笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

22 / 31
 

  お ま た せ し ま し た o,,,,sz

いやー…夏の忙しさなめてた。もう完全に。
いや、実はまだ序の口で、これからギフト会社用の梨の箱詰めも始まるので、さらに忙しくなること請け合いですがね(白目

 そして、実はこの話も本当はまだ投稿すべきじゃないとは思ってた…だってまだ次話が出来てないんだもん!!(血涙


 まぁ、グダグダになりましたが…はい、どうぞお楽しみください…(笑




第19話『再会と驚愕』

 

 

「おぉーい!! ベル君! ルプー君!」

「えっ…?」

「ん~?」

 

 中央広場(セントラルパーク)を過ぎたあたりから急激に増えた人ごみを四苦八苦しながらも進んでいたルプスレギナとベルの耳に、聞き覚えのある幼い声が届く。

 

 2人共に声の聞こえてきた方角に視線を向け、やがて周囲の人々よりも頭1つか2つ分小さな女神の姿を見て目を丸くした。再会するにしても、こんな人ごみの中だとは思っていなかったのだ。

 

「神様!? ど、どうしてここに?」

「馬鹿なこと言うなよベル君。君たちに会いたかったからに決まってるじゃないか!」

 

 既に認識阻害の魔法は効果が切れてしまっており、この人ごみの中ならば掛けても掛けなくても同じだろうという考えのもと掛け直さなかったのは正解だったようだ。

 

 大きな胸を張り、堂々と宣うヘスティアであったが、ベルが聞きたい答えとはややずれている。自分達よりも遥かに長い時を生きているとは思えない幼い性格に小さく苦笑しつつも、ルプスレギナはベルに助け舟を出すことに。

 

「ヘスちゃん偉くご機嫌っすね。んまぁー数日振りにベルっちの顔見れて嬉しいのは分かるっすけど、それだけでもなさそうだし…なんかあったんすか?」

「おいおい、ベル君だけじゃなく、ルプー君の顔を見れたのも凄い嬉しいぜ? まぁでも確かに、他にも理由はあるんだよねー」

「へ、へぇ…何があったんですか?」

「ぬふふ…それはねぇ…」

 

 屈託のない笑みを此方にも向けてくれるヘスティアに此方も柔らかな笑みで答える――通り過ぎた人々が皆その笑みでフラフラした足取りになった事には気付かない――。ふと、ヘスティアが何かを包んだ風呂敷のような物を斜め掛けにしていることに気付いたルプスレギナとベルは揃って顔を見合わせ、ヘスティアもまた手を後ろに回してごそごそとその風呂敷を解こうとする。

 

 ――と、ここでその動きがピタリと止まる。

 

 周囲を見渡し、何かを考えているかのような動作を見せた後、ルプスレギナはヘスティアと視線がぶつかった。

 何かを言いたいが、しかし悩むその素振りにハッと顔を上げる。

 

 …風呂敷の中が何なのかは非常に気になるが、それよりも優先すべきことを見つけた気がした。

 

 

「…あっ、いっけね。こうしてる場合じゃないっす。シルちゃんにお財布届けてあげないとー」

「えっ? あ、そ、そうでしたね」

「うん? なんだい、何か用事でもあったのかい?」

 

 …『いっけね』って実際に口した人初めて見た、などと困惑しつつもルプスレギナの言葉に頷いたベルと、首を傾げるヘスティア。

 よし、いけるとルプスレギナは非常に自然な動きでベルの手元からシルの財布をひったくる。

 

「よし、ここは私が匂いを追いかけようそうしよう。私は一足先に行ってるっすから、ベルっちはヘスちゃんと2()()()()()()()追いかけてきていいっすよ」

「えっ? で、ですけど…」

「ほらほら、ヘスちゃんも久々にベルっちに会えて色々と話したいこともあるだろうし、ねぇっ!?」

「う…うん」

 

 何ともわざとらしい言動だが、この女神様と少年は完全にルプスレギナの勢いに呑まれている。有無を言わせず2人で行動させることに成功したルプスレギナはさっさと背を向け歩き出す。

 

 呆然とそれを見送る2人に――否、正確にはヘスティアに振り返ると、ベルに見えぬようウインクを1つ。

 

「(ルプー君…ありがとう!)」

 

 その行動で漸く気を使ってくれたことに気付いたヘスティアは、頬を綻ばせると未だに少し呆けた様子のベルに向き直り。

 

「ベル君っ! ルプー君もああ言ってたことだし、ここは2人でゆっくりと…そう、デートだ! デートしようぜっ!」

「えっ……えぇっ!? そ、そそ、そんなデートだなんてっ!?」

「問答無用っ! さぁ、フィリア祭、楽しむぞ~!」

 

 現状を理解し、そしてヘスティアの言葉を理解したベルが真っ赤になったのを、ヘスティアは可笑しそうに、そして嬉しそうに笑った。手を繋いで指を絡めると一層ベルはがちがちに緊張し、そんな彼を引っ張る形で2人の姿もまた、人ごみの中へと消えていくのであった。

 

 

 建物の屋上からそんな3人――そして2人を見ていたローブ姿の怪しい人影に、誰も気づくことはなかった。

 

 

……

 

 

「う~ん…2人の前でああは言ったものの…」

 

 財布を懐の中に入れ、闘技場へと向かいながらもルプスレギナは困ったように呟いた。

 

「(匂い…流石に分かんないなぁ…)」

 

 人狼(ワーウルフ)であるが故に発達した嗅覚を手に入れたとはいえ、こうも沢山の人ごみ、こうも沢山の匂いの中からシルのものと思わしき其れを嗅ぎ分けることは流石にできなかった。

 

 生憎と探知系魔法にしたって、《千里眼(クレアボヤンス)》こそ持っているものの《物体発見(ロケート・オブジェクト)》などは持っていないので結局のところ虱潰しに探すしかない。

 

 

 まぁ、やるだけやってみようとスンと鼻を鳴らし…そう遠くない場所にある1つの屋台に勝手に足が進んでいく。

 

 

 

 数分後、紙コップに入った『カリカリ揚げポテト』なる物を明るい笑顔で食べるメイドの姿がそこにはあった。

 

 

……

 

 

   ――闘技場・地下。

 

 ローブですっぽりと全身を隠していたその人物は、檻の中から己に威嚇する異形の存在全てに見せるかのようにそのローブを脱いだ。

 完璧なプロポーションに、雪のように白く、傷一つない柔肌、輝かしい銀の髪と瞳を僅かに揺らして周囲に視線を向けると、もはや威嚇し吼えるモンスターは一匹たりとて存在しなくなる。

 

 可視化出来るほどに濃い色香がその空間を完全に掌握し、当然ながらこの空間に存在していた【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちは皆腰を抜かして動けなくなっている。

 

 そんな彼らにクスリと笑みを零し、『ごめんなさいね?』と心にもない謝罪の言葉を口にした美の女神・フレイヤは、やがて吟味するように檻の中に居るモンスターを見据え…一つの檻の前で立ち止まった。

 

「…貴方が良いわ」

 

 ただでさえ薄暗い地下空間。檻の中はさらに暗いが、真っ白な体毛を持つ巨大な野猿のモンスター『シルバーバック』の姿はやけに鮮明に映し出されていた。血走り、見開かれた眼光がフレイヤの視線と交差し、獰猛に荒い鼻息を吐き出すシルバーバックであったが、フレイヤは何の躊躇いもなく――先ほど【ガネーシャ・ファミリア】の団員から貰った――鍵を使って檻を開ける。

 

「出てきなさい」

 

 普通であれば危険極まりない行動。しかし眼前のモンスターはフレイヤを襲うどころか、まるで彼女に忠誠でも誓ったかの如く大人しく出てきて、目の前で立ち止まる。華奢な女の体など容易に押しつぶせそうな剛腕を振るう気配は、微塵もない。

 

 “あの子”を成長させる為、()()()()()をかけたくなった…気紛れ以外の何でもないその行為により自由を得たシルバーバックは、眼前の女神の命令(オーダー)を待つ。

 

「―――“小さな女神(わたし)”を追いかけて?」

 

 愛を囁くように、耳元でそう告げるや否や、シルバーバックは咆哮と共に床を蹴る。その後姿を見送って、フレイヤは顎に手を置き思案する。

 

 あのシルバーバックには、是が非でも“あの子”と出会い、戦ってもらう必要がある。しかしそれにはあまりにも多くの障害があった。言うまでもなく、『怪物祭(モンスターフィリア)』を見に来ている多くの冒険者だ。

 

 特になんとかせねばならないのは、ロキが連れてきたアイズ・ヴァレンシュタインと……“彼女”だ。

 

 幸いにも、“彼女”は今“あの子たち”とは別行動をしている。合流させずに足止めをするには、ここにいるすべてのモンスターを開け放っても……とそこでフレイヤは気が付いた。とある檻の前に居る、2人の冒険者の存在に。

 

 明らかに運搬班ではなく、この檻の警備係…一体何が檻の中に? そうして中を覗き込み、フレイヤは僅かに瞠目した後蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

「あら…あらあら…これは、素敵ね。貴方は、“彼女”にとてもよく似てる」

 

 檻の中にいた異形は、今まで見たことも聞いたこともない存在だった。そして、この()()()()()()を見抜いたフレイヤは、迷わずその檻を開け放った。

 

 その拘束を外し、一歩下がるとズンズンと僅かに地面が揺れ、のそりと異形の存在が檻から出てくる。そしてそんな異形に対し、彼女は()()()()()『魅了』した。そうした方がきっと面白くなると、己が告げる勘に従って。

 

 

「―――さぁ、貴方には“太陽の美”を追ってもらうわ」

 

 

……

 

 

 闘技場が近付くに連れ、中から聞こえてくる歓声が大きくなる。流石に一本道でなくなった分人ごみも多少は解消され、そうなるとまた無駄に視線を集めてしまうので認識阻害魔法を使おうかと悩んだ矢先に目に入った屋台で、彼女は“其れ”を買った。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の特徴ともいえる、像頭のお面。その名も『アイアム・ガネーシャ』マスク…何の捻りもありゃしない。まぁともかく、ルプスレギナは70ヴァリスという無駄に高いそのお面を買い、顔を隠しているのだが…

 

「…あんま意味ないっすね」

 

 お面を買ってからすれ違った神に勧誘されそうになったのはこれで3回目。無論軽くあしらってはいるのだが、これではゆっくりシルを探すことも出来やしない。

 

 顔を隠すとかそれ以前にこの特徴的すぎるメイド服と聖杖を何とかすべきなんだろうが…隠すとかしたくないというのが本音なわけで、やはり認識阻害魔法に頼ろうかと人ごみから離れようとした、その時――己の優れた聴覚が、此方に向かって走ってくる足音を捉えた。

 

「おーーい!!! ル、プ、ス、たぁぁぁぁぁん!!!」

「おぉっ?」

 

 また暇な神様の勧誘だろうかと無視を決め込んでいたがために、その足音の正体…ロキはあっさりとルプスレギナの背後から抱き着き、彼女の胸を掴んだ。

 

 だが、生憎と揉むに至るまでは叶わない。

 

 即座にロキの右手首を掴んだルプスレギナは右足を軸に反転、ロキに向き直りつつ冒険者用のポーチからペンを取り出すと、彼女の人差し指と中指の間にペンを挟ませて…思い切り押さえつける。

 

「わー、ロキ様、お久しぶりっすー」

「イダダダダダダダダァぁぁぁ!!? アカン! ルプスたんこれはアカン!! 関節が、関節がゴリゴリいっとる!!」

 

「……」

 

 ググッ…とやり過ぎぬ程度に力を込めながらも振り返るルプスレギナはガネーシャのお面を外し、代わりに笑顔の仮面を張り付ける。対し悲痛だけども誰の同情も買えないロキ。突然走り出したロキの後を追って来たアイズは、2人の事を見て瞬時にロキの自業自得を悟ったので、冷めた目でロキを見ているだけだった。

 

 

「…まぁ、茶番はさておき…いやはや、数日振りっすね」

「茶番てヒドない?」

「…自業自得かと」

 

 ペンをしまい、先ほどまでのやり取りを軽く流してルプスレギナはからからと笑った。未だに痛む右手を軽く振るロキは涙目になりながらも恨めし気にルプスレギナを見るが、アイズはあっさりルプスレギナの側に。

 

 ひどい! とアイズに抱き着こうとしたロキは、頭に大きなたんこぶまで作ることになった。

 

 

「…で、お2人はなんで此処に…あー、いや、まぁなんとなくは分かるっすけど…」

「デートや!」

「違います」

「まぁ違うっすよね」

 

「……2人とも? 一応うち神やねんけど? その神もう泣きそうなんやけど?」

 

 かわええ子大好きー、なロキからすれば、絶世の美女2人に挟まれているという願ってもない時の筈なのに、心が弾みそうになるたびに呆気なく落とされるというなんとも憐れな状態に。

 

 まぁしかし、此処で会えたのも何かの縁だ、それとなくフレイヤに関する警告をしようとロキが口を開いた、その時――3人の表情が一気に引き締まったものとなる。

 

 

「…なんや? この空気」

 

 ロキの呟きに、2人は何も答えない。初めは些細な違和感であったが、次第に其れは鮮明なものとなる。あたりの空気が張り詰めている。それに、先ほどからちらほらと見受けられたギルドの職員たちが皆忙しなく走り回っているのだ。

 

 3人は顔を合わせて頷き合い、此処から一番近い闘技場の正門前へと向かう。

 案の定そこには少数のギルド職員がおり、ルプスレギナはその中にブラウンと桃色の見知った髪色をした2人を見つけると早足にそちらへと向かう。

 

「エイちゃん、ミィちゃん、どうかしたんっすか?」

 

「えっ…ルプスレギナさんに…アッ、アイズ・ヴァレンシュタイン…!?」

 

 振り返ったブラウンヘアーのハーフエルフ、エイナは此方を見て、更に後方からくるアイズに驚いたように目を丸くするが、小さな咳払いと共に『失礼しました』と気持ちを落ち着かせ、ロキも含めた3人に状況を説明する。

 

 

 どうやら、このフィリア祭の為に捕獲されていたモンスターの一部が逃げ出し、外に出てきてしまったらしい。まだ東区から出ることは無いようだが、【ガネーシャ・ファミリア】は面子よりも民衆の安全を優先し、早急に事態を解決すべく他のファミリアに連携を要請しているらしい。

 

「モンスターを鎮圧するにはまだ人手が足りません。どうかお力を貸していただけないでしょうか!」

 

 エイナの言葉に、アイズは背後のロキに目を向ける。厄介ごとと、そして脳裏に浮かんだ銀髪の女神にぽりぽりと頭を掻いたロキであったが、やがていつもの笑みをアイズへと向けて。

 

「ええよ。この際やからガネーシャの奴に貸し作っとこうか」

 

 それを聞き頷くアイズにほっと安堵をしたエイナは、続いてルプスレギナへと視線を向ける。その顔は非常に気まずそうな者。なにか言いたいけれど、果たして言ってもいいものなのか、酷く悩んでいるようで。

 

「……どうかしたんっすか?」

 

 そんなエイナの様子に言い得ぬ不安を感じたルプスレギナは、思わず一歩詰め寄りエイナに顔を近付ける。

 そして、エイナはルプスレギナに告げた。

 

「…実は、さっきまでベル君と、それから神ヘスティアも此処に居て…」

「……!」

 

「っ…ルプスレギナさん!」

「ルプスレギナさん待って!」

 

 それで十分だった。ルプスレギナは踵を返し、急いでその場から離れていく。慌てたミィシャとエイナの声も無視をして、あっという間に人ごみの中へと消えてしまった。

 

 グッ、と拳を作り、エイナは己の失敗に歯噛みする。いくら治癒魔法が使えるとはいえ彼女は未だレベル1。もしもベルとヘスティアを探すために無茶をして大怪我でもしたら…自責の念に駆られるエイナに、アイズは一歩近づいて。

 

「…大丈夫、だと思います」

「…え?」

「その…ルプス、さん…なら大丈夫です」

「せやね、どうせ強くても中層あたりのモンスターしかおらへんのやろ? なら、ルプスたんがやられるとは思えへんわ」

 

 アイズとロキ、この2人の太鼓判に――そもそも、ルプスレギナがこの2人と関わりを持っていたこと自体にも――驚き顔を上げたエイナ。2人の顔を見る限り嘘では無さそうだ。それでも勿論すべての不安が消えたわけではないが、多少はマシになる。

 

 真剣な面持ちに切り替えたエイナに、アイズは微かに、ロキはにっと笑って、この2人もその場を離れていくのであった。

 

 

……

………

…………

 

 

「――…これで…3匹目ぇっ!!」

『ブゴァァァァッ!!?』

 

 アイズたちと別れたのち、ルプスレギナは人々の悲鳴を頼りにモンスターがいる場所に辺りを付け、討伐していた。

 どれもこれも上層から中層に掛けて出没する弱いモンスターばかりであり、ギルド職員や冒険者の働きもあって怪我人は少ないものの…

 

「っとと、大丈夫っすか? 《中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)》」

「ぁ…傷が…あ、ありがとうございますっ!」

 

 と、まぁこんな感じで決してゼロではなく、怪我人を見かける度に治癒魔法を使って癒していた。礼を言い頭を下げるヒューマンの女性にひらひらと片手を振って応え、ルプスレギナは路地裏へと向かう。

 

 周囲の誰もいないことを確認し、ふぅと一息吐いて。

 

「《完全不可視化》、《飛行(フライ)》…で、《千里眼(クレアボヤンス)》…ベルっち、ヘスちゃん、どこにいるんっすか、もう…」

 

 足が地面から離れ、徐々に上昇しつつもこの場には居ない2人の人物を思い浮かべる。そして少し遅れてシルの事も思い浮かべ、この3人が無事に逃げ出せたことを祈るが。

 

 

「!! あれは…」

 

 そんな時だ、周囲を見渡していた時にちらと闘技場の方にも視線を向け、彼女の視界が何かを捉える。どう見てもモンスターだ、蛇…ではない、一瞬ヒュドラか何かかと思ったが、どうやら花らしい。

 

 そして、花開き剥き出しになった牙がとある人物を捉えている。その人物は誰だ…僅かに目を細め

 

 

 1人のエルフの少女が、浮かび上がった

 

 

「レフィーちゃん…!!」

 

 ゴウッ、と音を立てて彼女は闘技場へと戻っていく。あの時、周囲にはティオネとティオナ、そして自分と変わらない…いや、自分を上回る速度であの場所へと向かうアイズの姿も見えていたので、恐らくレフィーヤは助かるだろう…が、それは所詮希望的観測に過ぎない。

 

 ベルとヘスティア、そしてシルに、見つけるのを後回しにしてしまうことを頭の中で謝罪をしつつ、彼女はものの数分でその場所へとやって来た。

 

 

 

 

「げげっ、増えてるっす…」

 

 闘技場近くのメインストリートのど真ん中で行われている大立ち回りの真上までやって来た時、丁度アイズが地中から現れた食人花のモンスター3匹に囲まれたところであった。

 

 レフィーヤは…未だに地面に倒れている。彼女を食らおうとしていたと思わしき食人花は、既にアイズによって切り伏せらていたが、レフィーヤは絶望的な表情でアイズの方を見ていた。立ち上がろうと試みているようだが、その度にわき腹を抑え蹲っている。どうやら相当重い一撃を食らったようだ。

 

 そして、事態はさらに悪いものとなった。アイズが手にしていた剣が壊れてしまったのだ。

 

「うおぉ、ありゃあ流石にマズイ……おぉ、凄いっすね…」

 

 当初ルプスレギナは、余程の事態にでもならない限りこの戦闘に関与する気はなかった。この非常事態にそんなこと言ってる場合ではないだろうが、あのモンスターは彼女たちの獲物だからである。

 

 あれが植物系のモンスターなら、自分の《吹き上がる炎(ブロウアップフレイム)》一発で片は付く。しかし…何故だろう、それでは駄目だと思ったのだ。

 

 しかし、ここまで来たら流石に悠長に眺めている場合ではないか…思わず降下しそうになるも、迫る3匹のモンスターによる攻撃を跳躍して回避したその敏捷さにピタリと動きを止め、素直に感心してしまう。

 

 しかし…

 

「ちょ、ちょっと! なんでアイツこっちには見向きもしないのよー!?」

 

 そうだ、それだ。ティオナが叫んだものと同じ疑問をルプスレギナは抱いた。何故かあの食人花のモンスターはアイズばかりを追っている。近くにいるティオナやティオネ、そして身動きの取れないレフィーヤの事も無視をしているのだ。

 

 そして、その疑問の答えをティオネが叫んだ。

 

「――魔法よ! 魔法に反応してるわ!! アイズ、魔法を解いて!!」

 

 成程、納得した。しかし、恐らく正確には魔法ではないだろう。なんせ魔法なら自分も今まさに発動しているからである。

 

 ならば、答えは1つ――()()()()()()に反応しているのだろう。

 

 それであれば、手はある。直接この戦闘に関わらず、しかし彼女たちに支援をし、勝利に導く方法が。

 

 

 ルプスレギナは、己の指に嵌まっている指輪の1つを外した。

 

 ――魔力探知阻害の指輪を。そして、詠唱する。

 

 《集団標的(マス・ターゲティング)》、《大治癒(ヒール)》、《上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)》、《魔法詠唱者の祝福(ブレスオブマジックキャスター)

 

 

 この世界では非常に強力な補助魔法、治癒魔法、強化魔法を自分含めた全員に――最後はレフィーヤだけに――掛ける。

 

「っ…何!?」

「体が…回復してる…?」

 

 まぁ、なんの前触れもないのだから当然ティオナ達は驚いているが、早いところ気を取り直してもらうとしよう、なんせ…

 

「来たっすね…」

 

 アイズに迫っていた3匹の食人花が、【エアリアル】より幾分も強力な魔力に反応し一斉に此方を向いた。ギリギリでそのモンスターたちの射程範囲内まで降下したルプスレギナに迫る食人花たちは、やはりアイズたちが苦戦するだけあって素早く複雑な動きをするので油断が出来ない。

 

「(早く!! 早く何とかしてー!!)」

 

 あくまでもサポートに徹するために反撃が出来ず、避けるしかない。

 これまで何度も言ってきたように、中身がズブの素人である彼女としては気が気じゃないのだ。

 

 

 

 

「…ど、どうなってんの?」

「さぁ…」

「…?」

 

 一方、ティオナ達はルプスレギナ(鈴木実)の思いも空しく現状の把握に時間を取られてしまった。まぁそれも無理はあるまい、急に自分たちの身体が光り出したと思えば傷が治り、体が軽くなり、モンスターは()()()()()()を攻撃し出したのだから。

 

 …いや、()()()()()()ではない。あの場所からは、とてつもない魔力を感じる。基本魔法とは無縁のティオナやティオネでさえ可視化出来るほどの濃密な魔力。あのモンスターがその場所に夢中になるのも、頷ける。

 

 

「…アイズさん! ティオナさん! ティオネさん!」

「えっ…レフィーヤ!?」

「ちょっと、傷は…って、もしかして…」

「…大丈夫?」

 

 ふと、後方より聞こえてきた声に3人が慌てて振り返ると、先ほどまでハーフエルフのギルド職員の肩を借りていたレフィーヤが此方に声を張り上げていた。あんな大声出せぬほどの怪我だったはずなのに…とそこまで考え、彼女もまた謎の治癒を受けたのだと理解する。

 

「はい! 今から魔法を使いますので、援護をお願いします!」

 

 口端に着いた血を拭い、レフィーヤは力強い眼で3人を見据える。

 ――いけると、今ならそう感じるのだ。よくは分からないが、まるで何かの祝福でも受けているかのように、魔力が漲るのだ。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

 言うが早いか、レフィーヤは詠唱を開始する。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと(きた)れ】」

 

 ティオナ達もまた、互いに顔を見合わせてレフィーヤを護る為の陣形を取る。

 

「【繋ぐ絆、楽宴(らくえん)の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 食人花のモンスターは、未だにレフィーヤに気付かない。それほどまでに、あのモンスターを引き付けている魔力は濃く、魅力的なのだ。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 それでも、ティオナ達は決して油断はしない。あの植物型のモンスターが、また先ほどやられたように地面から突然レフィーヤを奇襲する可能性だってあるのだから。

 

「【どうか―――力を貸し与えてほしい】」

 

「【エルフ・リング】」

 

 やがて、レフィーヤの魔法が()()1()()完成する。

 

 魔法名が紡がれ、彼女の足元に出現していた山吹色の魔法円(マジックサークル)が翡翠色に変化を遂げた。

 

 

「(よし終わった!!)」

 

 それを視界の端に捉え、グッとルプスレギナは握り拳を作った。依然として姿を消したまま避けることにだけ徹している彼女――実はこっそり《加速(ヘイスト)》を使っている――は知らなかった。実はこれで終わりじゃないのだ。

 

 

「【―――終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

「(ほあっ!? まだ終わりじゃないの…危ねっ!?)」

 

 再び紡がれた詠唱に、ルプスレギナは一瞬緩みかけた危機意識を再び戻す。

 

 彼女と同じ、エルフの魔法限定で詠唱及び魔法効果を完全把握したものを己の魔法として行使することの出来る、『ユグドラシル』にも存在しなかったであろう前代未聞の反則技(レアマジック)と呼ばれる【エルフ・リング】。

 

 【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の名で呼ばれている以上その魔法を知る者は【ロキ・ファミリア】にも少なかれ存在する中で、当然ながらルプスレギナはそれを知らなかった。

 

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 因みに、今レフィーヤが唱えているのは彼女たちと同じ【ファミリア】に所属する副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法である。

 

 必然的にルプスレギナはレフィーヤとリヴェリア、2人の魔法に関する情報を得ることになるのだが、ルプスレギナはその重要性をあまり分かっていない。

 

「っ、こっち来た!」

「油断しちゃだめよ!」

「…うん!」

 

 やがて、ルプスレギナの唱えたそれと同等か、下手したらそれ以上に練り込まれた魔力に反応し、食人花のモンスター3匹のうち2匹がレフィーヤへと向き直る。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――】」

 

「はい無駄ーっと!」

「その口…閉じてろォッ!!」

 

 翡翠色の魔法円が眩く輝き、徐々に拡大するとともにその魔力を高めていく。

 咆哮を上げ迫る2匹の食人花はしかし、()()()()()()の支援により身体能力の向上したティオナとティオネにあっさりと組み敷かれ、地面へと縫い付けられる。

 

 そして、レフィーヤのすぐ傍らに待機するアイズは彼女を狙って地面から飛び出した触手を折れた剣の柄や蹴りによって払っていく。

 

「【―――我が名はアールヴ】!!」

 

 そして最後まで詠唱を終えた時、ついに3匹目の食人花までもがレフィーヤの方に振り返り、迫った。

 

 だが、このタイミングでのその行動は悪手でしかなく、レフィーヤたちにとっては願ってもないチャンスであった。

 ティオナ達が安全圏まで離脱したのを確認し、レフィーヤは魔法名を高々と叫ぶ。

 

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!!」

 

 

 食人花を襲ったのは極寒の吹雪であった。それはまさに動きのみならず、命の時までもを完全に凍り付かせる慈悲なき雪波。

 ティオネとティオナ、2人のアマゾネスによる拳を受けても平然としていられるほどに頑強な食人花は、その体皮も、鋭い牙を剥き出しにした花弁も、断末魔の悲鳴でさえも霜と氷に覆われ、完全にその動きを止めるのであった。

 

 

 

 

「うぉっとと…こりゃあ凄いっすね…」

 

 レフィーヤの――正確にはリヴェリアの――魔法の威力と効果範囲を知らなかったルプスレギナは、急激に迫ってきた白銀に慌てて上昇し、なんとか氷の彫像になることを回避していた。僅かに霜の付いたスカートを軽く払い、その魔法の威力に感嘆の声を上げる、が

 

 

「まぁ、コキュートス様の方が凄いっすけどね!」

 

 何故かドヤ顔でそう宣うのであった。

 

 

 その後は、散々辛酸を舐めさせられていたティオネとティオナの一糸乱れぬ回し蹴りによって、食人花は粉々に砕け散る。指輪を装備し直したルプスレギナは、これで一安心と額を拭う。

 

「……ん?」

 

 ふと、レフィーヤたちと勝利を祝っていたティオネ姉妹が、此方に向かって指を差していることに気付く。慌てて《完全不可視化》が切れていないかを確認したルプスレギナであったが、ちゃんと効果は続いているし、いくら彼女達でもこの距離から自分に気付けるとは思っていない。

 

 

 この時、ルプスレギナは失念していたのだ。自分が先ほどまで空気を振動させるほどの魔力を垂れ流していたこと。不可視化もそうだが、宙を自由に飛ぶという魔法がほぼ存在しないこと。そしてなにより…《集団標的》の効果によるヘイトの上昇を。

 

 

 で、今ルプスレギナは呑気にティオナ達の行動を見守っていた。

 

 

 ――ん? なんか2人で話し合ってるけど、妙に厳しい顔だな。 

 

 ――あれ、ティオナちゃんってばどこ行くの?

 

 ――おぉ、流石Lv.5の冒険者…魔石灯引っこ抜いちゃったよ。

 

 ――…あれは、槍投げの体勢? なんで? あぁ、清浄投擲槍ティオナver.的な?

 

 ――…おー…こっちに投げ………

 

 

 

 

 

 

 

 

    「………へっ?」

 

 

 

 ガツゥン!! という音が響く。残念ながら直後の「あ~~れ~~…」という間抜けな声は、ティオナ達の耳には届かなかった。

 

 

 

「…あれ、やっぱりなんか居たみたい」

「えぇ、そうみたいね。なーんか、()()()()()って感じがしたからね」

 

 空中に居た見えない何かにぶつかったのだろう、急に軌道を変え落下する魔石灯――何か硬いモノにぶつかったかのように拉げてる――を見て、ヒリュテ姉妹はコクコクと頷いた。

 

 何かいた気がしたから、取り敢えず死なない程度にその辺のものを投げてみる…あまりにも短絡的な思考。

 そして、その一部始終を見ていたレフィーヤが、なんとも気まずそうに意見をした。

 

「あ、あのぉ…も、もしかしたら、なんですけど……その、見えない方が、私たちに治癒魔法を使ってくれたんじゃ…」

「「え…?」」

 

 あくまでも意見の一つ。そしてアマゾネスの姉妹は、僅かに顔色を悪くしつつも、まだ『まさかぁ…』と否定しようとする。

 ロキから剣を受け取り、戻ってきたアイズはそれにトドメを刺した。

 

「…治癒魔法と姿を消す魔法になら、覚えがある…」

 

「「「え? ……あっ…」」」

 

 夕暮れ時の空に、サムズアップするメイドの姿が浮かび上がった。

 

 

……

 

 

    ―――ダイダロス通り

 

 そこは東と南東のメインストリートに挟まれる区画にある広域住宅街。

 都市の貧困層が住む複雑怪奇な領域は、一度迷い込んだら最期、二度と出て来られないとまで言われている。

 

 

 そんな、オラリオに存在するもう1つのダンジョンとも呼ばれるダイダロス通りの丁度入り口付近に、上空より『ぁ~~~~~……』という声が木霊してくる。徐々に声が大きく鮮明に聞こえてきたならば、誰かが落下してきている最中なのだと分かるだろう。

 

 そして、そんな絶賛落下中の人物の予測落下地点はゴミ捨て場。それは、普通に考えればクッション代わりになって怪我をしなくて済むかもしれないから幸運だと思うところなんだろうが…生憎、落下する彼女にとっては死んでも御免だった。

 

「おぉぉ《飛行》!!」

 

 ぐわんぐわんと揺れる視界を何とか調節し、既に切れている2つの魔法の片方をもう一度使うべく精神を集中して詠唱する。間一髪、顔から生ゴミにダイブする寸でのところで彼女は落下を止めた。

 

 ――が

 

 

「うわぁ臭っ!? めっちゃ臭いっす…!!」

 

 生ゴミが目の前にあるという状況は、人狼(ワーウルフ)の彼女には厳しすぎる。悲鳴を上げて素早く身を起こし、鼻をつまみながらも後退した。

 

「うぅぅ…ヒデー目にあったっす…私だって気付かなかったってのは分かるっすし、気付かれないよう姿隠してた私にも責任あるのは分かるっすけど…」

 

 必死に鼻に残る臭いを払いつつ、もう片方の手では己の額――正確には、帽子を擦っていた。

 

 あの時、ティオナが投げてきた魔石灯はまっすぐ顔面に向かって迫ってきた。かなり慌てたルプスレギナであったが、彼女はそれを咄嗟に帽子(頭装備)でガードしたのである。

 

 元々がアダマンタイトよりも硬い金属が素材の彼女の装備。いくら強化魔法を掛けられたティオナが投げたとはいえ、魔石灯ごときでは傷一つ付けられない。とはいえ衝撃そのものまで消せるわけでもなし、目の焦点を合わせるのにはまだ苦労している。

 

 

 嗅覚と、視覚、その2つが軽く、一時的に使えなくなっているこの状況下で“其れ”に気付くことが出来たのは、彼女の聴覚もまた、人より優れているからだろう。

 

 

 ―――ヒュッ…!!!

 

 

「!!!」

 

 空気がしなるような音が耳に届き、ルプスレギナは瞬時に聖杖を盾のように構えた。真正面から迫る“其れ”と聖杖がぶつかり合い、金属が軋むような音が周囲に響き渡る。それを受け、ダイダロス通りの人々は窓を閉めたりどこかに避難していく中、勢いを殺し切れず多少後ろに下がりながらも防御しきる。

 

「…これは…」

 

 聖杖とぶつかったのは、蛇のような鱗に覆われた異常に長い尻尾だった。そしてその尻尾とこの状況に、彼女は猛烈な既視感を覚える。

 

 するすると下がっていく尻尾の後を目で追いかけ――そして、見つけた。

 

 

 

「――……は…?」

 

 口から洩れた声は、もしかすると眼前に迫る魔石灯を見たときに洩らしたものよりも間抜けだったかもしれない。

 

 

「……な…んで…」

 

 思わず聖杖を握る手が脱力しそうになるのを何とか耐えながらも視線を“其れ”から外すことは出来ない。

 

 

 

 

「な…んで……なんで、お前が此処に…ッ!?」

 

 ルプスレギナは叫ぶ。のそりと一歩進み出たモンスターを、驚愕の表情を浮かべたまま見つめる。

 

 

 そのモンスターは、白銀の体毛に包まれていた。

 そのモンスターの体には、奇怪な文字のようなものが浮かび上がっていた。

 そのモンスターは、まるで馬のような巨躯を誇っていた。

 

 

 

 

 ―――そして

 

 

 

 

「――ほう…ほへはひのひょへひをはんへんにふへふほは…ひほほへほはふ」

 

 

 

 

 ―――そのモンスターは、猿轡をしたままだった。

 

 




 
魔法の詠唱とか間違いがないか確認しながら打つの大変ですね。

【アイアム・ガネーシャマスク】
趣味の悪さは『嫉妬する者たちのマスク』とタメを張るというある意味すごいマスク。着けている人が多いという点も一緒(ゲス顔


【指に鉛筆挟ませて】
押さえつけては牛耳った 幼稚園(女だてらにめっちゃ渋い声で


【ルプスレギナ撃墜】
ルプーは他人を弄るけど、ちゃんとその分自分にも返ってくるのがいいと思うの(ぇ



【白銀のモンスター】
…一体何スケなんだ…←




……やっと言えた…

※16/08/24
zzzz様、トックメイ様、誤字報告ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。