禁魂。   作:カイバーマン。

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外伝 「男達が貫くそれぞれの往く道」
第四十六訓 マダオとシスター


長谷川泰三はかつて幕府直属で働くエリートコース爆進していた男であった。

 

しかし、とある少女に異星の皇子のペットである巨大エイリアンを捕獲する依頼をした際、彼が今まで築き上げた地位はすべて足元から一気に崩れ落ちた。

 

そこからの彼は正にまるで駄目なおっさんのコース、略してマダオコースを光の速さで進んで行った。

 

少女はエイリアンを捕獲どころか独断でエイリアンを爆散。

少女の言葉に感化されてついその場のノリに流されて勢いに身を任せて異星の皇子を拳で吹っ飛ばす。

その結果、

 

「腹切れ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

幕府の上官から切腹命令。

あわてて夜逃げの準備をしようと家に戻ったら、

 

『あなたみたいなまるで駄目な夫、略してマダオにはうんざり。切腹なり何なり一人でしてください ハツ』

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

一生連れ添うと決めていた彼の妻はすでに愛想尽かして家を出て行っていた。

 

仕事も家も金も妻も失い、残されたのはグラサンのみ。彼はこの時からすでに立派なマダオに成り果てていた。

 

そして今の長谷川はというと……

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

 

カツーンカツーンとみずぼらしいアパートの階段を深夜に昇る一人のオッサン、長谷川泰三。

手に持つビニール袋にはカツカツな状況の中で買ったコンビニのカップ酒とイカの串焼き。

いったい誰がこんなみずぼらしい男を元エリートコースを鼻歌交じりにスキップで駆けていた男だと思うであろう。今じゃ自分の自宅であるアパートの階段を駆ける事さえ出来やしない。

 

階段を昇って2階にたどり着くと、長谷川はこれまたみずぼらしいズボンから鍵を取り出してドアを開ける。

 

「ただいまぁ……」

 

喉からかすれたような声でそう呟くが返事が返ってくることはない。

ここには彼一人しか住んでないのだから

 

「……」

 

長谷川は靴を脱いで中に入ると小さな畳部屋にポイっと買ってきたカップ酒とイカの串焼きを隅にほおり投げた。

 

「電気……止められたんだっけな」

 

ヒモを引っ張っても照明の点く事のないランプを虚空の目で見つめた後、長谷川はせめて月の光で夜食を食べようと小汚いカーテンを開けて窓を開いた。

するとそこにいたのは

 

「……」

「……」

 

アパートの小さな手すりに一人の小さな少女がもたれていた。

しかしドン底暮らしで身も心も疲れ果てていた長谷川はそれを見てもノーリアクション。

 

「お腹すいたんだよ……」

「……」

 

普通なら、こんな夜中に何で少女がおっさんの住む部屋のアパートに布団のようにぶら下がっているのだろうと疑問に思うであろう。

どうして金色の刺繍を施された修道服の格好をした銀髪の外国人がお腹すいたとか呻いてるのか疑問に思うであろう。

しかし長谷川はそれでもノーリアクション。

 

「お腹すいたって言ってるの」

 

今度は彼の方に顔を上げてムッとした顔を浮かべた後、クリッとした目をした小さな少女が無表情の長谷川にニコッと笑顔になる。

 

「なにか食べものもらえると嬉しいな」

 

その言葉をきっかけに

 

長谷川は遂に彼女に反応した。

 

「食べ物をくれだと……」

 

静かに声を震わせながら長谷川は項垂れる。

 

「仕事も金も妻も居場所も失った俺に……」

 

ゆっくりと顔を上げるとグラサン越しから血走った目で少女を見つめる長谷川

 

「一体お前らはどれだけ俺から搾り取れば満足なんだ……!」

 

この過酷で絶望的な状況を生きてきたおかげで

 

長谷川の精神はすでに崩壊寸前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな……いきなりみっともない姿見せちまって」

「ううんいいんだよ、会っていきなり食べ物恵んでもらおうとした私が悪いんだし……」

 

数分後、銀髪の小さなシスターは長谷川の部屋で正座をしたまま彼と向かい合っていた。

 

「ところでお嬢ちゃんはどうしてあんな所にぶら下がってたんだ」

「えっとね、“たつま”を探していたの」

「たつま?」

「私をここまで連れてきてくれた人なんだよ」

 

聞いたことのない名前に長谷川はピンと来ていない様子だが彼女は続けて

 

「この街の案内をしてくれてたんだけど途中ではぐれちゃったから探してたの。たつまは冷蔵庫の裏とかお風呂場の足元とかそういう変な所に潜んでいるからこのまるでだらしない汚部屋、略してマダオの部屋ならいるのかなと思ったら途中でお腹すいて倒れちゃって……」

「そんなゴキブリみたいな生態系の人間いねぇよ。ていうかさりげなく俺の城に毒吐くの止めてくんない?」

「そしたらもっと汚いオッサンの巣だったんだよ」

「家どころか俺にまで毒吐いてきたよ、なんなのこの娘? もう出てってくれよ頼むから、これ以上オッサンの心を傷つけないでくれ」

 

可愛い顔してどギツイ言葉を浴びせてくるシスターに長谷川の心はもうボロボロだ。

 

「まあいいや、じゃあそのたつまって男を探してたら俺のベランダにぶら下がってたのか」

「うん!」

「よしわかった、じゃあ帰れ」

「ええ!?」

 

あっさりと帰そうとする長谷川にシスターは慌てるように立ち上がった。

 

「困ってるシスターをこんな夜中に追い出すなんて酷過ぎるんだよ!」

「酷いもクソもあるか、俺は自分だけで一杯一杯なんだ。宿がほしいならビジネスホテルでもなんでもあるだろ」

「私お金ないもん!」

「は?」

 

シスターは必死に抗議するように立ち上がったまま話を続ける。

 

「ここに来るまでお金出してくれたのは全部たつまだし私はお財布も持ってないんだから!」

「てことは今のお前は寝る場所もねぇし金もねぇし行く当てもねぇって事か?」

「そうだって言ってるでしょ!」

「フッ」

 

タバコに火をつけて口に咥えながら、長谷川は鼻で笑った。

 

「つまりお前はまるでダメな女の子、略してマダオだな」

「むー! まるでダメなオッサンのあなたにだけは言われたくないかも!」

「一晩だけだぞ」

「え?」

 

フゥーとタバコの煙を吐きながら長谷川はポツリと言う。

 

「同じマダオのよしみだ、特別に朝になるまでここに住ませてやらぁ」

「いいの!?」

「電気も止められてるし布団さえもねぇけどな」

「それでもいいんだよ! ありがとう“まだお”!」

「あれ? なんで助けてあげたのにマダオって呼ばれてるの俺?」

 

さりげなくマダオ呼ばわりされることに違和感を覚えるがシスターは彼にニコッと笑いかけた。

 

「私の名前はインデックス! イギリス清教のシスター!」

「イギリスの修道女か、どおりでこの辺に疎いはずだ。俺は長谷川泰三だ、短い間だがよろしくな」

「うん、よろしくまだお!」

「あれ俺名前言ったよね? なんでまたマダオ呼びなの? 俺はもうマダオという名目で登録済みなの?」

 

完全にマダオ呼びが定着すると、長谷川は今日深夜にコンビニで買ったものを思い出す。

 

「しょうがねぇ、外人さんの口に合うかどうかはわからねぇが」

 

そう言って長谷川は部屋の隅にほったらかしにしていたビニール袋からあるものを取り出してインデックスに渡す。

 

「ほらよ、半分だけ食わしてやる」

「え?」

 

彼が取り出しのはイカの串焼き、酒のつまみとして買っておいたものだ。

 

「で、でもまだおもお腹すいてるんじゃ……」

「俺はこの安い酒があれば十分だ」

 

カップ酒を取り出して一口飲むと長谷川は得意げに笑う。

 

「それにシスターに施しを与えれば、神様とやらも俺に何か見返りくれるかもしれねぇしな」

「ありがとうまだお! じゃあ私は神様にまだおが幸せになれるよう祈っておいてあげるね!」

「おーおー祈っとけ祈っとけ、祈りまくって俺を幸せにしろよ」

 

本当は神様という不可思議な存在を学園都市に住む長谷川が信じているはずがない。

ただ彼は、自分と似たような境遇に立たされている彼女にちょっとばかりの同情を抱いただけだ。

 

「だからマダオなんだよ俺は、自分の生活もままならねぇってのに人助けなんざ……」

 

月の光に照らされながら長谷川はもう一口酒を飲む。

 

「あ、おい俺の分もちゃんと半分とっとけって……」

「ごちそうさま! 美味しかったんだよ!」

「っておいぃぃぃぃぃぃ!!! なに全部食ってんだお前ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

あっという間にぺろりと完食して嬉しそうに笑ってみせるインデックスに初めて長谷川が叫んだ。

 

「半分だけって言っただろうが!! 何で全部食ってんだお前!? 返せ俺の串焼き!!」

「んーでもちょっと噛みにくかったかも、いかにも安物っぽい味だったし、せめて白米が欲しかったんだよ」

「しかもダメ出し!? テメェふざけんなクソガキ! あれは俺が残り少ない金をはたいて買った串焼きなんだよ!」

 

全部食べられた上に文句までつけてくる彼女に遂に長谷川が身を乗り上げて彼女に掴み掛かる。

 

「返せ! 俺の串焼きを返せ! 胃の中に腕突っ込んで直接掴んでやる!!」

「うわぁ!! 女の子に襲い掛かるなんて最低なんだよ! 食べたかったらもう一度買いに行けばいいでしょ!」

「そんな簡単に買えねぇんだよ! こちとら無職だぞナメんなコラァ!」

「だったら働けばいいだけなんだよ! 手に汗かいて働けばこんな安っぽいのいくらで買えるのに! 全くそんなんだからあなたはまだおなんだね!」

「いい加減にしろよこのガキ! おっさんだって働きてぇよ! けど男ってのはおっさんになると再就職率がすげぇ低くなるんだよ! まだまだ将来に希望を持てる若造が上から目線でおっさん語るんじゃねぇ!」

 

狭い部屋でギャーギャーと喚きながら喧嘩する二人。

それを眺めるのは窓の向こうから光を照らしてくれる満月のみ

 

 

 

 

 

マダオとシスターが交差するとき、物語は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少しだけ日が流れる。

 

「おいお嬢ちゃん、なんで俺の部屋のドアの前に座ってんだ」

「あ、やっと帰ってきたまだお! ずっと待ってたんだからね!」

「俺お前に最初に一晩だけ言わなかった? もうほぼ毎日ウチに来てるよね?」

「今日ご飯のなにかな?」

「こいつ完全にたかりにきてるよ! 助けてお巡りさん! もしくは害虫駆除の人! うちにデッカイゴキブリが住み着きました!」

 

定期的どころかいつも泊まりにやってくるインデックス。

それでも長谷川は仕方なく彼女を家に迎えた。

 

「いいか、飯を食べるって事はつまり働かなきゃいけねぇって事だ。だからこうやってオッサンの内職手伝え」

「わかったんだよ、でもこのガシャポンの中にギン肉マンケシゴム入れるお仕事はツラいんだよ」

「仕事なんて大抵はツライもんなんだよ」

「それにこのギンケシ見てると……ああ、このプリプリマン美味しそうなんだよ……」

「なんで顔面がケツの超人をヨダレたらしながら凝視してんのこの娘!? 食うなよ! これで稼げばまたイカの串焼き買ってやるから!」

「私はあんなものよりもっと美味しいの食べたいんだよ、モグモグ」

「食うなぁぁぁぁぁぁぁ!! 返せ! プリプリマンを返せぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

時に共に仕事を行ったりしてすずめの涙ほどの賃金をもらい

 

「へーこの写真に写ってる女の人がまだおの奥さんなんだね」

「ああ、毎年いつも結婚記念日には高いレストランに連れてってやってたが、今は金も無ねぇしカミさんも出て行っちまったから、今年は無理だろうな……」

「まだお……」

「腎臓って二つもいらないよな……質屋で買い取ってくれねぇかな」

「まだおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

少女に悲しいエピソードを聞かせたり

 

「また面接ダメだった、やっぱり俺はまるでダメなオッサンだ……」

「元気出してまだお、いい就職先教えてあげるから」

「マジで!?」

「イギリス清教といってね」

「せめて国内にしてくんない!? 通勤キツイから!」

 

うまく仕事にありつけない長谷川をインデックスが励ましたり

 

「オォォォォォイ! ここにたくさん貯蔵していた俺のんまい棒は!?」

「すでに私のお腹の中で全て溶けちゃってるんだよ」

「テメェまた大事な食料を! いい加減出て行けこの野郎!」

「私だってこんな汚い所さっさと出て行きたいのにたつまが見つからないんだもん!」

「お前なんかシスターじゃなくて寄生虫だ! 俺の城から出て行け寄生虫!」

「むかー! 出て行かせたかったら実力行使でかかってくるんだよ!」

「上等だテメェの得意の噛みつき戦法なんざこっちはとっくに見抜いてんだよ! かかってきやがれ!!」

 

狭い部屋の中でおっさんと少女の激しいバトルを展開したり

 

「まだお! 私今日お友達になった“こもえ”の家でご飯食べてきたの! 今度まだおも食べに来ていいって!!」

「ええ! 俺にもメシ食わせてくれんの!?」

「でもこもえと一緒に住んでるフレンダって娘がずっと変な人形に向かってブツブツ呟いてて怖かったんだよ」

「怖ぇぇぇぇぇぇぇ!! どんな家だよそれ! 呪いの館とかじゃないだろうな!? 呪いうつされねぇよな!?」

 

貴重な食べ物を恵んでもらう機会を得たり

 

「うう……しゃぶしゃぶなんてすっげぇ久しぶりだ……俺生きててよかった……」

「この匂いだけでごはん3杯いけるんだよー……」

「はいはい二人ともまだまだありますのでたくさん食べてくださいねー、フレンダちゃんも食べますかー?」

「迎えに来い迎えに来い迎えに来い迎えに来い迎えに来い早く早く早く早く早く早く早く浜面浜面浜面浜面浜面……」

「いらないみたいなので3人で楽しく食べましょう」

「いや延々とのろいの言葉呟いてる奴の近くで楽しく食べれるわけねぇだろ!! なんかすごい怖いんだけど!? たまにこっち見てくるんだけど!」

「ikeuesorokonugarasn……」

「今俺を見ながらなんか唱えたんだけど! 呪われたよ! 俺完全に呪われたよ!!」

「あんな呪術詠唱初めて聞いたんだよ」

 

人の縁が幸運を結び救いの手を差し伸べられ、施しを受けたり

 

「見てまだお! ネコ拾ったんだよ!!」

「にゃー」

「こっちも食えねぇってのにネコの世話なんて出来るわけねぇだろ」

「大丈夫! まだおのご飯を減らせば!」

「全然大丈夫じゃないからね! なんで優勢順位が俺よりネコのほうが上なんだよ!」

「最近はネコに芸を持たせてをゆーちゅーぶって奴に乗せればお金を稼げるって聞いたんだよ!」

「そんな事誰から聞いたんだよ」

「たつま!」

「ロクな奴じゃねぇなホント、まあいいや、とりあえず最初は簡単に火の輪くぐりでも覚えさせるか」

「にゃー!!」

「それって飼っていいってことだね! これからはここが家だよスフィンクスー」

「にゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「なんかすげぇ嫌がってそうに見えんだけど?」

 

拾った猫で一攫千金を狙うために買い始めたり(3回脱走した)

 

 

 

 

どん底に突き落とされ何もかも失ったはずの長谷川泰三の孤独な生活は

インデックスとの生活でゆっくりと変わっていった。

 

そして

 

 

 

 

 

「見ろ! これが“俺達”をマダオから脱却する為の最初の一歩だ!!」

「わー凄いねまだお! これがまだおのお店なの!」

 

長谷川は大きな賭けに出た、それは自分の店を開くこと。

この不景気なご時世に職なんか見つからない。

ならば自ら仕事を立ち上げようと決心したのだ。

 

彼がそう決心したのは他ならぬインデックスの存在のおかげである。

開いた店はコンビニ、名前は「MADAO」

 

「人の良い金融会社がこんな俺に気前よく金貸してくれて助かったぜ、やっぱ人生一人じゃやっていけねぇよな」

「これでイカの串焼き以外も食べられるんだね!」

「ああ、カップ酒ともこれでおさらばだ。けどそれだけじゃねぇ」

 

いつものラフでボロボロな格好でなくキチンとコンビニの制服に身を包んだ長谷川がインデックスに笑いかける。

 

「もしこの店が上手くいったら、お前にその……服でも買ってやるよ」

「え?」

「だってお前、会ったときからずっと同じ服着回してるじゃねぇか」

 

金色の刺繍が施された純白の修道服、インデックスが常にそれを着ていることに長谷川は気になっていた。

 

「女の子ならもっといろんな服着てみたいと思うだろ」

「うーん、一応これは「歩く教会」と言って私を護る為の術式が施された礼装なんだけど……」

 

意味不明なことを口走るとインデックスは黙り込む、すると気恥ずかしそうに目を背けながら

 

「まあたまには着てあげてもいいんだよ……」

「へ、そういう時は素直にありがとうって言うもんなんだけどな、まあいいさ」

 

意地悪く笑うと長谷川は腕を組んで自分の店を誇りげに眺める。

 

「最終目標は逃げたカミさんを連れ戻すことだが、まずは第一の目標としてお前が欲しいと思った服を買ってやるぐらい成功するに決まりだな」

「それでまだおがいいって言うなら別にいいんだよ、それよりここお店だよね? マダオの店だから私食べ放題なの?」

「なわけねぇだろ、これで我慢しろ」

 

そう言ってマダオが取り出したのはバナナ一房。

 

「これでも食いながらどっか遊びに行ってろ、俺はこれから開店セールの準備しなきゃならねぇんだから」

「むーそうやって私をのけ者にして!」

「お前が傍をウロチョロしてたらまともに仕事できねぇんだよ」

 

そうやって手でシッシッと追い払う仕草をする長谷川。それにインデックスは貰ったバナナを早速食べながら不満げにジト目を向けると

 

「ふーんだ、じゃあまだおが困っても絶対に助けてやらないんだよ」

「ハハハ、勝手にしろ」

「後悔しても知らないんだから!」

 

そう言い残してインデックスはバナナを手に持ったままどこかへ行ってしまった。

残された長谷川は「さてと」と自分の店に戻る。

 

「早速準備しねぇとな、開店初日だから大忙しだぞ」

 

そう言いながらもどこか楽しげに準備を始める長谷川。

どん底からは這い上がった。次はもう一度上へ昇るために、そして何より

 

「ガキなんて作ってもうるせぇだけだと思ってたが、案外悪くねぇのかもな」

 

彼女の存在のおかげで、長谷川は下を見る事を止めたのだ。

 

「よーし! ハツが帰ってきたらいっちょ子作りでもしてやろうかな! ダハハハハ!!」

 

コンビニ店員が言ってはいけない事を裏口で平然と叫び笑っていると、店の表からなにやら騒がしい声が

 

「ウチのガキに触んなコラ! 金ならやるからとっとと消えろ寄生虫共が!!」

「あなた達の様な欲にかられた俗物がお姉様に触れるとか許しませんわよ!」

「もう超なんなんですかあなた達! この人の父親と母親ですか!?」

「子離れも出来ない親が娘の友達付き合いに口挟むんじゃねぇぞゴラァ!!」

「どうでもいいから離せぇぇぇぇぇぇ!!」

 

どうやら既に店に客が来ているようだ。しかも団体様、おまけにやかましい

 

「ったくなんなんだよ、開店初日でハプニングとか勘弁してくれよ」

 

そう文句をたれながら長谷川は裏口から表のレジカウンターの所まで移動する。

客への対応かつ、マナーの悪い客を注意するために

 

しかし彼は気づいていなった。

 

“彼女達”がここにいる時点で、既に取り返しのつかない事態に陥っていることを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーまだおったら許せないんだよ。せっかく私が手伝ってあげようと思ったのにのけ者にして」

 

コンビニから少し離れたところで、インデックスがバナナをほおばりながら文句を言ってると

 

「はぁー脱走した子供を捕まえろとは、難儀な任務だな全く」

「やるしかねぇだろ、俺だって不服だが真撰組の存続のためなら仕方ねぇ。その為ならなんだってしてやるよ」

「そう血気盛んになるなトシ、ここは出来るだけ穏便に済ませよう、子供を捕まえたらちょっと洒落た喫茶店で俺が元の施設に戻るように洒落たトークで説得するから、それで洒落て解決だ」

「何回しゃれしゃれ言ってんだよ、最後に関しては間違ってるじゃねぇか」

 

目の前を数十人の同じ制服を着た男たちが通り過ぎて行く。

先頭を歩く男二人が会話しているのをインデックスがふと見ていると突然

 

地鳴りを揺らし耳をつんざくような大きな衝撃音と爆発

 

「うわぁ!」

 

あまりにも大きな衝撃にインデックスは尻もち付いて倒れると、次に見た光景は

 

「ってうわぁぁぁぁぁぁぁ!! コンビニMADAOが爆発しちゃったんだよぉぉぉぉぉ!!!」

 

一瞬の出来事だった。長谷川が血の滲むような努力と執念が生み出したコンビニMADAOが爆発してしまった。

慌てて駆け寄ろうとするインデックスの前では黒い制服を着た男達のリーダー格的存在が逃げる市民に向かって叫んでいる。

 

「え~みなさんご心配なく!! 我々真撰組は別にこの街に害を為す事が目的とした組織じゃなくてですね! あ! ちょっと! 石投げないで! 痛いですホント!」

 

どうもこの男達が先ほどコンビニMADAOを崩壊させた原因らしい。

周りに叩かれながらも必死に説明しようとしている彼に向かってインデックスは手に持ったバナナを強く握り

 

「そんな事してないでまだおを助けに行ってよこのバカゴリラァッ!」

「いやバナナ投げられても困りますから! 別に嫌いじゃないけど投げられたら食べるとかそんなんしないから! あ、美味しんだけどなにこれ? どこ産?」

 

手当たり次第にバナナを投げるインデックスは彼は周りの騒音のおかげで彼女の声も届いていない。しまいには投げられたバナナを食べる始末。

 

「まだおーッ!」

 

崩壊したコンビニMADAOに向かって叫んでも返事はやはり返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後、長谷川はコンビニMADAOを崩壊させた張本人である真撰組が救急車を呼んですぐに搬送された。

 

そして数日経って

 

「……」

 

長谷川は病室のベッドで目を覚ました。そこで初めて意識が戻った彼はゆっくりと半身を起こすと傍にあったグラサンを掛ける。

 

「お、起きたみたいじゃんよ」

 

病室のドアが開く。中に入ってきたのは腰の下まで伸びたポニーテールを揺らすジャージ姿の女性。そしてその後に入ってきたのはインデックスがバナナを食べさせたゴリラ似の男。

見知らぬ二人組に長谷川がただ無言で見つめていると女性の方が男の横っ腹を軽く肘で小突いて

 

「おらゴリラ」

「えー真撰組の局長を務める近藤勲です。この度は……ウチん所が迷惑掛けてホントすんませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

廊下にまで響き渡りそうなぐらいの大声で誤りながら深々と頭を下げる近藤という男。

 

「あんたの店を爆発させたのは俺の部下だ! 店を再建することは出来ねぇがアンタが店作るために作った借金はウチが全部払う!! それでも怒りがおさまらねぇなら俺を煮るなり焼くなりしてくれ! なんだったら俺のケツ毛を剃ってくれたっていい!!」

「どんな新手の罰のゲームじゃんよそれ」

「いやそれだけじゃアンタに謝りきれん! こうなったら前の方も剃ってくれ!」

「どこの種族の反省の仕方だ」

 

謝り続ける近藤にそれにツッコむ女性。

しかしそれを聞いても長谷川は上の空だった。

自分の身に起きた出来事に未だ頭の整理が追いつかないのだ。

そんな状況の中、一つ気になるのはやはり

 

「……ここに修道服を着た銀髪のガキは来たか?」

「銀髪のガキ?」

「ああ、その子なら確かに毎日“月詠センセ”とここに来てるじゃんよ、時間的にそろそろ」

 

女性がそう言うとタイミング良く病室のドアが開いた。

 

「あ! シスターちゃん、長谷川さんが目を覚ましたみたいですよ!」

「まだお!」

 

やってきて早々嬉しそうに叫ぶインデックス。そんな彼女を連れてきたのは月詠小萌、長谷川と彼女が色々世話してもらった恩人である。

 

「私びっくりしたんだよ! まだおの店が爆発したり“天パとツインテが黒い人達と戦いだしたり”それに壊れたまだおの店でこのゴリラが裸で踊り回ってたんだよ!」

「いやそれわざとじゃないからね! トシから聞いて初めて知ったんだからね俺も! まさか奴らの仲間に洗脳術を操る能力者がいたとは夢にも思わなかったんだよ!」

「それにしちゃ楽しげに踊ってたじゃんよ、変なもんをブラブラ揺らしながら」

「え、見たの!? 俺の恥部見ちゃったの!? ケツ毛ボーボーなのバレた!?」

「おう見た見たバッチリ見た、人にあんなけがわらしいモンみせてどう責任取るつもりだクソゴリラ」

 

近藤と女性の話を無視して長谷川はただインデックスを見つめる。

そう、彼は彼女を見たときすぐに違和感を覚えたのだ。

その違和感とは

 

「おい、どうしてお前、いつもの服着てねぇんだ」

「ふぇ!?」

 

長谷川の追及にインデックスは動揺したようにビクッと跳ね上がる。

彼女が今着ている服は、小萌が愛用していたウサギの耳がついたピンクのパーカーと短パンだ。

トレードマークとも言うべき金色の刺繍が施された修道服ではなかった。

 

「修道服はどうした」

「そ、それはまだおに言われてからちょっと色んな服を着たいと思っただけだもん! ちょっとこもえから借りてみただけだから! そんな事より私まだおの目が覚めた時の為にお祝い用意してたんだよ!!」

「……」

 

あからさまに不自然な態度をするインデックスを見ながらふと隣の小萌を見ると複雑そうな顔でこちらから目を逸らしている。

彼女の態度を見て長谷川は彼女達が何かを自分に隠してると瞬時に読み取った。

 

「はいこれ!」

 

そんな彼にインデックスが差し出したのは一枚の紙切れ。

何かと思い長谷川はそれを手に取ると、そこに書かれていたのは高級レストランのお食事ペアチケット。

 

「まだおが奥さんと毎年結婚記念日に行ってた所なんだよね!」

「ああ、そういや前に言ったことあったな……よく手に入れたなこんなの」

「ふふん、日頃の行いのおかげで商店街のくじ引きで引いちゃったんだよ! これでまた奥さんと一緒にご飯食べにいけるね!」

「……よく覚えてたじゃねぇか」

「私の記憶力はイギリス清教に重宝されるほど凄いんだよ!!」

「そうか、じゃ今その重宝されている記憶力に刻んでおけ」

 

長谷川は手に持ったチケットをヒラヒラさせながらインデックスに

 

「コイツはな、商店街のくじ引きに出回ることなんてあり得ねぇんだよ」

「!」

「俺が幕府で働いていた時でも、少ねぇ小遣いでやりくりしながら毎年買ってたんだ。買わなきゃ手にはいらねぇ代物をどうしてお前が持ってんだ」

「それはえ、えーと……」

「テメーの服を売ったんだな」

「あ……」

 

彼女のわかりやすい反応を見て長谷川は深くため息をついた。

そう、彼女はこんな紙切れ1枚の為に……

 

「質屋にでも売り飛ばしたのか」

「うん、今ちょうど“まともな修道服”を欲しがってる人がいるからきっと高く買い取ってくれるだろうって……」

「それで貰った金で買ったのがコイツか」

「……」

 

いつもより数段低い声をしながらただ呆然と手にあるチケットを眺める長谷川。

インデックスが居心地悪そうにうなだれると、二人を見かねて黙っていた小萌が身を乗り出して

 

「ごめんなさい長谷川さん、私も必死にシスターちゃんを止めたんですけど……シスターちゃんは長谷川さんが元気になってもらう為にはこれしかないって……」

「……」

 

彼女の言葉を聞いて長谷川は無言で手に持ったチケットを

 

「こんな紙切れいらねぇよ」

「長谷川さん!」

「!」

 

非情にもインデックスの目の前でビリビリと破きだしたのだ。

無表情で破いた後、それをまとめて傍にあったゴミ箱に捨てる。

 

「ケッ、どうせくれるんならそのまま現金寄こせってんだ」

「まだお……」

「酷いです長谷川さん! シスターちゃんが服を売ってまで手に入れたモノなのに!」

「勝手に服売って勝手に買ってきただけだろうが、それを俺がどうしようが関係ねぇだろ」

 

冷たい行いと言葉にショックで呆然と立ち尽くすインデックスを庇うように小萌が前に出るが長谷川は一蹴。

 

「ったくいつかは良い金になると思って世話してやってたのに、その結果が女房に逃げられた俺にペアチケット? 皮肉のつもりか」

「ち、違うよまだお、私は……」

「もう我慢ならねぇ、とっととこの部屋から出て行け。そして二度とそのツラ見せるんじゃねぇ」

「!」

 

彼女に対して言ってはならないことを遂に放ってしまう長谷川。

インデックスは目を見開き固まってしまう。

 

「やっぱガラにねぇ事するんじゃなかったぜ、この俺がガキの世話なんてよ」

「まだお……」

「これでようやく一人暮らしだ、食費も一人分になるし万々歳だ。あばよガキ、探し人を探すなりイギリスに帰るなりどこにでも行っちまえ」

「う……!」

「シスターちゃん!」

 

彼に突き放されたことで走って病室から出て行ってしまうインデックス。

小萌の声も届かずに廊下の足音だけが悲しく聞こえる。

 

「シスターさん……長谷川さん! これは一体どういう……」

「どういう事か説明しろ!!!」

「きょ、局長さん!」

 

小萌が長谷川の方に振り返って怒る前に、既に怒っていた近藤が長谷川の胸倉を掴み上げていた。

 

「俺達が二人の仲を引き裂いた原因だったゆえに口を挟む事はしなかったがもう限界だ! なぜあの子を突き放した! 詳しくは知らねぇがあの子はあんたの娘同然だったんだろ!」

「おいおい謝罪の次は説教か? 最近の警察はやんなっちまうぜ本当に」

「落ち着くじゃんよ近藤、こいつを殴って解決なら私がもう既にボコボコにしている」

 

激昂している様子で今にも殴りかかりそうな雰囲気の近藤を女性がたしなめる。

 

「長谷川さんって言ったか? アンタがベッドで目を覚ますまであの子が何をしていたのか教えてやるじゃんよ。あの子はな、アンタが目を覚ますように毎日来て面会終了までお祈りしてたんだ、早くアンタが目を覚ますようにって何時間もずっと」

「フン、こっちはそんなモン頼んだ覚えねぇよ」

「まだそんな事言うのか!」

 

彼女の話を聞いても鼻で笑うだけの長谷川にまたもや近藤が怒鳴り散らす。

 

「あの子はな本気でアンタを心配してたんだ! 恨むべき相手である俺も見ずにただずっとアンタが無事に起きてくれる事を願っていたんだ!! そんなモンただの赤の他人がやると思うのか!? 寝てたアンタはそんな事聞いても知らねぇだろうが、俺達は確かに見たんだ! アンタに生きて欲しいと祈り続けて!」

「知ってたさ」

「!」

 

近藤に胸倉を掴まれながら、長谷川はポツリと呟く。

 

「アイツが俺の為に毎日祈ってたことぐらい、アイツは俺がいつも寝ている隙に、こっそり月に向かってお祈りしてたんだから、俺が幸せになるようにって」

 

近藤の表情から怒りが消えた。

 

「傍から見ればくだらねぇと思うかも知れねぇが、テメーが幸せになるよう祈ってくれている事に俺は心底救われた気分だったよ、全てに見捨てられた俺をあのガキは決して見捨てずについてきてくれた」

「じゃあどうしてアンタは突き放すような真似を……」

「あんなガキが俺みたいなのと付き合っちゃいけねぇってわかったのさ」

 

自虐的にフッと笑いかすれた声を漏らす。

 

「なにせ俺とカミさんがまた元通りになる為にテメーの大事な服を売り飛ばすような奴だ。他人の為に身を削ってそんな真似するような奴が、まるでダメなオッサンの俺と一緒にいちゃいけねぇんだ」

「……」

「このまま俺と付き合ってたらあのガキは服だけじゃねぇ、もっと大事なモンまで捨てちまうかも知れねぇ、ただでさえお人好しを騙そうとする連中なんてごまんといるんだからな」

 

だから長谷川はインデックスを突き放した。

これ以上彼女が自分の為に身を削らないために

傷つくのは自分だけで十分だ

 

「こんな茶番に付き合わせて悪かったな月詠先生、出来ることならあのガキをそっちで引き取ってくれ。アンタになら安心してあのガキ任せられる」

「長谷川さんは本当にそれでいいんですか? この後一体どうするんですか?」

「そうだなぁ……」

 

 

 

 

口元に微笑を浮かべながら長谷川は小萌の問いかけにしばし黙った後

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、浴びるほど酒飲んで何もかも忘れてねぇな」

 

 

 

 

 


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