笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

5 / 31
前回のあらすじ


ダンジョンでか弱い美女との出会いキタ━(゚∀゚)━! ←ベル君


コボルトなんて瞬殺じゃい ( ・ω・)っ≡つ ←ルプー



(゚д゚ )エッ










(゚д゚)

※16/06/01 ベル君がダンジョンに潜り始めた日数を半月前に修正。




第2話『ギルドとファミリアっす』

 門を抜け視界を覆う日の光に慣れたとき、目の前に広がったのは現実とはまるで異なる異世界の町並みだった。

 

『バベル』前の中央広場(セントラルパーク)自体はまぁ、現実世界でも見ないこともないが、少なくとも現実では行き交う人々が帯刀してたり鎧を着てたりなんてしていない。

 

 周囲の建物などを見る限り、世界観としては中世ヨーロッパを連想すればよいのだろうか…てか、普通に『オーバーロード』の世界に出てくる都市の一つ『エ・ランテル』をもう少し活気付かせた感じか。

 

「どうですか、ルプスレギナさん。」

「ん~、活気があって良い場所っすねぇ。空気が美味いっす。」

 

 空気云々に関しては若干ベル君も困惑していたが、まぁこの世界に排ガスなんてものがあるか分からないし、きっとこの程度の豊かさは当然なのだろう。

 

「…で、えぇと…何処に行くんだったすかね?」

「はい、取り合えず『ギルド』に向かおうかと思っています。僕も魔石の換金がしたいですし」

 

 『魔石』…それを聞いて私は僅かに申し訳ない気持ちになった。魔石というものはダンジョンに潜むあらゆるモンスターの体の中にある“核”らしく、冒険者のダンジョンにおける直接の稼ぎが、その『魔石』なのだそうだ。それで、なんで自分が申し訳ない気持ちになるのかっていうと…

 

「いや、申し訳ねっす…あのキラキラが、そんな貴重なもんだったとは…」

「あ、あはは…僕は大丈夫ですから、そんなに御気になさらずに」

 

 脳裏に浮かび上がってきたのは自分が相手をした2匹のコボルト。そのコボルトの体内にも当然『魔石』はあったのだが、振るった杖のあまりの威力に魔石はミンチとなったコボルトと共に粉々に砕け散り、砂のようになってしまっていた。当然そんなもの換金できるはずもなく、何処からともなく吹き抜ける風に運ばれてキラキラと煌めきながら消えていくのを黙って見送るしかなかったのだ。

 

「うぅ、ベルっちちょー優しいっす! お姉ちゃん感激っすよ!!」

「う、わわっ…!? る、るぷしゅれぎなひゃ…っ…~~~!!!」

 

 肩を落としちょんちょんと左右の人差し指をつつき合わせる私に優しい言葉を掛けてくれるベル君マジ天使。思わず抱きしめるとこれがまた反応が面白いったらありゃしない。

 

 ルプスレギナ本人は気付いていないが、ベルが慌てるのも無理はないだろう。なんせ目の前の女性はエルフやアマゾネスが霞んでしまうほどの、それこそ女神と並ぶほどの絶世の美女であり、そんな人物に抱きしめられてしまったのだから。しかも、彼女が背中に背負っている聖杖を固定するためにベルトを斜め掛けにしているため、ただでさえ豊満な胸がより強調されており、それがまた余計にベルを慌てさせていた。

 

 …で、それを見ていた男の冒険者や男神達は、一様に舌打ちし、同じことを考える。

 

 『爆発しろ』、と…

 

 

……

………

…………

 

 

「えぇと…着きました…」

「んはぁー…こりゃまたデカイ建物っすねー…」

 

 嬉しいやら恥ずかしいやら混乱するベルの事を一通り堪能したルプスレギナは、その後は大人しく後をついてきていた。半日でダンジョン探索を切り上げたにもかかわらず色々な意味で精神的に疲労したベルであったがなんとか気を持ち直し、『ギルド』の本部がある北西…『冒険者通り』を案内していた。

途中途中に存在する武器屋や防具屋に興味を示したルプスレギナだったが、御眼鏡に叶うものがなかったのかすぐにベルのもとへと戻り、また案内を再開するを繰り返す。

 

 そうして漸く辿り着いたのが白い柱で作られた巨大な万神殿(パンテオン)、ベルたち冒険者やダンジョンの管理をし、オラリオの運営を一手に引き受ける『ギルド』の本部であった。

それこそ規格外の大きさを誇る『バベル』を抜きにすれば、この『ギルド』本部はオラリオでもかなり巨大な建造物に入る。それだけ、この『ギルド』がオラリオにとって重要な存在なのだという証明でもあるのだが。

 

 

 ウエスタンドアのような作りの扉を開けて『ギルド』へと一足先に入ったベルは、きょろきょろと中を見渡し、冒険者用の受付の一つに座っている目的の人物へと小走りで向かっていく。

 

「エイナさーん!」

「…あら、ベル君じゃない。どうしたの?こんな早くに上がってくるなんて…」

 

 『ギルド』の職員である証でもある黒のスーツとパンツを着たヒューマンとエルフのハーフである妙齢の女性、エイナ・チュールは、半月程前に自身がアドバイザーとして監督することになった新米冒険者、ベル・クラネルの声と姿に少しだけ意外そうな顔をする。まぁ、まだ彼の事を知ってからさほど経っていないが、そんな短い期間でも此方が心配になるほど長い時間ダンジョンに潜っていた彼の事を知っている身としては、こんな早い時間にダンジョン探索を切り上げるのは珍しく感じていた。

 受付の前まで小走りでやってきたその姿に思わず頬を緩ませながらも、換金所ではなく自分のところに来たという事は何か用事があるのだろうと眼鏡を掛けなおし、一先ず用件を聞くことに。

 

「はい、えぇっと…」

「ちわーっす、お邪魔するっすよ」

「…、…」

 

 何故かしきりに背後を気にしながらも言葉を選ぶベルの姿を訝しむエイナであったが、そんな二人の間に割って入ってきた人物の姿を見て、思考が一瞬停止してしまった。

現れたのは今まで何人もの女性冒険者を見てきたエイナでさえもが思わず見惚れてしまうほどの美女だった。どこか蓮っ葉で明るい口調ながらも不自然さはまるでなく、寧ろそんな口調が人懐っこい笑顔とマッチして魅力をより高めている。

 メイド服と修道服を足して2で割ったような服装のデザインこそ最初は戸惑ったが、よくよく目を凝らして見ればそのメイド服に使われている素材や一部貴金属部分は、第一級冒険者が着用する鎧やローブに使われるような…いや、もしかしたらそれ以上の価値がある希少な物であると分かるだろう。

 その次に目を引くのは、彼女の背にある巨大な聖杖だ。

詳しくは流石のエイナにも分からないが、かの有名な【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者、ティオナ・ヒリュテが愛用している『大双刀(ウルガ)』のような超硬金属(アダマンタイト)製の武器であると言われても納得できそうな程の重圧を感じていた。これもまた、実際にはアダマンタイトよりもさらに希少なアポイタカラ、ヒヒイロカネなどの“七色鉱”と呼ばれる金属で出来たものなのだが。

 

「…おーい、聞いてるっすか…?」

「…ハッ!? す、すみません私とした事が…!! …コホン…それで、えぇと…?」

「はい、此方の方はですね…」

「おっと、それは自分で話すっすよ。ただ、出来れば他人の目を気にしなくていい場所でしたいっす」

「…分かりました。ではこちらへ」

 

 美貌に、装備に、あらゆる点で圧倒されてしまったエイナの顔を覗き込み、首を傾げるルプスレギナ。そしてそんなエイナの気持ちが分かるからこそ苦笑を零すベル。

漸くエイナが我に返ったところで、ルプスレギナの事を説明しようとしたベルであったが、ルプスレギナ自身がそれを押しとどめた。

人の目を気にしなくてもよい場所…その言葉に僅かに眉を顰めたエイナであったが、やがて小さく頷くと席を立つ。そして、ベルには一旦部屋の前で待っていてもらい、2人だけでギルド内の小さな一室へと場所を移動した。

 

 

 

 

 防音加工済みの部屋の中で私と顔合わせになる形で座った彼女…ルプスレギナさんは、正直にここに至るまでの経緯を説明する。最初のうちこそ明らかに嘘吐きを見るような目をしてしまったけど、詳しい国の名前などの固有名詞が出てくるといよいよ口から出まかせではない可能性が浮上し、ひとまずは全て事実であることを前提に考え込む

 

「(リ・エスティーゼ王国に、グレンベラ沼地…? 駄目ね、全然聞いたことがない…沼地とかはともかく、国の名前すら聞いたことないなんて…)…ルプスレギナさん、因みにこのお話は、今まで他の方にしましたか…?」

「いや、知ってるのはエイちゃんとベルっちだけっすよ」

「(エイちゃん…?)…そうですか…なら、このお話はあまり公にはしないべきかと思います」

「ん?まぁ私も元々そんなに人に言いふらす気はなかったっすけど…」

「はい、是非ともそうすべきです。 私も聞いたことがないほどの遠方から転移でやってきただなんて話、下手をすれば…いえ、まともな感性の持ち主であれば皆アナタの正気を疑います…正直、私自身信じ切れてませんし…」

「ぐはっ…酷いっす…まぁでも、そりゃそうなるっすよね。基本的には黙ってる事にするっすよ」

 

 事前にお互いの自己紹介を済ませていたが、まさかいきなりあだ名で呼ばれるとは思ってもみなかった。

多少動揺しつつも努めて平静を装い、まずは今聞いた話を自分以外に知る者がいるのかどうかを確認する。結果として自分以外に一人…ベル・クラネルだけはその話を知っていると告げられたが、そこは予想通りだったので特に驚かない。知っているのがルプスレギナさんを含めた三人だけならば、不用意にこの話を広めないよう忠告しておこう。

 とはいえ、ルプスレギナさんの反応を見る限り始めからこの話を公にするつもりはなかったようなので、念には念を入れて釘を刺すだけにとどめておく。

 

 ここまでの経緯を聞いたところで、次の問題はこれからの行動についてだ。眼鏡を指差しで軽く押し上げ位置を修正しつつも、私はルプスレギナさんに確認をした

 

「それで、ルプスレギナさんは今後どうされるのですか…?」

「う~ん、それなんっすけど、私も冒険者として過ごすのがいいかなぁとかって考えてるっすよ」

 

 ……意外。こう言っては失礼かもしれないけど、冒険者というものに興味があるとは思わなかった。そもそも私には目の前の彼女が神官なのかメイドなのか何者なのかが分からなかったけど、予想していたどれでもなく、冒険者という道を選ぶなんて。

 

「…一応、理由をお聞きしても…?」

「面白そうだからっす」

 

 ………あ、頭が痛い…。

 

 その後私は必死になって冒険者という職業の危険性を説いた。にも拘らず、目の前の女性は『大丈夫ダイジョーブっすよ』なんてケラケラと笑っている。…本当に大丈夫なのだろうか。

 

「はぁ…ですが、まだどこの【ファミリア】にも所属を…あ、もしかしてベル君からもう勧誘とかされてるんですか…?」

「いや~、されてないっす。 私の力結構頼りになると思うんすけどねぇ…」

「…そういえば、ルプスレギナさんは杖を装備されてますが…」

「そうっす。私はクレリックなんで、回復に補助にとなんでもござれっすよ」

「…!! そ、それじゃあ…ルプスレギナさんは、治癒魔法が使えるんですか…!?」

「そうっすよ? あれ、見て分かんなかったすか?」

「…ちょ、ちょっと失礼します…!」

 

 パタパタパタ――バタン――

 

「……??」

 

 

 

 

「べ、ベル君っ!!」

「うわぁっ!?エイナさん!? ど、どうしたんですか、急に…」

  

 駆け足で個室を後にしたエイナは、待合所でソファに座っているベルのもとへと駆け寄った。急に話しかけられたうえかなり焦ったようなその様子に圧されるベルの事を見てはっと我に返ったエイナは、一度自身の豊かな胸元に手を置き深呼吸を挟む

 

「…ルプスレギナさんの事、まだファミリアに誘ってないんでしょ? 早く誘ったほうがいいよ」

「…え、で、でも…」

「でもじゃないよっ! 彼女が回復魔法を使えるの、ベル君だって知ってたんでしょ?」

「は、はい、それは…」

 

 わざわざルプスレギナを個室に残してベルのもとへと駆け寄ったのは、これが言いたかったためである。中立的な立場の『ギルド』の職員としてこのアドバイスはややグレーゾーンではあるが、目の前の少年はここ数日やたら朝早くから夜遅くまでダンジョンに潜っては疲れ果てて帰ってくる事が多い。

新米の冒険者ではダンジョンに潜る前にポーションなどの回復アイテムを準備することもままならないだろう。故にこそ、ベルには治癒魔法が使えるルプスレギナの存在が必要だろうと考えたのだ。

 

 因みにルプスレギナが治癒魔法を使える事をベルがすでに知っていると当たりを付けた理由は、単純にベルの体に怪我が一つも見当たらなかったからである。初心者が半日だけとはいえダンジョンに潜ってモンスターと戦えば、少なからず怪我はするはずなのだから。

 

「それなら、躊躇なんてしちゃダメ。『神の恩恵(ファルナ)』もなく先天的に魔法が使える時点で、彼女はかなり稀な存在よ。ここで逃がしちゃったら、もう絶対に会えないと私は思うな」

「うっ…」

 

 それに関してはベルも同意だった。エイナは知らないが、ベルはルプスレギナが回復だけでなく素の戦闘能力もかなり高いという事を知っている。

 

 戦えて、回復できて、人当たりが良くて、絶世の美人……ルプスレギナ本人は気付いていなかったようだが、ここに来るまでにすれ違った男性冒険者および男神の殆どが振り返り、ルプスレギナに見惚れていたことも知っている。

 

「…そろそろ戻るね。ベル君、結局のところ最後に決めるのはルプスレギナさんなんだから、勧誘するだけタダなんだからね?」

「っ…はい…」

 

 俯き、膝の上に置いた両手で強く拳を作るベルの姿に、エイナはゆっくりと目を閉じると背を向ける。未だにルプスレギナが待っている個室へと向かう最中くるりと振り返ったエイナはもう一度だけベルにそう告げる。

 

 その言葉に、ベルは弱い返事をすることしかできなかった。

 

 

……

 

 

「――…そういうわけなので、取り合えず冒険者への登録の前に、どこかの【ファミリア】への入団をお願いしますね。」

「りょーかいっす。」

 

 戻ってきたエイナさんから早速冒険者への登録の仕方などを教わろうと考えていた私だったが、どうやら冒険者への登録の為には先に【ファミリア】への入団が必要なのだそうだ。

 

 えぇー、と駄々を捏ねてみたもののエイナさんにはちっとも効果がなく、仕方がないので了承することにした。

このオラリオにはかなりの数の【ファミリア】が存在しているらしく、少し外に出れば下界に降り立った神々も普通にその辺を闊歩しているようだ。そんな、石を投げたら当たるような程に多いのか、神様って。

 

 だが、どの神を選んでも授かる『神の恩恵(ファルナ)』とやらに違いはないらしく、別に零細ファミリアだろうが大規模なファミリアだろうが…零細ファミリアだろうが関係ないらしい。何故二回言ったし。

 

 更にエイナさんによると、『神の恩恵(ファルナ)』無しで魔法を使えるのはかなり希少らしく、自分の意思で自由に【ファミリア】を見て回れるのは数日が限度だろうと忠告されてしまった。野良(フリー)の状態であまり長くぶらついていると、自身の実力に気付いた神々にしつこく勧誘されるから気を付けるようにとも言われてしまえば、流石に此方としても焦る。

 

 

「(てか、覚えられる魔法が基本的に3つまでって何!? 今分かってる時点でも、(ルプスレギナ)100個は魔法覚えてるくさいんですけど…ッ!?)」

 

 『ユグドラシル』において、カンストであるレベル100の魔法詠唱者(マジックキャスター)が覚えられる魔法の総数は約300前後だという。その半分ほどのレベルであるルプスレギナもまた、回復系、防御系、補助系、一部攻撃系に情報系魔法なども覚えていることが、先ほどの待機中などの空いた時間を利用して確認して分かっていた。

 

 

「(アインズ様はこの世界じゃマジで無敵だな…)」

 

 レベル100(カンスト)勢で、700(・・・)以上の魔法を使える『オーバーロード』の主人公の事を考え、思わず冷や汗が出てしまう。どうか居ませんようにと、不敬極まりない事を考えながら。

 

 

「では、ベル君も待ってますし、今日はこの辺で…」

「ん、そうっすね。あんま待たせちゃ申し訳ないっすね」

 

 気付けばこの個室に入ってからかれこれ30分は経過しているだろうか。新米冒険者の換金というものはすぐに終わってしまうらしいし、待ちぼうけを食らっているだろうベル君のもとへと向かうべく共に個室を後にする。

 

 

 

 

「いやはや、お待たせしちゃって申し訳ないっすよ」

「い、いえ。気にしてません、から…」

 

 両手を頭の後ろで組みながらも、心にもない謝罪の言葉を投げかけてみる。

 ……?なんだか、妙に思いつめた顔をしているな。

 

 ちら、と後ろに立つエイナさんへと視線を向けると、何か言いたげな表情でベル君の事を見ていた。またベル君の方に視線を戻せばベル君はベル君でエイナさんの視線に気付いたようで、しばし無言で互いに見つめあった後、同じタイミングで頷き合っている。

 

 え、何?何かあったの…?

 

 

「それじゃあルプスレギナさん、【ファミリア】が見つかったら(・・・・・・・・・・・・・・)改めて登録をお願いしますね」

「…りょーかいっす」

 

 その話さっきも聞いたけど、何故わざわざぶり返したんだろうか。この短時間で忘れてしまうほど頭が悪いと思われてるのか??

 一方で、そんな自分達のやり取りを聞いてたベル君が僅かにぴくりと反応を示していたが、特に何も言わないので黙っておこう。

 

 

「それじゃあ、取り合えず宿屋まで案内しますね」

「うん、悪いっすねわざわざ」

「いえ、どうせ通り道でしたし、気にしないでください」

 

 私がエイナさんから数日の宿代を貸してもらっていた事を知っていたベル君は、エイナさんに代わって自分が宿屋まで案内すると申し出てくれた。

実のところは此処に案内されるまでの間にもう宿屋らしき建物は見つけていたのだが、善意はありがたく受け取る。

 

 

 

 

「いやぁ、この街は活気に溢れてるっすね」

「あはは、商店街の方は冒険者だけでなく一般の人も利用しますから、もっと活気付いてますよ」

 

 相変わらずルプスレギナは両手を頭の後ろで組みながら、先ほどまでと違いベルと横に並ぶ形で歩いている。

途中、此方の方を遠巻きに眺めている冒険者の集団を見れば、にこにこと笑みを浮かべたまま手を振ってみる。…なんで手振っただけであんな興奮するのかと、直後ルプスレギナは疑問符を浮かべることになるが。

 

 この繁栄した都市に、人々の活き活きとした表情、耳に届く笑い声――自分が原作のルプスレギナなら、きっとこう言うに違いない。

 

   『あー、この都市、滅んでくれないかなぁ』

 

 …なんて、当然自分(鈴木 実)は思いませんが。

 

 

 

 

「…っ…あの、ルプスレギナさん…」

「んー? どしたっすか、ベルっち」

 

 宿屋らしき建物がようやく視界に入るようになった時、隣に並んでいたベル君が突然足を止める。振り返って見れば、先ほど『ギルド』で見た時の様などこか思いつめた表情を浮かべて軽く俯いているその姿が目に入る。

 

「…ルプスレギナさんが、その…もしよろしければ、なんですが…」

「…、…」

 

 言葉を選んでいるのか、それとも心を落ち着かせようとしているのか、かなり躊躇いがちに言葉を紡ぐその様子を、私は普段ルプスレギナとして浮かべている笑みを消し、頭の後ろで組んでいた両手もおろして耳を傾ける。

 そんな自分の雰囲気の変わりように気付いたのか、ベル君は一呼吸を置いて決意を秘めた目で此方を見つめ

 

「…ぼ、…ぼっ、僕達の【ファミリア】に、入りませんかっ…!?」

 

 …周囲がやけに静かに感じる。どうやら、ベル君が自分を【ファミリア】に勧誘するつもりなのだと気付いた冒険者並びに神々が注目しているようだ。その殆どがこの様を楽しんでいるように見えるから、断られるものだと当たりを付けているらしい。

 

 まぁ、周りがそう思うのも仕方のない事かもしれない。ベル君はまだ新米…この都市じゃ無名の有象無象の一人にすぎない。

対する自分は、当然ながら今日この異世界にやってきたばかりで無名とはいえ、熟練の冒険者や神々が見ればベル君とは比べ物にならない上等な装備をしていることがわかるだろう(容姿については自覚無し)。

 そんな私が、どこの誰とも知れぬ冒険者の勧誘を受けるはずもないと高を括っているのだ。

 

 …私は、あくまでも冷静に目の前の少年を見降ろす。腰を奇麗に曲げ頭を下げたまま此方の返事を待つ少年は、確かに弱かった。だが…

 

 フッと小さく笑みが零れる。そしてそれをきっかけに、私はまたいつもの様な人当たりの良い笑みを浮かべた。

 

 

「分かったっす。宜しくお願いするっす」

「…………え?」

 

「「「「「………………えっ!?」」」」」

 

 

 聞き様によってはあまりにも軽すぎる返事に、ベルは腰はまだ曲げたまま地面を見つめていた顔だけを上げる。何故か周りの冒険者や男神までもが驚いたような声を上げていたが、一番困惑しているのは勧誘したベル本人だろう。

硬直してしまったベルを不思議そうに見つめるルプスレギナは、やがて首を傾げ

 

「どしたっすか?」

「…いや、その…ほ、ほんとに良いんですか…??」

「良いっすよ。てか、このまま勧誘なかったら自分からお願いしてたくらいっす」

「で、でもでも、僕のところは、その…物凄い貧乏なファミリアで…あ、か、神様はとっても素敵でいい人なんですけどっ…!」

「貧乏だろうと裕福だろうと『神の恩恵(ファルナ)』に差異はないんすよね? だったら、私はベルっちがいる【ファミリア】がいいっす」

 

「る、ルプスレギナさん…」

 

 感動しているのか、僅かに震えているベルにルプスレギナはにっと歯を見せて笑う。漸く背筋を伸ばしたベルもまた、純粋な笑顔を浮かべてそれに応えた。

 

 

「そ、それじゃあ…僕達の本拠(ホーム)にご案内しますね」

「ういうい、宜しくお願いするっすよ」

 

 

 互いに握手を交わした2人はやがて、ベル先導のもとオラリオの西地区へと向かうべくその場を立ち去った。

 

 

 

 

 余談だが、あとに残された冒険者や男神達はその日、酒場一つを貸し切って酒に逃げたそうだ

 

 

……

………

…………

 

 

「着きました!此処が【ヘスティア・ファミリア】(僕ら)のホームです!!」

「…Oh…」

 

 先ほどまでの通りと比べると幾分寂れた区画の中。寂れた遺跡の残骸の様なものがちらほらと落ちている通り沿い。人気をまるで感じぬその場所に佇むうらぶれた教会を、私は呆然と見上げていた。

いや、確かに零細であるとは聞いていた。【ファミリア】と名乗っていながらもそのメンバーは主神様以外はベル君一人だけだという事も聞かされていた。

 

 でも、これは流石に、予想GUYデス…

 

 

「…あ、あの…やっぱり、抵抗ありますか…?」

「…へっ? あ、あぁ、いや…うーん…抵抗無いと言ったらウソになっちまうすけど、流石にホームが“崩れかけた教会”だからなんて理由で入団取り消したりはしねっすから、安心してほしいっすよ」

「そ、そうですか…! じゃあ、中にご案内しますね…! …と言っても、まだこの時間は神様がバイト中なので誰もいないですけど」

 

 “崩れかけた教会”という自分の発言には若干狼狽したベル君だったけど、そんな哀しげな顔されちゃ断るものも断れないよ。断るつもりないけど。

 

「…てか、今バイトって言った!?」

「えっ!? …は、はい…」

「神様が、バイト……は、ははは…常識が崩壊してくっす…」

「あはは…そのお気持ちは分からないでもないです…」

 

 聞き捨てならない言葉が決して自分の聞き間違いではない事を理化し、互いに乾いた笑みを零す。その後改めて教会の中に足を踏み入れてみると、やはり中も外に負けずぼろっちい。

…なんだろうか、妙にうずうずする。

 

 ベル君は迷うことなく教会の奥、祭壇の先にある小部屋の扉を開け、後を追う形で歩く自分の姿を時折確認しながらも中に入る。

一度はその先にある薄暗い部屋が生活空間なのかと思ったが、ベル君は更にその先、一番奥にある“本の置いていない本棚”の裏に隠された地下へと続く階段を下りて行くのだった。そして…

 

「はい、此処が基本的な生活空間になります」

「ふむ…」

 

 おおよそ“地下室”と呼ぶには生活臭の漂う…“機能的な秘密基地”と呼んだ方が相応しそうな少し広めの空間に、私は顎に指を添えたままでまじまじと周囲を見渡す。やはりどこか不安げなベル君を尻目に、解れた部分から綿などの飛び出ているソファーや部屋の隅に溜まった埃、天井にある蜘蛛の巣などを確認し、背負っていた杖を立て掛けた壁に亀裂が入ったところで……何かが、切れた

 

「…外に出るっす」

「……え?」

 

「ベル君、ちょーっと外で待ってるっす。すぐに終わるっすから、いいって言うまで絶対に入ってきちゃダメっす。わ か り ま し た ね ?」

「…は、はい…」

 

 最後は口調を変えてまで威圧し、有無を言わせずベル君を部屋の外に追い出した私は、ふぅ…とため息を一つ零してから今一度部屋の中を見渡して

 

「…やるっすよぉー!!」

 

 元々半袖に近い作りのメイド服で袖捲りする様な動作をし、気合のひと声を上げるのであった。

 

 

……

 

 

「う~ん…神様、そろそろ帰ってきちゃうなぁ…」

 

 ルプスレギナさんに部屋から追い出されてから大体1時間ほど経っただろうか。仕方なく最初の内は明日のダンジョン探索に備えて『ギルド』からの支給品であるナイフや防具の手入れをしたり、ミアハ様から貰っていたポーションを眺めていたりしていた。

そしてそれらも終わり、いよいよやることがなくなった僕は全身がボロボロに朽ちかけている女神像を眺めながらもこの【ファミリア】の主神様の事を考えていたんだけど…

 

「ベルっち~、お待たせしたっすよ~」

「あ、はーい!」

 

 隠し部屋の方からルプスレギナさんの声が聞こえて、僕は座っていた礼拝席から立ち上がる。

そして小走りで隠し部屋への扉を開けた時、視界を眩い光が包み込んだんだ。

 

「……ぇ?」

 

 思わず、僕は間の抜けた声を零してしまった。しかし、それは仕方のないことだと思う。なんせこの数日ですっかり見慣れた生活空間が……物凄く、奇麗になっていたのだから。

 

 部屋自体は隅から隅まで奇麗に掃除され、埃どころか塵一つも見当たらない。床はピカピカに磨かれて輝いているし、本を読むのが好きな神様が乱雑に積んでいた本も綺麗に整頓されている。そして何より、ボロボロのソファーや先ほど亀裂の走った壁、その他多くの家財が、まるで新品同様になっているのだ。

 

「る、るるるルプスレギナさん…? こ、ここ、これって…」

「いやぁ、あんまりな惨状につい我慢が出来なくなっちまったっすよ。 出来れば他の場所も一日かけて奇麗にしたかったっすけど」

「…、…」

 

 僕は絶句する。思えば、この人には何かと驚かされてばかりだ。その服装が俗に言う『メイド服』であることは分かっていたけれど、まさかほんの1時間程度で此処まで部屋が綺麗になるなんて誰が予想できただろうが。というか、ただ掃除したってだけじゃ納得のいかないものもあるけれど。

 

「こ、このソファーなんかは…?」

「ん?あぁ、《グレーターリペア/上位修復》を使ったんすよ。いやぁ問題なく効果出てよかったっす」

「…、…」

 

 ぐれーたーりぺあ…? よくは分からないが、何らかの方法でソファーや壁を完全に治したそうだ。いい汗掻いたと満足げに腕で額を拭っていたルプスレギナさんだったけど、その額に汗は浮かんでないし、メイド服にも埃一つ見当たらない。その過程でつい、その…む、胸に目がいっちゃった時は慌てて逸らしたんだけど、ルプスレギアさんはそんな僕の慌てた行動に気付いたみたいで

 

「…そういえば、掃除ついでに“アレ”を探してみたんすけど、見つからなかったすねぇ」

「…あ、アレ、ですか…?」

「そうっす。思春期の男の子が良くベッドの下とかに隠してる、“えっちぃアレ”っすよ」

「んなっ…!?」

 

 にやにやと笑うその様子に少したじろぐと、ルプスレギナさんはさらに追い打ちを掛けてきた。

 え、え、“えっちぃアレ”って…僕は見る見るうちに顔が真っ赤になっていくのを感じる。いくらなんでも、仮にも教会で、しかも神様と一緒に過ごす【ファミリア】のホームにそんな物…

 

「そんな物、持ってきてるわけないじゃないですか…!」

「ん~?ムキになっちゃって怪しいっすねぇ~。それに持って“きてる”わけっすか… 神様には言わないっすから、お姉ちゃんにこっそりどんなの持ってたか教えてほしいっすよ」

「~~~ッッ!! も、もう!ルプスレギナさぁーん!」

「うひひひひっ、おにさんこちらっす~」

 

 使うべき言葉を間違えると、ルプスレギナさんは聞き逃すことなく揚げ足を取り、からかってくる。

僕もついムキになっちゃってルプスレギナさんに近づくと、ルプスレギナさんはケラケラと笑いながらも僕から逃げようとする。走り回るにはあまり広くない空間で暫く鬼ごっこをしていると、此方に体を向けながら走っていたルプスレギナさんが壁に立てかけていた自分の杖に足を引っ掛けて…

 

「「あ」」

 

 ドタァン!という大きな音が響き渡るのでした

 

 

「い、いたた…あっ! ルプスレギナさん、だい、じょう……」

「…ん?」

 

 掃除されていたが故に埃が舞い上がったりすることはなかったけど、僕は立てかけていた杖の横にあったソファーの上に仰向けに倒れていた。右手を突き、左手で額を擦りながらもルプスレギナさんが頭を打ったりしていないかと声を掛けようとして……硬直してしまった。

それも仕方がないだろう。だって、その…ルプスレギナさんの事、…お、お、お…押し倒したみたいな体勢になってたんだもの

 

 きょとんとした表情を浮かべていたルプスレギナさんだったけど、僕は大きく取り乱した。それはもう、咄嗟に彼女の顔の真横に突いている右手をどかそうとか、すぐに彼女の上からどこうという考えが及ばないくらい。そしてその考えが及ばなかった事を、僕は激しく後悔することになる

 

「あ、あわわわ…ご、ごめんなさ「ベル君大丈夫かいっ!!?」

 

 

「「……………え?」」

 

 

 その瞬間、勢いよく扉を開けて、小柄な一人の少女が飛び込んできた。未だにルプスレギナさんに跨ったような状態で顔を上げた視界に入ってきたのは、僕がよく知る御方(おかた)だった

 

「…か、神様(・・)…」

「…ベル君…?」

 

「……(ニヤリ」

 

 互いに目を合わせ、信じらないものを見たような表情で固まった二人に対し、僕の言葉を聞いていたであろうルプスレギナさんが黒い笑みを浮かべたのが視界の端に映りこんだ。嫌な予感、と立ち上がろうとするも既に遅く、ルプスレギナさんは僕の後頭部に素早く腕を回すとその豊かな胸に僕の顔を埋めさせて

 

「イヤー止めてー犯されるーっす」

「うぇぇっ!? る、るぷ…っ…ッ!?」

 

「な、な、な、なぁ…ッッ」

 

 此方が抗議の言葉を口に出せぬよう力一杯(実はかなり手加減されてる)胸に僕の顔を沈ませるルプスレギナさん…こんな時に言うのもなんだけど、物凄い良い香りがした。ただ、それを見て硬直していた少女…神様がぷるぷると震えていることに気付き、僕は慌ててルプスレギナさんから離れようとジタバタともがく。「イヤン、あんま激しいのは無しっすよ」とか、これ以上この場をややこしくしようとしないでください!?

 

 

 

 

「っ、ぷは!? か、神様これは…」

 

 

「ぶぇっ…べ、べべ、ベル君の、あほぉぉぉぉおおぉぉおぉぉぉぉ!!!!」

 

 周囲の静寂を突き破るかのように、女神の悲鳴が木霊するのであった。

 

 




なんで戦闘メイドのルプーが家事スキルを持ってるかは次回(別に重要でも何でもないけど

こんかい捏造した魔法が出てきたので解説をば

 《グレーターリペア/上位修復》
原作小説に登場した《リペア/修復》の上位魔法。補助魔法の一種で、名前通り壊れた物を修復する。《リペア/修復》程ではないが、この魔法を使用して直した物は耐久限界値が僅かに下がるため、同じ物を何度も修復するのはやはりお勧めできない。


次回か、次々回当たりからもう少し文字数を減らして読みやすくしたいと思います。
あと、多分一人称視点の描写が減ります。

※Nonasura様、やっくん様、yelm01様、残念無念で不書感想様、誤字報告ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。