禁魂。   作:カイバーマン。

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第三十一訓 破壊少女、かつての敵から仕事を貰う

夜、かぶき町は今日も多くの人達がはびこって賑わっている。

万事屋アイテムの下にあるお店、スナックお登勢もまた仕事終わりの男達が愚痴をこぼすために集まってはワイワイと飲んで食って騒いでいた。

その中で少し場違い感のある者が二人。

本来大人しか入る事が許されないかぶき町で特例として住む事が許されている浜面仕上と

銀時の紹介で晴れて万事屋の新メンバーとなった絹旗最愛が、この店の店主であるお登勢の前にあるカウンターで堂々と座っていた。

 

他のお客の相手を一通り終えたお登勢はタバコを咥えながら浜面達の方へ近づく

 

「銀時にどっか普通の生活が送れる場所に預けておけって言ったのに、まさかアンタ達の所に置いて行くとはねぇ、アイツも何考えてんだか」

「元はと言えばお登勢さんがコイツを銀さんに預けたんだろ? 厄介者を俺達が世話する事になるんだから、お礼として家賃安くしてくれるとかしてくれねぇかな」

「それはそれ、コレはコレだよ。家賃はビタ一文まけるつもりはないからね」

「わかってるよ、言うだけ言ってみただけさ……」

 

家賃下げを軽い気持ちで要求する浜面をあっけらかんとした態度で一蹴すると、お登勢は後ろにある酒の棚から一本取り出して栓を抜いた。

 

「ま、家賃は下げないけどこれ一本開けてやるよ、私の奢りさ」

「うおー! 久々のお酒だ! 超嬉しい!! 家賃下げるよりもそっちの方がずっといい!」

 

微笑みかけながらグラスに並々と酒を注いでこちらに渡してくれたお登勢に浜面がバカ丸出しで歓喜の声を上げていると、お登勢は彼の隣に座っている絹旗の方へ振り返る。

 

「アンタも何か飲むかい?」

「えーと、私未成年だからお酒飲めませんので……ウーロン茶とかあります?」

「あるよ、ちょっと待ってな」

 

何故か緊張した様子で彼女の方へ恐る恐る顔を上げながら頼む絹旗。

お登勢が裏の方へ行ってしまうと奢りで貰った酒を飲みながら浜面は絹旗の方へ振り向く。

 

「なにそわそわしてんだお前? こういう店初めてだろうから落ち着かないのもわかるけど一杯飲めよ、多分お前の分も奢ってくれるぜ」

「あのですね、私はお登勢さんには色々とお世話になったんですよ、厄介者の私の世話する相手を決めたりかぶき町に住む事を許可してくれたりと本当に色々やってくれました」

「ああ、俺もそういう事してもらったよ」

「それでですね、最近気づいたんですけど私って好意的に接してくれる大人の女性ってものに弱いんですよ、銀ちゃんさんの隣人の月詠さん(月詠小萌)にも結構恐縮してましね……」

「確かにあの人もいい人だったなぁ、フレンダの事でもお世話になってるし」

「ああいう方達は全然嫌いじゃないしむしろ人生の先輩として超尊敬できますけど、どう上手く喋っていいのかわかんないんですよね……」

 

絹旗も結構奥ゆかしい一面もある様子。

銀時や神楽の様なタイプには気楽に接するし。

美琴やフレンダみたいな相手なら邪険に扱えるが。

お登勢や小萌の様な優しくて頼りがいのある芯の強い女性との接し方はわからないらしい。

それを聞いて浜面は「ふ~ん」と言いながらグイッとグラスに入った酒を一口飲むと

 

「俺と話すような感じで良くね?」

「浜面みたいなバカ相手と同等な会話をするとかふざけてるんですか? 私そこまで無礼じゃありませんから」

「今、万事屋の先輩相手に猛烈に無礼な真似してるのはいいの?」

「浜面相手なら超問題ありません」

 

真っ直ぐな目でしっかりとこちらと目を合わせながらきっぱりと言ってのける絹旗。

浜面が彼女と会ったのは今日であり、しかもであって僅か数時間程なのだがどうも彼女は浜面の事はかなり下に見ている様だ。

 

「なあ、俺ってお前に何もやってないよな……どうしてそんな俺に対しては常にファイティングポーズ取ってるみたいな態度なの? 仲良くしようぜ、これから万事屋として仲間になるんだからさ」

「銀ちゃんさんの家にいた頃、隣人である月詠さんの所にあなたの彼女も居候してたんですよ、名前なんでしたっけあのサバ臭くて頭悪そうな女?」

「フレンダな、それと言っておくけどアイツは俺の彼女でもなんでもないから。銀さんになに吹き込まれたかしらねぇけど、アイツと俺はただのダチ」

 

酷いい方をする絹旗だが浜面が丁寧に答えてあげると彼女はぶすっとした表情で

 

「その人から散々あなたの件について愚痴の相手にされてきたんですよ私は。これで私があなたに超ムカついてる理由がアホの浜面でもさすがにわかるでしょ?」

「あーうん……ごめん。いや俺達って普段互いに愚痴り合う事がよくあったから……」

「朝から晩まで浜面浜面と超うるさくて仕方なかったですよ、あれでただのダチだと言うとか何様ですかあなた? どう見てもダメな彼氏に依存しているダメ女でしたよ」

「いやアイツが俺にそんな好意持ってるのはあり得ない!」 

 

絹旗の推測に浜面は自信満々で否定する。

 

「何故ならあいつは俺に優しくないからだ!!」

「優しくしてくれるだけが好意を持ってるアピールになるとは超思えないんですがね」

 

フレンダが自分の事を特別な異性として見るなど絶対にありえないと確信している目で返事する浜面に絹旗は呆れた様子で顔をしかめていると。

 

裏に行っていたお登勢がコップに入ったウーロン茶を彼女の前に持ってきてくれた。

 

「ほら飲みな、なんか食いたいモンでもあるかい、ウチは飲み屋だから軽めのモンしかないけどね」

「いえいえお構いなく……ウーロン茶だけで超満足です……」

「なーんかぎこちないねアンタ、やっぱりかぶき町に来たばっかだから緊張してるのかね」

 

かぶき町に来たからではなくお登勢と会話する事に緊張しているのだが、お登勢自身はわからない様子で、不意に浜面の方へ向き直す。

 

「ちょっとアンタ、どうせ今ヒマなんだろ、この子連れてちょっと町の中を案内してきな、酒飲み終えた後でいいから」

「え~今から……しかもコイツと二人っきりで……」

 

急な事に浜面は表情を曇らせて隣を見る、ウーロン茶をごくごく飲んだ後、絹旗がむすっとしたままこちらを見据えてきた。

 

「なんですか浜面? こんな超美少女な私と夜のデートに洒落込めるんですよ。超興奮モンじゃないですか、手を出そうとしたら速攻でグチャグチャの肉塊にしますけど」

「自分で美少女とかいうなよ、あと俺にとっての美少女というのはグチャグチャとか肉塊とか生々しい事言わない」

「ま、あなたがいなくても私は一人でこの辺ぶらつくぐらいできますけどね、町並みを把握する為に見ておきたいとは思ってましたので」

「いやいや昼ならともかく夜のかぶき町を女の子一人で歩くとかヤバいぞ? かぶき町はそんじゃそこらの地区よりもずっと危険な場所なんだよ、本来お前みたいなチビッ子がいていい場所じゃないんだぜ元々」

 

浜面に諭されて絹旗は一層むむむっと不機嫌そうな顔になる。まさかこんな奴に「ただの女の子」と評されてたのが癪に触ったようだ。

 

「度重なる非人道的な実験を行って得た能力者である私に危険が迫るとか超あり得ませんね、そんなモン全てこの手で軽く捻り潰してくれますよ。ちょっと行ってきます、ウーロン茶ごちそうさまでした」

「え、ちょっとおい! 一人で行くなって! ああもう!!」

 

ウーロン茶を一気に飲み干して絹旗は椅子からピョンと飛び降りてスタスタと店から出て行こうとする。浜面が呼び止めようとするも彼女はお構いなしに戸を開けて行ってしまった。

 

「ったくしょうがねぇな。お登勢さんこの酒キープしておいてくれ」

「後を追うのかい、それならこれ持っていきな」

「え?」

 

急いで絹旗を追いかけようと腰を上げた浜面に、お登勢は懐から財布を取り出して札を数枚だして浜面に差し出す。

 

「あの子もアンタもメシはまだなんだろ、これで案内がてらなにか食って来な」

「……それもアイツを預かってくれたお礼?」

「いんや私のきまぐれだよ、いらないなら別に構わないけど」

「いや貰う貰う! サンキューなお登勢さん! 今度手伝いが必要になったらいつでも呼んでくれよ!」

 

お登勢に感謝しつつ差し出されたお札を握りしめると、浜面はすぐに駆け出して店の戸を開けて出て行ってしまった。

 

「やれやれ、騒がしい連中だよ全く」

 

フッと笑いかけてタバコの煙を吐きながら、お登勢は「ん?」っと眉間にしわを寄せた。

 

「……そういやアイツ等の中で一番騒がしいあの娘はどこ行った?」

 

 

 

 

お登勢がある少女の行方に首を傾げている頃。

その少女である麦野沈利は、浜面に絹旗を任せっきりにした後に行きつけの屋台にやって来ていた。

 

「親父、がんもとたまご、あと焼酎水割り」

「へい」

 

カウンターに座るとすぐに当たり前のように注文する麦野に、年の食った店主がわかったように返事する。

そして彼女の隣に座った銀髪の男もまた

 

「親父、こんにゃくとちくわ、あと日本酒くれ」

「へい」

 

麦野の様な注文の仕方で頼むと店主はまたもやわかってる口ぶりで声を返した。

 

麦野の隣に座る男、坂田銀時もまたかぶき町にあるこの店の常連でもあったのだ。

 

「「あ」」

 

二人は偶然鉢合わせした事に気づくと特に驚きもせず普通に顔を合わせる。

 

「お前もよく来るのここ?」

「浜面から隠れてたまに一人でね」

 

カウンターに頬杖を突いて麦野が気楽に答える。

 

「外食は控えろってうるさいのよアイツ、だったらここの店より上手いモン作ってみろって感じ」

「へいおまち!」

 

浜面の愚痴を始めようとする麦野の前に店主がいい声を出しながらがんもとたまご、そして焼酎が出される。

本来未成年である彼女が飲む事など許されないのだがそこはやはりかぶき町ならではというか……。

出された麦野は割り箸を割って、それを躊躇せずに食べ始める。

 

「金ねぇんじゃねぇのお前等?」

「アイツが無いと思ってるだけ、こっちはこっちで隠し持ってんのよ」

「なけなしのヘソクリを崩した結果がこんな場末の屋台で消費か、バカだねお前も」

 

飯にありつきながら死んだ目で銀時が手痛い事を言うと麦野はイラッとした様子で彼を睨み付ける。

 

「店の中じゃなかったらすぐにでも惨殺死体に変えてやりてぇ所だわ」

「ガキが物騒な口の利き方してんじゃねぇよ、ウチの女王を見習え」

「常盤台のお嬢様の口の利き方なんて誰が真似するかよ、ところで」

 

山頂にある鮭を平らげた後、麦野はここで会ったのも何かの縁かと、第三位と第五位の世話をしている銀時に単刀直入に話しかけてみた。

 

「アンタ第五位や第三位とよくつるんでるでしょ? ぶっちゃけアイツ等どうなの?」

「どうって事ねぇよ、ただのバカだアイツ等。第三位の方のガキなんか引くぐらい友達を必死に欲しがってらぁ、まともに作れやしねぇけど」

「友達いない私から見れば、それが悪いのかどうかよくわからないんだけど」

「……お前それ自分で言って悲しくならないの?」

「全然」

 

キッパリと言ってしまう麦野に銀時は顔を曇らせる。

常に友達を欲しがるぼっちの美琴とは違い、彼女はそもそも最初から友達というものを必要としていないらしい。浜面の事は友人というより仕事仲間と言った感じなのだろう

 

「自分から開き直ってるならそれでいいけどよ……さすがに飲み合う仲ぐらいの相手は作っておけよ」

「私一人で飲むのが好きなタイプだから。それより第五位の方はどうなのよ、そっちもお友達作りに勤しんでる訳」

「アイツはそんなモンしなくてもお友達一杯だよ、女王なら今頃、布団にくるまってしゃべくり007でも観てんじゃねぇの?」

「常盤台の女王様がお笑い好きとか意外ね」

 

意外な趣味に麦野が少し驚くと銀時は吐き捨てるように

 

「本人は隠してるみたいけどバレバレなんだよ、しかもテレビのバラエティ番組を観て笑いのツボを研究して自分のモンにしようとしてんだよアイツ。一向に成長の兆し見えねぇけど」

「なにそれくっだらねぇ、将来の夢は冠番組が貰える女芸人ってか?」

「今年の祭りもやっぱ俺が演出と構成に回らなきゃな、アイツに任せたら去年の栄光が消し飛んじまうよホント……女王人間大砲とか面白そうだな、いっちょ月まで飛ばしてみるのもアリだな」

「”レベル5は人格破綻者の集まり”とはよく聞くけどまさにその通りね」

「お前が言うと説得力あるわホント」

 

麦野自身が言ってこそよく納得できるレベル5の評価に銀時は深く頷いた。

確かにレベル5というのはロクなのがいない、銀時は第三位、第四位、第五位しか知らないがその三人はとてもじゃないがまともと呼べるような少女達ではないのだから。

 

ロクに友達を作れないくせにすぐ調子に乗って破滅する第三位

常に凶暴性剥きだしで周りに人を近づけさせない第四位

リアクションの上手さは定評あるのに、己のギャグのセンスは壊滅的な第五位

 

レベル5になるという選ばれた素質を持つ者だからこそ、こんな残念な性格になってしまったのかと銀時が考えていると麦野はだるそうに呟いた。

 

「でもちょっと見てみたい気がするわね」

「え、女王人間大砲?」

「そっちじゃねぇよ、第三位と第五位。同じレベル5といったら私はまだ第二位のツラしか見てないし」

「第二位見た事あんのかよお前。”オカマの化け物”が世話してるのは知ってるけど俺まだ見た事ねぇぞ、どんな奴?」

 

第二位と聞いて今度は逆に銀時が興味を持った様子で尋ねると、麦野はフンと鼻を鳴らして

 

「いけすかないクソ野郎だよ、高天原ってホストクラブ知ってる? そこでナンバー2の座にいるのよアイツは」

「第二位がホスト? おいおいんな真似しなくても研究施設で実験に貢献すればもっと楽に暮らせるだろうが、何考えてんだそいつ。てかお前もなんでそれで稼がねぇんだよ、第四位だろ」

「アイツと私は学園都市からの援助金や研究参加も断ってるレベル5なのよ。もっとも私は万年金欠でアイツはホストとして成功して相当稼いでるみたいだから格差はあるわね、クソ、言うだけでもムカつくわ……」

 

腹立たしげに麦野はイライラしながら舌打ちしている姿を見ながら銀時は宇治銀時丼を食べつつ目を細める。

 

「どうしてこんな町で生きていこうと思うかねぇ、能力者としての自分を捨ててまで」

「別に私もアイツもレベル5という自分を捨ててはいないわよ」

 

山盛りになった鮭を削る様に食べて行きながら麦野は淡々とした口調で返す。

 

「でも出来るなら私は自分だけの力で自分だけの人生を送りたいの、だから私とアイツも能力は極力使っていない、使う時は”大切なモンを成し遂げる為だけ”よ」

「ウチの女王なんか能力を好き勝手に使いまくるから定期的に俺にシメられてるってのに」

 

何気なく呟く銀時に麦野は食べるのを止めて首を傾げる。

 

「アンタ達はどうしてレベル5相手に気軽に接する事出来るのかしらね。相手は人を簡単に殺せる化け物みたいなモンよ? それに向かって躊躇せずに拳振り下ろすとかマジ何考えてんのアンタ、それとあのババァ……」

「そんぐらい根性持ってる奴じゃねぇと務まらねぇよ世話なんて、なにせ相手がテメェ等みたいな問題児だからな、体罰なんて当たり前だよ当たり前」

 

そう言い捨てて銀時は店主が持ってきた酒を一口飲む。

 

「ババァとは上手くやってんのかお前」

「やってけてるわけないでしょ、口うるさいのよホント。私の母親かってんだあのクソババァ」

「ホントうるせぇよなあのババァ、老い先短ぇだろうにあんなに何度も頭に血昇らせてたら寿命縮むだろうによ」

「全くよ、後は枯れていくだけの人生なんだからゆっくり隠居でもしてろっつうの」

 

お互いお登勢には何度も説教されているのか話の合う二人。

いくら最強格のレベル5や木刀一本だけで圧倒的人数差を引っくり返せる侍でも敵わない者はあるのだ。

 

「なんかあのババァの事考えてたらイライラしてきたわ。飯食い終わったら久々に浜面でも誘って飲み行くか」

「一人で飲むのが好きなタイプとか言ってなかったかお前」

「愚痴を肴にしたい時は聞いてくれる相手が欲しいの、言っとくけど他意はないわよ」

 

基本は一人で飲むけど浜面なら同行しても良い、銀時と同じく店主が出した焼酎のおかわり飲み干した後に呟いた麦野に銀時はパンパンと両手を叩き始める。

 

「はいはい出ました~のろけ出ました~、言っとくけどこれでも金髪のガキを応援してるからね銀さんは。テメェみたいなアバズレにリーダー寝取られたの知ったらアイツ何しでかすかわかんねぇし。ウチの隣人にこれ以上迷惑でもかけられたら気分悪いしな」

「金髪のガキ? ああ浜面の友達とか言ってた奴? 言っとくけどウチは恋愛沙汰一切禁止にしてるから、色恋に気を取られて仕事を疎かにされたらたまったもんじゃないし」

「どこのアイドルグループ?」

 

万事屋のリーダーである麦野が提示するルールに銀時は無表情でツッコんだ後。注文していたおでんを一気に平らげるかのようにがっつき始める。

 

「ま、金もねぇ奴が恋愛沙汰にうつつを抜かすヒマもねぇだろうな。そうしてちまちまとおでんの具を一つ一つ頼んでる奴には」

「別におでんそんな好きじゃないし、酒のつまみになれそうなモン頼んでるだけだってぇの」

「わかってねぇなおでんの事を。いちごおでんって知ってるか? アレ、マジで美味いから、今度食ってみ」

「うげ、名前だけで胃もたれ起こしそう……やっぱり私は自分の好きなモン食うだけで満足だわ」

 

得意げな表情を浮かべてきた銀時に麦野は舌を出して吐きそうなリアクションを取った。

 

それからしばらく二人で黙々と食べていると背後からのれんが開いて別の客が入って来た。

 

その客は麦野の隣、銀時とは反対の席に腰を下ろすと早速店主に向かって

 

「親父、つまみはいらねぇ、熱燗くれ」

「へい」

 

店主のオヤジは相変わらず良い返事をするとすぐに客に酒を差し出した。

麦野はふと隣に座った男に目をやる

 

「ああ?」

 

その男はオフ用の普段着といった縁起の悪そうな黒い着物。

腰には鞘に収まった一本の刀を差し、目はしっかりと瞳孔が開いている一見クールな二枚目といった印象が窺えそうな男。

その男は……

 

「前に私にボッコボコにされた負け犬じゃないの、名前なんだっけ、”ひし形倒置法”くん?」

「斬られてぇのか俺の名前”土方十四郎”……ってお前万事屋!! なんでここにいんだコラ!!」

 

土方十四郎、学園都市にある警察組織の一つである真撰組の副長を務めている男だ。

「鬼の副長」という異名を持ち、腕も相当なのだが前に色々あって麦野と一戦交える事があったのだが、その時は全く手も足も出せずに完敗してしまったという苦い思い出がある。

そして土方の声に釣られて麦野の隣似た銀時がひょこっと顔を出すと

 

「あ、前に俺にボッコボコにされた負け犬じゃねぇか、名前なんだっけ、”乳ばっか揉みしろう”くん?」

「あぁぁぁぁぁぁ!! なんでテメェまでいんだ銀髪の先公!! つかお前等打ち合わせでもしたのか! 土方十四郎つってんだろ殺すぞ!」

 

麦野の今度は銀時まで現れて土方は血相変えて叫び声を上げた。

彼にもまた二人がかりだったとはいえ敗北を味わった事がある。おまけに銀時は能力者でも何でもないただの教師だというのだから余計に負けた事が腹立たしく思っていた。

 

「クソったれ、まさか今もっとも会いたくねえ奴等とこんな所で顔合わせちまうとは……」

「ちょっとアンタも知ってんのコイツ?」

「いんや、前にコイツ等が絡んできたからボコしてやった程度の関係だけど?」

「マジ? アンタもやったの? 実は私も前にボッコボコにしてやったのよ。世間は狭いわねホント」

「なにほのぼのと会話してんだテメェ等……!! よりにもよってなんでテメェ等が知り合いなんだよ……!」

 

まさか苦汁を舐めさせられた人物とこの場で二人も合うなんて考えもしなかった土方。

血を頭にたぎらせて額に血管を浮かばせた様子で両者を睨み付ける。

 

「久しぶりにここのオヤジの美味い酒を飲みに来たらこの仕打ちかよ……なんだ最近の俺は、厄年じゃあるめぇしなんだこの不幸の連続は……」

「まあそんな事言うんじゃないわよ、いい事だってあるわよきっと」

「希望を捨てずに諦めるなって、ゴミ箱ティッシュばっかくん」

「不幸を降らせる疫病神コンビに励まされても嬉しくもねぇよ!! つうか銀髪! テメェそれもう名前の原型残ってねぇじゃねぇか!! わざとだろ! ぜぇってわざとやってるだろ!」

 

悪意のある名前の間違いに土方は一層怒声を強く放った後、はぁ~と深々とため息を突いてカウンターに肘を突いて項垂れる。

 

「やっぱ”捜査中”に息抜きするって考えがマズかった……」

「捜査中だ?」

 

思わず漏らした言葉に銀時が口をへの字にして腕をカウンターに乗せて身を乗り出す。

 

「テメェ等真撰組は謹慎処分食らってる筈だろ」

「どこのどいつがテメェに漏らしやがったのは大体見当つくが。こっちはどうしてもやっておかねぇといけねぇ事があるんでね、それを放置したまま屯所で寝転がるなんざ出来るタマじゃねぇんだよ俺達は」

「まだあのガキ(絹旗)を狙ってんのかテメェ等」

「あんなガキもうどうでもいい、今の俺達が探しているのは別の野郎だ」

 

疑いの目つきを向けてくる銀時に即座に否定すると、懐からタバコを取り出してそれを口に咥えながら土方は彼の方へ振り返った。

 

「駒場利徳」

 

彼はその名前だけを呟くと咥えたタバコにライターで火を付ける。

 

「爆破テロ事件の主犯格だ、奴がここの近辺にいたという情報が入った」

「ああいたねそんな奴、前にお前等が逃がしたんだっけ」

「能力者の手を借りてな」

 

火の付いたタバコを咥えながら土方は静かに息と共に煙を吐く。

 

「ただのデカ物のスキルアウトだと思ってはいたが、どうも逃げ出してからきな臭い連中と付き合ってるという噂があったんでな、こうして真撰組が公に活動しているのを隠してコッソリ捜査に励んでるって訳だ」

「きな臭い連中ってまさかあの攘夷浪士の名を借りただけの下着泥棒軍団? ま~た利用されちゃってるのそいつ?」

「お前どこまで……まあいい、今回絡んでるのはそんな雑魚共じゃねぇよ」

 

あっけらかんとした態度で妙に詳しく事情を知っている銀時に、土方は怪訝な表情を浮かべるも、今は彼の謎を解き明かす事よりも状況を多くの市民に知らせて警戒心を強める事の方が先決だとすぐに悟った。

 

「今回関わってそうな組織はかなり厄介な所だ。そしてその組織の所に駒場の野郎が頻繁に出入りしているらしい」

「だから組織ってどこの組織だよ、もったいぶらずに教えろよ税金泥棒」

「これ以上言う必要ねえだろ。一般市民のテメェが今やる事といったら、せいぜいこの話をここの住民に触れ回って警告しておくぐらいだ」

 

どこの組織かという所はあくまで伏せて、土方は吸い途中のタバコを一旦灰皿の上に寝かせて、お猪口を手に取る。

 

「市民が騒げば駒場の野郎が尻尾を出す可能性もあるしな、もうあのジャッジメントのガキと一緒に引っ掻き回そうだなんて思うんじゃねえぞ。これは俺達がケジメを付ける為の捜査だ、他の警察組織には絶対手は出させねぇ」

「別に釘刺さなくても俺はなにもしねぇよ、テメェ等がどこで何やってようが全く興味ねぇ、勝手にしろ」

 

ラストスパートで宇治銀時丼を一気に食い終え、銀時はどんぶりをコトンとカウンターに置く。

そんな彼に土方はチッと腹立たしそうに舌打ちして

 

「ガキの捕獲の任務の途中に盛大に邪魔した奴がよく言うぜ」

「ありゃあ仕方なくやったまでだよ、仕方なく。銀さんはただの教師なので危ない橋は渡らねぇ」

 

銀時にとって駒場という男は本当にどうでもいい存在だった。

確かに浜面と縁のある人物だと聞かされてはいたが、そんな男を助ける義理があるほどお人好しではなかった。

 

しかし麦野はというと先程の彼等の話を聞き終えると目を光らせ

 

「ねぇ、その人探し私達に依頼してみない? 一応アンタ達とは協力関係みたいなの築いてるんだし、確かこちらがアンタ達の依頼をクリアしていけば借金帳消しになるとか言ってたわよね。私にやらせなさいよ」

「言っただろこれは俺達だけの捜査だ、駒場の野郎は俺達が捕まえる」

「あ、そ。つまんねぇの」

「部外者のテメェ等に依頼する事といったら……」

 

麦野の誘いを即座に断ると、土方は懐からゴソゴソと何かを取り出す。

それは一枚の写真だった。

 

「この写真にうつってる人物を探してこい、駒場の件とは違うが。見つけ次第俺の所に連れて来い」

「依頼くれるの? いいわねぇ、これで浜面をぎゃふんと言わせれるし、新入りにも私の凄さと恐ろしさを骨の髄にまで浸み渡らせる事が出来るって訳か」

「言っとくが捕まえるだけにしろよ」

 

依頼の内容は駒場と関係ないが、疑いがもたれている人物の捜索、および生け捕りだった。

土方が怪しいと睨んでいる人物らしい。

割と自分の得意そうな依頼に、嬉々としている麦野に土方は目を細める。彼女の能力と性格の凶暴性は体で体験してるので既にわかっている。

 

「生け捕りにして俺達に引き渡せばテメェ等の借金3分の1をカット、殺したら借金倍にしてやる」

「はいはいわかったわかった、で? どんな奴?」

「コイツだ」

 

不安ながらも土方は彼女にスッと写真を見せた。銀時は興味ない様子で覗こうともしない。

 

そこに映っていたのは……

 

 

 

 

もじゃもじゃ頭でグラサンを付けた。パッと見銀時や土方とそう変わらないぐらいの年頃の男性が思いきりカメラ目線でヘラヘラしながらピースしてる姿があった。

 

麦野は写真を眺めながら眉間にしわを寄せる。

 

「なにこのマヌケ面?」

「ウチの密偵が撮った写真だ、写真撮らせてくれと頼んだら快く承諾したらしい」

「……」

「この写真は本来極秘中の極秘だ。テメェみたいな一般人に渡せねぇからしっかりツラ覚えとけ、万事屋」

 

脳に刻み付けて記憶しろっと厳しめに命令する土方。

そこで麦野は固まったまま

 

「いや覚えとけって言われなくても……こんなバカっぽい奴忘れたくても忘れられねぇだろ」

 

かくして、万事屋麦野が真撰組からの初めての依頼は

 

よくわからない謎のアホ面男性の捜索及び生け捕りとなったのであった。

 

 

 


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