笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか? 作:ジェイソン@何某
お待たせしました。どうぞお楽しみいただけると幸いですosz
―――ダンジョン2階層―――
「ルプーさん! 一匹そちらに行きました!」
「ほいほいっと」
薄青色の壁に囲まれた薄暗い通路に響く激しい戦闘音とモンスターの悲鳴。本日めでたくパーティーとしての活動を開始した2人は今、6匹のコボルトを相手にほぼ一方的な戦いを繰り広げていた。
そのコボルトの内4匹は前衛であるベルが受け持ち、一匹一匹の立ち位置、行動を正確に観察し攻撃を捌き、時に避けながらも確実に仕留めていく。残りの2匹はルプスレギナの担当になったが、戦闘開始早々に
故に本来ならばベルに加勢するところだろうが、ベルの動きを見て加勢の必要はないだろうと判断し、こうして少し離れているところで見ていたわけだ。
ついにベルが受け持っていたコボルトの1匹が致命傷を受け倒れると、焦ったのか残りの3匹の内1匹がルプスレギナへと標的を変えるという無謀な行動に出た。
ベルの警告に軽い返事でかえし、やはりそのコボルトは軽い攻撃一発で消滅する。
残り2匹ともなればもはやベルの相手ではなく、それらも横薙ぎに振るったナイフによって首を切り裂かれ、地に伏すのであった。
「…いやー、お疲れっすよベルっち。流石っすね」
「いえ、ルプーさんこそやっぱり凄いです!」
このやり取り、実はこの2階層にたどり着くまでに行った戦闘を終える度に似たようなことを繰り返している。
しかし実際のところ、ベル自身も自分の成長には驚いていた。なんせ少し前までは同じようにコボルト6匹に襲われた際は真正面からぶつからずに逃げ、搦め手で勝利したのだ。
今回はそのうち2匹――実質3匹をルプスレギナに倒してもらったとはいえ、真正面からぶつかってついぞ大きな怪我なく勝てた。
コボルトの動きも、数日前までと比べると格段に遅くも感じていた。これはきっとコボルトが遅くなったのではなく、ベル自身の動体視力が向上したのだろう。
…確実に成長している。グッと拳を作り嬉しそうに頬を緩ませたベルであったが、それでもまだ彼の憧れの足元にも及んでいない。そして…自分はきっとルプスレギナと比べてもまだまだ弱いのだろうと、再認識した。
彼女と初めて出会った時の衝撃は、今もベルの脳裏に鮮明に焼き付いている。今は背中に背負ったままの聖杖…あれを雑に振っただけでコボルトはミンチになり、魔石も砕けていた。あんなの、レベル1や2の冒険者に出来ることじゃない。
…強くならないと。決して命を投げ捨てるような無茶はせず、出来る範囲で、しかし努力は惜しまずに。
憧れのあの人と、頼りになるこの人と、悲しませたくないあの方と、それぞれの顔を思い浮かべて、ベルの表情は引き締まった。
「…良い顔っすね。私、その顔好きっすよ」
「え、えぇっ!? す、すす、好きって、そんなこと急に言われても…っ!」
今一度覚悟を決めて気持ちを引き締めたベルの顔を真正面から見つめていたルプスレギナと目が合って、そしてにっと笑んだ彼女の言葉をオーバーに受け止めて、ベルの顔は真っ赤になった。
言うまでもなく、ルプスレギナは腹を抱えて笑ったのだった。
「…にしても、流石に1、2階層じゃつまんねーっすね」
「あ、あはは…言うまでもないですけど、ルプーさんが普通じゃないんですよ?」
この都市にやって来たばかりで、冒険者にもなったばかりのルプスレギナのあの強さははっきり言って異常であるとベルは考えている。
そんなベルの乾いた笑みと言葉に少々むっとしたルプスレギナではあったが、まぁエイナから新米冒険者が大体どのくらいで3階層より下に進出するのかを聞いていた以上、正論であると分かっているので反論は出ない。
「…まぁでも、ルプーさんの強さであれば、もう少し下の階層に行ってもいいんじゃないでしょうか」
そう告げたベルであったが、実際のところ彼女ほどの強さがあれば“もう少し”どころかもっともっと下の階層にだって行けるだろうとは思っている。
彼女も新米だからと言って下層に行くことを拒否しているが、実際には自分に合わせてくれているのだ。
ベルにはそれが非常に申し訳なく感じていたが、謝罪は出来ない…なんせ、ダンジョンに入る前に言われてしまったからだ。
『自分を卑下して謝ったりしたら、しっぺするっす』
しっぺ…曰く、“古今東西に伝わる罰ゲームの王道”なんだそうだ。良くは分からないが、人差し指と中指を立てた状態で口の前に運び、はぁぁ…と息を掛けるその様を見て、無性に嫌な予感がした。
だから、ベルは謝らない。謝れない。
「ん~…それじゃあ、取り敢えず4階層まで下りてみるっすか?」
「そうですね、それでいいと思います」
4階層までならば出現するモンスターに大きな違いはない。『
お互いに、流石に6階層まで下りようとは言わない。いくら今回は装備をしていようと、それはまたヘスティアに余計な心配を掛けさせてしまう、彼女に対する言葉を嘘にしてしまう行為だからである。
ベルの同意も得たところで、2人は早速と4階層を目指し移動を始めるのだった。
…
……
3階層への階段を下りながら、
これは、昨晩からヘスティアとともに頭を悩ませている問題でもある。ルプスレギナは前々からこっそりダンジョンに潜っていたうえ、いきなりLv.5の冒険者とも喧嘩をしている…まぁ、喧嘩に関してはヘスティアは知らないが。
兎に角そんな無茶苦茶をやっているのだ、当然ながら熟練度は上昇しているはずだとヘスティアは述べ、ベルの前で【ステイタス】の更新をするのは難しいと考えている。
かと言って、ベルに対し色々と隠し事をしてしまっているルプスレギナとしては、あまりにあれこれと隠し事を増やしてしまうのも躊躇われた。
故に話し合った結果、ヘスティアが留守にしている間にダンジョンに潜ってモンスターと戦いまくり、ベルが更新後のルプスレギナの【ステイタス】を見ても違和感を感じさせないようにする、という計画を立てた。無論、スキルに関しては隠さざるを得ないが。
「(そうとなれば…出来るだけ苦戦している様に見せた方がいいのかな…?)」
苦戦しつつも勝利、と見せればベルも納得するはず。…などと安直な考えのもと3階層まで下りた時、近場の壁に亀裂が走る。
「ルプーさん!」
「はいっす!」
先ほどまでとは打って変わって妙に気合の入った声を怪しまれるかと思ったが、ベルは壁から現れたゴブリンたちに集中しているようでほっとする。
生まれたゴブリンは先ほどと同じ数の6体。今度はベルが5体を相手にすると言いだし、どうしようかとも思ったが素直にその言葉に甘えることに。
だって、その方が演技にも集中しやすいし。
5体のゴブリン相手に危なげなく戦いを繰り広げるベルを見てから、視線を眼前の1体へと向ける。
「(『オーバーロード』のゴブリンみたく喋らないんだよなぁ、こいつら…)」
喋るのであれば何と言うか気になったけど、『ゴブゴブ』だの『ギシャア』だのしか言わなくて、当初はがっかりしたものだ。
そんなことを考えていると、痺れを切らしたゴブリンは奇声を発しながら此方に迫る。ルプスレギナはその動きをしっかりと見抜き、ゴブリンが振るった腕を紙一重で避けて…
「ぐわぁーっす」
非常にわざとらしい悲鳴を上げて自ら後方へと地を蹴ったのだった。
「ル、ルプーさんッ!?」
ゴブリンの1匹を仕留めたベルは慌てて振り返ろうとするも、残る4匹のゴブリンがそれを邪魔する。ルプスレギナは内心で少し失敗したと舌打ちした。
「(あー…ベル君の戦闘に支障が出ちゃマズいな…)…私は大丈夫っす! 気にせず目の前の敵に集中するっすよ!」
ベルの性格を考えれば、自分の
――そして数分後
「いやぁ、本当に強敵だったっすね…」
戦闘終了後、ルプスレギナはベルと共にゴブリンの落とした魔石を回収しながらもわざとらしく呟いた。素肌は勿論メイド服にだって汚れの1つもないくせにそのようなことを言っても説得力は皆無だろうが、その呟きを聞いたベルは…
「ルプーさん、なんでしたらやっぱり、2階層に戻りますか…?」
心底心配そうに提案してくれる。良い子すぎる。
「いや、いやいや大丈夫っすよ。予定通り4階層まで行こうっす」
あまりにも純情すぎるベルにちくちくと良心が痛むのを感じながらも、ルプスレギナは努めて笑顔でそう告げ、先を進む。
その後、モンスターが出現するたびにルプスレギナはやり過ぎない程度の苦戦を演じることになるのだが。偶然通りがかった他の冒険者は『酷い大根芝居を見た』と、後にそう語ったという――
…
……
………
…………
さて、突然ではあるがこの迷宮都市オラリオには様々な建物が存在している。
それこそ東西南北様々な地から人が集まり、神が集まった結果、和風の屋敷の隣に洋館、なんていうのも決して珍しくはない。
そんな迷宮都市オラリオにおいて、『一番目立つ建物は何?』と聞けば必ず皆が『
……では、『二番目は?』と聞いた場合どうなるか。
候補は沢山あるだろう。
『ギルド』本部。
だが、『目立つ』という一点に着目し、考えるならば、人々はある意味『バベル』よりも“コッチ”のほうが相応しいと思うのではないだろうか。
その建物の名前は――
―――【ガネーシャ・ファミリア】
「まったく…相変わらず悪趣味だこと…」
燃えるような赤い髪を僅かに揺らし、深紅のドレスを着た一柱の女神――鍛冶の神・ヘファイストスは、たった今御者の手を借りながら降りた馬車の前で顔を上げ、呆れたように呟いた。
その巨人像は胡座をかいて座っており、入り口はその股間の中心にあるようだ。
まるで自己主張の塊のようなこの建物を、主神ガネーシャは【ファミリア】の貯金を使って建てたというのだから、団員たちの苦労が知れる。
「……まぁ、いいか…」
なんにせよ、私は絶対にこんなものは作るまいと心に決めて、ヘファイストスは建物の中へと入っていくのであった。
…
……
建物の中には、既に多くの神々がいくつものグループを作り談笑している。
彼らのほとんどは、今回の催しにはあくまでも暇潰しの為に来ているのだろう。お互いの【ファミリア】の近況を話し合ったり、眷属の自慢をしたり、他の神を弄ったりと、他愛のない会話をして時間を浪費するために。
しかし、ヘファイストスは違う。勿論多少の息抜きも兼ねているが、メインはやはり仕事が絡む。
この迷宮都市オラリオのみならず世界規模のブランドを誇る
宴を主催する【ガネーシャ・ファミリア】も、ずば抜けて多くの構成員がいるだけあってお得意様の1つではあるのだが、主神であるガネーシャは…
「俺が、ガネーシャだ!!」
『イエー!!!』
あの通り、舞台の上で良くも悪くもいつも通りな感じなので、彼に関しては後回しか…最悪後日に挨拶に伺うとしよう。
…
……
数10分ほど掛けて大まかな【ファミリア】の主神への挨拶回りを終えたヘファイストスであったが、それでもまだ全てではない。
大口の客である都市最大派閥の二翼の主神は、まだ来ていないか…ならば、仕事とは関係なしに顔を見たい神友もいるが…
「あの子が来てるわけない、か…」
右目を覆う眼帯に触れ、小さく肩を竦める。脳裏に浮かんだ幼い外見の女神は、こんな宴に出られるだけの余裕は無い筈、そもそも興味もないだろうし。
ならば今一度ガネーシャの様子でも見に行こうかと考えた、その時
『おい、あれってもしかして…』
『ロリ巨乳か?』
『え? 嘘? アイツんとこド貧乏なんじゃなかったっけ?』
「……ん?」
とある一点を見つめてひそひそと話し合う男神達の会話の中で気になる単語が耳に入り、ヘファイストスはまさかと視線を向け、僅かに瞠目した。
「………」
そこに居たのは、ヘファイストスの神友であるヘスティアだった。しかし、その容姿から雰囲気まで、いつもとは大分かけ離れている。
髪形こそいつもと同じツインテールではあるが、まず目についたのはドレスだろう。白が基調のエンパイア・ドレスは膝丈の長さで、ヘスティアのような小柄な女性でも違和感なく着れるデザインとなっている。また、中央部には鮮やかな蒼のコサージュが付いており、彼女のイメージにも合っているだろう。
慣れないヒールで歩くことに集中しているのかその表情は真剣そのもので優雅さには少し欠けるが、ほんのりとしてある化粧によっていつもはない大人らしさもちゃんと感じられる。
料理の並んだテーブルを前に立ち止まったヘスティアは、むむむ…と少しばかり難しそうな顔で眼下に並ぶ料理を見ている。彼女を知るヘファイストスとしては、すぐに料理に飛びつかなかったというのも意外な点だと言えよう。
勿論、彼女が着ているドレスや化粧、料理を前に葛藤する理由に至るまでが彼女の眷属の影響であることを、ヘファイストスは未だ知らない。
「あら、ヘファイストスじゃない」
「ん? あら、フレイヤ。久しぶりね」
果たしてあれは本当にヘスティアなのか? そんな失礼極まりない疑問を抱いていたヘファイストスの後姿に、一柱の女神が声を掛ける。
振り返ったその先に居たのは、この会場に居るあらゆる男神、そして【ガネーシャ・ファミリア】所属の給仕たちの視線を一斉に浴びるほどの美貌を持った銀髪の女神、迷宮都市オラリオ最大派閥の片翼を担う【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤであった。
「えぇ、お久しぶり。相変わらずお仕事の方は順調かしら?」
「お陰様でね。あなたのところの子たちにも、今後ともご贔屓にって伝えといてもらえるかしら?」
一旦ヘスティアの事を思考の片隅に寄せたヘファイストスは、己のファミリアのお得意様である【ファミリア】の主神と2、3ほど言葉を交わすことになるのであった。
一方その頃…
「(むぅ…やっぱりタッパーを持ってくるんだった…でも、あんなの貼られてたら持ってくるにこれないよなぁ…)」
純白のテーブルクロスが掛けられた元卓に並ぶ色取り取りの料理を前に、ヘスティアは涎を垂らすのを我慢しながらも
思い浮かぶのは、今朝の出来事
……
…
自身の眷属であるベルとルプスレギナがダンジョンへと出かけたのを見送った後、ヘスティアは渋々ドレスを買いに行こうと出掛けようとしたのだが、その前に戸棚の中に置いてあるタッパーを取りに行こうとしていた。
理由は勿論、今日の宴に並ぶ料理の中から日持ちのよさそうな物をお土産に持って帰るためだ。
そんなことをすれば周囲の神々にイジリのネタを提供するも同然なのは分かっていたが、彼女は自身の【ファミリア】がどれだけ貧しいのかをよく知っている。だからこそ、少しでも食費が浮くのならプライドだなんて丸めてゴミ箱に投げ捨てる勢いでいたのだが…
「……うん?」
戸棚を開け、タッパーを取り出そうとしたその時、気が付いた。戸棚に貼られている一枚の紙に。
その紙にはなんとも不慣れで読みにくい字で、こう書かれていた。
『食事は私が何とかするんで、ご心配なく……っす。』
……こっちの心理が読まれてる。
一体だれが書いたのか名前は無かったが、特徴的な口癖が紙にも書かれていたからすぐに分かった。
そうしてヘスティアは戸棚の前で10分近く葛藤することになる。この紙を無視してタッパーを持っていくか、素直にこの紙に書かれている内容を信じるか。いや勿論信じたいが、だからといって自分でも出来ることを全部眷属任せにしてしまうなんて…と自問自答していたその時、ふと気付く。
紙の裏にも、まだ文字が書かれていた。
どれどれ、と裏返し、ヘスティアは硬直する。
紙の裏には、先ほどよりも書き慣れているかのように幾分綺麗で読みやすい字でこう書かれていたのだ。
『もしこれを無視したら……』
……と
…
……
「(あんなの書かれたら、無視できるわけないだろー!?)」
手紙の事を思い出してぞくり、と体を震わせる。
結局ヘスティアはこの手紙を読んだ後逃げるようにして教会を出ていき、ドレスを買って店員さんに着替えるのを手伝ってもらい、更にはサービスと化粧までしてもらって今に至るわけだ。
まぁ、そんな事情を知らない他の神々は、いつもとまるで雰囲気の違うヘスティアに驚いて、それはそれでおかしな注目を浴びていることに彼女はまだ気づいていない。
「(ええいもうヤケだ! 取り敢えず、ボクだけでも2、3日は何も食べなくても大丈夫なくらい食べ貯めしておこう! 1人分食費が浮くだけでも、かなりマシなはずだ!)」
結局のところタッパーを持ってきていない時点でどうしようもないのだ。ヤケクソ気味にそう考え、まずは眼前にあった極東方面のものと思わしき蒸し上げた饅頭のような物に手を伸ばした、その時
「久しぶりね、ヘスティア」
「こんばんは、ヘスティア」
「ぇ…あっ!」
背後から掛けられた声に振り返り、赤い髪と深紅のドレス。そしてなによりも右目を覆う眼帯が特徴の女神が視界に入ると、ヘスティアは驚きと喜びの混じった声を上げた。
「ヘファイストス! 良かったやっぱり来てたんだね! 君に会えてとても嬉しいよ!」
「えぇ、ありがとヘスティア、私も嬉しいわ。 今日のドレスもよく似合ってるわよ」
ぱぁぁ、と表情を明るくさせるヘスティアに苦笑しつつも頬を緩ませ、ヘファイストスはお世辞抜きの本心を返す。するとヘスティアは照れくさそうにはにかみながらもスカートを摘まみ。
「えへへ…そうかい? いやぁ実は最近新しく入った
まぁドレス自体は自分で選んだものなのだが、その金は渡されたものなので、事実上買ってもらったも同然だろう。
それを聞き、ヘファイストスは半眼になる。かつての…というか、本来の彼女を知る神友として、どうにも拭えぬ不安が浮かんだからである。
「あんた…まさか、自分の子にまで金をたかってるの…?」
「ぶふぅっっ!!?? ち、ちち、違わいっ! その子に今日の宴の事がバレ…じゃない、聞かれて! このドレスはその子の善意だよっ!」
思わず頬張っていた肉まんを噴き出してしまったヘスティアに、まさか図星なのかと今度は哀しげな表情を作ったヘファイストスであったが、ヘスティアは必死にそれを否定した。とはいえ、下界に降臨してからというものの何かとヘファイストスには迷惑を掛けっぱなしだったことはヘスティアもしっかりと理解しているので、疑いが晴れぬのならそれはそれで仕方のないことだと思ってもいる。
「ふぅん……そっか。良い子に会えたのね」
「え? …信じてくれるのかい?」
神は下界の住人の嘘を見抜くことが出来る。しかし、神の嘘は見抜けない。故に自分の言葉を信じるかどうかはヘファイストス次第だったが。此方の瞳を真っ直ぐ見つめていたヘファイストスがやがて頷くと、逆にヘスティアは驚いたように目を丸くするのであった。
そんな反応が可笑しかったのか小さく笑ってから、ヘファイストスは神友に柔らかい笑みを浮かべる。
「あなたが
「へ、ヘファイストス…!」
「…それで、あの教会に来たら驚くって、何かあるわけ?」
「あぁ、うん実はね…」
神友の間でより絆が深まったのを実感しながらも他愛無い雑談に入ろうとしていたその時、コホンと控えめな、しかしわざとらしい咳払いに2人の視線が動く。
「2人とも相変わらず仲が良いのね。でも、私の事も忘れないでほしいわ」
視線の先、頬に手を添え薄い笑みを携えていたのは“美”という言葉でさえも霞んでしまうほどの究極の美神、フレイヤ。
ヘファイストスとの会話もそこそこに、2人共々ヘスティアにも挨拶をすべく近づいたのだが、最初に声を掛けてからずっと空気を読んで黙っていた模様。眺めて楽しんでいたとも言う。
「あぁ、ごめんなさいねフレイヤ」
「うん、すまなかったね。別に忘れてたとか無視してたわけじゃないんだ、ただ…」
「「ただ…?」」
「その、ボクはどうも君の事が苦手でね」
ばつが悪そうな顔をしながらも正直な心象を語ったヘスティアに対し、ヘファイストスは額に手を置き呆れたように溜息を零し、フレイヤは自分の事であるにも拘らずその余裕を崩すことなくクスリと笑んだ。
「あんたねぇ…」
「あら、いいじゃない。私はヘスティアのこういうところ、結構好きよ?」
その言葉に、ヘファイストスの半眼はフレイヤにも向けられるが、やはりフレイヤはその微笑みを維持し続けていた。
「おーい、フレイヤー! ファイたーん! ドチ……ビィィィィィッッ!!?」
「…あぁ、フレイヤ。君よりも遥かに嫌いな奴のお出ましだよ」
「あらあら」
ドドドド…と、仮にも宴の場には不釣り合いな駆け足が聞こえてくる。フレイヤ以外の2人は視線をそちらに向け、物珍し気に目を丸くしたヘファイストスに対し、ヘスティアの方は露骨すぎるほどの嫌悪感を露わにした。
此方に手を振りながらやってくるのは、緋色の髪と意糸のように細めている目が特徴の男し……じゃない女神、ロキ。
普段は男装姿の彼女は今回、珍しいことにしっかりとドレスを着ている。ヒールまで履いてるくせになんであんなに速く走れるんだい、とおかしな悪態を吐いたヘスティアであったが、ロキが此方を見るや否や一瞬だけピタリと動きを止め、そして先ほど以上の速さで此方との距離を詰めてくると思わずたじろいでしまった。
「な、な、なんだよ一体!?」
「“なんだよ”はこっちの台詞やボケ! なんで…なんでお前ドレス着てんねん!? 折角ドレスの一着も買えんであろうド貧乏なお前んこと
「なんだとぉ!?」
「なんやぁ!?」
「顔合わせるなりこの2人は…」
「うふふ、このやり取りも相変わらずねぇ」
いつでも逃げれる体勢になりつつも、床が削れん勢いで急停止したロキに詰め寄られて狼狽しながらも声を上げるヘスティア。
それに対し、ロキはヘスティア以上の声量で理不尽極まりない文句を叫んだ。そんな2人の大声に負けじとどこかから『俺がぁ!! ガネーシャだぁぁ!!!!』とか聞こえたが、周囲の神々の視線は完全にロキとヘスティアに向いている。
「ふん! お生憎だったね!! ボクの【ファミリア】は最近チョーー優秀な
「なぁっ!?」
「……“倍”って、あんたんところ前まで1人しかいなかったじゃない…」
とどのつまり2人目の眷属が入ったばかりというところを、わざわざ大げさに伝えているわけで…まぁでも、嘘ではないので小さくしかツッコまなかったが。
ふぎぎぎ…と歯軋りしながらもヘスティアと額をぶつけて睨み合うロキ。周囲の神々はそのまま喧嘩だ喧嘩だと煽るも、ロキは突然溜息と共に顔を離したのだった。
「……その新しく入った眷属て、ルプスた…ルプスレギナたんのことか?」
「えっ!? な、なんで君がそれを…!?」
前のめりになったヘスティアの顔を見つめながらも、極力周囲には聞こえぬよう声を落としロキは尋ねた。ヘファイストスを含めた周囲の神々は、いつものように喧嘩になると思っていただけに突然顔を離したロキに疑問を浮かべ、『これじゃ賭けにならねーぞ!』、『なに話してるか聞こえないな』、『俺がガネーシャだ!』とざわついていている。
「図星か」
「うぐっ!?」
ロキ自身がルプスレギナを知っている理由に関して、勿論ヘスティアに告げるつもりはない。ルプスレギナ自身がヘスティアに教えていないのならば、こちらもわざわざそんな事はしない。
兎に角、向こうに質問をさせる暇など与えまいと動揺させ、さらに言葉を紡ぐ。
「おうコラお前、あんな子いったいどこで拾った。 あの子は何モンや。 なんでメイド服なんや。 まさかお前の趣味か。 だとしたらそれに関してはグッジョブや」
「ちょ、ちょっ、何なんだよ早口に質問してっ! べ、別にボクが君にそれを伝える義理なんてないだろっ!? そんなに根掘り葉掘り聞いて、何が目的なんだよ?」
後半でまさかのメイド服好き疑惑が掛けられるも、それらは真っ先に否定した。そしてその他の質問に関しても答える義理は無いとハッキリ告げると、ロキ自身も分かっていたのだろう舌打ちをして。
「あんなぁお前……あんなかわええ子、うちがほっとくワケないやろうがー!」
「え、えぇー…」
さも当然と言わんばかりに叫ぶロキに、そこだけははっきりと聞こえた周囲の神々の視線がまた2人に集まる。しかし、ヘスティアのドン引き顔を見てまた喧嘩になることはなさそうだと判断すると、再び周囲の神々は各々の談笑に戻った。そしてヘファイストスは何度目かになる溜息を零し、フレイヤはいつも通りだった。
「…ま、まぁ好きに言えばいいさ。ボク個人としては絶対にあの子を手放すつもりはないけどねっ!」
「…ちゅーことは、ルプスたん自身がそれを願えばええんやな、なるほどなるほど…」
「あっ! コラお前何考えてるんだよっ! …言っとくけど、お金とか異性で釣ろうとしたって無駄だぞ」
この短期間とはいえ、ヘスティアはルプスレギナの事を大分理解しつつあった。普段は此方の事を神というよりもイジリ甲斐のある友人的な態度で接してくる彼女であるが、仲間を…家族を想う強さは自分やベルにも引けを取らないだろうとヘスティアは強く確信している。
そして、それはロキもよく分かっていた。
――「申し訳ございませんが、この都市において私の忠誠心はヘスティア様のみに捧げられております故、何卒ご理解くださいませ」――
あのベートとの
「…チッ、まったくもって納得できへん…ルプスたん自身の為に一応言っといたるぞドチビ。精々うち以外の
「……それに関しては、ありがたく受け取っておくよ」
再びの舌打ちの後、がしがしとうなじの辺りを掻きながらもロキは
美人で、したたかで、強くて、回復と攻撃魔法を覚えている…あらゆる点でそこいらの冒険者よりも遥かに秀でた彼女がヘスティアの【ファミリア】所属であることは、きっともうすぐ『ギルド』から全神々に伝わるだろう。
まぁ、彼女のしたたかさを考えればそこいらの神々の勧誘などのらりくらりと躱すだろうし、強硬手段に出ようにも彼女の強さを考えればなんの問題もあるまい。
ならばこそ、ルプスレギナのみならずヘスティア自身もまた気を付けるべきなのだ。中にはルプスレギナではなくヘスティア…もしくは彼女の
そしてそれはヘスティア自身よく分かっているようだったので、珍しくも素直に此方の忠告を受け取った彼女にロキはふんと鼻を鳴らすのであった。
「……そうそう、実はボクも君に聞きたいことがあったんだよ。きみのとこのアイズ何某のことなんだけどね…」
その後、ヘスティアは丁度良いと言わんばかりにロキに質問を返した。しかしそれを聞いたロキはというと…
「…はぁ~~~?? うちがお前ん質問に答える義理なんてないやろ?? ん? んん??」
「(うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)」
先ほどのヘスティアの台詞をそのまま返し、質問自体させるつもりはないと眼前で口を吊り上がらせる。先に拒否したのは自分とはいえあからさまな挑発に大爆発しそうになるも、ここで神友から救いの手が差し伸べられた。
「あら、【剣姫】の話? 私も少し興味あるわ」
「むむっ、ファイたん…」
フレイヤとの談笑を終えていたヘファイストスが再び輪の中に加わり、その少し後ろをフレイヤも付いてくる。
ヘスティアはともかくとして、遠征などの際にもたびたび世話になっているヘファイストスの言ともなれば無視は出来ず、ロキはどこか悔しそうにしながらも腕を組み、顎でヘスティアに質問するよう指し示した。
「(むかつく…)…じゃあ聞くけど、君のとこの【剣姫】には、付き合っているような男や伴侶はいるのかい?」
「はぁ? 何聞くかと思えばお前…アホ言いなや、アイズたんはうちのお気に入りやで。アイズたんに近づくような輩は八つ裂きや、 八 つ 裂 き 」
「ちぃ…っ!」
「どういう意味の舌打ちなのよそれは…」
ヘスティアがベルやルプスレギナを大切にしているように、ロキもまたアイズの事を溺愛していることはよく分かった。個人的にはアイズには既に付き合っている男がいればなぁ…などと考えていたヘスティアとしては残念なことこの上ない回答に、舌打ちが出るのも仕方がなかろう。
それを知らないヘファイストスとしては呆れと困惑しか出なかったが。
「ったく…ルプスたんみたいなええ子に恵まれるわ、意味不明な質問はするわ、ドレスは着てるわ……がぁー!! ホンマにむかつくドチビやで!!」
「ふんっ! 日頃の行いの差なんじゃないかなぁ? いちいち他人(神)を笑いの種にするために似合わないドレスなんか着ちゃって! そーいう心の狭さが、胸の薄さにも繋がってるんじゃないかい? この“男胸”!!」
ぶつくさと文句を垂れ、終いにはおなじみ(?)の蔑称を叫んだロキに、ヘスティアは余裕をもって反撃をした。ただほんのすこーし、その反撃はいきすぎたようで…
「………い」
「……“胃”? なんだい、もう飲み過ぎて胃凭れでもしたのかい?」
「…言わせておけばゴルァァァァァ!!! 身体的な特徴を
「
「“ドチビ”は愛称やろがぁー!!」
「なら、“ロキ無乳”も愛称だろー?」
「どぉこぉがぁじゃあぁぁぁ!! 愛称っちゅうんは、親しみを込めて呼ぶ時のものやろぉぉぉ!!!」
「“ドチビ”がそうなら、“無い胸”だってそうじゃないかぁー!!」
「こんのぉ…色んな呼び方してくれてんちゃうぞクラァぁぁぁぁぁ!!!」
「ふみゅぐうぅぅぅぅぅぅ!!?」
皮肉にも似たようなやり取りを互いの眷属がじゃれ合いの意味でやっていたもので、この二柱は普通に喧嘩となっていた。
その後のやり取りは、いつも通りロキの自爆で終わり。
…
……
「こぉの…お、覚えとけよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「ふははははは!! 完 全 勝 利 !!!」
喧嘩自体はロキの圧倒的勝利であったが、揺れる巨乳に動揺したところをヘスティアに突かれ、結局逃げるように…というか、事実逃げ出したロキであった。
抓られた頬を真っ赤にしながらも人差し指を立てた右手を掲げて『イチバーン!!』などとポーズをとるヘスティアと、周囲でゲラゲラ笑う
「うふふ、まさかロキがあんなに子供っぽくなるなんて。下界の子供たちの影響はやはり凄いわね」
漸く野次馬たちも解散し、またいつもの雰囲気に戻ったところでフレイヤはそう呟いた。
そういえばロキとフレイヤは天界に居た頃からの付き合いだったかと思い出したヘファイストスは、天界に居た頃のロキの問題神振りを思い出し、確かにと納得する。
「…まぁ、それに関してはボクも同感だね。子供たちの影響力は本当に凄い。本当に、好ましい子たちだよ」
「あら、言うようになったじゃないの。一番最初に眷属になったっていうベルっていう子の時といい、新しく入ったっていう子といい、余程自慢みたいね」
ロキに賛同するのは甚だ遺憾だと言いながらも、子供の事を語るときのヘスティアの表情がとても柔らかなものになっているのを見てヘファイストスは素直に感嘆する。それを聞いたヘスティアは気恥ずかしそうにしながらも大きな胸を張って。
「ふふん、まぁね。ホント、ボクには勿体無いくらい良い子たちだよ」
「確か、ベルっていう子は白髪に赤い目の、兎みたいな子だって言ってたわよね? 【ファミリア】ができたって聞いた時も驚いたけど、ものの半月ほどでもう2人目なんて、なかなか良い調子なんじゃない?」
「そ、そうかな? うわぁこの調子で【ファミリア】が大きくなったら…いや、個人的にはまだこのままでも…」
自身の【ファミリア】の将来を考え瞳を輝かせたかと思いきや、突然顎に手を置きぶつぶつと考え出したヘスティア。
そんな様子を見て小さく微笑んでから、ずっと輪から一歩引いた場所に立っていたフレイヤがグラスをテーブルに置き、髪を翻した。
「それじゃあ、私ももう失礼するわね」
「あら、もう帰るの? なにか用事でもあるのかと思ってたけど…」
「いいのよ、聞きたいことも聞けて、もう用事は済んだから」
「ふぅん、そう…」
「?」
怪訝そうにフレイヤを見つめるヘファイストスであったが、フレイヤはそんな視線など意にも介さず、代わりにヘスティアに微笑んだ。なにやら含みのある笑みだったが、それが何なのか分からず首を傾げるしかない。
そうして去っていった美の女神を2人で見送り、なにやらどっと疲れたようにヘスティアとヘファイストスは同じタイミングで溜息を零し、目を丸くして互いを見て、小さく笑い合うのであった。
「……それで、ヘスティアはこの後どうするの? もしもまだ残るんなら、久々に飲みに行かない?」
ヘファイストスとしては帰る前にガネーシャを始めとする数人の神と顔を合わせに行くつもりなので、その後ということになるが。
てっきり喜んで同意してくれるか、残念そうに断ってくるかのどちらかだろうと思っていたヘファイストスは、“びくりと肩を跳ね上げる”という行動をとったヘスティアに僅かに目を丸くした。
「あ、あぁー…うん、えぇーと、ね……っ、真面目に、聞いてほしいんだけど」
「…何よ、どうかしたの?」
これ以上ないほどに視線を泳がせしどろもどろになるヘスティア。しかしやがて覚悟を決めたかの如く喉を鳴らし、真っ直ぐに此方を見つめてくると、ヘファイストスもまたしっかりと神友の話を聞く態勢を整える。
緊張で震える唇をきゅっと結び、覚悟を決めてヘスティアは言葉を紡ぐ
「ボクの頼みを、聞いてほしんだ」
…
……
………
…………
――ダンジョン・??階層
――オォ……ォ……
「――はぁっ…はっ…はっ……や、やったか…」
もう何発目になるかも分からない麻酔弾を受け、“其れ”は前のめりに倒れ伏す。大きな鼾を立てて眠る巨体を見据え、完全に眠っていることを確認した冒険者たちは、皆
『祭り』で使役するためのモンスターを集めるために15人程の中規模パーティを組みながらダンジョンを潜っていた時に突如として現れた“
Lv.2の冒険者が振るった剣を容易へし折る強靭な爪と皮。
「ど、どうする…?」
「…団長や
部隊を率いていたLv.3の隊長のもとに、同レベルの仲間が声を掛ける。隊長は暫し考えた末、このモンスターを捕獲することを決める。
持ってきていたカーゴの中でも飛び切り頑丈な物の中に、モンスターの眠りを深める効果のある香炉と共に押し入れ、上から布を被せる。
「
檻の中で身体――特に尾――を縛り身動きを取れなくした其れを見つめ、隊長は深いため息を零す。猿轡をした結果、このモンスターのもつ
【迫真の演技】
仲間をからかったり敵を騙す時は一流の女優になります。
裏を返せば、仲間を騙す時は…という感じ。
勿論わざと棒読みの演技をすることもありますけどね。
【タッパー持ち出し阻止】
『食事は何とかします』←料理できるとは言ってない
【異常存在】
はたしてその正体は!?
そういえばキャラ紹介が少しだけ更新されました。