笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

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 どうも、どうもどうも。好きな悪役の笑い声は映画『101(ワンオーワン)』のクルエラ・デ・ビル。ジェイソン@何某です。

 お気に入りが3000件をとうの昔に超えていた!! いやもう、本当にありがとうございます!! 非才の身ながら、これからも頑張っていきますので、どうぞ応援よろしくお願いいたしますosz



 今回はヘファイストス様に装備を見てもらう()()の回です。

 今回もこの作品だけの独自設定が出てきますので、お気を付けくださいosz


 ……はい、物語は進みません←



第24話『ヘファイストス様と装備鑑定っす』

 

 

「全くもうっ! なんで君はそう朝に弱いかなっ!?」

「いや~はっはっは、面目ねっす」

 

 ルプスレギナとヘスティアは、自身たちの本拠(ホーム)を飛び出して小走りで移動をしていた。それこれも、ルプスレギナがなかなか目を覚まさずに本来よりも出るのが遅くなってしまったことに原因がある。

 彼女の指輪の中には飲食及び睡眠が不要になる効果の物もあるというのに、なぜ寝たら寝たでこう問題が起きるのやら。朝食に昨日の残りであるじゃが丸くんを咥えながらも走るヘスティアに、彼女よりも背丈も歩幅もあるルプスレギナはヘラヘラ笑いながら並走する。

 

 因みにこの時間、ベルは珍しくもまだ教会に残っている。どことなくソワソワと落ち着かない様子で時間を確認したり、プライベート時に着ている服にほつれなどがないか、寝癖がないかをチェックしたり、わざわざシャワーを浴びに行くその姿を見たヘスティアは明らかにベルの様子を怪しんではいたが、それらを問い詰める前にルプスレギナが準備を終えた為、バイトに遅刻せぬように早く発つことを優先し、今に至る。

 

 

「…おっ」

「…あら? ルプス、お早う御座います」

「シルちゃん、おはよっす」

 

 2人の行く先に見えるのは、このオラリオの丁度中心に聳え立つ摩天楼(バベル)。そして、その道中にある『豊饒の女主人』が見えてきたとき、店先で打ち水をしていたシルの存在に気が付く。ある程度近付いたところでシルもまた此方の存在に気付いたようで、笑顔で投げ掛けられた挨拶にルプスレギナも応えた。

 

「やぁおはようっ! ごめんね、ちょっと急いでるんだっ! ルプー君、ほら行くよっ!」

「っとと、ういうい。んじゃシルちゃん、今日も頑張ってね~」

「あ、うん。ルプスも、行ってらっしゃい」

 

 本来ならもう少しここに留まって世間話に花を咲かせたいところではあるのだが、生憎と今は――主にヘスティアに――時間がなく、ただ挨拶を交わしただけでそのままシルの前を通り過ぎることになってしまった。少し驚きながらも此方に手を振ってくれるシルに手を振り返したところで、何かを思い出したようにヘスティアは慌てて振り返り

 

「あっ! この間はどうもありがとうー! お店の人たちにも伝えておいておくれー!」

「はーい! 分かりましたー!」

 

 この間、とは怪物祭(モンスターフィリア)にて過労で倒れたヘスティアをここで休ませてもらった件の事を指しているのだろう。もしかしたら既に知っているのかもしれないが仮に知らなかったと仮定して、彼女もまたベルを巡ってのライバルたり得る存在であると知ったらどんな反応をするのか楽しみではあるが、今は黙っておくとしよう。

 

 

……

 

 

 ―――中央広場(セントラルパーク)

 

 

「はぁ~…相変わらず、人でいっぱいっすねぇ…」

「まぁ、君もベル君もダンジョンに行くときはもっと早い時間から潜り始めてるもんね…って、どこに行くんだい、そっちじゃないよ」

 

 流石にこの時間は多くの冒険者がダンジョンを利用するというだけあって、小走りで抜けるのは逸れたりする原因にもなりかねず、早歩きが限界だった。言葉を交わしながらも北地区へのメインストリートへと向かおうとしていたルプスレギナは、それに気付いたヘスティアに慌てて袖を掴まれ、首を傾げる。

 

「あれ…ヘスちゃんがバイトしてるじゃが丸くんの店って、北地区(あっち)じゃなかったっすか?」

「いや、うん…まぁ、()()()()()()()()()そうなんだけど、ね…今日は、あっちなんだ」

 

 北地区への道を指さしながらも尋ねてみれば、ヘスティアは視線を泳がせながらもとある一点を指さした。それは…

 

「……ダンジョン?」

 

 

……

 

 

 ヘスティア先導のもと2人が向かったのは、ダンジョン…より正確には摩天楼(バベル)の4階にある【ヘファイストス・ファミリア】の支店であった。4階に上がるための方法がまさかの昇降設備(エレベーター)であったことにはいささか驚かされたものの、『魔石とは本当に便利なんだなぁ』という感想だけで完結してしまい、もっと驚く様子を期待していたらしいヘスティアが若干つまらなそうだった。

 

 

「…うっはぁ…こりゃあ凄いっすねぇ」

「フッフ~ン、だろ~ぅ? 【ヘファイストス・ファミリア】はオラリオ…いや、大陸1の鍛冶(スミス)系ファミリアだからね、4階から8階までのテナントは、全て【ヘファイストス・ファミリア】の支店になっているのさ」

 

 4階に到着したルプスレギナを出迎えたのは、ショーウィンドウに飾られた豪奢な剣や鎧であった。恐らくは実戦使用よりもこうして訪れた客の目を楽しませる飾り用なのだろうが、それでもただ無駄に宝石などを(ちりば)めただけの鈍らなどとは違う、本物の職人の技を感じる――なんて、中身が素人の自分でも分かってしまう。

 心から感嘆の声を漏らすルプスレギナに、ヘスティアは自身の神友の【ファミリア】を称賛されたとあって誇らしげに胸を張る。そして改めて思うのだろう。自分も彼女やベル君と共に、ヘファイストスに負けない【ファミリア】へと成長させるのだと。

 

「4階分のフロア丸々っすか、成程……おぉぅ、値段の方もこれはまた…」

「はは、君の装備だって全然負けてないと思うけど…」

 

 怪物祭の翌々日からここへと出入りするようになったヘスティアも、確かに初めのうちは飾られている多くの武器や防具に圧倒され、その値段にも驚かされたものではあるが…ちらり、とショーウィンドウに飾られている大剣の値段に驚いているルプスレギナに視線を向ける。相変わらず余分な皴や汚れも一切ないメイド服は、この先に飾られている非常に高い値段の軽装備と同じ…いや、それらよりも遥かに高品質に見える。

 

 ()()()()()()を果たすためにこうしてルプスレギナに着いてきてもらったわけではあるが…何だろうか、聊か不安にもなってきた。

 

 

「…っと、ここだ。ルプー君、着いたよ」

「ん? おぉ、これはまた一段と立派な店構えっすね」

「バベル支店じゃ一番大きい店だからね」

 

 剣、槍、大槌に重装備に軽装備、様々な武器防具を眺めつつもやがてヘスティアが立ち止まったのは、パッと見た限りで一番立派な看板などの付いた大き目の店。ヘスティア曰く本店や本拠(ホーム)からの視察に来た団員たちの為の会議室や執務室を確保するために2部屋分のテナントを1つに改築したらしく、少々横長なのはその為らしい。

 

 ショーウィンドウに飾られている武器や防具も他の店の物よりさらに値段は上がり、最低価格でも1000万ヴァリスを優に越えていた。それをこんな…少し厚いってだけのガラスの向こうに飾るなんて…とは思ったものの、きっと自分の知らぬ防犯対策なんかはきっとされているのだろう。

 

 

「てんちょー、おはようございまーす」

「おう、新入りか。はよ-さん」

 

 なんだかんだで遅刻せずに済んだとだけあって、ヘスティアは機嫌よく扉を開け、店内のカウンターにある椅子に腰を下ろし、商品と思わしき兜を磨いていた浅黒い肌で筋肉質の男に

明るい口調で挨拶をする。

 ヘスティアの眷属である身としては、自身の主神が“新入り”呼ばわりされるのはどうも複雑ではあるがそれを想定していたのか、ヘスティアが此方の袖を摘んで離そうとしない。別にあの店長と呼ばれた男に飛びかかったりする気はないのだが…

 

「…ん? 新入り、そっちの嬢ちゃん…は……」

 

 兜からヘスティアに顔を上げた店長は、ルプスレギナの存在に気付くとやがて目を見開き硬直する。その後なんとも無遠慮に見られるも、彼が見ているのはメイド服に背中の杖だけであり、下心は感じなかった。

 

「……新入り、おめーさんの眷属か…?」

「あ、はい。それで、えーと…ヘファイストス……さ、様、は…もう来てます、か?」

 

 基本的に、下界の人間は溢れる神威によって神と人間の違いが分かる。それは店長も同じであり、ヘスティアが一柱の女神であると分かったうえであの口調で接しているようだ。まぁ、それでこそプロというものか。

 一方でヘスティアの方は幾分まだ慣れてはいないらしい。まぁ、それまで当たり前のように神友として付き合ってきた相手が仕事上の上司となり、仕事中は敬称が必要になるなんて言われても、そうそう簡単には割り切れないだろう。

 

 まぁ、今は其れよりも気になることが出来たのだが…

 

「…あぁ、成程な。主神様は奥の執務室だ、入るときは礼儀を忘れるなよ」

「それはもちろんっ! ルプー君、こっちだ」

「いやいやいや、ちょちょ、ちょーっと待った…」

 

 さも当然のように奥に行こうとするヘスティアを今度は此方が手首を掴んで引き留める。『何かあったの?』なんて言わんばかりにきょとんと首を傾げたヘスティアに、ルプスレギナは僅かに口元が引き攣った。

 

「ヘ、ヘスちゃん…? もしかして、私とその…ヘファイストス様? …を、会わせるおつもりなんっすか?」

「ん? そうだけど…?」

「いやいやいやいやっ! なんでそれを先に言ってくれないんっすか!?」

 

 いや、それまでもミアハのような自分たちと同じくらいの零細ファミリアの主神を始め、ガネーシャやロキなどの大手ファミリアの主神とも出会い言葉を交わした身で今更こんなこと言うのもなんだが、いきなり他の【ファミリア】に連れてこられてそこの主神に謁見しようなんぞと言われたら、そらあーた誰だって驚くでしょうよ。

 何故昨晩の段階で教えてくれなかったのかと尋ねてみれば、ヘスティアは途端に得意げににやりと笑って

 

「君の驚く顔が見たかったのさ…!」

「…えぇー…」

 

 いやまぁ、今回ばかりは見事にヘスティアの策略通りに驚いたわけなのだが。

 それでも、取り敢えず心の準備をする時間だけでも稼ごうと、ルプスレギナの視線はヘスティアの上司であるこの支店の店長に向けられて。

 

「ちょ、店長さんっ!? そんな、いきなりどこの馬の骨…いや狼の骨かも分からない女を自分とこの主神様に会わせちゃっていいんっすか!?」

「そこの新入りは主神様の神友だって聞いてるぞ。そのうえで遠慮なく使っていいとも言われてるしな。その新入りの眷属なら問題ないだろ。それに、アンタの装備はきっと主神様も見たいはずだ」

「ちなみにヘファイストス…様には、()()()()()()()()()とは伝えてるけど、今日会えるとは伝えてないから」

「ヘスちゃーん!!?」

「うひひ、普段ボクのことをからかう罰さ!」

「……うちの主神様が思い切り巻き込まれてんじゃーねか」

 

 店長のツッコミにう゛っと肩を跳ね上げたヘスティア。突然連れてきたことで文句を言われる未来が予測できてしまったのだろうか。こうなったら道連れと言わんばかりに、ルプスレギナは僅かに顔色の青くなったヘスティアを引っ張るようにして奥へと進んでいく。

 

「ちょ、ルプー君…!」

「はいノックノ~ック」

 

 怒られないよう言い訳でも考えていたようだが、そんな時間なんて与えませんとも。店長に聞いていた執務室の扉の前に立つと、ルプスレギナ自らが勝手にノックをしてしまう。声を抑えてルプスレギナの名前を叫ぶヘスティアだが、ルプスレギナがヘスティアに返したのはそれはもう良い笑顔だった。

 

「…私に勝とうなんて100年早いっす」

「ぐぬぬ……」

 

『……誰かしら?』

 

 勘違いしちゃいけないが、ヘスティアはルプスレギナ(鈴木実)よりも遥かに長い時を生きてきた女神様である。恨めし気に頬を膨らませているこの童顔少女は、女神様なのである。

 中から女性の声が聞こえてくると、ヘスティアはピンと無駄に背筋を伸ばし、慌てて返事をする。

 

「あっ…ヘ、ヘファイストスっ! ボクだけど、入っていいかい?」

『…ヘスティア? えぇ、どうぞ』

 

 ヘファイストスからの許可を得て部屋の中へと入っていくヘスティア。ルプスレギナはそれに着いてはいかず、1人部屋の外で待機する。本当に何の知らせもなく押し掛けるのではなく、直前になったが取り敢えず自身のことをヘファイストスに伝えてもらうためだ。

 

『どうかしらヘスティア。少しは慣れた?』

『そ、そうだねぇ…慣れないことはまだまだ多いよ…敬語とか、君を“様”付けで呼んだりとか…』

『ふふっ…今は2人だけだからいいけれど、仕事中はそれをちゃんと一貫しなさいね』

『分かってるさ…』

 

 部屋の中から漏れ出てくる会話に耳を傾ける限り、この2柱は本当に仲の良い神友のようだ。ルプスレギナは未だヘファイストスがどのような外見の、どんな神なのかを知らない。しかし、恐らくこの扉の向こうにある光景は、腕を組み頬を膨らませるヘスティアと、そんな彼女を見て『仕方のない子ね』と小さく微笑む女神の姿といったところなのだろう。

 

『ところで、一体どうしたの? こうして私が視察に来たタイミングを見計らって顔を見に来た…ってワケじゃないのでしょう?』

『いや、勿論それも理由の1つさ。ただもう1つ…前に交わした約束を果たそうと思ってね』

『約束……あぁ、もしかして、例のアナタの眷属(子供)の事?』

『そうっ! 今日、その子を連れてきてるんだ』

『……アナタね、そういうのは前もって教えて頂戴な…』

『し、仕方なかったんだよ! その子が来れるって分かったの、昨日寝る前なんだから!』

 

 案の定ルプスレギナを連れてきていることを話すと、ヘファイストスは呆れたように溜息をついたようだ。しかしながら、考えてみればヘスティアの言い訳もご尤もである。昨日の晩に分かったことを、如何事前に教えればいいのか。ギリギリでそのことを思い出したヘスティアはきっと、内心ほっとしていることだろう。

 

『あらそう…なら、仕方ないわね。それじゃあ、早速会わせて頂戴』

『うん。…あっ、くれぐれも彼女を引き抜こうなんて考えないでくれよっ!』

『はいはい、分かってるから』

『ん。それじゃあルプー君、入ってきておくれ』

 

 そうしている間にヘスティアによって名前を呼ばれたルプスレギナは、両手で軽く頬を揉んだ後、ゆっくりと扉へと手を掛けた。

 

 

「失礼いたします」

 

 

 

 

 ヘスティアの眷属の為にとナイフを作り上げたその時に彼女の口から語られたルプスレギナ・ベーターーヘスティアは『ルプー君』と愛称で呼んでいた――の武器防具について、ヘファイストスは神である以前に1人の鍛冶師として興味はあったのだが、それほど強い期待はなかった。

 

 ヘスティアはそのルプスレギナの武器防具を『凄まじい』と評価をしていたが、その直前で彼女自身が言っていたようにそれはあくまでも素人目線からの評価に過ぎないからだ。現に、彼女をこの店に紹介した時も、ショーウィンドウに飾られた武器を見て漠然と『凄い』という評価しか下せていなかったのだし。

 もちろんヘスティアの言葉を疑っているわけではない。しかし、鍛冶の神である自身の“期待値”というものは、ヘスティアのような武器防具に縁のない者の“期待値”よりもはるかに高い。故に、勝手に期待して勝手に失望するなどという真似をしたくなかったのである。

 

 

「失礼いたします」

 

 だからこそ。必要以上に高い期待を抱かなかったからこそ。入室し、頭を下げて此方に小さな笑みを浮かべて佇むルプスレギナの事を見て、ヘファイストスは目を見開いたまま硬直してしまった。

 そこいらの美神に負けない…下手をしたら彼ら彼女らですら裸足で逃げだしかねないほどの完成された美貌も去ることながら、やはり鍛冶師であるヘファイストスの視線は彼女の装備に向けられる。出来ることならば、そのままじっくりと装備を観察したいところだが…

 

 

「……あの…ヘファイストス様?」

「ん? ヘファイストス? おーい。大丈夫かい?」

「……ッ…あ、あぁ…ごめんなさい。えぇ、と…ベータ、だったわね。わざわざ足を運ばせちゃったみたいで、ごめんなさいね」

「いえ、そのようなことは。それから、わたくしの事はどうぞルプスレギナか、もしくはルプスとお呼びください」

 

 その間に、どうやら彼女は自己紹介を終えてしまったらしい。目の前まで近づいてきたヘスティアの呼びかけによって我に返ったヘファイストスは、向こうの話を全く聞いていなかったことを申し訳なく思いながらも取り敢えずはわざわざヘスティアと自身の約束に付き合ってくれたことに対する謝罪と礼を述べる。

 対して、ルプスレギナはにこりと微笑みながらも、名前か愛称で呼んでも構わないと返してくる。友好的な性格であるという点は確かに聞いていた通りだ。しかし…

 

「…ヘスティアに聞いていたのとは、随分と雰囲気が違うわね」

「あ、あはは…ルプー君、彼女にはいつも通り接してくれても構わないよ」

「…ヘスティア様…しかし、それは…」

「私も構わないわ。今は3人しかいないわけだし」

「…いやはや、神様っていうのはフレンドリーな方が多くて大助かりっすね」

 

 ヘスティアの眷属自慢で聞く限りのルプスレギナ・ベータとは、良くも悪くも人間だろうと神々だろうと基本的に友好的で、正の意味合いでコロコロと表情が変わり、狼人(ウェアウルフ)らしく非常に強い家族愛を持つ、『~っす』が口癖の太陽のような少女だそうだ。ならば今はきっと、ヘスティアの眷属としての“余所行き用”の顔なのだろうとヘファイストスは判断する。

 ヘスティアの言葉に逡巡し、此方をちらりと見るルプスレギナ。何故にヘスティアがそれを決めるのだというツッコミを飲み込む代わりに小さな微笑みを浮かべ、自身もまた許可を出したならばやがてルプスレギナは後ろ髪を掻き、恐らくは普段通りなのだろう言葉遣いとなった。

 

「ふふ、ヘスティアの周りは、私を含めてそういったものをあまり気にしない神々が多いからね。勿論プライドの高い連中も多いから、あなたのその、場に応じてスイッチを切り替えられるのはとても良いことよ」

「お褒めいただき光栄っすね、ホント」

 

 特にルプスレギナのような美貌を持つ下界の住人は、己の美しさに自信を持っている女神たちに目の敵にされやすい。基本的に誰に対しても友好的だとすると余計に都市の男連中の目を惹くことになるだろうから、油断はできないだろう。

 

 

「さて……ヘスティア?」

「ん? なんだい?」

 

 ふとここで、自身とルプスレギナとのやり取りを笑顔で見ていたヘスティアへと視線を向ける。神友と己の眷属が友好的な関係を結べているのが嬉しいのだろう、上機嫌な笑顔を浮かべたまま首を傾げたヘスティアは、次に向けられた言葉でピシリと固まった。

 

「もう開店時間過ぎてるわよ」

「………ぁっ…あぁーっ!?」

 

 未だ制服にも着替えずその場に留まっていたヘスティアは、ハッと息を呑みこみ時間を確認してから大声を上げて部屋から飛び出す。まぁ、自分に会っていたという事をこの支店の店長を任せている眷属は知っているはずなので怒鳴られたりはしないだろう。慌ただしく出て行ったヘスティアに溜息を零したヘファイストスは、怒鳴るという単語にふと何かを思い出したかのように眉尻を下げ、置いていかれて少しばかり狼狽えているルプスレギナに視線を向ける。

 

「ごめんなさいね、自分のところの主神が顎で使われているのを見るのは不愉快でしょうけど…」

「…いいえ、気にしてない…ことはないっすけど、仕方ないと割り切ってはいるっすよ。ヘスちゃんが自分で選択した道なら、私に文句を言う資格なんてないっすから」

 

 “ヘスちゃん”とはまた、本当に仲が良いようだ。この店内でのヘスティアが新入りとして扱われている事にも理解を示してくれたことをありがたく思ったところで、ヘファイストスは漸く本題へと切り出すことにする。

 

 

「…ところで、ずっと気になっていたのだけれど…あなたの装備は…」

「…うん? あぁー…成程、ヘスちゃんがヘファイストス様と私を会わせたのは、そういうことっすか」

「あら…ヘスティアから聞いてなかったの?」

「何にも聞いてないっすね」

「あの子は…」

 

 思わず額に手を置いてため息が漏れる。ルプスレギナも此方を見て苦笑していた。まぁいい、なんにせよ向こうは察してくれているようなのでそのまま話を続けるとしよう。

 

「まぁ、ともあれ…あの子の言ってたとおりね。あなたのその杖も、服も……」

 

 思わず礼儀を忘れて無遠慮に見つめてしまったが、彼女は気にした素振りもなくその場に佇んでいる。コツ、コツ、と一定のリズムを刻みながら右手の人差し指で机を叩きつつもしばらくは彼女のメイド服を見て、やがてゆっくりと立ち上がった。

 

「…申し訳ないのだけれど、鍛冶場――『工房』に移動してもいいかしら? もう少し、じっくりとあなたの装備を見せてほしいの」

「はい、了解っす」

 

 断られても何ら不思議でない此方の誘いを、ルプスレギナは一瞬の逡巡もなく頷いて答える。この場にヘスティア()はいないというのに、あまりの即決にこちらの方が驚かされ、歩みを止めてしまいそうになるも、なんとか歩くペースを緩めることもなく執務室を後にし、3歩後ろをついてくるルプスレギナと共にこの支店の『工房』へとやってくる。

 

 『工房』は他の部屋と比べると薄暗い。窓から差し込む僅かな光と、今は使用していないために大分小さくなっている炉の炎だけが照らす『工房』の中央には、素材などを並べるための鋼鉄製のテーブルが置かれている。そのテーブルへと近付き、綺麗なテーブルクロスを敷く。

 

「それじゃあ…まずはその杖を、此処に置いてもらってもいいかしら」

「了解っす。結構重いんで、動かすときは言ってほしいっすよ」

 

 此方の言葉に頷き、ルプスレギナは杖をテーブルへと置いた。見た目からして分かっていたが、確かにかなりの重量があるようだ。それこそ、【ロキ・ファミリア】の【大切断(アマゾン)】が扱う大双刃(ウルガ)に匹敵するやもしれない…まぁ、あれは【ゴブニュ・ファミリア】産なので実際の重量は分からないが。

 

 ともあれ、テーブルに置かれたルプスレギナの聖杖を、モノクル型の拡大鏡を左目に掛けて改めて見据え…目を見開き、拡大鏡を落とした。

 

 

「…っ…な、…これ、は……っ!」

 

 天界にも多く存在している鍛冶神のなかでもトップクラスと称される実力は伊達ではないと自負している。幾ら『神の力(アルカナム)』が使えずとも、武器防具をじっくりと観察すれば少なくともその武器防具を作り上げた際に使用されたであろう素材の予測ができる。そして、この聖杖に()()()1()0()0()()使用されている素材は…

 

 

「(アダマンタイトに…緋緋色金(ヒヒイロカネ)に、月桂(ゲッケイ)ですって!? 極東でしか採掘されない伝説の金属に、月の樹木じゃないっ!?)」

 

 まず一番最初にアダマンタイトと出てきて驚き、さらに続けて伝説級の金属の名前が2つ続けて脳裏に浮かび再び驚愕することになる。落とした拡大鏡を拾って左目に掛け、なおもじっくりと聖杖を見つめながらも、この場に鍛冶神が自身しかいないことを歯噛みしたくなってしまった。

 

「(極東の鍛冶神(アマツマラ)か、せめてゴブニュが此処にいてくれれば……いえ、そうしたら、この場が荒れていたかもわからないわね)」

 

 拡大鏡を外し、ふぅと短く息を吐く。先ほどはあまりの衝撃に『他の鍛冶神がいれば』などと考えてしまったが、冷静に頭を冷やしてすぐに撤回する。そして小さく頭を振るい、どことなく不安げにこちらを見ていたルプスレギナへと小さく微笑みかけて

 

「ごめんなさいね、心配かけたかしら?」

「…いえ。なんとなくっすけど、驚かせちゃうかなーとは思ってたので」

「あら、そうなの? …それじゃあ…今度はその修道服…いえ、メイド服かしら? 兎に角、少し見せてもらうわね…」

 

 どうやら彼女自身、己の装備がどれほどの物なのかは理解していたようだ。まぁそれもそうかと小さくかぶりを振って、視線を彼女の目から下へと向ける。

 

「了解っす。えーと…」

「あぁ、そこで立ってるだけでいいわ」

 

 

 この時、ヘファイストスはルプスレギナがどうすればいいのか考えているのだと思っていたようだが、実際は少し違う。彼女はインベントリから予備のメイド服を出そうか出すまいかを迷っていたのだ。結局逡巡のうちにヘファイストスが彼女の手を取りフリルの付いたアームカバーから見始めたので、大人しくすることに決めたようだが。

 

 

「………」

「……」

 

 沈黙が『工房』内を支配する。先ほどと比べると幾分も落ち着いていると思うかもしれないが、実際はそうでもない…というか完全に逆で、聖杖を見た時以上の衝撃を受けて固まっているだけだったりする。

 

「(ありえない…貴金属糸…これは……エンゲルストン…!? それに、生地に使用されているのは…メディカルリネン……は、ははっ…遥か古代の錬金術の遺産じゃない…)」

 

 手触りはそこらの貴族用の洋服よりも遥かに良く、実際に試してはいないので分からないが強度は下手な竜種の鱗をも超えるだろう。余計なほつれや皴もなく、『不壊属性(デュランダル)』こそないものの相当な付与(エンチャント)が施されているようだ。

 

 

 こうなると気になるのは彼女の正体。果たして彼女はどこから来て、どうやってこれらの素材を手に入れ、誰に作ってもらったのか…もしも自分が感情的になりやすいタイプの鍛冶師であったなら、彼女の足に縋り付き、その靴を舐めろと言われたら…いや、言われずとも嬉々として舐めながら情報を欲し、あわよくばこれらの装備を譲ってほしいと頼んでいたことだろう。

 自分が幾分も理性的で且つ責任のある立場で本当に良かったと、ヘファイストスは強く思った。

 

 

「……ありがとう。もう大丈夫よ」

「はいっす。……あの、大丈夫っすか? なんか、凄い疲れた顔っすけど…」

「えぇ、まぁ…気にしないで。これは、そう…結構心地の良い疲れだからね」

 

 衝撃は強く、精神的な疲労はとても大きい。モノクル型の拡大鏡を外してテーブルに置いた此方の顔色を心配そうに見つめるルプスレギナの不安を解消するように小さく笑みを零すと、確かに浮かべたその笑みは満足げな物だったのだろう、ルプスレギナは頷き納得したようだ。

 

「…可能なら、是非ともその装備を譲ってほしいってところだけれど…」

「申し訳ございません。例えヘスティア様のご神友なれど、その言葉に従えません」

 

 みっともなく縋り付いたりはしないし、きっと無理だろうと分かってはいてもせずにはいられない交渉。案の定、此方の言葉を耳にした途端彼女の雰囲気は変わり、凛とした表情で頭を下げる。

 それでも、少しは食い下がってみたくて。

 

「……言い値を払うわよ?」

「申し訳ございません」

 

 ここで、ヘスティアの“ローン”の事を盾にすれば少しはこの交渉も有利になったのかもしれない。しかし、いくら喉から手が出るほどに欲しい武器防具が目の前にあったとしても、何千年もの時を共に過ごしてきた神友を利用するような真似は彼女にはできない。したくもなかった。

 

「…そう。わかったわ、ごめんなさいね、今のは忘れて頂戴」

「神の御心のままに、忘れます」

 

 本当に、よく出来た眷属()ね…頭の中でそんな感想を零し、薄く微笑む。

 

 

『こらぁっ! 新入り! 遊んでんじゃねぇっ!』

『は、はぁ~いっ!!』

 

 表から怒鳴り声が聞こえてきたのは、ちょうどそんなタイミングだった。

 

「……」

「……え~、と…じゃあ、私はこれで…」

「え、えぇ…そうね。わざわざありがとう」

「いえ、そんな…それでは、失礼しまっす」

 

 急に現実に引き戻されたような気がして、何とも言えない沈黙が包む。メイド服を見ていた時と違ってどうにも居た堪れない雰囲気に、ルプスレギナはテーブルに置いたままの聖杖を背負う。遅れて我に返ったヘファイストスも改めて礼の言葉を告げると、ルプスレギナは最後に一度綺麗に礼をして『工房』から去っていった。

 

 

 

 

「……ふぅ…」

 

 1人残ったヘファイストスは、テーブルクロスを畳みながらも何度目かになる深い溜息を零す。

 正直、想像以上であった。ヘスティアの『凄まじい』という評価は正しく的を射ていたのだと、そう認識させられた。そして、同時に幾つかの危惧も抱く。

 

 

「(…下手な鍛冶師たちに、あの装備は“毒”だわ。自信を失いかねない)」

 

 もしくは、それこそ何をしてでもあの装備を譲ってもらおうと暴走する者たちも現れかねない。それほどまでに、あの装備は()()()()()()()

 

 恐ろしいのは、駆け出しの鍛冶師なんかがあの装備を見て“最高品質”だと思ってしまうことだ。“高品質”ではなく、それよりも上の存在しない“最高品質”…僅かにでもそんな感想を抱いてしまった時、その鍛冶師は鍛冶師として大切なものを失くしてしまいかねない。

 

 ただ…

 

「椿や、()()()なんかには…いい刺激になるかしらね」

 

 ふと脳裏に浮かんだ眷属(こども)たちだけは、この場に居ないことが悔やまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ヘスちゃん、なんで落ち込んでるんっすか?」

「……ベル君にもここでバイトしてることがバレた…」

 

 




 

 …ね? だから言ったでしょ??←

 …いや、ホントにね。最初はバイト中のヘスティアのところに、ヘファイストスに縋り付かれてるルプスレギナが泣きながら助けを求めてくるっていう流れにしようかなとも思ってたんですよ。
 流石に神ペロなあのじいさんみたいにはなりませんけど。でも、ヘファイストスのキャラ崩壊はヴェルフへのノロケで十分かなって。

 …結果、当たり障りのない話になっちゃいましたけどね。



 結局この1話を通して言いたかったのは『ルプーの装備は凄い』って事です。
 どれぐらい凄いのかって言うと、メイド服と同じレベルの装備を作るのは、今のところ下界じゃほぼ不可能ってくらい。聖杖はまだいけると思う。(曖昧

 勿論、この作品の独自設定です。(大事なことなので2回書きました




【ヘスティアがバイトしてる店】
 勝手に増築しました。いやぶっちゃけ、ヘファイストスが直接訪れることなんて早々ないだろうけど、あの方なんだかんだでヘスティアに甘いですし、『査定』なりなんなりって理由付けて来させました、はい(笑


【ヒヒイロカネ】
 原作の『オーバーロード』では、『ユグドラシル』においてはアダマンタイトよりもランクが高いようなので、ダンまちの世界でもそういうことにしておきました……出てないよね?←

【ゲッケイ】
 中国の伝説で、月に生えているという木。『ユグドラシル』での素材としてのレア度は普通よりちょい上くらい……だって勝手に妄想してます。

【エンゲルストンとメディカルリネン】
 元ネタはガストのほうのアトリエシリーズ。
 錬金術“師”じゃなくて、錬金術“士”。はい、ここテストに出ま~す(ぇ
 メイド服はジャスティスな方々の熱意の結果、聖杖よりもランクは上です。神器級アイテムなんかはこれをも凌駕するんでしょうが…

【メイド服への付与】
 これってどこかで言及されてますかね。調べてはいるんですけど…情報求む。


【メイド服への最終評価】
 下界の武器での破壊はほぼ不可能。
 例え顰蹙を買おうが、ルプーのメイド服は私が守る!!(ぇ


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