救える者になるために(仮題)   作:オールライト

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感想が増えて嬉しくなってしまう今日この頃。
そういえば日間ランキング第46位にこの前なっててびっくりしました。
まあすぐ消えましたけどね!
てなわけで十二話です、どーぞ


第十二話 肉をそぎ落として骨を切る…あれ、ちょっとこっちの被害増えてない?

「やった…やったぁ!五十嵐君が勝ったぁ!!」

「やりやがったぜ衝也の奴!!まさか本当にあの脳無とかいう化け物を倒しちまうなんて!漢らしいにもほどがありやがる!!」

 

 セントラル広場に舞い散る氷の欠片、と響きわたる緑谷たちの歓声。

 その中にたたずむ衝也は自身が砕いた脳無の身体を見つめながら、額に流れる汗と血を軽く拭いた。

 

(最初の一撃と先の蹴りで、この脳無の個性が『衝撃を無効にする』ものか『衝撃を吸収』するものかのどちらかだとは踏んでいたが、後者の方が正解だったみてぇだな…。正直前者の個性だったらもうほとんど対処の仕様がなかった…。危険すぎる博打だったがラッキーパンチで何とか勝てた…。)

「つーか、個性が衝撃吸収ってことはあのパワーとスピードは素ってことかよ…。見た目通りの化け物だなこの脳無とかいうやつは…。」

 

 そう言って衝也は地面に転がっている脳無の頭へと視線を向けた。

 

「全く…こんなチート野郎の相手しなきゃならねぇなんて…とんだ、厄日だぜ…ほんと…」

 

 重く、長く、疲れ切ったような溜息を吐きながら、忌々しそうにそうつぶやいた衝也は

 フラリと、糸が切れた人形のように地面に倒れ込んだ。

 それを見た緑谷たちは、一瞬呆けたような表情を浮かべた後、慌てたように衝也の元へと駆け寄った。

 

「大丈夫、五十嵐ちゃん!?」

「おい、五十嵐!しっかりしろ!」

 

 倒れこんでいる衝也の顔を覗き込みながら心配そうに声を上げる蛙吹と轟。

 その後に続くように、両脇に足の折れている緑谷と坊主頭の峰田を抱えた切島と、背中に相澤を背負っている爆豪もぶすったれた表情で衝也に駆け寄っていく。

 

「衝也ぁ!!大丈夫かぁ!?」

「い、五十嵐君、大丈夫なの!?」

「あ、ああ…すまねぇ。なんか、あの脳無とかいうやつを倒したら、気が抜けちまって、な…」

 

 轟に身体を支えられながら衝也は心配そうな表情を浮かべる切島と、その切島に抱えられながら自身を心配そうに見つめている緑谷に目を向けた。

 そして、彼らを安心させるように片目を閉じて余裕そうな表情を浮かべた。

 

「心配すんなよ、ちょっと気がゆるんじまってるだけだ。こんな怪我、唾でもつけとけば治っちまうから安心しとけ。」

「五十嵐君、でも…」

「大丈夫だってば、心配性だなぁ緑谷は。言っとくけどお前も両脚骨折してるんだから俺と大差ねぇ重傷だぞ?」

 

 小さく笑いながら緑谷の脚の方を見る衝也。

 そんな彼の言葉を聞いて、同じように切島の脇に抱えられている峰田が緑谷に視線を向けた。

 

「そうだぜ緑谷…オイラ達は他人の怪我の心配よりも自分の怪我の心配をしねぇと」

「ゴメン、お前と一緒にするのだけはやめてくんない?マジで傷つくから。」

「おめぇのその言葉でオイラの心はやすりをかけられた後みたいになっちまったよ…」

「やすりでお前の心削ったら汚れが取れて真人間になるからいいじゃん。何せお前の心錆びだらけで薄汚れてるんだから。」

「……」

 

 続けざまに放たれる衝也の容赦なき言葉に軽くへこんだような表情を浮かべてショボーンと落ち込む峰田。

 それを見た切島も「おめぇは坊主になっただけだかんなぁー」「てめぇはどこに目ぇつけてんだ切島ぁ!オイラの頭皮から流れ出るこの血が見えねぇのか!!」と峰田をからかっている。

 そんな彼らを見て思わず笑みを浮かべてしまう緑谷たちだったが、轟だけは真剣な面持ちで、皆と一緒に小さく笑っている衝也へと視線を向けた。

 

(呼吸が普段よりだいぶ荒い。触れてみてわかる…体中傷だらけになってやがるのが。体中の骨にひび入りまくってんじゃねぇのかこいつ…。目も少し虚ろになってるのを見ると、血も相当失っちまってる。こんな傷だらけの身体で、よくもまぁあれだけ動けたもんだ。アホだアホだとは思ってたが、ここまでアホだとは、想定外だなこりゃ…。)

 

 呆れた半分感心半分といった様子でため息を吐き、何とも言えない微妙な表情を衝也に向ける轟。

 そんな勝利の後で気が抜けた感じになっている面々を横目で見た爆豪は相澤先生を地面へと放り投げ、視線を正面に向けて、苛ただしげに口を開いた。

 

「おい、何ピーチクパーチク騒いでんだよその口閉じてろ殺すぞ…。」

「な、爆豪てめぇ!せっかくみんなで敵を倒したってのにその言い方は…」

「倒せてねぇだろ…。」

「は?」

「まだ倒せてねぇだろって言ってんだよ!」

 

 何言ってんだこいつ?みたいな表情を浮かべた切島を視界にいれた爆豪は目をクワッ!開いて目の前に人差し指を向けた。

 そこにいたのは

 ガリガリと首元をしきりに掻き毟っているヴィラン連合のリーダー、死柄木弔とワープゲートの個性を持つ黒霧が悠然とたたずんでいた。

 

「アイツらもまだ残ってんだろうが…一人倒したくらいで調子に乗ってるんじゃねぇよザコが。」

「そうだった…あの化け物倒せた興奮で忘れてたぜ…。まだあのやばそうな手の平野郎も残ってるんだった。」

 

 先ほどとは一転して苦い表情を浮かべる峰田。

 ほかの皆も一様に峰田と同じような表情を浮かべていた。

 そんな彼らを見て、黒霧は少しばかり目を細めた後、若干言いにくそうに口を開いた。

 

「彼ら…どうやら我々の事を忘れていたようですよ死柄木。」

「ハッ…やっぱ所詮はガキだな。すぐに調子に乗りやがる。」

 

 しきりに首元を搔きむしりながら視線を身構えている少年少女たちに視線を向ける。

 そして、ニタァ…と気味の悪い笑みを浮かべた。

 

「まぁいいさ…どうせまた、あいつらは知ることになるんだから。絶えることなき絶望ってやつをな…!」

 

 ニタニタと気味の悪い笑みをこちらに向けてくる死柄木を見た切島は、そこに見える狂気を感じてか思わず後ずさりしてしまう。

 蛙吹や峰田、緑谷の三人は少し慣れてきたのか、軽く顔を顰める程度で済んでいるが、言いようのない恐怖を感じるのだけは変わらない。

 そんな中、爆豪と轟、そして衝也の三人は後ずさりも顔を顰めることもせず、視線をしっかりと前にいる敵へと向けている。

 

「衝也、とりあえず俺の背中におぶされ。俺なら両手がふさがれててもある程度は戦える。蛙吹と峰田はそこにいる相澤先生を頼む。」

「バカ言うなよ轟…一人減ったとはいえ、相手は二人だ。人一人背負って戦えるほど甘い奴らでもない。俺も…戦うぞ!」

 

 そう言いながらゆっくりと立ち上がる衝也を見て、轟は彼の全身を見た後、視線を再び前へと移しながら口を開いた。

 

「…お前、もう動いていい身体じゃねぇだろうが。無理してっと、ホントに死んじまうぞ?」

「は、何言ってんだよ、轟。怪我ってのは気の持ちようでなんとかなるもんなんだよ。今だってさっきまでめちゃくちゃ痛かった右手がさっき衝撃を放出してから痛みも何も感じなくなったんだから。」

「お前それ腕壊し過ぎて感覚なくなってるだけだからな?決して右手の怪我が治ったとかそういうわけじゃないからな?」

「……」

「なんだその顔は…当たり前だろうが。普通に考えればわかんだろ…。」

 

『嘘…だろ?』という言葉が聞こえてきそうなほど驚いた表情を浮かべる衝也を見て、思わずこめかみに手を当てて呆れたように首を横に振る。

 なんで頭もよく頼りになるのにこうもアホなのだろうか、思わずそう考えてしまう轟。

 

「おい、バカなことやってんじゃねぇぞ半分野郎にミジンコ頭。なんもしねぇで遊んでんだったらさっさとどっかで死んどけこのカス。」

「なぁ、爆豪、そのミジンコ頭ってのは中身がミジンコ並みにしか詰まってないってことなのかおい?」

「そうに決まってんだろ殺すぞ。」

「うっし、上等だやってみろこの爆発イガグリ。猿と蟹が出てくる昔話みてぇに飛ばしてやんよ。」

「やめろ二人とも。ふざけてるような暇ねぇだろ」

 

 爆豪の言葉に食って掛かる衝也と、それを見て舌打ちする爆豪と、自分の事を棚に上げて軽く衝也と爆豪をたしなめる轟。

 轟にたしなめられて仕方ないという風に視線を爆豪から目の前の死柄木たちに向ける衝也。

 

「なんか釈然としねぇけど、まあ今は置いとくとしてだ…。あいつら手の平野郎とモヤ男の二人。こっちは俺と轟と爆豪の三人だ。切島には万が一の時に備えて緑谷たちけが人の守護に回ってもらわなきゃいけねぇ。俺等三人であいつらをぶっ倒すぞ。」

「おう、こいつらの事は心配すんな!俺が命に代えてでも守り通してみせっからよ!!」

 

 そう言った衝也の言葉を聞いて、切島は拳を胸にどんと打ち付け、漢らしく堂々と言い放つ。

 しかし、よく見ると切島のその拳や足はわずかに震えており、先ほど脳無に殴られたダメージが残ってるのがわかる。

 それでも彼は笑顔で彼らを安心させるために漢らしく宣言したのだ。

 それに続くかのように爆豪も目を吊り上げていつも通りの獰猛な笑みを浮かべる。

 

「は!言われなくてもはなっからそのつもりだ!特にあのスカしたモヤモブ野郎は絶対に俺がぶっ飛ばす!」

「モヤ男は爆豪に任せるぞ、何でもあいつをとらえる方法を思いついてるらしいからな。」

「へぇー…そいつは頼もしい。それじゃあ、俺と轟は二人であの死柄木とかいうやつの相手をしよう。あいつは触れたものを粉々に崩す個性だ。下手に近距離で攻撃したらこっちがやられる。お前が氷、俺が衝撃波で中、遠距離からねちねち攻撃、隙ができたところを俺が衝撃で一気に近づいて衝撃を叩きこむ…」

「お前、その怪我で後何回衝撃放てるんだ?」

 

 轟の問に、衝也は軽く視線を自分の両手に向け、軽く握ったり開いたりし始めた。

 

「出力にもよるが、よくて2,3発だな…。50%以上はもう無理だ。すまん…。」

「別に攻めてるわけじゃねぇよ、謝んな。…なら、遠距離から攻めんのは俺の役目だな。」

 

 そう言って右手から軽く氷をい発生させる轟。

 それに続いて、爆豪も拳を掌に打ち付けて、軽く爆発を起こして気合いを入れる。

 衝也も両拳を一度固く握りしめた後、ゆっくりと息を吐いた。

 そして、視線を拳から死柄木たちへと移す。

 

「さって、ここからが正念場だぜみんな。全員、気を引き締めて……」

「…?どうした衝也?傷でも痛むのか?」

 

 気合いを引き締めようと声を張り上げていた衝也の言葉が急に途切れ、彼は突然微動だにしなくなった。

 それを見て心配そうに声をかける切島。

「…五十嵐、やっぱり俺がおぶろうか?」と隣の轟も心配して声をかけるがそれでも衝也は動こうとしない。

 

「みんな悪い…俺の予想、完璧に外れたみてぇだ。」

「え?」

 

 悔しそうに歯ぎしりしながら後ろに視線を送る衝也。

 それにつられた緑谷たちも、恐る恐る顔を後ろに向けた。

 そして、そこにいたのは

 首から下までの身体を粉々に砕いたはずの脳無が居た。

 

「は…!?」

 

 切島が思わず呆けた顔をしてそうつぶやきを漏らす。

 ほかの皆も、茫然としていて、恐怖よりもまず先に疑問が頭の中をよぎる。

 なぜあの化け物が立っているのか、なぜ先ほど粉々にした身体が何事もなかったのかのようにそこにあるのか

 様々な疑問が脳内をめぐる中、彼らの中に一つの現実が突きつけられる。

 あの化け物は、まだ倒せていなかったという現実が。

 

「そんなっ…!」

「嘘だろ…嘘だろおい!」

 

 絶望したような表情を浮かべて思わずといったように呟く緑谷と峰田。

 疑問により遅れてきた恐怖と絶望が、頭の中に流れてきた彼らは、顔色を絶望に染めて、思わず後ずさりする。

 突然の事で爆豪や轟も驚いた表情で固まってしまっている。

 

「全員散り散りに逃げるんだ!!」

「!?」

(峰田のボールがないんじゃ切島に囮を頼むこともできない!轟も右側の乱発ですこし息が乱れてる…いま体力に余裕があるのはスロースターターの爆豪と怪我らしい怪我をしてない蛙吹だけ。この状況じゃ、作戦を立てるもへったくれもない、戦闘すら危険だ!)

 

 衝也からの突然の指示に驚いたのか、一瞬固まってしまう緑谷たち。

 そんな彼らを見て、衝也は目を見開いて再度叫び声をあげる。

 

「何やってんだ!?速く」

「脳無」

 

 死柄木がボソリと呟いたその瞬間、ブオン!という音と共に、彼の叫び声が途中で途切れてしまった。

 そして、轟の目の前に突然拳を振りかぶった脳無が現れた。

 

「!?速い!」

「その氷のガキからやれ。そうすれば、もうお前を倒すすべはなくなる。」

「…!轟ぃ!?」

 

 死柄木がニヤリと笑いながらそう口にするのを聞いた衝也は一瞬目を見開いた後、顔を轟の方に向ける。

 そこには、

 

(この至近距離じゃ相手を凍らせる暇はない!だったら、防御するしかねぇだろ!!)

 

 自分と脳無の間に大きな氷壁を作り出した轟が居た。

 そのサイズは脳無の巨体のさらに頭一つ分大きく、普通の人間なら壊すことすらできないほどのもの。

 しかし

 脳無が拳を振り抜いた瞬間

 ドバゴォォォン!という音と共にその氷壁は一瞬にして砕け散る。

 そして、

 その後ろに居た轟の身体も、脳無の放った拳の衝撃波が直撃したことにより、大きく後ろに吹っ飛んだ。

 

「ガッ…!?」

(氷壁で攻撃を防いだのに、その攻撃の余波でこんだけの威力…!なんだこのバカげたパワーは!)

 

 苦しそうに顔をゆがめながら吹っ飛んで行った轟は

 ドッバァァン!という音と共に、後ろの水辺まで吹っ飛ばされた。

 轟が着水した衝撃によりできた水の柱はおおきなしぶきを地面に降り注ぎながら、徐々に徐々にその姿を消していく。

 それを見た衝也達は、一瞬その動きをわずかに止めて、呆然と立ち尽くした。

 しかし、

 

「!五十嵐ちゃん、後ろよ!!」

「!?クッソ!!」

 

 蛙吹の突然の叫び声に、衝也はハッとしたように目を見開き、指摘された後ろを見ようともせずに横へと個性を使って飛び出した。

 そして

 そのすぐ後に、衝也のいた場所に脳無の拳が通り抜けた。

 

「ぐっ、がぁ…!!?」

 

 その瞬間、大きな衝撃波が彼の背中にぶつかる。

 なまじ既に個性で前に飛んでしまっていた衝也は、余計に速度を上げて前に飛んで行ってしまう。

 それでも衝也は、何とか個性を使って方向を調整し、蛙吹の方と切島の方、そして爆豪の方へと飛んで行った。

 

「づがまれっぇぇえぇえぇ!!」

「ケロ!」

「!…ぬおぉ!!」

「んお!?何しやがんだこのクソバカが!」

 

 速度が上がり過ぎたのか、まともにしゃべれてない衝也の伸ばし両手の内の右手をつかんだ蛙吹は舌を伸ばして相澤をつかむ。

 その相澤の両脚に峰田もつかまっている。

 切島も緑谷をわきに抱えて、空いている片手で衝也の左手をつかむ。

 爆豪は、なんと襟首を衝也にかまれた状態で彼につかまっていた。

 

「んんぬぐあぁ!!」

 

 脳無の発生させた衝撃波も利用し、何とか脳無から距離を取った衝也は何とか足を踏ん張って着地をする。

 そして、掴んでいた蛙吹と切島の手をゆっくりと放し、二人を地面へと下ろした。

 その後衝也はパッと口を開くと、噛んでいた爆豪の襟首を放した。

 その瞬間、爆豪の身体は勢いよく地面へとたたきつけられた。

 

「いっ!?てんめぇ何しやがんだこの…!」

 

 いきなり地面に落とされた爆豪は目を吊り上げながら衝也に詰め寄ろうとするが、彼の

 姿を視界に入れて、思わず息をのんでしまった。

 

「おい、爆豪!衝也は俺らを助けようとして…!」

 

 衝也に詰め寄ろうとしていた爆豪をたしなめようとした切島だったが、爆豪が息をのんでいるのに気付き、視線を爆豪が向いている方へ視線を移した。

 そして、その光景を見て絶句したように言葉を失った。

 

「衝也、お前…その血!?」

 

 切島と爆豪の視線の先にいた衝也は息を荒くしながら両手を地面についており

 その地面には

 べっとりと、よだれが混じったような血が広がっていた。

 それだけではない、よく見ると衝也の全身は傷だらけでその顔からは、ポタポタと血が垂れていた。

 

「い、五十嵐君!?だ、大丈夫なの!?」

 

 切島に抱えられている緑谷が心配そうに衝也に声をかけたが、当の衝也は顔をゆっくりと上げた後、口元に垂れていた血をこっそりとぬぐい

 お調子者(いつも)の笑みを浮かべて緑谷たちに視線を向けた。

 

「何回も言わせんなよ緑谷。大丈夫だよ…多少血が流れちゃいるが、大した怪我じゃない。」

 

 そう言ってgoodポーズをする衝也だったが、指も唇も震え、眼も虚ろで、どう考えても

 大丈夫と言えるような状態ではないことがまわりにいる全員にも見てわかった。

 その場にいた全員が、衝也の状態を見て、ゴクリと唾をのむ。

 衝也自身も、決して自分の状態がわかっていないわけではない。

 

(この血の色…恐らくは消化器系の損傷による吐血…。とうとうダメージが内臓にまで来ちまったか…?くそ…さっきの衝撃波で怪我がさらに悪化しちまった。全身打撲…)

 

 先ほど口元を抑えた時に着いた自分の手の平の血を見ながらそこまで考えた衝也は、

 震えるその右手で、左手に軽く触れてみた。

 その瞬間

 

「ッ!!!」

 

 体中に雷が落ちたかのような痛みが彼の全身を襲ってきた。

 

(ってレベルじゃねぇなこれ…。衝撃波喰らっただけでこれかよ…。はは、こりゃもう動けねぇかも…。つーか、今まで動けてたのも不思議なくらいだったけど…これはガチでやばいかも…)

 

 ギリギリと痛みに耐える歯ぎしりを鳴らしながら冷や汗を流す衝也。

 そんな状態でもなお、衝也は視線を先ほど距離を取った脳無へと向けた。

 脳無は先ほど振り抜いた拳をゆっくりと下ろし、喜怒哀楽を感じさせないその眼を衝也達へと向けていた。

 

「衝也…おめぇ、本当に大丈夫なのか?」

「うるせぇよ。坊主に心配されなくても、まだ死んだりはしねぇから安心しとけこの煩悩坊主。」

「おめぇに今すぐお経でも読んでやろうかこの野郎…」

 

 衝也を心配しての二も関わらず罵声を浴びせられた峰田は相変わらずの坊主頭のまま悔しそうな表情を浮かべた。

 それを見た蛙吹は、心配そうな表情のまま衝也に声をかけた。

 

「衝也ちゃん…本当に大丈夫なの?どう見ても動けるような」

「大丈夫、大丈夫だよ蛙吹。まだ動ける…だから、ダイジョーブ!!」

 

 そう言って二カッと再び笑みを浮かべる衝也。

 その笑みを見た蛙吹は、思わず言葉を失ってしまう。

 

(ここで、俺が折れるわけには行かないんだ。皆不安と絶望で心がいっぱいなはず。俺が、いまここで、倒れたら…その不安を煽ることになっちまう!だから、ここで倒れるわけには…行かない!)

 

 そんな彼の必死の笑みを見た蛙吹は、もう言葉をつづけることができなかった。

 衝也は、そんな蛙吹にgoodポーズを向けた後、視線を脳無へと再び移した。

 

(それよりも、今はあいつの個性の問題だ。あいつの個性は、恐らくは衝撃吸収のはず!だからこそ俺の個性も爆豪の個性も効かなかった!だから、轟の氷結でその吸収の個性を無効にしたのに…なんであいつはまだ動けるんだ…!砕けた体まで元に戻るなんて、どんな個性を)

「超再生…たとえ身体が粉々になろうとも脳が傷ついてさえいなければ再生する驚異的な自分限定の回復系個性だよ」

「!?」

 

 突然聞こえてきた背後からの声に、衝也は背筋にゾクリと、何かが這いずるような気持ちの悪い感覚を感じた。

 緑谷たちも同じように突然の事に驚いて一瞬反応できずにその場に立ち止まった。

 

「さっきも言ったろ?脳無は対オールマイト用の怪人だって。あいつは、オールマイトの100%にも耐えられるよう開発された人間サンドバックなんだよ。まぁ、それはそれとして」

 

 衝也はすぐさま顔を背後へと向ける。

 そこにいたのは

 黒いモヤの中から気味の悪い笑顔をした顔を出している死柄木だった。

 

「ゲームオーバーだ、五十嵐衝也!」

(しまっ!!)

 

 そう叫びながら自身の手を衝也の顔へと伸ばしていく死柄木。

 突然の攻撃に加え、重傷を負っている衝也はその場から動くことも、攻撃をかわすこともできない。

 切島や蛙吹達も、反応が遅れてしまったためか行動に遅れが生じてしまう。

 

「なっ…!衝也!!」

「…ッ!五十嵐ちゃん!!」

「クッソが…!」

 

 急いで死柄木の攻撃を食い止めようと駆け寄る切島と爆豪。

 蛙吹も何とか舌を衝也に伸ばして救助しようとする。

 しかし、どの行動も死柄木を止めるには少しばかり遅すぎる。

 

(やべぇ…から、だが…!)

 

 逃げようにも、重症の身体が言うことを聞かずにいる衝也の顔に

 死柄木の死の右手が後もう少しで届きそうになったその時

 

「爆音ビート!!」

 

 どこからか一人の少女の叫び声が聞こえてきた。

 その瞬間、先ほどまで笑顔だった死柄木の顔が一瞬ではあるが苦痛で歪んだ。

 

「ぐ…なんだこの音…耳が!!」

「!?」

 

 そうつぶやいて、先ほどまで衝也に伸ばしていた右手を自分の耳の方へと蓋をするかのように置いた。

 よく見ると、その耳からは少量ではあるが血が流れているのが見える。

 しかし、

 

「おっらぁもう一発!!」

「!!ぐ…何なんだよこの音はぁ!?」

 

 再び少女の声が聞こえたかと思うと、今度こそ死柄木は両手で耳をふさぎ、顔を苦痛で歪ませ、苛ついたように大声で怒鳴りだした。

 その様子から、何やら大きな音が聞こえていることが想像できるのだが、衝也達の耳には彼の苛ついた叫び声しか聞こえてこない。

 

「…!死柄木っ!!」

 

 彼がしきりに耳をふさぎながら怒鳴るのを見た黒霧は、慌てたように死柄木を黒いモヤで包み込み、元の場所へとワープさせる。

 そして、死柄木が黒霧によって元の場所の地面へと落とされた後、切島たちは慌てたように衝也の元へと駆け寄った。

 

「衝也、大丈夫か!?」

「五十嵐ちゃん、怪我はない!?」

 

 そう言って衝也の元へと走ってくる切島と蛙吹だったが、衝也はかッ!と目を見開いた後、先ほど聞こえた少女の声がした方向へと顔を向けた。

 彼の向けた視線のその先には

 

「よっしゃ、何か効いたっぽい!五十嵐ぃ、皆ぁ!怪我とかないー!?」

 

 離れた場所で、汗を垂らしながら大声で皆の安否を確認する耳郎響香が大きく手を振っていた。

 耳郎のイヤホンコードは足元のスピーカーに伸びており、どうやら死柄木の攻撃から衝也を守ったのは耳郎のスピーカから流れた爆音の彼女の心音だったようだ。

 

「そうか、耳郎さんが指向性スピーカーで敵にピンポイントで爆音を届けたんだ!」

「それで衝也を救ったって訳か!耳郎のやつ、漢…っと!耳郎は漢じゃねぇな!とにかくめちゃくちゃ熱い奴だな耳郎は!」

「響香ちゃん、さすがね…すごいわ。」

 

 そう言って口々に耳郎をほめたたえる緑谷と切島。

 蛙吹も安堵したような息を吐いた後、嬉しそうに声を上げた。

 そして、口々に耳郎に向けて「よくやった!」「すげぇぞちっぱい!」とほめながら手を振っている。

 それを見た耳郎は彼らの方を首を傾げながら見つめていた。

 

「何言ってんのか全然わかんないんだけど…。てか、とにかく何にも状況がわかんないからとりあえず皆の所行かないと…。後なんでかわかんないけど峰田を思いっきりぶん殴りたい。」

 

「それに、あのバカがどうなってるのかも知りたいし…」と小さくつぶやいてから彼らの元へと走っていく耳郎。

 それを見た切島は一瞬目を見開いた後、困ったように視線を衝也へと向けた。

 

「お、耳郎の奴、何かこっちに来てるっぽいけど…どうするよ?この状況で」

「駄目だ!!」

「!?」

 

 切島の言葉を聞いた衝也は突然大声を上げて耳郎に向かって声を張り上げた。

 

「来るな耳郎ぉ!!速く逃げるんだ!」

 

 そう大声で耳郎に向かって叫び声をあげる衝也。

 しかし、そんな彼を見た耳郎は一瞬表情を曇らせた後、むしろ先ほどよりもスピードを上げて彼らの元へと走り出した。

 

「五十嵐の奴、さっきより怪我ひどくなってんじゃん!一体どんなバカしたらあんな怪我すんのよあんのバカ!」

 

 若干怒ったように呟きながら衝也の元へと走っていく耳郎。

 それをじっと見ているのが、衝也達のほかにもう一人だけその広場にいた。

 

「あいつか…俺の邪魔をしたガキは…!どいつもこいつもなめた真似しやがってクソガキがぁ!」

 

 ギラギラと、怨念と狂気が入り混じった眼を耳郎へと向けているその男はしばらく耳郎の事を睨み続けた後、ゆっくりと視線を脳無の方へ移した。

 

(あの男の性格なら、次の標的が…!)

「脳無ぅ!!」

(俺からあいつに切り替わる!)

「あそこにいるクソガキを殺せ!今すぐにだ!」

 

 脳無は自分に叫び声をぶつけたその男、死柄木弔を見た後、彼が指さしたその方向に顔を向けた。

 その方向にいたのは

 今まさに衝也達の方へ向かって走っている耳郎響香だった。

 

「!おい、まずいぞ!耳郎の奴が狙われた!」

「ちっぱいいいいいい!!逃げろぉぉぉ!!」

 

 死柄木の叫び声を聞いた切島と峰田は、一瞬目を見開くと慌てて耳郎へ向かって逃げるよう必死に叫び声をあげる。

 そんな彼らの横から、何かが通り過ぎたような突風が吹いてきた。

 

 そして

 

「ッ…!?」

 

 ブォォオン!という空気を裂く音と共に、大きな衝撃波と強風が辺り一面に広がっていった。

 その勢いに爆豪や切島たちは必死に腕で顔をかばいながらも先ほど耳郎が居たところへと視線を向ける。

 

「クッソ…相変わらずなんつー威力のパンチ放つんだよあの化け物。耳郎ー、無事かぁー!?」

「響香ちゃん…!」

「クソモブが、調子に乗りやがって…」

 

 心配そうな表情で耳郎の心配をする切島と蛙吹、その横で爆豪は忌々しそうに脳無が居る方向へと視線を向けていた。

 先ほどまで耳郎が居た場所、そこには今右拳を振り切ったままで固まっている脳無しか立っておらず、標的とされていた耳郎の姿はどこにも見えなかった。

 それを確認した峰田が青い表情を浮かべて、体を震わせる

 

「お、おい…まさかちっぱいのやつ、あの化け物に吹っ飛ばされて死んじまったんじゃ…」

「!え、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ峰田!」

 

 シャレにならないようなことを言う峰田を注意する切島だが、その顔には焦りの表情が浮かんでいた。

 もしかしたら、という考えがどうしても頭からぬぐいきれない。

 そんな中、緑谷も心配そうな表情をしていたがふと何かに気が付いたように、辺りをキョロキョロと見回した。

 

「あ、あれ?」

「?どうしたの緑谷ちゃん、何かを探してるようだけど…」

「いや、その…五十嵐君が…!!」

「え…!」

 

 緑谷の言葉を聞いた蛙吹も同じように辺りを見渡す。

 しかし、どこを探しても、

 先ほどまでそこにいた衝也の姿が見えなかった。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

「ん、痛ッ…」

 

 衝撃波と強風、そして砂埃が舞っているセントラル広場に大の字で倒れ込んでいた少女、耳郎響香は少しばかり苦しそうにうめき声を上げた後、ゆっくりと閉じていたその瞳を開いた。

 広場に向かったと思われる衝也を追いかけて広場へと来た耳郎は、衝也が掌を顔につけたヴィランに襲われていたのを見て、とっさにスピーカーによる爆音攻撃を仕掛けて、何とかそのヴィランを退けた。

 そして、傷だらけの衝也となぜだかぶん殴らなければならないと魂が叫んでいた峰田に文句を言いまくるために(ついでに今の状況を確認するために)彼らの元へと走って向かっていたのだが、

 突然斜め前から誰かが自分を押し倒してきたことにより移動を中断されてしまったのだ。

 最初は何が来たのか驚いたのだが、さらにその後とんでもない強風と衝撃波が向かってきたことにより、体が吹っ飛ばされてしまったため、結局自分に突っ込んできた物が何なのかわからずにいたのだ。

 

(いきなり押し倒されるわ、何かいきなりとんでもない強風と衝撃波が吹き荒れるわ、何がどーなってんの!?)

「つーか、何こいつ…重いんだけ、ど!」

 

 そう言って自分を押し倒してきた何者かに手を置いて、何とかどかそうとする。

 どうやら、押し倒してきたものはそのまま耳郎の上に倒れ込んでいるらしく、中々片手ではどかすことができなかった。

 思わず耳郎は「あーもう!」と苛ついたように叫ぶとばたんと手を地面へと下ろした。

 

(ぜんっぜん動かないんですけど…。つーかそろそろ本気でどいてほしいんだけど…その……当たってるから。)

 

 若干頬を赤らめながら、これでこいつが峰田だったら心臓破裂させて殺す、と心に決めてから視線を自分に倒れ込んでいる何者かに向けた。

 

「は…!?」

 

 一瞬何を見たのかわからずに呆けたような間抜け声を出してしまった耳郎だが、すぐに頭をガバッ!と起こして自身に倒れ込んでいる人物に視線を送る。

 その人物とは

 顔も身体も傷だらけで、苦しそうな荒い呼吸をしている五十嵐衝也だった。

 それを見た耳郎は慌てたように衝也に声をかけ始めた。

 

「ちょッ…五十嵐!?アンタ、どうしてこんなとこ…てか、怪我!!アンタその怪我は!?」

 

 そう叫んで思わず衝也に手を置いて揺さぶりそうになってしまう耳郎だが、どう考えても重傷人である彼にそんなことをするわけには行かないため、彼に聞こえるように大声で話しかける。

 

「大丈夫、五十嵐!?しっかりしなよ!!」

「……グッ」

 

 すると、彼女の声に反応したのか、衝也は苦しそうにうめき声を上げた後

 ゆっくりと目をうっすらとだが開いた。

 

「耳、郎…?良かった、何とか…間に合ったみてぇだな。」

「五十嵐!良かった、目ぇ開けた…。」

 

 衝也が眼を自分に向けたのを見て、耳郎は安堵したように胸をなでおろした。

 しかし、すぐにハッとした表情を浮かべ、慌てたように彼に声をかけた。

 

「て、良かったじゃない!アンタ、その怪我!!さっきよりひどくなってんじゃん!!一体ここでなにがあったの!?てか、間に合ったって何!?アンタまたなんか無茶したんじゃ…」

 

 衝也の身体を優しくおろしながら衝也に詰め寄る耳郎は、衝也の身体を支えつつ彼に肩を貸しながらに立ち上がった。

 そんな彼女の問い詰めに衝也は答えずに、何度かゲホゲホとむせ込んだ後、視線を耳郎の顔へと向けた。

 

「耳郎…逃げろ!」

「は?」

「は?じゃねぇって…聞こえないのかよ。速くここから逃げろって言ったんだ!ここは危険なんだ!今ここにいたらお前は確実に殺される!だから…速く、逃げろ!」

 

 衝也は口から唾と一緒に血をまき散らしながら、必死に耳郎に逃げるよう叫び声をぶつける。

 耳郎は一瞬目を見開いた後、衝也に負けないくらいの大声で彼に再び詰め寄った。

 

「逃げろって…アンタね!こっちは広場に来たと思ったらアンタがピンチで!それを助けたら今度は助けたアンタが傷だらけでウチの事押し倒してきて!もう何が何だかわかんない状況なんだけど!?そんな状況でいきなり逃げろなんて言われたって、何から逃げればいいのかもわかんないだよ!!いいから状況を速く説明して!!」

「そんな暇はねぇんだって…!速く逃げなきゃ…ほんとあいつに殺されちまうぞ!」

 

 そう言って衝也は顔を後ろの方へと向けた。

 そんな彼につられた耳郎は多少不思議そうな顔をした後、

 顔を衝也と同じ方向に向けた。

 そこにいたのは

 虚ろな目でこちらを見続けている脳みそむき出しの黒い巨体の大男が居た。

 それをみた耳郎は、言いようのない恐怖と全身に何かが這いずるような感覚を感じた。

 

「なに…あれ…?」

「あれが、俺が言ってた一番やばい敵…脳無だよ。」

「あれが…」

 

 それを見た耳郎はしばらくその場から立ち止まっていたが、不意に額から何かが流れ落ちたのを感じた

 自分でも気づかないうちに額から冷や汗を流していたのだ。

 思わず、ごくりと、乾いた口をいやすために喉を鳴らしてしまう。

 そんな彼女に気づいているのかいないのか、脳無は視線をじーっとこちらに向け続けている。

 耳郎はそんな脳無を視界に入れたまま、顔を衝也の方へと向き直した。

 

「それで?あいつがどうかしたの?」

「あの脳無とかいうやつは、恐らくではあるがお前が最初に攻撃したあの手の平男、死柄木の命令で動いてるみたいなんだ。あいつの声がなきゃ、あいつほとんど行動を起こさないし…」

「…で?それとウチが逃げるのとの関係性が見えてこないんだけど?」

「だから!お前が死柄木の行動を邪魔したせいで、あいつの標的が俺からお前にうつちまったってことなんだよ!てか、お前今、さっきあいつに殺されかけてただろうが!」

「!?殺されかけたって…じゃあ、アンタがさっきウチを押し倒したのは…」

「わかるか…!?オールマイト並のパワーとスピードがある敵が、お前を殺すために動いてんだぞ?これがどれだけやばい状況か、お前だってわかんだろ!?」

 

 耳郎は、衝也のその叫びを聞いて思わず視線を再び脳無の方へと戻す。

 脳無は、相川らすじーっとこちらを見続けたまま動かないでいる。

 その様子は、まるで耳郎と衝也、どちらを攻撃すればいいのか迷っているようにも見受けられた。

 

「いいか、なんでかは知らねぇけど、今は脳無の動きが止まってる。この隙にお前は水辺に向かって逃げるんだ。水の中に潜っちまえばお前の姿は視認しにくくなるからここから逃げられる確率は高くなる!重傷人のお荷物はここに置いて、さっさとここから逃げるんだ!」

「!」

 

 それを聞いた耳郎は、一瞬目を見開いた後、顔を勢いよく衝也の方へと向けた。

 衝也は、そんな耳郎に向かって二カッと笑みを浮かべた後、いつものgoodポーズを向けた。

 

「大丈夫、お前がうまく逃げてるまでの時間は俺も稼げる!こう見えても、逃げ足には自信があるんだよ!だから、速くお前は逃げるんだ。」

「…」

 

 いつも通りの笑みを浮かべながらそういう衝也をしばらく見つめた耳郎は、ゆっくりと視線を下におろした後、意を決したように顔を上にあげた。

 

「…イヤ。」

「……は?…!いッ!?」

 

 一瞬耳郎が何を言ってるのかわからなかった衝也は呆けた顔を浮かべた後、

 耳郎がいきなり手を離し、急に地面に下ろされたことの衝撃による痛みで軽く悶絶した。

 痛みに悶絶しながらも、衝也は視線を耳郎へと向け、思わず目を見開いて固まってしまった。

 なんと彼女は

 あろうことか脳無の方へと向き直りまるで衝也をかばうかのようにたち始めたのだ。

 それを見た衝也はけがの痛みなど忘れたかのように叫び始めた。

 

「なッ…!?耳郎!!お前、一体何してんだ!?さっきも言ったろ!そいつは普通のヴィランなんかとは次元が違うんだ!!お前ひとりがどうにかできる相手なんかじゃねぇ!速くここから逃げるんだ!」

 

 衝也が必死に耳郎に向けて叫び続けるが、それでも耳郎は歩みを止めようとはしない。

 それを見た衝也は小さく歯ぎしりをした後、こめかみに血管を浮き出させながら、大声で叫び声を彼女にぶつけた。

 しかし

 

「…!聞いてんのかこのバカ女!!」

「うっるさいんだよこの超ド級のクソ大馬鹿野郎!!」

「!?」

 

 自分以上の叫び声を上げた耳郎に思わず衝也は面食らってしまい、そのまま動きを止めてしまう。

 その間にも、耳郎は歩みを止めることなく、ズンズンと脳無の方へと歩みを進めてく。

 

「そんな傷だらけで!もう動けないようなその状態で!それでもまだアンタは人の心配してる訳!?速く逃げろだとか、時間を稼ぐだとか!ウチらの事なんだと思ってる訳!?ウチらだって、アンタと同じヒーロー志望の雄英生なんだ!アンタだけが誰かを守りたいだなんて思ってるわけじゃないんだよ!!」

「その通りだぜ、衝也ぁ!」

「!?」

 

 耳郎の言葉に続くかのように発せられたのは切島の叫び声。

 見るといつの間にか、切島が耳郎の隣で、同じように自分をかばうかのように立っていた。

 切島はガキィン!と硬化させた両拳を胸の前で打ち付けた後、その拳を脳無の方へと向けた。

 切島だけではない。

 蛙吹も、緑谷も、峰田も、爆豪も、そして、先ほど吹き飛ばされたはずのびしょぬれ轟も

 皆が一様に、衝也をかばうように脳無の前に立ちはだかっていた。

 …緑谷は轟の背中でおんぶしてもらっているが

 

「お前のダチを守ろうっていう漢らしい姿、しっかり見せてもらったぜ!けどなぁ、俺等だってお前に守られるばっかじゃねぇんだよ!お前に守られてばっかじゃ…そんなんじゃ俺は!胸張ってお前のダチだ、なんていえねぇから!」

「お友達が困っていたら手を伸ばす…それはヒーローである前に友達として当然の事なのよ。」

「君が、僕らの事を友達だと思ってくれてるように、僕らだって!君の事を…大切な友達だと思ってる!友達が命を削ってまで自分たちを守る姿を、これ以上僕らは見たくなんてないんだ!」

「つーか!これ以上おめぇがぼこぼこにされっと少年誌としてあるまじき姿を映さなきゃいけなくなっちまうから!オイラとしても、エロ以外のモザイクなんておよびじゃねぇからなぁ!」

「はっ!てめぇみたいな雑魚はさっさと寝て死んどけ!こいつらをぶっ飛ばすのは俺なんだよぉ!」

「お前は少し休んどけ五十嵐、あとは」

 

「「俺らが!」」

「僕らが!」

「私たちが!」

「オイラ達が!」

「俺が!」

 

『何とかする!』

 

 切島の、蛙吹の、緑谷の、峰田の、爆豪の、轟の、

 友を守るその背中を後ろから茫然と見続ける衝也。

 いまだに状況がつかめないのか、呆けた顔をしている衝也の方へと

 耳郎はゆっくりと振り返り

 どこかのお調子者と同じように

 二カッと笑みを浮かべた。

 

「見なよ、衝也。アンタ、一人じゃないんだよ?」

(……)

「アンタが、今までの人生で一体何を失ったのか、ウチは知らないけどさ、」

(耳、郎…)

「アンタは一人じゃないよ。」

(よしてくれ)」

「さっき、ウチのこと守ってくれたようにさ」

(やめてくれよ…!)

「今度はウチが、アンタの事守るから。」

(たのむから…)

「だって…アンタはウチの」

(頼むから!!)

 

 

 

「ウチの大切な『■■■(友達)』だから」

そんな(あいつ)みたいな笑顔を…見せないでくれ!)

 

 

 照れくさそう頬を赤らめながら笑った耳郎は、再び前を向く。

 友を守るため、(一名ほど違うかもしれないが)到底かなわぬ強敵に立ち向かおうとする彼らのその姿を

 鼻で笑うかのように

 無慈悲な絶望が彼らに降り注ぐ。

 

「友情ごっこか、すばらしい…素晴らしいよ!あまりに素晴らし過ぎて

 

 

 逆に壊したくなっちまう…なぁ脳無?」

 

 死柄木のその言葉に反応した脳無は、ピクリと顔をわずかに動かした。

 

「ガキどもを全員殺せ。一人残らず、だ。」

 

 その死柄木の言葉を聞いた瞬間

 脳無は腰を低く落とし、前へと勢いよく飛び出した。

 それを見て、一斉に身構える耳郎達。

 その後ろで衝也は

 悔しそうに地面に倒れ込んだまま両目から涙を流していた。

 

(違う、違うんだよ皆!俺は、俺はただ皆を守りたかっただけなんだ!傷つけたくなかっただけなんだ!なのに、なのになんでみんなが!みんなが俺を守ろうとするんだよ!なんで!俺なんかのために!俺は、俺はみんなから守られるような価値ある人間なんかじゃないんだよ!)

 

 衝也は必死に拳を地面へと打ち立て、体を起こそうとする。

 ポタポタと、額から汗のように血が流れ出て、口からも血がにじみ出てくる。

 体中からミシミシと嫌な悲鳴聞こえてくる。

 それでも、衝也は必死に体を起こそうとする。

 

(動け…動け動け動け動け動け!!このためだろう!?俺が!いままで!血反吐はいてまで特訓を続けてきたのは!)

 

 彼が必死に体を起こすこの瞬間にも、脳無はその拳を大きく振り上げて、耳郎たちの元へと向かっている。

 

(あの時誓ったんだろう!?もう何も失わないように!もう二度と!自分の大切な人を失わないようにって!あの時、他ならぬあいつと俺自身に!そう誓ったんだろうが!!だったら)

 

 

 

Plus Ultra(限界突破)しなくちゃ…守れるもんも守れねぇだろうが!!)

 

 そして、脳無のその拳が耳郎達に振るわれるその瞬間

 

 彼らのが作り出したその肉の壁の上から

 

「!しょ、衝也!?」

 

 五十嵐衝也が、勢いよく脳無の方へと向かって飛び出してきた。

 

(今まで撃ったこともない!鍛える前とはいえ、万全な状態で80%撃って死にかけた!こんな状態で撃ったらそうなるかなんてわからない!身体もただでは済まない!けど)

「身体くらい…くれてやるよ!それで、何も失わずに済むのなら!!」

 

 そう言って衝也は脳無が拳をふるうよりも速く、個性を使って空中を移動し、脳無の顔面を、右手で思いっきりつかんだ。

 そして左手で右手首をつかみ、しっかりと右手の平を固定する。

 脳無はそんな衝也を引きはがそうと、己の顔面めがけて拳をふるう。

 だがそれよりも速く、衝也が先に攻撃を仕掛ける。

 ただし、その攻撃は今までの攻撃とは

 レベルが違う。

 

「出力!!」

 

 右手をささえている左手に力をこめ

 

「100%!!」

 

 全身の筋肉という筋肉に力を入れて

 

 

 

 

 

 今、自身の最強の一撃を叩きこむ。

 

 

 

 

 

排撃(リジェクト)ォォォォォ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 衝也の叫び声がUSJ内に響き渡ったその瞬間

 全ての音が衝撃と強風にかき消され

 USJの広大ドームに地震と間違えるほどの大きな振動が広がった。

 

 

 




相変わらず後半が雑になってきている…
何か、書いていくうちに主人公の設定やこの先のストーリー構成がコロコロ変わってしまう。
皆さん!感想の返事に書いてある説明やネタバレみたいなものは安易に信じないでください!
作者は恐らくこれからかなりの頻度で自身が最初に構成したストーリーを改変していきます!

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