禁魂。   作:カイバーマン。

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第三十二訓 世紀末少年、かぶき町四天王を知る

屋台で夜食を食べ終えた後、麦野沈利と坂田銀時は同時に店を後にした。

後から来た土方十四郎はまだ店に酒を飲んでいる。

 

「おめぇこの後どうすんだ、あのへなちょこ副長の命令聞くの?」

「当然、来た依頼はどんなモンでも受けるのがウチの売り文句なのよ」

「あっそ」

 

店の戸を閉めて出て行く際にこちらに尋ねてくる銀時に麦野は腕を組みながら平然と答えた。

万事屋というのはいわばなんでも屋さんだ。行う仕事は千差万別、それゆえ楽な依頼から危険な依頼、はたまた命を失いかねないような過酷な依頼だって来る事はある(まだ仕事自体少ないので来た事は無いが)。

しかしそんな店を開くことを決意したからこそ、麦野はどんな仕事でもやり遂げようという信念があるのだ。例えやり方がグダグダでも彼女なりにこの町で生きて行く為に精一杯努力しようとしているのは確かだと、素っ気ない態度ながら銀時は理解した。

 

「まあ俺は写真見てないから誰を探すのか知らねぇけど。とりあえずこの辺口コミしながら探してみればいいんじゃねえの?」

「先輩ぶったご忠告どうもありがと、なに? まさかアンタ手伝ってくれんの?」

「冗談いうなよ、俺にはなんの関係もねぇ話だ。さっさとウチ帰って寝る」

 

生憎銀時は万事屋でもなんでもないので即刻帰ると宣言する。それもその筈、知り合いの人物に危害が加わる様な出来事であれば話は別だが、この話はあくまで真撰組関係のお話、真撰組などの為に働くなどごめんこうむるのが銀時の心境だ。

 

「じゃあな小娘、俺が預けたガキよろしくな、あとリーダーも」

「アンタも常盤台に私の店の宣伝忘れないでよね」

「ああそんなのあったな、え~と」

 

踵を返してかぶき町の出口へ向かおうとする銀時の背中に麦野が釘を刺すと、彼はとぼけた様子で振り返って首を傾げながら

 

「金髪のガキを預かってもらう代わりだっけ?」

「ちげぇよ! 絹旗を預かる代わりにだろ! 面倒事もう一つ増やそうとしてんじゃねぇぞ!」

「いやもう一人増えたって問題ないんじゃないの? ホラ、三人組が出来たなら次はマスコット的なアレとか必要だと思うんだよ俺」

「マスコットとかいらねぇよ! そのガキを連れてきたら速攻で蹴り飛ばすからな! つか殺す! 上半身と下半身を分断させて!」

 

またもや変な持論を持ち出す銀時に麦野は一喝した後、銀時が行く方向とは反対の方へ歩き出す。

 

「あばよ、第三位と第五位によろしく」

「なにをよろしく? ああ、お前等と同じレベル5なのにかなり惨めな人生送ってる年上のお姉さんからって言えばいいの?」

「おめぇいつかマジでぶっ殺すからな……」

 

最後まで何かと突っかかって来る銀時に殺意が芽生えかねないぐらいイラッとしながら。

麦野と銀時はそれぞれ反対方向へと歩き出した。

 

「殺す殺すうるせぇガキ……」

 

銀時は背を向ける彼女に向かってボソッと呟きつつ、二人の距離は次第に離れていくのであった。

 

 

 

 

 

一方その頃、麦野に放置されていた浜面仕上はというと

 

「どうだ明るいだろう、かぶき町は欲望渦巻く快楽街、夜でこそ真の姿を現し、そこらかしこで希望が満ち溢れ、絶望で身を落とす。常に快楽と危険が隣り合わせのとんでもねぇ場所なんだぜ」

「そうですね、で? それ誰が言った言葉なんですか?」

「……銀さん」

「ですよね、ここに来る途中で私もそれ超聞かされましたから」

 

新しくメンバーとして加わった絹旗最愛と呑気に町を見て回っている所であった。

かぶき町は夜も明るい、多くの人とすれ違い、町にある店は煌びやかに輝く怪しげお店ばかり、歩いてる途中目がチカチカするのか、絹旗は何度も瞼を擦る。

 

「前に一度来た事あるんですが、その時は全然町並みを見ていなかったんですよ。こんな時間でも人がこぞって超集まるんですねこの町は……私人ごみとか超嫌いですから不満です」

「俺も最初はこの光景には驚かされたけどよ、麦野の後をついてく内にすっかり慣れちまったよこんなの。お前もこれからここで生活してりゃあ嫌でも慣れるさ」

「超自信ないですね……はぁ、なんか超銀さんの家に戻りたいんですけど」

 

かぶき町という今まで踏み込んだ事のない領域で軽くホームシック気味になりながら、絹旗は適当に前へ歩いて行きながら隣にいる浜面に質問する。

 

「ていうかなんか色々な人いませんかここ? 今どき髷を結ってる人がいたなんて超驚きです」

「この町は学園都市の中では唯一時代が止まった場所だからな。なぜここだけそうなったかは知らねぇけどよ」

「不思議な町ですね、それとなんであんなに超エッチな店が並んでるんですか」

「それはお前、ここは本来大人しか来れない場所だからそういうお店が並ぶのがこの町にとっては普通であって……」

「あそこの『調教豚小屋フルバースト!!』ってどんなお店ですか? 超興味あります」

「いかんいかん! お前みたいなピュアな心を持った純白な女の子が行っちゃいけない所だから!」

 

好奇心旺盛で何度も訪ねてくる絹旗に浜面は答えながらも、彼女が危ない店に入ろうとするのを何度も止めながら進む。

 

そうしていると目の前から猫耳をつけた団地妻と呼ぶべきか、ここら辺では珍しい天人がこちらに歩いて来た。

 

「ア、何シテンダオ前」

「げ……キャサリン……」

 

その天人こそ浜面がよく知っている人物だった。片言なセリフを使いながらこちらを胡散臭そうな目を向けてくる彼女に浜面は嫌なモンを遭遇しちまったと言う風にバツの悪そうな顔。

 

「買イ出シカラ帰ル途中ノ私ヲ待チ伏セシテイタノカ? 体ナノカ? 望ミハ私ノボディナノカ?」

「誰が興味持つか!! 全力でチェンジだ!!」

「うわ、浜面って相手が雌という性別ならなんでもいいんですね、超ドン引きです」

「俺が好きなのは包容力のある優しく可憐な女性だけです! コイツはキャサリンつってお登勢さんの所で働いてる天人だ!」

 

目を細めて一歩分こちらから後ずさりした絹旗に浜面は慌ててその天人、キャサリンを指さして説明すると、キャサリンは食材の入ったビニール袋をぶら下げながら腕を組んでフンと鼻を鳴らす、

 

「アノアバズレ女トイルノニ嫌気ガ差シテルカラッテ、マサカコンナ小便クサイガキヲ連レ込ンデイヤガッタトハ。死ンジマエヨコノロリコン野郎ガ!!」

「こんなチビッ子ノーセンキュー! それとロリコンは銀さ……!いやなんでもない……コイツは銀さんが無理矢理俺達に預けてきた万事屋の新メンバー! そうだろ絹旗!」

 

相変わらずヒステリック気味に噛みついてくるキャサリンにすっかり慣れた対応で浜面はすぐに絹旗に促すと、彼女は呑気な調子で

 

「ちーす今日から万事屋とかいう所で超働く事になった絹旗です、お登勢さんの所で働いてる人なんですね、これから超よろしくお願います」

「アアン!? オマエナンダヨ『超』ッテ! キャラノ個性ヲ強調サセル為ニ口調ニ変ナ言葉付ケルトカ!! ソンナ安易ナキャラ付ケダケデ生キ残レルト思ッテンノカゴラァ!」

「いや片言セリフの方がよっぽど安易なキャラ付けだろ……」

 

絹旗の喋り方に不満を持ったキャサリンが早速新人いびりを行うが、そんな彼女の方がいかにもキャラ付けっぽさが出てるのは気のせいだろうかと浜面は静かに呟いた。

 

「それよりよキャサリン、今絹旗にこの町を案内してる所なんだけどよ。なんかコイツに教えておくべき事ってあんの?」

「教エルベキ事? エロイ事デモナンデモ教エテヤリャアイイジャネェカ、コノエロ面。バレテアバズレ二殺サレロ」

「どうしてみんな俺の事を万年発情期の犬みたいな扱いにすんの?」

 

酷い言われように内心悲しくなってきた浜面に、キャサリンはしかめっ面で話を続けた。

 

「ソレナラコノ町ヲ取リ仕切ッテイル”かぶき町四天王”ニツイテ教エレバイイダロウガ」

「あ、噂では聞いた事あるなそれ……確かこの町の重鎮として四人の人物がそれぞれ束ねていて、そのおかげでこのかぶき町が成り立ってるって……でも誰なんだその四人って?」

「かぶき町住ンデテ知ラナイトカオマエ本当ニバカ面ダナ」

「しょうがねぇだろ! 麦野に聞いた事あんだけどアイツその四人が誰なのかは教えてくれなかったんだもん!」

 

哀れな物を見る目を向けてくるキャサリンに浜面が叫ぶと、彼女は呆れた様子でため息を突いた。

 

「”かぶき町四天王”ノ一人ハお登勢サンダ。コレダケハチャント覚エテオケ小僧」

「お登勢さんが四天王の一人!?」

「お登勢サン程ノ立派ナ人ナラ当タリ前ダロウガ! アノ人ハ別名『かぶき町の女帝』と呼バレテル程ノ人ナンダヨ! 恐レ入ッタカコノヤロー!!」

「いや確かに立派な人だけどまさかそこまで……」

 

思いがけない事だった、まさかあのお登勢がかぶき町を仕切る四人の内の一人だったなんて……驚愕する浜面にキャサリンは凄い形相で怒鳴り散らす。

 

「テメェヤアバズレミタイナクソガキガソウ簡単ニ話シカケラレル人ジャナインダヨバーカ!! 覚エトケ童貞!!」

「童貞関係ねぇだろそこ! マジかよ、この町で一番お世話になってた人がまさかそこまで偉い人だったなんて……でも銀さんが言うにはお嬢様学校の常盤台の理事長なんだよな……力があるのは当たり前か」

 

そう、そもそもお登勢はただ小さい店で細々と働いてるただの気前のいい女店主ではない。

銀時が働いているあの名門常盤台の理事長を務める程信頼と実績を兼ね備えた人物。そして町の住民から慕われ、一癖も二癖もある連中の相談相手に乗ってあげる圧倒的社交性。そんな人物がかぶき町の女帝と呼ばれるのもなんらおかしくない話だった。

 

キャサリンの話を聞いて納得する浜面の隣で、絹旗もまた「おー」と感心したように頷く。

 

「やはりお登勢さんは超凄い人だったんですね、私ますます尊敬するようになりましたあの人の事」

「ワカッタ風ナ口効イテンジャネェヨ小娘ガ! オマエモコノかぶき町ニ住ムナラ! 誰ガ上二立ツ存在カ誰ガ下ニ立ツ存在カシッカリ見極メテ置ケ!!」

「わかりました、まずはあなたを超下に見る事にします、浜面の次ぐらいに」

「え、俺アイツより下に見られてるの?」

「フザケンナヨ!! セメテミジンコヨリハ上ニ見ロヨ!」

「え、俺ミジンコより下なの?」

 

指さして叫んでくるキャサリンに絹旗は冷静に返す中、浜面が自分を指さして寂しそうに呟くが彼女は無視して目を逸らした。

 

「それじゃあ他の三人の事も超教えてくれませんか。四天王と言うんですからお登勢さんに負けないぐらい超凄い人なんですよねその人達?」

「ナンデモカンデモ聞ケバ私ガ優シク答エテクルト思ッテンノカクソガキ! コレ以上無駄話シテお登勢サンヲ待タセタラ怒ラレチマウダロウガ!」

 

尋ねてくる絹旗に対してキャサリンはガラの悪そうな態度で一瞥すると自分達が来た方向へ、お登勢の待つ店へと向かいだした。

 

「ガキ共! お登勢サンニ迷惑スル様ナ真似スンジャネェゾ!」

「……なんなんですか、あの猫耳という属性を超マイナスポイントにしてしまう人」

「あんな奴でも慕っちまうのがお登勢さんの高いカリスマ性ゆえなんだろうな……」

「私がお登勢さんの立場だったらあんな団地妻は即刻首から下をコンクリ床に埋める刑に処する所ですけどね」

「優しいなお前、俺なら首から下じゃなくて首から上を埋めるぞ、静かになるから」

 

去っていくキャサリンの背中を見送りながら絹旗と浜面はそんな会話した後、再び前を向いて歩き出す。

 

「それにしてもかぶき町四天王ですか、これは超興味深いですね、是非他の三人の事も知りたくなりました、浜面は会った事ありますか?」

「いや俺は四天王が誰だかよく知らねえし、さっきキャサリンが教えてくれたおかげでお登勢さんがその一人だとは知ったけどよ、他の三人は全く検討もつかん……」

「超役立たずですね浜面は。仕方ありません、この町の見物がてらに探してみましょう。さあ案内して下さい、役立たずなりに」

「ああ、誰か俺に優しくしてくれ……」

 

テキパキと物事を進めて行きながら歩いて行く絹旗に、項垂れたまま彼女に従ってついて行く浜面。下っ端としての臭いがいまだに強く残っている彼にとってはこんな理不尽な扱いなどすっかり慣れていた、主に麦野やフレンダのおかげで。

 

それからしばらく歩いていると、先頭を歩いていた絹旗が、とある店の前でピタリと止まって顔を上げた。浜面もまた止まり、黙って彼女と一緒に顔を上げて店の看板に目をやる。

 

『かまっ娘倶楽部』

 

店の名前だけでここがどんなお店か容易に理解できた浜面、「うわぁ……」という一言だけを呟いて早く行こうと絹旗の背中を押して促す。

 

「視界に入れる事さえヤバいと感じるお店だ……さっさと行こうぜ、ここにいたら危機感を覚えるんだよ、特に俺が」

「え~なんか超楽しそうですよここ、ちょっと覗きに行きましょうよ」

「ダメだって! だってここって間違いなくオカマの……!」

 

ワクワクした様子で逆にこちらの服の袖を引っ張って店に行こうとする絹旗に、浜面が必死に叫ぼうとしたその時

 

「そう、ここは”私達オカマ”が働く聖地。『男として気高く』、『女として美しく』という”ママ”の信条を兼ね備えたオカマによる癒しのオアシス……」

「ひッ!」

 

いつの間にか背後から聞こえた女性の様な口調でありながら男性の様に野太い声。

その声を聞いてビクッと肩を震わせる浜面だが、その肩に後ろから忍び寄って来た声の主が優しく手を置くのを感じる。

 

「ちょっとボク、ウチに寄ってみないかしら……可愛い子には”特別サービス”もあるのよ……ウフフ……」

「いぃぃぃぃぃぃです!! 結構です! 絶対に結構です! 俺はまだ普通の人間でいたいから!!」

 

自分の肩の上からにゅっと顔を出してきた人物に浜面は素っ頓狂な叫び声を上げて青白くなる。

ワカメちゃんヘアーの髪型に一際尖った”アゴ”に付いている青髭。

綺麗な着物を着飾ったその人物は間違いなくオカマさんであったのだ。

 

浜面に後ろから隙間も無いほどみっちり寄り添っている彼女を見て絹旗は「おお!」とサファリパークでライオンを見た様な驚きの声を上げる。

 

「超オカマです!! 凄いです初めて見ました!!」

「目を合わせるなー!! 何されるかわかったもんじゃねぇぞ!!」

「あら可愛らしいお人形さんみたいな子、かぶき町にこんなお子様がいるなんて珍しいわね」

「いいからアンタは離れて! それと青髭を俺の肩にジョリジョリ擦り付けないで! 感触が! 感触が気持ち悪い!!」

 

絹旗を見下ろしながらフフフと不気味な笑い声を上げる彼女に浜面が悪寒を感じて震えた。

かぶき町に住み始めてからオカマは何度か見た事あるが、この様に接触されたのは初めてなので恐怖で足がすくんでいる。

 

一方そんなオカマに子ども扱いされた事に絹旗はムッと表情を険しくしていた。

 

「お子様ではありませんよオカマさん、私は絹旗最愛という今日からかぶき町に住む事になった超大人の女です」

「いやだもう~超かわいい~!! もし女の子じゃなかったらウチの店のマスコットにしたいぐらいよ!!」

「む~このオカマ、私の事超ナメてる気がするんですけど」

「あら、ごめんあそばせ。可愛い子見るとついからかいたくなっちゃって」

 

不満そうな絹旗を見て歓喜の声を上げていたオカマは微笑を浮かべながら浜面からやっと離れると、改めて絹旗と対峙する。

 

「私はここのお店で働いてる”あず美”。よろしくね」

「ほぉ”アゴ美”さんですか。アゴが超尖ってるだけあって名前もまんまですね」

「アゴ美じゃねぇよあず美だつってんだろ! 小便チビらせるほど泣かしてやろうかこのガキィ!!」

 

優しく温和な態度から一変して額に青筋浮かべてブチ切れる”アゴ美”。

まるでモンスター映画に出てきそうな恐ろしい形相に、隣にいた浜面はすっかり怯えてしまっている。

 

「怖い……寝起き直後の麦野並に怖い……」

「あらぁ怖がらせちゃった~? ごめんなさいね~、でも怯えるアナタも可愛いわね~、ちょっとウチの店で働いてみない? オカマデビューして新境地開いてみましょう」

「断固お断りさせていただきます!!」

 

腰をクネクネさせながら気持ち悪い動きで近寄ってくるアゴ美に浜面がその場から後ずさりしつつ首を激しく横に振って嫌がった。

そうしていると絹旗が不意にアゴ美に話しかける。

 

「あの所でアゴ美さん、超聞きたい事あるんですけどいいんですか?」

「あず美だっつんだろ! もうなによ、美しくなれるコツでも聞きたいの?」

「いやそれは聞いても意味が無いのは”目に見えてる”ので、アゴ美さんはかぶき町四天王って知ってますか?」

「かぶき町四天王ですって?」

 

それを聞いてアゴ美は少し驚いたような顔を浮かべた。

 

「それを知ってどうするつもりなのあなた達?」

「私達今、四人がどういった人物なのか調べてる真っ最中なんです。万事屋としてこの町に住む事になったのですが、是非その町のボス達の事も知りたいと思っていましてね」

「万事屋? もしかしてあなた達、麦野ちゃんの所で働いてるの?」

「む、麦野ちゃんって……、ああそうなんだよ、俺は随分前からだけど、コイツは今日からなんだ」

 

アゴ美が麦野の事を知っているのにも驚いたが何より彼女をちゃん付けするとは……戸惑いつつも浜面が説明すると彼女は「へ~」と頷き

 

「あの子ちゃんと従業員を雇えるようになったのね」

「ま、まあ成り行きで……」

「なんだかちょっと安心したわ」

 

そう言ってアゴ美はフッと笑って見せた。

 

「あなた達みたいな子達ともつるむようになって何よりだわ、昔から何かと縁作るのが下手な子だったから」

「それはまあ察するな……アイツ人付き合い絶対苦手だし」

「まあそこがまたチャーミングなんだけど、ウフ」

「オカマの包容力すげぇ……」

 

浜面かして言えば彼女はデレ成分の無いツンの塊。口を開けばワガママ、いざ手を動かせば即暴力、足を使えばとんずらかます。つまり典型的な自分中心型の人間であった。

しかしアゴ美からすれば今の彼女は大分可愛がってるみたいで。

頭に手を当て浜面が信じがたい事に悩ましていると、アゴ美は「そういえば」と話を切り替えた。

 

「あなた達かぶき町四天王の事知りたいって言ってたわよね、お登勢の事は当然知ってるでしょ」

「ああ……」

「それならとっておきの人を教えて上げるわ、その人は私達オカマの求道者にして絶大なる権力を持ったかぶき町四天王の一人」

 

うっとりした表情で手をアゴに当てながらアゴ美はそっとその名を呟いた。

 

「鬼神・マドモーゼル西郷。ここのお店の店主でもあり行き場の失った私達にオカマとして生きる道を進めてくれた、いわば私達のママ……」

「……オカマが四天王の一人」

「ほほぉ、オカマさんが。インパクトは顔だけではなかったという訳ですか」

 

オカマが四天王の一人と言われて浜面は微妙な反応をするが絹旗は感心したように頷く。

アゴ美は彼女に対し「そうよ」と言って力強く頷いた。

 

「オカマは見た目だけじゃなく心も美しいのよ、ママはその中でも特別。かぶき町であの人よりも男らしさと女らしさを兼ね備えた人はいないわ」

「そりゃ男と女の真ん中に立てるような人だからな……その人店にいんの?」

「いいえ、生憎今は外出中だから会えないのよ、”ナンバー1ホストの狂死郎さん”目当てで高天原かしら」

「ああうん……いないならそれでいいんだ、むしろ良かった……」

 

今はその西郷というオカマの大将はここにはいないと知り内心ホッとする浜面。

アゴ美でさえビクついてしまうのにさらにその上を行くオカマに出会ってしまったら恐怖で失神する自信がある。

 

「これで二人目、後はもう二人。けどよ絹旗、もういいだろ、四天王なんて覚えなくても大丈夫だって」

「何言ってんですか浜面、ここまで来たんだから是非あとの二人も超知っておくべきです、ねえアゴ美さん」

「あず美つってるでしょ、聞き分けない子はタマ取るわよ」

「いえ元から持ってませんので」

 

いたいけな少女相手に際どい発言をした後、アゴ美は突然浜面の方へ真剣な表情になる。

 

「でも確かに四天王の事は知っておいた方がいいわよ、ママやお登勢はカタギの連中にも優しいけど残りの二人はマズいわ。”あの二人”の縄張りに入って下手な真似起こしたらとんでもない目に遭わされるだろうし」

「え……そんなにヤバいの?」

「敵に回したらまずこの町に住めなくなるでしょうね」

 

お登勢、西郷、そしてもう二人の事は浜面はまだよく知らないがアゴ美が言うには余程恐ろしい存在らしい。運悪くその二人の機嫌を損ねたりでもしたらここに住む事さえ許されない、それを聞いて浜面がゴクリと生唾を飲み込んでいると背後から

 

「おいぬし等、まだ学生じゃろ。こんな所で何をしている、ちょっとこっち来なんし」

「へ?」

 

後ろから鋭い女性の声が飛んできたので浜面がそちらに振り返ると

顔に傷は付いているがそれも関係ないほど凛々しい顔立ちをした女性がキセルを手に持って立っていた。

浜面は彼女を見てハッと思い出した。随分前に銀時達が大暴れして自分達を助けてくれたあの事件、ニセ攘夷浪士の討伐の後掃除にやってきたアンチスキルの人間だ。

 

「アンタ確か銀さんの知り合いのアンチスキル?」

「む? よくよく見ればぬしはあの時の、どうしてこんな所にいる?」

「いや銀さんにここに住んでみろって言われて流れで……お登勢さんからはちゃんと許可取ってるんすよ?」

「そうであったか、銀時の奴め、主らの様な子供をこんな危ない場所に預けるとは」

「いや俺は俺でここに来れた事は正解だと思ってますから……一応」

 

月詠、銀時と同じ常盤台の教師で夜勤担当のアンチスキル『百華』の頭領。

浜面の事も覚えておいてくれたのか、表情には見せないが警戒する様子は消えていた。

 

「するとこのちっこい娘も銀時がこの町に置いたのか」

「ちっこい娘じゃなくて絹旗です、はぁ、自己紹介して回るのも超大変ですね……」

「己の名前を周りに覚えて欲しいのであれば必要の事でありんす。わっちは月詠、アンチスキルに所属する銀時の同僚じゃ、以後よしなに」

「しかもまさかの銀ちゃんさんのお隣さんと同じ名前ですか、間際らしいですね……」

 

名乗る月詠を眺めて合法ロリのチビッ娘教師が脳裏にチラつく絹旗だが、月詠は特に気にせず彼女と浜面の背後にいるアゴ美に話しかける。

 

「ちと尋ねたいんじゃが、この辺で何か変わった事はないか?」

「ん~変わった事なんてしょっちゅうあるからどれを言えばいいかわからないわ」

「それは知っとる、怪しい人間がうろついているとか、なにか事件とかあったら教えて欲しいと言っとるんじゃ」

「かぶき町に怪しい人間がうろつくのも、どこかしらで事件が起きるのも当たり前なのよね」

「そうじゃったな、いまわっちが話してる相手も十分怪しい人間じゃった。そのアゴは凶器か何かか? ちゃんと許可取っているのか? ちょっとウチに来てもらおうか」

「アゴが銃刀法違反に引っかかる訳ねぇだろ! 刺してやろうかゴラァ!!」

 

冷静に自分のアゴを眺めながら尋ねてた月詠に烈火の如く激怒するアゴ美。

 

「この辺はママの縄張りなんだからこの辺で悪さ起こすようなバカはいないわよ!」

「ふむ、噂によく聞くかぶき町四天王の一人、マドモーゼル・西郷か。確かにあの者のおかげでここら近辺はかぶき町を基準として考えればそれなりに悪くない治安じゃったな」

 

一喝するアゴ美に月詠はなるほど頷きながらキセルを口に咥えてプカ~と煙を吐く。

 

「しかしここら辺の治安が良くとも、”孔雀姫”の縄張りではまさに阿鼻叫喚の嵐。かぶき町全体の治安が良くなるのはありえぬ事かもしれんの」

「孔雀姫?」

「孔雀姫ってなんですか? おっきい月詠さん?」

「ぬし等知らんのか? 全く銀時はこの者らに何も教えておらんかったのか……ならこれを機会によく覚えておくでありんす」

 

ポロッと漏らしたその名に浜面と絹旗が早速食いつくと、何も教えて上げていなかった銀時に呆れながら月詠は二人に口を開いて説明を始めた。

 

「孔雀姫・華陀≪くじゃくひめ・かだ≫。このかぶき町で四天王の一人として君臨する一人じゃ。今のかぶき町にある賭場はほとんどが彼女一人の手の上で動かされていると言っても過言ではない」

「浜面、賭場ってなんですか?」

「ギャンブルは知ってるだろ。それらを主に扱って色んな人を招く場所を賭場っていうんだ。その賭場の大半を支配しているのがその孔雀姫の華陀って人らしい」

「賭け事をする場所ですか、一度超覗いてみたいです」

「止めとけ、賭け事ってのは素人が迂闊に首突っ込んだらヤケドだけじゃ済まされねえぞ」

 

話を聞いて早速興味津々の様子の絹旗だが浜面はすぐに釘を刺す。月詠とアゴ美にそれに同意するように頷いた。

 

「かぶき町の賭場に無暗に足を突っ込むのはおススメできん、特にぬし等子供にはな。華陀にとってみればいいカモにしかならぬ」

「あの女が支配する賭場は本当に悪どいのよ、命だって賭けの対象にするんだから……華陀の縄張りじゃそういう負けた連中の悲鳴が絶えなく聞こえると言われてるぐらいよ」

「おいおい洒落にならねぇだろそれ……この辺でもよく賭場をあちらこちら見かけるけど、遊び半分で入ろうとしないで正解だったぜ……」

 

孔雀姫・華陀。

女だというのはわかるが支配する場所と彼女が下す行いには浜面も戦慄する。

彼自身、賭け事なら昔はスキルアウトの仲間同士でやった事はあるが

そんなレベルでなく正に命がけのギャンブルがかぶき町でははびこっているのだ。

更に月詠は話を続ける。

 

「それに華陀自身にも色々とヤバい噂がありなんし、奴はあまり公の前に姿を現さないが、裏では”人間ではない危険な連中”を手練れとして操っているとか」

「ウチのママやお登勢と同じ”レベル5”を傍に置いてるとも聞いたわよ」

「華陀自身が流した法螺話じゃと思いたいがの」

「私もそう思いたいわ、まあ仮に華陀の噂が本当だとしても、ウチにはママとていくんがいるから大丈夫だけど」

 

華陀の支配する縄張りだけでなく彼女自身にも良からぬ噂がこの辺でもはびこっているらしい。

かぶき町四天王、3人目の話をよく聞かせてもらって浜面はすっかり顔色を無くして情けない表情になっていた。

 

「なんて奴がいるんだこのかぶき町ってのは……俺は本当にこんな所で生活できるのか……」

「超今更ですよそれ、私より長くここに暮らしておいて何を言うんですかあなたは、ていうかあの麦野さんって人も十分ヤバいんですよね?」

「いや麦野は少なくとも命取るまではしないから……」

「まあ麦野ちゃんは根は悪い子じゃないのは確かね、喋り方は物騒だけど」

 

しっかりしろと年下の絹旗に言われてますます惨めに感じている浜面に追い打ちをかけた後、アゴ美は絹旗を見下ろしながらそっと目を細めた。

 

「女帝・お登勢。鬼神・マドモーゼル西郷。孔雀姫・華陀。そして最後の一人、いい絹旗ちゃん。特にこの一人には気を付けるのよ」

「華陀という人よりも気を付けるべきなのですか?」

「ある意味じゃそいつの方が危険なのよ、縄張りや人の目も関係なく好き放題暴れ回って厄災を撒き散らせる連中のトップに立つ男なの。なにせそいつは……」

 

絹旗に対し神妙な面持ちでアゴ美が何か言おうとしたその時……

 

「ほ~ん、厄災をまき散らすっちゅうのはまさかわし等の事かいな? 西郷の所の連中も随分とえらく上から目線で物言う様になりましたな~」

「!!」

 

横から飛んできた呑気そうな男の声にアゴ美は鋭い反射神経ですぐにバッと振り返る。

月詠と絹旗にそちらへ、遅れて浜面も「何事?」と呟きながらそっちに目をやった。

 

「でも厄っちゅうモンは目に見えへんモンやし降りかかるモンは運の無いアホだけじゃ。一般人の目に見えて、しかも毒にしかならへんオカマをぎょうさん量産しとるアンタ等のボスよりはかぶき町に貢献してるとわしは思うんやけどな」

「あ、あんたは!」

 

唐突に現れたのは口に長い楊枝を咥えた”七三分け”の男だった。

出で立ちからは不穏な気配を忍ばせ、ニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてくる。

 

驚いてるアゴ美の隣で月詠が睨み付けるような視線を彼に向ける。

 

「ぬしは確か、溝鼠組の若頭……」

「”黒駒勝男”っちゅうもんですわ、どうもお巡りさん。アンタ等にはようウチの若いモンがお世話になっとるみたいで」

「フン、その借りでも返しに来たというのか?」

「いやいやそんな血気盛んに構えんといてや、いくらなんでもお巡り敵に回す様な真似しませんやウチも、わしはただこの辺通りかかっただけですわ」

 

黒駒勝男、そう名乗る男は月詠に対し余裕な調子で受け答えすると、彼女の傍にいる浜面と絹旗の方へふと視線を向ける。

 

「なんやコイツ等、かぶき町にガキがいるたぁ珍しいな。さては若いモン特有のテンション上がり過ぎてアホな真似しようと思うてこんな所に来てしまったんか? 盗んだバイクで走り出そうと思うたんか?」

「浜面、誰ですこの人?」

「いや俺も知らないんだけど……アゴ美さん、この人何者?」

「あず美よ。コイツはママが目の敵にしてる溝鼠≪どぶねずみ≫組の所の若頭。つまり極道のモンよ、ヤクザよヤクザ」

「ああなんだヤクザか、なるほどなるほど……ヘッ!?」

 

黒駒を指さして説明するアゴ美にごく自然にわかった様に頷いた後、ギョッと目を見開く浜面。

つまりこの男はゲームや映画でしか見た事のないあの……

 

「黒駒勝男や、よろしくなにぃちゃん、まあかぶき町に住むでもしない限りもう会わへんけどな」

「浜面仕上です……(オカマとかヤクザとか……本当にどうなってんだよ一体……)」

 

目の前にいる男がヤクザだと知って内心心臓バクバク鳴らしている浜面。

 

しかし滅茶苦茶ビビってしまっている彼の隣ではじ~っと黒駒を見つめる絹旗が。

黒駒もその視線に気づいて「ん?」と目を下に向ける。

 

「これまたちっこい娘やな、にぃちゃんの妹かなんかか?」

「おじさん、超聞きたい事あるんですけどいいですか?」

「おうおうなんでも聞いてみぃや、わかる範囲ならちゃんと答えてやるで。わしは極道やけど子供には優しくしようと心がけてるんじゃ」

 

そう言って笑みを浮かべながら頷く黒駒に絹旗は直球で

 

「その超古臭い髪型は罰ゲームかなんかで強要されてるんですか? それとも素で自分で選んでその髪型で今まで生きてきたんですか?」

「なんやとコラァァァァァァァ!! この黄金比率を見事に体現した七三分けのどこが古臭いんじゃボケェェェェェェ!! 7:3という全ての原理や法則の起源をバカにしとんのかワレェ!!」

「速攻で心がけ捨てた!!」

 

触れちゃいけない部分だったのか、いたいけな子供相手に突然唾を撒き散らすほどキレる黒駒についツッコんでしまう浜面。彼の肩に月詠がポンと手を置く。

 

「奴はこの辺じゃ有名な極道。歯向かう者は容赦なくコンクリ詰めのドラム缶へ投げ落とす事も容易にやるような男で実力も相当な腕前を持っておる、迂闊に敵に回さないよう気を付けるんじゃぞ」

「そんなにヤバい人なの……」

「溝鼠組も知らんのか?」

 

ここまで何も知らないのによく今まで生きてこれたなと呆れた表情で月詠は口を開いた。

 

「店に行ってヤクの売買を客にやれと強要させるのも当たり前、気の食わない相手がいればその者の縁者にまで危害を与え、かぶき町で好き勝手やろうというのであればその意欲事叩き潰して裸にして捨てると悪どい事ならどんな汚い手でも平気でやる。多くの組員が存在し、この町全体を支配しかねない脅威を持った連中じゃ」

「そんな連中をなんで野放しにしてんだよ……アンタ教師やってても一応警察組織の人間だろ……」

「警察ゆえに手を出せない所もある、下っ端程度ならこちらで処理する事もあるが、溝鼠という名前通りいくら捕まえてもキリがない。頂点に立つ男の権力が強すぎて、こ奴等がかぶき町にいる間はこちらも簡単に手を出せないのじゃ」

「その頂点の男って……」

 

早い話、非合法な悪行を次々と重ねている筋金入りの外道集団という訳だ。

その頂点に立つ者が一体どんな人物なのかと浜面が彼女に聞こうとしていると。

キレていた黒駒は絹旗を睨み付けながら怒鳴りつけている。

 

「おい小娘! お前どこの所の学校にいるガキじゃ! お前の学校に文句言いつけちゃる! 今更泣いて謝っても遅いでぇ! わしのこの七三分けという人知が生み出した素晴らしきセットを侮辱した罪は重いんや!!」

「私学校行ってませんよ? だから行き場が無いからかぶき町に来たんです、今日から麦野さんって人の所にお世話にになると決まったばかりですので、文句があるならその麦野さんに」

「……え? 麦野?」

 

絹旗が言うと突然黒駒は怒るのを止めてピタッと止まった。

 

「まさか麦野ちゃんの事かいな? まさかお前、麦野ちゃんの万事屋で働くんか?」

「そうなっちゃいました」

「おいおいマジかいな、麦野ちゃんの連れか。てことは迂闊に手ぇ出せへんやないか」

 

困った様子でポリポリと自慢の七三分けを掻く黒駒。

この極道、麦野といったいどんな関係なのか

 

「にしてもあの麦野ちゃんに仲間が出来るとは。わし等の前から消えて随分経ってしもうとったから心配しとったけど……」

「それで今は一応万事屋として”先輩”である浜面と一緒にかぶき町四天王が誰なのか超調べてる所です」

「はい? 先輩?」

 

先輩と言う言葉を聞いて黒駒は涙ぐむのをピタッと止めて顔を上げた。

 

「先輩ってどういう事? まさかこのいかにも使え無さそうな男も麦野ちゃんの所で?」

「働いてるみたいです、しかも一つ屋根の下で超仲良く二人っきりで住んでたみたいですね、はい」

「ふ、二人っきりで住んでたやと! それってそういう意味って事か!? そういう意味なんか!? 男と女で密接なランデブーしとるんかぁ!?」

「私の女の勘ですが、超ランデブーでしょうねきっと、あれ? ランデブーってどういう意味でしたっけ?」

 

麦野が異性と同じ場所で寝泊まりしてると聞くと目を血走らせてアゴの骨が外れかねないほど大きく口を開けて驚く黒駒。

そして傍でわけのわからそうに立っている浜面に飛び掛かって胸倉に掴みかかる。

 

「おうガキ! さっきの話本当か!!」

「うお! へ!? ま、まあ一緒に住んでるけど何か!?」

「お前凄いなぁ! よくもまああんな嬢ちゃんと一つ屋根の下で暮らせるなぁ! 死ぬ覚悟はいつでも出来とるっちゅう事か!?」

「出来てないんですけど!?」

 

なぜ会ったばかりのヤクザにここまで問い詰められてるのか浜面はよくわかっていないようだが。黒駒は彼の胸倉を掴んだまま片眉を上げた表情で

 

「本来ならあの子が自分で選んだ事やさかいに。これはわしが首突っ込む話ではないんじゃが……あの嬢ちゃんに手を出すとはそれなりのリスク背負うっちゅうのを覚悟するんやで……」

「いや確かにあの性格ならわかるっちゃわかるけど……てか別に手を出すつもりないんですけどこっち……」

 

浜面は困惑の表情を浮かべるが、黒駒は気にせずに咥えた楊枝が浜面に刺さりかねないほど顔を近づけながらコソコソと耳打ちする。

 

「元々あの子はウチの”おじき”に喧嘩吹っかけて来るほどチャレンジャーな嬢ちゃんなんじゃ……理解できるか? ウチのおじきのタマ取るためにヤクザの巣窟にカチコミ来たんやで?」

「へ!? いや待て待てちょっと頭の整理つかねぇ! ヤクザに喧嘩売ってたのアイツ!? てかそのおじきって人は何モンだ!!」

「はぁ何言うてんねん! ウチのおじきはかぶき町四天王の一人! 大侠客と恐れられ! この町に潜む闇を体一つで背負うとしとるわし等溝鼠組の頭!! その名は”泥水次郎長”親分様じゃい!!」

 

四人目のかぶき町四天王の名を叫ぶと、黒駒は浜面の肩に手を回すとニヤリと笑いかけた。

 

「ええか、この名前ちゃんと頭にインプットしておくんやでガキ、いくら麦野ちゃんの男でもわし等はなんの躊躇も無くタマ取るからな……かぶき町で1秒でも生きたいんなら、わし等を敵に回すな、ええか?」

「は、はい……! しかと頭の中に刻み付けておきます……! 泥水次郎長親分っすね……!」

「それでええんや」

 

ビビりながら返事をする浜面に満足したのか、黒駒はヒラヒラと手を振りながら行ってしまった。

 

「ほな、また。かぶき町の生活楽しんでな」

 

現れる時も去る時も、どことなく不気味な雰囲気の漂う男である。

 

「怖ぇ~ヤクザ怖ぇ~……あんな奴等の親分に喧嘩売ったのかよ麦野……」

「あんな見た目超ダサい奴、私なら瞬殺出来ますけどね」

「頼むから絶対手は出さないでくれよ……」

 

完全に黒駒をナメてる絹旗を浜面は半ば必死になだめようとする。

相手は極道だ。喧嘩でも売ろうものなら確実に恐ろしい目に遭わされる。

無論、絹旗の先輩として同じ場所で働く浜面にも危害が及ぶという訳で……

 

「一体全体……どうして麦野はあんな連中に喧嘩売ったんだ……?」

 

 

 

 

一方その頃、謎のモジャモジャ男の捕獲作業を土方に任された麦野はというと

浜面達とは少し離れた所にある路地裏で捜索の真っ最中だった。

 

「クソ……全然見当たらないわね」

 

あの見た目だ、公の場所では目立たない方がおかしい、つまり街中を堂々と歩けない筈。

ゆえにこういう人が立ち寄りそうにない場所に来ると思っていたのだがどこを探しても見当たらない。

 

「かぶき町の裏道ならほとんど覚えてるし、一つ一つしらみ潰してみるか……たむろってるゴロツキがいようが私には関係ないし~」

 

どうやってそこに入ってると推理したのか、青いゴミバケツを開けて中身に顔を突っ込まながら麦野が呟く。中にはもちろんここの住人達のゴミしか入っていない。

 

そして顔を上げてもう一つあったゴミバケツの中身を覗こうとしたその時

 

「遂に残飯漁りにまで手を出すぐらい落ちぶれちまったのか小娘」

 

中のゴミをチェックしていると不意に背後から聞こえた声に麦野は僅かにピクリと肩を動かして反応した。

声は男性、それも結構年の食ってるしわがれた声

 

麦野が黙って顔を上げて振り返らずに無言で立ちすくんでいると、また背後にいる男が話しかける。

 

「俺はわざわざあのババァにこの町からほおり出せって忠告しておいたんだけどな、どうしてここにいんだお前」

「生憎、私の居場所は私が決めんのよ」

 

募る苛立ちを抑えつける様に言葉を吐き捨てる麦野だが、後ろからはフンと鼻で笑い飛ばすのが聞こえた。

 

「ガキが生意気な口叩いてんじゃねぇよ、大人のいう事はちゃんと聞いておかねぇと後で後悔するぜ、死にたくねぇならこの町から消え失せろ」

「誰に指図されようが知ったこっちゃないのよ、私は私自身でこの町に残ると決めた。例えアンタに言われようがね、かぶき町四天王の一人と呼ばれ、大侠客と称されているアンタでも」

 

非情な言葉を投げかける男の方へ、麦野は口元に薄ら笑みを浮かべて振り返る。

 

 

 

 

「そうだろ、”泥水次郎長”親分様よ」

 

お登勢とそう変わらない年であろう白髪色黒の男性が、腰に一本の刀を差し着物を風になびかせながら、不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 


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