禁魂。   作:カイバーマン。

35 / 68
第三十五訓 サバ缶娘、良からぬなにかを秘める

 

得体のしれない謎の男をぶっ倒す為にレベル5としての本領を発揮していた麦野はというと

 

「クソったれがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

固体化して原子を一斉射出させて周りの建物お構いなしに乱射しまくる。

麦野の周りはまるでその場に爆弾でも落とされたかのように焼け焦げ。

彼女自身は気にも留めずにただ自分の能力をフルに使う。

 

だがそれでも

 

「ぐッ!!」

 

彼女がいくら無数の原子で創生された光線を放とうとも

 

男はそれをギリギリのタイミングで避けつつ

 

己が持っている番傘を槍の様に突き付けながらまっすぐに麦野の腹へと綺麗に直撃させたのだ。

 

速く強烈な一撃に、麦野は避ける事さえ出来ずにまともに食らう。

しかしその場に膝から崩れ落ちる事は無く。

 

「効かねぇなぁ……!!」

「おいおい嘘だろ、こっちは結構マジになってんだが」

 

内臓への負担と”古傷”の痛みに耐えきれずに口に含んでいた血液を吐いてしまう麦野を、

男は一定の距離を保ったままの状態で数歩退く。

 

「言うだけの事はあじゃねぇか、俺の血が騒ぎだしてやがる」

「そうかよ、こっちはテメェのそのツラ見てるだけでムカムカしてきたわ……!」

 

麦野の様子はあまり良い状態とは言えなかった。

 

ちゃんと最近の流行に合わせて第七学区まで行って買っていた服も、普段からちゃんと手入れしていた肌もボロボロになり。

所々に裂傷の跡が残っており、常人なら即刻病院行きであろう。

だが彼女はまだまだ崩れ落ちる気配は無い。

 

「能力者の私がただのオッサンに負けてたまるかってモンよ!」

 

麦野が痛みに耐えきれずに気絶しないのは心に秘めたる理由があるからだった。

 

「私は昔、なんの能力もねぇ人間に負けた……その時に知った、能力を使わずとも、強い奴がこの世界にいるって事を……」

 

視界が自分が流す血のおかげで見えなくなっていてても。

 

麦野は、”麦野沈利という破壊を求め歩く様に生きる少女”は

まっすぐに顔を上げ、ただ眼前の敵を倒さんと全力で挑むだけだった。

 

「それを痛感したと同時に私は誓ったのよ……! 能力者だろうが天人だろうが侍だろうが!! あの野郎以外には! 泥水次郎長以外には負けねぇってなッ!」

 

射出させた無数の原子を一つにまとめ上げ、頭上に展開させて巨大な球体へと変える。

己の持つ能力を振り絞って作製した一つの塊、周りの地形や、風が、空間そのものさえ震え。

 

立ち塞がる物がなんであろうと破壊し尽くすのみと、彼女の性格を具現化したようなその一撃は

 

「ぶっ潰れろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

麦野の叫びと共に、男へと発射された。ただの悪あがきではないその轟音を立て迫りくる脅威

 

「やれやれ、コイツを食らったさすがに俺もヤバい。かと言って避けきれる大きさでも無い」

 

男は相も変わらずすっとぼけた様子で手に持つ番傘ををスッと広げる。

 

「この一撃、受け止めなきゃ死ぬな」

 

広げた傘を彼女に突き付けて

 

「アンタの価値、俺が見極めてやろう」

 

麦野が全力を振り絞って放たれ破壊をもたらす光砲を

 

「なッ! 嘘……でしょ……!」

 

正面から受け止めたのだ。

男は両手で番傘を放さずに激しい轟音と破壊力に耐えながら止めようとする。

 

次の瞬間にも吹き飛ばされそうな巨大な原子の塊。その一撃に遂に漢は目をカッと見開き

 

「コイツはキツイ、な……!」

 

少しずつ身体が後ろに下がっていくのを感じながら、男はこの戦いで初めて負けるかもしれないと思った。

 

しかし

 

麦野の全力を込めた一撃を数十メートル後退してやっと光線が縮小していき

 

受け切った。

 

「……今のはさすがにマジでヤバかったぜ、お嬢さん……」

「オイオイマジかよ、この学園都市でレベル5相手に……第四位の私の一撃を」

「学園都市、この街の力と初めてぶつかり合った気がするぜ」

 

最後の一撃を耐え抜き、彼女の放った光線はパラパラと砂の様に粒状になって風に流されてしまった。穴も空きすっかりボロボロになった番傘を閉じると、男が彼女の前に現れる。

 

その姿はまた麦野と負けず劣らず傷だらけであった。

 

「言うだけの事はある、俺をここまで傷つけるなんて、大したもんだ」

「テメェの正体は一体……まさか天人……」

「ああ、俺は傭兵部族の夜兎≪やと≫の一族だ」

 

夜兎と名乗った男を前に麦野はゆっくりと膝を突く。

 

「天人かよ、通りでとんでもねぇ怪力と反射神経してやがる……クソ、さすがに体力切れたか……」

「奇遇だね、おじさんも」

 

満身創痍となって体も満足に動かせない状態の麦野、そして男もまた彼女からの攻撃を避けつつも何発かは食らってしまっている。しかも彼女が放った最後の一撃は

 

「両手が使い物にならねぇ」

 

手に持っていた番傘が静かに落ちる。

彼の両腕はだらりと下がり指一本さえ動かせない状態にしていた。

麦野の一撃が一矢報いたのだ。

 

「これじゃあ引き分けか、まだ続けてもいいがどうする」

「冗談、こっちも限界よクソったれ……」

 

勝負は勝敗つかずという結果になった。

麦野は体も疲れ果ててボロボロに、男もまた体を酷使し過ぎた上に腕二本が駄目になってしまっている。

だが二人はこんな状況ながらも互いに笑い合っている。

 

「次また喧嘩する時は遠慮なく勝たせてもらうわ」

「生憎俺はもうコリゴリなんだが、まあそちらさんが仕掛けて来るなら俺も再戦はいくらでも受けてやるよ」

「上等よ戦闘狂が、私がクソジジィ以外に負けるわけ……」

 

そう言い残して麦野はゆっくりと両膝を落としたままバタリと前に倒れた。

久しぶりの本気を出してさすがに気を失ってしまったのだろう。

 

それを男は笑ったまま静かに見下ろす。

 

「あらら気絶しちゃったか、今頃倒れるとか地球人のクセにタフな奴だ全く」

 

そう言うと静かに歩き出し、その場を後にしようとする。

 

「楽しませてくれた礼だ、知り合いに電話してあげるから、病院にでも連れっててもらうといい」

 

疲れ切っている身体にも関わらず全くその様子を見せずに歩きながら、男は最後に倒れている麦野の方へ振り返る。

 

「あばよ能力者さん、治ったらまた殺し合おう」

 

 

 

 

 

 

 

大江戸病院

学園都市にある大型医療施設の一つであり銀時達が度々厄介させてもらっている場所だ。

 

”死んでいる状態”でなければ治す事が出来てしまうというとんでもない医者がいるともっぱらの噂である。

 

まだ日が昇るか昇らないかの早朝、久しぶりにかぶき町から出てきた浜面仕上は。

昨日から預かる事になった絹旗最愛と共にこの場所へと足を運んでいた。

 

「麦野~見舞いに来てやったぞ」

「誰も来ないと超寂しいと思って来てあげましたー」

 

一般の人が使う個室の病室に二人が中に入ると。

 

「おっせぇぞバカ、さっさと私を労わりなさい手下共」

 

病院服の格好の麦野がベッドに横になりながらいつも通りの偉そうな態度で出迎えてきた。

 

「調子はいつも通りか……もしかしたら病室で弱々しく横たわる麦野が見れると思ったのに」

「ああ? 気持ち悪い事言ってんじゃねぇぞ。この麦野様がそんな事になるとしたらこの世からシャケ弁が消える時よ」

 

いつもの様にバカな事を言う浜面をたしなめる麦野。そしてそんな彼女に絹旗が歩み寄って

 

「全くとんだ超迷惑ですよ、夜中にかぶき町で喧嘩起こしてボロボロになった状態でぶっ倒れていたとか。あなたがいないおかげで乙女の私はケダモノ浜面と二人っきりで家で一晩明かしたんですよ、超貞操の危機でした」

「アンタ誰?」

「うわー記憶障害起こしてますよこの人。頭一発ぶん殴って思い出させてあげましょうか?」

「やってみろよコラ」

「止めてお嬢さんたち、病院内で血の雨を降らさないで」

 

麦野と絹旗が一触即発になりそうな所で浜面がすかさず止めに入った。

何処にいても苦労人である

 

「それにしても病院から連絡来た時は驚いたぜまさかお前がやられるとはな……」

「やられてないわ引き分けたのよ。クソあの天人……次に会ったら絶対ぶち殺してやる」

「天人とやりあったのかよお前……」

 

横たわりながら苦々しい表情で舌打ちする麦野を見ながら浜面は血の気を失う。

 

「厄介なモンと喧嘩しやがって……偉い立場の天人相手なら即行国際問題に発展するぞ」

「心配ないわよ、ありゃただの喧嘩屋ね。宇宙人ってのはロクな奴がいないわホント」

「アンタが言うな……」

 

やれやれと言った風にため息を突く麦野に浜面がツッコむと、今度は「そういえば」と絹旗が話を振り出す。

 

「昨日、万事屋に依頼が来ましたよ、人探しの」

「あ、そうそう! 聞いてくれよ麦野! 昨日の夜に万事屋にすっげぇ儲かりそうな仕事舞い込んできたんだぜ!!」

「儲かりそうな仕事? 奇遇ね、ウチも真撰組のヘタレ副長から割りの良い話を聞いてるのよ」

「え、そうなの?」

 

上半身を起こすと、麦野が二人に昨日の話を始めた。

 

「そのヘタレ副長が個人的に追ってる人物ってらしいんだけど、そいつとっ捕まえれば借金の方を軽くしてくれるらしいわ。でも私はそれだけじゃ足りない、更に上乗せしてふんだくってやる」

「そりゃあいいな、早く借金も返してぇし。んで、こっちの話なんだけど、依頼人は宇宙で貿易業を営んでる艦隊の艦長さんみたいでさ、ある人を探してくれれば報酬金たっぷり貰えるんだよ」

「なんか胡散臭いわね……確かに良い話だけどそれ本物なの? かぶき町なんて所にそんな奴が来るとは思えないんだけど?」

「私名刺貰いましたよ」

 

眉間に眉を寄せる麦野にそう言って絹旗が一枚の名刺を渡す。

そこには確かに「海援隊」という組織の艦長を務める坂本辰馬という名が大きく書かれていた。

 

「名刺だけじゃ判断できないわね……」

「ああその辺は心配ないぜ、お妙さんから聞いたんだがキャバクラではかなり羽振りの良い客として有名らしいぞ」

「あの女からの情報ってのがこれまた怪しいけど……けど本当ならまたとないチャンスだわ」

 

名刺を貰いながら麦野は顔をしかめつつもこの場の状況をいったん整理し始める。

 

「人捜しって事は誰かを探すのよね、誰を探せと依頼してきたの?」

「それが銀髪でクリッとした目のシスターなんだとよ、俺達とそんなに変わらないぐらいの子供だって事も聞いた」

「ふーん、あれ、それ誰かに尋ねられたような……まあいいわ、私が捕まえろと依頼されたのはモジャモジャ頭のグラサンを付けた男。見たら絶対に忘れない顔だからすぐに見つけられるわ」

「なるほどな、あれ、それ誰かさんと似てる様な……まあいいや他人の空似だろ」

 

互いに情報交換しながら話を進めていく。このまたとないビッグチャンス、絶対にモノにしないといけないのだから

 

「私、2、3日で退院するからそれまでにかぶき町歩き回って情報収集しておきなさいよ、シスターだのモジャモジャだのそんなキャラの強い奴等誰かが見てるに違いないんだから」

「ああわかった、こちらでやれるだけの事はやってやるからお前はしっかり治せよ」

「アンタに心配されたくないわよ、気持ち悪い」

 

悪態を突きながら麦野はフンと鼻を鳴らす。

 

「こちとらあのカエルみたいなツラした医者に、患者に塩分高めなのは出せないって事でシャケ弁すら食わしてもらえないのよ。さっさと退院してそっちに戻るから安心なさい」

「そうなのか? じゃあ見舞い品として持って来たこのシャケ弁食えねぇのか」

「それ置いとけ、隠れて食うから」

 

コンビニで買っておいたシャケ弁当を浜面が出した瞬間、すかさず命令する麦野。

 

「アンタにしては気が利くわね、明日も持って来なさいよ」

「それは明日も見舞いに来いと?」

「来なかったら殺す」

「へーい……ったくシャケ弁1個いくらかかると思ってんだよ……入院費もかかるのに」

「なにか言ったかしら下僕」

「何も言っていません、謹んでお受けします」

 

このワガママっぷりはかぶき町ナンバーワンだなと内心思いつつ、浜面は絹旗を連れて病室を後にした。

 

「そうだ最後に言っておくわ」

「ん?」

 

ドアを開けて出て行こうとする浜面に最後に麦野が呼び止める。

 

「デカい傘を持ったおっさんには気を付けなさい、ありゃ相当ヤバいわよ。なにせレベル5と引き分けるぐらいなんだからね」

「あ、ああわかった。お前が忠告するぐらいなんだからマジで強いんだろうな」

「ええそうよ」

 

恐らく麦野が昨日の夜に戦った相手だろうと察した浜面に麦野はベッドに戻りながら天井を見上げた。

 

「この世には私よりも強い連中はごまんといんのよ、当然アンタみたいな雑魚なんかなんの動作も見せずに殺せる奴だって星の数ほどいるわ」

「私より強いか……傲慢なお前がそんな弱気な言葉を使うなんてな、やっぱ昨日なんかあったのか」

「うるせぇな人の事探ろうとしてんじゃねぇ、さっさと出て行け。話は終わりよ」

「へいへい」

 

病室から出てドアを閉めると、浜面ははぁとため息を突く。

ため息の原因は当然麦野の事だ。

 

「あのワガママ王女様はいつになったら俺に優しくしてくれるのかな、あのカエル顔の医者なら麦野の頭の中いじって性格変えてくれたりしてくれねぇかな……」

「どうですかねぇ、それなら彼女レベル5ですし治すとか言っておきながらバラバラに解剖して脳や内臓を研究所に売り払った方がいくらか金になりますよ」

「お前よくそんな見た目でサラリと恐ろしい事言えるな……」

「私がいた研究施設では資金が無くなってきた時は、よく使いモンにならなかった子をそんな風にして研究費用を超貰ってたらしいですよ」

「……マジで?」

 

仏頂面で学園都市の黒い部分をポロッと暴露してしまう絹旗に浜面は凍り付く。

銀時から彼女の素性は聞かされていたがそこまで恐ろしい環境で生き抜いていたとは……。

 

「私達みたいな使い捨ての道具ならいくらでも量産できますからね、元からバラす目的で生産された実験体もいたらしいですし。ま、私は超優秀だったのでそんな事とは無縁でしたけど」

「ひでぇ所だな……」

「私は「死」とかそういうのを目の当たりにするのが当たり前の生活を送ってたんで、殺されるのも見ましたし殺したりも超しました。ですから私の感覚は普通の人間とは違います」

 

窓ガラスの向こう側へ目をやりながら絹旗は呟く。

 

「ま、それも含めて私ですからね。言っておきますが浜面のクセに変な同情とかしないで下さいよ、返って超気分悪くなります」

「バァカしねぇよ同情なんて、別にお前が過去何やってようがどうでもいい」

 

彼女の冷たい言葉に浜面は静かに語りかける。

 

「女の過去を気にしないのが男ってもんだって、昨日キャバ嬢に教わったばかりだからな。俺は今のお前を信じるよ」

「む? いきなり超なに様ですか浜面のクセに、言っておくけど私はサバ女と違ってあなたみたいな超ヘタレに攻略される気なんてサラサラないですよ」

「そんなんじゃねぇよ、ただ放っておけなくなっただけだ。お前や麦野を見てると不思議とそんな気持ちになるんだよな」

「はい?」

 

ボソッと小さく呟くと、浜面は麦野のいる部屋の前から背を向けて廊下を歩き出す。

 

「行こうぜ、麦野の事はあの医者に任せる。まずは依頼達成の為の情報収集の前にどっか飯でも食いに行こうぜ」

「ほほぉ、それでは中華食べに行きましょう中華、ラーメン食べたいです。出来ればピン子の作った」

「ピン子のラーメンは難しいが中華か……俺も最近食ってなかったしそれでいいか」

 

後ろからついて来ながらノリノリで提案してきた絹旗に浜面が頭を抱えながら安易に承諾していると。

 

自分達から数メートル先の曲がり角からフッと一人の少女が歩いて来た。

 

「ん? げぇッ!」

「どうしたんですか急に……うわ」

 

浜面はその少女を目にした瞬間表情を強張らせてその場に立ち止まり、何事かと絹旗もその少女を見ると彼の反応とは違い見たくないものを見てしまったという風なしかめっ面に。

 

 

 

 

 

その少女は長いブロンドをなびかせ

 

 

 

麦野と同様病院服は着ているが高校生ぐらいのお人形の様な綺麗な外国人だった。

 

だが虚ろな目で何かボソボソとうわ言を呟きながら両手をだらりと下ろしてゆっくり歩く姿はまるでB級ホラー映画に出てきそうなゾンビ。

 

浜面と絹旗は知っていた、目の前で行く当ても無く病院内を徘徊しているゾンビ少女を

 

「フ、フレンダ……なんでここに……」

 

フレンダ=セイヴェルン

浜面にとっては昔からの長い付き合いであり、性格は少々難な所が多いが、自分の事を何かと気にかけてくれるいい友人だ。絹旗にとってはただのウザい女

銀時曰く「ダメな男に惚れちまうダメ女」。もしかしたら浜面が麦野や絹旗をほおっておけないと思ってしまうのも、彼女のそういうダメな人をほったらかしに出来ないという性格に感化されていたのかもしれない

 

「銀ちゃんさんが言ってたじゃないですか、サバ缶食いすぎて栄養バランス崩して、完治はしたけど精神的に不安定になってる所も発覚してしばらく入院する事になったと、ここの病院に入院してたんですね彼女」

「そういえばそんな事言ってたような……けどダメだ、今の俺はアイツと話せる気分じゃねぇ、麦野の事もあるが駒場の事も……」

 

状況を理解して浜面は焦り顔ですぐに彼女に背を向け、来た道を戻ろうとするが

 

「……浜面……」

「ひッ!」

 

時すでに遅し、数メートル離れて意識も定まってない様子であるにも関わらず、囁くように小さく喋っていた筈の浜面の声には敏感に反応し、フレンダは虚空を見つめる表情のままゆっくりと彼等の方へ振り向いていたのだ。

 

気付かれてしまってはしょうがないと、浜面は恐る恐る彼女の方にそーっと振り返る。

 

「よ、よう……久しぶ……」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「でねぶッ!!」

 

彼が振り向いて来た時には

 

さっきまで生気が抜けていたフレンダがいきなり復活して一気に駆け寄って

 

そのままの勢いで彼に飛び掛かって顔面に綺麗なドロップキックを食らわせてやった。

 

病院内で派手にぶっ飛ばされて(飛んできたのを絹旗は何食わぬ顔で避ける)転げ回るという醜態を晒す浜面。

 

「な、なに……どういう事……もしかしてずっとほったらかしにしてたから怒ってる?」

「当たり前だろうがバカ面!! 来るの遅すぎな訳よ!!」

「遅い?」

 

顔のパーツが変形していないか確認しながら半身を起こした浜面にフレンダは仁王立ちしたままプイっと顔を背ける。

 

「結局アンタと私は腐れ縁で長い間つるんでたんだし! こういう時はさっさと見舞いに来るのが常識でしょうが!!」

「見舞い? 俺がお前の所にか?」

「え?……私の事心配して見舞いに来たんじゃないの?」

 

てっきり銀時に自分の事を知らされてやっと顔見せに来てくれたのかと思っていたのだが……浜面は眉間にしわを寄せて何言ってんの?という表情。

 

「ウチの万事屋のリーダーが喧嘩して病院運ばれたから急いで駆けつけてきたんだよ。俺はお前がここにいた事事態知らなかったぞ」

「……」

 

言い訳もフォローも無く正直に話す浜面にフレンダは顔を背けたまま固まってしまい

 

「あ、そう……まあ別にアンタが会いに来ようが私は嬉しくもなんともないし~……連絡しようにも一向に返事こないから寂しいとか感じた事も無かったし~……マズイ病院食に飽きて浜面と一緒にファミレス行きたいとか思った事もないし~……病室のベッドで寝る時に枕を涙で濡らした事も無かったしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「うえぇぇぇぇ!? 今度はいきなりどうした!? あれ? もしかしてちょっと泣いてる?」

 

最初はささやく程度だったのに段々と口調が強くなり、最終的には目の下にうっすらと涙を潤ませながら怒鳴り出すフレンダに浜面は呆気に取られながらも慌てて立ち上がった。

 

「す、すまんフレンダ! 別にお前の事忘れてた訳じゃねぇんだ! ただ今はゴタゴタしてたから中々連絡できなかったんだよ! 全面的に俺が悪かったから病院内で泣くな! 他の人に迷惑になるだろ!!」

「泣いてねぇよコンチクショォォォォォォォォ!!! 乙女の涙をアンタみたいなダメ人間に見せるかボケェェェェェェェ!!!」

「いやどう見てもガチ泣きしてんですけど!? 乙女の涙めっちゃ見えてる! 流れまくってる!」

 

遂に感情が高ぶってボロボロと泣き出してしまうフレンダに浜面は罪悪感を覚えながらなんとかなだめようとするが一向に泣き止む気配はない。

するとずっと黙っていた絹旗がはぁ~とため息を突き

 

「もうそんな奴無視してさっさとご飯食べに行きましょうよ浜面」

「てかなんでアンタが浜面が一緒にいんのよ絹旗ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うわ、私にも絡んできました……超めんどくせぇ~」

 

泣き叫びながらこちらに指を突き付けてきたフレンダに絹旗は心底うんざりした顔で目を逸らす。

 

「別に私が誰とつるもうが私の勝手じゃないですか、言っておきますが私はあなたと違って浜面に対して特別な感情なんて抱いていません、私にとって浜面はただの万年発情期のお猿さんです」

「私だって浜面なんか結局その辺で這いずり回ってるゴキブリ程度にしか思ってないっつうの!!」

「いやお前等酷過ぎじゃね!? 俺まで泣きそうになったんだけど!?」

 

女子達のひどい例えに嘆く浜面をスルーして絹旗はやっとフレンダと目を合わせた。

 

「私、昨日銀ちゃんさんに連れられてかぶき町行ったんですよ。それで浜面のいる万事屋を紹介されて預かってもらう事になったんです。つまり私は浜面と同じ万事屋メンバーです、一応」

「なにそれ!? なんで私より先にかぶき町行ってる訳!? しかも浜面と一緒の職場!?」

 

自分の身に置かれた状況を絹旗が説明するとフレンダは目を血走らせて彼女の隣にいる浜面を睨み付ける。

 

「どういう事よ浜面! アンタがこんな無愛想な小娘と一緒に働く事になったって本当な訳!?」

「ああ、まあ来たばっかりだからまずは色々と教えてやってる所だけどな」

「色々教えるって何をよ! テメェの”ミジンコみたいなお粗末なモン”を見せつけて、「さあこれでどんな事が出来るのかやってみよう~」とか言いながら大人の保健体育レクチャーしてあげてるんじゃないでしょうねぇ!!」

「やってるわけねぇだろ! 大体ミジンコってなんだよ! 見た事ねぇのに勝手に決めつけるな! こう見えて自信はあるつもりだ!」

「死ぬ程どうでもいいわそんな事!」

 

ツッコミつつも自信ありげに胸を張るアホな浜面にフレンダはキレながら彼に歩み寄る。

 

「私を放置してこんな小娘と仲良くして……! もう迎えに来るのを待つのは止めよ! 今からかぶき町に乗り込んでやる!!」

 

散々長い事ほったかしにされて挙句の果てに絹旗の世話までしてると抜かす浜面に遂にフレンダは意を決した。

が、浜面は両手を出して慌てて異を唱える。

 

「待てって! 今は絶対に駄目だ! ただでさえウチの万事屋のリーダーが抜けちまってる状態なんだから! これから忙しくなるんだからお前の世話まで見切れねぇよ!」

「誰がアンタに世話させられるか! 私が浜面の世話をするに決まってるでしょ! 結局アンタは私がいないとずっとダメ人間な訳で……あ」

 

彼がポロリと漏らした言葉を聞いて

フレンダは何か気づいたかのようにピタッと怒るのを止めた。

 

「……今、アンタがいる万事屋ってリーダーがいない状態って訳よね?」

「そうだけど……」

「結局組織ってのはリーダー役がいなきゃ大変よね?」

「まあな、まあすぐ戻って来るだろうけど」

「はは~ん、なるほどなるほど……」

「う……」

 

泣いたり怒ったりの次はニヤリと笑みを浮かべ出すフレンダ。

それを見て浜面は彼女が何か良からぬことを企んでる気がすると長い付き合いで察した。

 

ニヤニヤと笑ったままフレンダは浜面と絹旗に向かって突然胸を張ってふんぞり返ると

 

「それなら私にいい考えがあるって訳よ!」

「却下だ」

「超却下です」

「まだ何も言ってないのに却下すんな!!」

 

病院に入院するハメになっていたフレンダは浜面と会えてすっかり元の健康体に戻った様子。

そしてリーダー不在となっている万事屋に目をつけ

 

フレンダ=セイヴェルンの企みが実行される。

 

 

 

 

 

 

あとがき

これにて第三章は終わりです。

真禁魂版と比べるとかなりの変更点があります。一回見比べてみると所々違ってますね。

次は銀さんと美琴の過去話から始まり、そしていよいよクライマックスです。

それでは

 

P・S

ツンツン頭のもう一人の主人公? んー誰の事だったか、思い出せそうだけど思い出せない。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。