禁魂。   作:カイバーマン。

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第四十三訓 侍教師、倒れない

 

銀時と黒子に美鈴の護衛を頼まれた美琴はというと

 

「チェイサーッ!!!」

「「「「「うおあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

 

話にするまでも無い、圧勝である。レベル5第三位の超電磁砲と呼ばれる彼女はいかに屈強な攘夷浪士が束になろうとやはり敵ではなかった。

 

身体から放つ稲妻の如き電流が一斉に桂一派の侍達を感電させ、次々と気絶させていく。

飛び道具も無しに刀一本で立ち向かえる相手ではない、ましてや飛び道具さえも効かないであろう。彼女にかかれば鉛弾でさえ防ぐことは容易である。

 

「残るはアンタ一人ね……」

「く……! 足止めさえ出来ないとは……!」

 

最後に残った浪士を美琴はジリジリと歩みながら追い詰める。

桂一派も元々彼女に勝てるという考えは無かったのであろう、ただ彼女が桂と銀時の所まで行くのを止めるという、あくまで足止め役として襲い掛かったらしい。

しかし残念ながら、いかに侍であろうと相手が悪すぎた……

 

「食らいなさい、私が隠れて日夜研究に研究を重ねた超必殺技……!」

「ひ!」

 

美琴は右手を振り被り、その手にはバチバチッ!と強い電磁波が流れ始める。

恐ろしい威圧感、筈か中学生の少女が放つとは思えない圧倒的なその凄みに最後の浪士も思わず怯えてしまう。

 

「ドメスティックバイオレンスゥゥゥゥ!!!」

「あひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

電流を纏ったその右手で美琴は突然浪士の股間を鷲掴みに。

これは少年ジャンプで一部のマニアから熱狂的な人気を誇る「ギンタマン」に出て来る主人公、ギンタさんの必殺技だ。

相手の股間を鷲掴みにし一撃で破壊し、一秒間に16回も攻撃してグチャグチャにし、色んな意味で戦闘不能にさせてしまう恐ろしい技だ。

 

当然女の子の美琴が会得していい技ではない。

 

「ふ、これが超電磁砲と呼ばれた私の力よ……」

「な、なんという技だ、さすがこの学園都市で3番目の超能力者……」

「私の力だけじゃないわ、私とギンタさんの力よ」

「ギ、ギンタさんって誰……?」

 

最後の攘夷浪士が壁にもたれながら白目を剥いてゆっくりと倒れた。

恐らくこの中で最もダメージがデカいのは彼であろう。特殊な性癖に目覚めなければいいが

 

「よし、コレで全員片付いたわね」

 

人の股間を鷲掴みにしておいてケロッとした表情で振り返ると美琴はすぐに客室まで戻る。

そこには攘夷浪士から逃れるよう母である御坂美鈴を隠していたのだ。

 

「ママー帰ったわよー。どうせ寝てるんでしょうけど」

 

自宅に帰る子供の様な声で美琴がドアを開けると、そこには美鈴がソファの上に大人しく座っていた。

 

「なに大人しく座って黙ってんのよ、気持ち悪いわね」

 

娘が戻って来てもただボーっと真正面を眺めている母親に美琴は顔をしかめる。

本来の彼女らしくない、そんな違和感を覚えた美琴が美鈴にそっと近づこうとすると

 

「”自分の母親に対して気持ち悪いはないでしょう、御坂さぁん”」

「っていきなり喋んないでよ、それになんで娘の事を苗字で……って!」

 

やはり美鈴の様子がおかしい。何か得体の知れない者が彼女を通じて喋っているようなそんな感覚。そして目が何故かキラキラしている

美琴はこの得体の知れない者というのに心当たりがあった。この妙に人を苛立たせる独特的な喋り方は……

 

「アンタが喋っているの、”女王”……!」

「”んー? なんの事言ってるのかママわかんなーい”」

「人の母親でぶりっ子アピールすんじゃないわよ! 娘として恥ずかしいんだから!」

 

小首を傾げててへっと舌をペロリと出す美鈴に美琴は少しいたたまれない気持ちになりながらも、彼女の中にいるであろう人物に話しかけた。

 

「一体どういう事よ! なんでアンタが私の母親を操って! ま、まさかアンタ最初から!」

「”ふーん、御坂さんにしてはあっさりと正体見破ったわね、でも残念、私がこの人を操ったのはついさっきだゾ☆”」

「ちくしょう! てことはあの残念キャラは正真正銘私の母親って事になるじゃないの! 最初からずっとアンタが操ってたんならちょっと安心したのに!」

「”あのねぇ……私から言わせればあなたとお母さんも似たり寄ったりなんだけどぉ”」

 

両手で頭を押さえながら今の今までの美鈴の手酷い失敗を思い出しながらガックリ来ている美琴に思わず、”中の人”も哀れみの声を漏らす。

 

「”御坂さんってもしかして自覚ないのぉ? ならますます痛い子ね、だから友達出来ないぼっちさんなんだゾ☆”」

「ぐ! 自分の母親の姿で言われるとますます精神に来るわね……! いい加減にしなさい女王!」

 

ここまで言われては美琴も頭に来る、というより彼女が美鈴を乗っ取ってる時点で怒る理由は既に出来ていた。

 

「人の母親を操って! しかもこんな状況の上でふざけた事してんじゃないわよ! 悪いけどアンタの遊びに付き合ってらんないの! 私は今からアイツと黒子助けに行くんだから!!」

「”くすっ、だからそれを止める為に私がここに来たんじゃなぁい”」

「え?」

 

美鈴が可笑しそうに笑ってこちらを真っ直ぐと見据えてくる。

 

「アンタまさかあの桂って男に加担するって言うの!?」

「”んーそれはそうとも言えるしぃ、そうとも言えないって感じかしらぁ”」

「……何を考えているの?」

「”フフ、知りたがり屋の御坂さん、じゃあ特別に教えてあげちゃう”」

 

全く掴み所が無く、人を小馬鹿にする態度がますますイライラする。

彼女が桂一派に入ってるのであればそれはそれで痛ぶる相手が一人増えたと思えばいいわけで。

しかし問題なのは彼女が今、美鈴の身体を代用して使っている事である。

下手な真似したら”人形役”の美鈴に危害を加える可能性だってあるのだから

 

「”私の目的はあの長髪のお侍さんと銀さんを戦わせる事、もちろんあなたみたいなお邪魔虫がいない中での戦いね”」

「アイツ等を戦わせるって……それが一体何になるって言うのよ!」

 

まるで意味の分からない回答だった。桂と銀時を戦わせる? 美琴にはまるでわからないし理解できない。彼女の本意を読み取れない美琴は歩み寄って胸倉を掴もうとする。

 

「アンタだってアイツと仲良いんでしょ! ならどうしてそんな真似を……!」

「”私と銀さんの事を仲が良いとかそんなチャチなレベルで測らないでくれる?”」

「!?」

 

一瞬ゾワッとしたイヤな悪寒が走った。反射的に美琴はその場から一歩下がる。

コレは美鈴を操る本体である彼女から放たれた気配なのか……いつもの甘ったるい口調とは違いドスの利いた低い声に感じた。

 

「”仲が良いとか、愛し合ってるとか、その程度の関係ではないわ、私とあの人は”」

「……」

「”それで話戻るけど、悪いけど御坂さんにはここでちょっと大人しくしてもらうわよぉ”」

 

再び元の口調に戻った彼女は人差し指を唇に当てて大人しくしててね、というポーズを美鈴でやる。

美琴はただ彼女を睨む事しか出来なかった。先程の肌にまで伝わる圧迫感がまだ体に残ってるというのもあるし、何より美鈴を人質に取られては動くに動けない。

銀時と黒子が無事ならいいのだが……美琴はただそう祈るしか出来なかった

 

「”大丈夫よ、銀さんならきっと勝てるからぁ”」

 

彼女が考えてる事を読む様に美鈴の中の人がそう呟く。

 

「”そうじゃないとダメなの、あの人には過去を乗り越える力を持たなきゃいけないんだから”」

 

 

 

 

 

「”じゃないとあの人は私を見てくれないから”」

 

 

 

 

 

 

美琴が女王に足止めされてる一方で坂田銀時と白井黒子は苦戦を強いられていた。

同じ侍と能力者のである桂小太郎と結標淡希は二人よりも一手先を行く戦法を取っていく。

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

「俺と対するなら力任せでも良かろう」

 

負傷はしているがまだまだやれる、銀時は木刀を桂の脳天目掛けて振り下ろすがやはり

 

「だが”俺達”が相手となると、それでは勝てんぞ銀時」

「!!」

 

一瞬にして背後を取る桂、そのまま腰に差した鞘に収まった刀を一気に引き抜く……と思いきや

 

「む?」

「確かに俺一人じゃ勝てねぇな、だが」

「”わたくし達”なら、勝てますわよ」

 

そう上手くはやらせない、桂が背後を取る事を先んじて黒子が二人から距離を取ったまま桂の鞘に収まった刀を鉄棒で鞘ごと貫通させてテレポートさせたのだ。

抜こうと思っていた刀が黒子の鉄棒に邪魔されてさすがに無表情だった桂も意外そうな声を漏らす。

 

「これでは刀が使い物にならなくなってしまった」

「いいだろ別に! ブタ箱で刀なんざ使わねぇんだからな!」

 

呑気な一言を呟く桂目掛けて再び銀時が木刀を振り下ろす。

 

しかし

 

「んな!」

「へ? ぎょッ!」

 

目の前にいた桂が突然こちらに背中を見せる黒子に

桂と黒子が入れ替わったのではない、銀時が黒子の背後に移動したのだ。

 

「何を! やってますの!」

 

木刀で頭をカチ割られそうになり慌ててテレポートをして避ける黒子。

標的を逃した木刀はそのまま地面にヒビを入れる程の衝撃を与えた。

 

「完全に相手にわたくし達の戦略を読まれていますわ……」

「ヅラの野郎は剣だけでなく頭も相当キレてたからな……」

 

銀時の隣に移動しながら黒子は苦虫を噛みしめる様にこの状況を打破する手はないかと考えるがやはり思いつかない。

桂の剣の腕は想像以上に凄かった、まさかこれ程までとは

 

(もしかしたらこの男と同じぐらいの強さを持っているのですの?)

 

先程までの桂の戦いぶりを見て黒子はちゃんと分析していた。

恐らく彼は銀時と同等の強さを持っていると言ってもおかしくない。さすが攘夷戦争を生き残った猛者の一人といったところか

 

(それに比べてわたくしとあの女は……明らかに大きな差がありますの……)

 

結標の能力は座標移動。

軍用ライトで照らした対象を手も触れずに転移させるというレベル4、もしかしたらレベル5に匹敵するのではないかと思ってしまうぐらいの能力。

 

どうしてそんな凄い能力を持っている彼女が桂の仲間になったかは不明だが、そんな事よりも触れる物しか転移できない自分にとっては彼女の能力の恐ろしさがよくわかった。

 

(侍同士の戦いなら互角かもしれませんが、能力者同士となると分が悪いですわね……)

 

珍しく弱気な事を黒子が心の中で呟いていると、前方で一人立っている桂の隣に結標がシュンっと現れた。

 

「ハァ、ハァ……はいあなた、新しい刀」

「無理はするな。お主がいなくてはこの戦、勝つ事は出来ん」

「わかってるけど、獲物が無かったらさすがにあなたも勝てないでしょ……」

 

彼女はどこからか新しい鞘に収まった刀を調達して桂の為に持って来たらしい。急いでいたのだろうか、顔色がどこか優れない。

桂はその刀を受け取ると再び腰に差して構える。

 

「銀時、正直に言うとお前とその娘をこれ以上傷つけるのは俺としては不本意だ。どうか俺の願いを聞き入れて共に攘夷志士として戦ってほしい」

「……ヅラ、正直に言ってやらぁ」

 

木刀をスッと腰に沿って構えると銀時は濁った目で無表情で口を開いた。

 

「今のテメェの剣じゃ俺の魂には届きやしねぇよ」

「そうか……」

「もううんざり、こんな奴にお願いなんてする必要ないわ」

 

その返事に少々悲しそうに呟く桂を見て、結標は軍用ライトを銀時の方に向ける。

 

「散々こっちが手を差し伸べてやってるのに、攘夷戦争から生き延びた侍がここまで腰抜けになってるだなんて笑えないわ」

「この男の事はいくらでもお好きに言ってよろしいですの」

 

彼女を見据えながら黒子はそっと銀時の裾を手で掴みながら答えた。

 

「ですが終わった戦を繰り返して無駄な血を流してるバカ共よりはずっとマシですわ。例えそれがあなた方にとっては逃げてるようにしか見えなくても、わたくしにとってはこの男の方がよっぽど侍ですの」

 

攘夷志士相手にこうまで啖呵を切れる少女がいるとは。

しかし彼女の言葉が結標をいよいよ本気にさせる。

 

「……さすが世間知らずの娘達が集まる常盤台の生徒さんね、言ってる事もやってる事も的外れで」

 

ライトから放たれる光を向けながら奥歯を噛みしめ、結標が牙を剥く。

 

「虫唾が走るのよ……! この街の”闇”も知らないガキのクセに!!」

「来ますわ!」

 

彼女が動く、即座に読んだ黒子はすぐに銀時と共にテレポートする。

移動先は結標の正面

 

「これでしめぇだ!」

「フフ……」

「!?」

 

結標目掛けて黒子と共に現れた銀時が木刀を振り被った。しかし結標はそんな彼等を見て焦るどころか口元に歪な笑みを浮かべ

 

「その言葉そっくりそっちに返すわ、元攘夷志士さん」

「な……! ぐはぁッ!!」

「やはり読みは私の方が正確みたいね」

 

突如両手両足から灼熱のような痛みを感じる銀時。

思わず木刀から手を放し、彼の得物はカランカランと空しい音を立てて地面に落ちた。

今銀時の手足に痛みを与えるのは

 

先程美琴を捕まえようと奮起していた浪士達が使っていた刀だった。四肢に刀が突き刺され、銀時は膝から崩れ落ちる。

 

「くそ! まさかここまでやるとは思わなかったぜ……!」

「あなた!」

「あなたもよ白井さん」

「がはッ!」

 

悲痛な叫びをあげて銀時の下へ駆け寄ろうとする黒子。

しかし敵前だというのをつい忘れてしまう程焦った彼女に結標は再び狙いを定め能力を発動。

彼女の両太ももに銀時同様鋭い刃が突き刺さった。

 

「う……くぅ……!」

「戦場で敵の事より味方の心配する方が悪いのよ、これだから世間知らずなお子様は」

 

その場で崩れる様に倒れた表紙に黒子の太ももを刺した刀が抜ける。見下ろしながら、絹旗は勝利を悟った。

格の違いというのを見せつけられ、黒子は実力の差というのを噛みしめながらただ必死に次の行動に移ろうとテレポートを試みるも

 

(精神状態と足の激痛のおかげで演算処理が上手く出来ない……!)

 

自分と彼女の差、隣で深手を負っている銀時の心配、そして足が千切れたのではないかと思ってしまう程の痛み。それ等が原因となって黒子は上手く頭の中で転移先への演算処理が出来なくなってしまっていたのだ。

移動系能力者である彼女は他の能力より脳への演算負荷が大きく、

痛みや動揺などで集中力が乱れるとすぐに使用不能になってしまう。

 

ゆえに彼女は他の能力者よりもずっとメンタル面を強くするよう鍛え上げていたのだが

 

「わたくしとした事がこの程度の事で……!」

「別にあなたが弱いんじゃないわ、私が強すぎるのよ」

「く!」

 

勝ちを確信した結標はコツコツと足音を立てながら倒れている黒子の方へゆっくりと歩み寄る。

 

「ねぇ白井さん、あなたは初めて自分の能力を手に入れた時どう思った? 嬉しかった?」

「……」

「私はね、凄く怖かったわ」

 

倒れる黒子の正面に立つと結標はそっとその場にしゃがみ込む。

 

「この能力があればどんな事も出来る、それはつまりどんな恐ろしい事も出来てしまう事。人を傷つけて殺める事さえ容易に出来てしまうこの能力に、私自身が一番怯えていた」

「……」

「それでもこの力を必要してくれる人がいるなら、この力が学園都市発展の役に立つというならとずっと我慢してきた」

「……」

「けれど私は”学園都市の闇”というモノを知った、こうしてここにいる連中が平和に生活している中で、裏では禍々しく狂った出来事は毎日の様に繰り返されている事に」

「……」

「そしてその裏を操っているのはこの国を乗っ取りに来た天人達であり、私の能力を使って実験に勤しんでいた連中だったのよ」

 

自分の過去に体験した事を神妙な面持ちで呟く彼女を黒子はずっと黙って聞いている。

 

「結局私はただ天人に踊らされていただけ、そしてそれは私だけじゃない。私達能力者全員が、天人に利用され実験動物として扱われている」

「……」

「私の人生はただ連中に上手く利用されるだけの人生だった。世間を知らない子供が上手く口車に乗せられて”怪物”にされていた、それに気付いた時は怒りも悲しみもない、心の底から湧き上がる感情は「恐れ」だけだった」

「……」

「私達は本当に人間なの? それとも天人に利用する為に作られた人形? 私達能力者はどうしてこんな恐ろしい力を持たなきゃいけなかったの?」

「……」

「そんな迷いが頭の中から離れられなくてずっと怯えていた時、この人が手を差し伸べてくれた」

 

結標がふと後ろに振り返る。桂が腕を組みただただ見守る様に立っていた。

 

「この国から天人を排除して学園都市そのものを崩壊させる。そうする事でやっと私達能力者は本当の意味で自由になれる、そう彼が教えてくれたのよ」

「……」

「だから私は彼と手を組んだ、この腐ってしまった国をゼロに戻して、私達で新しい国を築き上げる、そこにはもう天人も実験動物もいない、侍と能力者が暮らす真の理想郷」

「……」

「その為なら私はいくらでもこの恐ろしい力を使ってやるわ、私の力はもう天人でも学園都市の為の力じゃない。この国を本気で変えようとしている侍、桂小太郎ただ一人の為に私は力を使う、それが私がやっと見つけた本当の”居場所”」

「……」

「でもだからといって今回ばかりは彼の案には反対だったわ、どうしてこんな男を仲間にしようだなんて」

 

話の途中で結標はチラリと蔑むような視線を黒子の隣にいる銀時に向ける。

 

「攘夷戦争を生き延びてからフラッと消えたこんな腰抜け、彼には必要ないわ」

「……」

「白井さん、あなたこんな男や超電磁砲と手を切って私達の所へ来ない?」

「……」

 

ずっと倒れたまま無言でいる黒子に結標は優しそうに言葉を耳元に囁く。

 

「あなただって私の苦しみがわかるでしょ? あなただって自分の能力で人を傷つけた事だってある筈だわ、そして考えた。どうしてこんな恐ろしい力が自分にあるのだろうって」

「……」

「その苦しみを取り除く方法を私達は知っているわ、ねぇ白井さん共に真実を知る気があるなら、私は喜んで彼の下へあなたを招待するわよ」

「……」

 

歌う様に、恋日の耳に囁く様に、結標は黒子を誘惑する。

彼女の言葉は能力者なら誰もが思う疑問の一つだ。

この街で能力者同士で喧嘩を一度でも行ったものは誰もが秘める黒い部分

どうすれば上手く人を傷つけられるか。

痛みを与える、苦しめる、壊す、薙ぎ倒す、吹き飛ばせるか

そしてすべてが終わった後にふと頭によぎるのだ

どうして自分はこんな力を持っているのだろう、と。

その疑問を考えながら一体どれ程結標は苦しんだのであろう。

ゆえに彼女は共有したいのだ、自分と同じ能力である黒子と、唯一桂とは分かちえない能力者同士の苦悩を共に抱えて歩んで欲しいと思っているのだ。

 

だが黒子は歯を食いしばり、鋭い眼光を持ってそんな彼女を睨み付けた。

 

「お断りですわ」

 

低い声で威嚇を放つように

 

「攘夷志士と手を組んでこれだけの事態を起こしているにも関わらず理由がそれっぽっち? 所詮その程度の小悪党という事ですわね、長々と語った悲劇の話はもう終わりでよろしいので?」

「なん、ですって……?」

「そんな己に酔った台詞でこの白井黒子を口説き落とせると本気で思っていますの?」

 

「大体」と白井は付け加えて

 

「人間? 人形? 怪物? 何になろうがわたくし達はわたくし達ですわ、今更天人を追い出して学園都市を崩壊させても何も変わりはしませんの、わたくしはお姉様の為なら例え化け物だろうがなんだろうがお好きに呼ばれても結構ですわ」

「あなた分かってないの? 天人がいなければ私達は空間移動能力者という怪物にならずに済んだのよ? そもそも私達はこんな危険な能力を持つべきではなかったのに」

「んなの知るかコノヤロー、と斬り捨てて上げますわね。例えこの世界から学園都市が消えたとしてもわたくし達が能力者になってしまっている事になんの変化がありますの、とわたくしは言ってるのですよ?」

「……」

「既に能力者になっているわたくし達にその真の自由だの理想郷などが出来たとしても、わたくし達は何も変わりやしませんわ」

 

そう断言すると黒子は地面に手をガシッと置く。

 

「人を傷つけるのが怖い? 能力は人を傷つけるだけじゃありませんわ、その逆だって出来る、橋が壊れればわたくしが橋役となり、人が瓦礫の中に生き埋めとなればわたくしが引っ張り上げる、能力は誰であろうと個人が勝手に使えばいい”道を間違えなければ”」

 

足から流れる血をしたらせながら、黒子は奥歯を噛みしめてゆっくりと立ち上がろうとする。

 

「今のあなたは間違ってない道を進んでると本気で思っていますの、今のわたくし達の姿を見て……! これが本当に正しい能力の使い方だと……!?」

「だ、黙りなさい! 私は……!」

 

傷口から血が流れるのも構わずに全力を注ぎこみ、白井黒子は遂に立ち上がった。

 

「結局あなたの先程の滑稽な熱弁の中身は! 見下し精神丸出しの汚い逃げでしかありませんわ! ハッキリ言うから胸に刻みなさい結標淡希! 先程からあなたがずっと何も知らないクセに腰抜けなど臆病者などと見下しているこの男と! 逃げ腰で己の能力にさえ怯えているあなた! 本当の腰抜けがどちらかなど一目瞭然ですわ!」

 

腹の底からずっと溜まっていた鬱憤を吐きだすかのように彼女は立ち上がる。

折れかけていたメンタルはすっかり立ち直り、その目にはもう一点の曇りもない。

お前達を倒すと言わんばかりの鬼気迫る表情で

 

「さあ来なさい結標淡希! それとも臆して逃げても構いませんわよ!」

「わ、私が腰抜けですって……! この私がこの男よりも……!」

「おいおいチビ助……あんまり年上のガキいじめんなよ」

「!」

 

結標の表情には焦りが出る。じとっとしたイヤな汗が体から流れるのを感じて、つい反射的にその場から一歩下がってしまう。しかもその上倒したと思っていた筈の銀時が

 

「腰抜けだの腰突きだのテメェ等勝手に呼び合ってろ、だがな」

「ひ……!」

 

黒子よりも重症である筈の彼が突然ムクリと起き上がったのだ。

四肢に風穴が開いているにも関わらず、全身から血を噴き出しながら銀時は彼女を睨み付ける。その目は鋭く黒子の様に強く輝く。

 

「俺相手にビビってる奴に……!」

「そんな、倒したはずなのにどうして……」

 

結標の表情から怯えが見え始める中、銀時は木刀を振りかざして

 

「国を相手に喧嘩なんて出来っかよッ!!」

 

ブンっと力強く彼女目掛けて振るう銀時。

だがそこで

 

「出来るさ」

「!」

 

銀時の木刀と結標の間に躍り出て刀で受け止める人影。

その正体は桂小太郎。

 

「なぜならこの俺がいるのだからな」

「ヅラ……」

 

銀時の木刀を弾き返しながら桂は彼等から後退して結標の隣に立つ。

 

「結標殿、仮に幕府を倒してこの街を崩壊させようと、確かにその先におぬしが望む未来がある保証はない」

「……」

「だが一つ頼みがある」

 

銀時と黒子によって精神がグラつき始めている彼女に、桂は振り向かずに呟いた。

 

「俺と共にこの国の最期を見届けて欲しい」

「!」

「そこから先は、もうお主の自由だ。俺になど構わずに理想郷でも幻想郷でもなんでも作るがいい」

 

そう言って最後に桂は結標の方へ振り返ってフッと笑う。

 

「だがもし助けが必要になることがあれば、すぐにでもこの桂小太郎が手を貸そう、友として」

「あなた……」

 

桂の言葉にグラついていた彼女の精神がゆっくりと元に戻った。

彼の言葉を信じたい、それが元々結標が桂の下へ行く事になったキッカケ。

それこそ自分が彼の傍を離れようとしない原点だと思いだした。

 

「泣ける友情だねぇオイ、同情でも誘ってんですかコノヤロー、なら二人で手繋いで三途の川渡らせてやるよ」

「いくら泣こうが喚こうがあなた達がこれから進む未来は晒し首ですわ」

「貴様等セリフが完全に悪役だぞ、それでも主人公か」

 

そんな彼等を銀時は鼻で笑い、黒子の隣に立つ。

 

「テメェ等がどうしても引けねぇってならこっちも容赦はしねぇ」

「それが重傷を負っている者がほぼ無傷の者に言う言葉かそれ」

「傷だらけだろうがなんだろうが、この程度じゃ俺はまだまだ死なないんでね」

 

互いに引くに引けない事情がある。

桂と結標、銀時と黒子。二組のバトルはいよいよクライマックスへ迫る。

 

「折れるもんなら折ってみろ、この魂を」

「どうしてあそこまで……もう立つ事さえ限界なはずなのに……」

「よく見ておけ結標殿」

 

満身創痍の状態で木刀をこちらに突き付けてくる銀時に困惑する結標に、桂は若干嬉しそうに笑いながら

 

 

 

 

 

「アレが俺の認めた侍だ」

 

 

 

 

 

 


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