笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

26 / 31
 
 どうも、どうもどうも。好きなホラー映画の殺人鬼はジェイソン・ボーヒーズ。ジェイソン@何某です。

 はい、そんなわけで第3章に漸く突入しました。

 今話は第2章のエピローグの数日後なので、ご了承ください。

 あと、また昔の悪い癖『なかなかストーリーが進まない病』が発症してしまいました、本当に申し訳ないosz



第3章
第23話『【ステイタス】とエイちゃんのお誘いっす


 

 

「…はぁっ!!」

 

 ―――ダンジョン・6階層

 

 4階層までとは、その外観も内部の構造もがらりと変わる。新米の冒険者に対して『ギルド』のアドバイザーがGOサインを出すのに慎重にならざるを得なくなる、最初の難関がこの階層に存在している。

 

 一般に『新人殺し』と呼ばれる人型の影のようなモンスター、『ウォーシャドウ』はしかし、その脅威を存分に発揮することもなく、体内の魔石を狙ったナイフによる一太刀であっけなく消滅した。

 

 

「おっほ~。お見事っすねぇ」

「ふぅ…え、えへへ…」

 

 戦闘を終えたばかりとは思えない、緊張のかけらもない台詞を吐くルプスレギナに、呼吸を整えたベルは照れくさそうに頬を掻く。

 

「にしても、ベルっちはホント日に日に強くなってるっすねぇ。1日2日も一緒にダンジョンに行かなかったってだけで、ここまで強くなるなんて」

「い、いえそんな…僕なんてまだまだですよ」

 

 またまた謙遜しちゃって~、なんて肘で突かれ、「やめてくださいよ~」なんて満更でもなさそうにじゃれあう2人はまるで仲の良い姉弟のようだ。実際問題、同じ【ファミリア】に所属する仲間(家族)なわけだが。

 

「んまぁ冗談さておき、ホントにすごい強くなってるっすよ。ヘスちゃんから貰ったそのナイフもかなり似合ってるっすし」

「えへへ、ありがとうございます。本当に、神様には感謝してもしきれないです」

 

 自身が強くなったと褒められた時以上に嬉しそうにはにかみながらも、ルプスレギナが口にした彼の新たな武器…『ヘスティア・ナイフ』を掲げるベル。傍から見たらなんだか危ない人みたいだが、そのナイフがどのような物なのか知っているルプスレギナとしては微笑ましい光景だと言えるだろう。

 

「…回復は、まだ必要なさそうっすね」

「あ、はい。まだまだいけます」

 

 手分けして魔石やドロップアイテムを拾う作業に移りながらも、ルプスレギナは確認するようにベルの体に怪我がないかを確認していた。今回の戦闘で現れたのはウォーシャドウ3体。それに対し、ベルは2回ほどしか攻撃を食らっておらず、その攻撃も非常に浅い切り傷程度でしかなかった。

 ルプスレギナは補助魔法も含めて一切手を貸していなかったにも関わらずその程度で済んだのだから、本当にベルは強くなっている。

 

「ん~…でも、そうするといい加減に物足りないんじゃないっすか?」

「う……そ、それは…まぁ…」

 

 魔石はベルのポーチ。ドロップアイテムはルプスレギナのポーチに入れて紐を結び、ダンジョン内を歩きながらも問いかける。やはり図星だったか、小さく肩を揺らして視線を泳がせたのち、ベルは素直に頷いた。

 

 目の前の角を曲がったその先に、下の階層への階段があったのは本当に偶然である。

 

「「……」」

 

 2人は目を合わせ、やがてどちらともなく頷く。

 

 そして…

 

 

……

………

…………

 

 

「な~な~か~いそぉ!?」

「ひゃ、ひゃいぃっ!」

「お、おぉぅ…」

 

 

 ―――『ギルド』本部

 

 

 自身たちの担当アドバイザーであるエイナの、信じられないというような思いのこもった声に、ベルはびくんと肩を跳ね上げた。ベルの隣に座るルプスレギナは、なんとなく怒られること自体は予想こそしていたものの、その勢いまでは予想外だったようで彼女も圧倒されつつある。

 

 7階層より現れる新種のモンスター、『キラーアント』との戦闘などを十分に経て互いのポーチが大分膨れてきたことと、ベル自身の疲労がそれなりに溜まりつつあったことを加味してダンジョンより帰還した2人は、ダンジョンにある換金所ではなくわざわざ『ギルド』へと赴き、エイナへの近況報告を行った。とはいえ、ルプスレギナとは数日前にハムスケ関連で話し合いをしたばかりなので、報告は主にベルが行っていたのだが…そこで正直に7階層まで到達階層を増やしたと零してしまったのが運の尽きだ。

 

 『ヘスティア・ナイフ』の件やルプスレギナに強くなったと褒められた件、さらには『キラーアント』との戦闘も左程苦も無く勝利できたことなど、様々なプラスの要素に舞い上がっていたベルは、此処にきて一気にどん底へと落とされた様に顔色を青ざめさせている。

 

 

「キ~ミ~はっ! なんでそう私の言うことをちゃんと理解してくれないかな~! まさか、5階層どころか6、7階層なんて…『新人殺し』が出てくる危険ゾーンなのにっ!」

「あっ、で、で、でも…『ウォーシャドウ』も『キラーアント』も、そこまで苦戦しなかったと言いますか…」

「何か言った!?」

「ごごご、ごめんなさいぃぃぃっっ!!?」

 

 1人の職員として、そして女性として毎日きちんとセットしているサラサラの栗色の髪を思わず搔き乱したくなる衝動に駆られるも、それをなんとか耐えながらも説教を始めるエイナに、ベルは恐る恐るといった形で自己弁護を試みる。しかし、それは誰がどう考えても意味はない…どころか逆効果であり、斜に構えられた彼女の目がさらに鋭さを増したのを見てベルは涙目で謝罪する。

 

 

「ほんの少し前にミノタウロスに殺されかけて、真っ赤な姿で此処に来て私の肝を冷えさせたのはどこの誰だったかなぁ!!?」

「ぼぼ、僕です!」

「それが分かってて、なんでさらに下層に降りてるの! 一度痛い目に遭ったぐらいじゃ懲りないのかな、キミは!?」

「す、すみませぇぇん…」

 

 エイナの眼光に圧されてすっかり小さくなってしまったベルに、エイナはずり落ちそうになった眼鏡を指で押し上げつつも深い溜息を零し、それからゆっくりと、その視線の先をベルの隣へと移す。

 

 

「…それで、ルプスレギナさんっ!」

「うぇっ!? わ、私もっすか!?」

「当たり前です! 寧ろ、今回はルプスレギナさんへの怒りの方が大きいですよっ!」

「何故ェッ!?」

 

 先程から黙ってエイナのベルに対する説教を聞いていたルプスレギナに怒声を発してみれば、ルプスレギナはベルに負けず劣らず肩を跳ね上げさせた。怯えたというよりも純粋に驚いたというような反応とまさか自分まで怒られるとは思わなんだと言わんばかりの台詞に、一層怒声は大きくなる。此処が個室でよかったと、冷静になった後のエイナは後に語った。

 

「何故って、当たり前じゃないですかっ! アナタはベル君よりもさらに後から冒険者になった新米で且つ、ベル君よりも年上なんですからっ!」

 

 確かにルプスレギナの装備は第一級冒険者が身に着けるような最高品質だし、その実力は【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインのお墨付きでもある。しかし、それでも彼女たちのサポートを任せられたアドバイザーとして、エイナは慎重であろうとする。その結果2人に疎まれても構わない、ベルとルプスレギナという掛け替えのない命に比べれば、そんなこと怖くはない。

 

「うぐっ…で、でも」

「そ・れ・に! 私と約束したじゃないですか! パーティを組んだとしても、決して無理して下層に行ったりしないって!」

「それは…まぁ、言ったっすけど。だから、それが…」

「だからもヘチマもありませんっ! もう今日は、危機感の足りない貴方たちに、ダンジョンの恐ろしさをみっちりと叩きこんであげますからねっ!!」

「「うひぃっ!!?」」

 

 特に、ルプスレギナにはなにかと暴走しがちのベルに対する抑止力になってほしかったのに、結果はベルと共にあっさりと下層に向かう始末。寧ろ、心強い補助役を得てベルがさらに暴走してしまうのではないかという不安材料になりかねない。

 そうはさせまいと、エイナは心を鬼にして2人に対し、“地獄”とまで称された講習会を開こうとする。

 

 

「ま、まま、待ってください! ぼ、僕っ…あれから本当に、結構成長したんですっ!?」

「成長ぉ~? いいところアビリティ評価HかGってところじゃないのかな~?」

 

 そうはさせまいと慌てて声を上げたベルを、エイナは訝しげに見る。それなりに多くの冒険者を見てきた経験からおおよその実力を推測したエイナであったが、ベルにより告げられた言葉に彼女の動きはぴたりと止まることになった。

 

「い、いえっ! 僕の【ステイタス】、いくつかの項目は評価が“E”まで上がってるんです! 本当ですっ!」

「………え? は? い、E…?」

 

 それまで決壊したダムより流れ出る濁流の如く説教をしていたため、ベルの言葉を聞き取ってから理解するまでに無駄な時間を要してしまう。ルプスレギナは、エイナのそんな反応に手ごたえありと感じたらしく、余計なことは一切喋らずにベルに任せることにしたようだ。

 

「…いや、いやいやいや、まさか。ベル君ってば、嘘が苦手なんだから…」

「う、嘘じゃありませんっ! 僕自身信じられないですけど、本当に最近伸び盛りというかなんというか…兎に角、本当なんですっ!」

「……」

 

 ようやく思考が追いついた様子のエイナであるが、だからといってはいそうですかと信じることなど到底できなかった。あまりにも衝撃的な告白だったもので、すっかり先ほどまでの怒りは吹き飛び不自然な乾いた笑みを浮かべたエイナであったが、そんなエイナの発言を遮るように身を乗り出したベルは、まっすぐエイナの瞳を見つめながらも嘘ではないと断言する。一瞬だけ、その真剣な表情に見惚れたかのように硬直したエイナは、顔を真っ赤にしつつも慌てて椅子に座り直すベルを見つめ返し。

 

「ほ、本当、に? 本当に、E…?」

「はいっ!」

「…ルプスレギナさん?」

「…ん」

 

 ベルが嘘を吐いていないということは理解した。それでもやはり聞き返さずにはいられず、ベルの隣にいるルプスレギナにも確認するように声を掛ければ、返ってきたのは首肯。

 

 仮に、仮にだ。このアビリティ評価“E”というのがルプスレギナのものであったなら、エイナはもう少し素直にそれを事実として受け入れることが出来ただろう。彼女の装備などからして、冒険者になる前から戦いの心得があると容易に想像できるから。だからこそ効率的な能力の上げ方を知っていたと、そう納得できるから。

 しかし、そんな仮の話を考えたって仕方がない。難しい顔で悩んでいたエイナは、やがてベルに1つの提案をする。

 

「…ベル君」

「は、はい」

「…キミの背中の【ステイタス】。私に見せてもらえないかな?」

「……え、えぇっ!!?」

 

 エイナの表情からして決して冗談で言ったわけではないのだと瞬時に悟ったベルは、驚愕の声とともに小さく跳ねる。彼女の言葉が何を意味するのか、よく分かっている証拠だ。

 

「ご、誤解しないでっ! 別にキミの言ったことを疑ってるわけじゃないんだ! でも、やっぱり…」

 

 おいそれと信じるにはあまりにも話の内容が突飛すぎる。

 慌てて自身の言葉に捕捉を加えたエイナであったが、それでもベルの表情は優れない。咄嗟に自身のアビリティを口走ってしまった自身に責任があるとはいえ、果たして主神(ヘスティア)の許可なく【ステイタス】を見せるべきなのかどうか。

 

 その逡巡が、エイナとしてはほんの少しだけ嬉しかったりする。【ステイタス】を始めとする情報を無暗に公表するような真似は絶対にしてはならないと、口を酸っぱくして言った甲斐があったと。とはいえ、今回ばかりは折れてほしいのも本音であるが故に、エイナはその場でベルとルプスレギナに誓う。

 ベルの【ステイタス】を見たとしても、決して誰にも口外しないこと。万が一エイナのもとからベルの【ステイタス】に関する情報が漏れたその時にはベルに対して相応の責任を負うこと。あくまでも確認するのは【ステイタス】だけで、魔法やスキルまでは見ないことを。

 

「ねっ! だからお願いっ!」

「ベルっち、私から言うことは何もないっすよ。ここは自分で判断すべきところっすからね」

「……わ、かりました…そこまで言うのであれば…」

 

 ほんの一瞬だけ、ベルは思わずルプスレギナの方を見る。それに気付いたルプスレギナであるが、ここでは助言などもなくあくまで自身の判断に委ねさせると、ベルは暫しの沈黙の後に小さく頷き、頭を下げるエイナに了承を示したのであった。

 

 

「…えぇ、と…」

「「……」」

 

「(…な、なんでルプーさんまで凝視してるんだろう…)」

 

 大人しくエイナに背中を向けてシャツに手を掛けたベルは、そこで背中に注がれる視線の多さに気付く。先ほどまで隣に座っていたはずのルプスレギナが、いつの間にかエイナの方に移動していたのである。

 ベルがちらちらと視線を向けてもルプスレギナは一向にベルの背中から視線を逸らすことはなく、隣のエイナも一切ツッコミをいれないため、ベルは深い溜息と共に諦めることにしたようだ。

 

「じゃ、じゃあ…脱ぎますね…」

「い、いちいち言わなくてもいいよっ! なんか、恥ずかしくなっちゃう…」

 

 なんともモヤモヤするやり取りを経て、ベルは一息にシャツを捲り上げた。背後からルプスレギナの「おぉっ」という感嘆の声に耳まで熱くなるのを感じながらも、ベルは必死に2人の視線に耐える。

 

「意外といいカラダしてんっすね…」

「し、静かにしてよルプスレギナさんっ! しゅ、集中できないから…」

 

 ベルに聞こえぬようにひそひそと耳打ちしたルプスレギナに、エイナもまた声を抑え、しかし少しばかり語尾を強めて注意しつつも務めてベルの背中に書かれている【神聖文字(ヒエログリフ)】の解読を進める。

 エイナの目は、解読が進むにつれて信じられないとでもいうように見開かれていく。

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力:E434

 

耐久:G247

 

器用:E456

 

敏捷:D552

 

魔力:I0

 

 

「(そ…そんなことって…)」

 

 口元に手を置き、呆然とした様子のエイナ。ふと隣に視線を向けてみれば、ルプスレギナも目こそ見開いているもののエイナに比べればまだその驚愕は小さく、やはり知っていたのだろうという事が窺える。先ほどベルが呟いていたように魔法は覚えていないらしく魔力こそ初期値のままではあるが、あとは軒並み冒険者になってからまだ1月も経過していない初心者の数値ではなかった。唯一エイナの想定の範囲内であった耐久値が異常に低く見えてしまいがちだが、そうではなく本来はこれくらいの数値が普通なのだ。さっそく麻痺し始めた自身の価値観をかぶりを振ってなんとか正し、エイナは考える。

 

 どう考えたって、この数値は“異常”だ。しかし、そんな異常な数値がこうして目の前の、ほんの1月も前までは冒険者ですらなかった少年の現在の実力として背中に刻まれている。一体何をどうすればこのような数値が現実のものとなるのか、()()()()()()考えられるとするならば、やはりスキルの影響である可能性が一番高いだろう。

 ほんの一瞬だけ、抱くべきでない好奇心が鎌首をもたげるも、隣にいるルプスレギナの存在や、先程のベルとの約束を考えてぐっと我慢する。代わりに浮かび上がったのは、『スキルの存在の有無だけでも確認しよう』というもの。

 

 ベルは魔法もスキルも発現していないと言っていたが、さて…

 

「(…! 今、確かに何か書いてあった…)」

 

 あくまでも文字を読むのではなく存在の有無の確認が目的であるため、視線を向けたのは一瞬だけ。それでも確かに、エイナの目は複雑な文字の羅列を捉えていた。

 つまり、ベルには間違いなくスキルが発現している。ベルという少年は嘘が非常に下手くそであるという事も、彼と出会ってからまだ1月も経っていないにも関わらず理解しているので、考えられるのは彼には意図的にスキルの存在を秘匿しているという事。

 

 ふとそのタイミングで、エイナの肩に手が置かれる。思わず声を上げそうになるもなんとか耐え、ちらと視線を其方に向けると――此方に微笑み、人差し指を口元に立てているルプスレギナの顔があった。

 

「……信用して、良いんだよね」

「神に誓って」

 

 間違いなく、ルプスレギナはベルのスキルのことを知っている。恐らくはその内容も。

 そして、そのうえで自分にもベルにスキルの存在を教えないようにと言いたいようだ。小さく喉を鳴らし、投げかけた問いかけに、ルプスレギナはまっすぐエイナの瞳を見つめながらも断言する。そのスキルは、決してベルに害を為すような危険なものではないと。

 

 

「……? あ、あの…エイナさん? ルプーさん?」

「…あ、ご、ごめん! も、もういいよっ、ありがとう」

 

 内容までは分からずとも後ろで何かしらのやり取りがあったのを感じたベルの声に、ハッと顔を戻したエイナは慌ててベルに服を着ても大丈夫だと告げる。その頃にはルプスレギナもまた、普段のように人受けの良さげな笑顔を浮かべていた。

 

「いやはや、ベルっちの細マッチョ、存分に堪能させてもらったっすよ」

「うぇっ!? …も、もうルプーさんっ! そうやってまた僕のことからかって…!」

「……」

 

 ルプスレギナの言葉に、ただでさえ美人の女性2人に上半身を晒すという状況を恥ずかしがっていたベルはさらに顔を真っ赤にして狼狽する。そうしてからかわれるのも初めてではないので抗議の声を上げるもルプスレギナはケラケラと笑い心にもなく「ごめんごめん」と謝った。きっとまたやるだろう。

 一方で、エイナはシャツを着たベル、そして足元に置かれたままの彼の装備に視線を向ける。隣にいるルプスレギナの其れとは比べるまでもなく、貧相な防具だ。

 

「…うん、よし」

「…エイナさん?」

「どしたっすか、エイちゃん」

 

 1人何かを決めたように頷いたエイナに、じゃれあっていたベルとルプスレギナは首を傾げて視線を向ける。そんな2人に視線を返し、やがてベル1人に向けたエイナは彼女自身もまた首を傾げて尋ねた。

 

 

「…ベル君、明日は空いてるかな?」

「……へっ?」

 

 

……

 

 

 ―――その日の晩。【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)・教会

 

 

「…ってな感じで、明日の予定が空いちゃったっす」

「…えらい端折ったね。もうちょっと具体的に説明してくれないかい?」

「なんでっすかー! 私とヘスちゃんの仲なら、阿と吽で大体のことは…」

「いや、分かんないよ流石に」

「ちぇー」

 

 なんだかつい先日にも見たやり取りをしたところで、ルプスレギナは明日の予定を考える。別に目の前のベッドに腰かけているヘスティアに相談するほどの事ではなかったのだが、まぁなんとなくだ。

 

「…それにしても、ベル君がお出かけねぇ……ルプー君、何か隠してることは?」

「あるっすよ」

「ぶっ…ず、随分と正直に打ち明けるじゃないか…」

 

 女の勘というやつか、これといった情報もなくただ漠然と『明日ベルに用事が出来た』とだけ告げられたヘスティアは、訝しげな視線をルプスレギナに向ける。ベル本人は今シャワーを浴びているわけなのだが、この様子から見て本人にはまだ聞いていないか、もしくは聞いたところで逃げられたか…。

 あっさりと首肯したルプスレギナにずるりとずっこけそうになるヘスティア。口元を引き攣らせながらもその続きを目で促すが、ルプスレギナはにこにこと無駄に良い笑顔を浮かべたまま喋る気配はない。

 

「……お、教えてくれないの?」

「いやぁ、私の口からは何とも。なんだったら、明日ベルっちの後でも尾けてみればいいじゃないっすか」

「いや、明日はボクバイトが……あ、そうだ」

「ん? なんかいい案浮かんだっすか?」

 

 なんだかその言い方だと明日なにもなければ尾行してたみたいに聞こえるものの、なんだか本当にそのつもりで言ってそうなので敢えてスルーしておく。

 

「いや、そっちは関係なくて…もし良ければなんだけど、明日少しボクに付き合ってもらえないかい?」

「はぁ…別にそれは良いっすけど。バイトはどうするんっすか?」

「ふふ、そのバイト先でちょっとね」

「…?」

 

 このままだと明日はソロでダンジョンに潜るか、『豊饒の女主人』で1日働かせてもらうかのどちらかになっていただろう。そんな時でのヘスティアの頼みであれば断る理由もなく頷き、疑問と共に詳細を聞こうとしたルプスレギナであったが、先程の意趣返しのつもりなのか現時点で詳細を語るつもりはないらしく、意味深に笑みを零されて終わった。

 

「ま、そうと決まれば明日も早いからね、()()()ちゃんと寝るんだよ?」

「うっ…は、はいっす」

 

 半目で見られて思わず肩が跳ね上がる。実は、昨晩はすぐに寝たりせずソロでダンジョンに潜っていたのだ。少しばかり熱中しすぎて帰る頃には既に朝日が顔を覗かせており、教会に入ろうとしたところで散歩のために外へ出てきたヘスティアと鉢合わせてしまい、バレてしまったのである。

 

 

「…あっ、そういえば…ベル君もまだシャワー浴びてるみたいだし、ついでにどうだい。【ステイタス】、いい加減に更新しないかい?」

「…あー…」

 

 僅かに気落ちして背中を丸めるルプスレギナは一目で反省していると分かって、それがなんだか可笑しくて思わずヘスティアは口元が緩んでしまう。そんな時にふと思いついたように声を上げると、最初に出会って『神の恩恵(ファルナ)』を与えてから()()1()()()()()()()()()【ステイタス】の更新を提案した。

 

「そっすね、お願いするっすよ」

「うん、任せて! じゃあ、悪いけど上を脱いで此処にうつ伏せに寝ておくれ」

 

 ルプスレギナもまた思い出したように顔を天井に向けると、逡巡は短くヘスティアに更新を頼んだ。笑顔で頷き、ベッドの縁からピョンと飛び降りるように立ったヘスティアは、やがてルプスレギナが指示通りメイド服を脱いでベッドにうつ伏せになったのを確認すると、ベルにしている時と同じようにルプスレギナの腰よりもややお尻よりの位置に跨って針を用意する。

 

「…ん、よし」

「…お、おぉー…背中が光ってるって、なんか不思議な感じっすねー…」

 

 最初は目を瞑ってリラックスしていたルプスレギナであったが、【ステイタス】の更新の最中、己の背中から浮かび上がった【神聖文字】が淡い光を宿しているために部屋が僅かに明るくなっていることに気付き、なんとも感慨深そうに呟いた。

 

「背中が光るよりももっと凄い魔法を沢山使えるくせに、何言ってんのさ。…っと、これでよし…、…ふむふむ…成程ねー…」

「ちょ、ヘスちゃんヘスちゃん! 終わったんならどいて、私にも結果を見せてほしいっすよ~」

「あはは、ごめんごめん」

 

 現在このオラリオで唯一ルプスレギナの特異性を知っているヘスティアは、なんとも複雑そうにぶつぶつと零しながらも更新を終えた彼女の背中に羊皮紙を重ねる。その羊皮紙に更新後の【ステイタス】が書き写されたところで、ヘスティアはルプスレギナの腰に跨ったまま羊皮紙を眺めてうんうんと頷いていた。

 下から聞こえた抗議の声に、苦笑しながらも再びベッドの縁に腰かける形になったヘスティアは、起き上がってメイド服を小慣れた手つきで着るルプスレギナに羊皮紙を差し出した。着替え終え、羊皮紙を受け取ったルプスレギナは「どれどれ」とそれに視線を落とす。

 

 

ルプスレギナ・ベータ

 

Lv.1

 

力:I0→I27

 

耐久:I0→I39

 

器用:I0→I13

 

敏捷:I0→I21

 

魔力:I0→H104

 

 

 

 『家事』のアビリティやスキルなどについては同じであった。

 さて、この数値の変化をどう受け取ればいいのか。ベルの成長速度とは比べるまでもなく遅いと言えるだろうが、当然ながらルプスレギナもヘスティアも彼とは比べてはいない。

 

「…どうなんっすか、これ」

「んー、ルプー君はもともと強いって話だし、ボクにもなんとも…そもそも、本来【ステイタス】の更新ってのはもっと頻繁に行うものなんだ。更新を先送り先送りってしてたから、余計に分かんないよ」

 

 自身よりも知識があるだろうヘスティアに聞いても、彼女の反応は優れない。そもそもヘスティアにしたって【ステイタス】の更新はベルとルプスレギナの2人にしかしたことないわけで、とある――明日会う予定の――神友のもとで過ごしていた時にも、見せてもらうことは出来なかった。

 

「…ちなみに、君自身はこの成長についてはどう思ってるんだい?」

「んあ? …そっすねぇ…ぶっちゃけ、ダンジョンで倒したモンスターでは大した…えーと、【経験値(エクセリア)】だったっすか? …は、あまり得られてないと思うんっすよね。苦戦も何も無かったっすし」

「ふむ…と、なると?」

「…ハムスケっすかね」

 

 本当はハムスケだけではなく、『豊饒の女主人』での()()も…というか、寧ろそちらの方がこの成長の大きな要因だろう。

 魔力に関しては魔法を使うだけ成長すると言っていたので、これからはもう少し頻繁に使用してみてもいいかもしれない。

 意外だったのは魔力の次に熟練度が成長している耐久なのだが。はてさて、確かにあの喧嘩の時に蹴りを食らったりはしていたが、それだけでここまで成長するだろうか。と、そこまで考え、脳裏に少し前の記憶が浮かび上がってくる。

 

 

……

 

 

“あれ…ナーちゃグボッ!!?”

“ナー…ナーちゃんッ! 骨、骨がミシミシって…!!”

 

 

……

 

 

 …一緒に買い物をした日にもタックルを食らったりはしていたが…いやぁ、まさかね。

 

 

『シャワー頂きましたー、部屋に入っても大丈夫ですかー?』

 

 シャワー室への扉のノックと、扉越しにくぐもった声が聞こえてきたのはそんな時だ。以前の失敗を活かし、きちんとノックをして返事を待つベルに2人は顔を見合わせて苦笑する。

 

「…まぁ、この話はここまででいいか。それよりも、明日はよろしく頼むよ」

「ういっす。了解っすよ」

 

 

 その後、此方の返事を聞いて部屋に入ってきたベルに対し、ヘスティアの尋問が再開することになる。しかし、その展開を予め予測していたベルは、またも逃げるように晩飯の準備を始め、そのまま有耶無耶にされてしまうのであった。

 

 

……

………

…………

 

 

「…ルプー君! ルプー君ってばー!!」

「…う~ん…むにゃむにゃ…あと5年…」

「待てるかー!!」

 

 

 翌朝、ルプスレギナはお約束の如く寝坊した。

 

 




 
 そんなわけで、ベルとルプーの【ステイタス】公開です。

 ベルの【ステイタス】が原作よりも若干上がってるのは、ベルが冒険者になったのが原作よりも少し早いからと、ルプー(回復役)の影響です。


 それよりも迷ったのがルプーの【ステイタス】…レベル1の最初期なら、誰だろうとある程度熟練度の伸びは良いみたいだけど…でも、ルプーさん既にユグドラシルレベル59やし…『神の恩恵』刻まれた時点で、実質レベル6相当の実力者やし…。
 で、考えた結果が上の数値です。

 敵の強さに左右されない『魔力』値だけがそれなりに伸びてますね。ほんと、主人公最強タグもだいぶ近付いてきたかな?←

 今後も、ルプーの【ステイタス】更新は間をあけてやってくことになると思います。


【「な~な~か~いそぉ!?」】
 原作の『ダンまち』では「ななぁかぁいそぉ~?」でした。
ぶっちゃけ初めはなんて言ってるのか、どう読めばいいのか分かんなくて少しだけ誤植を疑った←

【深夜のダンジョン探索】
 描写はないけど実は密かにやっていて、換金したお金のいくらかを【ヘスティア・ファミリア】の資産としてこっそり足していた。ルプー個人の所持金額は秘密。


※しにぽん様、誤字報告ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。