禁魂。   作:カイバーマン。

53 / 68
第五十三訓 科学の街に潜む魔術

「魔術、それは異世界の法則を無理矢理現世に適用し、様々な超常現象や世界の理か逸脱した力の類の事だ」

 

今から昔の事、朧は上条当麻をとあるお座敷船の上で話をしていた。

 

「己が欲の為に手を伸ばす者、神話や伝説の類を分割し拡大解釈を行って己のものにしようとする者、才能なき者が才能ある者と対等になろうとする為に世に生み出された技術、それが魔術だ」

 

いつもの鋭い目が彼が一切ふざけて言っているのではないというのが窺える。

 

「これらを手や足に使い行使する者は一般的に”魔術師”と呼ばれる。貴様の住む学園都市で生み出している能力者というのとは似てはいるがその根はまるで正反対だ。魔術師にはルールがある、そのルールに従わんと魔術は使用できない」

 

魔術と魔術師、切っても切れないこの関係を十分に朧は説明する。

 

「しかしそれも逆に言えばルールに従えば例え素人でも魔術を行使できるという事、故に世界にはびこる魔術師たちは単に魔術を使えるだけでなく、己で研磨し改良を重ねてやっと一人前となれる」

 

「魔術の知識は人間に置いては「毒」であり使用する度に精神に異常をきたし正気を保てなくなる事例もある。しかし宗教観のように絶対的な強い信念を持つ事である程度は緩和する事が可能となる」

 

「一般的手基準は己の生命力を『魔力』に精製する所から始まり、呼吸法や血液の流れ、内臓の活動変化、神話に基づいた神器を扱う、その他様々な技術を駆使して己が使いたい時の魔術を行使できる」

 

「ほとんどの魔術師はまずは神話や伝説を元に再現する、0から魔術を構築するのは世に神話を創り出す程の覚悟が無ければ不可能だ」

 

「ゆえに魔術師と対峙する時はその者の扱う魔術を読み取って過去の神話と当てはめてみろ、そうすればおのずと相手の弱点が読めるかもしれんからな」

 

そう言うと朧は手に持ったお猪口に注がれた酒を一気に飲み干す。

 

「それと貴様のようにこの学園都市で研究者達に脳をいじられている者達は魔術を行使できない。脳の構造が変わっている故に肉体に過負荷がかかる。我々の組織で実験してみたがその者は体中から血を噴き出して死んだ、例え貴様の様に無能力者であろうと能力開発を受けた時点で魔術は扱えん、出来る者がいるとしたらそれは我々も知りえない特殊な人間か、愚か者のどちらかだ」

 

吐き捨てる様にそう言うと朧は勝手にお猪口に酒を注ぎこんで、それを上条に押し付けるように渡す。

 

「能力者は己の能力を一つしか獲得できない、だが魔術師は習得する術式に制限が無い。火を扱う能力者はいてもその者は水は出せない。魔術師は火と水を両方出せる。個々の才能で扱う能力が決まる能力者と違い、自由に法則を取り組んで己が望む様に設定する事が出来るのが魔術師だ」

 

「一見魔術の行使の方が容易に聞こえるかもしれんが、術式の設定には膨大な手間と時間をかける、霊装や術式の作成、まともにやるとなるとそれは年単位でかかり短縮しようとしても数日、そしてものによっては数百年かかる大魔術も存在する」

 

「魔術師の戦いは下準備から始まる、そこからいかに戦力を整え相手への対抗策を練るかが最も重要となる」

 

魔術の存在から対抗策まできっちり練ってからが本番というもの。

能力者相手とはまるで違う戦い方だ。

 

「学園都市で平和に生きる貴様にはこんな知識持っても無駄かもしれない、だが貴様はいずれ知る事になるだろう。それは誰の予言でもなくお前に定められた宿命だ」

 

宿命、どういうことだかわからない様子の上条だが朧は話を続ける。

 

「魔術師との戦いを常に頭の中で想定しておけ、貴様の右手であれば能力者だけでなく魔術も打ち消す事が出来よう」

 

そう言われて上条は自分の右手をジッと見る。未だにわからないこの右手がなんなのかわからない、朧がいうには本来右手だけでなく右腕そのものが何らかの力を眠らせていると言っていたが。

 

「これもまた我らが提示する貴様への試練だ、いずれ現れるであろう魔術師の為に己の力を磨け、何も知らずに無様に死を晒したいのであれば話は別だが」

 

いつもの様に酷い言葉で話をまとめ終える朧。そんな彼に上条は

 

見た目中学生になったばかりの上条が凛とした強い目で彼に訴えかける様に右手を上げた。

 

 

 

 

 

「あの、話長すぎてこっち漏れそうなんですけど。 マジでもう限界なんでトイレ行っていいですか?」

 

 

 

 

 

 

そして時間は元に戻る

 

「てな事があったんだよ、いやあん時は漏れそうなのを我慢してたから話うろ覚えなんだけど、まさかこういう時の為に教えてくれてたんだな」

「いやどんだけ詳しいんですたいその人……」

 

上条当麻の無駄に長い朧との回想を聞きながら土御門元春は小声でツッコミを入れた。

 

場所は再び公園から上条の部屋。

今はようやく拘束から解放されたオティヌスと土御門の知り合いであり上条が助けた坂本辰馬。そして家主の上条とお隣さんの土御門も一緒のリビングに集まっていた。

 

「しかしよく魔術なんて理解したなカミやん、普通学園都市に住んでればそんなオカルト信じ切れないと思うんだが」

「いやだって、朧さんが言うんだぞ、あの人絶対に冗談とか言わない人だからそりゃ信じるだろ」

「確かに説得力はあるがそう簡単に納得できる事じゃないと思うんだが……」

 

上条と朧の不思議な信頼関係に納得しながら土御門はずり下がったグラサンを指で上げると、ふと上条はそんな彼に

 

「でもなんでお前も魔術の存在知ってんだ?」

「それはまあ……いずれわかるかもしれんしとりあえずこの場では言わない事にするぜい、それより肝心なのは」

 

適当に誤魔化して土御門は正面に座っている者の方へ振り返る。

 

「とにかくこの魔……オティヌスちゃんをどうにかする事が先決だにゃー」

「そうだな、土御門の言う通りだとコイツの記憶を奪ったのが魔術師の仕業だって事なら、学園都市に住んでる俺達ではどうこうする事も限られちまう」

「お前等のいう魔術とやらが私の記憶を奪っただと」

 

上条達と向かいに正座で座るオティヌス。彼等の話を聞いて魔術とやらを理解した彼女は面白くなさそうな顔で

 

「一体全体私が何をしたと言うのだ、無力な一般人相手にこんな真似するなどロクな奴ではあるまい」

「いやお前相手なら動機はそれこそ星の数ほどあるんだが……」

「全くじゃ、こげな小さな嬢ちゃんの記憶喪失にさせるたぁ許せん奴じゃ。ここは大人のわしがビシッと懲らしめてやらんと」

「いやアンタは動かなくていい、なんか余計なトラブルまで起こしかねないぜよ」

 

オティヌスとその隣に胡坐を掻いている坂本に小声でツッコミを入れ、土御門はアゴに手を当て数秒程考え込んだ後一つの名案を思い付いた。

 

「魔術師を見つける方法はわからんが、オティヌスの記憶を蘇らせる方法ならわかるぜよ」

「本当か土御門!?」

「今の俺達の中にあらゆる万物を叶えるかもしれない”秘宝中の秘宝”を既に所持している男がいる」

 

そう言うと土御門は坂本を指差し

 

「坂もっさん、それはアンタだぜい」

「な、何ィィィィィィ!! わしじゃとぉ!?」

「おい坂本さん! アンタそんな便利なモノ持ってたんなら最初から言えよ!」

「このモジャモジャめ、人を散々弄んでおいて実はそんなものを持っていたのだな」

「いや待て待て待て! 土御門! わしゃあそげな凄いモンなど手に入れた覚えないぜよ!」

 

上条とオティヌスに文句を言われる中、慌てて否定する坂本、しかし土御門はニヤリと笑い。

 

「坂もっさん、アンタがこの学園都市に誰と一緒に来たのか忘れたとは言わせないぜよ」

「ん? 商売先で知りおうたイギリスのシスターの嬢ちゃんか?」

「そう、それが記憶を蘇らせるカギだ」

 

鍵と言われてもピンと来ていない様子の坂本に土御門は話を続ける。

 

「そのシスターは通称『禁書目録』。10万3千冊のあらゆる種類の魔導書を全て脳に永久記憶しているイギリス清教が誇る魔導図書館ぜよ」

「……へー」

「あれ、カミやん反応薄くない?」

 

せっかくドヤ顔で言ったのに死んだ目で曖昧な返事する上条。

 

「いやだって10万3千冊の魔導書覚えてるって聞いても別に……俺魔術の事は朧さんから聞いたけどそれがどんだけ凄いのかピンとこないしー」

「……実は10万3千冊の魔導書意外にも」

 

イマイチ反応を示す上条に土御門はもう一つ

 

「今までこの世に存在する少年漫画も全て記憶しているらしい」

「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「カミやん反応早ぇ!!」

 

それを聞いてすかさず絶叫を上げて驚く上条。ここまで反応が違うと10万3千冊の魔導書はなんだったのかと疑問を覚える。

 

「全ての少年漫画って事はもしかしてジャンプも!!」

「ああ、創刊号から最新のまで一語一句間違えずに答えれる筈だぜぃ」

「ヤベぇぇぇぇぇぇぇ!!! あれ? でも少年漫画って事はジャンプだけでなく他の雑誌の漫画も……」

「へ? ああまあ少女漫画は本人が興味ないとかでほぼ手つかずの様だが、昔の雑誌とか今出てる雑誌系列はもろもろ全て把握していると……」

「くそ! ジャンプを読んでるのにジャンプ以外の雑誌も読むとかなんて奴だ!! おのれ魔術師!!」

「そこでキレんの!?」

 

立ち上がって壁に向かってドン!と右手で殴る程ショックを受ける上条。

 

「何がマガジンだ! 何がサンデーだ! あんなのジャンプに比べれば全然大したことないのに! ただたまにちょっと名作が載ってる程度の雑誌のクセに!!」

「読んでないのに名作があるってのは知ってるんだにゃー……」

「土御門! ジャンプ以外の雑誌にうつつを抜かす様なそんな尻軽女にどうやってオティヌスを助けれるんだよ!」

「尻軽女って言ってやるな! なんか知らんがカミやんがあの子にそんな事言うと余計に酷く感じるんだぜい!」

 

他の雑誌にも目を通していると知って上条の中の禁書目録が急転直下で評価ダウンしている中、土御門はツッコみながら話を続ける。

 

「漫画の方じゃなくて禁書目録が真に力を発揮するのは魔導書の方だ!! 10万3千冊の魔導書を脳内に保管している彼女ならオティヌスの記憶を戻す方法もわかる筈ぜよ!!」

「おおそういう事じゃったか! さすが土御門! そりゃあ名案じゃな! まさかあの嬢ちゃんがそげな力持っとったなんて!」

「え? もしかして坂もっさん知らなかったのか? 彼女の存在価値を」

「全然」

 

土御門の話を聞いて納得した坂本だが、彼本人は彼女がどれ程凄い存在なのか知らなかった様子。

 

「わしはただあげな狭い所にいては息苦しくてかなわんじゃろ思っただけじゃき。だから嬢ちゃんが一度来てみたかったとかいうこの学園都市に連れてきてやったきん」

「頼まれたのがアンタだったから協力した俺も俺だが、まあ坂もっさんならそんな理由の方が納得だぜい。どうせそんな事だろうと薄々わかっていたしにゃー」

 

坂本には禁書目録を利用する考えなど微塵も持っていないというのはわかっていた。だから土御門は彼等に手を貸してこの学園都市に招いてやった。

相変わらず変わっていない彼の性格に土御門が懐かしむ様にフッと笑っていると坂本は「アハハハハ!」といつもの豪快な笑い声を上げながら

 

「しかしそげな凄い嬢ちゃんじゃったんかー!」

「そうだぜ坂もっさん、だから今すぐこっちに禁書目録を読んで来てくれ。そうすればオティヌスも助かる」

 

そう言いながら土御門の頭の中では

 

(禁書目録も馬鹿じゃない、この女の存在を知ったらすぐにコイツを封印なりどこかに閉じ込める方法でも知ってる筈だ。カミやんと坂もっさんには悪いが、記憶を失っているこの絶好の機会を逃す手はない)

 

そういう事を裏で考えてる事も知らずに坂本は彼に笑いかけながら

 

「あの嬢ちゃんならこの娘っ子の記憶を蘇らせれるんじゃな!」

「そうだにゃー坂もっさん、だから早く読んでくれ。どうせ何処かのホテルに滞在しているんだろ?」

「ハハハハハ……それなんじゃがのぉ……」

 

坂本は笑った後、急にトーンを下げて

 

「あの子が今一体どこにいるのかわしにもわからんのじゃき……」

「……え、坂もっさん、今なんて?」

「いやだから」

 

申し訳なさそうに後頭部を掻きながら坂本は引きつった笑みを浮かべ

 

「ここ観光してる途中ではぐれてしまったんじゃ、嬢ちゃんと、ハハハ」

「……」

「だからわしはおまんに一緒に嬢ちゃん探してくれとここまで……どぅうほぉ!!!」

 

坂本の顔面に土御門の渾身のストレートが綺麗に入った。

 

「坂本さぁぁぁぁぁぁん!!」

「おいモジャモジャが殴られたぞ、しかもなんか変な音した」

 

ミシっという嫌な音とと共に壁に当たって崩れ落ちる坂本を眺めながら土御門はスクッと立ち上がった。

 

「カミやん!」

「おい土御門! どうして坂本さんを殴ったんだ!」

 

怒って問いただそうとする上条に土御門は静かに微笑んで

 

「ここ殺害現場になるかもしれないけどいいよな」

「いやいいわけねぇだろ!」

 

上条の叫びを無視して土御門は倒れた坂本の襟を掴み上げて

 

「坂もっさ~ん……なにとんでもないものを失くしてんだ、ええ? そんじょそこらのガキが迷子になるのとはわけが違うんだぜぃ」

「アハハ……わしもうっかりしておったんじゃ、昨日の夜にはぐれたばかりじゃからすぐに探せば見つかるかも……」

「アンタにとってはただの世間知らずのシスターにしか見えないが、人によっては死んでも欲しいと思ってしまう兵器でもあるんだぞアレは」

 

事の重大さを教えながら土御門は「はぁ~あ」と深いため息を突いて、坂本の胸倉を掴んだまま上条の方へ振り返り

 

「そういう事だカミやん、悪いがその娘の記憶云々はしばらく待っててくれ。俺はこのアホと一緒にちょっと禁書目録を探してくるぜよ」

「あ、ああ……じゃあ俺も一緒に探してみるわ、オティヌスの記憶を早く戻してやりたいし」

「人がいいな相変わらず、今日会ったばかりの女の子の為に人探し手伝ってやるなんて。そんなお人好しじゃ魔術の世界に足踏み入れたらいくつ命があっても足りないぜぃ?」

「しょうがないだろ、巻き込まれちまったら黙って見てるなんて出来ねぇんだよ」

 

そう言いながら上条も深いため息

 

「別に人助けがしたいって訳じゃねぇけど、体が勝手に動いちまうんだよな。余計な事考えずにさっさと動けって」

「まあその辺がカミやんの良い所でもあって悪い所でもあるんだにゃー。助ける相手は選べよ、もしかしたら助けた相手が自分の敵だったって事もあるんだぜい?」

「善処はするよ、そう簡単に直せねぇと思うけど」

 

平凡な高校生でありながらどこか特殊な部分も持ち合わせている上条。

異能を打ち消す不思議な右手、朧から教えてもらった戦闘技術、そして困った人がいたら思わず首を突っ込みたくなる性分。

そんな友人である彼を土御門はやれやれと言った様子で首を横に振って呆れる。

 

「ま、今日はとりあえず家でゆっくり休んでくれ。俺は今から坂もっさんと今後の相談しつつシメてくるぜよ」

「程々にな」

「助けてくれとんまぁ! 困った人は見過ごせんのじゃろぉ! 現在進行形でわしは今凄く困っちょるぞ! 早く助けんとお陀仏になるぞ!」

「いや助ける人は選べって土御門に言われたばかりだから。ていうかいい加減人の名前覚えろ」

「なんじゃそりゃあ! いいからはようわしを助け……!!」

「じゃあなカミやん」

「おう」

「土御門ぉぉぉぉぉ!!!!」

 

こちらに手を軽く振ると土御門は雄叫びを上げる坂本を掴んだまま玄関から出て行った。

残された上条はぐったりして疲れた表情で座り込む。

 

「今日は変な事ばかり起きたな、ベランダにおっさんが引っかかってたし記憶喪失の女の子が襲い掛かってきたり小さくなったり……おまけに今度は魔術か。坂本さんの言ってたシスターって本当にアテになるのか?」

「まあどうなるかは全て私達次第だろ、いいから今日は良く休んで明日に備えろ。とりあえず晩飯を頼む」

「ああそうだな、明日から人探しもしねぇといけねぇし補習もあるし今日は栄養のある食事を……」

 

オティヌスに言われて上条はよっこらしょと立ち上がろうとする途中でピタリと止まった。

目の前にいるオティヌスを見つめながら

 

「……いやなんでお前まだここにいるの?」

「決まってるだろ、どこにも行く所が無いからだ」

「いや寝泊まりするならホテルなりなんなり探せよ……」

「残念だな、お前は記憶を失った可哀想な少女をその辺にポイッと放り捨てるような酷い奴だったのか」

 

リビングに座り込んで本棚にあった漫画を読み始めて出て行こうとしないオティヌスに上条は頬を引きつらせる。

 

「ここ男子寮なんですけど……」

「男子寮とはどんな効果だ、いつ発動する?」

「記憶喪失なのをいい事にシラばっくれんな! いいから出てけ! ここは俺の唯一のゆっくり過ごせる憩いの場なんだ!!」

 

あくまで出て行こうとしないオティヌスを無理矢理追い出そうとするが、オティヌスは漫画を読みながら周囲からまたあの得体の知れない衝撃波を作り上げて

 

「うお!」

 

慌てて右手を突き出してまたそれを打ち消す上条。彼に対しオティヌスは不満げな様子で

 

「私をここから動かせると思うな、ユニクロに住ませてくれるなら話は別だが」

「ユニクロは民泊施設じゃねぇから! いいからどこにでも行けって! ここ以外のどこかに!」

「人が本読んでる一時を邪魔するな」

「え、本?」

 

上条は初めて気づいた。彼女が勝手に自分の本棚にビッシリと置かれた漫画を一冊読んでいることに

 

「どうしてわたくし上条当麻の秘蔵のジャンプコレクションを読んでおられるのですか?」

「晩飯までの暇つぶしに読んでた」

「……面白い?」

「まだ導入部分だから評価はつけられん、やっと主人公が長年をかけて組んでいたパズルが解けそうに……っておい1個足らんようだぞ」

 

感想を呟きながら読みふけるオティヌスを前に上条はワナワナと震えるとまた壁をドンと力強く叩き

 

「出来ねぇ……! ジャンプ漫画を読んでいる奴を乱暴に追い出す事なんて俺には出来ねぇ……!」

「あ、不良が最後のピース渡しに来てくれたのか、いい奴だなこの不良」

 

上条にとってジャンプは神聖なる書物。それを読む者を拒む事は天地がひっくり返っても出来るわけがなかった。

とりあえず彼女が読み終えるまで追い出す訳にはいかない、否、出来ないのだ。

 

「……晩飯作ってくる」

「さっさと作ってくれ、今日はパン一個しか食べてないんだ。む? 主人公がまるで別人のように変化したぞ」

「あーもうそっからどんどん盛り上がってそれからカードバトルに路線変更して……く! ネタバレするな俺! 純粋に読んで下さる読者の邪魔をしてはいけないんだ!」

 

己自身と戦いながら上条は強引に口を塞いでキッチンへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

そして時刻はすっかり夜に。上条とオティヌスが晩飯を食べていたり、坂本が正座して土御門の部屋で説教を受けている頃。

 

人気の少なくなった上条達がいた公園に、一人の女性と男が立っていた。

 

「見つかりましたか、禁書目録は」

「探知術式を発動しても反応しない、恐らく彼女の着ている「歩く教会」が僕らの術式を拒んでいるんだ」

「こんなに探してもいないとは一体どこに」

 

ジーンズが半分破かれ、シャツはお腹が出るまで捲り上げられた奇妙な格好、腰の下まで伸びた黒い長髪をなびかせる女性に、黒づくめのローブを着た赤髪の男がタバコを口に加えながら口を開く。

 

「坂本辰馬の方も探してみたがこっちも引っかからない。恐らく僕らが追ってくることを想定して第三者が協力している可能性があるな」

「……あの男の名を出さないでください、虫唾が走ります」

「……僕だって反吐が出るほど名前も出したくないね」

 

坂本という名前に過敏に反応する女性に男も同意するように頷きながらタバコの煙を口から吐く。

 

「まさか僕らイギリス清教、『必要悪の教会』を裏切り彼女を勝手に連れて行くとは」

「事前に言えばこちらもなんらかの動きが出来たというのに、仕方ありません」

 

女性の手にはこれまた奇妙なほど長い長刀が握られていた。常人では扱いきれそうにない程の長さを持つ刀の鞘をいっそう力強く握りながら彼女は強い眼差しで前方を見据える。

 

「私の力を持ってあの男を断罪します」

 

その目は何を見ようとしているのだろうか。

憎き裏切り者か、今すぐにでも助けたい少女か、それとも……

 

 

 

 

 

「はーいそこのお二人さん、ちょっと待ってー」

「「え?」」

 

しかしそうしているのも束の間、二人の背後から明るい光が照らされ次に若い男の声が飛んできた。

思わず二人は振り返るとそこには黒い制服を着た甘いフェイスをした男と、同じ制服を着た瞳孔の開いたVの字ラインの前髪をした男が

 

学園都市が誇る三大警察組織の一つである真撰組の一番隊隊長の沖田総悟、副長である土方十四郎だ。

二人は手に懐中電灯を持ったまま歩み寄ってくる。

 

「テメェ等こんな夜中に何やってやがる」

「いやその……」

「さっき通報がありやしてね、露出狂の女と夏なのに暑苦しい黒いローブを着た変な男がいると、これもしかしてアンタ等?」

「わ、私は露出狂ではありません!」

 

いきなりいらぬ誤解を受けた女性は慌てて否定するが沖田はジト目で彼女の格好を見ながら

 

「その格好で言われてもねぇ、なんかもう露出狂を表現するならこれだってぐらい立派なお手本みたいな格好しているし」

「違いますこれはそういう術式に乗っ取った服装なんです! 決してやましい事は考えていません!!」

「へーそうなんだ、そういう術式に乗っ取った服装なんだ。土方さんこりゃあ手違いだ。この女別にやましい事はないそうです」

「へー、じゃあやましい事ないなら大人しくご同行してもらえるよな」

「え、いやそれはちょっと……」

 

棒読みでパトカーに乗れと指示してくる彼等に女性はそれはマズイと困った様子を見せる。

すると黒いローブを着た怪しい男のほうが口に咥えたタバコをペッと地面に捨てながら

 

「いい加減にしてくれ、たとえ警察だろうが僕らを止める事は出来ない、灰にされる前にさっさと目の前から失せろ」

「おやおやお兄さん、お巡りさんにそんな口利いていいのかなー」

「ふん、僕が誰にどんな口利こうが僕の勝手……」

「ところでお兄さん、顔にバーコードついてますぜ、何それ、オシャレのつもり? カッコいいと思ってつけてる訳?」

「え?」

 

適当に追っ払おうとしていた男に沖田が何食わぬ顔で彼の顔についたバーコードのような模様をいじり始める。

 

「外国ではそういうの流行ってるの? 暑苦しいローブ羽織って顔にバーコード。この国じゃそういうの奇抜な格好なだけで別になんの共感も得られないから、おすぎにボロクソ言われるだけだから」

「ち、違うこれは別にオシャレとかじゃなくて……」

「あれ~よく見たら指にいっぱい指輪はめ込んでるねぇお兄さん」

 

しどろもどろになり始める男の手を勝手に取って沖田は彼の手にはめられた数多の同じ指輪をまじまじと見つめる。

 

「見てくだせぇ土方さん、ほら指輪ジャラジャラ付けてますぜ、土方さんも真似してみたらどうですかぃ?」

「誰がやるかそんな中学生みたいな真似、人前で恥かかせる気かテメェ」

「恥……! 僕の格好がはずかしいだと……!」

「ひでぇや土方さん、そういう事を本人の前で言っちゃ、まあ俺もこんなファッションする事になるなら切腹した方がマシですけど」

「……」

 

酷いといってる割にはサラリと自分も毒を吐く沖田に、男は肩を震わせるとガクッと両膝から崩れ落ち

 

「心折れた、もうイギリスに帰る……」

「ステイルーッ!!」

 

心無い罵声を食らい続けついに彼の心がポッキリ折れてしまった。

慌てて女性が駆け寄って彼を起こそうとする。

 

「何をやってるのですか! あなたはまだ己の責務を果たしていません!」

「いやもう無理、絶対無理。責務とかもう知らない、僕はもうイギリスに帰る……イギリスに帰ってそこでファッションデザイナーになるんだ……顔面バーコードを世に流行らせてやるんだ……」

「意味わからないこと言って現実逃避しないでください! それと絶対に流行りません!!」

 

さりげなく酷いことを言う女性に男はすっかり諦めモード。

そんな二人を沖田と土方は見下ろしながら

 

「じゃあ心折れた所で御同行お願いしやーす」

「とりあえず名前と住所と電話番号教えろ、身元判明して問題なかったらすぐ開放してやるから」

「くッ!」

 

このままだと状況的にマズくなる。捕まってしまっては人探しする事も出来ない。

そう考えた女性は心折れてより重く感じる男を乱暴に抱きかかえたまま

 

「職務を全うしているあなた方には悪いですがここは退かせてもらいますッ!」

「あ! 女が男抱えて逃げやしたぜ土方さん、やっぱあの女変態だったんだ!」

「くおらぁ! 待ちやがれ変態女! 市民に肌を見せて興奮するような変体風情が真撰組から逃げられると思ってんのかぁ!!」

「だから違いますって! 私は変態ではありませんから!」

 

男一人を抱えたままの状態にも関わらず、女性のスピードは尋常じゃない速さだった。

背後から悪口言ってくる二人に叫びながら女性は瞬く間に公園を抜け出す。

 

「このような屈辱初めてです……! それもこれもあの男が彼女を誘拐して学園都市などという荒んだ心を持つ者の吹き溜まりのような場所に連れてきたから……!」

 

怒りの矛先をある男に向けながら女性はぐっと奥歯をかみ締めて勢いよく天高く飛翔。

 

 

 

 

 

「ぜってぇにぶっ殺してやるあのモジャモジャ野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

女性は一層あの男への殺意を明確にしたのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。