天災?いいえ、間に合ってます。   作:104度

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しばらくぶりです。はい。夏休み恒例のアレが面倒です。
ですので、次話は早くとも今月末、遅くとも来月頭になるかと。

ゲームって怖いね。気づいたら五時間とか時間が飛んでるんだもん。




「雫」っていいよね

 

 高校での僕の初めての授業は物理だった。IS関連の法律や情勢といった座学、歴史などの文系分野は真耶が、ISの操縦訓練やそのための基礎体力作りは千冬が、そして一般科目の理系分野とISの構造の説明は僕が担当することとなった。

 一クラスに三人は多いだろと思われるかもしれないけど、それぞれのクラスに二人ずつ教員が付いているから他と大差はない。……まぁ、ISを造った本人と身体能力が尋常でない千冬、高校で女子主席、全校でも主席だった真耶が揃っているわけだから、他のクラスよりも授業の質は幾分か上かもしれないけど。ちなみに、僕は首席でもなければ次席でもなかった。数学とか物理化学とかの理系科目に特化しすぎて他がほとんどできなかったからね。

 

 

 今は三時間目、僕が担当する物理を教えている。ISの構造って基本は物理法則に則っているからこれぐらいは理解してもらわないといけないんだけど……

 

「え、えー………これがこうなるからこうで……あれっ?こ、ここからどうなるんだ?」

 

 一夏くんが頭から湯気を出しながら机の上に置かれたノートとにらめっこしている。

 

「一夏くん………」

 

「はっ!?い、いや大丈夫だ…です、星野先生。大丈夫、そう、大丈夫なんだ……」

 

 顔をあげて他のクラスメイト達を見まわしてみても、一夏くんみたいに全く分からないという人は居なさそうだ。箒ちゃんと鈴ちゃんに関しては中学時代の一夏くんを知っているから何とも言えない顔でため息をついている。一夏くん、部活にはかなり打ち込んでいたから剣道は強いんだけど勉強にほとんど手を付けなかったからなぁ……

 

「……ここは、この力を鉛直方向と水平方向に分解して、この物体が重力に逆らって宙に浮かぶから不等号の向きはこっちになって、こういう不等式になるの。…………中学三年のときに教えたよね?」

 

「へっ!?」

 

「……………………」

 

「覚えてます!覚えてますよ!!」

 

「へぇ………」

 

 僕はじっと一夏くんの顔を見つめた。嘘ついてるんじゃないの?と目で訴えかける。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………ごめんなさい、忘れてました。」

 

「はぁ……じゃあ、一夏くんには明日に復習用のプリント束を渡すから、クラス代表が決まってから一週間で終わらせること。」

 

 そう言うと一夏くんはどこか安心したような表情を浮かべた。

 

「……どうかした?」

 

「いえ……織斑先生と違って一日でとか言わないんですね。」

 

「あはは……」

 

 苦笑するしかない。千冬がああいう性格だってことは知ってるし、そのおかげであそこまで努力できたのだから、否定できない。それに、だからといって肯定するのは彼女に失礼な気がする。

 と、ここで授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

 

「はい、これで授業は終わりにするけど、復習はしっかりやっておいてね。」

 

『はーい』

 

「………せ、先生。」

 

「あ、一夏くんは後で教えるから大丈夫だよ。」

 

「ですよね……」

 

 それでは、と教室を出たとき、オルコットちゃんに親の敵でも見るように睨まれたけどなんでだろう?

 

 

 ***

 

 

 オルコット家は、イギリスにおいて最も大きな貴族のひとつであった。数年前までは。

 セシリアの両親は、一言で表せば優秀だった。何事もそつなくこなし、人当たりは非常に良く、周りに敵を作らないような二人だった。そのおかげで、はじめは小さかったオルコット家は気が付いたらイギリス随一の名家となっていたのだ。しかし今ではそれほど名を聞かなくなっている。昔ほどの財力も権威もなくなってしまっている。

 

 一体何故か。

 

 大きな力を持つ人間はしばしば他の人間、特に同じ業界の住人に妬まれる。もしくは、その力を振りかざそうとたくらむ第三者に狙われる。星野 空の両親がそのいい例だろう。

 

 つまりは。

 

 殺害。

 

 表向きでは列車事故、という体になっているが、実際はオルコット家を含めたイギリスの有名貴族たちを抹殺するために起こされたテロだったのだ。

 

 動機は先の通り。では、黒幕は誰だったのか。

 

 彼ら、いや、彼女らはもうこの世に存在していない。全て空に消されている。理由は至極単純。彼女らはISを強奪し、それを用いて私腹を肥やすことを繰り返す女性権利団体の一員だったからだ。その際、奪われたISは全て空が回収し、束のいる潜水艦に保管されている。

 

 空はイギリスから去るときに、自失茫然と立ち尽くし涙を流す一人の少女を見かけた。一体どうしたのかと話しかけてみれば、女性権利団体の起こしたテロによって両親を失ったというではないか。自分と同じ境遇に置かれた少女を空は放ってはおけなかった。そこで、空は少女に青い雫型のイヤリングをお守り代わりにと譲った。見知らぬ男に突然声をかけられ、しかもイヤリングを譲ると言われて少女は怯えていたが、それでもそのイヤリングを受け取った。

 数年前の、しかも親を亡くすという大事が起きた時期の出来事のため、少女ははっきりと覚えてはいないが、確かにあった事実である。まぁ、彼女が成長してより大人っぽくなっているためか、空の方も彼女に気付くことはないのだが。

 

 そして、どうしてセシリアは男が嫌いなのか。こちらも簡単なことで、彼女の周りの男は、彼女の父親を含めてだらしがなく、みっともなく、卑しかったからだ。父親は何かあればすぐに頭を下げ、ペコペコしながらも見破りにくい愛想笑いを浮かべていた。彼女を世話していた執事からは邪な雰囲気が嫌というほど伝わってきたし、外の男となればさらに酷いものだった。

 

 

 

 「星野 空…………」

 

 自身の専用機を象徴し、その名前とすらなっている青の装飾が多い自室で、セシリアは一人呟く。

 厳しく口止めされているが、篠ノ之 束ではなく男の星野がISの開発者であり。

 篠ノ之博士にすら優る頭脳を持ち。

 ISの操縦で世界の頂点に立った、ブリュンヒルデという称号を持つ織斑 千冬にあそこまで信頼され。

 あの織斑 千冬に迫るほどの実力を示している山田 真耶にあれほど尊敬され。

 

「どうして……」

 

 今までの自分を軽く否定されたような。

 

「どうすれば………」

 

 これからの自分をどう制御すればいいのかわからない。

 頭の片隅に追いやっていた、セシリアの考える男にあてはまらない例外という存在を、まざまざと突き付けられた。

 自身の行動原理のひとつをへし折られた。

 揺れ始めた自分をしっかり安定させるには。

 

「もっと、詳しい話を………」

 

 織斑先生に伺わなければ。

 

 

 ***

 

 

「………それで、なんで今日も僕は呼ばれたの?」

 

「今日中に終わらせなければならない業務に手こずってな。気が付いたら食堂はもう閉まっているし、売店で何か買おうと思っても些か遠い。どうしたものかと考えていたら、運よく自分の部屋に食材が置いてあるではないか。」 

 

「……で、一夏くんに渡すプリントを作っている真っ最中の僕を無理矢理引っ張ってきて、夕食を作らせようと。」

 

「そういうことだ。」

 

「……………はぁ。言ってくれれば作りに来たんだけどなぁ。なんで無理矢理連れてくるのさ…」

 

「そ、それは本当か!?」

 

「……へ?」

 

「頼めば作りに来てくれるのだな?」

 

「え…そうだけど……」

 

「ならば毎晩」

 

「おい。」

 

「………………………冗談だ。」

 

「その間はなんなのさ……はぁ、あまり忙しくない日はこっちにくるよ。」

 

 そろそろ自炊ぐらいできて欲しいものだとジト目で千冬を凝視するが……

 

「な、なんだ…?いきなり見つめてきてどうした?」

 

 本人はどこか恥ずかしがるだけで僕の言いたいことは全く伝わらない。……いや、千冬のことだから気づいていてもとぼけているだけかもしれない。

 

「………ん?ほほう…」

 

 この千冬をどうにかしなければ。自炊のほうはまだいいとしても一日でどうしてあれだけ部屋を散らかせられるのか、甚だ疑問である。自分の部屋の掃除ぐらいはちゃんとしてもらいたいけど、それ以前の問題か。捨てるものはゴミ箱に、着替えは洗濯機に入れるところから教えなければいけないのか…?それともただ面倒なだけか。これは後者だろう。うん。じゃあ、どうすればいいのか。また昔みたいに……

 

「おい、空。」

 

「……………え、何?」

 

「そういえばお前、女性権利団体を追いかけていたな。」

 

「突然何を…まぁ、今は昔ほど動けないけど、そうだね。」

 

「その中で、雫のイヤリングの形をしたISを誰かに譲ったと聞いたが。」

 

「あー………そんなこともあったね。覚えてるよ。帰ってから束に怒られたしね。」

 

「どうして渡したのだ?」

 

「………その娘、僕と同じように両親を亡くしたみたいで、ほっとけなかったから……」

 

「ふん、お前らしい理由だな。して、その小娘の容姿は覚えているのか?」

 

「うーん、どうだったかな………確か、金色の髪と蒼い瞳と…あと、白いフリルの付いた青いヘアバンドを着けてた………はず。」

 

 ギィ、と扉の動く音がした。

 

「はぁ………得意分野外となるとてんでダメだな、お前は。」

 

「うっ……仕方がないじゃないか。千冬みたいに全般ができる人のほうが稀だよ。」

 

「真耶もいるが?」

 

「くっ……否定できない……」

 

「……本当、お前とあいつは似ているな。………まぁいい。それで、その小娘が今どうしているのか知りたくないか?」

 

「え!?千冬知ってるの!?」

 

「まぁな。で、知りたいか?」

 

「もちろんだよ。」

 

「だと思ったよ。なら、後ろを見てみるといい。」

 

「うん?」

 

 千冬に言われた通りに後ろ、扉のある方向を向くとオルコットちゃんが立っていた。どうしてだろう。

 ………あ。まさか。

 

「君が、あのときの……」

 

「………はい、今の話で、はっきりと思い出しました。」

 

「じゃあ、突然この話題を切り出したのは…」

 

「部屋の前にいるオルコットに気付いたからだ。なにやら思いつめたような様子だったからな。」

 

「そうだったんだ…」

 

「それで、オルコットはもう平気か?」

 

「えぇ、色々と自分の中で折り合いが付けられそうです。このISは、オルコット家を存続させる過程において、(わたくし)に多大な勇気を与えてくださいましたから。星野先生、昨日は申し訳ありませんでした。」

 

「気にしなくていいよ。あの娘が元気にやっているってわかって安心したし、なにより、そのISを大切にしてくれているみたいで嬉しいよ。こちらこそ、ありがとう。」

 

「…………はいっ!」

 

「さぁ、もう気が晴れたなら戻ると良い。既に消灯時間を過ぎているが、今回は見逃してやろう。」

 

「ありがとうございます、織斑先生。」

 

 憑き物が落ちたような晴れやかな顔で去っていったオルコットちゃんは、どこか嬉しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ」

 

 空さん、ですか。

 

「織斑先生があそこまでご執心なのも……」

 

 少しは分かる気がしますわ。

 

「ブルー・ティアーズ…」

 

 今ならばもっと良く動けそうです。こんな(わたくし)に、答えてくれますか?

 

 

『勿論でございます、お嬢様。』

 

 






「ところで空よ。」
「なに?」
「夕食はまだか?」
「え!?作んなきゃいけないの!?」
「当たり前だろう。私は腹が減っているんだ。」
「いや、僕もプリントを作らないと……」
「一夏のだろう?一日くらい遅れても構わないさ。」
「……わかったよ。」
「ああ、よろしく頼む。」
「はーい……………ねぇ。」
「どうした?」
「ビールの量、多くない?」
「げっ…」
「ふふふ………土日は毎週来てあげるよ。」
「あ、その、それは…」
「アルコールは制限します。異議は?」
「………」
「異・議・は?」
「……………ないです。」
「よろしい」
「(自爆してしまった!?)」


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