を耳郎達は数秒見続けた後
「「「……えええええええええええええええええええ!!!!!????」」」
予想外の返答に思わずエレベーターが震えるほどの大声を響かせてしまった。。
安定しない静蘭さんの口調、
一応イメージしてるキャラがあるのにこれ…もうだめだ
読み専になろう(おい)