笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

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今更ですけど、タイトルがひどいネタバレなんですよね(笑




第6話『憧憬一途と初ダンジョンっす』

 

 

「神様、ただいま帰ってきましたー!」

「…ぉ?」

 

 すっかり夕暮れ時になった事を天井から差し込む陽の色で判断しながら本を読んでいたヘスティアの耳に、己のよく知る声が届いた。程なくして部屋の扉が開かれると、ヘスティアは新品のソファに寝転ぶ体勢から立ち上がりその声の主へと駆け寄る。

 

「やぁやぁお帰り、今日もまた随分と早かったけど……まさか、また女の子を連れてきたとか…?」

「や、やだなぁ違いますよ…その、ちょっとダンジョンで死に掛けちゃって…」

 

 先日に引き続き普段よりも早い帰還を嬉しく思いながらも一応は訝しむ。そして、昨日という例があるからこそ訝しむような視線を送るも、ベル自身がそれを否定したならばヘスティアは安堵して…また驚く。死に掛けただなど、少なくとも目の前の少年のように眉尻を下げて笑いながら言うことではない。

恐らくはこちらが不必要に心配せぬようにという心遣いからくるものなのだろうが、そうはいかない。

 

 ヘスティアは小さい身なりでベルの全身を両手で触れつつ怪我がないことを確認し、ベル自身の「神様を路頭に迷わせることはしませんから」という言葉で今度こそ安心する。

 

「ふふっ、随分と言うじゃないか。それならボクは大船に乗ったつもりでいるから、覚悟しておいてくれよ?」

「あ、はは…なんだか変な言い方ですね…」

 

 大船に乗る側なのに上から目線――いや、実際ベルよりも遥かに格上の存在なのだが――のヘスティアに思わず笑みを零し、ヘスティアもそれにつられて破顔する。ただ、昨日も今日もダンジョンから早めに上がってしまったことに関しては少し喜べない。

明日こそは気合を入れて頑張ろうとベルは密かに拳を作り、ソファーの前にあるテーブルに視線を落として

 

「こ、これは…!?」

「ふっふっふ…どうだい、凄いだろう?」

 

 瞠目したベルに、ヘスティアは腰に手を置き誇らしげに胸を張る。そのテーブルには、大皿に盛られた大量のジャガ丸くんが置かれていたのだった。

 

「最近は露店の売り上げが好調でね、ボクが頑張ったからだって店長がくれたんだよ。ベル君、今夜はパーティとしゃれ込もうじゃないか! 言っておくけど…今夜は君を寝かさないぜ?」

 

 サムズアップとともに歯を見せキメ顔を作るヘスティアに、ベルは「凄いです神様!」とお世辞抜きの称賛を浴びせる。それに対して気恥ずかしそうにするヘスティアであったが、ふとここで視線をベルへと戻して

 

 

「そういえば…ルプスレギナ君は一緒じゃなかったのかい? 彼女も『ギルド』に行ってたはずだけど…」

「あー…ルプスレギナさんは、多分帰ってくるのにもう少し時間がかかるかと…」

 

 そう、このタイミングで恐らくは自分たちと一緒にはしゃいでいるだろうもう一人の眷属の姿が無かったのだ。てっきり少し遅れてくるのかと思っていたが、一向に帰ってくる気配のないルプスレギナの事を聞いてみれば、ベルは苦笑いを浮かべながらも頬を掻き、「あの人の担当もエイナさんになりそうで…」と話した。

 

「あぁ…なるほどね…」

「はい…」

 

 それだけで、ヘスティアは理解する。ベルという前例があるからこそ、確信が持てる……多分帰ってくるのはまだ先だと。

 

 

「……先に、食べちゃおうか…」

「…そ、そうですね…」

 

 

……

………

…………

 

 

「はぁ~……やぁっと解放されたっす…」

 

 酒を飲み、呑まれる者たちの喧騒轟くメインストリートの真ん中を、心底疲れ果てた顔で歩くメイド服の美女――ルプスレギナ・ベータ。装備している維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)の効果で疲労のバッドステータスが付くことはないはずなのに、精神的な疲労までは保証してくれないとか…そこまで原作再現しなくてもいいんじゃないかと心の中でツッコミを入れたくなる。

 

 はぁ、とこれで何度目かになる溜息を零した後、脳裏に浮かぶのは無駄に良い笑顔を浮かべたハーフエルフの少女の顔。そしてその少女は、自分を見てこう言うのだ

 

 

    『明日は8時から始めますからね』

 

 

「……ヒッジョーに、キビシー…」

 

 ぽつりと溢した、どこかで聞いたことのあるようなセリフは誰の耳にも届くことなく、彼女はとぼとぼと本拠(ホーム)を目指してその場を後にするのであった。

 

 

……

 

 

 

「ただいま~っす」

「ルプスレギナくんっ!!」

 

 【ファミリア】ホームがある区画は相変わらず静寂に包まれており、意識したらようやく遠くからの喧騒が聞こえてくる程度であった。恐らく既に寝ているであろう2人に気を遣って、隠し部屋ではなく教会に入った時点で出来るだけ足音を殺していたのだが、そんなの無意味だったようだ。恐らくずっと自分が帰ってくるのを待っていたのだろうヘスティアが飛びついてきて、思わず狼狽し一歩後退してしまう。

 

「何っすか!? 何っすか!? どうしちゃったんすか!?」

 

 まさかほんの数時間会わなかったからって寂しくなって飛びついてきたなんてわけないよな。何やらただならぬ様子ではあるが、一体全体なんだというのか。

 

「大変だ、大変なんだ…!! ベル君…ベル君が…!!」

「ベルっちが…!?」

 

 そうだ、彼女がここまで狼狽する理由が自分以外にあるとすれば、それは間違いなくベルに関することだろう。瞬間、ルプスレギナの表情が引き締まったものとなり、一体何があったのかと推測を立てる。

 

 

 ――怪我をした?

 ――攫われた?

 ――家出した?

 ――まさか、殺さ「恋をしたみたいなんだっ!!」

 

 

 ――………は?

 

 

「……」

「……」

 

 しばしの沈黙、その間見つめあう美女とロリ巨乳。やがてどちらともなく力強く頷き合うと

 

「んじゃ、おつかれーっす」

「あぁぁぁっ!! 待って待って! 待っておくれよー!!」

 

 足に縋りつく女神を引き摺るメイドという構図が出来上がったのだった

 

 

……

 

 

「はぁ、スキルの発現っすか…」

 

 あの後必死の説得に折れて話を聞いてみれば、なんとベルはアイズ・ヴァレンシュタインに惚れた事をきっかけにスキルを発現させたらしい。それ自体は確かに凄いことだとは思う。ただ、わざわざこんなベルに聞かれぬようにと用心してまで話すことなのか。ヘスティアからスキルの詳細について聞いて、ようやく納得することができた。

 

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

懸想(おもい)が続く限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果向上。

 

 

「……これ、結構凄くないすか?」

「うん、凄いよ…多分ね」

 

 要はアイズ・ヴァレンシュタインに惚れれば惚れるほどより早く強くなるということか。しかもこのスキルは、仮に明日ベルの想いがアイズに通じ、付き合うことになったとしてもきっと消えたりはしない。ベルがアイズの事を想い続ける限り、いつまでも存在するのだろう。

はぁれむだのなんだのと言いながらウブで一途なベルには相性ピッタリのスキルといえる。とはいえ、全ては明日ダンジョンに行って、【ステイタス】を更新したときにどれくらい『熟練度』が伸びているかを確認せねばなんとも判断は下せまい。

 

 

「…ちなみにこれ、ベルっちには…まぁ、言ってないっすよね」

「そりゃ勿論。待望のスキル発現っていうことで教えたい気持ちはあるんだけどね。内容から考えるに、知らないほうが彼自身の為だろうし」

 

 ヘスティアとしては何とも複雑な心境だろう。自身の愛する眷属(こども)が知らないところで知らない女に影響を受け、そしてその想いがスキルへと昇華したのだから。ひとまずはアイズ・ヴァレンシュタインへの嫉妬は抜きにしても秘密にすべきだろうと判断したヘスティアに、ルプスレギナも同意を示す。

 

「わかってるとは思うけど、君のスキルだって当然秘密だよ? それと、公で使う魔法に関しても、制限したほうがいいだろうね」

「そうっすねぇ、一応魔法の無詠唱化も出来るとはいえ、当分の間は声に出して使う魔法は決めておいたほうがいいかもしれないっすね」

「…君、いつも無詠唱じゃないか」

「え?めっちゃ詠唱してるじゃないっすか」

 

「え?」

「え?」

 

 ……まぁいいか。

 

 

「――…うんじゃ、そろそろ寝るっすかねぇ」

「おや、君まで早寝だね?」

 

 先ほどの会話の合間に、ルプスレギナはヘスティアが持ってきたジャガ丸くんで食事を済ませていた。今回もシャワーは魔法で済ませてしまい、ぐぐっと伸びをして2人並んで座っていた礼拝席を立つ。

 講座で帰ってくるのが遅くなったとはいえ、時間的にはまだ22時ちょい、確かに早いかもしれないが、ちゃんと理由はある

 

「……明日もエイちゃんの講座なんすよ…」

「エイちゃん? ……あぁ…」

 

 途端に暗く、周囲に人魂が浮かび上がるほどに顔色を悪くしたルプスレギナに若干引きつつも、理由を聞いたヘスティアは納得する。「早くダンジョンに行けるといいね」などと言ってくれるが、ルプスレギナはそれを軽く笑って流すことにする。少し不自然な笑みになってしまったが、気付かれていないことを祈ろう。

 

……

………

…………

 

 

「――……うっし…行くっすかね」

 

 昨日と同じようなやり取りの末、タオルケットを敷いて床に雑魚寝をしていたルプスレギナは、真夜中を僅かに過ぎたところでぱちりと目を覚ます。いや、正確にはずっと寝たふりをしており、ヘスティアが寝静まるのを待っていたのだ。壁に立て掛けていた杖をそっと手に取り音を立てずに部屋を後にする。教会の外はやはり静かで、今では『冒険者通り』の方角からの音もほんの僅かにしか聞こえない。人狼の自分でこうなのだから、一般的なヒューマンからすれば完全な静寂と言える状態なのだろう。

 

「さて…《完全不可視化》…それと、《飛行(フライ)》」

 

 外に出たところで唱えた魔法は2つ。姿()()を完全に消す《完全不可視化》と、昨日も使用した《飛行》の魔法。これにより周囲から自分の姿は見えず、昨日よりは安心して空を飛行できる。それでも念のために昨日ほど高くは飛ばず、基本低空飛行を心がけて向かった先は…『摩天楼施設(バベル)』だ。

 

 長期遠征に出ていた冒険者チームなどの為に『バベル』の出入り口の門は常に開いており、ダンジョンにもいつ何時でも出入りができる。今日のエイナとの講座でそれを聞いていたルプスレギナは、早速こうしてダンジョンへと赴いていた。

 

「エイちゃんには悪いっすけどね、私もいつまでも食わせてもらう立場じゃいられないんすよねぇ」

 

 そう、【ヘスティア・ファミリア】に入ったはいいもののダンジョンに入る許可が出ないのでは金を稼ぐ手段がない。日中もエイナとの講座に時間がとられてしまう以上維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)のおかげで眠る必要がないのを利用し、こうして夜中にこっそりとダンジョンに出て魔石を集めるしかない。幸い、『バベル』にも冒険者用の公共施設として魔石の換金所があるらしいので、『ギルド』に換金しに行ってエイナと出くわす、なんて心配もないだろう。

 

 ホールのど真ん中にある大きな出入り口を、不可視化と飛行の魔法を消して普通に歩いて下る。こうして冒険者としてダンジョンに潜るのが初めてである以上、さすがに地形などを把握するためにも飛行の魔法でばんばん下層に進む、なんていうのは止めである。それに、未だにルプスレギナはこの世界に来てからコボルトとしか戦っていないというのも気になっていた。戦い足りないとかではなく――いや、少しはそういうのもあるが――あの程度の敵だと自分の力の底が見えないのである。

 

 取り敢えずは一階層ずつ歩いて回って、一通り敵を倒して満足したら次に、という具合で行くか

 

 

 ダンジョンの一階層は、薄青色の壁が特徴の洞窟のような場所だ。自分がこの世界で目を覚ました時に見たのもこんな景色だったから、多分2か、3階層当たりだろうか。案の定真夜中にこんな一番上の階層を歩いているような冒険者はおらず、ルプスレギナの耳も鼻も誰の存在も捉えない。

 

 二股道、十字路、緩やかな下り坂と上り坂…一通り見て回ったところで、“それら”は現れる。

 

「おぉっと…お出ましっすね」

 

 ――ピシ、ビキビキ…と不吉な音が周囲に響き、亀卵の殻のように亀裂が走った壁から這い出てきたのは3匹のゴブリンと2匹のコボルトの計5匹。もしもこれが()()()新米冒険者だったなら、よほど自分の実力に自身のないバカでない限りは無理だと逃げ出すだろう。だけどお生憎様、この女はバカの方だ。

生まれたモンスターをただ黙って眺め、視線が合えばニィと笑みを深める。ゴブリンの一匹は、醜悪な吐息と共に雄たけびを上げ、ルプスレギナへと向かって駆け出して…爆ぜた。

 

『『『『…ッッ!!!??』』』』

「あぁ、やっぱ弱いっすね」

 

 その原因は、言うまでもなく目の前の彼女…より正確には、彼女の振るった杖にある。下級モンスターなどでは目にすることも出来なかったであろう速度で振るわれた杖が、()()()ゴブリンを一撃で屠ったのである……って

 

「あぁーっ!!? 魔石の事忘れてたっす!!」

 

 しまった、と声を上げるルプスレギナであったが、懸念通りにミンチとなったゴブリンは勝手に灰となる。そして、あとに残されたのはこの世界に来た初日にも見た『キラキラした砂』だった…

 

「お、お、お前ら弱すぎっす!! せめてもうちょい頑丈になるっすよ!!」

『『『『ガァッ!!?』』』』

 

 えぇっ!?というモンスターたちの魂の叫びがダンジョンに響いた瞬間であった。

 

 

 

 5分後…

 

「……」

 

 そこには、まるで数億円のツボを割ってしまったメイドよろしく、一つとして原型を残さず砂になった魔石の前で四つん這いになり項垂れる駄犬の姿があったのだった。

 

 

「え、えぇいっ!! どうせ1階層にいるモンスターが落とす魔石なんてたかがしれてるっす!! こんなん、見るからに少ないっす!! …もう少し下に潜ってみるっすかね」

 

 なんとか気を取り直し、悪いのは自分じゃなくて全部弱すぎるモンスターと脆過ぎる魔石が悪いのだと自分に言い聞かせる。だってだって、()()()()()()でも同じ結果になるなんて誰が予想するよ。

1階層ずつ順番に、なんてしていたらあっという間に日が昇り、結局収入はゼロ、なんてことになりかねん。早速当初の計画を大幅に修正し、再び《飛行》を使って一気に下の階層を目指すのであった

 

 

……

 

 

 一先ず、まだ戦っていないモンスターが現れては倒し、死体が灰にならなければ魔石を回収という一連の行動を繰り返し、ルプスレギナはどんどんと下に進む。鋭い爪を持つ影のような見た目のモンスター、単眼のカエルのモンスター、大きな蟻のようなモンスターに、額に角を生やした兎のモンスター…どれもこれもが弱すぎる。初めて出会ったゴブリン相手に全力疾走を決め込んでいたあの頃がなんだか懐かしい。

 

 そしてなんだかんだで…

 

 

「――…ほい、10階層に到着っす」

 

 8階層を過ぎたあたりからまたダンジョンの雰囲気や構造が変化したので、そこからは普通に歩いていた。まるで草原のような作りになったときは「さすがはダンジョン」と感心したものだが、10階層はことさら広く、おまけに朝霧のようなものが掛かっていて非常に見通しは悪い。無駄に長ったらしい階段を飛び降りたルプスレギナは、何事もなく着地すると周囲を見渡しながらも数歩進んで、はたと止まる。

 

 そういえば、ここに至るまで《飛行》を除き全く魔法を使っていない…普通の物理攻撃だけで魔石もろとも吹き飛ぶような脆いモンスターに其れを使おうという気すら起きなかったのが原因とはいえ、今更気付くとはと額に手を置き溜息を零して、気を取り直す。まあいいさ、まだ1時間ほどはダンジョンにいられるだろうし、今から存分に暴れさせてもらうとしよう。

 

 霧の奥からズジン…と地を揺らす重たい足音が聞こえてきて、周辺に自分以外の冒険者がいないことを確認したルプスレギナは二ィと犬歯を見せて嗤う。

 

 

「…んじゃ、いくっすよ? …《時間延長化・(エクステンドマジック・)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)》」

 

 

 頭の中に浮かんだ無数の魔法から1つをピックアップし、それに意識を集中させて詠唱する。僅かに身体の中から()()が抜け落ちるのを感じつつも、一瞬強い橙色の光が体を包む。それによって身体能力の向上を理解し、口元に浮かべていた笑みを深める。

 

 やがて霧の中から現れたのは、体長3M(メドル)は優にあろう醜悪なモンスター、オークだった。なんだ、トロールじゃないのかとほんの少しだけがっかりしたが、考えてみればどちらも似たようなものか。

 

『ブギッ…ブ、フォォォオォォォ!!!』

 

 オークはこちらの姿を視認するや否や咆哮を上げ、すぐ近くに生えていた2Mほどの高さの白い木を引っこ抜く。

 

この木のような存在は一般的に迷宮の武器庫(ランドフォーム)と呼ばれているが、当然ながらルプスレギナはそんなものなど露知らず、ただ()()()()()()()()()()()「おぉー便利っすねぇ」などと宣っていた。

 

『ブオッ…!? ブギァァァァァァッッ!!!』

 

 流石に少し驚いた様子のオークであったが、自らを鼓舞するように吼えると一気に駆け出す。一見遅いように見えるが、背丈が3Mあるだけあって歩幅はそれなりに…いや、ないな。気持ち悪いぐらい短足だし、やはり鈍重すぎる。いくら動体視力を強化してるからって、これはないだろうと思ってしまう。

 

 (あざけ)るように笑みをこぼしたルプスレギナは、自身が引っこ抜いた木を投げ捨ててからオークとは対照的に歩いて距離を詰めた。徐々に互いの体が大きくなっていく中、杖よりも僅かにリーチに勝る分先に攻撃範囲内となったオークは迷うことなくルプスレギナの胴に向かって木を横薙ぎに振るう。その間一切動かない眼下の少女に、オークは勝利を確信したか僅かに表情を歪ませたように見えるが…

 

    バキィン…!!

 

『プギ、ィッ!!?』

「あっはっは、やっぱこうなるっすよ、ねっ!」

 

『ッッッ!!!??』

 

 木を持つ腕は確かに降りぬくことができた。ただそれに関わらず結果はオークの想定していたものとは大きく異なった。太く頑丈なはずの即席の棍棒があっさりと折れ、女は未だに平然とそこに佇んでいるのだ。痛がるどころかへらへらと笑う女に怪我らしきものはなく、オークは何が起きたのか理解する前に腹部に強烈な一撃を受け、後方へと吹き飛んだ。

 

 何が起きた? 一体何がこの体を襲ったんだ? オークの退化した小さな脳は、このダンジョンで生を受けてから初めて必死に現状を理解しようと働く。まさか距離の離れた女に()()()()()()()吹き飛んだなどとは考えられず、ぐぐ…と体を起こしたところでオークは見る。杖を此方に向けた女が、美しく微笑むのを

 

 

「《吹き上がる炎(ブロウアップフレイム)》」

 

 

 それが、オークの聞いた最期の言葉であった。

 

 

 上の階層と倍近くある高さの天井に届きかねないほどの巨大な火柱を見上げながら、ルプスレギナは一度深呼吸をする

 

「(はぁー…ダメージ食らわないのは直感で分かってたけど、やっぱ心臓に悪い…)」

 

 自分が本物のルプスレギナ・ベータだったならばよかったものの、生憎と中身(精神)は元社会人の“鈴木実”であることを忘れてはいけない。ルプスレギナの素の防御力に加え、アダマンタイト以上の硬度を誇るメイド服のおかげでルプスレギナの物理防御力は全ステータス中一番の高さだろう。それでも、自分の倍以上の大きさのモンスターが全力で振るう棍棒を棒立ちで受けるなんて、精神的負担が大きすぎる。

 

「(まぁ、それでもルプスレギナの設定または精神に引かれて戦いとかモンスターを殺すこと自体に忌避感はないし、冒険者として過ごす分には問題なさそうね…)」

 

 ナイフなどの便利な道具を持たないルプスレギナは、先ほどからモンスターの死骸に手を突っ込んでは魔石を取り出すというのを繰り返していた。その度に《洗浄(クリーン)》の魔法の有難みを噛み締めつつも、別段血に濡れてても少し不快に感じるだけなのだろうなとも分かっていた。兎に角、攻撃を受けることに慣れる、ダメージを負う感覚も体験せねばならぬことという課題を残しつつも、今日は残りの時間ひたすらここでモンスター退治に精を出そうと決めた。

 

 火柱が音もなく姿を消して再び階層内が静寂に包みこまれた時、ルプスレギナは不意に「あ。」と声を上げる

 

 

「……魔石、溶けてないっすよね?」

 

 

 

 

    一応無事だった

 

 

 




この時点でエイナさんとヘスティア様の面識はないはずですが、どんな人物なのか話くらいは聞いていたと思うのでヘスティアはあの反応をしました。


そして、鈴木実の出番が少なすぎて必要ないんじゃないかと思い始めた…(笑

いやまぁ、ベル君たちと普通に会話してる時点で鈴木実大活躍なんですけどね?

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