禁魂。   作:カイバーマン。

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第三十三訓 破壊少女、追走してまた追走

 

数年前の話。その時は、雲一つなく綺麗な満月が見える絶好の夜だった。

事件を知る前の黒駒は溝鼠組の拠点で、自室に籠って鏡とにらめっこしながらせっせと七三分けの手入れを施していた。

 

「アニキィィィィィィ!! 大変な事が起きやしたァァァァァ!!」

「なんじゃおんどりゃあ! わしが髪型のお手入れしてる時は声かけんなって言うとったじゃろうがボケナス!! 七三分けが六四分けになったらどう落とし前付けるんじゃコラァ!!」

「え? それ対して変わらないんじゃ! んげッ!」

「バカかお前ごっつう変わるやろうが! 堺雅人から松田翔平やぞ! わしはどっちかつうと堺雅人派なんじゃい! 将来ごっつう凄いドラマの主役に選ばれる七三分けやでアレは!」

 

勝手に部屋に入って騒ぎ立てる舎弟に容赦ない鉄拳を食らわせる黒駒、訳の分からない事を言った後、七三分けを両手で整えながらすぐに改まって

 

「で? 何があったんや?」

「む、麦野ちゃんがまたカチコミに来やした……」

「はぁ!? またぁ!?」

 

両手を広げて倒れながらも懸命に情報を渡してきた舎弟に黒駒は驚きつつも呆れたようにため息を突く。

 

「毎度毎度しつこいなぁ麦野ちゃんも、その度胸と肝っ玉は買うが、ええ加減にせんとおじきに殺されるで」

「どうしやすアニキ……」

「どうするも何もないやろ、麦野ちゃん相手じゃわし等が束になっても敵わん、はよおじき呼んで来い」

 

倒れた舎弟にそう命令している黒駒の所に、他の数人の舎弟がすぐに階段を駆け上って切羽詰まった様子でやってきた。

 

「アニキ! 麦野ちゃんがおじきにやられやした! 今度はマジでボロボロで重症みたいですわ!」

「病院連れていこうとしても言う事聞かへんのや! すんませんがアニキ! 説得お願いしやす! 俺達はすぐ救急車呼んできますんで!!」

「もう動いておったかおじき、遂に堪忍袋の緒が切れたか……」

 

必死過ぎてもはや泣きそうな顔をしていて、あの泥水次郎長の一家でありながらこんなにも情けない姿をしている舎弟に鉄拳制裁でも加えてやりたいが黒駒はそれ所ではなかった。

舎弟の一人を連れて階段を駆け下りて行く。

 

「さすがにこう何度も攻められちゃ組の名前に泥を塗られる。おじきの怒りもごもっともじゃ」

「せやけどアニキ、やっぱおじきってただモンじゃないっすね、あんな能力持ってる麦野ちゃんをあそこまで一方的に……」

「アホか、なに今更な事言っとんねん。おじきはわし等溝鼠組の大将やぞ? レベル5は化け物とか呼ばれとるが、わしから見ればおじきの方がよっぽど化け物に見えるわ」

 

共に駆け下りながら舎弟は冷や汗をたらしながらゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「西郷の所のガキ……高天原のナンバー2のホストにも勝てるんすかね……」

「あのガキか……。あそこのガキは麦野ちゃんより”格上”の能力者と聞いとる……わしら溝鼠組が西郷の縄張りに手出し出来へんのもあのガキがいるせいや」

 

舎弟の問いに急いで廊下を走りながら黒駒は眉をひそめる。

アレが相手ではさすがに次郎長も厳しいかもしれない……

 

「まあそれでも勝つのがおじきなんやけどな」

「ならなんでおじきは西郷の所に手ぇ出さへんのですかい?」

「ドアホ、あのガキは普段はまともやが、マジでキレたらこのかぶき町そのものをぶっ壊しかねない程のモンやぞ、かぶき町手に入れる為にかぶき町無くなったら本末転倒やろうが」

 

馬鹿にするように舌打ちしながら黒駒はようやく玄関から屋敷を出て表の正門の前に立つ。

 

「さてと、麦野ちゃんはどこや? わしが説得して病院にでも送っちゃる」

「そ、そこです……アニキの足元」

「ん?」

 

震えながら自分の足元を指さす舎弟の言葉を聞いて黒駒は目線を下に下ろす。

 

着ている服も血まみれで倒れて瀕死の様子の麦野沈利の頭を思いきり度踏んずけていた。

 

それを見て黒駒は急に夜空に向かって

 

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰かぁぁぁぁぁぁ! 誰かザオリク唱えれる人呼んでぇぇぇぇぇぇ!!」

「アニキ落ち着いてくだせぇよ!! 麦野ちゃん死んでやせんから!!!」

「なに悠長な事言ってんねんボケ! ならはよブラックジャック先生呼んでこんかい!!」

 

舎弟達をぶん殴りながらパニック状態に陥って叫び回ると、黒駒は抱きかかえられてる状態でぐったりしている麦野に急いで駆け寄る。

 

「大丈夫か麦野ちゃん! わしが踏んだのがトドメになってへんよな!? とにかく今すぐ病院連れて行くさかい! 気しっかり持たな!」

「……冗談じゃないわよ……誰がんな所行くかボケ……無理矢理にでも連れて行くってんなら……」

「え?」

 

口から血を垂らしながら息も絶え絶えにしたまま麦野はギロリとした目つきで黒駒の方に顔を上げる。すると彼の視界が一瞬真っ白になり……

 

「のわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

白く透き通った光線がバシュッという音と共に彼の顔の横を掠める程度を通って行った。黒駒は奇声を上げて横にのけぞる。

光線の正体は固体化させた原子。『原子崩し』の能力を持つ麦野だからこそ使えるレベル5の能力だ。

 

「私に勝ってみろってんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! 麦野ちゃんがグレたぁぁぁぁぁぁぁ!! いや元からやけどぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

今度はその光線を抱きかかえていた舎弟に向かって放ち無理矢理引き離しながら叫ぶ麦野。

支えられる物を失い重心がグラリと傾くが、なんとか傷だらけの両足でしっかり立とうとする。

 

「テメェ等なんか使い捨てにもならねぇただのゴミクズのクセに! ジジィの奴に気に入られただけで偉そうにしてんじゃ……! ぐふ!」

「麦野ちゃんが血吐いたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 医者やぁぁぁぁぁぁ! いやもうわしが手術する! 顔に傷あるしブラックジャックみたいなモンやろわしも! ”メス”がないなら”ドス”でやりゃあええんや!」

「言ってる事意味わかりませんぜアニキ!!」

 

怒りの感情が極まって口から吐血してしまう麦野を見て黒駒はいよいよ舎弟に後ろから羽交い絞めにされて彼女から引き離されてしまう。

 

「ヒャハハハ……」

 

そんな必死に喚いてる彼を麦野は遠く見つめた後、口元を横にニィっと広げ、満身創痍の状態とは思えない様子で笑い声を上げる。

 

「テメェ等全員で私を止めてみろ! 無能力者の雑魚が何人束ねてかかってこようが!! テメェ等を細切れに解体してレベル5の私がどんだけ強ぇかクソジジィの奴に証明してやる!!」

「アカンな……麦野ちゃん。肉体の損傷だけでなく精神にもヤバいダメージ与えられたらしいで」

「どうしやすかアニキ……俺達じゃ止められやせんぜ……」

「言われなくてもわかっとるわい、てかおじきどこ行った……やったのはおじきやろうに……」

 

誰が相手だろうが目の前にある物すべてを破壊しないと満足しそうにない麦野を見て。

黒駒と周りの舎弟達が不安にどよめいていると……

 

「ったく……嫁入り前の娘がそんな汚ねぇツラでよく公の場で顔出せるもんだぜ」

「おじき!!」

「俺が厠行ってる間にさっさとどっか行けって言っただろうが」

「!」

 

屋敷の玄関から一人の男が現れた途端その場の空気が一気に凍り付いた。

腰に差す刀の柄に手を置き、キセルを咥えた中年の男。

 

麦野の観察者でありかぶき町四天王の一人である泥水次郎長が出てきたのだ。

彼が現れた途端麦野の目の色も変わる

 

「クソジジィ……!!」

「毎度毎度惨めに返り討ちにあってるお前が俺に何の用だ?」

「……」

「だが襲ってきたのがテメェで良かったぜ。西郷の所の坊主だったら俺もさすがに勝てるかわからねぇ。あの坊主より格下のお前ならいくらでもシメられるからな」

 

唇が切れる程強く噛みしめながら睨んでくる麦野に対し、次郎長はほくそ笑みながら一歩一歩と近づいて行く。

 

「わかんねぇか? テメェじゃ俺には勝てねぇ。さっさとどこにでも行っちまえ、これに懲りてかぶき町に二度と近づくんじゃねぇぞ」

「ふざけんな……!」

「ふざけてなんかいねぇさ、俺は前々からテメェの事は気に食わなかったんだ。弱ぇクセにお高く止まりやがって、目障りなんだよ、クソガキ」

「ふざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

とんでもない声量で叫びながら麦野の周りから固体化された原子が次々と乱れ飛ぶ。

銃弾の用に飛んでくる光線は次郎長の体を避け、彼の背後にある一家の屋敷に直撃して破壊していった。次郎長は避ける動きさえ見せずにただ不敵に笑ってるだけ

 

「何しやがる、ウチの家は先月リフォームしたばかりなんだぜ」

「私が弱ぇだと!? 無能力者のテメェこそなに偉そうな事ほざいてやがんだ!! 私はレベル5の第四位なんだよ!!」

「クク、その半端な順位、聞く度に笑えてくるねぇ。上から4番目、せめて銅メダル取れねぇとカッコつかねぇぜ」

 

あくまで余裕を見せ挑発してくる次郎長の姿に麦野は完全に頭を血を昇らせてまともに考える事さえみずから放棄してしまった。

血走った目をまっすぐに彼へ向けながら対峙し

 

「ブチ殺してやらぁ泥水次郎長!! 私をナメた事を絶対後悔させてやる!!」

「ほぉそうかい、なら是非そいつを拝ませてくれや、後悔って奴を」

「おじき! な、なに刀抜いとるんですか! まさか!」

 

啖呵を切る麦野に次郎長の答えは腰に差す刀を抜く事だった。

呆気に取られる黒駒や子分達を尻目に次郎長は抜いた刀の刃先を麦野に向ける。

今までどんなに暴れても、一度たりとも彼は彼女に対して刃を向けた事が無かったのに

 

「コレが俺からの”最後のしつけ”だ……たっぷりその身で覚えときな」

「次郎長ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

彼女自身でさえ制御しきれないほどの原子が辺り一面に射出されて周りが壊されていく中、次郎長は刀一本持った状態で地面を蹴り、憤怒する彼女に挑みかかる

 

そして

 

 

満月の光が照らされてる中。

泥水次郎長率いる溝鼠一家の屋敷の庭は、まるで世界の終わりが来てしまったかのように静かになっていた。

 

辺りの人間が騒然としている中で、体中の傷から多量の出血をしている次郎長が。

 

血で汚れてしまった刀を拭かずにそのまま柄に納める。

 

「チッ……俺ももっと若けりゃあ簡単に終わらせられたんだけどな」

「お、おじき……なんちゅう事を……」

 

次郎長の前にはうつ伏せに倒れる麦野の姿が、意識は既に失ってる様子で腹部の場所からおびだたしい黒く生々しい血が地面に徐々に広がっていた。

その血は、先ほど次郎長が柄に収めた刀に付着した血と同じ持ち主……

 

「何してやがる、病院にでも連れて行かねえと死ぬぞコイツ。”腕の立つムカつく医者”を知ってるからそいつの所に送り飛ばして捨ててこい」

 

頭から滴り落ちる血を着物の袖で拭いながら次郎長は周りの子分達に命令する。

目の前で彼が麦野を自らの手で処断した事に放心状態の一同に、不思議と冷静になっている黒駒が次郎長の代わりに

 

「なにしてんねん、救急車は呼んどるんやろ。ならはよ止血作業に入らんかい。とりあえず包帯でも汚れてない布でもええから麦野ちゃんの傷口に、その後手ぇ置いて出血を押さえるんや、そん時は手ぇ洗っとけよ」

「へ、へい……」

 

伝達されると強張っていた舎弟達はすぐに俊敏な動きで行動開始する。

残された黒駒は次郎長の方へ振り返って

 

「……おじきも診てもらった方がええと思いますで、随分とやられとるやないですか」

「こんな傷程度大したことねぇ、血止めして食うモン食っとけばすぐに治らぁ」

「ホントどっちが化けモンなのかわかりまへんな」

 

次郎長の姿は傍から見ても軽傷では済まされない状態だった。頭からは血を流し、体にも原子崩しによって出来た傷がちらほらと見える。

 

ボロボロになった麦野でも普通の人間では太刀打ちできないあのレベル5。

 

そんな彼女を倒すために彼もまた多大な傷を負ってしまうのも仕方ない事である。

当人は全く意にも介さない様子だが

 

「勝男」

「なんどすか?」

「俺が傷の手当て済んだら一杯付き合え」

「こないな事あってよう飲み行けるテンション持ってますな……まあご一緒させてもらいますわ」

 

傷だらけで飲みに行ける様な身体じゃないクセにいきなり飲みに付き合えという次郎長の不可解な誘いに、黒駒は疑問を覚えながらもそれをすぐに承諾した。

 

 

「それでどこの店へ、決めてないならこちらで手配しまひょか?」

「その必要はねえ、行く所はもう決めてある」

「と言いますと?」

 

持っていたキセルを咥えてマッチで火を付けながら、尋ねてきた黒駒に次郎長はキセルを咥えたままニヤリと笑った。

 

「かぶき町で俺が最も行きたくねぇ飲み屋だ」

 

 

 

 

 

数刻後の事、その時黒駒は次郎長と同伴してある飲み屋へと足を運んでいた。

 

『スナックお登勢』次郎長と同じくかぶき町四天王の一人である女帝・お登勢が経営しているお店である。

店の中は完全に貸し切りで、ここには黒駒と次郎長、そして店主であるお登勢だけだった。

 

「……久しぶりに会いに来たと思ったら、いきなりガキを預かれとは随分勝手じゃないか、次郎長」

「安酒しか寄越さねぇ店だなここ、もうちっと洒落たモンの一つや二つ出してほしいねぇ」

「話はぐらかすんじゃないよ」

 

カウンターの向かいに立っているお登勢はただ呆れた表情で、席に座って淡々と飲んでいる次郎長を見下ろす。

 

「アンタはあの子の事、気に入ってると思ってたんだがね」

「フン、テメェも老いたな。遂に目も悪くなったか」

「私の目は今もなおマサイ族並だよ」

「ボケるのは早いんじゃねぇかババァ」

「ボケてんのはテメェだろうがジジィ」

 

互いに悪態を突いた後、お登勢は手に持っていたタバコを灰皿に捨てる。

 

「わかった、あの子は私が預かる、ただし『あの子をかぶき町の外に追い出す』っていう要件は飲まないよ、あの子の生き方はあの子自身が決める事だ」

「ま、別に構わねぇさ。大方逃げ出すだろ、あんなガキがこの町に住めるとはとても思えねぇからな」

「この町にはあの子よりも年下のガキも住んでるよ」

 

顔をしかめるお登勢に次郎長はフッと笑って席から立った。

 

「そういうんじゃねぇよ、かぶき町にはかぶき町のルールってモンがある。それを頭に入れられねぇバカは住めねぇって事だよ」

「……本当にこれでいいのかい、次郎長」

「ったりめぇだろうが、世話かけるなお登勢。テメェのバカとも思えるぐらいのお人好しにはホントありがたいと思ってるぜ」

「心にもない感謝なんかいらないよ、話が済んだならもう出て行きな。アンタがいると店の雰囲気が悪くなるんだよ」

「言われなくてもそうさせてもらう、こんな辛気臭い店なんざ」

 

めんどくさそうな態度でお登勢が手を払って追い払う仕草をすると次郎長は共に腰を上げていた黒駒にクイッと顎を動かして行くぞと合図

 

「テメェ等も金輪際あのガキに近づくな、もうアイツは俺達極道モンとはなんの関わりもねえ人間だ。テメェ等がアイツを可愛がってたのは知ってるが、テメーが人から外れた道の人間だってのを忘れんじゃねぇぞ」

「……へい、子分共にもそう伝えておきまさぁ」

 

言いたい事ありそうな表情をしながらも黒駒はゆっくりと頭を下げて彼の命令に従った。

次郎長はスナックお登勢の戸をガララっと開けると包帯を巻いた頭を手で押さえる。

 

「あ~どこもいってぇなチクショウ……やっぱ病院で診ておくか……あの医者に診てもらうのは気に食わねえが治りが早いのが一番だからな」

「そうした方がええですぜ、にしてもあの時の麦野ちゃん怖かったですな、まさかマジでおじきの事を殺すつもりで」

「へっ、アイツが俺を? 笑わせんな」

 

店を後にして体の節々を押さえながら次郎長は愉快そうに笑って歩き始めた。

 

「ハナっから誰も殺す気はねぇよアイツは、口では殺すだなんだと叫んでも結局口先だけなんだからな」

 

 

徐々に広がっていた亀裂が遂に決定的になって麦野と次郎長は袂を分かつ。

そしてそれから数年後。

あれからもかぶき町から出ずにずっと残っていた麦野は、裏通りであの時以来に次郎長と再会した。

 

「しぶてぇ野郎だ、こんな所にまだ居座りやがって」

「私がどこに住もうが私の勝手だろうが、このクソジジィ」

「口の悪さは相変わらずの様だな」

 

暗闇の中で次郎長は口元に小さな笑みを作ったまま彼女の方に近づく。

歩み寄ってくる彼に麦野はギロッと睨み付けて口を開いた。

 

「私今万事屋アイテムっていう何でも屋やってるのよ、お登勢の店の上で。だから私の居場所はここ以外にないのよ」

「そんなくだらねぇ遊びやってやがったのか、全然知らなかったぜ」

「遊びでやってんじゃねぇよ、こちとら本気だ」

 

軽く馬鹿にされた事にイライラしながら返事をする麦野。

しかし次郎長は飄々とした態度で

 

「俺からみりゃあ、つま先立ちで必死で背を伸ばしたフリしてるガキが、みっともなくごっこ遊びしてるようにしか見えねぇんだよ」

「うるせぇいつか繁盛させてやらぁ、そん時はテメェの組潰してそこに万事屋の第二店舗建ててやるよ、ありがたく思えコノヤロー」

「おい恥知らずの半端モン、ちと尋ねてぇんだが」

 

2人の距離が段々と近づいた時、次郎長はピタリと足を止めて真っ向から対峙し、彼女の心を見透かすように目を細めながら呟く。

 

「テメェは一体ここでなにがしてぇんだ。仕返し目的でこの次郎長の首でも欲しいってか?」

「アンタへの興味なんてとっくの昔に失せたわよ、枯れたジジィなんざ……って」

 

思いきり啖呵を切ってやろうと次郎長に近づく麦野だが

 

彼の背後にある路地の曲がり角から

 

コソコソと隠れながらこちらを観察するような黒影が見えたのだ。

 

「誰だアイツ?」

「どうかしたか小娘」

「気付いてんだろうがテメェも、変な人影がそこにいんだよ」

 

驚いてる麦野を察して、次郎長は後ろに振り返らずにキセルを取り出しながら「ははっ」と笑って見せる。

 

「妙な野郎だぜ、さっきからずっとああして見てやがる。下手くそな隠密だ。何もせずにずっとこっち見てくるだけだし、めんどくせぇからほっとけ」

「アンタをつけ回してる警察の人間じゃないの?」

「連中に怪しまれるような事なんざやってねぇよ」

「嘘つけ極道」

 

あの人影がこちらを見ているのか気になる所だが、そこを追及するヒマなど無く麦野はダッと駆け出し、キセルを咥えた次郎長の横をすり抜けて”隠れてるつもり”でこちらから隠れている人影の方へ走り出す。

 

それに対し人影はすぐにサッと引っ込んで足音を立てながら逃げ出した。

 

「テメェとの話は後回しだクソジジィ、なんか面白くなってきたじゃないの……!」

 

振り返り際にそう言葉を残すと、人影が逃げて行った方向に駆けて行き、あっという間に麦野が消えて行った。

裏通りに残された次郎長は優雅にキセルを咥えながら煙を吐き

 

「相変わらずあのガキは」

 

数年前のあの時の様に、雲一つない夜空に綺麗に輝く満月が昇ってると気付き、フッと笑いながら静かに呟いた

 

「うるさくて仕方ねぇや」

 

 

 

 

謎の人影は人気が賑わい活気づき、明るくなった場所にいてもなお正体がわからなかった。

身体を覆う程のボロ布を頭から羽織り、相変わらず性別すらわからない。

だがその動きは驚く程早かった。

 

「きゃ!」

「うわ!」

「なんでぃ一体!」

「お、どっかでお祭りでもやってんのかい?」

 

現れた珍妙なモノにかぶき町が好奇の目を向けながら脇に逸れると、群衆が退いたのを好機とばかりにその人物の後を追う人物が一人。

 

「おらぁぁぁぁぁぁ待ちやがれぇぇぇぇぇ!!!」

「ぬわぁ! 万事屋だ!!」

「気ぃ付けろ! 何するかわかんねぇぞ!」

「チッ、何もしねぇよ別に……」

 

悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえる中で、麦野はイライラしながらその中を突っ切る。

 

「そんなに私のイメージ悪かったっけ? きっとお妙の奴がある事無い事言いふらしてんだわ、そうよきっとそうに違いな……っと」

「うおわぁ!」

 

生物の後ろ姿を眺めながら走ってる途中、突然曲がり角から現れた男にぶつかりそうになる。麦野は体を思いっきりのけ反らせて衝突を回避。

 

「危ねぇだろうが! 周り見て歩けボケナス!」

「アハハハハ、すまんなー嬢ちゃん。ちょいと人探しとったんだじゃが迷子になっててのー」

「あ」

 

立ち止まって反射的に怒鳴ってしまったが麦野は衝突を回避した男の顔を見て気付いた。

 

特徴的なモジャモジャ頭にサングラス。

 

口元はヘラヘラと広がっている。

 

彼の顔を見て麦野は口をポカンと開ける。

 

「テメェは写真の男!?」

「ちょいと聞きたいんじゃがいいかの」

 

驚く麦野を尻目に男は笑みを浮かべたまま彼女に尋ねる。

 

「この辺で”銀髪でクリッとした目のシスター”おらんかったかの~? はよう見つけんとわしはねーちゃんに八つ裂きにされてしまうんじゃ」

「生憎私は”銀髪で死んだ目をしたおっさん”しか知らないわよ……」

「アハハハハ! それならわしにも見覚えあるぜよ! 懐かしいのぉ今なにしとるんじゃアイツ! いっその事アイツ連れて行ったら丸く収まるかもしれんな! 同じ銀髪じゃしなんとかなりそうじゃの!! アハハハハハ!!!」

 

何が面白いのか大声で笑いだす男、いつもの麦野ならこんな人物を相手にしたら短気な彼女はすかさず手を出すだろう。

しかし彼女は予想だにしなかった彼の登場にニヤリと笑っていた。

 

「ったく、怪しい奴追ってたらまさかこんな所で本命の方を見つけるとはね……だがこれはこれで」

「へ?」

 

この男は土方が探せと頼んでいた男。間違いない、写真の姿と完全に合致している彼を見て麦野は確信した。

 

「おいモジャモジャ頭、ちょっとご同行願いませんかね……アンタの事探してる奴がいんのよ……」

「へ!? それってまさか陸奥かぁ!? それともねーちゃんかぁ!? どっちにしろわしを殺しに来たっちゅう事か!?」

「誰よそいつ等? 別に殺しはしないからちょっと来いって……」

「おおっと! 悪いがわしはまだ死にとうないぜよ!」

 

目の前にいる獲物を捕まえんと麦野がジリジリと近づこうしたその時、男は身軽にひょいとそれを軽く避ける。

 

「二人に言うとってくれ! あのちっこいシスターはちゃんと見つけるからは命だけは勘弁してくれとなッ! アハハハハハハ~ッ!!」

「いやだから人の話を……って逃げんなテメェェェェェ!!」

 

 

陽気な男は一目散に逃げだし、それを麦野が怒鳴りながら追いかけた。

彼女は知らないし今後も知る事は無いかもしれない

 

今追っている男がとんでもない人物だという事を。

 

 

 

 


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