禁魂。   作:カイバーマン。

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第五十四訓 科学と魔術が交差する時

夜が明けた朝。

上条当麻は自宅のベッドで目を覚ました。

 

「……昨日いろいろあったおかげでたっぷり熟睡できたな」

 

謎のおっさんと遭遇やら謎の少女と遭遇とかでどっぷり疲れた上条はベッドに入った瞬間あっという間に寝ることが出来た。

そして半身を起こしてふとリビングを見渡すと

 

「おう、起きたかツンツン頭……!」

「寝起き早々血走った目をした女の子が目の前に現れた!」

 

記憶を失った謎の少女こと、オティヌスが左目を赤くさせながら壁にへばりついて手にを持っていた。どうやら一夜かけて一気読みしてしまったらしい。

 

「恐ろしい書物だ……! 読み終えても読み終えても手が勝手に動いて続きを読んでしまう……! く! おまけにこれで終わりと思うと無性に寂しくなって仕方ない……!」

「あーあるある、特にお前が読んでた奴はいい感じにまとめてくれた名作だし」

「最後に戦うのがもう一人の自分とか反則過ぎるだろ……!」

「わかるわかる、ファラオが冥界に帰る時は泣きましたよ俺も」

 

両手を床に付けながら鬼気迫る顔で感想を呟くオティヌスに上条はうんうんと何度も頷くと、ベッドから足を出して立ち上がった。

 

「でも徹夜で読むのは女の子としてマズイからとりあえず今から寝ておけって、ベッド貸すから」

「いやもう一度1巻から読み直そうと思っていたのだが」

「過剰なジャンプ漫画の摂取は体に毒だ。ここは一旦寝てしっかり睡眠をとれ、それと他のジャンプ漫画も読みなさい、ここの本棚にある物は全部読んでいいから」

「……なんかえらく優しいなお前」

「失敬な、上条さんはいつだって紳士ですよ。決していたいけな少女をジャンプの虜にしてやろうとか一切考えておりません」

「おい紳士、本音が駄々漏れだぞ」

 

よからぬ企みを持つ上条にツッコミを入れながらオティヌスは彼に言われるまま、帽子とマントを取って彼の使っていたベッドに寝そべる。

 

「まあいい、お前の厚意に甘えるとしよう。しばらく寝る」

「あ、ああ……帽子とマント取るとほとんど下着姿だなコイツ……」

 

ベッドに横になった瞬間あっという間に寝息を立てて眠ってしまう少女のあられもない姿を凝視した後、すぐに我に返って制服に着替え始める。

今日もまた高校で補習だ。

 

「はぁ~とりあえず今日は補習で土御門に会って、そっから禁書目録とかいうシスターを探さねぇとな」

 

オティヌスの記憶を蘇らせる事が出来るかもしれない存在、禁書目録。

魔術に疎い上条にとっては探すのに手間がかかりそうだがここは仕方ない。

 

「せっかくの夏休みになにやってんだろうなぁ俺は」

 

そう言いつつ紙状は着替えを終えると、手短に身支度を済ませ、ベッドで熟睡する少女を置いて部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

「ハーイ今日は誰かさんも遅刻していないようなので時間通りに補習始めるのですよー」

 

上条の通う高校での補習が始まった。

今日もまた小萌先生が嬉しそうに授業を始める。

 

「上条、貴様今日はちゃんと遅刻せずに来たようね」

「お前今日も来てるのか吹寄……」

「有難いと思いなさい、これで今日も真面目に授業に取り組めるんだから」

「はぁ~」

 

背後に座っている天敵、吹寄制理の存在にため息をつきながら、上条は前に座る土御門のほうに身を乗り出す。

 

「土御門、坂本さんがはぐれたとかいう迷子シスター、今日探しに行くんだよな?」

「ああそのつもりだぜよ、全くあの人は世話が焼けるぜ。カミやんも探してくれるんだな?」

「そりゃあ探さねぇと駄目だろ、じゃないとこのままじゃ俺の部屋に居候が出来ちまう」

「オーケー、俺もお隣で隣人が女の子とイチャイチャしているのを壁越しに聞くのは耐えられん、補習が終わったらすぐに捜索開始だ」

「アイツ相手にイチャイチャできる訳ねぇだろ、一夜漬けで長編漫画読みきる女だぞ」

「なにやってんだあの女……まあそれはそれでジャンプ信者のカミやんとなら相性いいんじゃないかにゃー」

 

オティヌスの現状に呆れつつ土御門が上条と小声で打ち合わせをしていると、隣に座っていた青髪ピアスがすかさず彼等に反応する。

 

「え、なに? さっきカミやんが女の子と一緒に住んでイチャイチャしてるって聞こえたんやけど、なんなん? マジで死んでくれへんかカミやん?」

「なんで死ななきゃいけねぇんだよ、俺達はただ人探しをする事を相談してただけだって」

「カミやんとツッチーで? なんかあったん?」

「いや実はさ……」

 

尋ねられて上条は青髪にも説明しようとすると

 

「上条、貴様やはり授業を真面目に受けるつもりは無い様ね……!」

「は! 後ろにいるの忘れてた……!」

「全く貴様はいつもいつも……!」

 

背後から怒りのオーラを感じ恐る恐る上条は振り返ると、腕を組みながら席に座る吹寄の姿が、しかししばらくしてふぅーとため息をつくだけで拳骨も頭突きもやらなかった。

 

「まあいいわ、それより人探しするって本当?」

「え、怒らないんですか?」

「いつものジャンプとか下らない会話だったら怒ってたけど、珍しく貴様が真面目な表情だったからね」

「珍しくって……それじゃあ俺がいつも不真面目みたいな言い方じゃねぇか」

「あら違った? 少なくとも私が見る貴様はいつも不真面目にしか見えないわ」

 

あんまりなことを言う彼女に上条はガクッと肩を落としつつ、先ほど青髪に話しかけていた事を再開した。

 

「土御門の知り合いの人が一緒に学園都市に来た外国の女の子とはぐれちまったみたいなんだよ。俺にも事情があるからその子見つけないといけないから、とにかく補習終わったら探しに行かねぇといけねぇんだ」

「えー観光で女の子を連れてきてはぐれるってなんなんその人……学園都市めっさ広いのに」

「保護者としては失格ねその人、それでアンチスキルやジャッジメントには通報したの?」

「あーそれは……」

 

警察組織にバレたらマズイというのを吹寄にいうのはマズいのではと思う上条だが、彼の前に座る土御門がクルリと振り返り

 

「とっくに通報してるぜい、だがまだ見つからんようだから俺達も探しに行こうって相談してたんだにゃー」

「そう、アンチスキルでも見つからないって随分とすばしっこい子なのね」

「ハハハハ、所詮迷子の捜索なんて連中は熱心にやってくれないぜよ」

 

そう笑い飛ばしながらうまく誤魔化す土御門。彼に助けられながら上条が再び話を続ける。

 

「まあそういう事だから、俺達はこのまま坂本さんっていうその子を迷子にした張本人と一緒に街中歩いて探してみるから、お前達もそれらしい子見たら教えてくれ、見た目は小さいシスターらしいから」

「ふーん、ならボクも人探し手伝ったろか?」

「へ?」

「そうね、ダメな保護者と土御門、そして何より貴様ではその女の子を探すなんて出来そうにないし」

「いやいやこれは俺達がやるだけだから別にお前等までわざわざ……」

 

人探しに参加しようとしてくれる青髪と吹寄だが、魔術関連の話でもあるのであまり彼等を関わらせたくない上条、やんわりと断ろうとするが青髪の後ろの席に座っていた同じ補習を受けているクラスメイト、志村新八も彼等のほうに身を寄せる。

 

「上条君、さっき言ってた女の子のシスター探してるって本当?」

「ん?ああ、もしかして見たのか志村?」

「いや実は噂になってんだよね。かぶき町に現れる謎のちびっ子シスターって」

「かぶき町?」

 

そういえば新八はかぶき町在住だった。迂闊に近寄ることさえ出来ない快楽街だがいろんな情報が飛び交っている街、そこに住んでるだけあって情報収集も自分達よりもずっと早いのだ。

 

「なんでもそのシスターを店に出迎えると幸せになれるとかそういう都市伝説っぽいのがかぶき町で騒がれてるんだよ」

「それ女の子一人でかぶき町で歩いてるってことだよな……」

「ますます危ないじゃない、早く保護しないと……!」

「薄い本が出来てしまうで……!」

「お前は黙ってろい青ピ」

 

新八の話を聞いて心配そうにする上条と吹寄はともかく、荒い息を吐いて興奮している青髪を土御門は黙らせた。

 

「しかしかぶき町たぁ俺も予想外だにゃー。あんな危険な所にいられてはこちらから近づくことも出来んぜよ」

「でも坂本さんがいるだろ? 大人の人が連れ添ってくれるなら入ってもいいんじゃなかったか?」

「かといってあの人はこの辺の地理に疎いぜい、俺も入ったことないしどこから探せばいいのやら……」

 

上条の提案に土御門は首を横に振る。

かぶき町は学生にとっては禁止区域。そう簡単に入れるわけでもないし中は複雑な構造で色んな店が立っていると聞く。

人一人探すにはそれなりの情報を持つ人物がいないといけないのだが

 

すると新八が軽く手を上げて

 

「なんなら僕が案内しようか? 僕ならかぶき町の中を自由に歩きまわれるし、あの辺の事はよく知ってるし」

「いいのかぱっつぁん?」

「別にいいよ、今日は暇だし」

「助かるぜよ、心の中で存在感の薄いメガネだとか馬鹿にしてて悪かったぜい」

「マッハの速さで助けたくなくなったんだけど」

 

快く案内役を買って出る新八にサラッと本音をバラしながら土御門は話をまとめる。

 

「なら今日は坂本さんと俺達も含めた6人で探索するぜよ。ターゲットはクリッとした目の銀髪の女の子、見た目は13歳か14歳ぐらいな筈だにゃー。服装は金色の刺繍が施された白い修道服だ」

「なんか遠くからでもすぐに見つかりやすそうな子やね」

「噂ではかぶき町のあちらこちらに出てくるらしいから、行動範囲は全く絞れないね」

「さっさと見つけて坂本さんを安心させてやろうぜ……そして俺も幸せの一人暮らしに戻りたい」

「その前に保護者としてのケジメをつけてもらわないとダメよその人は」

 

顔を合わせてシスター捜索大作戦の打ち合わせを始める五人。

しかし五人はすっかり忘れていた。今自分達は補習の時間を受けていることに……

 

「上条ちゃん達だけでなく吹寄ちゃんまで……そんなに私の補習を受ける気になれないんですか……」

「「「「「は!」」」」」

 

前の教壇からすすり泣く彼女の声で五人一同一斉に気付いた。

 

「やっぱり授業なんかぜんぜん楽しくないですよね……」

「うおぉぉぉぉぉ!! すいません小萌先生!!」

「いやいや! 俺達は別に退屈だから話してたわけじゃないぜよ! なぁ青ピ!」

「はい! みんなで小萌先生のスリーサイズを予測しあってました! おぼぉッ!」

「全然フォローになってねぇよ! 僕らそんな相談してませんから! 信じてください!」

「すみません先生、この馬鹿共に釣られてつい! 上条! 貴様ももっと謝りなさい!」

「なんでまた俺! すんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

それからしばらく小萌先生が泣き止むまで必死に謝る五人組であった。

 

 

 

 

 

 

そしてやっと補習が終わり、五人は学校を出ていつもの集合場所である公園へと来ていた。

 

「アハハハハハ!! 諸君! わしが坂本辰馬じゃきん!!!」

 

そこに立っていたのは元凶である坂本辰馬。豪快に笑いながら自己紹介する彼に初めて会った吹寄、青髪、新八は面食らう。

 

「何この人、いかにも胡散臭い人じゃないの……」

「グラサン掛けてる所がまたツッチーの知り合いっぽいなぁ」

「大丈夫なのこれ? なんかバカっぽいけど」

 

3人のうち2人が酷い事言ってると、この中ではリーダー格の土御門が話を切り出す。

 

「それではシスター捜索作戦の内容をお前たちに教えるぜい、まずはチーム分けだ。これだけの数がいれば一つにまとまって動くより複数に分けたほうが適格だからにゃー」

「6人いるから2:2:2で3組作れるな」

「いやカミやん、俺は坂もっさんとぱっつぁんを連れてかぶき町へ行く。だからこっちは3人だ」

「土御門が3人って事は……」

 

しばらくしてチーム決めは完了した。

 

かぶき町探索チーム

土御門・坂本・新八

 

人気の多い繁華街探索チーム

上条・吹寄

 

裏路地とかスキルアウトとか攘夷浪士がはびこってる噂のある危険な場所探索チーム

青髪

 

「よし綺麗に分かれたにゃー」

「ちょっと待ってツッチィィィィィィィ!!!」

 

3組に分かれて行動開始しようとする土御門に青髪がすかさず天高く手を高く上げる。

 

「どう見てもおかしいやろ! なんでボクだけオンリーワン!? チーム言うてるのにボク一人しかおらんよ! 劇団ひとりやん!!」

「いやいや公平に分けたつもりだぜい、俺達はかぶき町、カミやん達は人気の多い場所を。そんで青ピは殺害現場とかによくなっている危険エリアだにゃー」

「そこぉ! おかしい所そこぉ! なんでボクだけそんな危険な場所に一人で行かなあかんのぉ!! なんならボクはツッチー達と一緒にかぶき町連れてってくれや!」

「ウチはもう定員オーバーだぜい」

「じゃあカミやん達の所へ入れてくれやぁ!!」

「嫌よ、なんで私がバカ二人の世話しなきゃいけないのよ、バカは一人で十分だわ」

 

どちらからも拒絶されてたった一人でのチームを結成した青髪。

そんな彼に上条がケロッとした表情で

 

「まあお前なら大丈夫だろ、なんか殺しても死ななそうなキャラだし」

「いやそんな理屈通らへんよ!! 人間死ぬ時は死ぬんや! そしてその死を迎える時がまさか仲間にはぶられて一人危険エリアに入っちゃいましたなんて絶対いやや!!」

「心配すんなって、原形留めないぐらいグチャグチャになっててもちゃんと丁寧に葬式するから。みんなで笑って送ってやるから」

「そんな心配してへんのですけどぉ!? 死後のボクじゃなくて生前のボクを心配してぇ!!」

 

全然フォローになっておらずますます青髪が嫌がっていると、今度は坂本がポンと後ろから彼の肩に手を置いて

 

「じゃあこういうのはどうじゃ、もしおまんが嬢ちゃん見つけてきたら。わしが今度かぶき町に連れて行って楽しいこといっぱい教えちゃる!」

「……え?」

 

かぶき町と聞いて青髪はピクリと反応した

 

「かぶき町で楽しいことってもしかして……」

「アハハハハ! そりゃもう決まってるじゃろ、色々じゃ色々」

「え~! あんな事やこんな事いっぱいあるんやけど~!」

「みんなみんな叶えちょるばい~!! 不思議な財布で叶えてやるぜよ!」

 

青髪の脳内が高速回転し、かぶき町でやりたい事あんな事が全て彼の中のイメージを膨らませていき……。

彼に向かってグッと親指を立てて笑いかける坂本

 

「じゃあよろしく頼むぜよ」

「イエッサァァァァァァ!! ボスッ!!」

 

ものの数秒で受け入れて坂本に服従を誓う青髪。

 

「ちょいとスキルアウトがたむろってる所行って来るでぇ!!!」

「おう、頑張るんじゃぞ~」

 

脇目も振らずに全速力で何処へ走り出す青髪を、坂本は笑いながら手を振って見送った後笑みを浮かべたまま

 

「でもあの嬢ちゃん賢いからのー、危険な場所には絶対に近づかないんじゃが」

「それ今更言うのぉ!!!」

 

ポロッととんでもない事を漏らす坂本に叫ぶ新八。

 

どこを探しても危険しかない場所に希望という名の幻想を抱いて

青髪ピアスは単身スキルアウトの巣窟へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれから、かぶき町探索班と繁華街探索班に分かれてシスター探しを開始した。

 

「まさかお前と二人だけで行動する事になるなんてな……」

「他の連中じゃ貴様を押さえ込むどころか一緒にバカ騒ぎするのがオチでしょ、だから私が適任なのよ」

 

第七学区を中心に回りながら上条は隣で歩く吹寄を見ながら頬を引きつらせる。

 

「あのですね吹寄さん、俺だってちゃんと信頼されればそれなりの成果を挙げられるのですよ、こう見えて鍛えてるんで」

「そのキリッとした表情腹立つから止めてくれないかしら?」

 

渾身のドヤ顔をしてみせる上条にイラっとしながら吹寄はため息。

 

「そんなこと簡単に言うから貴様は信用できないのよ、それよりその銀髪のシスターって子を探さないと」

「と言ってもこの辺も広いしなぁ、手当たり次第に聞き込みしても無駄だと思うんだけどなぁ……」

 

二人で会話しながら街中に花屋の前を通り過ぎ様としたその時。

 

「あのーもしもし……」

「はい? ひぃぃ!!!」

「ん? うおぉぉぉ!!!」

 

花屋の前で背後から何者かに声をかけられ、二人は振り返ると同時に悲鳴を上げた。

 

「ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが……いいですか?」

 

その風貌はまさに凶悪そのものだった。

頭の上にちょこんと花が咲いてるのは別として、姿形はまさに鬼。

緑色の肌の上にはチューリップのアップリケが付いたエプロン。強靭そうな二本の角、筋骨隆々のその体がまた、対面する相手の恐怖と怯えを増幅させる。

どう見ても天人だ。上条達は思わずその場に固まって動けなくなってしまう。

 

(オイオイオイ! どういう事だ! どうしてこんな凶悪そうな面構えした御仁が当たり前のようにこんな所にいんですかぁ!?)

(上条! 貴様鍛えているんでしょう! それなりの成果を見せるチャンスじゃないの!)

(無理無理無理!! こんなん相手とか絶対無理! 瞬きする間に殺される確固たる自信がある!!)

 

小声で言い争いを始める上条と吹寄。するとその天人はギラギラとした赤い目で見下ろしながら

 

「ああ、すみません。僕とした事がいきなり名も名乗らずに話しかけるなんて、失礼しました」

 

そう言って軽く会釈すると天人は改まって

 

「遠い星からはるばると地球にやってきた”屁怒絽”といいます。いきなり知らない人に話しかけられたらびっくりしちゃいますよね、すみません驚かせちゃって」

(いや知らない人っていうか……)

(あんたに話しかけられたら誰だってビビるって……)

 

そんな凶悪な面構えで謝られても逆に怖い……。すっかり縮こまっている二人に屁怒絽と名乗る天人は話を続ける。

 

「いやね、先ほど銀髪のシスターさんのことを探しているとあなた方が話しているのを聞いてしまいまして。もしかしたら彼女の知り合いなのかなと思いまして」

「い、いや俺達はまだ顔も見たことなくて……屁怒絽さん、いえ屁怒絽様は」

「屁怒絽でいいですよ」

「その、俺達が探しているそのシスターと知り合いなのですかね……?」

 

会話するだけでも怖い、とにかく怖い。彼と正面から見つめあうだけでも立つことさえままならない。

完全にビビッてしまっている上条に屁怒絽は

 

「はい、今日の朝僕の店にやってきてくれたんですよ、実はそこの花屋は僕の店でしてね」

(花屋!? 人体を蝕む怪しげなウイルス兵器でも栽培してるのか!?)

(いや、人肉を食すバイオ植物でも作ろうとしてるのかもしれないわ……)

 

屁怒絽が指差したお店はこれまたファンシーに作られたお花屋さん。

上条と吹寄は警戒しつつその花屋に目をやる。

 

「すすすすす素敵なお店でございますね屁怒絽殿下……」

「屁怒絽でいいですよ」

 

怖がりすぎて声も震える上条に屁怒絽は気にせずに店に並ぶ花にジョウロで水を差しながら返事する。

 

「でも僕みたいな外見じゃ似合わないでしょ花屋なんて、来てくれるお客さんもみんな僕の顔を見て逃げちゃうんですよ」

(そりゃ逃げるわ)

(逃げるわね)

 

心の中で呟く二人を尻目に屁怒絽は話を続けた。

 

「この花達はこんなにも美しいのに僕のせいで買うお客さんが来てくれない。もう店をいっそ畳もうかなと思っていたんですが、今日の朝、彼女がこの店に来てくれましてね」

 

並ぶ花を愛おしそうに見つめながら屁怒絽は思い出す。

 

「あれは丁度僕が店の裏側から出てきた時でしたね、店の中にある花達を無邪気に眺めながら笑っている銀髪のシスターさんがいたんですよ、その時僕は怖がらせないように奥に引っ込もうとしたんですが彼女に見つかってしまいましてね」

 

『あなたがここのお花を育ててあげたの?』

 

「彼女は僕が怖がるどころかそう優しく尋ねてきました。彼女は僕を前にしても逃げずに接してくれたんです、あなた達みたいに」

((すみません、今全力で逃げたいと思ってます……))

 

屁怒絽に振り返られて二人は固まりながらそんなことを考えている中、彼は話を続けながらまた花に水を注ぐ。

 

「嬉しかったですよ、この星で初めて僕を怖がらないでくれる人が来てくれたんですから。それに何より、彼女が僕の顔を見ながら嬉しそうに」

 

『ここのお花達は幸せだね、あなたみたいな心の綺麗な人に育ててもらえるなんて!』

 

「救われた気分でした、こんな外見の僕を綺麗な心を持っていると言ってくれるなんて。驚いて言葉を失ってしまった僕は彼女に礼も言えずに笑顔で手を振って去って行く彼女を見送ることしか出来ませんでした」

 

後悔するように屁怒絽はため息をこぼす。

 

「出来ることならもう一度彼女と会ってキチンと礼を言いたいんですよ。あなたのおかげでまだ僕はこの店を続ける決心が着きました、こんな僕に笑顔を向けてくれてありがとうと」

 

僅かばかりの心残り、彼女に礼を言いたいと屁怒絽は花に水を注ぐのを止めて立ち上がった。

 

「だからもし彼女を探しているのであれば僕にも是非手伝わせてください。あなた方はいい人達だ、僕の話をこうして真面目に聞いてくれるなんて、やはり地球の人はこんな僕でも受け入れてくれる心の広い人達なんですね」

 

こちらに振り返り様に赤い目を一層ギラギラさせる屁怒絽。

そして上条と吹寄はというと

 

(すみません……)

(怖くて動けなかっただけです……)

 

その場に根を張ったように動けずに、ただ屁怒絽に曖昧に笑いかけることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

そしてそれから時間をかけて捜索したが、結局彼女を知る者は屁怒絽一人だけであった。もうすっかり日が落ちて夜だ。

 

彼の言う通り今日の朝見かけたという事は、そう遠くへ行っていないと思うのだが……。

 

「中々見つからねぇモンだな」

「そうね、それにしてもその女の子一体どんな子なのかしらね」

「どんな子ってそりゃあ」

 

電車下を潜る為に設置された薄暗いトンネルの中を歩きながら上条は吹寄の方へ振り返る。

 

「良い子なんだろ、あの滅茶苦茶怖い人とまともに話せる時点で凄いよ、俺には出来ない」

「そうねきっと人を見かけで判断するとかじゃなくて。一見普通の人が見えないモノを見る事が出来る子なんでしょうね」

 

人には良い所もあるし悪い所もある。それ等を見定める事はとても難しい。

彼女はきっと、良い所も悪い所も含めて全部を理解しようと努力できる人間なのだろう。

少しだけ吹寄はそんな彼女が羨ましく思えた。

 

「私も貴様の悪い所だけでなく良い所も見てみようかしら……」

「俺の良い所なんて俺が知りたいよ、何が良いんだ俺は? ジャンプ詳しい所か?」

「それは私から見れば悪い所ね」

「上条さんの貴重な得意分野を一蹴された!!」

 

バッサリと断言する吹寄、ショックを受ける上条を尻目に彼女は携帯を開いて時間を確認する。

 

「そろそろ完全下校時刻ね、今日はこれでお開きにしましょう」

「そうだな、土御門に連絡しておくか。ついでに青髪にも」

 

そう言って上条が薄暗い場所で携帯を開いて土御門に電話しようとしている中、吹寄は彼に背を向けた。

 

「上条、貴様の良い所一つだけあったわ」

「なんでしょうか?」

「私が一番”私”で接する事が出来る唯一の相手だという事よ」

「……どういう意味それ?」

「まあアホのアンタにはわからないでしょうね、さよなら」

 

意味深なセリフを残してさっさと行ってしまう吹寄を見送りながら、上条はポカンと口を開ける。

 

「女って本当にわからねぇ……特にアイツ」

 

そう愚痴をこぼしながら再び携帯に視線を下ろすとある事に気付いた。

何故か圏外なのだ。

 

「あれ、おかしいな。電波は通ってる筈なのに、故障か?」

 

これでは他の人と連絡取れないなと、上条は別の所へ移動しようとするが

 

「どこへも通じないよ」

「!」

 

不意に背後から聞こえた声、吹寄ではない男性の声だ。

咄嗟に後ろに振り向く上条の目の前に立っていたのは

 

「人払いの術式を張ってある。ここら一体にはもう誰も近寄れないし近寄ろうともしないだろう。さっき君と別れた彼女も僕が追い払った」

 

2メートル近い長身だが顔はどこか幼い男がそこにいた。

教会の神父が着てそうな漆黒の修道服を着こなしているが、肩まで伸びた赤髪や甘ったるい香水の匂いのおかげでとても神父とは思えない。

耳にピアスをハメて左右十本の指にはそれぞれ銀の指輪がメリケンの様に並び口にはタバコが咥えられていた。極めつけは右目の下にあるバーコードの形をした刺青。

神父というより不良に近い、そんな印象のある男だった。

 

しかしそれだけではない、上条はここ等一体から妙な感覚を覚える。

今まで感じた事のない、朧との鍛錬でも味わった事のない本当に迫り来るような

 

殺意

 

じりじりと歩み寄って来る男に上条は奥歯を噛みしめ睨みつける。

 

足元から頭のてっぺんまで凍らせるような明確な殺意を感じて上条は確信した。

 

この男は自分の生きる日常からかけ離れた【存在】だと。

 

「お前は一体……!」

「ああうん、名乗る前にまず教えてくれないかな?」

 

男は口にタバコを咥えたまま器用に話しかけてきた。

 

「坂本辰馬はどこにいるのかな?」

「……なんでそんな事を俺に聞く」

「なあに、今日花屋で君があのとてつもなくおっかない天人と喋っているのが見えてね、それで”アレ”の存在を知っているって事はそのアレを持ち逃げしたあの男の存在も知っていると思ってね」

「アレっつうのは坂本さんがイギリスから連れてきたシスターの事か?」

「連れてきたんじゃない、我々イギリス清教から盗んで奪ったんだあの男は……」

 

僅かに男の口調に怒りが混じっている事を上条はすぐに感じる。

彼が坂本と会ったら間違いなく殺すであろう、そう確信できるぐらい男の放つ殺意は明白だった。

 

「お前さては……」

 

今の今まで味わった事のないこの感覚を放つ者、その正体は……

 

男はタバコをポトリと地面に落とすとあっさりとした表情で答える。

 

「うん、”魔術師”だけどそれが?」

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「はーいそれじゃあお便りにお答えしまーす、ハンドルネーム「八条」さんからの質問」

 

『上条さんはジャンプをこよなく愛しているみたいですが今まで読んだジャンプ漫画の中で好きな作品は何ですか?』

 

「えー「ラッキーマン」らしいです、不運な主人公が突如ラッキーになれるヒーローに変身できる力を授かるとかいう作品ですね、奴にとってはジャンプの中でも特にお気に入りの漫画らしいです」

 

「はい今日は一通だけで終わり、お疲れさん」

 

 


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