禁魂。   作:カイバーマン。

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第三十四訓 世紀末少年、戦いの裏でビッグチャンスを掴む

 

『キャバクラスマイル』

お客にとっては傷つき疲れ果てた心と体を癒してくれる憩いの場

キャバ嬢にとっては微笑みかけながらアホな男からお金を毟れるだけ毟り取る狩人の場。

今日もキャバクラスマイルは大賑わいで客とキャバ嬢が騒いでいる。

 

特に万事屋アイテムの従業員、浜面仕上が座っているテーブルには大勢のキャバ嬢がごった返している。

その訳とは

 

「キャァァァァァ超カワイィィィィィィ!!」

「何この子どこの子!? むっつりしてる顔が凄くいい!!」

「お肌すっごいプニプニしてる! 普通にお手入れしてても持てない弾力よ!!」

「私にも触らせて~!! ほっぺた! ほっぺたがいい!!」

 

一緒について来た、万事屋になったばかりの新人・絹旗最愛に寄ってたかってキャバ嬢達がおもちゃにしてしまっているのだ。

店内に黄色い声がこだまし、他の客そっちのけで皆彼女に夢中になっている。

だが当然、派手な着飾りをした彼女達から囲まれるわ、許可も与えてないのにベタベタと触れまくられるわで絹旗はお怒りのご様子。

 

「なんなんですかこのお店は! 寄ってたかって人のほっぺた引っ張らないで下さい! それにさっきから私何も食べれてないんですよ! いい加減離れて食事させてください!! 超腹ペコなんです!!」

「じゃあ私が食べさせてあげる、あ~ん」

「キャー! 心理定規ちゃんズル~い!!」

「いえ自分で食べれま……! それ寿司ですか!? 私テレビでしか見た事無いんです! 食べたいです! 新触感が私を超呼んでます! あ~ん」

 

ものの見事にキャバ嬢にさえ食べ物に釣られて絹旗は目を瞑って口を開け、キャバ嬢の一人が笑顔で差し出す日本の伝統料理・寿司に食らいつく。

すっかりキャバクラという初めてやってきたお店を堪能している模様。

 

しかしキャバ嬢達とのキャッキャウフフの声が囁いてる隣。

浜面の周りはまるでお通夜の様なテンションで暗く沈んでいた。

 

「……晩飯なんて普通に食べ歩きで良かったのに……しかも絹旗にネェちゃん全部取られた……」

 

キャバ嬢が来てくれないというのもあって浜面のテンションはますます下がっていた。

 

なにせ浜面は本来この店に入るつもりはなかったのだ。ただ絹旗にキャバクラという店だけを紹介する為だけに来たというのに。

彼と絹旗をとある女性が店に入る時にたまたま見つけてしまい誘われるがまま(浜面は後ろ襟捕まれ)中に入ってしまったのだ。

 

「ウチにお客で来たのは初めてね浜面君」

「ってうわ、お妙さんどうも……来たというよりアンタに引きずり込まれたんだけどね」

「ごめんなさいね、店の前に足を止めた相手は否応なしに店の中へ案内しろって店長に言われてるの」

「嫌々やったと? 俺の記憶ではアンタがスマイルを浮かべながらがっちり俺をホールドしてここまで連れ込んでくれたよね?」

 

ようやく浜面の所にやって来たのはかぶき町に初めてやって来た時に知り合いになった一人のお妙だった。

浜面が万事屋となってからも何かと仕事を提供してくれたりと世話になっている。

だがその性格はあの麦野でさえ手こずる程末恐ろしい女ともわかっていた。

そんなお妙が浜面に軽く会釈。

 

「妙です、今日はドンペリとかどうですか? ドンペリが一番美味しいんですよここ? ドンペリで行きましょう、もうドンペリしか頼まなくていいですよ」

「なに客と顔合わせして3秒未満でドンペリ地獄に誘おうとしてんの! 怖ッ! 金ないって俺!」

「え? ドンペリ3本注文ですか? すみませ~ん、ドンペリ3本お願いしま~す」

「あ~キャンセルキャンセル! 焼酎水割り!」

 

見事な営業スマイルをしたまま、早速高い酒を出させようと浜面名義でドンペリを頼んでしまうお妙だがすぐに店員にその注文を止めさせて訂正した。

 

「確かにこの腹黒さなら麦野とも互角以上に接する事が出来るな……あ、そういえばお妙さん、麦野の事で聞きたい事あんだけど」

「ごめんなさい、麦野って誰? 新種のお猿さん?」

「記憶から消した上に捏造してる!」

 

申し訳なさそうに首を傾げるお妙に浜面は末恐ろしいと感じるが、すぐに彼女はニッコリと微笑んで

 

「冗談よ、あの子に比べたら猿の方がずっと賢いわ」

「フォローになってないよお妙さん! 麦野はやれば出来る子だからね!」

 

お妙にツッコミを入れながら浜面は本題に入る。

 

「さっき溝鼠組の黒駒勝男って人にあったんだけどよ」

「あら、極道の人じゃない? 大丈夫なの?」

「まあなんとか何もされなかったが、どうもあの組と麦野が昔いざこざを起こしてたらしいんだ……」

「へー」

 

過去に起こった溝鼠組と麦野の衝突。ここに来てまだ浅いし麦野ともそんな仲良くも無い浜面だが、何となく知っておきたいと思っていたらしい。

そしてなんだかんだで彼女と付き合いの長いお妙に聞いてみたのだが彼女はケロッとした表情で

 

「やっぱりあの人そっちの方だったのね。出所した後、組抜けしてそれで万事屋になったとか」

「出所なんてしてねぇよ! た、多分!」

「脱獄したって事ね、ならもう一度捕まえに来てもらわないと。今度動物園に連絡しなきゃ」

「入所も出所も脱獄もしてないよ多分!! それと麦野を猛獣扱いしないで!」

 

笑顔でサラリと酷い事を言うお妙に浜面は勢いよくツッコんだ後、テーブルに置かれた皿に乗った柿の種に手を伸ばしながら彼女の方が口を開く。

 

「でもどうだったかしら、あの人とは古い付き合いだけどそういう事は知らないわね、ずっと顔を合わせてる仲でもないし」

「そうなんすか?」

「溝鼠組って事はかぶき町四天王の泥水次郎長親分さんの所よね」

 

柿の種が気に入ったのか次々と食べ始めるお妙の隣で、浜面は彼女が呟いた名前にピクッと反応する。

 

「泥水次郎長……かぶき町四天王の一人、その人に聞けばわかんのかな?」

「直接聞くのはおススメ出来ないわよ、なにせ相手が極道だし……そんなにあの人の昔の事が知りたいの?」

「い、いやなんだろうな……仲良くやっていきたいからアイツの事をもっと知りたいという訳で」

「よしなさい、人の過去を探ろうとするなんて」

「え?」

 

柿の種と同時に混入していたピーナッツだけは食べずに指で弾きながらお妙は話を続ける。

 

「私は能力者でもないけど、あの子が持ってる能力が凄いって事はよくわかってるわ、あれを抑えつけれるのは普通の人間じゃ無理。人の道理から外れた力なんて並大抵の事がないと操る事は出来ない」

「そりゃレベル5の第4位だもんな……」

「そんな子だからこそ探られたくない過去の一つや二つ持ってるものなのよ」

「……」

「過去の彼女を探らずに今の彼女を見てあげたほうがきっと喜ぶから」

「そんなモンすかね……」

「あの人単純だからきっとそうよ、それに変によそよそしい態度を取ると逆に機嫌が悪くなって手が付けられなくなるわよ」

 

その話を聞いて浜面は「なるほどなぁ」と頷いて見せる。

確かに彼女にも知られたくない過去の一つや二つあるだろ、それを探りたがるというのがまだまだ自分が若いという証拠。

彼女の過去は直接彼女自身が話したい時に聞けば問題ない。

 

「アンタの言う事に従うか……」

「すみませーん、ドンペリお願いしまーす」

「それは従わねぇよ! 違います店員さん! 焼酎おかわりです!!」

 

しんみるする浜面をよそにボリボリとピーナッツをかみ砕きながら店員に注文するお妙。

隙あらばドンペリを頼もうとする彼女のキャバ嬢魂を垣間見た浜面であった。

 

 

 

 

 

数時間後、お妙との話を終えた浜面仕上は、キャバ嬢達に囲まれながら好きなだけ食べ物を注文しまくった絹旗最愛と共に『キャバクラスマイル』から出てきた。

 

「うへ~もう超腹一杯です、幸せです。今までの人生でこんなに食べれたの初めてですよ私」

 

膨らんだお腹を押さえながら満ち足りた表情をする絹旗に浜面は顔をしかめる。

 

「ロクに食えなかった俺の隣で一人で馬鹿食いしやがって……お妙さんがドンペリ頼もうとするのを止める為に何杯焼酎おかわりしたと思ってんだ。お登勢さんからの軍資金をこんな所で使い果たすとは……」

「そういえば浜面、あのキャバ嬢のおネェさんと何か話してるのは見えてましたけど何話してたんですか?」

「まあ、な……人生の先輩から色々とタメになる話をだな、つまり」

 

お妙から話を聞いてから浜面はどこか晴れ晴れとしていた。物事を深く考えない彼らしい顔というか……

 

「デリケートな女の子をどのように扱うか教えてもらったんだよ」

「馬の耳に念仏という言葉がここまで綺麗に超あてはまる瞬間はそうそうないですね」

「なんで……」

 

真顔で答える絹旗に浜面がボソッとツッコミを呟いていると。

 

「今夜はありがとうございました~」

 

店側の人間であるお妙が彼等をお見送りする為に店から出てきた。

 

「これからもウチの店をごいひきにお願いします。その時はぜひ絹旗ちゃんをまた連れて、あの人は連れてこなくていいですからね」

「ドンペリは頼まないっすよ……?」

「ごめんなさいよく聞こえなかったわ、え? ドンペリ1ダースキープしとけ?」

「鬼だ……! 極道も目じゃないホンマもんの鬼がここにいた……!」

 

糸に絡まった獲物をなぶり殺しながら食す女王蜘蛛。

彼女の笑顔の背後からそんなイメージが見えると浜面は遠い目をしながら思った。

ここまで肝の据わった人間でないとキャバ嬢は務まらないという事だろう。

 

「女って怖いよな、いやホント」

「浜面のクセに女を語るとか超早いですよ、女ってのはずる賢いのが丁度いいんです」

「女っ気ゼロのお前がそれ言ってもなぁ」

「タマと竿どっち潰されたいですか?」

「すんません両方共勘弁して下さい、俺が悪かったです、絹旗さんは女の中の女です」

 

真顔で右手で拳を構えてきた絹旗に浜面は本気で潰しにくる気配をいち早く察してすぐに謝った。

そうしているとお妙が浜面達の方にもお見送りがてらに話しかけに来た。

 

「それじゃあね、浜面君、絹旗ちゃん、あの人の事よろしく頼むわね」

「誰ですかあの人って? あのサバ臭い女なら死んでも御免ですよ」

「……麦野の事だろ」

 

しかめっ面で絹旗に教えて上げると、浜面はお妙の方にバツの悪そうな顔を浮かべる。

 

「なあ、もう一度聞かせてくれ。アンタはアイツをどう思ってんだ? 冗談抜きで」

「え? 別にどうでもいいけど、感想と言えば「昔から頭の中空っぽ、可哀想な子ね」って事ぐらい?」

「ああうん、冗談抜きでそう思ってるんだねやっぱり」

「言ったでしょ、私あの人とは親しい間柄でもないし、ぶっちゃけあの人が昔何してただろが何を夢見てたとかどうでもいいのよ」

 

お妙はニコニコしながらバッサリと断言した。

 

「私の知るあの人は”今のあの人”よ。だからこれからもあの人にはいつも通りに接するわ、いつも通り「互いに罵り合いながら騒ぐ」それが私とあの人の仲なんだから」

「そうやって割り切れる人は羨ましいよホント……俺もお妙さんの話聞いたおかげでわかってはいるんだけど、なんかいつもこういう事でウジウジ悩んじまってる悪い癖をなんとかしてぇんだけどさ……」

「私はただ割り切ってるだけ、浜面君はあの人の事を真剣に考えてるから悩んじゃうのよ。悩む事は別に悪い訳じゃないと私は思うわ」

 

不安そうに髪を掻き毟りながら目を逸らす浜面にお妙は笑ったまま助言してあげる。

かぶき町に生きる者としての先輩として

 

「悩んで苦しむって事は、あの人に対して本気でぶつかり合おうと考えてる証拠でしょ、あなたにはあなただけの答えがあるのよ」

「俺しか出せない答え……」

「そう」

 

優しく菩薩の如く説いかけながらお妙は浜面へ笑顔を浮かべたまま

 

「プロポーズに決まってるでしょ」

「いやいやいや!! その答えだけは絶対に不正解だってわかる!!」

「もうこの際だからさっさと済ませちゃいなさい、同棲してる仲なんだし遅い訳でもないでしょ。居間に二人っきりの時に「じゃ、結婚すっか」みたいな感じで言えば相手も「んだ」って答えるわよきっと」

「そんなドラゴンボールみたいなその場のノリでやってみたプロポーズとか嫌だわ! アイツと所帯持つとかそれつまり死ねって言ってる様なモンだよ!?」

「あらやだ、死ぬ程嬉しいなんて」

「いや死ぬ程嫌って事以外にねぇだろ! アンタ頭大丈夫!?」

 

途中まで人生の先輩としていいアドバイスを送ってくれるのかと思っていたが、予想を遥か彼方まで超え、ここでまさかの結婚しとけと頼んでも無いのに背中を蹴って前へと押そうとするお妙。

浜面も必死に首を横に振って断固拒否する姿勢を見せるが、このタイミングを待っていたとばかりに突如絹旗が親指を立てて

 

「結婚式か葬式、どっちか呼んでください」

「それは俺が成功して結婚するか失敗して死ぬか2択しかないって意味!?」

「それじゃあ絹旗ちゃん、私と一緒に服でも買いに行きましょうか? 喪服とか珠数とか」

「こっちは死ぬとしか考えてないよ! 明らか俺の葬式に出るつもりだよ!!」

 

結婚しろと言っておきながら早速お葬式の方の準備に取り掛かろうとするお妙に、慌てて浜面が叫んでいると

 

「浜面」

「ん? どうした絹旗」

 

後ずさりする中で、ふと背後に絹旗がいた事に気づいて振り返る浜面。

しかし彼女の表情はどこか険しく、目を細めて辺りを警戒しながら口を小さく開き

 

「なんかモジャモジャ頭の変な人が超死にそうな顔でこっち来るんですけど」

「……はい?」

 

そう言った彼女が見ている方へ目を向けると

そこには先程全力マラソンしてきたかの様なグラサンを付けた男がとても走るには不慣れな恰好でこっちに近づいて来た。

 

「に、逃げ切ったか……! なんじゃあの嬢ちゃん……! さてはねーちゃんが仕向けた刺客じゃな……! なんでそげん信用してくれんのじゃあの露出狂女は……! わしだって自分の撒いた種ぐらい回収できると言うておるのに……! は! こ、この店は……!」

 

メチャクチャ必死そうな顔つきで、額から流れる汗をぬぐい終えると、男はゆっくりと浜面の隣に立っているお妙の方へ顔を上げて

 

「おりょうちゃん指名でお願いしまーす!」

 

先程まで険しい表情を浮かべていたクセに180度表情を変えて急にこの笑顔。

彼の頭から人探しは既に過去の事となり、キャバクラ行くという指令が最優先目的となったようだ。

そんな彼にお妙はいつもの営業スマイルで

 

「ごめんなさい”坂本さん”はおりょうちゃんのブラックリストに永久欠番として入ってるから指名出来ないんです」

「アハハハハ!! 妙ちゃんもキッツイ冗談言うのぉ!! わし聞いておらんぞそんなリスト~!! あ! 「そろそろ結婚したいリスト」に入ってるんじゃないかの!?」

「いいえ「そろそろ股間血だるまにしたいリスト」です」

 

坂本と呼ばれた男はどうやらお妙もよく知っている人物らしい。

さりげないかつ的確に毒づく所からしてロクな相手ではないらしいが……

 

「お、おい大丈夫かお妙さん、その人大丈夫なのか色んな意味で?」

「なんなら私が超細かく股間を刻んであげましょうか?」

「大丈夫よ、最近遊びに来てくれるお得意さんなの」

 

性質の悪い酔っ払いなのではと不安がる浜面と警戒する絹旗をよそに全く動じていない様子のお妙。すると男は相変わらずヘラヘラ笑いながら彼女に

 

「そうじゃお妙ちゃん、わしは実は人探ししとるんじゃけども」

「人探しですか?」

「そうそう、銀髪でクリッとした目のシスターなんじゃきん」

「すみません、銀髪で死んだ目をしたおっさんなら知ってますけど。そういう特徴の人は知らないわねぇ」

「うーむ、なんかもうその銀髪のおっさんで良い気がしてきたのー。ねーちゃんも鬼やないし笑って許してくれるじゃろアハハハハハ!!」

 

豪快に笑い飛ばしこの際おっさんでいいかと妥協し始めた男に、ふとお妙が尋ねる。

 

「あのー人探ししてるなら私より適材な相手がここにおりますけど」

「ん? そげなもんどこにいるんじゃ?」

 

問いかけて来る坂本にお妙は傍にいた浜面と絹旗を手で指して

 

「我がかぶき町一のなんでも屋と言われれば彼等の事、万事屋アイテムさんの方達です」

「へ!?」

「おおなんでも屋か!! っちゅう事はおまん等わしの頼みも聞いてくれるっちゅう事じゃな!!」

「い、いやちょっと待ってくれ!」

 

いきなり話を振られてて慌ててお妙に言い寄る浜面。

 

「どういう事だよ……なんで俺達がこんな怪しいおっさんの依頼を受けなきゃなんねぇんだ……」

「言っておくけどこのお得意さん。ウチの店ではかなり羽振りがよくて有名なのよ」

「……え?」

 

羽振りが良い、ということはつまり……浜面の頭脳が明確な答えを導こうとしている隙に。

絹旗の方はその怪しいオッサンに話しかける。

 

「やっべー万事屋になって初日で依頼ですか? 超期待なんですけど」

「ハハハ! こらまた勇ましい嬢ちゃんじゃのう! ほうじゃ依頼頼む前にコイツを……」

「なんですか?」

 

男は懐からあるものをスッと取り出し、それを両手に持ったまま絹旗に突き出す。

突き出したのは一枚の名刺。

 

「わしはちょいと宇宙をまたにかけて貿易業を営んでいる組織、快援隊っちゅう所で艦長やっとる”坂本辰馬”≪さかもとたつま≫っちゅうもんじゃき。以後よろしゅうお願いします」

「ほほうこれはこれは超どうもです」

「ぎえぇぇぇぇぇぇ!! か、艦長!?」

 

浜面の頭脳が彼を「お金持ち」と答えが出る前に、絹旗がお辞儀をしながら両手で受け取ったその名刺を見てそんな単純な思考は吹っ飛んだ。

 

そんじゃそこらの金持ちではない。この男は、坂本辰馬という男は……

 

 

 

 

「こっちも必死で探しとっての、猫の手も借りたい状況なんじゃ。もし依頼を達成してくれたら報酬はたんまり払うぜよ」

(間違いない! これは万事屋始まって以来の大事件! そして!!)

 

宇宙をまたにかけて大金を動かす商人

そのトップからの依頼という事は期待しない方がおかしい。

 

 

大金が手に入るビッグチャンスだと

 

 

 

 

 

一方その頃、怪しい男こと坂本の追いかけっこの真っ最中だった麦野はというと

 

「あークソったれ、見失った……!」

 

辿り着いた場所は行き止まりのある裏路地、少々広いスペースではあるものの、人の気配は無く誰も使っていない広場。

どうやら上手くこちらに誘導されて撒かれてしまったらしい

 

「ゲタのクセにちょこまか逃げやがって……」

「おんやぁ、さっき俺を追いかけてきた嬢ちゃんじゃねぇか。こんな所で何してる」

「!?」

 

 

反射的に麦野は顔を上げる。

出入り口がある所はやってきた麦野の背後にある通路だけ。

周りは住民達の店やら雑居ビルに阻まれて、とても高くて飛び越えることは不可能だ。

しかしその雑居ビルの屋上から

 

月の光を背中に受けながら一つの人影がこちらを見下ろしていたのだ。

 

「お前クソジジィを見てた……」

「あららバレてたか。やっぱ俺は隠れるのは苦手だな」

 

声からして相手は恐らく男性。身構えながら睨み付けてくる麦野に、声の主は突如ビルの屋上からこちらに向かって飛び降りてきたのだ。

 

 

「やっぱり俺は隠れるより攻める方が得意だ」

 

そう言うと頭まで覆い隠していたボロ布を払い、呆気なく素顔を晒し出す声の主。

無精髭を生やし、手入れもされてないボサボサの髪の少々年取って見える男だった。

そして麦野が最も警戒したのは、その男のどこか不気味な雰囲気を気配。

 

「……誰だお前?」

「さてねぇ、生憎若者にぶしつけに誰だと言われると答えたくなくなるんだよねぇおじさん」

 

男は名を名乗らずに口元に笑みを浮かべた

 

「どうせおたくが覚えてなくてもいい名前だ、俺はただの通りすがりのおっさん程度で覚えておいてくれ」

「そのおっさんがどうしてあんな所で隠れてこっち見てたのよ」

 

徐々に距離を詰めて行きながら麦野は取っていく。

 

「もしかしてレベル5を倒して名を上げようとかしてる類のおバカさんかしら? こちらをコソコソ隠れて見てたのも、隙あらば暗殺でもしてやろうと企んでたわけ?」

「いやいや、俺は暗殺とか苦手だ、どちらかと言うと正面戦闘の方が好みだ」

「じゃあなんであんな真似してたのよ」

「別におたく等を殺そうとしてたから尾行してた訳じゃない」

 

麦野の問いかけに男は短絡的に答える。

 

「あんまり騒ぎ起こすなと言われててな、まずは手を出さずにここの連中の実力ってモンを見てみようと散歩してただけだ」

「私とあの野郎が衝突するとでも」

「そうそう、てっきり殺し合いでもするのかと思って楽しみにしてたんだが」

 

笑顔のまま物騒な事を口走る。

 

「残念ながら、つまらない親子喧嘩見せつけられちまった。期待して損したぜ」

「悪かったわね、つうか誰が親子だコノヤロー」

 

この男、見た目も不気味だが頭の中も不気味だ。

徐々に距離を詰めつつ麦野は募る苛立ちを抑えながら睨み付ける。

 

「なら陳腐な喧嘩見せちまったお返しに、私がアンタの気にいりそうな喧嘩ってモンを見せてやろうかしら?」

「あ? 俺とやる気か?」

 

ニタリと口元を横に伸ばして笑みを見せる麦野。

彼女の挑発に男は髪を掻きむしながら目を逸らして数秒黙った後、視線を彼女の方に戻し

 

「くだらない喧嘩を売るのはダメだってあのすっとこどっこいには言い聞かせてる俺がやるのはさすがになぁ……いや俺じゃなくてそっちが売って来るなら買ってもいいって事か」

「ったりめぇだろ、ここはかぶき町よ? 売られた喧嘩は買うのが筋ってモンだろうが」

 

最後の審判といったばかりに麦野はドスの効いたで選択をゆだねる。

すると男はしばらく固まって動かなくなった後、懐から大きな”番傘”を取り出した。

 

「そこまで言われちゃ仕方ない、俺も男だ。まあ相手が女だってのはちと不満だけど、己の腕に自信を持ってるなら期待しておいてやるぜ」

「はん! すぐに泣き顔にしてやるよ……!」

「ハハハ、そいつは楽しみだ、精々頑張りな」

 

不満そうに麦野はギリッと奥歯を噛みしめる。この訳の分からない男、完全にこちらを見下した態度を取ってくる

レベル5の第四位である自分に対して落ち着いた素振りを見せつけてくる彼に。

麦野がかつての次郎長と対峙した時を思い出す。

あの男もまた自分を全く恐れず、むしろその辺の子供でも相手にするかのような態度だった。

 

「あっそ、じゃあちゃっちゃっと終わらせるから」

「簡単には死なないでくれよ、退屈な戦いは嫌いなんだ」

「しつけぇな、散るのはテメェの方だ老け顔」

 

度々腹の立つ言い方してくる男だが麦野は気にもせずに彼の方へほくそ笑みながら歩み寄っていく。

 

「さぁてまずはその両手両足に一発ずつ打ち込んでやる。その後地べたにキスさせたまま跪かせて、頭踏んづけながらゆっくりと教えてやるよ」

 

誰が勝つかなど自分でよくわかっている、レベル5の第四位がこんな訳の分からない存在に負けるなどあり得ないと確固たる自信を持って

 

「テメェが! 誰に向かって! 偉そうな事ほざいてしまったのか後悔させながらな!」

 

そんな彼女に

 

男は間を置くとゆっくりと番傘を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあて、喧嘩の始まりだ」

 

 

 

 

 

 


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