笑顔仮面のサディストがダンジョンに潜るのは間違ってるっすか?   作:ジェイソン@何某

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はい、短くしよう読みやすくしようと散々言ってたくせに今回かなり長くなってしまいました。

余計な小話入れたりする癖直した方がいいのだろうか…(笑




第7話『愛称と豊饒の女主人っす』

「――…んぅ…朝、か……ふぁ、ぁ…」

 

 田舎育ちで畑仕事を長年手伝っていた末に完成された体内時計が正確に朝の5時を指し示し、ベル・クラネルは大きな伸びとともに意識を覚醒させる。

この【ファミリア】に新たな仲間…ルプスレギナ・ベータが来た最初の夜は、()()()()()()()()()()せいでルプスレギナには雑魚寝を――目を覚ましたら何故かベッドで寝ていたが――させてしまっていたので、今宵こそはと思っていたのだが、結局ヘスティアに説得されてソファーで寝てしまった。

 

「…あれ、ルプスレギナさん居ないや…神様も……ん?」

 

 僅かに顔を上げて周囲を見渡してみれば、ソファの下に敷かれているタオルケットの上にも、ベッドの上にも誰の姿もない。ルプスレギナはまだわからないが、ヘスティアもいないのは珍しいと考えつつも、ふと昨日の事が過ぎって素早く自らの被っているシーツに視線を落とす。

案の定、姿の見えなかった二人の片割れであるヘスティアがそこで眠っていた。

 

 いくらその体が小さくて軽いとはいえ、二日続けてギリギリまで存在に気付けないとは冒険者としてどうなのだろう…そんな風に苦笑いをしていると、またも先日同様柔らかな双丘の感触に気付き、素早く位置交換。シーツを掛けてあげて、小慣れた動きでギルド支給の装備に着替えを始める。

 

「神様、最近疲れちゃってるのかな…はは…」

 

 そんな風にひとりごちて、部屋を後にする。残されたヘスティアの「ベル君のあほぉ…」は、残念ながら彼には届かなかった。

 

 階段を上がり、その先にある部屋の扉を開けると教会の天井に空いた穴から差し込む早朝特有の陽の光が一瞬だけ視界を奪う。右腕を額の位置に掲げて陰を作り、徐々に眩しさに慣れたところでベルはもう一人の仲間の存在に気が付いた

 

「……おや、おはようさんっす」

「ルプスレギナさん? おはようございます」

 

 一番近くにある礼拝席の前で膝を折りタオル片手に掃除をしていたルプスレギナが立ち上がり、互いに挨拶を交わす。まさかこんな時間から掃除をしていたなんて、とさりげなく周囲を見渡して…ベルは驚愕した

 

「る、ルプスレギナさん…? これ…何時間くらい掛けたんですか…?」

 

 思わずそう聞いてしまいたくなるのも無理はあるまい。建物の中に転がっていたはずの大小様々な大きさの瓦礫はすべて撤去され、割れた床の隙間から生えていた雑草は切り取られ、礼拝席は今ルプスレギナが掃除していたものも含めてすべてがぴかぴかに磨き上げられ、教壇の上も陽の光を僅かに反射している。そして何より、壁も、礼拝席も、女神像までもが新品同様に()()されているのだ。唯一天井の大穴だけはそのままで、穴の周辺は奇麗になっている。

 

 ベルの質問を受け、ルプスレギナは平然と答えた

 

「うん? 30分くらいっすよ?」

 

 ……隠し部屋の時より短くなってる…

 

 

「……ちなみに、出来としてはどんな感じなんですか…?」

「う~ん、まだまだ物足りないっすね。個人的には塵一つない状態にしたいっすよ」

 

 普段背負っている聖杖の代わりに持っているタオルを足元に置いていた水の張っているバケツに入れ、たった今磨き終えたばかりの礼拝席をツツー…と指先でなぞっている。元々修復されて新品同様に元通りだっただろうに、彼女はそれでもご不満らしい。意外な一面が見れた気がする。

 

 ベルはこのぴかぴかの床の上を歩くことを申し訳なく思いながらも、極力汚すまいとつま先立ちの大股で外へと出る。わざわざ見送りの為にルプスレギナもついてきては、外で一度ベルは振り返り

 

 

「今日もこれからダンジョンっすか? いいっすねぇ、私も早く()()()ダンジョン行きたいっすよ」

「あはは…エイナさん、とても優しいですから。きっとすぐにダンジョンにも潜る許可がもらえますよ」

「まぁ、早くダンジョン潜れるように頑張るっすよ」

「はい、頑張ってください」

 

「それじゃあ、行ってきます」

「うい……っと、そうだったそうだった。 ベルっちに前から言いたかったことあるんすよ」

 

 互いに小さく笑いあい、一日がスタートしようとしていたところで、ふと何かを思い出したかのようにルプスレギナが顔を上げる。出発しようとしていたベルは再び振り返って

 

「はい? どうしました、ルプスレギナさん」

「そう、それ、それっす」

「……?」

 

 自然と口にした一言だったが、その中に答えがあったらしい。少し考えたベルであったが当然答えには行き付かず、大人しくルプスレギナの反応を待って。

 

「名前っすよ、名前。 私の事いちいちルプスレギナ~って呼ぶの、噛みそうで面倒くさくないっすか?」

「え? め、面倒くさいって…別に、僕はそんなこと思わないですよ? ルプスレギナさんって、凄くお似合いのいい名前だと思いますし…」

 

「うわぁ…天然のスケコマシってマジ怖いっす。罪な男っす」

「え? え? な、なんですか…?」

「…なんでもねっすよ」

 

 エイナに、ヘスティアに、アイズ・バレ…バル…あの、あれだ、バレンタインデーに、この子は一体何人の女の子を落とすのかが少し見物になってきた。

 

 私? いや私はそん中には入らないぞ、うん。

 

 まぁ、それはさておいて

 

「とにかく、私の事は“ルプー”って呼んでいいっすよ。 同じ【ファミリア】になった時から言おうと思ってたんすけどね」

「…い、良いんですか?」

 

 そもそも、後輩であるルプスレギナの方が先にベルの事を愛称で呼び始めたのだ、ベルがルプスレギナを愛称で呼ぶことに何の問題があるだろうか。

にっ、と笑って頷いたルプスレギナに、ベルは嬉しそうに顔を上げ。

 

「はいっ! わかりました! それじゃあ行ってきますね、ルプーさん!!」

「ういうい~、頑張るっすよ~」

 

 女性を愛称で呼ぶというのがそんなに嬉しいのか、すっかりテンションは最高潮の一歩手前ぐらいまで上がった感じに。此方に手を振りながらもダンジョンへと向かって去っていくベルを見送った後、ルプスレギナは教会の礼拝席前まで戻る。

 

 

「さて、と…すっかり失念してたっすねぇ…」

 

 礼拝席の前にしゃがみ込んだルプスレギナは、その下に隠していた大きめの袋をどん、と席に置く。紐を緩めて中を開けると、そこには溢れんばかりの金貨が入っている。

 

 総額34000ヴァリス…まぁ、あの数時間で稼いだにしては上々なのではないかと本人は軽い気持ちで考えていた。

 

 

「てか、3万ちょいでこんなに大量の金貨貰えちゃうんすか? 100万ヴァリスとかになったら、どんだけ大量に…あれっすか、金塊とか…下手したら、小切手的なのもあるのかもしんねっすね」

 

 閑話休題。

 話を戻すが、何を失念していたかっていうと…この金貨を稼いだ方法を、どうヘスティアたちに説明するのか、である。当然ながら神であるヘスティアに嘘なんて通用しない。でもこの金を渡せば確実にどう入手したのかを聞かれてしまう。こっそり隠し部屋に置いておく、というのも考えたが、この教会内のどこかに置いた時点で誰の物だという話になるし、その時にヘスティアに『君かい?』と聞かれた時点で詰みだ。

 

 まぁ、そろそろヘスティアが起きてもおかしくない時間になっていることだしと考えが纏まらぬうちに立ち上がったルプスレギナは、紐を結んだ袋を掲げる。その右手が虚空に消えると、金はアイテムボックスの中へと無事入ったようだ。マジ便利。

 

 

    …ちなみに【ステイタス】の更新に関しては、存在自体忘却の彼方へ飛んでいる模様。

 

 

……

 

 

「おぉぉぉぉ…」

「ふふーん、私にかかりゃこんなもんすよ」

 

 予想していた通り、隠し部屋に戻ったのとソファーで丸くなっていたヘスティアが起き上がったのはほぼ同時だった。あれから一緒に食事をとり、歯を磨き、ヘスティアの髪を梳かして服を着替えさせ、今は掃除を終えたばかりの教会を見せていた。天井の大穴以外すっかり奇麗になった教会の内部に感動した様にとてとてと歩き回るその姿に、ルプスレギナは大きな胸を逸らして鼻を伸ばす。

 

「いやぁ、ホントに凄いね君の掃除技術と魔法のちからは…でも、なんで天井はあのままなんだい?」

「いやいや、それほどでも…あるんすけどね。 ああ、天井は、なんてーかその…このままのが風情があってよくないっすか?」

「そ、そういうものかな…まぁでも、君がそう言うならべつにいいけどね」

 

 せっかく奇麗にしたのにまた埃が溜まりやすくなるんじゃ…とは思ったが口にしないで、ヘスティアはすでに出かける準備を終えているルプスレギナに首を傾げた

 

「そういえば、今日は随分と早くから起きていたようだけど、なにかあるのかい?」

「……講座っす」

「あっ…」

 

 ヘスティアは『ギルド』でベルとルプスレギナの監督役をやっているエイナとやらと直接の認識こそないものの、彼女の講座はかなり為になるが、同時にかなり厳しいということをベルから聞いていた。「そうか、君も頑張るんだぜ」なんて両肩に手を置くヘスティア様の心遣いが心に染みる。相変わらず爪先立ちなのは笑えるが。

 

「そんなわけなんで、行ってくるっすよ」

「はい、気を付けていっておいで、()()()()()()()

 

 ダンジョンに行くわけでもないのに、その見送り方はおかしくないっすか? などと続けて互いに笑いあい、ルプスレギナは『ギルド』へと向かうのであった

 

    …なんか言い忘れてる気もするけど

 

 

……

………

…………

 

 

 昨日一昨日と昼過ぎ頃に来た時と違い、朝早いというだけあって『ギルド』のロビーは多くの冒険者でごった返していた。そんな中で周囲を見渡し、エイナの窓口を見つけ…うっ、と小さく呻く

 

 …明らかに、他よりも長い行列。

 

 よく見れば一番先頭でエイナと喋っている冒険者は後姿であってもデレデレしてるのが分かる。あのドワーフの青年、明らかにエイナに気があるな…などとは思うものの、エイナ自身は全く普段通りに見える。

 

 笑…泣ける

 

 しばし悩んだ末に列の一番後ろに並ぼうとしたルプスレギナであったが、程なくしてその必要なはなかったと分かる。此方の存在に気付いたエイナが同僚のヒューマンの女性に交代してもらい、此方にやってきたのである。

 

「ルプスレギナさん、おはようございます」

「おはよっす。いや~いやいや、エイちゃんってば朝からモテモテっすね。」

「…? そう、ですか…?」

 

 互いに挨拶を交わし、ルプスレギナはにやにやと先ほどの列の長さ――今はエイナが居なくなって各窓口の列の長さが割と均等になってる――を指摘する。が、案の定エイナはよく分かってないようだ。

 

 やっぱ笑っていいかな?

 

「しかし、良かったんすか? 私一人の為に窓口抜け出して……ん?」

「どうしました…?」

 

 ふと浮かんだ疑問を口にしつつも周囲を見渡して気付く。なにやら妙な視線をちらほらと感じるのだ。

 

 元々エイナの窓口に並んでいた冒険者だけでなく、違う窓口に初めから並んでいた者たちも含め複数の視線が遠慮がちに、しかしちらちらと様子を窺ってくる。

 

 僅かに眉を顰め、しかしエイナの言葉には笑顔で「なんでもねっすよ」と答えておく。

 

 

 いい加減、ルプスレギナ(鈴木実)は気付くべきである――メイド服姿の獣人と『ギルド』の制服姿のハーフエルフ。2人の美女の会話という光景が勝手に視線を引き付けていることを。

 

「それでは、行きましょうか」

「おうふ…今日もよろしくっすよ…」

 

 結局エイナも最後まで気付かぬまま、2人は個室へと消えるのであった。

 

 

……

 

 

「――…はい、というわけで、ダンジョンに『神の恩恵(ファルナ)』無しで潜るということは、ほとんど自殺行為に繋がるわけです」

「ほぉー…なるほどねー…っす」

 

 最初の一時間は昨日習った文字の読み書きの復習と応用。そのあとは冒険者として覚えておくべきダンジョンに関する説明が始まる。

 

 …この世界に来てすぐにコボルトを瞬殺したって話、やっぱ黙ってたほうがよさそうだ。

 

 その後も、上層における各階層に出てくるモンスターの種類(知ってる)、特徴(知ってる)、強さ(ある意味知らなかった)、「新人殺し」と呼ばれるモンスター(知らなかったけど倒してる)などなどを聞き、それに合った相槌を打っていた。

取り敢えずエイナは、これらの講座を一通り終えてダンジョンに潜れるようになったとしても、最初の数週間は1階層、潜っても2階層までにしか行かないようにと釘を刺してきた。

 

 

    ――…ごめん、私もう10階層まで行ってるんだ…

 

 当然そんなこと口が裂けても言えるはずがなく、代わりに元気よく「わかったっす!」と返事をしておいた。凄い怪しまれてちょっと傷ついた。

 

「さて…それじゃあ次はダンジョンの上…『摩天楼施設(バベル)』について説明するね」

「『バベル』…」

 

 気が付けば、エイナのルプスレギナに対する口調はベルに向けるものと似たようなフランクなものになっていた。歳が同じ上に手の掛かり具合はベルとそう変わらない…下手したらそれ以上だし、ルプスレギナ当人もまた敬語より話しやすいようにしていいと彼女に告げたからである。

漸く既知の情報が多かったダンジョン以外の話になり、ルプスレギナの瞳に宿る興味の色が僅かながらに強くなる。

 

 まずは『バベル』の存在の意味から始まり、その内部にある簡易食堂や換金所といった冒険者のための施設や、鍛冶の女神ヘファイストスが運営する鍛冶師(スミス)系ファミリア【ヘファイストス・ファミリア】の支店の存在。それから…

 

「…それから、20階から上の階層は神々の領域(プライベートルーム)になっているので、一般的には立ち入りはできないようになってるから、気を付けてね」

「ふぅん、神様たちの賃貸マンションすか…」

 

 まんしょん? と首を傾げるエイナを余所に、ルプスレギナが思い出しているのは一昨日の真夜中に自分を見ていた謎の存在についてだ。虚空を見つめていた目を僅かに鋭く尖らせ、しかしすぐにいつもの表情と戻せば

 

「あんな建物の最上階、誰が住んでるんすか? 神様たちのお偉いさんとか?」

「うーん…まぁ、神々って時点で天上の存在なわけだけど…確かにこの都市に与える影響を考えれば、そんな神々の中でも偉いお方ね」

 

 ごく自然な流れで聞き出そうと思えば、予想していたよりもあっさりと答えを得られそうだ。あくまでも講座の途中の雑談として聞いているだけだとでも言うように両手を頭の後ろで組み、しかし一言一句聞き逃すまいと耳に意識を向けて

 

「“美の女神”フレイヤ…この迷宮都市最大派閥の片翼、【フレイヤ・ファミリア】の主神よ」

 

「フレイヤ…様、っすか…」

 

 美の女神、という肩書だけでもトンでもなさそうなのに、まさかの迷宮都市最大派閥ときたもんだ。目が合ったのはただの偶然で、向こうは全く気にしていないことを全力で祈るとしよう。

 

 そして、その後もいくつか『バベル』に関する説明を受けたところで、エイナは唐突に顔を上げる

 

「そうだ、ルプスレギナさん、今日の午後は少し出かけましょうか」

「えっ、どしたんすか急に…まさかエイちゃん、そっちの趣味が」ピシッ!ピシッ!!ピシッ!!!

 

「…何かな?」

「なんでもねっす、ハイ」

 

 いつの間にやら持っていた教鞭を片手に陰のある笑みを浮かべるエイナに、ルプスレギナはビシッと佇まいを直す…完全に“彼女”の姿が幻視されてるんですが。

 

 ただ、急に出かけると言い出した理由が本当にわからない。まぁずっと座学というのもいい加減に飽きてきたし、気晴らしに都市の中を案内とかだろうと適当に当たりを付けて了承したのであった。

 

 

……

 

 

「はい、到着です」

「……えぇ、と…『ほう()ょうのおんなしゅじん』…?」

「…『“豊饒(ほうじょう)”の女主人』ね」

「おぉぅ…っす」

 

 

 正午、『ギルド』職員の昼休憩を利用し一旦私服に着替えたエイナは、ルプスレギナを連れて西地区へと向かった。途中で立ち寄った露店で昼食にと買ったサンドイッチを食べながら、てっきり【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)にでも向かうつもりなのかと思っていたが、目当ての場所はメインストリート沿いに並ぶ建物の中でも一際大きな酒場であった。

 

 わざわざ此処で何をするのか。エイナは此方に微笑みかけるだけで未だその答えを言うことはなく、一足先に建物の中へと進んでいく。

 

「こんにちはー、グランド氏はいらっしゃいますか?」

「あ、昨日の…。少しお待ちくださいね、ミアお母さんを呼んできますので」

 

 見た目からてっきり酒場なのかと思ったが、店内はどちらかというと喫茶店に近い雰囲気だ。恐らくは昼の間は喫茶店、夜は酒場という風に変えているのだろう。エイナの言葉にいち早く反応したのは薄鈍(うすにび)色のポニーテール――お団子にした部分から下がってる――が特徴のウエイトレスの女性だった。

 

 エイナが用があるのは、そのウエイトレスにミア“お母さん”と呼ばれていた女性らしい。あれだけ綺麗な女の人の母親なら、きっとその人も美人なのだろうと思いながらもエイナの後ろで適当に時間を潰す

 

「あぁ、アンタかい。」

 

 そこそこの客入りの店内を一人ぱたぱたと動き回る女性…猫耳の生えた猫人(キャットピープル)の店員を眺めていると、先ほどのポニーテールの店員が戻ってきたらしく視線を戻して、固まる。

 

 …お母さん? 姐御とかじゃなくて?? 

 

 思わずそんな風に思ってしまいたくなるほどのガタイを誇る女性がそこに立っていた。この体(ルプスレギナ)になってから同性を見上げるというのが久々…もしかしたら初めてなので、なんとも新鮮だ。幅のある体は太っているとかではなく、間違いなく鍛え上げられてできたものなのだと確信ができる。このような喫茶店兼酒場の主人をやっているとは思えない。

 

 そしてこれも大事、隣に立っている可憐な美少女という言葉が非常に似合うウエイトレスと全く似てない。まさかあの少女も、いつの日か()()()()なっちゃうのか?

 

 ちなみにこの時点で、ルプスレギナ(鈴木実)はミアがドワーフであることに気付いていない。

 

 

「シル、アンタは仕事に戻んな。アーニャの奴が偉い形相で見てるよ」

「はい、わかりました」

 

 シル、と呼ばれた少女は最後に此方に頭を下げると、先ほどから一人で客の対応に追われていたアーニャというキャットピープルの少女のもとへ駆け寄っていく。その後姿を眺めつつも、今度はミアとエイナが会話を始め、ルプスレギナはいい加減暇そうに欠伸を零して

 

 

「…それじゃあ、その後ろの娘っ子をウチで働かせてやればいいんだね?」

「はい、最後は本人の判断に任せますので、私はこれで…」

 

 

 ………んん??

 

「え…ちょ…え、エイちゃん!? なんか、今聞き捨てならない言葉が聞こえたっすよ!? 私、ここで働くんすか!?」

「うん、此処に来るまで黙っててごめんね? ただ、どうしても驚かしたくて」

 

 なんて、普段真面目なエイナにしては珍しく悪戯に微笑んでいたが、こちとらビックリどころの騒ぎじゃない

 

「いやいやいやいや…私、冒険者なんすけど…」

「でも、まだ講座は終わってないし、その間もお金を稼がないとでしょ? だから、午前中は『ギルド』で講座をして、午後はどこかで働いたほうがいいかなぁと思って」

 

 なるほど、それはわかる。しかし、それならそれで午後働く許可さえくれれば仕事先くらい自分で見つけられたのだが…

 

「もちろん、最初は働き先はルプスレギナさん自身に決めてもらおうと思ったんだけど、ルプスレギナさんはまだこの都市のことも詳しくないみたいだから、万が一のことを考えるとどうしても心配になっちゃって…」

 

 …え、エイちゃん…ホンマええ子や…

 

「だから、昨日仕事終わりにこちらのグラント氏に頼んだの。そうしたら本人を連れてきたら話を聞いてくれるっていうから、ここに来たってわけ」

 

 なるほどなるほど、よく分かった。わざわざ私服に着替え、『ギルド』の職員としてではなく個人的に動いてくれるほどにエイちゃんが良い子なのは本当によくわかった

 

「エイちゃぁん、私カンドーっす!! 一回ハグしていいっすか? 勿論レズ的な意味ではないっすから!」

「あ、あはは…流石に遠慮させてもらおうかな」

 

 わざとらしい泣き真似に乾いた笑みを零しつつ、エイナは此方を押しとどめるように両掌を向ける。

 

「あっはっはっは! 活きのいい娘じゃないか! 気に入ったよ!」

 

 そんなやり取りを見ていたミアは、豪快に笑いながらもルプスレギナの背中をバシンと叩く。メイド服はそれを攻撃とみなして魔化し、アダマンタイト以上の硬度を誇る鉄壁の防具へと変化を遂げる――と言っても見た目に変化はない――が、ミアは全く気にする素振りはなかった。だからこそルプスレギナの方は急に背中を叩かれたのも含めて驚いたように目を丸くすることになる

 

「話によるとダンジョンに潜れるようになるまでの短期のバイトなんだろう? こっちとしてはアンタみたいな綺麗どころがたとえ短期間だろうとも増えるのは大歓迎さ」

「はぁ…そっすか…?」

 

 ミアの言葉に後ろ髪を掻きながら、ルプスレギナは先ほどの二人のウエイトレスに視線を移す。この顔(ルプスレギナ)もとの顔(鈴木実)とは比べようもないほどに美人なのもわかっている。ただ、あの2人のウエイトレスがどちらもお世辞抜きに美少女であるのも間違いない。…なんか、あのレベルの2人と並んで給仕するって、“鈴木実”の精神的には少しきついんですが…

 

 まぁ、それでもだ…

 

「…分かったっす。多分少しの間になると思うすけど、よろしくお願いしてもいいっすか?」

「あぁ、歓迎させてもらうよ」

 

 ここで働けば、今自分が持ってる34000ヴァリスを渡す口実にも出来る。酒場は情報が集まりやすいから自然とこの都市やダンジョンの情勢にも詳しくなれそうだし、ここで働くことがきっかけでより多くの人物とのコネクションも出来るかもしれない。

かなり打算的な考えではあるが、目の前の女将さんはなんだかその程度簡単に見抜いてきそうで、しかもその上で気にしなさそうな人に見える。かなり好感触だ。

 

「それでは、私はこれで失礼します。ルプスレギナさん、頑張ってね」

「ういうい、頑張るっすよ。エイちゃんもわざわざありがとうっす」

 

 最後にぺこりとお辞儀をして去っていくエイナの後姿を外に出て見送り、小さく頷いてからまた店内へと戻る。すると、腕組みしていたミアはにっと歯を見せて笑みを浮かべ

 

「よし、それじゃあまずは自己紹介といこうじゃないか。みんな出といで!」

 

 

 なんとも驚いたことに、ここで働くウエイトレスはシルとアーニャだけでなく、まだ3人もいた。厨房の方で作業をしていたのかぞろぞろと出てきたウエイトレスたちは横に並び、一人ずつ自己紹介をしてくれる。

 

 

「ほうほう…シルちゃんに、リューちゃんに、ルノちゃんに、アーちゃんに、クロちゃんに、ミーちゃ「あ゛?」……ミアさんっすね。 私はルプスレギナ・ベータっす。よろしくお願いするっす」

 

 

 一人一人の顔と名前を刷り込ませるように順番に視線を動かしつつ、その名を反芻する。途中で名を呼んだエルフの女性が『ちゃん』付けにピクリと眉を動かし反応を示すが、ルプスレギナは構わずに続ける。唯一女将のミアだけは威圧に負けて『さん』付けになってしまったが…

 

 しかしここで、リュー以上に『ちゃん』付けされたことに大きな反応を示した2人のキャットピープルが進み出てきた。

 

 

「おーおー、この新入り、ミャー達の事を『ちゃん』付けで呼んでるニャ」

「いい度胸してるニャ、この店での立ち位置ってやつを教えてやるニャ、アーニャ!!」

 

 どこから取り出したのかサングラスをかけて顔を近づけてくるアーニャと、その後ろで煽るクロエ。きょとんとした表情を浮かべ、視線をゆっくりと後ろのウエイトレス達に向けてみると、ミアを含めた全員が困ったような表情をしている。

 

 なるほどこれがいつも通りなのね、と理解したところで、アーニャがずい、とさらに顔を近づけて

 

「おミャーはこの店じゃ一番の新入りニャ、新入りは新入りらしい言動を心掛けるニャ」

 

「……」

 

 未だに目を丸くしたままアーニャの目を見つめ返しているルプスレギナ。反応がないのをいいことに『コイツビビってるニャ!』などと叫んだクロエに対し、ルプスレギナはやがてにこりと愛嬌のある笑顔を浮かべて

 

「はいっわかりましたっ! 非才の身で色々とご迷惑をおかけするとは思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします、先輩っ!」

 

 先ほどまでと打って変わって、元気一杯な新入りを全力で演じる。半目でそれを見るミアや、無表情のリュー、苦笑いを浮かべるシルなど反応は様々だが、眼前のアーニャはというと

 

「お…おう、よく分かってるじゃニャいか。よし、ここはミャーが、()()としてビシビシ指導してやるニャ!!」

 

 口先では厳しそうに言っているが、ゆらゆら揺れる尻尾が完全にいまの感情を表している。“先輩”の部分をやけに強調していたのといい、これは完全に…

 

 

(((勝てない…(ニャ))))

 

 

「ほれほれ、指導の前に、まずは制服に着替えな。シル、アンタの制服の予備を貸してやんな」

「あ、はい、わかりました。」

 

 ウエイトレスたちの中でアーニャとルプスレギナの立ち位置がはっきりしたところで、黙って静観していたミアが厨房へと戻りながらシルに指示を出す。クロエとルノアは接客に向かい、アーニャはシルとともにルプスレギナの制服を取りに行こうとしていた

 

「あ、やっぱ制服に着替えるんすね」

「うふふ、そのお洋服も素敵ですけど、この仕事をしてると服が汚れてしまうこともありますから」

「そうニャそうニャ、私服に酒とか血がついたらたまったもんじゃニャいニャ」

 

 血が付くことなんてあるのか? という疑問はいったん置いといて、確かにメイド服が汚れるのは困る。《クリ-ン/洗浄》の魔法があるとはいえ、人の目がある場所で使うわけにもいかないからだ。そんなわけで、素直に頷いたルプスレギナは二人の後を追い、更衣室へと入っていく。

 

 

 そんな3人…否、一番後ろのルプスレギナの姿を、エルフの女性は黙って見つめていた

 

 

……

 

 

「わぁ、よくお似合いですよ!!」

「うむむ…まぁ、似合ってニャいこともニャいニャ…」

「そうっすか? 自分じゃよく分かんねっすねぇ…」

 

 

 更衣室の中にいる3人はそれぞれ異なる色の表情を顔に浮かべていた。楽しそうな者、少し悔しそうな者、やや困惑している者。そのうち二人はルプスレギナの姿そのものを見据えており、ルプスレギナ本人は視線を落としていた。

 

 今、彼女が着ているのは『豊饒の女主人』の制服である。普段着ているメイド服よりも丈の短いジャンパースカートの裾をつまんで少し持ち上げ、小首を傾げる。普段の黒いメイド服姿にすっかり慣れてしまっているもんで、若葉色というのはなんとも新鮮だ。変に背が高い分、ミアが着ているような丈の長いスカートの方がやっぱ似合うんじゃないかと個人的には思うのだが、少なくともシルが絶賛してくれている以上、そんなこと言うに言えない。

 

「まぁ、そのうち慣れるっすよね?」

「そうですよ。すぐに慣れますって!」

「そいじゃ、とっとと次に行くニャ、のんびりしてるとミア母さんに怒られるニャ」

 

 丈は長いがスリットの存在が艶やかな雰囲気を醸し出してしまうメイド服と、丈はメイド服より短いが明るい色で清潔感の漂うウエイトレス姿。どちらもこの都市の男性(神含む)からすれば垂涎ものかもしれない。シルとアーニャの言葉に頷きを返し、『それじゃあまずは厨房の案内ニャ』というアーニャを先頭に3人はまたも移動を始めるのだった。

 

 

……

 

 

「ミア母さん」

 

 夕暮れ以降にどっと増えるだろう冒険者たちの来店に備え、食糧庫で在庫の確認をしていたミアを背後から話しかける者がいた。ミアは声…いや、その気配だけでも十分にその人物が誰なのか分かっていたらしく、羊皮紙に明日の買い出しに必要な食材と個数を書き込む手を止めず相手の名を呼ぶ

 

「リューかい、仕事ほっぽって何だい?」

「すみません。しかし、彼女の事でお話が…」

 

 背を向けたまま会話をしようとしていたミアの手は、“彼女”という単語を耳にしてぴたりと止まる。一度瞼を閉じてはぁと溜息を吐いたのは、背後の人物…エルフのリューが誰の話をしたいのかを察したからだ

 

「ルプスレギナだね」

「はい、彼女が冒険者になったばかりでダンジョンにもまだ潜っていないというあの話…私には到底信じられません」

 

「だが、あの娘はまだ【ファミリア】に入ったばかりのレベル1だって聞いてるよ」

「そこも怪しいです。 彼女の纏う雰囲気は、レベル1の其れとは思えない」

 

 自分にだって気付けたのだ、今会話をしているミアだって本当はとっくに気付いているはず。ルプスレギナの笑顔でもっても隠し切れぬ強者のオーラ。もしも悪意を抱いて事実を隠していたとすれば、彼女の存在は危険である。故にこそ、本来必要のない忠告をミアにしたわけで

 

「それで…アンタはあの娘をどうしたいんだい?」

「それは…」

 

 しかし、ミアのたった一つの質問によってリューは口を噤んだ。本来ならばそこが一番大切なポイントだと分かってはいるが、間違っても『追い出そう』などとは考えるわけにはいかない。()()()()()()()()()()()

目を伏せ、視線を逸らしたリューを肩越しに見据えて再び溜息を零したミアは、漸く振り返るとリューの目の前まで歩み寄り

 

「…アタシはあの娘を信じるよ。例え、腹ン中に何抱え込んでようとね」

「っ…しかし…」

 

「いいかい、リュー。この娘がここに来たのは、そりゃあ確かに別の娘に案内されてではあるがね、ここで働くと最後に決めたのはあの娘の意思だ。アタシはそれを尊重する。 それに…今頃もう、あの娘もコイツ(制服)を着てるだろう。コイツに袖を通した瞬間から、あの娘はもうウチの従業員で、アンタらとは少し()()は違うが立派なアタシの(むすめ)の一人だよ。娘を信用するのは、親として当然さ。 それに…万が一、億が一、兆が一の事が起こっても、アンタらが守ってくれるだろ?」

 

 トン、とミアが指さしたのは、リューを含むここの従業員が着ているウエイトレス服。にぃ、と男勝りな笑みを浮かべるミアの顔に、リューは決して胸の内にある不安がすべて消えたわけではないが

 

 

「……ミア母さんに私たちの守りが必要とは思えませんが」

 

「はっはっは、違いないねぇ」

「……」

 

 ミアの冗談に的確な指摘をし、豪快な笑い声をあげるミアの前でほんの少しだけ口元を緩ませたのだった

 

 

 

 

    『フミ゛ャァァァァァァァァァァァァ!!!!??』

 

 

「っ!? 今の声は…アーニャ!?」

「リュー、待ちな…!!」

 

 その矢先、薄暗い食糧庫にまでとど届く、耳を劈くような悲鳴が響き渡った。先ほどまでの会話の内容が内容なだけに、ルプスレギナと共に行動しているはずのアーニャの悲鳴にリューは敏感に反応し、ミアの静止の言葉を無視して飛び出す。ミアが冗談で口にしていた“兆が一”の状況を考慮し、どんな状況であろうともすぐに動けるようにと自分に言い聞かせる。

 向かう先は厨房――勢いよく飛び込んだその場所で、彼女が目にしたのは

 

    ――床に倒れ、ぴくぴくと痙攣するアーニャと、その傍らで頬を掻くルプスレギナの姿だった

 

「――…っ!!」

 

 瞬間、ルプスレギナがアーニャに何かしたのだろうと判断したリューは普段の無表情さに確かな怒りを乗せる。しかし、ルプスレギナの隣で、()()()()()()()()()()困ったようにアーニャを見下ろし苦笑いを浮かべるシルに気付き、その怒りは一旦鳴りを潜めた

 

 

「シル、これは一体どういう状況なのですか?」

「あぁ、リュー…これは、その…」

 

 表面上は冷静さを保とうとしても、その言葉には少し圧がある。だが、シルが言葉を濁しているのは決してそんなリューに威圧されたからではない。ちら、とルプスレギナとシルは互いに視線を向け、困ったように笑いあうと、次に口を開いたのはルプスレギナだった。

 

「いやぁ、アーちゃんが『メイドなら飯くらい作れる筈だニャ。さっき言ってたゴールデン芋のスライス揚げとかいうのを作ってみるニャ!』とかって言うもんで、私は無理だって言ったんすけどね…」

「結局強引に作らされて、出来たものを食べたアーニャが口から火を噴いて倒れちゃって…」

 

 ルプスレギナが前半を、シルが後半を説明し、リューは理解した。とどのつまりは完全にアーニャの自業自得なのだと。

 

 

「それにしても…ルプスレギナさん、お料理は駄目なんですね…」

「私はもっぱら食う専門っす。料理以外の仕事であれば完璧にこなしてみせるっすよ」

 

 よくよく見れば、アーニャが倒れている目の前のテーブルには、皿に盛られた暗黒物質(ダークマター)があった。アーニャはアレを食べたのか…と未だに痙攣している同僚に向ける目に、同情の念は完全に消えた。

 

 

 

    逆に、ルプスレギナには妙な親近感を覚えるリューなのであった。

 

 




エイナさんと豊饒の女主人の関係って作中で言及されてましたっけ? オバロとダンまちの設定確認しながら書いてるものの、外伝持ってないのは痛いな…(汗

よし、買おう←

アーニャちゃんマジ動かしやすくて好き。

※2016/06/07

サブタイと内容を修正。…愛称のくだり短くないかって? 細けぇこたぁいいんdごめんなさい←

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