禁魂。   作:カイバーマン。

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第四十七訓 マダオとシスター時々ホスト

インデックスと別れてからの長谷川泰三はまさに急転直下で落ちていった。

退院してからもまともに職も就けず

家賃も払えず家を追い出され

 

遂には住所不定の公園の隅っこで生活するといういわゆるホームレス生活と成り果ててしまった。

 

「腹減った……」

 

夏の強い日差しが一層体と精神を蝕み

頬も痩せこけ着ている服もボロボロ、ベンチの上に死んだように座れ込む彼。

グラサンの下にある目は濁りきって虚空を見つめている。

 

「おいオッサン、一人でベンチ占領してんじゃねぇよ」

 

俯いている彼のに向かって、一人の若い少年が乱暴に声を掛けた。

長谷川はゆっくりと顔を上げる。

 

「俺は今人を待ってるんだ、こんなくそ暑い中で第二位である俺を棒立ちさせるつもりか? ああ?」

「へ、どかせるもんならどかしてみな……」

「そうかよ、じゃあ遠慮なく」

「ぶッ!」

 

不適に笑って挑発してきた長谷川を少年は思い切りぶん殴った。

何の躊躇もないその拳を頬に受け、長谷川は風に流された紙切れのように飛ぶ。

 

「チッ、なんだ全然弱ぇじゃねぇか」

 

空いたベンチに少年はドカッと左端に座る。

 

「テメェも座ったらどうだ。オッサン」

「……」

 

右側に座れと促す少年に、長谷川はノロノロと立ち上がって静かに座る。

ホスト風の少年とみずぼらしいオッサン。

異様な組み合わせが数分ほどただずっと黙り込んでいると少年が不意に口を開いた。

 

「アンタ、ホームレスか?」

「……ああ」

「家族は?」

「……いねぇよ」

 

言葉少なめに返事する長谷川を少年はチラッと横目を向ける。

 

「本当にいねぇのか?」

「ああ、妻には逃げられたばかりだ……」

「……子供いなかったのか?」

「……テメーのガキじゃねぇが短い間世話したことがある」

「そのガキは?」

「追い出した、二度と俺に近づかないようにな……」

 

少年はボリボリと後頭部を掻き毟る。

 

「かぶき町にかまっ娘倶楽部って店があんだけどよ、そこの店主が常連のお客さんからおかしな話を聞いたらしい、「誰よりも優しい娘をこれ以上自分に付き合わせない為にわざと冷たく突き放したまるでダメな親父の話」さ」

 

唐突に少年が話し始める内容に長谷川はピクリと初めて反応した。

 

「情けねぇ親父だぜ全くよ、何もかも全部背負い込んで勝手に娘置いて行っちまうなんて薄情にも程があらぁ」

「……娘のほうもそんな親父がいなくなってせいせいしただろうさ」

「俺はそう思わねぇけどな」

「……」

 

フッと笑いながら言った長谷川の言葉を否定すると少年は「はぁ~」と深いため息を突く。

 

「こんな話がある、「どん底に落ちたクソ野郎が化け物集団と親玉とその子供に会う話」だ」

「……」

「そのクソ野郎ってのは本当に最低な野郎だった。優秀な能力を持っている事に驕り、研究所で行われる人体実験に加担し、上からの命令ならなんの躊躇もなしに人を殺せる。まさに人の皮を被った獣だった」

「……」

「闇の世界ってもんを知りすぎたそいつはその内闇そのものになるのも時間の問題だった。

だがとあるガキを一人誘拐するという依頼を受けたとき」

 

 

 

 

 

 

「気がつくとそいつは数十人のオカマ軍団に囲まれていた」

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

超スピードの急展開に初めて大きな声で叫ぶ長谷川、驚く彼をスルーして少年は話を続ける。

 

「そいつは必死にオカマ共から逃げるがすぐに回り囲まれる、どこへ逃げてもオカマ、あっちへ逃げてもオカマ、追い払おうとぶっ飛ばしても復活するオカマ、この世の者全てがオカマに見えるぐらいそいつの精神は悪化し……うぷ」

「なんか気持ち悪そうにしてるけど大丈夫!? 話したくないならもう話さなくていいからね!? こっちもなんか頭の中青髭がたくさん沸いてきてるし!」

 

何か思い出したくないものでもあるのか気持ち悪そうに口を手で押さえる少年に長谷川が止めるよう促すが彼は構わず

 

「誘拐したガキがマズかったらしい、そのガキはそのオカマ軍団のボスの息子だったのさ、ボスの息子を攫う奴は許さねぇ、オカマフィア達は一致団結しそいつのズボンを何度もずり下げようと……」

「オカマフィアってなに!? オカマのマフィア!? カッコよく言っても結局オカマだよね!? しかもガキ誘拐したから取り返しに来たんじゃなくてズボンずり下げに来たの!? もうオカマフィアの目的変わってんじゃねぇか!!」

「一人のオカマがズボンを下げてきたかと思ったらその次は下着に手をかけ……」

「逃げてぇぇぇぇぇぇ!! クソ野郎逃げてぇぇぇぇぇぇ!!! もうガキなんて返そう!! 早くしないともっと大事なものが!!!」

「オロロロロロロロロ!!!」

「吐いたぁぁぁぁぁぁぁ!! 何があったんだクソ野郎!! 何をされたんだクソ野郎!!」

 

突如口から思い切り嘔吐する少年の反応を見て長谷川は想像するよりも恐ろしい出来事があったのだと理解した。

少年は胃の中のもの全部ぶちまけた後、息を荒げながら口を手で拭う。

 

「だがクソ野郎もそんじゃそこらの能力者じゃねぇ……遅れはとったものの能力を持たないオカマ共なんざ敵じゃねぇ、攻撃のチャンスがあれば一瞬だった、奴らがカメラを取り出した隙を狙ってあっという間に逆転だ」

「オカマフィアカメラ取り出してたの!? 明らかなにか撮るつもりだったよね!?」

「オカマ軍団を全滅させ、再びガキを目的地まで連れて行こうとしたその時、最後に現れたのはそのガキの父親だった、いや母親か?」

「どっちでもいいだろ! オカマなんだから!」

 

変な事を疑問に思う少年に長谷川がツッコミを入れる。

 

「で、そいつは凄い能力者だったんだろう、オカマの親玉も倒せたのか?」

「倒そうとしたさ、いや完全に殺すつもりだった。しかしどれだけ痛めつけてもどれだけ精神をへし折ろうとしても、アイツは決して倒れず俺に立ち向かってきた、どうしても倒れないアイツにそいつは言った」

 

『なんでテメェは倒れねぇんだよ!! クズ共が寄ってたかってこの第二位の俺にハエのようにたかりやがって!! テメェら無能力者が俺に勝てる訳ねぇとどうしてわかんねぇんだ!! ガキなんざ捨てて逃げてみろよ!! テメーの命よりガキの命のほうが大事だとか思ってんのか!!』

 

「すると全身傷だらけになってフラフラになっているオカマのボスはそいつに向かって平然と答えた」

 

『バカ野郎、親がテメーの子供助けるなんざ当たりめぇだろ』

『!?』

『それにテメェはアタシの家族であるあの娘達を傷付けた、この落とし前はつけさせてもらう』

『娘ってあのオカマの連中か? 笑っちまうぜ、あんなの所詮血の繋がりもねぇただの他人だろうが』

『血が繋がってようが繋がってまいが関係ねぇのさ、テメェが脇に抱えてる息子も、テメェがぶっ倒した娘達も』

 

 

 

 

 

『みんなアタシの家族だ』

 

 

 

 

 

「テメーと同じようなクズばっか殺して天涯孤独に生きるそいつは、初めて”親”って奴を見た」

「……」

「そして同時に初めて恐怖って奴を覚えた。どれ程殺そうとしても絶対に倒れない存在を始めて現れた事に、そいつは生まれて初めて負けてしまうかもしれないという危機感を抱いた」

 

少年は思い出すように天を見上げる。

 

「能力者ってのはどんだけヤベェ能力持ってようが使っているのは結局人間だ。精神がブレちまえば能力も上手く活用できなくなる、自分だけの現実が崩壊しちまったら能力は使えなくなったり暴走を引き起こしちまう、そいつは後者だった」

「……」

「ただ闇雲にそこら一体に能力が発動し、自分でさえどうにかなくなりそいつは自らの能力で自滅仕掛けた、当然の報いさ、クズはクズらしく惨めに死ねって天からのお告げだったのかもしれねぇ」

 

 

 

 

 

「けどそいつの意識が戻って目を覚ますと。クソ野郎はオカマの大将に抱き抱えられていた、辺り一面が崩壊した中で、そのオカマはテメーの息子とそいつを同時に助け出したんだ」

「……とんでもねぇオカマだな」

「そして抱き抱えてるそいつに向かってオカマの大将は言った」

 

『この落とし前はキッチリウチで働いて返してもらうわよ♡』

 

「ドボロロロロロロロロロ!!!!」

「また吐いたぁぁぁぁぁぁ!! 落とし前返したの!? オカマの店で働いて返しちゃったの!?」

 

二度目の嘔吐をする少年の背中を思わずさすってあげる長谷川。

彼にさすられながら少年はムクリと顔を上げ

 

「へへ、どうゆうわけかそいつはオカマの大将に気にいられちまったようでな……テメーの息子攫った奴を自分の店で働かせ始めたんだ、おかしな野郎だよ、お人好しにも程があらぁ、そいつの子分もオカマも、息子も……」

 

口を拭いながら声絶え絶えに少年は話を続ける。

 

「しばらく経つとオカマの大将は追い出す様にそいつを店からつまみ出す、落とし前分はしっかり働いた、もうお前を縛るのは何もないと」

 

『どこへなりとも行っちまいな、けどこれだけは覚えとくんだね。アンタがどんだけ遠くに行こうがまたあんなロクでもない世界に戻ろうが』

 

 

 

 

 

『アンタはアタシのもう一人の息子だ、そいつを魂に刻んでおきな』

 

 

 

「化け物の顔が一層化け物に見える笑顔でそう言った」

「……」

「己の能力に頼り切るのを止めていたそいつはかぶき町のホストクラブ高天原で必死に働き始め、それなりの地位に辿り着いた。そしてそいつは結局……」

 

少年が話を言い終えようとしたその時。

公園に一人の小学生ぐらいの少年が両手に大きな買い物袋持ってやってきた。

 

「あれ、ていと兄ちゃん何してるの?」

「よぉてる彦」

 

その小さな少年に彼は手を上げるとベンチからすぐに立ち上がる。

どうやら二人は知り合いだったらしい。

 

「あの化け物がオメーをかぶき町の外におつかいに行かせたって言ってやがったからな。ここで待ち伏せしてたんだよ。ほれ袋よこせ」

「ええ、僕かぶき町の外に出るぐらい平気だよ……逆にかぶき町の方が危険だし」

「バカ言ってんじゃねぇぞコラ! この辺にはな! ロクでもねぇツンツン頭とかロクでもねぇ白髪頭とかロクでもねぇもじゃもじゃ頭とかそういう危険人物が練り歩いてんだよ! 見つけたらすぐに俺を呼べ!! グチャグチャに捻り潰してやるから!!」

「いやそれだとその人達を抜いて危険人物ベスト1位にていと兄ちゃんがランクインしちゃうんだけど……」

 

過保護というべきかやり過ぎというべきか、少年は熱く語りながらその子の持ってる買い物袋を両手に持つと、ベンチに座る長谷川の方へ振り返り

 

「そしてそいつは結局化け物集団の所に戻ったって訳だ」

「……やれやれ、ようやく終わりか、長い話だったな」

「どうしてそいつはまた戻ったと思う」

「さあな」

「一生かけても返しきれねぇ借りがあるからだ」

 

素っ気ない長谷川に少年ははっきりと答える。

 

「ムカつく事もあるし気持ち悪ぃ野郎共だが、この命を救われた事は一度たりとも忘れた事がねぇ、それに何よりアイツ等は生きる居場所をくれた、闇の中よりもっと薄汚ねぇ場所だけどな」

「……」

「だから”俺”はテメーの一生分使い果たして、アイツ等に借りを返す、アイツ等が護りたいモンを全力で護る、それが俺の決めたルールだ」

 

少年は力強くそう言うと黙り込む長谷川に背を向けた。

 

「なぁ、もし最初に話した優しい娘を突き放したまるでダメな親父に会ったらよろしく伝えておいてくれねぇか」

 

そして長谷川の方に首だけ振り返る。

 

「ちょっとでもその娘に恩を感じてるなら逃げ出さずにキチンと向き合え、貰った恩を百倍にして返すぐらいの度胸をみせろこのマダオってな」

「伝えておくさ……しっかりとな」

「ならいい……あばよ」

「ああ」

 

あっさりとした別れの挨拶を済ませると、少年はもう一人の小さな少年を連れて長谷川の前を去っていった。

 

「ねぇていと兄ちゃん、あのグラサンのおじさんってもしかして父ちゃんが言ってた……」

「父ちゃんじゃなくて母ちゃんと呼べ、あの化け物にまた拳骨食らわされるぞ」

「普通に化け物って呼ぶていと兄ちゃんが一番ぶん殴られてる気がするんだけど……」

 

二人は会話しながら長谷川を残して行ってしまった。

 

彼等を見送った後、長谷川は右手で拳を強く握ると自分の頬目掛けて

 

躊躇なく思いきり殴る。

 

「何やってんだよ俺は」

 

腫れた頬の痛みを感じながら懐からタバコを取り出して火を付ける。

 

「腐っていく内に心までマダオになっちまってやがった」

 

口に咥えると彼は決意を込めた表情でベンチから立ち上がる。

 

「借りたモンはキッチリ返す、もう遅ぇかもしれねぇがあのガキにキッチリと謝って……!」

「そうやなぁ、借りたモンはキッチリ返さなぁあきまへんわ」

「!」

 

不意に声が聞こえたと同時に背後からポンと肩を掴まれる。

長谷川がゆっくりと後ろに振り返ると

 

「ようわかってるみたいで安心したわ、長谷川さん。わし等極道モンも同じ思いですわ」

「だ、誰だお前!」

 

現れたのは顔に傷を付けた七三分けの男。

どう見てもカタギではない風貌に長谷川は警戒する。

 

「わしは溝鼠組で若頭任せられ取る黒駒勝男っちゅうモンですわ」

「ご、極道が俺になんの様だ! 俺はグラサン付けてるけどアンタ等と同族じゃねぇぞ!! これはただの男のたしなみだ!!」

「いやいやグラサンは関係あらへんのわ」

 

黒駒と名乗る男は慌てる長谷川に優しく微笑む。

 

「いやね、おたくちょっと前に随分と金借りたようですな? 実はおたくが金借りた金融会社、ウチのモンが経営してる会社でして」

「!!」

「だから借りたモンキッチリ返してもらう為に若頭のわしが自ら来てあげたんですわ」

「ちょ、ちょっと待て!」

 

長谷川は慌てて黒駒の話を止めた。

 

「借金なら真撰組が全部返したはずだ!! 俺はもうおたくの所に借金なんかねぇ!!」

「確かに返してもらいやしたが、返す寸前の所で利子が発生しましてな、まだその利子貰ってませんのや」

「利子だと!?」

 

黒駒はピラッと一枚の紙を長谷川に差し出す、それは前に長谷川が金を借りる時に書いた契約書だ。

 

「これにちゃんと書いてありますやないか、金返す寸前で利息100%で請求する事があったりなかったりするって」

「嘘つけぇ! どんな無限ループだそれ! 俺はちゃんとこの契約書をくまなく読んでるんだ! んなの書いてねぇよ!!」

「いやいやちゃんと書いてあんですわ、契約書の端っこに書かれてるやろ、ほれ」

「は?」

 

言われて長谷川は黒駒が指さした方を見ると、今まで見た事のない文字が書かれていた。

 

「いやこれただの模様だろ? こんな言語見た事ねぇし」

「何言うてますの、これはれっきとしたオベベベベベロンベベベベベ語やないですか」

「オベベベベベロンベベベベベ語ってなに!? テメェデタラメ抜かしてんじゃねぇぞ!!」

「こりゃかなわんなぁ、オベベベベベロンベベベベベ語は地球から遠く離れた惑星。ドボルルルルルルルルルベベルルルルルルルル星の共通言語でっせ、んなもん常識ですやん」

「ドボルルルルルルルルルベベルルルルルルルル星なんてのも聞いた事ねぇよ! つうかどんな星の名前だよ!! くだらねぇ事抜かして俺を騙そうたってそうはいかねぇぞ!!」

 

そんな事言われても納得するはずがない。

これはあまりにも横暴すぎる、理不尽な恐喝を受けている事に気付いた長谷川はその場から逃げ出そうとするが、黒駒は彼の首にすぐに手を回す。

 

「逃げようたってそうは行きまへんや、返してくれへんのならこっちはこっちで考えがあるんやで」

「へ!?」

「まぁまぁすぐに済みますさかい、これでアンタもわし等に金返せる。コレで貸し借り無しでアンタは自由や」

「一体何を……!」

 

ブルブル震えながら長谷川が首をホールドされたまま黒駒の方へ顔を上げると。

 

歪な笑みを浮かべながらこちらを見下ろしていた。

 

「お楽しみは、これからや……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は既に夜となっていた。

長谷川は黒駒に拉致されて公園を出ると、既に使われていない研究所に連れてかれた。

 

そして今の彼はというと

 

「ほな、まずはタマタマ取ったれ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!! 止めてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

研究所に置かれていた診察台に磔にされた長谷川が泣き叫ぶ。

 

彼はい服を脱がされ素っ裸にされていた。

 

周りには数人の強面の極道が囲み、黒駒は傍に合ったソファでのんびり足を組みながら彼等に命令を下していた。

長谷川がすぐに借金を返す方法、それは

 

「人間の身体っちゅうモンはほんま宝の山やで、目玉だろうが心臓だろうがどんなに古びた玉袋だろうが高く買い取る輩がおるっちゅう話やって。これで長谷川さんも大金持ちや、まあ残った部位で体が動くかどうかは知らんけど」

「ふざけんじゃねぇこれ完全に犯罪じゃねぇか!! アンチスキルや真撰組が知ったらテメェどうなるかわかってんのか!!」

「んなもん怖くて極道務まるかボケコラカスゥ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

こちらに中指立てて怒鳴りたてる黒駒にビビる長谷川。湧き立つ戦意も失ってしまう。

 

「よし、ほなら選ばしたるわ。玉と竿どっちがええ?」

「どっちも駄目に決まってんだろうが!! こちとらまだまだ現役なんだよ! 鞘には逃げられたけど一級品の刀なの!」

「アホかどこが名刀じゃ! こないなもん全然大したことあらへんわ! わしのビッグサーベル見せたろうかゴラァ!! どっちが上か勝負じゃあ!!」

「アニキ、趣旨代わってます!」

 

自分の袴に手を突っ込もうとする黒駒を部下達が慌てて止めに入った。

挑発されると簡単に乗ってしまうのが黒駒の悪い癖だ。

 

「あーもうええわ! さっさとそのなまくら切り落としたれ! そん次にタマや!!」

「へい」

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 俺はオカマになりたくねぇぇぇぇぇぇぇ!!! 誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

自分の分身とも呼ぶべきモノとのお別れという残酷な刑を執行しようと部下の一人がドスを握る。長谷川はグラサンの下から涙を流し、心の底から叫ぶと

 

ドスを握っていた部下の一人がピタリと止まった。

そして突然上を向いて苦しそうにパクパクと口を開け始める。

 

「あ、あ……」

「おい、どないしたんや?」

「い、息が……!」

 

喉を押さえながら必死に説明しようとするも

 

男はブクブクと泡を噴き出すと白目を剥いて突如倒れる。

 

「ああ!? どういうこっちゃこれは! しっかりせんかいアホンダラ!!」

「ア、アニキ……! わし等もなんか……!」

「息が出来まへん……!」

「なに!?」

 

今度は周りの部下達も呼吸が出来ないと喉を押さえながら訴え始め、黒駒が驚いたその瞬間にバタバタと全員倒れてしまった。

残されたのは全裸で磔にされた長谷川と黒駒のみ

するとコツコツと静かに足音を立てて何者かがこちらに向かって廊下を歩いてくる気配が

 

「相変わらずチンケな商売してんなぁ、溝鼠組の若頭よぉ。ただのゴミ掃除なら目を瞑ってやってもいいが」

「お、お前は!!」

 

奥から姿を現した者に黒駒はぎょっと驚く。

目の前に出てきたのは

 

「そのゴミを掃除するならこの”垣根帝督”に通してからにしろや」

「さ、西郷の所のガキやとぉ!!」

 

かぶき町のホストナンバー2にして鬼神マドモーゼル西郷の陣営に立つレベル5の第二位。

本気になればかぶき町そのものも楽に破壊できるといわれる恐ろしい少年だ。

予想だにしない垣根の登場に黒駒は慌てて後ずさりする。

 

「西郷のガキがなんの用じゃ! まさか溝鼠組のわし等と一悶着起こす気か! そないな事したらかぶき町が戦争になるんやで!!」

「心配すんな、俺は今日ただのゴミの廃品回収に来ただけだ。最近心理定規がリサイクルにハマっててよ、俺もやってみようと思ったんだ」

「そんな戯言が通るかボケェ! わしに指一本でも触れてみぃ! おじきが聞いたらすぐに西郷の所にケシかけるで!」

 

こちらに指を突き付けて必死に叫ぶ黒駒に垣根はけだるそうに欠伸をすると

 

「安心しろ、テメェ程度の雑魚に指一つ使うつもりはねぇから」

「へ?」

 

垣根がそう言った瞬間、突然黒駒が立ってる所を中心に白い水たまりが発生した。

 

「な、なんやコレ! これがまさか麦野ちゃんも上回るちゅうあの……!」

「これだけで俺の能力が理解できると思ってんならテメェは正真正銘のやられ役だ」

 

自分を中心に発生した水たまりが次第に広がると、水たまりの中からゆらりと大きな人影があちらこちらに生まれ始める。

 

それは口元に青い髭を生やし、女性の着物を着た

 

オカマ

 

「黒駒さぁ~ん……!」

「愛してるわ~……!」

「アタシと遊びましょ~……!」

「ぎぃやゃぁぁぁぁぁぁ!! なんか白いオカマがいっぱい出てきたぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

黒駒を取り囲むのはいきなり現れたオカマ達。

色は付いておらず真っ白だが、その見た目と声は正に本物となんら変わりない。

 

「ふ、ふざけるもええ加減にせぇやクソガキ……こ、こないなモンにわしが屈するとでも……」

 

次つぎと迫って来るオカマ達に強がってはみるも声の震え方からして完全に怯えているのが手に取るように分かった。

 

そして

 

「つ~かまえた♡」

「……」

 

彼の背後に一際巨漢のオカマが現れ彼の両肩にポンと優しく手を置いた。

その姿はまるでかぶき町四天王と呼ばれたあの鬼神……

 

「さあアタシと遊びましょ、まずは”タマ遊び”から……」

「た、助けてくれへんかなぁ西郷の所の坊ちゃん……! おじきにはこの事伝えんさかい、戦争も避けられる! 」

 

これまた本物そっくりな巨漢のオカマに捕まって、遂に黒駒は目の前にいる垣根に助けを求めようとするが。

 

もう彼の姿はどこにもなかった。そして磔にされていた長谷川さえも

 

「坊ちゃん! 坊ちゃん!! ぼっちゃあぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

「タマ遊びのルールはとっても簡単よ、アタシの握力でタマが潰れなければあなたの勝ち♡」

「アァァァァァァァァァァァァァァァッー!!!!」

 

オカマ軍団に囲まれながら残された黒駒の断末魔の叫びが

 

誰にも使われていない研究所内で空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

そして長谷川の方はというと。

 

「悪ぃがコレしか回収できなかったわ」

 

場所は再び戻り長谷川の住処である公園。

アンチスキルやジャッジメントに見つかったら即逮捕されるであろう全裸の長谷川に。

彼を助けた垣根がポイッと彼の下着であるトランクスを投げる。

 

「いいさ夏だからな……助けてもらっただけで満足だ」

「勘違いすんじゃねぇ、俺はただ黒駒が最近好き勝手やってるからシメただけだ」

「それだけじゃねぇよ」

 

受け取ったトランクスを履くと長谷川は垣根にフッと笑う。

 

「目ぇ覚まさせてくれてありがとよ、おかげでやっとあのガキと逃げずに向き合える決心が着いた」

「ならとっとと向き合ってこいよ」

「え?」

 

垣根が顎でしゃくった方向を見ると

 

こんな深夜に公園のベンチに誰かを待つように座っているウサギのパーカーを着た銀髪少女の姿が

 

「ど、どうしてあのガキが……!」

「てる彦が教えたんだとよ、ここの公園にグラサンかけた変なホームレスが住み着いてるってな」

「!」

「それからずっとここで誰かさんの帰りを待ってるらしい」

 

長谷川はショックを隠せなかった。まさか親身に尽くした自分の事を冷たく突き飛ばした最低の男をまだ……

 

「……何から何まですまねぇ」

「恩返ししたかったらウチの店で一杯飲みに来な、野郎だけなら相手したくねぇがが女連れなら大歓迎だ」

「ああ、とびっきりのいい女連れて行くさ……」

 

そう言って二人は反対方向に向かって歩き出す。

 

垣根は大切なモノがあるかぶき町へ

 

長谷川は大切なモノがいる公園のベンチへ

 

「あばよ”ダメ親父”」

「またな”クソ野郎”」

 

二人にしかわからないであろう掛け合いを終えて。

 

長谷川は

 

「ま、まだお!」

 

短い間の暮らしで、たくさんのモノをくれた少女、インデックスの前に姿を現したのだ。しかもトランクス一丁で

急に現れた彼に彼女は目を見開かせて驚くとすぐにしゅんとして

 

「まだお……あの私ね……」

「待て、俺から先に言わせてくれ」

「え?」

 

彼女の言葉を遮り、長谷川は地面に膝を突くと深々と彼女に頭を下げた。

 

「すまねぇ、誰よりも優しくしてくれたお前を追い出すなんて俺は本当に大バカ野郎だった」

 

地べたになんの抵抗も見せずに男らしく土下座する長谷川。

しかし彼自身はこのような事など恥とも思っていない。

 

「俺は本当は怖かったんだ。俺と一緒にいればお前も同じ苦しみを、いや俺以上に味あわせる事になっちまう」

「まだお……」

「テメーの身勝手でお前を追い出した事にどう償ってやればいいのかすらもわからねぇ情けねぇマダオだ。だがもしお前がまだ俺について来て来れるなら」

 

しんみりと聞いてくれるインデックスに長谷川はようやく下げていた頭を起こす。

 

「俺の一生をかけてお前を護らせてくれ」

 

嘘偽りない正真正銘心からの言葉に。

インデックスは無言でベンチから下りて彼に歩み寄る。

 

「パンツ一丁でそんな事言われても全然感動しないんだよ、何考えてるの? 見ない間に変態さんに目覚めちゃったの?」

「いや、ちょっくら極道の借金取りにタマ取られそうになってな。物好きなホストに助けてもらわなかったら今頃俺はオカマになってた」

「ふーんそうなんだ、別にオカマになっても私はそれでも構わないよ」

 

前と変わらない掛け合いをしながら、インデックスはいつもの笑顔を長谷川に見せてくれた。

 

「まるでダメなオッサンでもまるでダメなオカマでも、あなたは私の大切なまだおだって事に変わりないんだよ」

「お前……」

 

彼女の笑顔を見せてくれた事が彼にとっては何よりも救いだった。

声が思わず震えてしまうも長谷川はグッとこらえてゆっくりと立ち上がってインデックスと向き合う。

 

「ありがとな、それとチケット破いてごめんな、せっかくオメェが大切な服売ってまで買ってくれたのによ」

「あ、その件についてはまだ凄くムカついてるかも」

「ええッ!?」

「冗談なんだよ」

 

一瞬ドキッとしてしまう長谷川にインデックスはフフンっと鼻で笑い飛ばす。

 

「歩く教会が無くても私が神に仕える者だという事は変わらないんだからね」

「……そうだな」

 

自信満々にそう言うインデックスを見て思わず長谷川も笑ってしまっていると。

 

「いやーまいったまいった! まいりましたよホント!」

「ん?」

 

いつの間にかインデックスが座っていたベンチに何者かが三人座っていた。

それは長谷川が病院で入院してた時にやってきた……

 

「本当さー、どうしようかなーコレ」

「はぁー私も今困ってるじゃんよー」

「いやー本当にいやになっちゃいますねー」

 

いつの間にかベンチに座っていたのは前に会った事のある真撰組局長である近藤勲と、ジャージを着たアンチスキルの女性、そして長谷川とインデックスが度々お世話になっていた月詠小萌だった。

3人はいかにもわざとらしい感じで喚いている。

 

「実はさー、ザキっていうウチの部下がシスターの服を質屋で買うとこ見ちゃってさー、ものの弾みでドロップキックして奪っちゃったんだよねー、でもどうすっかなー、俺ガタイ良いからこんな小さい子用の修道服なんて着れねーしー」

「いやー実は私も鉄装っていう部下と自宅に飲みに誘ったのにドタキャンされてさー、せっかく大量に買い込んでおいたカップ酒とイカの串焼きが無駄になっちまったじゃんよ。どう処分すっかなーコレ」

「私もですねーある所にあったゴミ箱の中にバラバラになった紙切れがあったので休みの日を利用して暇つぶしにパズルみたいに組み上げてみたんですよ、そしたら独り身の私には全く使う機会のないレストランのペアチケットだったんですよねー、ホント今までの時間返してほしいですよ全く」

 

長谷川とインデックスはそんな彼等のわざとらしい話を聞いて呆然と立ちすくす。

 

彼等は自分達を見かねてわざわざ……

 

「お前等……」

「みんな……」

「もったいねぇけど捨てるしかないよなー」

「せっかくこんなに買った酒とつまみを泣く泣く捨てる羽目になるなんてなー」

「こんなチケット私にはただの紙切れですしねー」

 

長谷川はワナワナと肩を震わせてグラサンの下の目をこすって深呼吸した後、ビシッと三人組に指を突き付ける。

 

「テメェ等こんな所で何不法投棄かまそうとしてんだコラァ! 人ん家に勝手にごみ置いていこうとしてんじゃねぇよバカ共!! それでも警察と教師か!!」

「全くなんだよ! ここは私とまだおの家だもん! ごみを捨てるなら私達文句言ってやるんだから!!」

 

二人して怒ってるのに顔は笑ってる。そんな彼等に三人組も静かに笑みを浮かべる。

 

「ほう、では俺達はアンタ等親子の家に上がり込んでいたという訳か。いやーすまんすまん」

「不法侵入して悪かったじゃんよ、何をしたら許してくれるんだ?」

「全くもーシスターちゃんったら勝手に私の家飛び出したと思ったら、まさかこんないい家に住んでたんですねー」

 

悪びれも無い様子の三人に、長谷川は得意げにニヤリと笑った。

 

「今すぐそのゴミをここに置いていきやがれ、そして朝まで飲みまくるぞ! これが長谷川家に上がり込んだ罰だバッキャロウ!!」

「ハ~ハッハッハ!! ならば近藤勲! 侍としてしかとその罰を受けてやろう! 全力で飲むぞ!!」

「酒とつまみならこっちで任せるじゃんよ、足りないってんならそっちのゴリラに買いに行かせるから安心しろ」

「シスターちゃんの為にジュースも持ってきてますよー」

「ありがとう小萌!」

 

警察組織の人間が二人と高校教師、外人のシスターとトランクス一丁のおっさんがこんな時間の公園で飲み会を始めるなど、傍から見れば超問題行為であろう。

 

「では近藤勲! 脱ぎますッ! てかもう脱いでまーす!! 」

「おーおーこっちは一回見てんだからもっと凄いモン見せろじゃんよ! 全裸で逆立ちしながら股についてるのを振り回してみろ!」

「いえーい! 学園都市の風力発電のプロペラみたいに景気よく回してみましょー!」

 

しかし彼等は気にしない、というより完全に忘れているのだ。

 

「インデックス」

「なぁに?」

 

飲み会の中、カップ酒を飲みながら長谷川は隣に座っているインデックスの方へ振り返ってフッと笑う。

 

「ただいま」

 

それに対して彼女はもちろんいつもと変わらぬ笑顔で

 

「おかえり!」

 

 

 

 

 


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