禁魂。   作:カイバーマン。

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第三十七訓 少女、今と変わらず失敗を続ける

月日が経つのは早い。

御坂美琴が夏休み前に友人を作れるかという賭けを行った坂田銀時。

せめて自分以外の話し相手ぐらい見つけれればなんでもいう事聞いてやると言う彼に対し

それぐらいどうってことないと彼女が鼻を高くして宣言してから大分時間が流れて……

 

「つうかよぉ、”夏休み前”どころかもう”夏休み自体が終わりそうな頃”なんだけど?」

「……」

 

ここは人の賑わう某人気チェーンのファーストフード店。

ハンバーガーをもっさもさと食いながら銀時は、向かいに座ってさっきから沈黙を貫いている美琴に口を開いた。

 

「今更聞くのもアレだと思ってたけどこの際言うわ。お前今まで同じぐらいのガキと遊んだ事ねぇだろ」

「いやあるにはあるんだけど……それはまだ実験参加とかレベル育成プログラムに入る前の事で……レベルが上がるにつれて徐々にそういうのと疎遠になっていって……」

「言い訳してんじゃねぇよ、数か月前に賭けしようって言ってから結局お前何してた? 誰と遊んでた? ずっと”俺と一緒”だったじゃねぇか」

「だって……みんなは私の事をレベル5だからって遠慮するし……遊んでくれるのってアンタぐらいしかいなかったから……」

「こっちはもはやお前と何回遊んだんだか数える事さえめんどくせぇよ。プリクラって奴をやろうと言われた時は鳥肌立ったよ、全身から悪寒を覚えたよ」

 

途切れ途切れにトーンの低い声でボソボソと小さく呟く美琴に目をやりながら銀時は髪を掻き毟る。

 

「周りが引くぐらいべったり付きまといやがって、ホント朝から日が落ちるまでツルんでた気がするわ。俺は前にちょっとした関係だった女とだって、ここまで長い間顔を合わせてた事ねぇぞ。ウチのガキでもだ」

「ちょっとした関係って……え?」 

 

うつろな目をしていた美琴がバッと彼の方へ顔を上げた。

 

「それってもしかして彼女? うっそアンタ彼女いたの!? え、どんな人! まさか学生じゃないでしょうね!」

「どうでもいい所でテンション上がってんじゃねぇ。あと学生じゃないかってどういう事だ、俺はテメェ等ガキ共なんざと付き合う程冒険家じゃねぇぞ」

 

友達を作れなくて意気消沈していた美琴が、銀時がつい漏らしたまさかの言葉に覚醒して身を乗り上げてきた。

目を輝かせて半笑いの状態で、明らかにこれから根掘り葉掘りと聞きたそうな顔をしている。

 

「へ~アンタ今までそれらしい事一度も言わなかったじゃない! 年は!? 職業は!? 芸能人で言うなら誰に似てる!?」

「そういう話は同い年のガキとやってくれない? 頼むから。なんで俺がお前にそんな話聞かせなきゃいけない訳?」

「それぐらい教えてくれたっていいじゃない」

 

頑なに言おうとしない銀時に美琴はしかめっ面を浮かべてプイっと顔を背ける。

 

「アンタってば自分の過去を一切言わないし……付き合ってた人の話の一つや二つ減るもんじゃないでしょ」

「人の過去なんざを聞いてどうすんだよ。今だけ見てりゃあいいんだよ人間って奴は」

「そうやって話をはぐらかそうとする魂胆見え見えなのよ」

 

どうしても聞きたそうに追及してくる彼女に、さすがに銀時もイラッとしたのかしかめっ面を浮かべて舌打ちをした。

 

「るっせぇな、もう終わった女の事なんか振り返りたくねぇんだよこっちは。元カノの存在を知って異常に対抗心を剥きだす今カノかテメェは」

「そんなつもりじゃないわよ、アンタなんかこれっぽっちもそういう風に見た事無いし」

 

オレンジジュースをストローでチューっと飲みながら美琴は正直に言う。

ツンデレキャラのよくある「か、勘違いしないでよね! 別にアンタの事なんかこれっぽっちも好きだなんて思ってないんだから!」みたいなものでなく、心の底から彼をそんな風に見たことは無いという反応だ。

 

「第一、可愛い女の子がアンタみたいなおっさんをそんな風に見ると思う? そんな変わりモンどこにいるってぇのよ」

「可愛い女の子って誰の事? 俺の視界にそんな奴いねぇけど? 友達いない残念なガキしか見えない」

「相変わらず口の減らない奴ね、いいからさっさとアンタの彼女さんの事教えなさいよ」

「はぁ……」

 

話を逸らして引き離そうとしてもまだしつこく食い下がってくる美琴に、銀時は初めて真剣な表情をする。

 

「答えたくないと言ってる奴に無理矢理答えさせようとするな、コミュニケーションにおける初歩中の初歩だろ? そんなのも知らねぇから友達なんざ作れねぇんだよ」

「と、友達作れない理由に当てハメないでよ、それ言われると弱いんだから……わかったわよ、アンタの元カノの話は聞かない事にするわ。だから友達頂戴、早く、5分以内に」

「その必死さを全面的に出し過ぎてるのも友達作れねぇ理由の一つなんだろうよ」

 

娘が父に小遣いをせびるようにジト目で手を出してきた美琴に向かってボソッと呟いてため息突くと、席からガタッと立ち上がる。

 

「そろそろ完全下校時刻って奴だ、お前もそろそろ帰れ。寮に送っててやるから」

「ああ、もうそんな時間か……」

 

最近買ったばかりの携帯を開けて随分と遅い時間になっている事に気づく。

余談だが彼女の持つこのゲコ太印の携帯は主に時計の役割しか果たしていない。その理由はどうか察して欲しい。

 

「なんかアンタとつるむようになってから一日がやけに短く感じるのよね、アンタもしかして時間操作の能力者?」

「そんな能力持ってたら今頃エロい事しまくってるっつうの、まずアレだな、時間を止めて銭湯の女風呂に突入する」

「おい」

「男ならだれもが夢見るシチュエーションだ」

 

教師が生徒に堂々と言い切ると、銀時は食い終わった美琴のトレイも手に取って自分のトレイと重ね、さっと店員がまとめて片付ける為に設置している場所に投げるように置く。

 

「それよりも、俺もさっさとウチ戻りてぇんだわ、この後隣人と飲み行く約束してんだからよ。早くテメェの所の寮に行こうぜ、スクーター飛ばせば門限までには間に合うだろ」

「……ねぇ」

「あ?」

 

席から立ち上がる際に美琴は神妙な面持ちで彼に問いかける。

 

「どうして私にここまでしてくれるわけ。学校だけじゃなくてこうして夏休みでも一緒にいてくれるし……」

「それはオメーも知ってんだろ、ババァに頼まれたから仕方なくやってるだけだ」

「でも頼まれたからって普通ここまでする? なんていうか、アンタは確かに口は悪いしぶっきらぼうだし性格もちゃらんぽらんだけど……」

 

照れくさそうに後頭部を掻きむしりながら、銀時に目を逸らしつつ美琴は小さな声で

 

「心の中では私の事を大切に思ってくれてる気がする……」

「……」

 

僅かに聞こえた彼女の言葉に、銀時は一瞬彼女をじっと見つめた後、すぐに踵を返して歩き出す。

 

「わりぃがそいつはテメェの勘違いだ、俺はただ暇つぶしとして付き合ってるだけだ。レベル5の日常生活のフォローもしなきゃならねぇのもお世話役の俺の仕事だからな」

「……そういう事にしておくわ。アンタは私には絶対に本音をさらけ出そうとしないってもうわかってるから」

「……」

 

突き放してくる言葉に美琴は納得してない表情でフンと鼻を鳴らすと、店を出る際に銀時はふと彼女の方に振り返る。

 

「そんな事よりお前、夏休み開けたらすぐに学園都市の学校総出の運動会みたいなモンやんだろ」

「大覇星祭ね、それがどうしたのよ」

「どうしたじゃねぇよ、ちっとは考えろよ。お前もしかしたらそん時に、仲の良い相手ぐらい見つけられるかもしれねぇじゃねぇか」

 

大覇聖祭

学園都市にある全学校が合同で行う超大規模な体育祭の事であり。

開催期間は9月の中盤から終盤にかけた七日間。簡単に言うのであれば、能力者が繰り広げる大運動会の事だ。

 

「あれって集団でやる種目とかも結構あるんだろ? そういう苦楽を共にした時に友情とか芽生えるお決まりの展開が一つや二つあってもおかしくねぇぞ、ワンピースみたいに」

「あ、確かに! なるほどジャンプでもよくあるわねそういうの! ギンタマンでもあったわ!」

「ジャンプの中にギンタマンを入れるな、アレはジャンプであってジャンプでない異物だ」

 

銀時のアドバイスに美琴はパァッと顔を輝かせた。かすかな希望にようやく望みを得たといった表情だ。

 

「それなら断然燃えてきたわ! よっしゃあやってやろうじゃないの大覇聖祭! 他校の連中を叩き潰す様を見せながらクラスのみんなから羨望の眼差しを向けられてやる!!」

「なんでだろう、コイツはやる気が出れば出る程墓穴を掘る匂いがする」

 

燃えたぎっているオーラを放ちながら大覇聖祭に意欲満々の様子の美琴に、銀時はより一層この先の展開が読めてくるような気がした。

 

 

 

 

 

 

先走りし過ぎて盛大な大失敗でもやらかす気配が

 

 

 

 

 

それからまたもや月日が流れ

 

夏休みも終わり2学期が始まって数日後には

 

多くの観光客やはるばる宇宙をまたにかけて来航してきた天人達がこぞって集まり、

学園都市の大掛かりなイベントの一つ大覇聖祭が始まろうとしていた。

 

当然優勝候補のエリート校、常盤台中学も既にエントリー済みであり、

日頃清楚な出で立ちであらあらうふふと笑いながらお花畑を歩いてそうなお嬢様達も

この日ばかりは高能力者と名門常盤台というプライドを背負って戦う気構えが出来ている。

 

「去年は準優勝だったらしいですから今年は是非とも優勝したいですわね」

「わたくし、この日の為に努力を重ねて能力の向上に努めておりましたわ」

 

半袖短パンの体操着に着替えた常盤台の生徒達が集まってやんややんやキャッキャウフフと大覇聖祭の意気込みを語り合っている。

伊達にタダのお嬢様学校ではない。レベル3以上のみが入学できるという狭き門を潜り抜けた逸材たちなのだ。中等部だろうが高等部だろうと、そんじょそこらの学校ではまず歯が立たないであろう。

 

「今年は我が校にレベル5がお二人もいるんですからきっと敵なしに違いありませんの」

「ええ、それに今年一年の担任としてやってきたあのお方……」

「正直教師としては認めたくありませんが、こういう時になると頼もしく見えますわね……」

 

今年は去年よりも格段に強化メンバーが揃っている、なにせあの強能力者や大能力者以上の実力を持つ超能力者、レベル5の第三位と第五位が入学しているのだから。

そして今、常盤台の生徒達が円を作った中の中心には。パイプ椅子に座って木刀を肩にかけながら、スーツの上に白衣を着た銀髪天然パーマの教師がいた。

 

「いいかテメェ等、よぉく聞いておけ。お前等この運動会がお遊びだとかみんなで楽しくやりましょうとか、んな呑気な事考えてるガキは即刻ここから消え失せろ。俺達は戦いに来てるんだ、勝つために来てるんだ」

「「「「「はい!」」」」」」

「俺はな、どんなモンでも負けるのだけは一番きれぇなんだ。やるなら勝つのが必定。我が校の誇りと威信を賭けて死ぬ気でやれ、否、死んでも勝て」

「「「「「はい!」」」」」」

「各校の教師陣が集まった時に俺は常盤台が優勝する方に有り金つぎ込んだんだ、テメェ等マジで勝てよ。もし負けたら俺スッカラカンだぞ、これから給料日まで水とちくわで乗り切らなきゃいけなくなっちまうんだよ。絶対優勝しろよ、優勝して俺にリッチな生活を送らせろ、毎日パフェ三段盛り生活送らせろ」

「私達を優勝させたいってそれは理由でしたのね……」

「生徒が主役の運動会で各校教師会議でそんな賭け事があったなんて……」

「さすが坂田先生ですわ、私達よりも私欲の為なのですわね」

「どうしてあの人教師になれたのでしょう……」

 

生徒全員に号令をかける教師、坂田銀時に対して生徒達がヒソヒソと隠れて喋り出す。

生徒をダシにして賭け事に乗じている点に関しては人として最低だが、この男、意外にも戦いにおける戦術面を生徒達に教え込めるのは上手い様子。そのやる気を普段の授業にも発揮してほしいのだが……

 

「それに今回はこの学校にとんでもないガキが二人も来てんだ。まずはウチのガキの第五位……あれ? どこいったアイツ?」

「先程急用が出来たと言ってどこかへ行ってしまいましたわ」

「逃げやがったな……探してふん捕まえてここに連れ戻せ。アイツの能力なら心配すんな、アイツが能力使用に使うリモコンは既に運営委員の奴等に荷物とされて没収されている」

「了解です!」

「暴れようが泣き喚こうが絶対連れて来い、アイツにはほとんどの競技に出てもらうつもりなんだからな、特にこの”学園都市一周マラソン”には絶対に出てもらう」

「了解です!」

「死にそうな顔で涙目で走るアイツのツラを俺は凄く見たい」

「了解です!」

 

生徒の一人に伝えるやいなや、すぐに他の生徒達もそれに従って第五位の捜索を始める。

常盤台の生徒というのは何かと世間知らずな者達が多い。ゆえに頼まれた事にはノーと言えずに素直に従ってしまう一面もあるのだ。銀時にとってはこの上なく扱いやすい連中だ。

 

「ああそれとアイツもいるよな、第三位の。アイツがウチの勝利の要になるだろうから、お前等競技中はアイツを中心にしてやれよ、ハブくなよ絶対、頼むよホント300円あげるから」

 

念を置くように最後の言葉を付け足す銀時に対し、生徒達は不安そうに顔を合わせてざわざわし始めた。

 

「第三位とは御坂様の事ですわね……」

「あの方、常にわたくし達に一線引いてるので近寄りがたい雰囲気をお持ちになってますのよね……」

「坂田先生とは親しく話してらっしゃるのを見かけますが……わたくし達の様な者と会話してる姿は一度も見かけた事ありませんし……」

「レベル5であるゆえにわたくし達を見下して関わり合おうとしないという噂が……」

 

他者を寄せ付けようとしない圧倒的な存在

生徒達の中では御坂美琴はそんなイメージらしい。

実際はただ彼女が同級生とどう接すればいいのかわからないから距離を置いているだけなのだが……

 

そんな事知る筈もない生徒達は銀時の提案する「御坂美琴を中心とした陣形で大覇聖祭を制する」というプランには難ありと囁き合っている。

そのタイミングの中で、銀時はパイプ椅子から立つと、生徒達の中にツカツカと歩み寄って、一人の生徒の後ろ襟をむんずと掴んだ。

 

「いいからコイツと仲良くやりゃあいいんだよ、コイツと」

「や、止めて! せっかく隠れてたのに!!」

「あ、御坂様いつの間にわたくし達の群れの中に!」

「全く気づきませんでしたわ!」

「頂点のレベル5というのは周りに気配をさとられぬようにする事にも特化しておられるのですね!」

 

群衆の中に紛れてひっそりとしていた美琴を無理矢理銀時が表に引っ張り出す。

困惑した様子で出てきた彼女を見て生徒達にどよめきが走った。

遂に我が校きってのエース、超電磁砲が表舞台で活躍する時が来たのだ。

 

「こ、こんな人前に出す事ないでしょ!」

「ビビる程もいねぇだろ、とにかくコイツ等にさっき俺がやってたような奴やりゃあいいんだよ、キバっていくぜ!、とか」

「そういう無茶振りはアンタの大好きな第五位にやらせなさいよ……」

 

銀時と耳打ちで打ち合わせを済ませ、美琴は同じ学校にいる者達に囲まれながら、緊張しているのを深呼吸で誤魔化し、そして改めて皆に向かって顔を上げる。

 

「め、名門常盤台のプライドにかけて……正々堂々と戦って! それからそれからえ~と……! あ~もうやっぱアドリブじゃ無理! 台本ぐらい作っておいてよ!」

 

すぐに言葉が詰まって口を何度かパクパクさせた後、地面を強く蹴ると話を聞いている者達にヤケクソ気味に啖呵を切りながら睨み付けた。

 

「とにかく敵とみなした奴は即刻ぶっ殺してやんのよ!! 八つ裂きにしてバラバラにしてその上鍋に突っ込んで食卓に並べてやれ!! 私にかかれば相手がどんな能力者だろうが指一本でこんがり肉よ!」

「まあなんと恐ろしいお考えを……」

「なんという鬼の所業……」

「格下の低能力者や無能力者共なんか敵とすら認めないし! あんな雑魚共ただ路上に転がってる石ころよ石ころ!! そんなの軽く蹴っ飛ばして粉々に……! あだッ!」

 

緊張がMAXに達したのか思考回路がマヒし、目を血走らせながら中指を立てて、とにかく銀時の様なセリフを吐こうと必死な様子の美琴に生徒達の中から悲鳴が聞こえ出した。

それを見かねて銀時がすぐに彼女の頭にゴンと拳骨を一発して制止。

 

「なにやってのお前? ここは目指すは優勝!とか言って皆で一致団結して盛り上がる所だろうが、逆に盛り下げて代わりに悲鳴上げさせてんじゃねぇか」

「え!? い、いや違うのよみんな! これはちょっとしたジョークだから! それぐらいのやる気でぶっ殺……いやいや戦おうって言いたかったのよ私は!」

「やはりレベル5というのは皆常軌を逸した考えをお持ちなのですね……」

「ここまで常識とかけ離れたお人だったなんて……味方とはいえ怖くなってきました」

「どうしましょう、御坂様とご一緒に戦う時にミスでもしたら……その時はわたくし達も御夕食にするおつもりじゃ……」

「いや本当に違うんだって! 私はただみんなに頑張ってもらおうとしてるだけで、そんな殺すつもりなんか微塵もないから! ホントだから! 楽しく仲良くが私のモットーだから! 泣かないで! 引かないで! 私を見て!」

 

必死になってなんとか誤解を解こうとする美琴の話も聞かずに、生徒達は彼女から後ずさりしながら人を食らう事で有名な幻獣ミノタウロスでも現れたかのように怯えた表情である。

完全にドン引きされている、ショックで固まってしまった美琴の肩に銀時は仏頂面でポンと手を置く。

 

「優勝への一致団結じゃなくてお前への恐怖で一致団結しちゃったんだけど?」

「きょ、競技で活躍して挽回してみせるから……」

 

ちょっと泣きそうになっている美琴は銀時にそんな儚い希望を細々とした声で宣言した。

 

 

 

 

 

「現場の花野アナです。7日間、それぞれの学校が火花を散らしてぶつかり合う大覇聖祭がいよいよ始まりました、今年は特に外からも注目を受けており、観光客や天人達でどこも一杯です」

 

それから数刻経った頃、大掛かりな機材に囲まれながら、若手アナウンサーの花野アナがテレビ中継を通してお茶の間に大覇聖祭の勢いを伝えている所であった。

 

「やはり能力者同士の激戦を是非とも生で鑑賞したいという方々が多くいて、当然私もその一人として皆さんによりその凄さを見てもらえるようお送りしたいと思います」

 

学園都市の外に住む者達にとってみれば、能力者同士の戦いなどそう簡単に拝めるものではない。

大覇聖祭とはそんな人達に能力者とはどんな存在なのかと証明する為のデモンストレーションでもあるのだ。

 

「注目はやはり学園都市では5本の指に入り、すぐれた能力者のみを在籍させる事に徹底している長点上機学園、そして長点上機学園と同じく、高い能力を持つ者のみが入学できる名門お嬢様学校の、常盤台中学……あ、あそこで今競技を始めようとしているのは正にその生徒達です!」

 

花野アナが慌ててカメラにあちらに向けて下さいと手で指示を出す。

真上から見るとドーム状に作られた競技場だというのがよくわかる。

その中にいるのはとある中等部と、それに対峙した形で立っている可憐な乙女たちの姿があった。

 

 

 

 

 

ワーワーと歓声が響く中で、御坂美琴は一人先陣で仁王立ちして対峙する中等部の連中を睨むように眺めていた。

 

「格下もいい所ね、こりゃ勝ったわ」

 

相手が常盤台と知った時点で敵勢力はもはや士気低下し、死んだ目をこちらに向けている。あちらには男子生徒も混ざっているが能力を持たない生徒もいる。レベル3以上の能力者が揃い踏みしている常盤台の敵ではなかった。

 

「だけど相手が強かろうが雑魚だろうが私にはどうでもいいわ、私はとにかく華々しく活躍してみんなの心をゲットしないと……」

 

独り言を呟きながら美琴はチラリと地面に置かれている一本の長い縄を見下ろす。

 

大覇聖祭での常盤台の初陣は「綱引き」

単純な力比べなら男子もいるあちらの方が有利だが、これは大覇聖祭、つまり能力使用ありの綱引きなのだ。もっともいくら能力使い放題だと言っても、美琴の様なレベルの高い選手は規定された段階まで能力を制御する事を義務付けられている。

美琴がそれをちゃんと覚えているのかは疑問ではあるが

 

「綱引きって事はいかに早く一本の縄をこちら側に引っ張り込むのが勝利の鍵なのよね……てことはさっさと相手を戦闘不能にさせて……」

「御坂様がお1人でブツブツ呟いてますわ……」

「あら? クラスメイトであるわたくしは教室でよくご覧になってますのよ、さほど珍しい事ではありませんわ」

「相手方に呪いをかけてるとか……いや御坂様に限ってそんなオカルトを信じてる筈……」

 

綱引きというのは並んでやるものだが、美琴以外の生徒は明らかに彼女との距離を2~3人分空けていた。ちょっと前にやった彼女の演説のおかげですっかり精神的にも物理的にも距離を置きたくなってしまったらしい。要するにドン引きしている。

 

美琴がまた一つ周りから遠のいてしまった頃、遂に常盤台の初戦が始まろうとしていた。

 

「さあそろそろですわ、皆さん縄をお取りになって」

「攻撃を仕掛けれらる能力者を優先して前に配置させましょう」

 

淡々とした口ぶりで生徒達は各々と事前に考えていた作戦の陣形にうつる。

美琴同様、相手の事はかなり格下と判断しているので、レベル5である美琴を先頭にして後は攻撃に繋がる能力を持つ者を前において矢のようにぶっ放して即刻KOが彼女達の狙いだ。

 

「でもどうして御坂様と同じくレベル5であられるあのお方は一番後ろに配置されているのでしょう……」

「しかも綱引きの縄でグルグル巻きにされて縛られてます」

「縛ったのは恐らく坂田先生かと……」

 

第五位が綱引きの縄にきつく縛られ、無言で恨めしそうな目つきをこちらに向けている。

ちょっと前に逃げ出したが、銀時の命令で他の生徒達に乱暴に取り押さえられたばかりなので不機嫌になっているらしい。

ああなってはもう銀時ぐらいとしか口をきいてくれない。

 

「”精神能力系では最強”と称されるお方ですから是非ともお力添えしてもらいたかったですわ」

「あんな状態じゃ重しにかなりませんね」

 

ブツブツと生徒達が軽く毒を吐きながらそんな事を呟きつつ、縄を両手でしっかりと握る。

 

美琴含む生徒全員、相手勢も縄を掴んでから数秒後。

 

遂に綱引きを開始の合図の笛がビィィィィィィィ!! 強く鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ギャァァァァァァァ!!!!」」」」」

 

そして始まりのホイッスルが鳴った同時に相手方の生徒が断末魔の叫びをあげ、

始まっているのにいきなり縄から両手を離すやいなや、体の節々を痙攣させつつ次々と地面にバタリと倒れて行く。

 

観客席にいる人達は騒然としていた。始まったと思いきやいきなり生徒達が白目を剥けて倒れて行くのだ、なにかアクシデントでも起こったのかと困惑している様子。

 

しかし目の前で起こった出来事に驚いていない者がここに一人。

右手でまだ縄を掴んだまま、倒れた連中をしてやったりといったドヤ顔で見下ろしながら。

 

御坂美琴の身体からバチッ!と青白い電流が迸る。

 

「はは~ん? 格下連中に常盤台がまともにやり合うとか思ってたの?」

 

気絶している相手方に向かって美琴は得意げに綱引きの縄をひょいっと引っ張る。

間の仕切り線を超え、常盤台の勝利ということだ。

 

「私がやったのはただ一つ、縄に気絶する程度の電流を流し込んでやっただけよ」

 

電流操作、体内から発する電気を一つの物質に注入し、その物質が絶縁体を持つ素体でなければ全体に一定の電流を流せる力。レベル5であり超電磁砲を名乗る美琴にとっては造作もない事である。

 

「は~はっは~!! 私がいればざっとこんなモンよ! さあみんな! これは私がいてこその大勝利よ! さあ私の勝利を祝して胴上げと祝杯を!……あれ?」

 

静まり返っているにも関わらず死屍累々の惨状を見渡しながら一人高笑いをし、スポーツマンシップの欠片の粒さえ持ち合わせてない美琴は仲間から祝福されることを期待して後ろに振り返る。

 

だが

 

「……御坂様……」

「能力をこのような形で使用するなら……」

「なぜ事前に私達と打ち合わせしてくださらなかったのですか……」

「無念です……やはり御坂様とわたくし達は相いれない関係だったのですわね……」

「え? あれ?……え?」

 

相手方と同じく地面に横たわり総倒れしている常盤台の生徒達。

ありのまま起こってしまった事に美琴は頬をピクピク引きつらせて

 

「あ、縄全体に電流を流し込むって事はこっちにも被害及ぶの忘れてたわ……アハハごめんついうっかり……のぶッ!」

 

ここにいる常盤台のメンバーで唯一電気耐性を持っているのは自分だけ、そんな簡単な事さえ忘れてしまっていたというマヌケにも程がある失態。

ようやく気付いた美琴は気まずそうにへらへら笑うがすかさず後ろから何者かの拳骨が彼女の頭蓋に響く。

目の前で生徒の一人が盛大なバカをやらかし、他の仲間達が再起不能状態になっていてもなお、動じずにいつもの死んだ魚のような目をした銀時だった。監督席で待機していたがこの現状にすぐさまやってきたらしい。

 

「敵だけじゃなくて味方まで倒しちまうとか何がしたいのお前? バーサーカー? みなごろし使ってんじゃねぇよ」

「いっつぅ……だってこうした方が手っ取り早く終わらせられると思って……そしたら私凄いじゃない、英雄じゃない……」

(コイツ……)

 

頭を殴られまた涙目になっている美琴を見下ろしながら銀時は顔をしかめる。

 

(調子に乗ると常識的思考が欠落してなりふり構わずやらかそうとする性格なのか?)

 

呆れて銀時は髪をボリボリと掻き毟る

 

(”まともな教育”を受けてねぇからまともな思考を持ち合わせてねぇって事ね。レベル5ってのはどいつもこいつも問題児しかいねぇのかよ)

「あ、ヤバ! ちょっとアンタ! アイツが大変な事になっちゃってる!」

「あ?」

 

考え事している銀時に不意に話しかけて指さす美琴。

彼女がさした方向を見ると、競技前に自分が縄でキツく縛っていた少女が……

 

「アイツ縛られてたからモロに私の電撃直撃しちゃったのよ! 白目剥きながらピクピク痙攣してておもしろ……大変な事になってる!」

「お前面白くなってるって言いかけただろ、いや確かになんか岸に打ち上げられた魚みてぇでおもしれぇけど」

 

自分が長年担当しているレベル5の第五位を呑気に眺めながら銀時はめんどくさそうにため息を突く。

 

「ったく仕事増やしやがって、それもこれも全部テメェが招いた結果だからな」

「ご、ごめんなさい……私はとにかくみんなに仲間として認めてもらおうと夢中で……」

「俺に謝ってどうするよ、とりあえずコイツ等は全員救護テントに連れてく。競技は一応俺達の勝ちって事らしいし、これからの事は後で考えるからテメェも覚悟しておけよ」

「うん……」

 

冷たく言い放って銀時は振り返らずにスタスタと行ってしまう。

縄に縛られて瀕死状態の第五位に近づいてお嬢様抱っこで担ぎ上げると、大覇聖祭の実行委員の連中に急いで病院へ送るよう話をつけていた。

 

取り残された美琴は一人しょぼんと首を垂れて激しく落ち込む。

 

「どうしてこうダメなんだろ私……アイツにまで嫌われちゃったかも……」

 

常盤台の生徒だけでなく彼にさえも見捨てられたら本当に自分の居場所を失ってしまうかもしれない……そんな思いを抱きつつ美琴はこの後、自分はどうしたらいいのかと途方に暮れるのであった。

 

そしてそんな彼女を

 

騒然となっている観客席から見ている者が1人ため息を突く。

 

「あれが常盤台のレベル5第三位・御坂美琴……この目で見るのは初めてですの」

 

まだ小学生ぐらいのツインテールの少女が、ポップコーンを小さな口でほおばりながら競技場に残っている美琴にジト目を向ける。

 

「己の能力に過信し、相手チームはおろか自分の仲間にさえ危害を与えるなどまさに外道。学園都市三本の指に入る能力者とは称されてはいるも、あんな最低で卑劣な方だったとは」

 

淡々とした口ぶりで率直な感想を呟きながら、少女はポップコーンを食べ終えたのを確認し、空箱を手に取ったまま近くにあるゴミ箱へ視線を向けた。

 

すると彼女が持っていた空箱は一瞬で消えてゴミ箱の中でボトッという音が聞こえる。

瞬間転移、まだ小学生ぐらいの年でここまで正確にかつ短時間で飛ばせるとは、中々の優秀な学生の様である。

 

「常盤台に進学するのは考えた方がいいかもしれませんわね、あんな”頭の悪そうで品の無い野蛮で猿みたいな女”を先輩と呼ばなければいけないなんて」

「ああ!? いきなりなに腕掴んでんのよこの変態! どこにも逃げ隠れしないから自分で歩いて行くわよ! もうどうにでもなれって心境なのよこっちは! 腹でもなんでも切ってやるっつーの!!」

 

事をやらかした責任として、実行委員に連れてかれながら、粗暴な言動をしている美琴に軽蔑の眼差しを向けながら、少女は静かに呟いた。

 

 

 

 

 

「この”白井黒子”。あんな類人猿を慕う事など死んでも御免こうむりたいですの」

 

それが”彼女”にとって初めて御坂美琴へ抱いた印象だった。

 

 

 

 

 


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