学園都市・第七学区は学生達が最もはびこるエリアだ。
ほとんどの娯楽施設がここに密集されるように置かれており、大抵の学生達はここで服やら雑貨物やら日用品を買い揃えたり、友人達と日が落ちるまで遊ぶ為に利用する。
能力者や無能力者など関係なく、学生達はあちらこちらで談笑を交えつつ街の中を歩いて行く。
そしてその光景を、とあるファミレス店の窓から御坂美琴が微笑を浮かべて優雅に眺めていた。
「フ、あの子達あんなにはしゃいじゃって……全く子供ってのは呑気でいいわね」
「……突然何言ってますのお姉様?」
窓辺に肘を掛けて変な事を言い出す美琴を、向かいの席に座っていた白井黒子が頬を引きつらせながら尋ねる。
「今日は随分と雰囲気がお変わりになられてますわね……なんだか物腰が柔らかくなったというか、”気持ち悪くなった”といいますか」
「さすが黒子、なんでもお見通しね。そうよ、今日の私は今までの私じゃないの、生まれ変わったのよ私は。昔の私はもうティッシュのちり紙に丸めて捨てたわ」
目を細めて実の姉の様に優しく語りかけてくる美琴に黒子はブルルッと身震いした。
彼女の放つ一言一言に鳥肌が立つ。
「前に絹旗と神楽に散々痛い所に的確なアッパーを入れられて悟ったのよ。私はまだまだ子供だったんだって、だから友達作るのも下手だったんだって」
「はぁ……子供だから友達作れない訳じゃないと思いますが」
「だからこれからは大人の女として生きることを決意したの、もうレベル5だから友達作るの簡単じゃない?とか愚かな行いはしないわ。時代は人を惹きつけるカリスマ性で誰からも憧れる様な存在、それが今の私。これなら友達ばんばん作り放題確実。どうよ黒子、今の私にはもう友達作れずウジウジ悩んでいた姿はもう見えないでしょ? なぜなら大人だから」
「色々とツッコミたい事がありますが、これだけは言わせてもらいますの、バカですかお姉様?」
注文しておいたコーヒーに砂糖を入れながら、黒子は自信満々な様子で笑いかけてくる美琴に仏頂面で呟くが、彼女は笑みを崩さない
「フ……甘いわね黒子、オーストラリア産のチョコレートより甘いわよ。昔の私ならバカと呼ばれただけで烈火の如くキレてたけど、大人になった今の私がそんな言葉で動じると思っているのかしら」
「またなんか漫画でも読んで影響受けたんですの? この前はるろ剣の影響で「所詮この世は弱肉強食、よって私は強さのみを求めて突き進む! 力でひれ伏せれば友達一杯作れる筈だから!」とか訳の分からない事言って女子寮の皆様全員に喧嘩売ろうとしてましたわよね、すぐに現れた寮監に2秒で落とされて事なきを得ましたが」
「そんな事言っても効かないわよ黒子、だからそれ以上人の恥ずかしい過去を言わないで、ほんと効かないから、本当に効かないから、止めてお願いマジで……」
唐突に黒子に数日前の過ちを呟かれ、優雅な態度は崩さずとも内心恥ずかしくて死にそうな美琴。
顔から滲み出る汗を必死に拭いながら彼女は変な口調を変えない。
「それなら証明してあげるわ黒子、今日中に私はまた新たな友達を作って見せるから、大人である私ならそんな事容易いの」
「いえ、いつも通りで結構ですから。お姉様のご友人ならわたくしがおりますから、お姉様は早くティッシュに丸めて捨てた方のお姉様を回収して下さいまし、今のお姉様はさすがに周りにご友人だと公言出来ませんので」
「精神的に成長して悟りを得た私に動揺しているのね黒子、大丈夫よすぐに慣れるわ。なにせアンタは私の友達なのだから」
「いちいち人の名前呼ばないと会話できないんですの? それと意味わかりません」
彼女なりに余裕を見せた大人な感じを頑張って出している美琴に、砂糖を入れたコーヒーをズズッと飲みながら黒子はジト目を向けながらツッコんだ。
「いい加減にしてくれませんかお姉様、そもそもお姉様は私とセットだとツッコミ担当の方ですわよ。なんでボケ担当のわたくしがお姉様のツッコミに回らないといけませんの? ボケとツッコミが反対ですの、品川庄司になってますの」
「ボケ担当とかツッコミ担当とかそんな小さい事を気にしてるなんてアンタはまだまだ子供ね黒子、帰ってママのミルクでも飲んでなさい」
「もはやどういうキャラなのか皆目つかない状態ですわね……」
腕を組みながらドヤ顔でよくわからない事を口走る美琴に、黒子は呆れた様子で頭に手をのせて項垂れる。
彼女なりに必死に考えた上でこのキャラ変化なんだろうが、やはりものの見事に自爆している事に彼女自身が気付いていないのだ。
「困りましたわね、これは早急に手を打っておかないといけませんわ……こんなお姉様だと周りにドン引きされるのがオチですの、わたくしの周りの評価も急降下」
御坂美琴は中学生にしてレベル5の第三位にまで登りつめた素晴らしい才能を持つ少女である。しかし欠点があるとするならば友達作りが異常なほど下手で、やる事為す事が全て裏目に出ている事だ。
黒子と坂田銀時は前々からこの問題で相談し合っているのだが、当の美琴は相変わらずどこか抜けていて一向に自分達の思う様にいかない。
とりあえず今はなんとかしてこのキャラ改悪から元に戻そうと黒子が一人悩んでいると。
美琴の背後の方から二人の若い男女の声が聞こえてきた。
あまり他のお客がいなかったのでその声が一層黒子と美琴の方にもよく聞こえる。
「やっぱり終わっちまったんだこの作品。”第二位”である俺が全面的に支持してた傑作だったのに……」
「貴方ってジャンプ読む度にいつもそれ呟くわよね、私はあまり興味なかったけど、そんなに続いてほしかったの?」
「別に長く続いてほしいと思ったわけじゃねぇよ、ただもう作品自体をジャンプで毎週読めなくなった事が悲しいと思ってるだけだ。俺的にはあの終わり方で満足だ、第二位の俺が保証する」
「そう? 普通ファンって好きな作品にはずっと長く続いてほしいと願うもんなんじゃないの?」
「だからテメーはまだまだなんだよ、俺は無駄にダラダラと続いてジャンプを飾ってる作品なんざに興味ねえ。終わる時はコンパクトに、それが俺の中で求める理想の作品像だ」
「そう言うならもう終わった作品に嘆く必要はないでしょうに」
「これだから”キャバ嬢”はダメだな、いいか? 本当に自分が良い作品だと決めたモンは『綺麗に終わったから満足する思い』と『それでもまだ続きが読みたいと感じてしまう思い』という二つの思いが出来ちまうモンなんだ。それもわかんねぇとかお前もまだまだ三流だな、第二位である俺に敵わねえ訳だ」
「”ホスト”のクセによくもまあそんなに長々と漫画について講釈述べれるわね。ホスト止めて漫画評論家にでもなったら?」
「え、そんな職業あんの? もうちょっと詳しく教えてくんね?」
「なに真剣に捉えてんのよ、マジな目でこっち見ないで」
美琴の座る後ろの席から聞こえる話し声。どうやら声の主は漫画について熱弁してみせるホストの男と、やる気なさそうだが一応彼の話を聞いてあげているキャバ嬢の女らしい。
この第七学区でホストとキャバ嬢の会話を聞くなどとても珍しい、恐らく若くしてかぶき町に身を投じる羽目になってしまったこの街の元学生だった者達なのであろう。
しかし会話の内容が主にジャンプの事についてなので、会話の一部始終を聞いていた黒子は肘を突いて頬に手を上げながら心の中でアホらしいと呟いた。
「あの銀髪バカといい男ってのはどうしてジャンプなんかで熱く語れるんでしょうね、盗み聞きだったとはいえ、聞いててあの男の影がチラついて嫌になりますわ、せっかくお姉様と二人っきりなのに」
「……」
「お姉様?」
「え? ど、どうかしたのかしら黒子? べ、別にジャンプ好きがいたからちょっと色々と熱く語り合ってみたいなーとかは思ってないわよ、ジャンプについて話してくれる人って私の周りじゃ中々いないからチャンスとばかりに話しかけてみようかとかそんなの全然考えてないから、大人だし私、うん」
頬を引きつらせながらなんとか自分で作り上げた思考のキャラ像を崩すまいとしている美琴。だが発する言葉の中には本音が思いっきり見えている。
黒子はジト目でそんな彼女を眺めながらコーヒーを一口飲んだ後、マグカップを置いて静かに口を開いた。
「ボーっとしてるからどうしたのかと尋ねただけなのですが……え、語りたいんですの? 赤の他人とジャンプについて熱くなりたいんですの?」
「ち、違うって言ってるでしょ黒子、私は大人なんだからもうジャンプで熱くなる訳ないじゃない、こ、これからはヤングジャンプを読むのよ私は……」
しどろもどろにしながら目を泳がせながらすっかり慌てている状態の美琴を見て黒子はフゥーとため息を突く。
(どんどんキャラ崩壊してますわ……やはり表面に張っただけのメッキでしたか、お姉様のアホな思惑なんかに悩む必要なんてありませんでしたわね)
内心そう思いながら黒子は空になったコーヒーを脇に置いて、また何か頼もうかと手元にあったメニューを開いたその時。
またもや美琴の背後の方からホストとキャバ嬢の声が聞こえてきた。
「そういえば貴方、長く続く作品は好きじゃないとか言ってたわよね。具体的にどんなのが嫌いなの?」
「んーまあそうだな、「早く終われよ」と考えちまうぐらいのはイヤだわ、なんか冷めちまう」
その声が聞こえた途端、美琴はビクッと肩を動かしてすぐに座っているソファ越しに耳を当てて盗み聞きする体制に入った。
メニューに目を通す振りをしながら心底呆れている様子の黒子の視線も気付かず
「じゃああの有名な作品はどうなの?」
「有名つってもなぁ、まあ名作中の名作なら別に構わねぇけど、こち亀とかゴルゴ13とか」「あらそうなの良かった、私こち亀とゴルゴ全巻持ってるぐらいファンなのよ」
「こち亀とゴルゴの両方をコンプしてるの!? すげーなオイ! あれ全部合わせたら何巻になんだ!? ただのにわか漫画好きのキャバ嬢だと思ってたわ! 三流とか言っちゃってごめん!」
「秋本先生とさいとうたかを先生の直筆サインを寝室に額で飾ってるぐらい好きよ」
「うんお前俺より一流だわ! 第二位の俺より全然すげぇよ! お前がナンバーワンだ!」
男の方が一転して絶賛の声を上げて女の方がクスクスと笑っているのが聞こえる。
そしてそれをソファ越しに隠れて盗み聞きしている美琴はというと、耳をこれでもかとソファに当てながら目を血走らせて音を一切出さないようにしてしっかりと聞こうとしていた。
偶然通りかかった女性店員が思わず「ひ!」と怯えた声を上げてしまうぐらいに
(長く続くストーリー漫画は読めないけどこち亀みたいな短い話でまとめれるギャグ漫画なら長期連載でも認めているという事ね……いける! この人は私が最も大好きな”あの漫画”でも行ける!)
「今度会う時はこち亀とゴルゴ全巻貸してあげるわね」
「え、全巻貸すってどうやって? トラックにでも積んで持ってくる気?」
会話を思わず聞き逃してしまうも美琴は頭の中で自問自答しながらグッと拳を握って勝利を確信した笑みを浮かべる。
女性店員が店長を呼んで「あそこに変なお客さんがいるんですけど……」と相談しているのも知らずに
そして女の方が遂に美琴が最も気になっていた事について……
「そういえばあなた、もしかして”ギンタマン”とかも大丈夫な方なのかしら? アレも何故か何年も続いている長期連載だけど、ギャグ漫画で短い話で切り上げてるパターンが主の漫画よね?」
「え、ギンタマン? んー……」
(来たぁぁぁぁぁぁ!!! よし来い!! めっちゃ来い!!!)
遂にジャンプで毎週愛読しているギンタマンに触れてくれた事に盗み聞きしながら内心歓喜の声を上げる美琴。
傍で黒子が席にやってきた店長に仏頂面で「なんでもないですの、こういう病気なんです、そっとしてあげといて下さいませ、あ、救急車は呼ばなくても結構です、不治の病なので手遅れですの」と彼女の為に説明しているのも露知れずに
すると女にギンタマンについて尋ねられた男、男は美琴がゴクリと生唾を飲み込む中で数秒程黙りこくった後にポツリと
「ねぇな、アレはギャグマンガとかそういう以前の問題だ」
「やっぱりね、私もそう思うわ。読んでて疲れるのよねアレ」
「ああ、アレはねぇよ本当に、第二位の俺が認める、アレはマジでねぇ」
「……え?」
想像していた理想の答えとは遥か反対の答えを述べる男と女に
ショックで美琴は思わず呟いて呆然としてしまった。
そんな彼女を置いて(もともと聞かれてる事に気づいていない)男は話を続ける。
「たまに目を通す事はあるけどよ、一体なんなんだアレ」
「ツッコミが「どんだけぇぇぇぇぇ!!」とか叫ぶばっかよねああいう無駄にやかましくツッコんで無理矢理笑いを取ろうとする姿勢は好きじゃないわ」
「ネタもガキにはわかんねぇよな下ネタばっかりだし引くんだよな」
「いやよねぇああいうの、私ああいうのホント無理、貴方も”てる彦くん”に見せないよう忠告しておいた方がいいわよ」
「心配すんな、アイツは”もっと汚ねぇモン”が一杯傍にいっからあの程度の下ネタじゃ動じねぇ」
口を開けば次々とギンタマンについて厳しい意見を出し合う二人。
それを黙って聞く事しか出来ない美琴は非常に歯がゆそうに顔を怒りで真っ赤にしていた。
(なんなのよコイツ等……! あの誰にも真似できない邪道路線が本気で理解できないの!? バカなのコイツ等!? 脳みそにハナクソでも付いてんの!?)
「はー、早く編集側が打ち切ってくれねぇかなギンタマン。あんなモン読んでる奴なんて”脳みそにハナクソ付いてる様なガキ”しかみねぇんだからさ」
(コ、コイツ……!!)
「さっさと切ってキチンとした作品を描いてくれる新人をもっと育てて欲しいってモンだ」
男の方がとどめの一撃とばかりにため息交じりに呟いた一言に
遂に美琴は……
頭を垂れながらゆらりとソファから立ち上って男達の方へ顔を出してしまったのだ。
「ちょっとアンタ達……」
「あん? 誰だテメェ? 第二位のホストである俺のファンか?」
「あらやだ、常盤台の生徒さんじゃない、私達に何かご用?」
「生憎テメェみたいなガキを手籠めにして貢がせる趣味はねぇんだ、あっち行け」
女の方はパッと見、自分とそんな年も離れてない、むしろ同い年ぐらいなじゃないかと思うような少女だった。しかし髪の色は美しいブロンドと派手な赤いドレスを着飾り、そしていきなり出てきた自分にも落ち着いた振る舞いしていてどことなく美琴が求めていた”大人の女性”という気品を漂わせている。
男の方は高校生ぐらいだろうか、しっかりセットを施している茶髪、獲物を狙う狼の様なギラギラとした鋭い目、高級そうなスーツに身を包んでいるところからホストだといのをわかりやすく主張している風貌だった。
美琴はそんな二人を見下ろしながら目力を込めた様子で口を小さく開く。
「さっきから随分と偉そうな事言ってくれるじゃないの……」
「なんの話してんだテメェ? まさか盗み聞きしてたのか俺達の会話? 趣味悪ぃな」
「ギンタマンはない? 私から言わせれば新しい境地に理解を示さないアンタ達の方がないわよ」
「へぇ、面白れぇ事言うなお前」
「ま、そもそも理解されたくもないんだけどねこっちは。にわかファンが付かれるとこっちも困るし」
「ああ、もしかしてテメェ、ギンタマンのファンか?」
「私、ギンタマンのファンって初めて見たわ、本当にいるのね」
顔に影を出してヘラヘラと不気味に笑いながらこちらを見下す美琴に、男が目を細めていち早く察していると。
「も、申し訳ありませんのぉぉぉぉぉぉ!!!」
今度は黒子が席から立ち上がって慌てた様子で向かいにいる美琴に走り寄って来た。
彼女の肩を掴むとすぐに席に戻そうとする。
「失礼致しました!! ほらお姉様席にお戻りになってください! さっきの大人の女とかいうふざけたキャラのお姉様でいいですから!!」
「離しなさい黒子! どうしてもコイツ等に一言文句言ってやんなきゃ私の気が済まないのよ!」
「お姉様の場合一言どころか百言は文句言いそうですわよ! そんな事したら今度こそ店から追い出されますの!」
「そういえばアンタもギンタマン嫌いだったわよね、こうなったらアンタにもここでキッチリと教えて上げるわ! ギンタマンの素晴らしさを! これでアンタもギンタマンファンの一員よ!」
「そんな素晴らしさ脳に記憶しておく事さえ嫌ですの! 勘弁して下さいまし!」
必死に引っ張って席に座らせようとするが強情な美琴はいう事を聞かずに彼女の手を振りほどこうとじたばたと暴れる。
そんな美琴を数秒程眺めた男は、フッと笑って自ら席から立ち上がって彼女と対峙して見せた。
「はん、コイツはたまげた、よもやこんな所にギンタマンなんざを支持する奴がいたとは」
「うっさいどこにだっているわよ! 世に生きる者が全てギンタマンの敵になろうとも私達は一生味方よ!!」
「達ってなんですのお姉様!? わたくしもその変な宗教に入れないで下さいまし!」
「俺から言わせればあんなのジャンプに長く寄生してるただの害虫でしかねぇよ、もっとも」
男は一旦言葉を区切ってこちらを睨み付けてくる美琴にニヤリと笑みを浮かべる・
「その害虫を崇め祀っているお前等はもっと惨めで滑稽に見えるがな」
「コ、コイツ……!」
「ちょっと貴方、子供みたいなみっともない真似止めなさいよ恥ずかしい」
あからさまな挑発している男に女が座ったまま呆れながら顔を上げる。
「そこの常盤台のお嬢さんも落ち着きなさい。たかが漫画でそんなに熱くなってちゃこの先の人生やっていけないわよ」
「うっさい私とそんなに変わらない年のクセに!! それにそのたかが漫画でさっきまで長々と語り合ってたのはどこのどいつよ!!」
「んーそれ言われるとぐうの音も出ないわね。私ったらつい相手の話に共感すると身を乗り出しちゃうのよ、キャバクラで働いてる仕事柄かしら?」
諭そうとするも美琴に一喝されてすぐに困り顔を浮かべる女、頬に手を当てて自己分析を始める彼女を尻目に、男の方はなおも美琴と真っ向から対峙する。
「テメェよっぽど俺達の事許せねぇみたいだな、ならここはきっちりテメェを徹底的に痛めつけてぶちのめしてやらぁ。二度と俺達の前に、いやジャンプを好きな健全な読者の前にもツラ出せねえぐらいにな」
「上等よ! たかがホストなんかに私が負ける訳ないでしょ! かかってこいコラ!」
「まさかこの殿方と戦う気ですかお姉様!? このような公の場で能力をお使う気で!?」
男の挑発に美琴は遂にその喧嘩を買ってしまった。頭に血が昇ってしまっている彼女を診て黒子は冷や汗を掻く。
レベル5の第三位である超電磁砲が第七学区のとあるファミレスで大暴れ……そんな惨事を起こしてしまったら常盤台の理事長であるお登勢に間違いなく拳骨じゃ済まされない、最悪殺される。
(やむを得ませんわ……ここは店の外に一旦お姉様と共にテレポートして……)
最悪の事態を回避する為に黒子は美琴の肩を掴んだまま店外へ空間転移しようと……
だがその時、ホストである男が突然バッと両手を広げてみせた。
「やるしかねぇようだな。始めるぜ! どちらがよりジャンプ愛を持っているのかを決めるゲーム”ジャン魂ロンパ”をな!!」
「……へ? なんですのそれ?」
いきなり聞いた事のないゲーム名を高々と叫ぶ男に黒子はテレポートするのも忘れて口をポカンと開けて固まってしまう。
だが美琴の方はと言うと、その名を聞くやすぐに得意げに「へっ」と笑って見せて
「ジャン魂ロンパ……なるほど、どっちが上か決めるならそれが一番手っ取り早いわね。いいわよ乗った、けどそいつで私に勝てると思ってるなんてとんだマヌケね。私の強さを見たら泣きべそ掻く事になるわよ」
「え!? 知ってんですのお姉様はジャン魂ロンパを!?」
どうやら美琴はそのゲームについてよく知っている様だったが、ジャンプについての知識には疎い黒子は全く分からなかった。
すると彼女の下に、男の連れであった女が席から立ち上がってコツコツとヒールの音を立てながら近づいて
「ジャンプを愛する者がぶつかり合う時、能力や暴力に頼らずに”己の魂”だけでぶつかり合って論争を行い、相手を論破して負けを認めさせるまで競い合う過酷なゲーム。それがジャン魂ロンパよ」
「親切に説明しに来ましたわこの人! なんでそんなに皆さん当たり前のように知っておられて!? ジャンプ好きの中では皆やってる事なんですの!?」
「可哀想にねあの子、相手が悪すぎるわ。なにせ彼はこのゲームにおいては達人級、知識と話術を併せ持つ生粋のジャンプ玄人なのよ。休日はジャンプ漫画を読み漁りながらジャンプのアニメを見て、室内にはジャンプのアニソンメドレーを流すほどのね」
「それただのダメ人間じゃないですか!」
女の説明に黒子がすかさずツッコミを入れながら叫んでいる中、男と美琴はメンチを切りあってバチバチと激しい火花を散らす。
「せめて名前ぐらい覚えておいてから逝きな、俺はかぶき町で経営しているホストクラブ高天原で”第二位”に君臨するホスト、垣根帝督≪かきねていとく≫だ、ジャンプ歴はおよそ10年だ」
垣根帝督、己の名を堂々と名乗った彼に対し、美琴も対抗意識を燃やして負けじと名乗り出る。
「常盤台で超電磁砲という異名でレベル5の第三位に君臨する超能力者、御坂美琴よ、ジャンプ歴は1年ぐらいかしら」
「は? おいおいいきなり面白れぇギャグかましてくれるじゃねぇの、たった1年だと?」
1年と言う事は去年読み始めたばかりだという事だ、それでも胸を張って答える美琴に垣根はあざ笑うかのように歪な笑みを浮かべた。
「その程度で俺に勝てると本気で思ってるとかマジで頭の中イカレてんじゃねぇか?」
「読んでた時間がどれだけ長いだろうが短いだろうが関係ないのよ、大事なのはジャンプへの熱い思い、ちょっとばかり私よりジャンプ読んでるからって調子乗ってると痛い目見るわよ」
挑発に逃げずに真っ向から睨み返してみせる美琴。
すると垣根についていた女がそっと彼に耳打ちする。
「……貴方、ジャンプ歴とかじゃなくてちょっと別の所を気にしなさいよ。あの子レベル5の第三位らしいわよ……」
「だから? ”第一位”ならともかく第三位なんぞになんの興味もねぇんだよ俺は」
「興味はないのに喧嘩は売るのね……」
何やら意味ありげな会話を女とこっそりとした後、垣根は美琴に向かって右手の人差し指と中指を立てて見せた。
「おい”格下”、特別にハンデをくれてやるよ。お前はそこのツインテのガキとコンビで来い。俺は一人で相手してやる」
「何よそれ! ハンデなんていらないわよ! どうせ負けた時の言い訳に使うつもりでしょ!」
「言い訳ぇ? ハナっから勝負が決まってるこの戦いで俺がそんな事考える必要あるのか? せめてテメェのお友達と一緒に華々しく散らしてやるって事だ」
「ぐぬぬ……コイツ本当に腹立つわね……!」
小馬鹿にしてくる態度がいちいち癪に障る。口の悪さなら銀時と同等かそれ以上かもしれない。イライラしながら美琴は後ろから自分の肩に手を置いたままでいる黒子の方に振り返る。
「こうなったらやってやろうじゃないの黒子! 私達のジャンプへの強い気持ちでこの分からず屋のバカホストをぎゃふんと言わせるわよ!」
「いやいやいや! なんでわたくしまで参加する空気になってますの!? ジャンプの漫画なんてスラムダンクしか読んだ事ありませんわ!」
「意外なの読んでるわねアンタ!」
「よく言われますの!」
黒子のチョイスに美琴が軽く驚いてる中、向かいに立つ垣根は不気味に笑みを浮かべながら彼女達に対して目つきを一層鋭くさせる。
獲物を貪るだけじゃ飽きたらず骨さえも胃の中に入れてやろうと狙ってる様な貪欲なる眼。
「さあてたっぷりコイツ等で暇つぶしでもしてやるか……おい心理定規≪メジャーハート≫」
「なに?」
赤いドレスを着た女に対しての名前ではなく能力者としての呼称のような名前で呼ぶ垣根。
心理定規、彼女の名前は同じキャバクラで働く者や友人であろうと誰も知らない。
基本はその通名で周りに通しており彼女が自ら真名を明かす事は絶対にないのだ。
だがかぶき町に住む者は名を隠し顔を変えて生きていく者も少なからずいるので、別に彼女のような存在が珍しいという事ではないので周りも特に気にしていなかったりする。
「お前が審判やれ、俺のジャンプ無双っぷりをその目に焼き付けさせてやる」
「(ジャンプ無双って何かしら……)いいけど審判とか必要だったっけ、このゲーム?」
「ただの雰囲気づくりだ、コイツ等のどちらかが負けを認めずに暴れ出したらテメェの能力で黙らせてやれ」
「いいわよ、それじゃああなたが暴れたら”あの人”に連絡させてもらうわね」
「は!?」
心理定規が自然にそう言い放っただけなのに一瞬垣根から余裕が消えて動揺した様子を見せた。
「ふざけんなぜってぇアレを呼ぶんじゃねぇぞ! こうしてせっかくの休日を楽しんでる時にあんな”モンスター”に邪魔されたらたまったもんじゃねぇ!!」
「別に暴れたら連絡するって言っただけでしょ? なにビクついてんのよ、それでもレベル……」
「大体どこでアレの連絡先知ったんだよ! 俺お前に教えてなかったよな!?」
「だって私はたまにあそこのお店行く時あるしそれが縁でね、今ではすっかりメル友よ」
無邪気にそう笑いかけてくる心理定規に垣根は戦慄を覚える。
よほどあの人という者は彼にとって特別な人物らしい。
「なんて女だ……! まさかあんな化け物とメール交換してる仲だったなんて……! キャバ嬢のコミュ力半端ねえ……! ていうかあの化け物の店行くなら俺の店来いよ……!」
「あなただって仲良いじゃない、彼や息子さんとその仲間達と」
「ただの腐れ縁だ、色々あって連中と仲良くやってるだけさ」
茶化す態度を取ってくる彼女に不満そうに呟きながら
垣根帝督は自分を親指で指した。
「この”レベル5の第二位”である俺と仲良くできるなんざ光栄と思ってほしいぐらいだぜ」