「おい先生さんよ、久しぶりに相手してくれよ」
それはとある日の昼下がり、いつもの様に道場で子供達の稽古を眺めていた時、
その中にいたけだるそうな銀髪の少年が指でハナクソをほじりながら話しかけて来た。
「もうさ、いい加減あの野郎ばっかとやり合うのも飽きたんだよ、散々ブチのめしてるのに毎度毎度蘇ってくるしよ、潰しても潰しても油断してると突然バッと出て来やがってなんなのアレ? ゴキブリ?」
「おい聞こえてるぞ、誰がゴキブリだ、つーか今のところ勝敗は俺の方が勝ち越してるんだからな」
「細けぇ事は良いんだよ、要は何度も何度も俺に勝負挑んで来るなって事だよコノヤロー」
銀髪の少年に続いてもう一人気の強そうな少年が自分の前にジト目で歩み寄って来る。
その少年に対し、明らかに生気のないその目をしながら銀髪の少年が心底めんどくさそうにしていると、今度は自分の下に長髪を一つに束ねた真面目そうな少年が現れた。
「お前達、話してないで真面目に稽古をせんか。そんな油断をしているとすぐに周りの者に抜かれるぞ」
「ヅラ、別にコイツと仲良くお喋りタイムしてる訳じゃねぇよ、俺は眺めてるだけで暇そうなおっさんに一手ご指導受けようと思ってただけだ」
「ヅラじゃない桂だ! 俺の事をヅラと呼ぶ上しかも先生の事までおっさん呼ばわりとは! 貴様人の名前をまともに呼ぶ気はないのか!」
「んだよ別に良いだろー、いちいち名前で呼ぶよりあだ名で呼んだ方が親しみも生まれるって、つ―ことでお前はヅラ、コイツはチビ、そんで先生さんは山寺宏一で」
「誰だ山寺宏一って! あだ名というか明らか別人の名前使ってるだけではないか!」
銀髪の少年は平然とした様子でボケをかまし、それにすかさずツッコミを返す長髪の少年。
二人がそんな事をしている間に、ふといつの間にか自分の前に気の強そうな方の少年が前に出てきた。
「先生よ、あのバカはほおっておいて俺と一戦やってくれ。確かに俺もあのバカとずっとやり続けていたのは飽きて来たからな」
「テメェ高杉! なにドサクサに紛れてそいつに勝負挑んでんだ! そいつとやるのは俺だ!」
「よさんかバカ者共! 全く二人揃って先生を困らせるような真似を……ところで先生、今日の占いだと先生は長髪の少年と剣を交えれば吉と聞きました、長髪の少年と言えばこの道場には俺しかいませんがどうします?」
「「結局お前も遠まわしに勝負挑んでんじゃねぇか!!」」
銀髪の少年だけでなく他の二人も自分と戦いたいと頼んで来た。
自分がなんと言おうか迷っていると、遂に三人は掴み合いながら喧嘩を始めてしまう。
「おいテメェ等、言っておくが俺はテメェ等よりずっと先輩なんだぞコラ、後輩なら先輩に譲るってモンがセオリーだろうが、空気読めバカ」
「逆だろうが先輩、普通は後輩の今後を思ってこういうのは先輩の方が潔く身を引くモンなんだよ、お前こそ空気読め超絶バカ」
「全く……下らぬ口喧嘩を毎度毎度やってよくもまぁ飽きないものだ、空気を読むよまないなどどうでもいいであろう、もういいお前等」
二人に対して呆れながらも、ここは潔く仲直りさせる為に長髪の少年が仲介人を買って出た。
「わかったから早く一緒におにぎりを握ろう、いい加減空気を読め」
「「いやお前が一番空気を読め!」」
「言っておくが握るだけだぞ、絶対に食べるなよ」
「んなもん誰が食うかコノヤロー! てかいつの間におにぎりなんて握ってたんだよ!」
「何を言う、最初にお前等が揉めてた時には既に俺はおにぎりコネコネしながら歩み寄ったであろう」
「てことは今までずっとおにぎり握ってたのお前!? 稽古を怠るなと言っておいてテメーはおにぎり作りに没頭してんじゃねぇよ!」
「バカ者! おにぎり作りも稽古の内だ!」
「「どんな稽古だおにぎりバカ!」」
もはや仲介人にもならずむしろ火付け役にしかなっていない長髪の少年。
そうして三人でギャーギャ―喚き合っている光景をこうして眺めているのも悪くはないのだが……
「コホン、いいですか三人共」
自分が軽く咳払いして注目をこちらに集めると、三人はすぐに揉め合いを止めてこちらに振り返ってくれた。
「別に喧嘩をするなとは言いません、年の近い子達同士で喧嘩するのは男の子として当たり前ですからね」
子供でわかるように慎重に言葉を選びながら、自分は三人に語り始める。
「しかしだからといってあなた達は少し度が過ぎます、些細なことですぐに喧嘩してどちらが上か下かなど決めようとしないで、まずは大きな器を持って下さい」
「さすが先生だ、とてもジャンプ借りパクしてただけで鬼の様にキレた奴と同一人物とは思えねぇや」
「銀時、その事の件については未だに思う事あるので覚悟しておいてください」
「大きな器どこいったの先生!?」
そういえばまだ返してもらってないと思い出し、自分は銀髪の少年に念を押すとまた話を続ける。
「私が言いたい事はつまり、あなた方が喧嘩するより協力し合った方がずっと光り輝く存在だという事です。今後君達一人一人が力を合わせれば、きっとどんな困難も乗り越えられるでしょうしね」
「俺がこのチビとヅラとぉ? 勘弁してくれよ」
「それはこっちの台詞だ、誰がテメェなんかと組むか」
三人の内の二人がまたもや火花を散らし睨み合いを始めたので、仕方ないといった感じで自分はため息を突いた。
「ならばこうしましょう、今から君達三人が”協力せざるを得ない状況”を私が用意します、そこで各々よく考えて行動し、侍としての己の身の振り方を覚えなさい」
「協力せざるを得ない状況だぁ?」
「それは一体どういう事ですか先生?」
「俺も桂も銀時もてんで性格がバラバラなんだ、協力するなんて出来っこねぇよ」
「フフフ……」
三人の内一人は興味ありそうな表情をしているが、他二人はやはりやる気が無さそうだ。
そんな三人を見てますます楽しそうになりながら自分は早速課題を出す。
「今から私が本気であなた達三人を仕留めにいくんで協力して私を倒してみなさい」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
「では……」
我ながら言いアイディアだと思いながら、同時に叫ぶ三人を尻目にスッと稽古上に立てかけられていた木刀を一本手に取る。
「言っておきますが本気の私はあなた達のような半端モンが単身で挑みに来ても勝てる相手ではありませんよ、もし協力せずとも私に勝てると思い込んでいるのであれば」
木刀を三人に突き出しながら自分は静かに微笑んで見せた。
「まずはそのふざけた幻想をぶち殺します」
上条当麻はそこで目が覚めた。
パチリと目蓋を開けた先は病院の天井、そして病室の窓からは朝日が昇った事を教えてくれるように眩しい日差しが降り注いでいる。
「夢……って感じじゃなかったな」
病室のベッドで横になったまま先程見ていた夢を思い出しながら、ふと自分の体を見下ろしてみる。
あちらこちら包帯まみれで、未だにその個所からズキズキと痛みが走って来ていた。
「そうか、あの黒夜とかいう奴と戦って、それで……」
その痛みによって上条はここで寝ている理由を思い出してきた、確か吹寄と夏休みの宿題をやっていた時に突然見廻組の今井信女が追っていた黒夜海鳥が現れ、吹寄を人質に逃げ出したので坂本辰馬に協力してもらって彼女を追った。
そして追い詰めたかと思いきや相手はまさかのレベル4の大能力者であり、そのあまりにも強力な能力に絶体絶命のピンチに陥っていたのだが……
「駄目だ、その先が思い出せねぇ……」
包帯まみれの左手で頭を押さえながら思い出そうとするも、まるで記憶がぽっかり抜かれたかのように何も思い出せない上条。
すると突然、自分のベッドと隣のベッドを遮るように閉じていたカーテンが勢いよくシャーと開かれる。
「やっと起きたのね、回復能力はまだ”本体”の様にはいかないのかしら」
「アンタは……」
見るとそこには自分と同じく包帯まみれの今井信女の姿があった。どうやら彼女も重傷を負い自分と同じ病室で寝ていたらしい。
「あなたはあの事件から三日間ずっと寝ていた」
「み、三日間も!? 吹寄や坂本さんは無事なのか!?」
「二人共無事、あのモジャモジャ頭の方は軽症負っただけ、女の子の方はちょっと診てもらっただけで何も問題は無かったみたいよ」
「そうか、良かった……」
自分と同じように横になりながらこちらに目も向けようとせず、ただ天井をジッと眺めながら信女は淡々とした口調で二人の無事を報告すると、上条は安堵したかのように胸を撫で下ろす。
だがすぐにその表情には曇りが
「……黒夜海鳥の方は」
「……生きている、両腕の方は病院の医者がなんとか繋げれたらしいわ、切断面が綺麗だったのが幸いだったみたい」
「え? 両腕が……」
あの戦いの中で彼女は両腕が無くなったのか? 一体どうしてといった表情を浮かべる上条に。
始めて信女が横になったまま彼の方へ顔を向けた。
「あなたが私の刀で斬った」
「……そうだったのか」
「やはり覚えてないのね」
「ああ……けどなんでだろうな、俺が斬ったと言われてもなんとなく信じれるんだ」」
上条は自分の右腕を上げてそっと見上げる。
この右腕だけ妙に傷が少ない、寝ている間に右腕だけが治っている事などあり得るのだろうか……。
「なぁ信女さん、アンタに聞きたい事があるんだけどいいか」
「……その右腕の事でしょ」
「聞きたいのはそれだけじゃない」
自分の右手に宿る幻想殺し、コレはあらゆる異能の能力を打ち消せれる能力があると昔から朧に言い気かされていた。
しかしきっとこの右手はそれだけではないのだろう、もっと大きな、もっと恐ろしい力が隠されている。
あの戦いを経て上条はそう感じるようになったのだ。
「黒夜を本当に倒したのは、”誰”なんだ」
「それを聞いたらあなたは絶対に後悔する事になるわよ」
「するかもしれない、けど俺はどうしても知りたいんだ、俺の幻想殺しの正体はなんなのか」
「いいわ」
上条自身が決めたのであればもう何も言うまい、信女はムクリと上体を起こすと、ベッドに座ったままこちらに振り返る。
「あの日、黒夜海鳥を倒したのはあなたの右腕に宿るもう一人の人格」
「俺じゃないもう一人の俺って事か……?」
「かつて数多の者を上の命令を受けるがままに殺し、どれ程の傷を受けてなおすぐに回復する不死の力とあらゆる異能の力を打ち消す能力を兼ね備えた化け物、その名は虚」
「虚……? なんかその名前、昔父さんから聞いた名前のような……」
虚、その響きに若干の違和感を覚えながら上条はふと昔父に聞いた事を思い出す。アレはもう十年ぐらい前の事だったか……
両親と自分が住んでた地区で、過激派攘夷志士による派手な爆破テロが行われ大規模な犠牲者が生まれたらしい。
確かあの時に自分は
「俺が小さい頃大事故に巻き込まれて死にかけていた、その時偶然その現場に現れた朧さんと一緒にやってきた人、確かその人の名が……虚」
「その時、あの男の右腕があなたに移植された」
「!?」
話始めていきなり衝撃的な言葉を言う信女に上条は目を見開く。
という事はコレは本来の自分の右腕ではなくその虚自身の右腕だというのか?
「だからあなたには虚の力の一部が扱えるんだわ」
「ちょっと待て、どうして俺にそんな事を!」
「虚は万が一にでも己の肉体が滅んでも良いように、スペアとしてあなたを選んだのよ」
スペア? 一体どういう事だと自分の右手を見つめる上条に信女は話を続ける。
「その右腕には異能の力をうち消す力だけでなく虚ろ自身の人格の一つも込められている、もし本体である自分が”死”という局面から逃げられなくなった時、右腕を持つあなたを内部から支配して現世に蘇るって事よ」
「なにモンなんだそいつは……」
「詳しくは私もわからないけど、この世界で最も常識からかけ離れた存在だというのは確かね」
自分が死んだ時の為に自分の人格の一部が入った右腕を他人に移植させた。
聞けば聞く程頭が痛くなる、明らかに狂気じみててまるで現実性が感じられない。
だがそれが自分自身に起きている出来事だと理解しているとなると、どうしても「そうだったのか」と受け入れてしまう自分がいた。
「俺の右腕はその虚って奴のモンだっていうのはわかった、確かに俺はマジでヤバいと思った時、なんか体が勝手に動いちまう時があったんだ、アレはきっとスペアの俺が死なないようその虚って奴の人格が一時的に俺の身体を乗っ取って動かしてたんだ……」
「残念だけど、正確には乗っ取った訳じゃないわ、ただあなた自身の本当の記憶が一時的に蘇っただけ、その時だけその体は記憶の思うがままに動く事が出来るの」
「本当の……記憶?」
「率直に言わせてもらうわ」
なんだ、一体何を言っているんだこの人は? 自分の推測が違うと否定すると信女は真っ直ぐな目でこちらの心を見透かすようにジッと見つめて来る。
そして
「上条当麻という人間はもうこの世に存在しない」
「……は?」
「あなたがその大事故に巻き込まれた時に、既にその子は死亡している」
「一体何を……」
「なら一つ聞くけどあなたは事故以前の記憶があるの? 上条当麻としての小さい頃の記憶が」
「!」
本来こういった時は雷を食らったかのような衝撃的事実と表現するべきなのであろうが、上条自身は雷を食らう様な衝撃ではなく、むしろ頭の中が何も残さずポッカリと消えてしまったような虚無感を覚えた。
言葉が出ずにただ無表情でこちらを見て来る上条に対し、信女は遠慮もせずに真実を告げた。
「今のあなたは上条当麻という器を借りてるだけの存在に過ぎない、虚があなたに自分の人格を与えたが、その人格には大きな欠点があった」
「……」
「その人格はかつて虚としての生き方を選ばず別の道を選び、自ら育て上げた弟子に殺された男」
「吉田松陽、それがあなたの本当の名前」
空っぽになっていた頭がその名を聞いた時、不思議と懐かしさと色々な思い出がよみがえって来た。
今と比べてずっと幼い姿をした朧
屍の山でただ命を繋ぎ止めるために生きていた銀髪の少年
身寄りも無くお金も無い子供達に教育を受けさせるために建てた学び舎。
そこに道場破りするかのように何度も銀髪の少年に挑んで倒されていた少年。
その少年と共に門を叩き、侍としての生き方を学ぶ為に一生懸命勉学に励んでいた長髪の少年。
そして
薄暗い地下牢で死を待つだけだった自分の授業を受けていた、最後の弟子である少女……その名は
「骸……アンタは昔そう呼ばれていた」
「……もしかして全部思い出したの」
「いやかなりおぼろげだ、けどなんか急に色々と頭の中に色んな人の顔がいっぱい出て来て……く!」
上体を起こして節々が痛む事も忘れる程上条は頭部からズキズキと強烈な痛みが走り始める。
まるでずっと眠っていた記憶がようやく目を覚ましたかのように次々と浮かんでは消えていく。
その妙な感覚に頭がどうにかなりそうだと思いながら、両手で頭を押さえて必死に痛みに耐える上条ではあったが
いつの間にか信女が自分のベッドから下りて、彼のベッドに座って来た。
「思い出さなくていい、あなたもまた本来は死んだ身、虚という存在に殺されてもなお右腕に宿り続け、再びこの世で生を受け蘇ったというのに、またあんな苦しみを思い出す様な真似は止めて」
そう言って信女は苦しむ上条を和らげようとするかのように、そっと両手で抱きしめる。
「松陽、あなたはまた別の道を進めばいい。剣も武士道も必要としない、誰も殺さず誰も傷付けないそんな平和な生き方を送ってくれること、最後の弟子として私は願っているから」
「……」
自分は上条当麻ではなく死んだ筈の吉田松陽……それがわかっても不思議ともうショックは受けなかった。
信女に抱きしめられながら上条はしばし黙り込んだ後、スッと彼女の両手を取って優しく引き離す。
「なぁ、アンタは一体どうやって俺の正体を見破れたんだ」
「私もあの大事故の時、朧と一緒にあの現場にいたの。だからあの時の事は今も鮮明に覚えてる」
上条に両肩を触れられたまま、信女はあの時の出来事を思い出す。
「爆発に巻き込まれ死にかけだった上条当麻の下へ近寄り、あの男は自分の右腕をもぎ取るとその体に己の血と共にその腕を体の上に置いた」
なんとも想像するだけで恐ろしい絵面である、それを直に見ていれば更に気味が悪かっただろうなと上条が考えている中、信女は話を続ける。
「すると上条当麻の体は元に戻り、欠損した右腕もまた元に戻っていた、その体の上に置いていたあの男の右腕はもう無くなっていた」
「そうか、その時に俺は上条当麻として生き返ったのか……本来の虚としてでなく吉田松陽としての人格を持つ俺が」
「それからは朧があなたを抱き抱えて上条当麻の両親の下へと運んでいった、それが私が見た最後の光景」
「そうか、朧さんも知ってたんだな……」
結局知らなかったのは自分だけだったのかとわかると、上条はフッと笑って信女の肩に置いていた手を下ろす。
「ありがとな、アンタが最初冷たく俺を突き飛ばそうとしていたのは、俺が危険な事に巻き込まれてまた死ぬ様な事にならないように護ろうとしてたんだろ」
「勘違いしないで、私はただ自分の責務を取ろうとしただけ。弟子としてあなたにはもう別の道を進むべきだと判断しただけだから」
「へいへい、師匠思いな弟子を手に入れて松陽さんは幸せですよ ん?」
素直じゃないというかなんというか、無愛想な表情なまま冷たく言い放つ信女に上条が髪を掻き毟りながら苦笑していると、ふと自分達のいる病室のドアの向こう側からタッタッタッと誰かが駆ける足音が聞こえた。
「今誰かそこにいなかったか?」
「今というよりずっと前から病室のドアにいた、恐らく私達の会話もずっと聞こえていたかも」
「はい!?」
「多分あなたがずっと重体で意識を失ってても、欠かさず毎日見舞いに来ていた女の子……」
思い出す様に小首を傾げながら信女はしばらく間を取った後、やっと思い出したかのように首を戻して
「黒夜海鳥と戦ってた時にあなたが助けた吹寄って子でしょうね」
「ふ、吹寄!? もしかしてアイツ俺の正体を全部! なんでずっとアイツがドアの前にいた事言わなかったんだよ!」
感知してない体が響くぐらい大声を上げると、上条は痛む体を動かしてベッドからバッと降りると、急いで病室のドアの方へ歩き出すのであった。
上条が病室から出た頃、吹寄制理は無我夢中で病院の廊下を走っていた。
(あの女の人が上条と会話するのが聞こえたから病室に入らずに立ち聞きした私が馬鹿だった……!)
「後悔はしない?」と信女が上条に問いかけていたが、それを聞いて本当に後悔したのは吹寄の方であった。
今までずっと同じ中学や高校で一緒にいた同級生、上条当麻という存在は
既に死んでいた存在だったなんて
「きゃ!」
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
階段を駆け下り、一気に病院の出口の方へ突っ切ろうとしたその時であった。
階段を下り、一階の廊下の曲がり角にさしかかった時、上手く前が見えなかったせいでうっかり人とぶつかってしまう。
ぶつかった反動で床に尻もちついてしまう吹寄、そして彼女と衝突してしまった人物の方も同じく床に腰を着けてしまう。
「ギャァァァァァァァァ! テメェふざけんなよ! なに病院の廊下で全力疾走してんだゴラァ!! こちとらもうすぐ退院なのに傷口開いてくれたらどうすんだボケ!!」
「す、すみません! 前を見てなかったもので!」
あろう事か相手はこの病院で入院してた患者だったみたいだ。
怪我人であればこちらに対して怒り狂うのもなんらおかしくない、吹寄は慌てて立ち上がるとすぐに謝り出す。
だがふと倒れていたその人物を見て表情をハッとさせる。
「前を見てなかった!? バカかテメェ! ドラえもんに出て来る学校の先生の言葉知らねぇのか! 目が前にあるって事はな! 人間が前を進んで生きていく為なんだよコノヤロー!」
「その銀髪の頭……もしかして去年の大覇聖祭で女の子を捜してた常盤台の先生ですか?」
「あぁ? アレ、お前確か何処かであったような……」
あの時と違い白衣とスーツではなく病院服ではあるが、その銀髪天然パーマと死んだ魚の様な目は忘れようにも忘れられない印象だった。
常盤台の教師で名前は確か
「えーっと……坂田先生でしたっけ? 去年の大覇聖祭で知り合った吹寄制理です」
「あーその女としては正直ヤバいんじゃないの?って感じの名前で思い出したわ……あーそうだよ坂田先生だよ、坂田銀時、常盤台で教師やってます、そしてチンピラ警察に襲われて現在絶賛入院中です」
坂田銀時、彼はそう名乗りながら立ち上がると、おもむろに財布を取り出して自分の免許証をこちらに突きつけて来た。
いきなりそんなものを突き付けられて吹寄は顔に困惑の色を浮かべる。
「あの……坂田先生何故いきなり免許証を私に……」
「また教師かどうか疑われたくないものでね、あの時はよくもまあ何度も何度も疑って来たなコノヤロー」
「あ、あれは常盤台の生徒が倒れている救護テントでいかがわしい事をしようとした変質者じゃないかもしれないと思ってたんです!」
「誰が変質者だ、あんなガキ共に欲情する程銀さんの股間は安くねぇんだよ、R-18なんだよ俺の股間は」
「何を言うんですかいきなり」
銀時という男を見て吹寄は更に思い出した、そういえば妙に訳の分からない事を平然と喋るような男であった。
しかし不注意でぶつかったのは他でもない自分自身だ、吹寄はまた頭を下げてキチンと謝る。
「ぶつかった事には謝ります、ここ最近色んな事が起き過ぎて頭の中が混乱してたせいで……」
「色んな事? なにもしかしてあの時言ってたお前の彼氏?」
「彼氏じゃないですから」
免許証を財布にしまい戻しながら変な事を言う銀時に吹寄はムスッとした表情で否定していると、彼の背後から早歩きで制服を着た一人の少女がやって来た。
「ちょっと勝手に一人でフラフラと病院内を歩かないでよ! 看護してる私の身にもなりなさいよね! フラフラするなら攻めて黒子と一緒にフラフラして!」
「誰があんなクソガキと病院でフラフラするか、あんな耳元で永遠に小言言って来そうな奴とフラフラするなんてするかってんだ」
「常日頃から仲良くフラフラしてんじゃないのアンタ等、私の見てない所でいつも仲良く二人っきりでフラフラしてたんでしょアンタ等は、あれ? フラフラってなんだっけ? 言い過ぎてなんかわかんなくなってきた」
中学生ぐらいであろう幼さの残る短髪の少女が銀時に対しプンスカと怒っている。
常盤台のエースと称されレベル5の第三位に君臨する中学二年生、その名も御坂美琴。
吹寄は彼女の事も思い出した、そういえばあの日彼が探していた少女は紛れも無い彼女であった。
「あぁ? こちとらテメェに看護される程やわじゃねぇんだよ、俺の事はいいからさっさとチビの所行けよ」
「最寄りのコンビニでジャンプとプリン買って来たけど」
「あぁ~なんか突然体痛くなってきた……すみませんそこの可愛いお嬢さん、どうか俺を病室へエスコートしてくれます? あーヤベェよ、甘いモンと熱くなるモンがないと銀さんマジでヤベェよ」
さっきまで手をシッシッと振ってあっち行けと言っていたにも関わらず、美琴が週刊雑誌と甘味をビニール袋にぶら下げていると知るとすぐに心変わりする銀時。しかし彼女の方は銀時ではなく彼と向かいに立っている吹寄の方へ興味が向けられる。
「誰そこの綺麗な人? まさかアンタ中学生に手は出せないけど高校生なら良いだろうとか考えてたんじゃ……」
「んな訳ねぇだろ、酒も飲めねぇガキなんざ興味ねぇよ俺は。去年お前が大覇聖祭で迷子になってる時に、俺をお前の所にまで案内してくれた奴だよ」
「ああ、そういえばなんとなく見たような気がするわね……」
銀時に言われて美琴が思い出したかのようなリアクションを取っている中、吹寄は何を思ったのか
「……そういえば坂田先生、一つ質問いいですか?」
「あん?」
銀時に対して聞きたい事があると目を伏せながら呟く。
こうして年の離れた少女と今もなお仲良くやっていけてる様子の彼なら、何か教えてくれるんじゃないかとすがる様な気持ちで
「もし……大事にしてたものが自分では決して手の届かない場所に行ってしまった時……どうしますか?」
「は? 手の届かない場所? もしかして例の彼氏が外国にでも引っ越しちゃった訳?」
「……」
外国どころか、はたまた宇宙どころではない、あの少年はもう自分では辿りつけない所にいるのだと言いたいのだが、彼にそんな事を言っても訳が分からず困惑するだけであろう。
しかし黙り込む吹寄を見て銀時は何か勘付いたのか、髪をクシャクシャと掻き毟りながらけだるそうに一言。
「手が届かない場所に行っちまったらどうするって? んなもん簡単だ、手を伸ばせばいい」
「え?」
「目ん玉が前を見るように付いている様に、手ってのは大事なモンを失わないように掴み上げるモンなんだよ」
いつも通りの死んだ目をしているが心なしか口調は若干柔らかくなっているような気がした。
銀時は隣に立っている美琴の頭にポンと手を置きながら話を続ける。
「手が届かないだなんてのはテメーが勝手にそう思ってるだけだ、オメーが本気で失いたくないと思うんなら、まずはその腕死ぬ気になって伸ばすのが先なんじゃねぇか? だから失いたくねぇから必死に足掻いてみろや」
そう言って銀時は美琴の頭をポンポンと軽く叩く。
「そうして本気になっても結果そいつを失っちまう事もあるだろうがその伸ばした手は下ろすなよ。もしかしたらその先にまた同じぐらい大事なモンが見つかるかもしれねぇしな」
「ちょっと、さっきからなに人の頭に手を置いてんのよ」
「悪ぃ、手にこびり付いたハナクソが取れないからお前の頭で取ってた」
「はぁ!? なに人の頭にそんな! あ! 本当についてる!」
自分の頭に違和感を覚え美琴は彼の手を引き離すと自分で頭を触り出す。
すると何やら自分の髪に何か小さくまるまったモノがくっ付いている事に気付き、慌てて髪を乱し始めるのであった。
そして銀時は吹寄に踵を返し、髪をクシャクシャにするまで掻き毟っている美琴を連れて歩き出す。
「それじゃあその彼氏掴み取ったら決して離すんじゃねぇぞ、いざ目を離した隙に他の女に奪われるかもしれねぇし、まあそん時は死ぬ気で奪い返してみろや、本当に大事ならな」
そう言い残し、銀時は美琴を連れて自分の病室の方へと行ってしまった。
残された吹寄はポツンと一人佇んでいると、その時彼女の背後から誰かが駆け足で近づいて来る。
「吹寄!」
「え! か、上条当麻!?」
「よ、ようやく見つけられたぜ……」
駆けつけてきたのはまさかの悩みの種である上条本人であった、彼が現れた事に吹寄は面食らうもすぐに今の彼の状態を思い出し慌てて駆け寄る。
「ていうか貴様! もしかしてその体で病院内にいる私を探し回ってたっていうの!?」
「ゼェゼェ……正直黒夜と戦ってた時よりヤバいと思いましたよ……」
「バカにも程があるわよ傷が開いたらどうするのよ……」
3日間入院している身でまさか自分を追いかけに来るとは予想できなかった。
心底呆れながら吹寄はどっと深いため息を突く。
「そうよね、貴様ってそういう奴だったわよね……病院内を走る程混乱してた自分が恥ずかしくなってきたわ」
「あー吹寄さん? その、実は色々と話したい事が……」
「言わなくてもいい、全部聞いてたから、貴様と信女さんの話を」
申し訳なさそうに頬を引きつらせながら言いたげな様子の上条の言葉を途中で遮る吹寄。
先程銀時との話をしたからであろうか、いざこうして彼と直面しても全く動揺は現れなかった。
むしろ相も変わらず無謀な彼に怒りさえもこみあげてくる。
「上条当麻」
「はい?」
「だから上条当麻よ、私にとっての貴様は。吉田松陽なんて男は知らないわ、今ここで傷だらけでアホ面かましてヘラヘラしてるバカなんて上条当麻ぐらいしかいないでしょ」
そう言い切ると吹寄は腕を組み、ジト目で彼を睨み付けた。
「だからその、信女さんみたいな事言うみたいだけど……貴様は貴様のまま生きて行けばいいじゃない、過去なんてもう振り返らないで自分の思うがままの人生を歩めって事よ」
「そう、だな……」
「目はなんで前についてるか知ってる? 前を向いて歩く為なのよ」
「いいアドバイスをどうも……(吹寄の奴、ドラえもん読んでるのか?)」
「今更貴様があーだこーだ言おうが知ったこっちゃないわ、だから上条当麻、よく聞きなさい」
何やらどこかで聞きかじった事を上条にぶつけると、吹寄は自分の顔をズイッと彼の顔に近づける。
「誰が何と言おうと私は上条当麻の友人であり続けるから、今もこれからも」
「……それ聞いて安心したよ」
最初顔近付けられた時は頭突きでもしてくるのかと思ったのは言わないでおこう。
上条はホッとしているとまた体のあちこちで忘れていた痛みがズキズキと芽生え始めて来た。
さすがに走ったのはまずかったかと思いながら上条は吹寄から少し距離を取って階段の方へ振り向く。
「そろそろ本気で傷が開くかもしれねぇな、俺はもう病室に戻る事にするよ」
「信女さんと同じ病室だからって変な事考えるんじゃないわよ」
「ハハハ、んな真似したら命がいくつあっても足りねぇわ」
いつもと変わらずに吹寄と冗談を言い合えることに上条は心から安堵する。
そして彼女に向かって苦笑しつつ階段を昇ろうとすると……
吹寄の背後に無言でこちらを睨み付けながら今にもブチ切れそうな表情で立っている魔女っ娘が視界に入ってしまった。
「オ、オティヌスゥ!? どうしてここに!」
「え?」
こちらにオティヌスと叫び明らか動揺している上条に釣られて吹寄もまた背後に目をやると、とても学園都市には似つかない珍妙なッ校をした少女がそこにいた。
オティヌス、またの名を魔神。
「貴様~三日間も帰らずに私を家に放置しておいて自分はこんな場所でのうのうと暮らしていたのか~! こっちはロクに何も食べれないで死にそうな目に遭ってたんだぞ!」
「い、いや別にお前の事忘れた訳じゃなくてですね! ただ上条さんも上条さんなりに色々と大変だったんですよ本当に! ていうかお前どうして俺が病院にいるって事を……」
「坂本の奴から聞いた、お前がここで私以外の女と仲良く同じ部屋で寝ている事もな」
「どんな説明したんだあのおっさん!」
ジリジリと歩み寄って来るオティヌスに警戒しながら上条はここにはいない坂本辰馬を無性に殴りたくなった。
しかし問題なのはオティヌスだけではない、先程彼女と彼の話を聞いていた吹寄もまた片目を釣り上げる。
「私以外の女と仲良く同じ部屋? 貴様一体この子とどんな関係なの?」
「え、えーどういう関係かと聞かれるとですね……答えにくいというか」
「勘違いするな娘、コイツと私は同じ部屋に住み同じベッドで寝ている、ただそれだけの関係だ」
「ほう……それだけの関係ね」
「オティヌスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
合ってはいる、合ってはいるのだがその言い方だと余計な誤解が生まれてしまう。
上条が力の限り病院内で叫ぶも、吹寄の表情はみるみる険しくなり
「どういう事なのか一から説明してもらえないかしら? 言えないのであれば力づくで言わせるまでだけど?」
「ふ、吹寄さん!? 上条さんはこれでもこの病院で入院中の怪我人なのですよ! そんな状態の俺になぜ拳を鳴らしながら歩み寄って来るんでせう!?」
「問答無用!」
「私から逃げられると思ったかぁ!」
「ギャァァァァァァァァァァ!!!」
いよいよ殺意の波動を感じ始めた上条は痛みも忘れて必死の形相で階段を駆け昇って行く。
そしてそれを一切の容赦も見せずに全力で追いかけて来る吹寄とオティヌス。
そんな二人をチラリと見ながら上条は声高々に
「不幸だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その叫び声を病室で聞いていた信女は一人静かに小さく笑うのであった。
はい、どうもカイバーマンです。
前回でも言っていた通り今回で禁魂はひとまず幕を下ろす事となり完結を迎える事となりました。
理由は私の都合でまことに勝手なのですが
どうも上条当麻編に入ってから他に並行連載している2作品と比べてギャグのキレが衰えて来たなと思ったからです。
銀魂キャラであろうが禁書キャラであろうが勢いのあるハイテンションなギャグを書く事を常に意識して書いていたのですが、何度も見帰す内にどうもパンチが弱いなと感じるようになってました。
実はこれから先の話では
引きこもりの白髪もやしの家に上条さんが遊びに行ったり
銀さんがとある科学者とお見合いするハメになったり
浜面が滝壺とデートする為に、沖田・麦野・銀さんのドSトリオの目を掻い潜ろうと奮闘したりと色々な話を練っていたのですが、今の状態の自分が書いても面白く書けそうにないなと思い、このままダラダラと続けてたらますます作品の質が落ちるというのもあったのでこの場で終わらせる事となりました。
いずれまた書きたくなって復活するかもしれませんが、とりあえず一旦完結という事で終わらせておこうと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました。次回作ですが今度はもっと無駄に設定の凝ってないシンプルな銀魂クロスオーバーを書こうと思っています。
それではまたどこかで