笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

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あらすじにも書きましたが、処女作です。多分めっちゃ読みづらいと思いますので、お気を付け下さい。 

ストックをためつつ取り合えず一話を投下。ほんとはプロローグのつもりだったけど、もうベル君にも出会っちゃったし第一話という事で。

あと、タイトルの“っす”は今後付けていくか検討中です。真面目な内容のやつには付けないと思います。

※16/06/01 ベル君がダンジョンに潜り始めた日数を半月前に修正。



プロローグ
第1話『混乱と把握っす』


――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「――……んぅ…?」

 

 

 

 目を覚ました時、私の視界に映ったのは無骨な岩の天井でした。

 どう考えても、私の部屋の天井とは違う。てっきり寝ぼけているのかと思い、そして周囲の暗さからまだ夜中なのではないかと考えた私は、再び目を瞑って微睡みそうになるが…

 

 

 ――ピチョン

 

「うぉっほぅ…!!?」

 

 額に落ちてきた水滴に間の抜けた声を上げ、がばりと身を起こす。素早く周囲を見渡し、次いですぐに頭上へと視線を向けて…絶句する。

 

「(な…なにこれ…!!?)」

 

 先ほど寝ぼけ眼な視界に入ったものと同じ、無骨な岩の天井――それに…今度はゆっくり、努めて冷静に周囲を見渡した。其処は自分が住んでいる賃貸マンションの一室…ではない、まるで知らない場所だ。言うならば洞窟の様な感じか。

 勿論自分はこんな場所知らないし、こんな場所で寝た記憶もない。そもそも東京住まいの自分の生活圏に、こんなだだっ広そうな洞窟があるという事など聞いたこともない。

 

 

「い、一体どうなってんっすかね……え…?」

 

 困惑するままに呟きを零し…また困惑する。思わず口元を右手で軽く押さえ、自分の()調()を顧みる。

 

「(“っす”って……私、ごく自然に付けてたけど……)」

 

私こと『鈴木 (みのり)』は、ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の中高一貫の女子高で勉強し、大学を経て社会人になったばかりだ。其処までの過程で…まぁ、確かに体育会系の部活動には入っていたが、先ほど無意識に零したような『~っす』なんていう軽い言動をとる事はない。

まぁ、多分困惑して思わず溢しちゃったんだろう…と自らを納得させたところで、ふと視線は口元に添えたままの右手に落ちて…三度の、困惑。

 

 

「は、ぁっ…!? 何なんっすか、この手…そ、それにこの恰好も…!?」

 

 またおかしな口調が出たが、それどころではない。視線の先にあるのは己の右手――健康的な褐色の肌に、奇麗に切られた爪、ひび割れなどの一切ない細く美しい指。いや、確かに自分も多少日に焼けることもあるが、少なくともここ最近は体を動かす機会も減り、現実の自分は寧ろ色白な方だった。

それから服装だ。黒いアームカバーに…ちろ、と視線を手から外してスカートを見る。うん、知らない格好だ。

少なくとも、普段寝る前に着ている大学時代からのお気に入りの水玉パジャマではない。自分滅多にスカート穿かないし。

 

 さらにさらに気付いた、自分の髪が二房に分かれた三つ編み…しかも、赤髪になっていることと、覚えのない帽子を被っていること。明らかに豊かになっている胸や、身長。冷静になってみれば声まで変わってる。

 

 此処まで自身の姿を確認し、私の脳裏にはとあるライトノベルのキャラクターが浮かび上がっていた――

 

 

 

 

 ――“ルプスレギナ・ベータ”――最近愛読しているダークファンタジー小説、『オーバーロード』に登場してくる戦闘メイド隊『プレアデス』の一人であり、普段は人間相手にも友好的な態度でありながら、その実仲良く接していた人間が他者に踏み躙られたりする様を見るのが好きだという本性を持つことから『笑顔仮面のサディスト』と呼ばれる人狼(ワーウルフ)の少女だ。

 

 

 

 

 ……いや、いやいや、いやいやいやいや、あり得ない。あり得ないったらあり得ない。うん、これは夢だ。夢に違いない。

 あー、全く変な夢を見たもんだ、まぁ夢だとわかったらどうということはないな、うん。よし、寝よう。

 

 そんなわけで、私は再び仰向けになり、寝る体勢に。なんか背中がごつごつしてて、まるで固い地面で寝てるみたいな感じだけど、もしかしたら現実の私はベッドから転がり落ちちゃっているのかな??うん、違いない違いない……ほら、こうやって目を閉じてたら、段々とまどろんできて……

 

 

 

 

……

………

…………

 

 

 

 

「――……寝れねェっす!! だぁーっっ……!!一体全体どういうことなんっすかぁーーっっっ!!!!」

 

 

 一分と持たずに背中が痛くなって目を覚ましてしまった。夢の中だっていうのに、身じろぎするだけでごつごつした地面から痛みが伝わるとか、おかしいんじゃないか。

 

 …ま、まさか本当にこれは夢じゃないのか…? あり得ない、と思いながらも頬を抓ってみる…うん、痛い。()()()()()痛い。

 

 

 

 

「は、ははははは……さ、覚めねっす…ぜ、全然…夢から覚めねぇっす……」

 

 あれから5分ほど、私はこうして膝立ちの状態で項垂れていた。しかし、いい加減に立ち直り、冷静に身の回りの状況を把握すべきだろうと只管自分に言い聞かせ、何度も深呼吸を繰り返してから顎に手を添え考える。

 

 

「この状況…考えられるのは、何っすかね……」

 

 自分は何故こんな場所にいるのか、そして、架空のキャラクターである筈のルプスレギナ・ベータの姿になっているのか。

以下の可能性を考える

 

 

①物凄いリアルなだけの単なる夢

②『オーバーロード』の世界にトリップ

③『オーバーロード』の作中に登場するDMMO‐RPG『YGGDRASIL(ユグドラシル)』というゲームの世界にトリップ

④上記とはまた異なる世界に、ルプスレギナ・ベータとして転生

 

 

 希望、そして現実的に考えればまず①なのだろうが、ここまでリアルな夢なんて私は知らない。それこそ、どこぞのクリスマスカラーのセーターとこげ茶の帽子を被った全身火傷姿の殺人鬼に見せられてる悪夢でもない限りは。

次に②だが、まぁあり得ない話ではない。いや、架空の作品の世界に何故、という疑問はもちろんあるが、自分は今その作品のキャラクターになってしまっているのだ。ただその場合、何故自分(ルプスレギナ)は此処にいるのかという疑問が出てしまう。一先ずこれは保留。

③に関しては、②以上に自分(ルプスレギナ)が此処にいることの説明が付かない。なんせ、『ユグドラシル』においてのルプスレギナ・ベータはNon Player Character(NPC)であり、主人公が所属している『ギルド:アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地である『ナザリック地下大墳墓』を守るために創造されたため、システム上外に出ることが出来ないのだ。故に、此処がナザリック地下大墳墓でない限り、③の可能性は低いとみていいだろう。

④は…一番困る。原作とは異なる世界だとすると、オーバーロードに関する知識があまり役に立たない可能性が高い。それに、『転生』などと考えたが、自分の記憶が正しいなら自分は普通に寝て、目が覚めたら此処にいたわけで、死んだという記憶も神様に出会った記憶もない。記憶操作されている可能性に関しては、十分に考慮すべきだろうが。

 

 

 うんうんと唸りながらも考えるが、結局のところこの場所で考え続けても答えは出せない。いい加減に行動すべきか…

 

 自身のすぐ真横には、自身の身の丈ほどの聖印を象った聖杖が地面に深く突き刺さっていた。真横にあるという時点で、この聖杖が彼女の武器であるということはわかるだろう…しかし、この聖杖は細身の彼女にはあまりにも大きく、重々しい。

常識的に考えるならば、例え両腕を使っても持ち上げるどころか、まず引き抜くことさえもできないと思うだろうが…

 

「…(で、出来るかな…)」

 

 ちら、と聖杖に目を向け、おずおずと手を伸ばす。まずはその杖を支えにゆっくりと立ち上がり、両手で杖を握ると力の限り杖を引き抜こうとして…!!

 

 

「お、おぉぉおぉぅっ!!!??」

 

 

 盛大に後ろにこけた。

 

 

 …まぁ、結果オーライだ。見ての通り杖は引きぬけたし、原作のルプスレギナのように片手で軽々と持てる。こんなに大きいのにバトンのようにくるくると回すことだってできる。取り敢えず、この聖杖が実は発泡スチロール製でしたとかってオチじゃない限り、筋力は原作通りあるようだ。

では、次はどうする…少しばかり考えてみるが、なんてことはない、自分は『オーバーロード』を知っているのだ、あの作品の主人公――モモンガことアインズ・ウール・ゴウン…現実世界での名前は奇しくも同じ名字の鈴木悟(すずきさとる)――も、今の自分のように突然異世界へと飛ばされている…なら、それに倣えばいいじゃないかっ!!

 

「なら、まずやることは一つっすね…!!」

 

 喋り方に関しては諦めた。もう気を抜くとすぐにこの口調になるんだもの。きっと原作のルプスレギナ・ベータのキャラクター設定に引っ張られているのだろうとして、納得した。で、やることだが…生憎とここには従者(セバス・チャン)がいないので、周辺地理の調査は自分がやる必要がある。これは危険なので後回し、なのでぐっと気合を入れた私は…

 

 

 

 

 もみもみもみもみもみ――…

 

「…うーん、自分で揉んでみてもあんま気持ちよくないっすね…」

 

 そこには、どこか真剣な顔をして自分の胸を揉む駄犬(バカ)の姿があった。

 

 

 

 

「…、…さてと…次は…やっぱ、魔法が使えるかどうか、っすよね…」

 

 ひとしきり堪能……じゃない、確認したところで、次はかなり重要な確認だ。原作の『オーバーロード』において、ルプスレギナ・ベータはレベル59のクレリック。当然ながら複数の回復魔法や、一部攻撃魔法も覚えている。筋力に関しては原作通りのようだが、果たして魔法に関してもそうとは限らない。故にこそ、この確認は絶対に必要なものだ。

 とはいえ、回復魔法を使うのであればまず怪我をする必要がある。きょろきょろと軽く周囲を見渡した私は、近くに落ちていた手頃な大きさの石を拾い上げる。聖杖を一旦地面に刺し、左手の甲を上に地面にぺた、と置いてから右手に握った石をゆっくりと肩のあたりまで上げて……えいっ!!

 

 

 バキャァン――

 

 

「え…、…えぇ~…」

 

 

 無駄にだだっ広い洞窟の様なこの場所に響くは、岩の砕けた音のみ。左手はほんの少し汚れたぐらいで傷らしいものは見受けられなかった。ま、まぁ…一応体の頑丈さも証明できたということで、改めて傷を作らねば。

ここで視線が向いたのは、またも聖杖。ちょっと大きくてやりにくそうだが、これなら問題なく傷を作れるだろう。

 

 そんな考えのもと、私は聖杖を引き抜くと石突きの部分で手の甲に傷を作ろうとしたのだが…

 

 

「…ん?」

 

 

 ひたひた、と。足音がする。優れた嗅覚が、不快な臭いを捉える。やがて暗がりの中からゆっくりと姿を現したのは――3匹?頭?人?…の、小鬼(ゴブリン)だった。自分…ルプスレギナの半分もない背丈に、明るいが所々汚れた緑色の肌。魔女の様な尖った鼻に、ギザギザで黄ばんだ牙。

正直な感想は、怖いというよりも気持ち悪い。しかし、現実世界じゃまず感じたことのない明確な殺意を向けられても平静を保っていられるほど、今の自分には精神的余裕は残されていなかった。

 

『ガァァァァァァ!!!』

「ひ、ぃっ…!? う…うぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!??」

 

 この姿で逃亡とか、キャラクター崩壊にも程があるけれど、仕方ない。だって本当に驚いたんだもの。これが現実世界の自分だったら完全に竦んじゃって逃げることすら出来ないのではなかろうか。

無駄にだだっ広い洞窟内をひたすら走りまわること数分、やがて向かう先に一つの人影を見つける。

 

「…っ!!…いや、あれは…」

 

 全速力の状態から急ブレーキをかけたもんで僅かに地面を滑るが、脚には全く負担がない。片手に持ったままの聖杖を構えそうになるも、その人影が普通の…いや、処女雪のように奇麗な白髪や、兎の様な紅い瞳、中性的な可愛らしい顔立ちなどの特徴はあるが、兎に角人間らしい外見であることを確認すると、これ幸いとそちらへと駆け寄った――冷静に考えればあまりにも考えなしな行動。しかし忘れるな、今の私は駄犬(ルプスレギナ)なのだ。

 

 

「そこの人っ!!」

「う、わぁっ…!? …は、はい…?」

「ちょーっと助けてほしいっすよ!なんか気持ち悪いのに追われてるんっす!!」

「え…?え…気持ち悪いの…?それに、追われてるって……?」

「いやほら、追われてるじゃないっすか!もうすぐ後ろ…に……」

 

 ぎりぎりまで此方に気付いていなかったのだろうか、話しかけるや否や驚いたような表情を浮かべた少年に、私は構わず助勢を求める。

少年の方は酷く狼狽していたが、『助けてほしい』という言葉を耳にして一瞬その表情が引き締まった…が、またすぐに困惑の色に変わる。

一体全体どうしたのかと振り返り、納得した。先ほどまで自分を追いかけていたゴブリンの姿がどこにも見当たらなかったのである。

 

 侮るなかれ、レベル59の脚力を。

 

 

 

 

「な、なるほど…それは、その…大変でしたね」

「うぅ…めっちゃ恥ずかしいっすよ…驚かしちゃって申し訳ねっす…」

 

 事情を話すと、少年は眉尻を下げて苦笑しながらも納得してくれた。

しょんぼりとしょぼくれる自分の姿にあはは…と乾いた笑みを零す少年は、ふと何かに気付いたのか小首を傾げて

 

「あの…そもそも、何故ダンジョンに来ているんですか…?」

「ダンジョン? ダンジョンって……なんすか?」

「え?」

「え?」

 

……

………

…………

 

 父さん、驚愕の事実が発覚しました。どうやら自分達が今いるこの場所は、単なる洞窟ではないらしいです。

 

あれから、私はベル・クラネルと名乗った少年から色々と聞いた。なんせ自分が今いる場所がオーバーロードの世界なのかユグドラシルなのかはたまた全く異なる世界なのかが未だに分かっていないのだから、情報は大事だ。

オーバーロードの主人公であるアインズ()は近隣の村を助けた礼として情報を入手していたが、自分はそこまですることもなく容易く情報を聞き出すことが出来たのは幸いだった。

 

 ただ、その内容を聞くに連れ、自分は血の気が引いていくのを感じてしまったものだ。

 

 

 『ダンジョン』と呼ばれる地下迷宮、迷宮都市オラリオ、この下界に降り立った神々の存在、そしてそんな神々が運営する【ファミリア】etc…

 

 

「ほ、本当にどれもご存知ないんですか…?」

「はーははは…ないっすね…全然ご存知ないっす…」

 

 唯一『冒険者』という言葉には飛びついたものの、その冒険者の存在にしたって彼女が知るものとは少しかけ離れていた。そもそも、彼女は目の前の華奢な少年が冒険者であるとも思っていなかったのだ。

逆にこちらも『リ・エスティーゼ王国』、『スレイン法国』、『ユグドラシル』、『グレンベラ沼地』などの名前を出してみたが、ベルはそれらの単語に対し全て頭上に『?』を浮かべて首を傾げるだけだった。

 

 残念ながら、此処はオーバーロードの世界でもユグドラシルでもない、全くの異世界だと考えるべきのようだ。

今すぐにでも髪を掻き乱したい衝動に駆られるが、少年の目がある手前ぐっと堪えて…ふと、何かに気付いたかのように顔を上げ、共に歩く少年をじぃと見つめる。

 

「え、えっと…あの…ど、どうかしましたか…?」

「…いや、ベルっちは、普通の人間っすよね…?」

「へ?はい…普通のヒューマンですけど…」

 

 此方に見つめられ、何故か顔を赤くさせて顔を逸らし、ちらちらと此方を見返してくる少年に『愛い奴よのぉ』なんて考えてしまいながらも、抱いた疑問をぶつけてみる。

肯定が返ってきて、私は顎に指を添え思案した。

 

 原作のオーバーロードにおいて私…いや、ルプスレギナ・ベータというキャラクターは、人間を“虫ケラ以下の存在”として見下している。それはなにもルプスレギナだけでなく、ナザリック地下大墳墓に所属するほとんどのシモベ達が抱いている思想である。

しかし、今の自分はどうだ? そりゃあ多少情報を聞くために友好的な態度を作っているかも分からないが、決してベル君に対する嫌悪感などはない。寧ろ、此処まで話しているだけで十分に伝わるその純粋さが好ましいと思えるほどだ。

 

 思うに、これは人間である“鈴木 実”の感情が今の自分の大部分を占めているからなのだと思う。

オーバーロードの主人公であるアインズは自身が骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)である死の支配者(オーバーロード)となった際、現実世界の人間としての“鈴木 悟”の感情がほんの残滓程度にしか残っていないが故に、人間に対する感情も酷く希薄なものとなっていた。

対する自分は所々ルプスレギナの設定に引っ張られているが、内面は殆どが人間としての私。とどのつまり、今の自分は…

 

 

 ルプスレギナ・ベータ(カルマ値:極善)というわけだな!!

 

 

「あ、あの~…ルプスレギナさん…?」

「…ん?あぁ、コホン…何でもないっすよ」

 

 自分で自分の事を極善(笑)とか評価しちゃった点に関しては置いておこう。此方の質問の意図が汲み取れずに困惑しているベル君であったが、時折此方を見ては顔を赤くするのは何故なのだろうか。

ともあれ、いつまでも此処にいるわけにもいくまい。目の前の御人好しな少年に、もう少し甘えてみるか。

 

「ベルっちが良ければなんっすけど…自分、外までの道が分からないんすよ…案内とか、頼めないっすかね…?」

 

 両手を胸の前で組み、僅かに腰を曲げて自らよりもやや背の低い少年を上目使いに見つめる。子犬のようなきらきらとした眼差し(自己評価)を向けられ、ベル君はかなり動揺していたが

 

「わっ…わかりましたっ!! ま、任せてください…!!」

 

 ……この子、ちょろい。思わず罪悪感を抱いてしまうが、我慢だ我慢…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル・クラネルは今、間違いなく幸福だった。

 思えば、『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』で出てくるような運命の出会いというものに憧れてこの街へとやってきて最初の間は苦痛だった。両手に両足を足しても数え切れない数の【ファミリア】に入団を希望するも、主神や【ファミリア】の代表などに会わせて貰うことも出来ずに門前払いを食らい、華奢で弱そうな身体に生まれてしまった自分を悔み、枕を濡らす毎日を過ごした。

 

 しかし、ついに運命の日はやってきた。こんな自分を【ファミリア】へと勧誘してくれた神様に出会い。とても厳しいけれど、親身になって自分の事を案じてくれる『ギルド』アドバイザーにも恵まれ。そして今、ついにダンジョンで美女と出会った。

 

 

 気持ち悪いの…恐らく、モンスターに追われているから助けてほしいと突然やってきたその人は、一言で言うならば“赤髪の三つ編み褐色美女”だ。いや、ただの美女なんて言葉じゃ表し切れないくらいの、絶世の美女だ。

この街に来て、色々な女性を見た。自分と同じヒューマンに、エルフに、獣人に、アマゾネスに…どの種族にも美女ないし美少女はいたが、目の前の女性はその中でもトップレベルなのではなかろうか。

 

 思わずその顔を見つめたまま硬直してしまいそうになるも、『助けて』という言葉にすぐさま思考を切り替える。自分はまだダンジョンに潜り始めてから半月程しか経っていないような初心者も初心者だが、それでもTPOは弁えているつもりだ。モンスターが迫っている中で美女にデレデレするなんて、どうぞこの隙を突いて下さいと言っているようなものだから。それに、こんな下心抱いてしまってはなんだが、格好良い所を見せたいという気持ちもあった…だが…

 

 ……いない。何処をどう探しても、彼女の後方…自分が見つめている先にモンスターの姿はない。

かなり焦ってたみたいだし、人影か何かをモンスターと勘違いしたのかな…?と首を傾げて、納得しておく。こんな細身の、大きな杖以外冒険者らしき要素のない女性が、上層のとはいえモンスターから逃げられるとは思えないし。

 

 

 

 

 『ダンジョン』を知らないという女性に、僕は思わず信じられないという意味合いの間抜けな声を漏らしてしまう。すると向こうもまさかそんな反応をされるとは思ってなかったと言わんばかりに同じような声を漏らし、それがきっかけで暫しお互いに情報交換が始まった。

曰く、彼女は『僻地で魔法の研究をしていた組織の神官見習い』らしく、新しい魔法の開発実験の失敗によりこの地へと転移してしまったそうだ。その後次々に告げられた単語はどれも聞いた覚えがないし、とかそちらの方面の出身なのだろうかと憶測して、納得する。

 

 其処まできて、お互いに名前を名乗っていなかった事を思い出し、僕は慌てて自己紹介をする。すると向こうも笑顔を浮かべて名を名乗ってくれたのだが…天真爛漫という言葉は彼女の為にあるんじゃないかと思いこんでしまいそうな程のその笑顔に、僕は見惚れていた。

 

 

「自分、ルプスレギナ・ベータって、いうっす。 ベル・クラネルっすか…じゃあ、ベルちゃん……いや、ベルっちって呼ぶことにするっすよ」

 

 こんな絶世の美女にあだ名で呼んでもらえるなんて、嬉しいやら恥ずかしいやら…赤くなって何も言い返せなくなっている自分を見てどこか困惑した様子の女性…ルプスレギナさんは、『駄目っすか?』なんて此方の顔を覗き込んでくる。

駄目じゃない、全然だめじゃないです!寧ろ喜んで!! …そんな感情を込め、僕は全力でかぶりを振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、僕が先行しますので、付いてきて下さい」

「了解っす」

 

 気を取り直し、二人はダンジョンの出口へと向かうことにする。と言っても、ルプスレギナは知らないが此処は第2層。出口まではほんの数十分の距離でしかない。

どうやらこの辺りはベルの様な初心者の冒険者が狩場にしているらしく、モンスターとのエンカウント率はさほど高くはないそうだ。そう聞いていたのですっかり油断していたルプスレギナであったが

 

 ビキ、ビキビキ…

 

「っ…ルプスレギナさん、下がって!」

「おっ…おぉー…」

 

『グルルルルゥ…』

 

 薄青色の天井や壁に複数の亀裂が走り、やがて子供ほどの大きさの穴が開くと、中から膝を抱えた体勢の犬頭の怪物、コボルトが姿を現す。その数は5。

後々にベルから聞いた話によると、このダンジョンはまるで意思があるかのように、攻略を目論む冒険者の前に、時には挟み撃ちの形で、また時にはもっと多くの集団で、モンスターを生み出す“母体”なのだそうだ。

普段一人でダンジョンに潜っているときは生み出されるモンスターの数も多くて3体だったということから、確かにダンジョンは意思を持ち、2人でダンジョン内を歩く自分達の前に5体のコボルトを生み出したのだろう。

 

 ともあれ、無力(ベル視点)な美女を庇う様に躍り出たベルは、コボルト達から離れるようルプスレギナに叫ぶ。挟み撃ちでなかった事だけが唯一の救いか。

刀身の長さ僅か20C(セルチ)の短刀を構え、ベルは何時になく真剣な表情でコボルトと自分の立ち位置確認、動きのシミュレーションなどを行い、やがて…地を蹴った。普段より2匹多いというだけで、戦闘の難易度はぐっと上がる。

しかしベルは退かない、退くわけにはいかない。か弱い(ベル視点)女の子を守るのは、英雄の義務なのだから…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「(う~ん…どうなんだろう、これ…)」

 

 私を護る為に5匹のコボルト相手に善戦してくれるベル君を眺めながら、何とも言えない表情を浮かべる。

知能の低いモンスターなりに連携しているコボルト達も、それらをいなしながら一体一体に確実にダメージを与えているベル君も…ルプスレギナ・ベータの視点から見ると…

 

「(遅っそい…!!)」

 

 …そう、遅すぎるのだ。壁際に立ってただ眺めているだけの分際でこんなこと考える資格なんてないのは分かっているが、思わざるを得ないほどに、この身体の動体視力は優れているのだ。

で、今自分は必死に耐えてる…何をって?そんなもの、欠伸が出ることをに決まってる。それをやっては駄目だ。ベル君は此方を気にしつつもコボルトに集中しているから見えはしないだろうが、必死に守ってる女の子が後ろで欠伸してたなんて、余りにも失礼だ。

 

 そうこうしている間に、漸くコボルトは残り2匹となった。…ふむ、丁度良いかもしれないと、ふと考える。

 

「お~い、ベルっち~」

「はぁ、はっ…え!? な、何ですかぁ…!?」

 

 やや離れているうえ、少し息が上がっているために緊張感のない声を出す自分とは裏腹に叫ぶように答えるベル君に、ルプスレギナは満面の笑みを浮かべながらも歩きだす。

まるで散歩にでも出ているかのような気軽な足取りで、なんの躊躇いもなく2匹に減ったコボルトと対峙しているベル君の隣に立つと、当然ながらベル君はぎょっとした顔をして

 

「る、ルプスレギナさん!? 危ないです、下がってください…!」

「いやいや、大丈夫っすよ、残りは私に任せてほしいっす」

「えっ…で、でも…危険なんじゃ…」

「まぁまぁ、取り敢えず見ててほしいっす。もしも危険だと思ったら、その時は頼りにしてるっすから」

 

 ベル君がコボルトよりも強い事は既に証明されているし、コボルト自体からは何の脅威も感じない。まだ魔法が使えるかなどの実験も行えていないものの、実戦から先に経験するのも悪くない。

ベル君(いざという時の保険)を背にコボルトに一歩近づくと、逆にコボルト達は一歩後退する。

 

「……? 来ないっすか? モンスターの癖に、臆病っすねぇ」

 

『『グ、ウゥゥ……ガァァァァァ!!!』』

 

「ッ…!! 2体同時…!? ルプスレギナさん、危な…っ」

 

 身の丈以上の聖杖を片手に近づいてきた女があまりにも異常な存在であるという事を、コボルト達は本能で察知していた。しかし、そんなコボルト(実験体)の気持ちなど微塵も気付かないルプスレギナは、心底不思議そうに疑問符を浮かべ、こてんと首を傾げる。

逃げても追いつかれ、殺される…既に選択肢が一つであることを悟ったコボルト達は、自らを鼓舞するかのように同時に雄叫びを上げると、ほぼ同時に地を蹴った。

いつでも援護できるように待機していたベルは咄嗟にルプスレギナを庇おうとするが……言葉さえも最後まで紡がれることなく、その場に硬直する

 

 

 目にも留まらぬスピードで横薙ぎに振るわれた聖杖が、2匹のコボルトの体を一瞬にして物言わぬ肉塊へと変えたからである。かろうじて聖杖の範囲外にあった膝から下の部分も風圧で吹き飛ばされ、灰のように変化し消えていく。ミンチとなった胴体もまた色素が抜けて崩れ落ち、その場にはかろうじて『魔石』だと判断できる“紫色のキラキラした砂”が残っていた。

 

 

「…あれ、終わりっすか…?」

「…、…」

 

 一瞬で終わってしまった勝負に、ルプスレギナは呆然とする。動きが遅いとは思っていたが、まさかここまで脆い存在だったとは。

 気の抜けた声を漏らすルプスレギナの一方で、ベルは更に間抜けな顔をしていた。開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。明らかに前衛向きとは思えない…寧ろ冒険者の服装とは思えない装備の美女が、本来『魔力』を高めるための魔導士の杖の一振りでコボルトを瞬殺する…夢でも見ているようだった。

 

「まぁ、いいっすかね……ん?ベルっち、どしたんすか??」

「…、…ぇ? ぁっ…い、いえいえ!! な、なんでもないです!! ささ、行きましょう…!!」

「おっと、その前に…《軽傷治癒(ライト・ヒーリング)》」

 

 一足先に立ち直ったルプスレギナは、いまだに下顎を落としたままのベルに声を掛ける。それによってようやく我に返ったベルは、ぶんぶんと勢いよく頭を左右に振り、気を取り直して出口へと向かう事に。

その折、ベルの頬などに小さな切り傷が付いていることに気付いたルプスレギナ。先の戦いだけでなく、自分と会う前からモンスターと戦っていたというし、怪我をしているのも当然か。そう考えたルプスレギナは、『ユグドラシル』において第1位階~第10位階まである魔法の内、最も低位の第1位階の回復魔法を詠唱する。

 …やはりだ。『オーバーロード』におけるアインズがそうであったように、《ライト・ヒーリング/軽傷治癒》のことを意識すると自然とその扱い方や情報が分かる。ベルに向けていた右手に緑色の光を宿し、直後ベルの体が淡い緑の光に包まれる。光が収まったとき、体の傷や痛みがすべて消えてなくなったのを確認して満足げに頷くルプスレギナに対し、またも驚いたのはベルであった。

 

「す、すごい…こんな()()な回復魔法を、()()()で出来るなんて…」

「ぇっ…めっちゃ詠唱してたじゃないっすか」

「えっ」

「えっ」

 

……

 

「…あ、あはは…聞き逃しちゃってたみたいです…」

「そうっすか? ベルっちってば注意力散漫っすねぇ」

「うぐっ…」

 

 まさかこの世界と『オーバーロード』の世界の“詠唱”の認識に大きな違いがあるなどとは思いもせず、ベルはかなり短い詠唱、もしくは小声での詠唱だったから聞き逃したのだと勘違いし、ルプスレギナも特に疑問を抱かずベルが聞き逃しただけなのだと納得してしまう。

ちなみに“強力”という言葉に関しては努めてスルーしておいた。ただでさえ目の前の少年からはきらきらとした眼差しを向けられてるのに、『実はあれ一番弱い回復魔法っすよ』なんて言おうものなら、どうなるか分からなかったし。

 

 

 

 

「(うーん…魔法に関してはもっと実験が必要かなぁ…)」

 

 漸く歩くのを再開したところで、先導するベル君から3歩下がって後ろを歩きつつ、私は考える。この世界での自分がどれほどの実力の持ち主なのかは分からないが、少なくともベル君の様な成り立ての冒険者よりは遥かに高みの存在らしい。それでもこの世界にはそんな遥か高みの実力者も少なからず存在しているらしいので、油断は禁物だ。

 身体能力がかなり高いのは分かったが、魔法に関してはまだまだ分からないことが多すぎる。まずは、ルプスレギナ・ベータがどんな魔法を使えるのかを完全に把握する必要があるか。原作小説内では数える程度しか魔法を使った描写はないが、仮にもレベル59で、複数の神官系(クレリック)職業(クラス)を会得しているのだ。原作で使った以外の回復魔法、攻撃魔法、補助魔法あたりは確実に存在するはず。

 

 それに、今後この世界で生きていく上での身の振り方も考えねばなるまい。

自分が本物のルプスレギナ・ベータだったなら人間の住む街なんぞすぐに飛び出し、『ギルド:アインズ・ウール・ゴウン』ならびに『ナザリック地下大墳墓』を探しに行くだろうが、生憎と自分は外見や一部設定こそルプスレギナ・ベータであっても、中身は人間の“鈴木 実”なのだ。

もしも自分と同じくこの世界に転移していたのならば行ってみたくはあるが、間違いなく中身が別人であると速攻で見抜かれるだろう。

それこそ鈴木 悟ことアインズ様や、ルプスレギナと姉妹の『プレアデス』の面々なんかは庇ってくれるやもしれないが、ナザリックに絶対の忠誠を誓うNPC…特に『階層守護者』という地位にある“レベル100”のNPCや、守護者たちの纏め役をしているとあるNPCなんかは、絶対に自分を処断――いや、ひと思いに殺されたならまだいい方か――しようとするだろう。

 

 

 

 

「――…ギナ…ん…………」

「(やっぱり、ベル君が言ってた【ファミリア】っていうものに、私も入った方が良いかなぁ…)」

 

「――…ルプ…ナ…ん……?」

「(原作のルプーだったら絶対にやらないことだけど…この世界の事を知る為なら仕方ないと割り切ろう。うんっ!)」

 

 

「ルプスレギナさん!」  

「…んぉっ!? ご、ごめんっす。少し考えごとしてたっすよ…」

 

 ずっと考えごとをしていた私は、ベル君が呼んでいたことに全く気が付かなかった…注意力散漫なのは、私の方だったらしい。どうやら知らず知らずのうちにダンジョンをとっくに出ていたらしい。そういえば、最後の階段上がりながらも視界がかなり明るくなってたもんな。

ぐるりと周囲を見渡す。ベル君曰く此処は“バベル”と呼ばれる、ダンジョンの真上に聳え立つ摩天楼施設のホールなのだとか。成程、これがダンジョンの“蓋”の役割を果たし、モンスターが外に溢れ出ないようにしているのか。

 

「おい、どけよ。邪魔だろ」

「おっと、申し訳ねっすよ」

「っ……!?」

「……?どしたっすか…?」

「あ、あぁ、いや…な、なんでもねぇ…い、行くぞおめぇら」

 

 その場に棒立ちになったまま周囲を見渡していたものだから、今の自分はダンジョンへの出入り口である階段を塞いでいる状態になる。そんな状態で丁度ダンジョンから地上に上がってきた冒険者たちがやってくると、先頭を歩くリーダー格らしき男が進路を塞いでいる自分の後ろ姿に苛立ちを隠さずにドスの利いた声を出す。

不意に掛けられた声にも拘らず自分は驚いたり怯えたりもせず、平然と道を塞いでしまったことに関して謝罪をするが…何故か、自分の顔を見た冒険者たちは固まっている。そんな見るなよ、いい年こいたおっさんたちが、何少し頬赤くしてんだ。

 

 折角道を開けたのに動こうとしない男達にこてん、と首を傾げてみると、ようやく我に返ったリーダー格の男は未だに硬直している仲間達に声を掛け、早足にバベルから出て行った。なんであんなギクシャクした動きなんだ…まさか、あの見てくれでじつは『自動人形(オートマトン)』でしたとか言わないよな…

 

 

「…それじゃ、行くっすか」

「え、えぇ、はい。 そうですね」

 

 

 またもや女性のピンチを救おうとして失敗してしまったベル君に声を投げかけ、バベルの出口へと向かう。

10人が手をつないで横並びになっても通れるであろう大きな出入り口の向こうは、まだ昼頃なのだろうかとても眩しくて中からは見えない。

 

 すると、先導していたベル君は急に小走りになったかと思うと、此方に振り返り笑みを浮かべてこう言った

 

 

 

 

 「ルプスレギナさん、ようこそオラリオへ!!」

 

 

 




折角の“うぉっほぅ”に誰も疑問を抱かないとは何事だ

投稿前に見返してみての感想。取り敢えず心情描写が長い。もう少し間隔開けたほうが読みやすいかな…?


一人称視点と三人称視点がごちゃごちゃですね。
誤字脱字、その他ご指摘ございましたら、この青臭い私めに教えていただけたら幸いですosz

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