禁魂。   作:カイバーマン。

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第四十九訓 あんぱんとノコギリ

彼の名前は山崎退。

泣く子も黙る武装警察・真撰組に所属する隊士の一人だ。

彼の任務は主に単独行動による密偵や監察・情報収集。俗に言うスパイと言う奴だろう。

この仕事が彼にとっての生き甲斐であり人生と称しても過言ではない。

 

彼が動く時それは、事件の匂いをかぎつけた時だけ。

 

なのだが

 

「……なにコレ?」

 

今山崎の目の前ではとんでもない光景が広がっている。

 

彼の目の前の数メートル先で、極暑の夏でギラギラと日差しを浴びる公園で。

暑そうな赤い外套を羽織った金髪の小さな女の子がうつ伏せでぶっ倒れていた。

 

「生き倒れかな……」

「……だ」

「!」

 

 

彼が一人冷静に推理しているとその倒れていた少女から弱々しく小さな声が出て来た。

一目散に彼は彼女の下に駆け寄って行く。

 

「ちょ! 大丈夫!? すぐに救急車を、え?」

 

すぐにしゃがみ込んでうつ伏せになっていた彼女を両手で抱き寄せてみると俺は更に驚いた。

 

この目が隠れるほど前髪が長い小柄の少女、とんでもない服装をしてるのだ

 

下着の様なスケスケの素材と黒いベルトで構成された拘束服のような格好。

極めつけは首にリード付きの首輪を巻いている。

 

「外国ではこういうのが普通なの? いやいやもしかしてあの沖田隊長があのぼんやりした少女じゃ飽き足らず他の女の子に手をかけたという可能性も……」

「だ、第一の質問ですが……」

「うお!」

 

SM少女が苦しそうに荒い息を吐きながら山崎に話しかけて来た。

真撰組隊士としてほおってはおけない、そう思った彼は救急車を呼ぶ為に携帯を取り出そうと連絡しようとしたその時。

 

「第一の質問ですがなにか食べ物を持ってませんか……?」

「……え?」

 

携帯のボタンを押そうとしたまま彼の手が止まった。

 

「第一の質問を貴方に再度問いかけます……食べ物を持ってませんか……?」

「……おなか減ってるの?」

「第一の回答ですが……ここに来てから何も食べてません……」

「……」

 

なんで食料が豊富なこの街で腹減って死にかけてるのだろうか? 

山崎の疑問をよそにSM少女は呻くように

 

「食べ物を……」

「え? ああはいはい! え~となんか食える物持ってきたっけな?」

 

彼は慌てて懐からゴソゴソと探り出す。すると制服のポケットにあるものが入っていた。

 

「あの~、俺のあんぱんがあるんだけどこれで良ければどうぞ……」

 

監察・密偵を行う彼にとってこのあんぱんは張り込みにかかせない必須アイテムだ。

差し出されたあんぱんを少女は奇妙なモノを見る表情で眺めている(目は長い前髪で見えないが……)

 

「……第二の質問ですがその茶色い丸っとした物体は食べ物ですか?」

「ああうんそうそう、俺あんま好きじゃないけど仕事上常備しててさ」

「第三の質問ですがそれを頂けるのですか?」

「口に合うのかわからないけど……食べる?」

 

そう言うと彼はSM少女に手に持つあんぱんをそっと口に近づけて見る。

物珍しそうにあんぱんをジーット眺めた後、彼女は小動物のようにちょびっと食べた。

 

(大丈夫か? 外国人にあんぱんってウケるのか? てかあんぱんってそもそも何処の人種にウケるんだ?)

 

そんな彼の心配をよそに彼女は口に入った一口サイズのあんぱんをクチャクチャと歯で噛んだ後、ゴクンと飲み込んでいた。

彼もゴクンと生唾を飲み込む。

 

「第四の質問ですが……」

「は、はい!」

 

一口食べ切ったSM少女が山崎にゆっくりと口を開く。

 

「……これは全部食べて宜しいのですか?」

「……え? そのつもりで食べさせたんだけど?」

「そうですか……では」

 

彼が手に持つあんぱんをSM少女はまた子リスの様に口を小さく開けて食べ始める。

体を動かすのもダルいのか彼に自分の体を預けたままだ。

黙々とあんぱんを夢中に食べるSMの格好をした謎の外国人少女。

 

「……あんぱん外国でもイケるじゃん……」

 

 

 

 

 

ギラギラと太陽が雲一つない空で昇っている中。彼と奇妙な服装をした少女は共に公園のベンチに腰掛けていた。

どうやら彼のあんぱんは今にも消えそうだった少女の命を救ったらしい。全部食べ切った彼女は多少体力が回復したようで山崎の隣にちょこんと座っている。

 

「死にそうになっていた所を助けてくれてありがとうございました」

「いやいいっていいって、人命救助は真撰組としてやるべき当然の義務だから」

 

ただあんぱん恵んで上げただけなのだが、素直にお礼を言ってくれる彼女に彼は頬を引きつらせながら複雑な気持ちで後ろ髪を掻く。

 

(そういやここに来てから感謝の言葉なんて貰ったためし無かったっけ?)

 

そんな事をつい思い出し山崎は悲しみにくれる。

 

真撰組は他の警察組織と違ってあまり学園都市の市民から快く思われていない、ゆえに貰える言葉など嫌悪感が含まれた馬事雑言しか……

 

「……第一の質問ですが何故貴方は泣いてるんですか?」

「いや目にあんぱんのゴマが入っちゃって……」

 

感極まってつい目頭が熱くなってしまった山崎に彼女はキョトンとした表情を浮かべて尋ねて来た。

制服の袖で涙を拭くと彼は改まって彼女の方に向き直った。

 

「そういえばちょっといくつか質問があるんだけどいいかな?」

「……第一の回答ですが答えれる範囲なら構いません」

「答えれる範囲って……じゃあ自分の名前と国籍は言える?」

 

答えれる範囲があるという事は答えられない範囲もあるのか? ますます謎だらけになる少女だ。

彼の疑問をよそに少女はしばらく考えた様な仕草をした後、山崎に向かって淡々と答えた。

 

「貴方が提示した第一の質問への回答ですが私の名は“サーシャ=クロイツェフ”。国籍は表面上ロシアとなっています」

 

サーシャ…名前からして外国人。国籍からみてロシア人といったところか……。

 

「じゃあサーシャちゃんはここには何しに来たの?」

「貴方が提示した第二の質問への回答ですがそれは答えられません」

「え? なんで?」

「貴方に知らせる必要は無いからです」

 

キッパリとそう断言する彼女。どうやらなにか理由があってここに来てる事は確かなようだ。しかしこの服装、やはりどこから見ても異様だ……

 

「第二の質問ですがさっきから何故ジロジロと何度も私の格好を下から上へと見ているのですか」

「い、いやあその……変わった服装だなぁっと思って……」

「第二の回答ですが私は好きでこれを着ているわけではありません……」

 

どうやら山崎の視線にはとっくに気付いていたらしい、彼が慌てて答えると彼女はそっぽを向いてさっきからずっと無表情だったのに若干表情がプルプルと震えて歪んでいる。

 

「あのバカ上司……“クソアマの変態アバズレ上司”の職権乱用で無理矢理着せられているんです……」

「……そ、そうなんだ……」

 

憎き仇でも思い出すかのように怒りで震える彼女に山崎は思わず後ろにのけ反ってしまった。

 

(職権乱用する上司か、何処の職場も一緒なんだな、ん? 職場?)

 

職場と聞いて山崎は反応する。

 

「まさか君、その年でもう職に就いてるの?」

「貴方が提示した第三の質問への回答ですが、私は一応ロシア成教に所属するシスターです」

「シ、シスター!? その格好で!?」

「……」

「あ、ごめん……」

 

彼女がシスターだと聞いて山崎が思わず驚いてしまうと、彼女は少しブルーな表情で俯いてしまう、やはり己の服装に関してはかなり気にしてるようだ。

 

(てかシスターである彼女にSM女王様みたいな服を着させる上司って一体何モンだよ……沖田隊長と気が合うかもしれないな)

 

山崎が遠い目で空を見上げて、ここからずっと遠くにあるロシアという国に恐怖感を抱き始めていると。

隣からグ~と人間なら誰もが聞いた事のある軽快な音が鳴りだした。

腹の音だ、しかも隣からという事は腹を鳴らした正体はもう一人しか断定できない。

やはり育ち盛りの子にあんぱん一つじゃ足りないのだ

 

「……なにか食べ物……」

「え~と……ああダメだ、あんぱんしか持ってない……」

 

恥ずかしいのか少々顔を赤らめて彼女が食べ物をまた山崎にねだって来た。

申し訳なさそうに彼はあんぱんを取り出すと

 

「さすがに連続あんぱんはイヤだよね……」

「あんぱん……私は構いませんが……」

「へ?」

 

スッと俺が差しだしたあんぱんを彼女はまた受け取って小さな口で食べ始める。

なんだか餌付けしてる気分だと山崎はそんな風に呑気に考えていた。

 

しかしそれが本当の意味で餌付けになっている事を彼はこの時知らなかった。

 

 

 

 

 

そしてしばらく時が過ぎた頃。

 

「おい山崎、前々からテメェに聞きてぇ事があるんだが」

「はいなんですか副長」

 

真撰組屯所の副長・土方十四郎の部屋で山崎はキチンと正座したまま彼を直視する。

しかし土方の方は彼の隣に座っているある少女を眺めながら

 

「そのガキ、いつまでお前の傍にいるんだ」

「……」

「第一の回答ですが私はガキではなくサーシャ=クロイツェフという名前があるのですが」

 

山崎の隣にいたのは彼と同じように正座しながらあんぱんを食べる少女、サーシャ。

それに土方が無表情でツッコむと山崎はバツの悪そうな顔を浮かべて

 

「いやなんかあんぱん食べさせたらついてきちゃって……」

「誘拐の手口と一緒だな、よし腹切れ」

「い、いや待ってくださいよ副長!」

 

警察組織の中に犯罪に身を染めてる者がいるのであれば早めに処分する事はなんらおかしくない。

しかし山崎は慌てながら弁明する。

 

「誘拐とかそんなんじゃないですから! この子が勝手について来ただけなんですって!」

「誘拐犯は決まってそう言うんだよ、同意の上だとかなんとか」

「違いますって! これは真撰組として彼女を保護しただけですってば!」

 

そう言って山崎は隣であんぱんをまだ小さな口でモグモグしているサーシャの両肩を掴む。

 

「この子は遠い国からはるばるとやってきたものの、満足に食べる事さえ気出ずに餓死寸前だったんです! そこを俺が保護したんです! そしたらなんかずっと俺の後をついてくるようになったんです! 信じて下さい副長!」

「いやそんな野良ネコに餌上げた感覚で人間拾ってきてましたとも言われてもな。しかもこんな怪しいガキを」

 

山崎の必死な弁明にサラッとツッコミを入れながら土方は咥えたタバコから煙を吹く。

 

「それにロシアの宗教の修道女ってのがどうもうさんくせぇ、おいガキ、テメェの素性全部吐け」

「第二の回答ですがあなたのような何度も人の事をガキ呼ばわりするような相手に話す事など何もありません」

「ああ? テメェ警察ナメてッとしょっぴくぞ」

「第一の質問ですがあなたのように権力を振りかざして部下や修道女に無理強いを強要させるとうのは警察の人間として何も思う事は無いのですか?」

「さっきからその回答とか質問とかめんどくせぇ喋り方しやがって、キャラ付けが必死過ぎなんだよ」

 

タバコの煙を吹きかけながら土方はイライラした様子でサーシャを睨み付ける。

 

「人の敷地に勝手に入ってあんぱん食ってるガキがなに生意気言ってやがんだ。おい山崎、さっさとそいつを追い出せ、さもねぇとテメェも真撰組から追い出す!」

「ええ! ちょっと待ってくださいよ副長! いくらなんでも可哀想ですってそれは!」

 

拾った責任感だろうか、山崎は彼女を追い出す事には反対の様だ。

しかし土方はフンと鼻を鳴らして

 

「ウチは保護施設じゃねぇんだよ、泣く子も黙る真撰組の屯所にこんな露出狂が来そうな格好してるガキを置いてるなんて知れたら幕府に顔向けできねぇだろうが」

「露出狂……!」

「あん?」

「あー! サーシャちゃん待って! この人ちょっと口が悪いだけだから! だから袖の下からそんなもん取り出さないで!!」

 

露出狂と言われた事にカッとなったのか、立ち上がって袖の仕方からいきなりバールの様な突起物を取り出すサーシャを山崎が慌てて止めに入る。

 

「ちょっと止めて下さいよ副長! この子がこういう服着てるのは上司から強要されて仕方なく着てるだけだって何度も言ってるじゃないすか!」

「本意だろうが不本意だろうがそんな服着てる時点でもう危ない橋渡ってんだよ、引き返す事の出来ない露出狂ルート一点突破してんだよ」

「いや俺だってちゃんとまともな服着せてあげたいと思ってますよ、なのに……」

 

攻めてこんな格好でなければ土方もここまで追い出す事に躍起にはならないであろう。

だがら山崎もその辺についてはちゃんと考えていたのだが

 

「前に質屋で丁度いい修道服買ったのに何故か局長に強奪されちゃって……なんだったんでしょうねアレ、凄い鬼気迫った表情で俺にドロップキックかましてきましたよ」

「……」

 

山崎の話を聞いて土方は眉間にしわを寄せて考える。

 

「いやまあ……人には言えない趣味ぐらい一つや二つ持ってるんだろう近藤さんも」

「え、あれ自分で着るために奪ったんですか? あのサイズをあのガタイで着るつもりなんですか局長は?」

「もうその辺について詮索すんじゃねぇ。全て忘れろ、いいな」

「わ、わかりました……」

 

深くは探るな、察しろと警告する土方に山崎は素直に頷く。

 

「それでそのサーシャちゃんについては俺が一応面倒見てるんで大丈夫ですから、それに真撰組の仕事も手伝ってくれるしウチにはいいプラスになってるじゃないですか」

「どこがだよ、勝手に物事デカくさせて被害拡大させてんじぇねぇか。総悟がもう一人増えた様なもんだぞ、ほとんど悪夢だぞ、こんなマイナス娘即刻国外追放だ、ロシアに返せ」

「第三の回答ですが私にはこの街でやらねばいけない義務がありますのであなたの命には従いません」

「上等だ、ならキチンとお巡りさんの言う事は聞いておくべきだと直々に教えてやる」

「望む所ですニコチン中毒者」

「うわぁ! 待ってくださいよ二人共!」

 

二人が立ち上がり、土方は刀を、サーシャはバールを取り出そうとしているの山崎が間に入ってあたふたしていたその時

 

「いいじゃないですかぃ土方さん」

「沖田隊長!」

 

部屋の襖を許可なく勝手に一番隊隊長の沖田総悟が入ってきた。いつもの様にすまし顔でずかずかと中に入って来る。

 

「そのガキ結構使えますし俺は居て全然構わねぇですぜ、何よりそいつの上司と俺はウマが合うんでね」

「お前いつの間にこのガキの上司と連絡取り合ってたんだよ……」

「ちょいと調べたらすぐに見つけられやした、いやぁいい女でしたぜ。今はもうすっかりS友でさぁ、ロシアの拷問の仕方とか丁寧に教えてくれて」

「S友ってなんだよ、メル友みたいに言ってんじゃねぇ! なに勝手にS同士で国際交流してんだ!!」

 

携帯いじりながらサラリと国境を超えて文化交流している事を土方に話しながら沖田は続ける。

 

「それにウチに女子供はもう一人いるやないですかぃ、ガキが一人に増えようが二人増えようが対して変わらんでしょ」

「俺が言いてぇのはその女子供を手籠めにして利用するってのが気に食わねぇんだよ!」

「まあその点については俺もどうかと思ってはいやすが、伊東さんはそうは思ってないみたいですぜ」

「チ、伊東か」

 

伊東と言う名を聞いて土方はピクリと反応して舌打ちした。

 

「まだアイツは能力者を真撰組の戦力にしようと企んでやがるのか」

「そうみたいですね、あの人は頭良過ぎて何考えてるか全然わかんねぇや。土方さん程度の頭ならすぐ読み取れるんですが」

「じゃあ今の俺の頭の中読み取ってみろ、ヒントは首だけ残ったお前だ」

 

ドサクサに小馬鹿にしてくる沖田に土方が刀を抜いてやろうと本気で考えながら、話をサーシャの件に戻す。

 

「まあいいさ伊東の能力者集めなんざ。そもそもコイツは能力者じゃねぇし野郎も興味持たねぇだろ」

「その代わり何やら得体の知れねぇモンを持ってるみたいですが」

「ああ?」

 

気になる事を言う沖田に土方は顔を上げる。

 

「能力者じゃねぇし天人でもねぇのは確かみてぇですが、俺等みてぇな普通の人間とも違う匂いがすんですよねコイツ」

「確かな根拠でもあるのか」

「んなもんねぇですよ、強いて言うならコイツの上司の女の言動に少々裏がありそうだっただけです」

 

探るように沖田はサーシャを見下ろす。

 

「どうやらコイツだけでなくコイツが入ってる組織そのものが、どうもまともな宗教組織じゃねぇらしい。電話越しでも血生臭ぇ雰囲気をひしひしと感じやしたからね」

「お前がそこまで言うんだったらその上司とやらも怪しいな……」

「けどいい女ですぜ、知ってますか土方さん、玉袋に綺麗に焼印を押す方法?」

「血生臭い雰囲気感じるってレベルじゃねぇだろ完全に血まみれじゃねぇか!!」

 

甘いフェイスでドギツイ拷問を口走る沖田に土方が怒鳴りながらツッコミを入れていると、「あのー」とさっきまで黙っていた山崎が正座しながら申し訳なさそうに手を上げる。

 

「とりあえず彼女の組織の謎を解明するのは置いといて、サーシャちゃんを真撰組に預かる事を許可して欲しいんですが」

「ふざけんな誰がするかそんなモン! なんだお前アレか!? さてはどこぞの銀髪天然パーマ教師みたいに変な性癖持ち始めたんじゃねぇだろうな!」

「違いますって!」

 

いらぬ疑惑をかけられ山崎はキッパリと否定する。

 

「ただ捨て犬にエサ上げたらずっと後をついてくるからウチで飼いたいと母親にねだる子供の心境で訴てるんです俺は!」

「なんで俺がお前のお母さんにならなきゃならねぇんだよ! ふざけんな! そんなモン捨てて来い! ウチで飼える余裕あると思ってるの!?」

「意外とノリノリじゃないですかぃ」

 

珍しくボケる土方に沖田がいつもと違いツッコミに回った。

 

「だって沖田兄さんは飼ってるんだからいいでしょ! どうして兄さんは大丈夫で俺はダメなの!」

「なんで俺が兄役?」

「1匹いるのに2匹も飼える訳ねぇだろ! ただでさえご近所さんから変な目で見られてるのにこんなの飼ったら警察組織じゃなくてアダムスファミリーとしか認識されねぇだろうが!」

「いいじゃないかアダムスファミリー! 子供の演技がしっかりしてて!!」

「うるせぇ! あの作品で一番いい味出してたのは祖母だ! あのお茶目でうっかりな所がまたいい!!」

「あれ? アダムスファミリーの話だったっけコレ?」

 

二人で組み合って茶番を始めている山崎と土方に沖田がどうしたもんかと考えていると。

 

部屋の襖がバンッと力強く開いた。

 

「いい加減にしなさい二人共! これ以上家族内で喧嘩するなんてお父さん許しませんよ!!」

「いやアンタお父さんじゃなくて局長」

 

いきなり大声で現れたのはこの真撰組の頭を務める近藤勲。

そんな彼に沖田はボソッとツッコむがそれを流して近藤は土方と山崎の間に入る。

 

「トシ、ザキ、またその事で喧嘩してるおか、止めろと父さん何度も言ってるだろ」

「だって父さん! 母さんが飼っちゃダメだって!」

「アンタからもからもキツく言ってやってくれよ……この子ったら本当に分からず屋で……」

「母さん、良いじゃないか別に」 

 

双方の話を聞いて理解すると、近藤は優しく土方に微笑む。

 

「見ろザキの真剣な眼差しを、これは物珍しいという理由で飼いたいと思っている子供の目じゃねぇ、キチンとこの子を世話して育てたいという男の目をしてやがる、コイツの成長の為だ、許してやりなさい」

「でもまたこんなの増えたら周りはもっと俺達を白い目で見て来るぞ! 野郎共の群れの中にコレだぞ!?」

「周りに変だと言われようがそれがどうした、俺達は俺達だ」

 

土方に言われてもなお近藤は毅然とした態度で言い張る。

 

「アダムスファミリーは周りにどんな目で見られようがどんな事を言われようが気にしなかった! 俺達もあの家族の様に周りの目を気にせずテメーの信念を大事に生きていこう!!」

「結局アダムスファミリーで締めるんだそこ」

 

つまり彼女を預かる事で周りになんと言われようが俺達真撰組は何も変わらず突き進もうと言いたいのだろうが、いかんせんこの茶番のおかげであまり話が耳に入って来ない。

 

「だからトシ、見届けてやろうじゃないか。俺達の息子がどうこの子を育てていくのかを」

「……」

 

笑みを浮かべながらそう言う近藤に土方は無言で背中を向ける。

 

「私は信じませんよ、ペットの世話なんてどうせ最終的にはお母さんが世話するんですもの、エサを与えるのもお母さん、ウンコ片付けるのもお母さん、散歩に連れて行くのもお母さん」

「母さん……」

「だから私を信じさせてみなさい……」

 

そう呟くと土方は空いた襖から足を一歩踏み出し

 

「一生懸命に世話しながら命というものの重みを噛みしめてその子と向き合いなさい。お母さんがお前を育てたようにね……」

「母さんそれって!」

「散歩に連れて行く時はウンコ袋を忘れず持って行くのよぉぉぉぉぉぉ!!」

「母さぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

涙声でそう言い残すと部屋を出て廊下を突っ走る土方。

残された山崎も涙目で叫んで手を伸ばすが土方は行ってしまった。

 

「母さん、そこまで俺の事を考えていてくれたなんて……」

「何を言ってるんだか母さんはいつもお前達の事を考えてるんだぞ」

「父さん……」

 

両膝を突いてガックリ腰を落とす山崎の方に優しく手を置いた後、近藤はさっきからずっと黙り込んでこの光景を眺めていたサーシャの方に歩み寄って同じ視線になるようにしゃがみ込む。

 

「まあアレだ、ふつつかな息子だがよろしく世話されてくれ。困った時はいつでもお父さんに……え?」

「……第一の質問ですが」

 

親切に接してあげようと彼女の肩に手を置こうとしたその時、

近藤の手よりも早くサーシャの動作の方が早く、的確に彼の首を狙って腰に下げてたノコギリを当てていた。

 

「先日この方(山崎)がわざわざ私の為に大金はたいて買ってくれたらしい修道服を横から強奪して奪い去ったのはあなたですか?」

「え、いやそれは……」

「やはり第一の質問は破棄します、回答を与える必要もありません。あなたこの場で処断します」

「ええぇッ!?」

 

動作どころか尋問の処理も早い彼女、持っているノコギリで近藤の首を削り取ろうと手を動かそう当する。

しかし長年の修羅場を潜り抜けて鍛え上げた危機回避能力が素早く反応して近藤はすぐにその場から退いてそれを避けた。

 

「ま、待って! あれにはちゃんと理由が! 元々あの服は別のシスターの服だったからもう一度持ち主に戻そうとしただけであって!」

「黙れゴリラ」

「あっれぇ!? なんかいつもの喋り方と違うんだけどぉ!!」

 

ドスのこもった低い声でそう言うと、普段前髪で見えない赤い目を覗かせてサーシャはマントの下からチェンソー取り出して豪快な回転音を鳴り響かせる。

 

「狩らせてもらう貴様の魂ごと……!」

「ザキぃ!! お前のペットが凶暴化してお父さんの命をハンティングするハンターになっちゃったよ! キチンとしつけして止めてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「ごめん父さん俺塾あるから」

「ザァキィィィィィィ!?」

 

ギュイィィィィィンを耳鳴りする程の音を鳴らしながらチェンソー持った少女がこちらにゆっくりと歩み寄って来る。近藤は山崎に助けを求めるが彼を踵を返して部屋から出て行く。

 

「総悟お前だけが頼りだ! この窮地を救ってくれ!! お父さんからのお願い!!」

「すいやせんお父さん、俺もそろそろペットにエサ上げる時間なんで失礼しやす」

「総悟ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

最後の希望であった沖田までも逃げ去り、残されたのは近藤と殺人マシーンと化したサーシャ……。

 

「執行開始」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

チェンソーを鳴らしながら飛び掛かって来た彼女から近藤は部屋を出て必死に走って逃げだした。

屯所内を局長と変なシスターが追いかけっこしている。

その光景を真撰組の隊士全員が確認するまで彼等の命がけの鬼ごっこは終わらなかったという。

 

そして

 

「ついノリに流されてあのガキ預かるの許可しちまった……」

 

厠でブツブツ呟きながら落ち込んでいる副長も発見された。

 

「……とりあえずアダムスファミリー借りに行こう」

 

 

 

 


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