禁魂。   作:カイバーマン。

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上条当麻編
第五十一訓 雛鳥だった頃の少年のお話


『学園都市』

 

人口の七割が学生という近年稀に見ない変わった街。しかしその広さは240万人の人が生活できるほど広大で日本の中心である江戸の三分の一程。

 

学問を学ぶ生徒達と、更に隔離され唯一古き江戸の名残を残したかぶき町特有の個性豊かな人間達が潜み合い暮らしている。

“外”よりも数段階も文明が進歩し、天人の技術力を上手く生かした町として世界中から注目されている場所でもあり。

天人達の支配下にあり、ほぼ鎖国状態のこの都市には許可なしの侵入は不可能の近い。

 

出来る者としたらそれは、天人達と匹敵する力を持った勢力だけであろう

 

この地球にいればの話だが

 

 

そしてそんな場所と時代に“少年”はいた。

 

侍も廃れ国の時代が大きく移り変わったこの世界で。

 

一部だけ例外があるもののごく平凡な学生生活を謳歌している中で

 

“テメーの信念”だけは絶対にゆずらない風変りな高校生。

 

どんな苦境や試練が前に立ちはだかろうと

 

その心に根付く信念だけは変わりはしない。

 

誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者

 

これは不思議な侍のお話ではなく、不思議な力を持った少年とそれを取り囲う人や天人、はたまたそれとは別の生き物と交わる不思議なお話。

 

 

 

 

 

 

学生にとっては最大級に楽しみなイベントの一つである夏休み。

夏の日差しはキツイもののひと夏の思い出を作れるのならこれぐらい若い少年少女にはなんてことはない。長い休みを満喫し人生の中では短い学生時代を、大人になっても覚えられるようにと夏休みになって数日経った今も遊びまわっていた。

 

しかしそんな毎日が至福の時と楽しんで朝からはしゃぎまわっている学生たちと違い

 

この少年は節々に伝わってくる痛みと共に薄暗い部屋で目を開けた。

 

「いでぇ……体の中で誰かが愉快にタップダンス披露会を開いてるみたいだ……」

 

ぼんやりと目を開けながら言った第一声はまさに今の彼の状態を表していた

体内で大人数の演奏者がオーケストラでもやってるんじゃないかと思うぐらい響き渡るその痛みに耐えながら、少年はゆっくりとベッドから体を起こす。

 

「あの人、ホント容赦ねぇな……最近は最初に比べれば一日寝れば多少は回復できるようになったけど……マジで殺しに来てるのかと思うぐらいキツイ……」

 

誰に対して言っているわけでもなくとにかく不満を口から出したいと思った少年はベッドから降りて立ち上がりながらブツブツと独り言を漏らす。

 

「夏休みといってもこっちは朝から学校で補習があるっていってるのに、せめて学校の休み前に来てくれねぇかなあの人」

 

着替えながらため息を突く少年の頭の中には幼少の頃から高いエンカウント率で前触れもなしに前に現れて、屈強な肉体と精神を持つ人間でも全裸で逃げ出しそうになる程の地獄の鍛錬を行う男がいた。

少年にとってはいわゆる「師」みたいな存在なのだろうがよくわからない。

 

しかし基本平和思考で平凡な学生である彼にとっては、その者の教えはあまりにもそこから遠く離れた技術と修行の連続であった。

ゆえに平和に行きたいと日々願う少年にとってはあまり覚えたくない技術なので消極的であり、小学生からこの街に来たぐらいの時期から鍛えられて10年近く経った今でも少年の実力は師の予想よりもまだまだ下であった。

 

「体痛ぇし、けど成績ヤバイから学校行かねぇと留年の可能性もあるし、冷蔵庫も空だから帰りに買い物もしねぇといけねぇし……」

 

けだるそうに言いながらいつの間にか少年は着替えを終えて夏服用の極々ありふれた学生服に身を包むと、洗顔所で顔を洗って歯を磨き、最後に学生かばんを手に取りおぼつかない足取りで玄関に向かうと靴を履いてガチャリと自宅のドアを開ける。

 

「不幸だ……」

 

最後に思い切り深いため息を突いて嘆くと少年は自宅である男子寮を後にした。

 

彼の名前は『上条当麻』

 

ありふれた日常を生きていきたいと思いながらも

 

度重なる不運に見舞われて未だ災難続きの日常と、師による過酷な鍛錬を耐えながらなんとか今まで生き抜いてきた少年である

 

そしてこの夏休みでの一時が、彼の人生をまた平和な日常から遠ざける物語なのだ。

 

 

 

 

 

数十分後、少年改め上条当麻は今年の四月に入学した自分の高校にやってきた。

見た目は極々普通の高校であり、そこに在籍する学生達も極々普通(一部例外はいるが)

能力者を育成する学園都市であっても彼らのように普通の学生生活を生きる者はそんなに珍しくもない。

 

「はーい皆さん、それでは先生との楽しい補習の時間ですよー夏期テストで赤点取っちゃった困ったちゃん達、無事に進級できるように頑張りましょー」

 

教壇に身を乗り出すように生徒達にニコニコと笑いかけているのはこのクラスの担任である月詠小萌先生だ。見た目は思い切りランドセルを背負ってもおかしくない程小さいがこれでもちゃんとした大人である。

 

そんな彼女の教室に遅れてガララと後ろの方のドアを開ける音と共にやってきたのは上条。

 

「すみません遅れました……」

「あ、上条ちゃん遅刻ですよ! もーいつもじゃ飽き足らず補習の時まで遅刻なんていい度胸ですねー!」

「いやあのですね先生、実はコンビニでジャンプ買うの忘れてたから買いに戻っていまして……」

 

ヘラヘラしながら苦笑しつつ自分の席に座る上条に小萌はますますニッコリ

 

「おまけに雑誌一つをダシにして言い訳ですかー? これはもう相当のお灸を据えなきゃいけないようですねー」

「先生どうして拳を鳴らしてんですか!? 可愛い生徒に体罰を行うつもりですか!? 今の教育でそういう体に教え込む方法はいけないと思います!」

「先生はそういうゆとり世代の教え方よりも実力行使してでも生徒ちゃん達に教えてあげるやり方を推奨していまーす」

「暗殺教室の殺せんせーを見習ってください!」

「残念ながら私が模範としている教師は生徒を護るためなら拳骨も辞さないぬ~べ~先生でーす」

 

小さい体で童顔の女性が笑顔を浮かべながらボキボキ拳を鳴らす光景は思ったより怖かった。

彼女に恐怖しつつ上条は何度も謝ってなんとか愛の鉄拳制裁はされずに済んだ。

 

「はぁ~……」

「いやー早速小萌先生の視線を独り占めにして、カミやんも罪な男だにゃー」

「なら代わってやろうか“土御門”」

「遠慮しとくぜい、義理の妹メイドが相手なら代わってやってもいいがな」

 

前の席に座っていた金髪グラサンの少年が振り返ってきた。

上条の学友であり同じ男子寮に住むお隣さんの土御門元春≪つちみかどもとはる≫だ。

金髪とグラサンのおかげで彼を初めて見る人は怖がる人もいるかもしれないが、飄々とした性格でメイド好きの高校生である。

 

「“カミやん”にとって遅刻するなんて日常茶飯事みたいなものだろ? これぐらいの事でクヨクヨしてちゃ最後までもたないぜよ」

「こちとら昨日の夜から体全身が筋肉痛みたいなモンなんだよ、あの人のおかげで」

「ああ、カミやんの古い知り合いとか言ってたあの男か、通りで寝不足みたいなツラしてる訳だ、おかげで目つきがあの男みたいになってるぜい」

「全然嬉しくないんですがそれは……つうかお前あの人に会ったことあったっけ?」

「んーまあな、お隣さんに住んでんだから何度か顔は拝見してるぜよ」

 

上条の知り合いであるあの男の事は土御門も知っているようだ。

すると今度は上条の隣の席に座る耳にピアスの付いた青髪の少年が振り返り

 

「え、カミやんって昨日の夜幼馴染のお姉さんに激しくされて全身筋肉痛になったん? しかもそれで寝不足で遅刻してくるとかムカつくわー。300円あげるから死んでくれへん?」

「まずお前は耳を取り替えて来い青髪」

「青ピ、カミやんが昨日相手にしたのはお姉さんじゃなくて男ぜよ」

「え、カミやんそっち系だったん!? ボクでさえ怖くて開けない境地に達してしまってたん!? まさかボクの事もそんな風に見ててたん!?」

「たんたんうるせぇよ、んな訳ねぇだろうが。俺は至ってノーマルだよ」

 

勝手に誤解して勝手に引いているもう一人の学友である少年、通称青髪ピアスに上条は冷たい視線を向ける。

どことなくわざとらしい関西弁がこれまた腹立つ。

 

「お前っていつもそんな事ばかり考えてるよな、毎日お気楽でホント羨ましいよ」

「ははは、ならカミやんもこの夏休みの間にロリ属性とM属性をレベルアップさせればええで、そうすれば小萌先生との補習がパラダイスと思えるぐらい幸せになれるんや。現に今のボクは幸せです、欲を言えば小萌先生にゴミを見るような目で見られながら罵られたい」

「全く感動もしない最悪な変態アドバイスありがとよ」

「あー誰かボクを養豚場の豚でも見るかのような目つきで罵ってくれるロリっ娘おらへんかなー」

 

惜しげもなく自分の性癖をバラす青髪。しかしその性癖も彼にとってはほんの一部であり、実体はストライクゾーンが一般の男子高校生よりも遥かに広い重度の変態野郎である。

 

そんな生徒が補習中にベラベラ喋っているのを当然上条以外にもうっとおしいと思う同級生もいるわけで

 

「あの、さっきからうるさいんだけど……僕真面目に補習受けてるんだから静かにしてくんない?」

「え?」

 

後ろの席から迷惑そうに注意してきたメガネを掛けた少年に言われて、青髪はクルリと後ろに振り返った。

 

「ぱっつぁんいたの?」

「最初からいたわぁ! ずっと後ろに座ってたのになんで気づいてなかったんだよ!」

「にゃーぱっつぁんの光学操作能力は一級品だから気がつかないのも無理はないぜい、なにせ場の空間にメガネだけを残して透明化できる能力者だからな」

「んな能力持ってねぇよ! つうかメガネだけ残して透明化しても意味ないじゃんそれ! だったら全身透明化したほうがいいじゃん!!」 

「あーそうか、たまに志村のメガネが宙に浮いてる時あったけどそういう事か、へー」

「上条くんもそれで納得しないでよ!! ていうか僕知らない内にみんなの視界から消えてたの!? 誰も僕をメガネとしか直視出来なかったの!?」

 

ぱっつぁん事彼らのクラスメイトである志村新八の悲痛な叫びに、教壇に立っている小萌先生が頬を少し膨らませ

 

「ツッコミがうるさいですよ志村ちゃん、授業中は静かにしてください」

「先生! 僕はただこの三人がうるさいから注意してただけですって!」

「なら静かにツッコんでください、それにツッコミの台詞が長いしくどいです。読む方の事も考えてくれないと困ります」

「なんかツッコミのダメ出し食らったんだけど! 恥ずかしい! なんか知らないけど死ぬほど恥ずかしい!!」

 

どうしてそこに注意されたのかわからない様子で赤面しながら困惑する新八。

そうしていると今度は教室の前のほうのドアが勢いよく開かれた。

 

「うるさいのよあなた達! 特に長くてくどいツッコミをしている奴! もっと的確にまとめてシンプルなツッコミを勉強しなさい!」

「何なのこの学校! そんなにツッコミに厳しかったでしたっけ!? それとも僕に厳しいの!?」

 

ドアを開いて早々新八のツッコミ以上に声高々に叫ぶのはこのクラスの女子生徒だった。

長い髪とやや大きめの胸、いかにも厳しそうな目つきと顔立ちをしたその出で立ちは男性よりも女性に好かれそうな、つまり美人ではあるのだがどちらかというとカッコいい部類に入るタイプである。

 

すると彼女が現れた途端上条は面食らった表情でギョッとして

 

「げぇー! 吹寄なんでお前がここに! まさかお前も俺達と同じ補習組に!?」

「貴様と一緒にしないでくれる? 今日は月詠先生を助けになる為に来ただけよ、どこぞの馬鹿共がちゃんと授業を聞いてるか見張る為にね」

 

上条を見つけた途端しかめっ面を浮かべて訳を説明する少女の名は吹寄制理。

学級委員長ではないがこの変わり者の多いクラスをまとめ、仕切る程の腕前を持ち、クラスメイトだけでなく教師からも信頼されている少女だ。

彼女が現れると小萌先生も嬉しそうに

 

「吹寄ちゃんはなんと夏休みの時間を削ってまで自ら補習に参加してくれたのですよー」

「先生の負担を少しでも軽く出来るなら安いものです、それにあの三バカ、特にその中の一人には私も色々言いたい事がありますから」

 

これぐらい全然大したことではないという口ぶりでそう言うと、吹寄はツカツカと上条の座る席へまっすぐに向かう。

 

「それでまた貴様は遅刻したらしいわね、嘆かわしい、少しは自分が置かれてる状況に気づいたらどうなの?」

「いやあのですね、今日は待ちに待った月曜日なんですよ、上条さんがその曜日を大事にしてるのは長い付き合いのあなた様でもわかってくれると思うんですが……」

「たかだか雑誌の発売日に浮かれが学生の本分というのを忘れる貴様の事などわかりたくないわ」

 

鼻を鳴らしながら吹寄は上条をギロリと睨み付ける。

 

「高校にもなってジャンプジャンプって……中学生からちっとも成長しないわね貴様は」

「吹寄、それは違う、俺がジャンプを読みようになったのは小学生からだ! お前にはただの漫画雑誌にしか見えないだろうが! 俺にとっては人生の教科書と呼んでも過言ではない!」

「ならその人生の教科書とやらを読む前に学校の教科書読みなさい。成績下位クラスで遅刻欠席も多い貴様が語るのはそれからよ」

「あ、はい……」

 

もっともな正論を言い放ち背後からドス黒いオーラを放つ吹寄に圧倒されすぐに縮こまる上条。

 

それから補習は後ろから吹寄が騒ぐ者がいないようジッと見張って(主に上条の事を重点に)おかげで何の騒ぎも起きずに順調に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

補習が終わると上条達は自然と一緒に帰ってよく集まる第七学区の小さな公園でたむろっていた。

 

「はぁ~全然授業についていけねぇ、悟空が使った技全部答えなさいとかなら簡単なのに」

「カミやんそれ地味に凄い事やで」

「にゃー今更驚く事もねぇぜよ、カミやんはジャンプ知識だけなら無駄に広大だからな」

「これだからジャンプバカは……貴様はいつになったら卒業するのよ」

「無論死ぬまで、いや出来れば来世でも」

「ジャンプバカというより救いようのないバカね、心配してるこっちが損した気分だわ、責任取りなさい」

 

何者かに蹴られた後のある痛々しい自動販売機の前でキリッとした表情で断言する上条に吹寄が呆れていると、彼らと同行していた新八が深くため息を突いた。

 

「ていうか僕、なんで青髪くんにここまで連れてこられたわけ? 帰り道逆なんだけど」

「気にすんなぱっつぁん、一人で帰るの寂しそうだからボク等の輪の中に入れてあげようとおもっただけやって」

「いやいいって、早く帰って晩御飯の支度しないと。姉上に任せたら僕の命もたないし……」

「まあまあまあ、そんな急がんでもええやん。これを機に仲良くしようや、そんで仲良くなった印に」

 

新八の首に後ろから手を回して逃げられないようにする青髪

 

「ぱっつぁんの家、行かせてくれへん?」

「僕の家じゃなくて、僕の家があるかぶき町でしょ」

「え、なんでわかったん?」

「前々から何度もかぶき町行かせてって頼まれててわからないわけないって」

 

かぶき町は本来学生が許可なく入る事は禁止されている快楽街だ。

入るには保護者の同伴、もしくはかぶき町在住の子供のみ。

 

「何度も言ってるでしょ、かぶき町に入るには大人の人が同伴じゃないとダメだって。それに入っても変な店とかには入れないからね」

「ボクが変な店に入るとか思っとるんかぱっつぁん、ボクはただこの夏休みの間に男になりたいとか思ってるだけやで、言うなれば保健体育の実技の授業を習いに行くだけや」

「だからその授業習う所がいかがわしい店なんだよ!! いい加減あきらめろバカ!」

「いやや! 一発だけ! 一発だけやらしてお願い! 夏休みの思い出作らせてくれやホンマ!!」

「僕に向かって言うなぁ!! なんかすっげぇ危ない二人だと思われんだろうが!!」

 

必死に頼み込んでくる青髪にツッコミを入れながら新八が叫んでいると、傍で話を聞いていた土御門も「ふーん」とこぼす。

 

「かぶき町になら俺も言って見たいぜい、まあ男子高校生ならみんな一度は行ってみたいと考えるだろうよ」

「おおツッチーわかっとるやん! ならボクと一発いってみようや!」

「止めろ気持ち悪い」

 

興奮しすぎて自分でも何言ってるのかわからない様子の青髪を制しながら土御門は話を続ける。

 

「だが今日は止めとくぜよ、今日はウチに客が来ることになってるからな」

「客ってツッチーの義理の妹の舞夏ちゃん?」

「舞夏だったらこうしてお前等アホ共とだべらずにとっととまっすぐ帰ってるぜい、ちょいとした知り合いだ、今頃俺の部屋に入れず玄関で待ちぼうけ食らってるだろきっと」

「いや、そうなるとわかってるなら戻ってやれよ……」

 

笑い飛ばす土御門に上条が横から口を挟む。

 

「俺もかぶき町には興味あるけど金もねぇしなぁ、毎週買うジャンプと漫画の購入のせいで上条さんの家計は常にギリギリですよ」

「貴様……!」

「ひぃ! なんです吹寄さん!?」

 

つい本音と無駄使いしてる事を漏らしてしまう上条をすぐ様睨み付けると、吹寄は彼の胸倉を勢いよく掴み上げ

 

「学生の身分で立ち入り禁止地区に入りたいと考えるばかりか? 漫画買いすぎてお金がないですって? 貴様は一体どこまで堕ちれば気が済むの……!」

「い、いやかぶき町行きたいぐらい思ったって別にいいだろ。つうかさっきから青髪と土御門も行きたいって言ってるのになんで俺だけ!? ジャンプ買う事だって別に吹寄に迷惑掛けてるわけじゃ……」

「ふんッ!」

「でやッ!」

 

しどろもどろになりながらうまく話を流そうとするが残念ながら彼の話術スキルでは彼女をだます事は出来なかった。

吹寄の頭突きでそのまま頭を押さえながら後ろに下がる上条

 

「っつう……! 急に何すんだよ!」

「貴様が勝手に野垂れ死にしようが構わないけど、そうなれば悲しむ人も一人や二人いるでしょ。この一撃はその人達の代わりにやったまでよ」

「理不尽すぎるだろ……“不幸だ”」

 

赤くなったおでこをさすりながらつい言ってしまった上条の一言に、吹寄の耳が僅かに小さく動いた。

 

「……今貴様なんて言ったの?」

「へ? あ! い、いえ何も言ってないですはい! えーところで吹寄さん、そろそろわたくし上条当麻はスーパーに行かねばならなくなりまして!」

 

自分が言ってしまった事を思い出し慌てて背中を見せ逃げ出そうとする上条だが、吹寄は後ろ襟をガシっと捕まえてそうはさせない。

 

「私の前で不幸だのなんだの嘆くのは止めなさいって何度も言ってるわよね……」

「いやその……つい口をスベらしてしまっただけでして、だから頼むからスーパー行かせてください、特売日なんです今日」

「奇遇ね私も今日はスーパー行くわよ、チラシで私が欲しがってた美肌サプリが売られてたから買いに行くの」

「そんなものなくてもあなた様は昔と変わらずお美しい肌をしてるんですから心配いらないですって……」

「誰かさんと出会ってから溜まるストレスが原因で肌のお手入れ大変なのよ……」

「うわー誰かさんって誰だろー……」

 

ピリピリした雰囲気を放つ吹寄に上条は勿論のこと、それ見ていた青髪、新八、土御門もその威圧感に体を震わせ

 

「ボク、今日はまっすぐ帰るわ。学生として良い子に帰宅します」

「僕も今日は近くのスーパーじゃなくてかぶき町で済ませます」

「俺も客を待たせちゃ失礼だからすぐに帰るぜい」

「だぁーッ! 待てお前ら! 上条さんを見捨てるつもりかコノヤロー!! ってああ! すげぇ勢いで逃げやがった!!」

 

彼が振り向いて叫んだ時には既に三人の後姿はみるみる小さくなっていった。

残された上条は恐る恐る吹寄の方へ振り返り

 

「あのータイムセールだから説教は短めに……」

「ならスーパーへ向かいながら言ってあげるわ、貴様の為に長々とお説教してやる」

「ハハハ……」

 

全く嬉しくない言葉と共に上条は吹寄と仲良く近所のスーパーへ引きずられていくのであった。

 

 

 

 

 

 

そして日が落ち始め夕方になろうとしている頃、上条はようやく両手にスーパーの袋を持って我が家である男子寮へと戻った。

 

「おのれ吹寄……散々好き勝手言いやがって、何も言い返せなかった俺も俺だけど」

 

スーパーに辿り着くまで吹寄は本当に長々と説教した

 

学生でありながらかぶき町などという淫らな場所に行こうとするなど言語道断だと説教

 

生活費を削ってまでジャンプや漫画を買い漁っている浪費癖に説教

 

そして最後に自分に落ち度があるくせにことごとく不幸だ不幸だと嘆くのを止めろと説教。

 

挙句の果てにはスーパーで自分が買う物にも難癖つけてくる始末である(野菜ばっか食ってないで肉を食えだのなんだの)

 

中学生の頃からの付き合いだが、上条にとって吹寄は天敵と呼んでも過言ではない存在だった。

 

確かに彼女の言いたい事もわかるし自分のことを思って言っているというのもちゃんと理解しているつもりだがそれでも上条はまだ若い、同い年の女の子を理解するにはまだまだ経験が足りない。

 

「なんでいちいち突っかかってくるかな、それに俺ばっか」

 

ブツブツと文句をたれながら上条は部屋のドアを開けてようやく我が家に帰還した。

さすがに男子寮であるこの聖域には吹寄も近寄れないだろう。

ようやく一息突けた上条は靴を脱いでまっすぐキッチンにある冷蔵庫に進んで買った物をしまい込んでいく。するとすぐに「ん?」と顔をしかめ

 

「吹寄の奴、自分が買った物を俺の袋に間違えて入れてったな。あいつも案外おっちょこちょいな所あるんだな」

 

袋の中に入ってあったのは「脳の活性化を促す超頭脳パン」などというあからさまに怪しい商品。普段から吹寄が何かと胡散臭い者を通販で買い漁っている事を知っているのですぐにこれが彼女が買ったものだと理解した。

 

「フッフッフ、今頃吹寄の奴は買った物が一個なくて慌てているに違いない、己のおっちょこちょいを恨むがいい。コイツは上条さんがおいしく頂きますよ、おいしいかわかんねぇけど」

 

してやったりの表情でそれをリビングにあるちゃぶ台に放り投げて後で食べる準備する上条。

 

本当は彼の不憫な生活に気を使って彼女がコッソリ入れてあげたのだが、さすがに上条ではそこまで頭は回らなかった。

 

「冷蔵庫には全部入ったし、今度は干した洗濯物でも取るか」

 

そう言って干した洗濯物を部屋に戻す為にリビングを通ってベランダへと出る窓をガララっと開いた。

外はすっかり夕焼けだ、また夏休みが一日終わってしまったなとしみじみ思っていると

 

 

 

 

 

「うー気持ち悪ぃ、昨日飲みすぎてしもうたきん、吐きそうじゃ……」

 

 

 

 

 

ベランダの手すりに干していた自分の掛け布団の隣に“それ”はいた。

 

丁度腰の部分で折れて二枚折りになってるかのようにかろうじベランダに引っかかり。

グラサンを掛けたもじゃもじゃヘアーの男が顔色悪い様子でうめき声を上げていた。

 

「……」

 

その異様な光景を前にして上条は声が出ない、出せないのは当たり前だ。

自分のベランダにグラサン掛けた知らないおっさんが引っ掛かってれば誰だって固まる。

 

「……誰?」

「お」

 

やっと声を出した上条に気づいて男は顔を上げた。

 

「おお丁度ええ所にきたの、あり? 土御門、お前しばらく見ない内に随分イメチェンしたみたいじゃの、イメチェンというよりまるで別人のような、アハハハハ」

「いや土御門は隣の部屋なんですけど……」

「へ?」

 

どうやら隣の土御門に用があって来たらしい。だからといって何で自分のベランダに引っ掛かってるのかはわからないが、すると男は理解したかのように引っ掛か酒たままポンと手を叩いて

 

「そうかここはお隣さんじゃったか! アハハハハ! わしとしたことが勘違いしてもうた! すまんのぉ!」

 

人んちのベランダで男は大笑いする。

 

「何度ノックしても誰もおらんみたいじゃったけぇ、だから裏側から侵入してサプライズで飛び出てやろうと思ってたんじゃが昇る途中で昨日の酒が回ってしもうてここで休んでおったんじゃあ、いやぁやっぱ故郷である地球の酒が一番美味い、つい調子に乗って飲み過ぎてすっかりオボロロロロロロロロロロロォ!!!」

「っておいィィィィィィィィィ!!」

 

わざわざ一階からここの階まで昇ってきたというバカ丸出しの発言と共に、地球の酒は美味しいといってる途中でその酒を盛大にベランダで口から吐き出す男に上条は慌てて叫んだ。

 

「勝手に人の家のベランダに引っ掛かって勝手にそこで吐くなよ!! 干した洗濯物が酸っぱい匂いになっちゃうだろ!」

「すまんのぉ……いやホンマ久しぶりに地球で浮かれてしもうてたきん、ああ、タオルありがと」

「それ俺の制服ぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

手元にあった彼の制服である白シャツで口元をぬぐいだす男。

そして男は弱々しく顔を上げたまま上条に苦しそうな表情をしながら笑いかけて

 

「わしの名前は坂本辰馬、こうして会えたのも何かの縁じゃき、いごよろしどぼしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「挨拶すんのか吐くのかどっちかにしろッ!!」

「じゃあ吐く方をオロロロロロロロロロ!!!」

「これ以上上条さんのベランダを酸っぱい匂いで充満させんなぁ!!!」

 

突然現れた坂本かいう男に散々ベランダを在らされ、上条は夕焼けを眺めながらつい吹寄煮禁止されていたあの言葉を使ってしまう。

 

「不幸だ……!」

 

上条当麻と坂本辰馬。

 

少年とおっさんが交差した時

 

物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

おまけ

教えて銀八先生

 

「は~いでは読者からの質問をお答えしま~す、ハンドルネーム「八条」さんからのお便り」

 

『沖田はサーシャの上司とはドS仲間みたいですがやはりドS同士息が投合して仲良くなったのですか?』

 

「はいお答えします、確かに沖田がロシアの所の組織の女上司と仲良く連絡していると彼自身答えています」

 

「ですが実際はそういう訳ではありません、ぶっちゃけ表面上は仲良くしながら腹の中では互いの組織の情報を引きずり出そうと探り合っています」

 

「互いにそれを知っていて連絡を取り合ってるようです。どこの国のSもロクな奴がいないという事です」

 

 

「続いてもハンドルネーム「八条」さんからのお便り」

 

『滝壺は一日中眠そうになっていますが他にはどんな事をしているのですか?』

 

「基本奴は眠そうにしてる割には色々動き回ってます」

 

「大体は沖田の後をついてくる事もありますが、他の隊士の所も観察したりしてます」

 

「一番多いのは沖田、次に近藤、その次に多いのは土方、そしてその次に山崎です、伊東の事はちょっと怖いのか近づこうとしません」

 

「最近は言葉を使わず無言で職務を全うしているとあるアフロの隊長の事も気になってるらしいです」

 

 

 

「あー次で最後の質問、ハンドルネーム「匿名希望」さんからのお便り」

 

『黒子って銀さんや御坂と違ってジャンプ読まない主義なんですよね? でもなんでスラムダンクとか知ってたり詳しかったりするんですか? それとバスケ漫画繋がりで黒子のバスケの方には手を出してないんですか?』

 

「これは奴が通ってるジャッジメントの支部のせいですね。そこには誰かがわざわざ私物の漫画を定期的に本棚に突っ込んでるんです」

 

「仕事が無くなり暇になった時、奴はそれを時間つぶし程度に読んでるだけです」

 

「大半はくだらないモンだと思って適当に流し読みしてますがたまたまスラムダンクが並んでた時に読んで初めて漫画が面白いと思ったみたいです」

 

「それと黒子のバスケは自分の名前がモロにタイトルになってるのでこっ恥ずかしいのか読もうとしません」

 

「なので今奴の中のブームはバスケ漫画繋がりでなく井上雄彦先生繋がりで『バガボンド』です」

 

「それでは教えて銀八先生のコーナー終わり、つー事で解散」

 

 


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