夜こそ真の姿を現すかぶき町。
数多くある店の中の一つであったとある居酒屋には
二人の男性と二人の女性が向かい合わせに座って重苦しい雰囲気がたちこんでいた。
男は常盤台の教師である坂田銀時と柵川中学の教師の服部全蔵。
とある高校の教師をしている月詠小萌。
そしてもう一人は
「まさか久々に一人で飲もうとここへ来たら……おもわぬ再会だったわね」
「そりゃこっちのセリフだってぇの……よりにもよってお前と鉢合わせするとか気まずいったらありゃしねぇよ」
「あら、私は別に構わないけど」
ブツブツ呟く銀時の文句にケロッとした表情で返事をしながらテーブルに肘を突き額に手を置く白衣を着た女性。
芳川桔梗、過去に銀時と何やら深い縁があったらしき人物である。
「ただいきなり鉢合わせってのは勘弁してほしかったわね、こちらにも心構えってもんがあるし……」
「いや心構えも何も、こっちが先に飲んでる時、この店に後に来たのはおめぇだろ……」
疲れ気味な様子でため息を突く芳川に向かいに座る銀時は居心地悪そうに口を開いた。
「なんならお前、別の店行ったらいいんじゃね? わざわざ俺達と飲む必要ねえし」
「別に私がどこで飲もうと勝手、それにさっきこの人達に誘われたし」
「え?」
「そら決まってるだろ」
「坂田先生、ごめんなさい」
口調にいつものけだるさがより強調した感じで早くどっか行けっと困った様に言う銀時だが芳川はここに残ると彼の提案を拒否。
それに同意するかのようにうんうんと頷く小萌と半蔵
「だって坂田先生と過去に関係持ってた女性の登場ですよ、そりゃ興味持っちゃうじゃないですかー」
「俺は別にどっちでもいいけど、なんかそういう雰囲気だったから乗せられた」
「お前等さぁここに来たのは何の為だよ? 教師達が各々集まって意見を言い合うとかなんとか言ってただろ? 思い出せ、お前達はこんな所で男と女のドロドロした話なんかにうつつを抜かしてる場合じゃねぇんだ」
「せっかくの休みなのに仕事の話とかクソ食らえです!」
「そうだー俺達はここに飲みに来たんだー、そしてドロドロした話を酒の肴にするんだー」
「お前等もう教師辞めちまえ」
半ば嫌がらせに近いこの状況を作った小萌と半蔵に銀時はうなだれてしまう。
そして元凶である芳川は小萌を見て一言
「今のあなた……こういう人が好みなの?」
「俺はロリコンじゃねぇ、 俺が好きなのは今も昔も結野アナだけだ」
「どうかしらね、私の記憶ではそうとは思えないんだけど」
さり気なく自分の好みをカミングアウトする銀時に、向かいに座る芳川が冷ややかな視線を向ける。
「あなたってよく”あの子”といつも一緒だったじゃない。あなたと私が出掛ける時とかも毎回ついて来てたわよね、空気も読まずに……」
「そらだってしょうがねぇだろ、仕事だし。あの時はババァから仕事を貰って金貰わねぇと食っていけねぇんだよ。大変なんだよ、ガキの世話やらされて」
「私も子供預かってたけど、あなたみたいに連れて行く事は無かったわよ」
「え、そうだったの?」
言い訳する銀時に芳川はしらっと昔のことを告白すると銀時は軽く驚いたように目を開く。
「そんなの知らなかったんだけど? コブ付きだったのお前?」
「わ、私が産んだ子供じゃないわよ! 研究の一環としてレベル5の子を預かってるだけ!」
「なに必死になって否定してんだよ、別にお前が子持ちだろうがバツイチだろうがどっちでもいいってぇの」
「どっちでもないわよ! だから預かってるだけだって言ってるでしょ!」
「はいはい」
銀時はムキになって否定する芳川の方へ顔を上げる。
「レベル5って事はウチのガキと一緒か、アレか? レベル5のガキにはそうやって保護者的なモンを割り当てる制度でもあんのか?」
「そうなるとあなたがあの子の保護者って事になるわよ。良かったじゃない、私なんかと二人っきりでいる時より、あの子が一緒について来た時の方がよっぽど生き生きしていたし」
「それはお前の思い過ごしだろうが、誰があんなガキと好き好んで一緒にいるかってんだ。昔の銀さんに対して変な勘繰り入れてんじゃねぇよ」
「そうね、この推測は私があの子に対して嫉妬していた時の感情も含めて言った事だし。別に水に流してくれたって構わないわ、どうぞご自由に」
「なんか釈然としねぇ言い方だなコノヤロー……相変わらず昔から何かあったらすぐネチネチネチネチと……」
つんけんした態度を取ってクイッとワインを飲む芳川に銀時がイラッとしていると、彼のと隣に座って黙って話を聞いているだけだった全蔵がそっと彼に耳元で話しかけてきた。
「なあ、おたく等昔色々あったの……?」
「昔の話だ昔の話、すっかり忘れちまったよ。顔合わせたのは本当に久しぶりだし今はもう知り合いだった程度の仲だ」
「ふーん、やっぱ教師なのあの人? 賢そうだし」
「先公じゃねぇよ、研究所に勤めてる研究員だ」
ヒソヒソと会話しつつ全蔵は銀時に首を捻る。
「なんで教師のお前が研究員の女とそんな関係になったんだ」
「いやそん時は俺教師じゃなかったし、たまたまババァから頼まれた仕事の経緯でアイツのいる研究所に通うになったから。そん時にまあ……そういう風になっちゃった的な」
「研究員って事は俺達よりも相当稼いでるんだろうな。上手く行けば逆玉だったんじゃねぇのお前?」
「その言い方だとまるで俺がコイツの財産目当てだったみたいじゃねぇか。殺すぞ」
「へー金目当てではなく純粋にそういう関係だったんだな、おたく等」
「昔の事だよ、今じゃ引きずらずにさっぱり忘れてるから俺。それとその顔腹立つから止めろ、一発入れるぞ」
こちらにニヤニヤしながら話しかけてくる全蔵に横目を向けながら、銀時はつまみで出された枝豆を口に入れ始めた。
「もう俺とコイツの話はいいだろ。それよりほら、教師同士で話し合いするとか言ってただろ? それやれよそれ、ここに集まった目的を思い出せ」
「さっきまで言いずらそうにしてたお前が言うのそれ?」
「教師……」
銀時が話題を変えるために少々焦りが出てしまったのか、つい声をやや大きくして全蔵に言ってしまいそれに芳川が敏感に反応して彼の方へ目を細めた。
「そういや月詠さんから聞いたけど、教師やってるらしいじゃない、しかも名門常盤台の」
「テメェには関係ねぇことだろ……いいから口開くな頼むから、お前がいちいち出て来ると本当にめんどくせぇんだから」
「一体どんなコネでそんな所に勤める事になったか知らないけど、もしかして中学生の女の子を周りにはべらかせる目的なのかしら?」
「だからロリコンじゃねぇつってんだろボケ、テメェいい加減にしねぇと昔の女だろうがシメるぞ」
早速こちらを怪しむ芳川に銀時は苛立ちながら呟く。
どうも彼女相手だといつもの調子にならない。昔ならこんな事無かったのだが……
「それにしてもあなたが教師ねぇ……」
「ババァからの命令で仕方なくだからな」
「自由奔放なあなたがまさか……私がなりたかった仕事に就いてるなんて……」
過去の銀時を見ていた芳川にとっては、今の彼が教師などという仕事を行っている事は衝撃だったらしい。懐からタバコを取り出しながら唖然とした顔を銀時に向ける。
「人間月日が経てば変わる者なのかしら、それとも変わらないままだからあなたがそういう仕事に就けたのかも。意外と子供の面倒見いいしね、あなた」
「面倒見いい? お前俺の事ちゃんと見てたのか? ガキの相手なんて俺は嫌で嫌でたまらなかったよ、今でも嫌だし、転職できるなら今すぐにでもしてぇよホント、何でも屋とか向いてるんじゃないかとたまに思うんだよね」
「素直じゃないわね」
しかめっ面でブツブツと文句を垂らす銀時に、取り出したライターで咥えたタバコに火を付けながら芳川は相変わらずだと言った様子で目を細めた。
「それにさっき常盤台って言ってたわよね、あの子も今は常盤台通ってるみたいだし……もしかしてあの子の為に教師に?」
「いんや、俺が教師やる羽目になったのは別のガキのせいだ。俺今レベル5の世話を二人相手してんだよ。一人はお前が知ってるガキと、もう一人が俺が教師になる羽目になったガキ」
「レベル5を二人相手にするなんてよくそんな事できるわね、私なんて一人で精一杯なのに……」
「どんだけやべぇ能力持ってようが根っこはまだまだガキだろ? あんなの相手にするなんざ、キレたお前よりずっと簡単だわ」
「あら失礼な言い方ね、怒った私の方がレベル5よりおっかないって事?」
「睨むなよ、事実だろ。俺が帰り遅れただけで……」
銀時の現状の話の次は昔話を始める二人。
会わなくなって長い月日が経っているにも関わらず、険悪なムードも匂わず互いに罵詈雑言を飛ばし合う事も無い二人を。
先程からずっとビールを水の様に飲みながら、小萌が面白くなさそうな表情で見ていた。
「なんか急に盛り上がり出したね二人共」
「なに? 酔ってんのアンタ?」
芳川が銀時と仲良くしてるのをニコニコした顔で小萌が話しかけると銀時は盃を持ったまますぐに振り向く。
「そんなペースで飲んでるともたねぇぞ、酒は飲んでも飲まれるなってよく言うだろうが」
「お酒はほどほどに飲んでますよ、お酒は薬にも毒にもなりますから」
そう言いながらいつの間にか何杯ものビールを次々と空にして酒豪っぷりを見せつける小萌。更に今度は自分のタバコを取り出して一服。
「最近は居酒屋でも禁煙にするお店があるから、喫煙者にとっては住み心地悪くなってきてますねー」
「お前、あんまり公の場で堂々と吸うなよな。この前お前と飲んでる所を同僚に見られて変な誤解されたんだからな、未成年者の喫煙を黙って見てるなんてそれでも教師かーって」
「うう……個人的にも住み心地悪くなってるって事ですね……」
「そりゃその見た目ならな」
見た目はどう見ても小学生、下手すりゃ幼稚園児にも見えなくはないサイズの彼女が飲んだり吸ったりしているのは絵面的にアウトである。
銀時に注意されてもなお口にタバコを咥えたままため息とともに煙を吐く小萌。
その光景に全蔵は彼の話に納得した様子で頷く。
「よくもまあそんな体型で最近のガキ共にナメられねぇモンだわ」
「私の所の生徒さんはみんなよい子ですからねー、私の事はちゃんと先生として見てくれます。よい子であってもおバカなのも多いですけど」
「そういう子と向き合う事に、教師ってやりがいを感じるんじゃないかしら」
「そうなんですよねー、可愛いんですよこれが、フフフ」
隣に座る芳川に言われて小萌は満足そうにニコニコしながら吸い終わったタバコを灰皿に捨てる。
「今年の一年生もみんな個性的で毎日楽しいです」
「ああ、そういや前にアンタ言ってたな小萌先生」
問題児な分、その生徒が可愛くなるというのはよくある話で。小萌にもそういうのがよくある。
彼女のそんな反応を見て全蔵はふと思い出す。
「なんだっけ? ツンツン頭のガキなんか特にお気に入りなんだろ?」
「はうわッ!」
彼に尋ねられた瞬間、顔を赤らめて両手を振ってあからさまなリアクションを取る小萌。
「ち、違います! 私は誰一人特別視なんてしてません! ちょっかいかけるにも程があるのですよ服部先生!」
「別に意地なんて張らなくてもだろうよ、教師だって人間なんだし生徒の一人や二人を特別な目で見るのもある事なんじゃねぇの?」
「わ、私は生徒に対して変な感情は持ちませんからー!」
つまみを手に取りながらからかってくる全蔵にプンスカ怒る小萌。それを見てふと芳川は銀時の方へジト目を向ける
「あなたも? 自分の生徒の一人や二人を特別な目とかで見てないの?」
「ああ? どういうこったそれ? 特別?」
「性的に見てるとか」
「ぶふぅ!!」
彼女の話を聞いていた最中にビールを飲んでいた銀時が軽く吹き出してしまった。
器官に入ってしまって何度か咳をして呼吸を落ち着かせると、彼は顔を上げてギロリと芳川を睨み付ける。
「げほげほッ! いきなり何言ってんだテメェ!」
「いやだってあなた……う~ん……」
「よく考えろよお前!」
頭を抱えて悩む芳川に銀時がダン!とテーブルを叩きながら吠えた。
「第一に俺がロリコンだったらオメーと関係築いてなかっただろうが!」
「まあそうね……」
「それとも何か!? 俺はお前の顔ではなくその”貧相な胸”に欲情が芽生えて……ぶ!」
向かいに座る銀時が言い終わるうちに、芳川は彼の頬を無表情で思いっきり引っ張っ叩いた。
日頃体を動かさずに研究所に籠ってばかりいるインドア系の仕事に就いているとは思えないキレの入ったビンタである。
「いくらあなたでも人のコンプレックスに触れないでちょうだい」
「……まだ気にしてんのかよ、いい加減開き直れよ」
「人はそう簡単に変われないのよ、いい?」
「んーまあ確かに出会った頃からなんにも変わらずちいせぇ乳……あ~わかったわかった、手を上げるな悪かったって」
割と本気な様子で詰め寄ってくる芳川に、赤くなった頬を引きつらせて恐怖を覚える銀時。
「チッ、普段は全く怒らねぇのにこういう下らねぇ事に限ってネチネチしやがって……頭動かすより手の方を先に出そうとするとか」
「はぁ~そんなんであなた大丈夫なの?」
恨みがましい目つきを向けてきた彼に芳川がため息交じりにボソッと呟いた。
「ちょっと心配してたんだけど、まさか職場でもそういう心無い言葉を生徒達に浴びせてないわよね」
「してねぇよ、どちらが上に立つ存在なのか”教育”してるだけだ」
「それあなたの事だから”教育”じゃなくて”武力行使からの支配権限の獲得”でしょ」
「教師はな、ナメられちゃ駄目なんだよ。ナメられる前にこっちがナメてやるぐらい強気でいかなきゃ最近の擦れたガキはいう事聞かねぇの」
銀時が腕を組んだまま偉そうに講釈垂れていると、芳川は思わずフッと笑ってしまう。
「教師になっても変わらないのね、あなたのその性格」
「ったりめぇだ、例え公務員になろうが俺はいつだって俺だ」
「ええ、変わってなくてホッとしたわ」
「変わる訳ねぇだろ、テメェの平らな胸と同じくいつも俺はテメーの道を一直線……ぶッ!」
今度は顔面にモロに芳川から拳を叩きこまれる銀時。全く学習しない男だ。
そんな二人を見ながら、同じ席に座っていた小萌と全蔵は何やら期待の眼差しを向ける。
「あららー、アンタ等随分意気投合してんじゃねぇの。アンタさっきまでずっと文句言ってたのに随分昔の女と仲良くしちゃって」
「これのどこが仲良くしてるように見えんだよ……さっきから引っ叩かれたり殴られたり散々だよこっちは……」
「いやー坂田先生にも青春があったんですねー。なんか私、今日は坂田先生の別の顔を見ちゃった気分ですよー」
「そりゃそうだろ、こんな顔面殴られれば顔も別人になるってぇの……」
銀時が異議を唱えるが二人は全く聞いちゃくれない。むしろ悪乗りする一方だ。
「どうして別れたのか疑問に思うぐらいの仲だよな、小萌先生も気になるよな」
「そうですね服部先生、そもそもどうして別れちゃったんですか?」
「オイいい加減にしろよ前髪隠れと合法ロリ。これ以上ズケズケと俺のプライベートに踏み込んでタップダンスでも踊りやがったら承知しねぇぞコラ」
今度は別れた原因まで聞き出そうとして来るので、イライラしながら酒をガブガブと飲みまくる銀時をよそに、芳川の方は苦笑しながら首を傾げ
「まあその辺は他の人達と変わらないわよ、成り行きというかなんというか」
「おいお前まで何言ってんだ、コイツ等に乗せられてんじゃねぇよ」
「別にいいでしょこれぐらい」
すかさず身を乗り上げて口を閉ざそうとして来る銀時を軽く避けながら、芳川は話を続ける。
「私がちょうど上部から実験を色々任されるようになって、多忙になってすっかりこの人と会えなくなって。それでこの人はこの人で……ちょっと色々あったから、休暇が取れても彼の顔見るのはツラくて行けなかったし連絡も出来なかった……」
銀時の件についての部分だけ項垂れて暗い表情を浮かべる芳川。お登勢やカエル顔の医者同様、彼女は彼の過去を何か知っている様だった。
「だから疎遠が続いてその内自然消滅したのよ、私とこの人は」
「俺もその頃はかぶき町から引っ越しする準備とかババァに教師になれとか言われてたから忙しかった、そんで別れた。はい、この話は終わり」
彼女の話に同意して銀時は頷きながらチラリと小萌と全蔵の方へ目をやる。
「どうだコラ、よくありふれた話だろ。お前等酔っ払いが酒の肴にするような話じゃねぇんだよ」
「でもあれっきり私に会おうとしなかったのはなぜなのかしら? 連絡も寄越さずに」
「連絡なんて出来るかよ、俺は未練がましくないんだよ、終わったら終わり、所詮男と女ってのはそんなモンだ」
銀時が反論すると芳川は不満そうに眉間にしわを寄せながら彼を見つめる。
「これだから男ってのは……妙なプライド持って連絡の一つさえ出来ないなんて……私てっきりあなたから捨てられたと思ってたじゃないの……」
「そもそも顔見せに来なくなったのはお前の方からだろ? なら向こうから振って来たのかと思うのが自然だろうが」
「はぁ……結局あなたっていつも私の気持ちわかってくれないのね、あなたと意思疎通できるあの子が羨ましいわ……」
けだるそうな態度で返す銀時にため息を突き、芳川は肘を突いて頭を支えたままやるせない気持ちになっていた。
そして二人のドラマみたいな会話を、傍からずっと眺めていた小萌が身を乗り上げてきた。
「坂田先生と芳川さんの会話を見て思ったんですけど。もしかしたらフレンダちゃんと浜面ちゃんもお二方と似たような感じなのかもしれませんね、男の方が変なプライド持ってあえて連絡をせず、女の方は捨てられたと誤解して泣き続ける、っと」
「リーダーと金髪のガキと一緒にすんなよ。こっちはもう終わってんの、あっちはまだ瀬戸際なだけじゃねぇか」
「瀬戸際は大ピンチじゃないですかー!」
銀時は心配してなさそうに手をひらひらさせるが、彼の言葉にますます不安を覚えてしまう小萌であった。
それからしばらくして
4人の教師と1人の研究者は店を後にして夜のかぶき町へと出て行った。
「なんか全然飲めなかったなー、くだらねぇ話ばっかりしてよ」
「せっかく教師同士で話し合いを設けたのに、結局坂田先生の過去の女性関係が暴露されただけでしたねー」
全く飲み食い出来なかったのに不満タラタラな銀時に小萌はニコニコしながら答える。彼女は彼女で結構飲んでいたので満足な様子だ。
背後から彼等の方に近づきながら全蔵も無表情で
「あれはあれで十分楽しめたけどな、てことで今後もよろしくな、え~と……」
少し考えた後パッと思い出したかのようにすぐに銀時の方へ振り向いて微笑みかけながら
「ロリコン?」
「坂田銀時つっただろうが!」
「ハハハ冗談だって、あ、冗談ついでにとりあえず教師として忠告させてもらうわ……生徒に手出そうとか考えんなよ……」
「坂田先生、私は信じてますよ。坂田先生はただの子供好きだって、それと神楽ちゃんや絹旗ちゃんの事は私の所に預けて下さい、あの子達に一生のトラウマが生まれない為にも」
「全然信じてねぇよコイツ等、後半のセリフ完全に犯罪者予備軍に言うセリフだもん。完全に俺の事ヤバい人間だと認識してるもん」
笑いかけながらもその笑顔の裏には完全にこちらに疑惑の種がある気配を察して、銀時は町の中で堂々と大声を上げて叫んでいると、店から芳川の方も戸を開けて出てきた。
「おい! テメェのせいで教師仲間からとんでもない誤解受けちまったじゃねぇか! どうしてくれんだコラ!」
「落ち着きなさいよあなた、確かにロリコンとまではいかないけど、周りから誤解されかねない事をしているのは事実なんだし」
「誤解!? じゃあ聞きますけど!? なんで教師がガキとつるんでるだけで誤解されなきゃならねぇんですかコノヤロー!?」
「いやその事実だけで十分じゃない、今まで通報されなかったのが不思議なくらいよ」
「なんで俺がダメなんだよ! 金八先生はOKだっただろ!」
「あの人はサラサラヘアーだからいいのよ」
「なんでサラサラならならOK!? サラサラOKで天パNGってどういう事!?」
食ってかかる銀時を冷静に対処する芳川、そしてふと彼女は神妙な面持ちで
「ねえあなた、ちょっといいかしら?」
「ああ?」
訝しげな表情を浮かべる銀時に、芳川はそっと向かい合う。
「こうして会うのは本当に久しぶりだったわね、でも不思議ね、同じ場所に住んでたのにお互いの様子さえわからなかったなんて」
「そりゃ職場が違うんだからしょうがねぇだろ。お前は研究員で俺は教師。立場もちげぇ二人がそう簡単に鉢合わせするなんざ滅多にねぇよ」
「そうね、だからこそこうして再会できるとは思ってもいなかった」
髪を掻き毟りながら昔と変わらずけだるそうに喋る銀時を見つめながら、芳川は口元に僅かに微笑を見せると
「あなた、もう過去の事は気にせずに私達もそろそろ……」
「ん?」
言いづらそうに躊躇しながら、彼女は恐る恐る銀時に向かって
「だからもう一度私と……」
腹をくくってある言葉を告げようとしたその時であった。
「銀ちゃぁぁぁぁぁぁん!!! 小萌ぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
銀時と小萌の名を叫びながら猛スピードで後ろから何者かが迫ってくる気配が……
前にいた銀時はこちらを無視して「げ!」っと驚いて目を見開いている。
芳川もそれに釣られてすぐに後ろに振り返ると
かぶき町への侵入さえ許されない年頃のチャイナ服を着た少女がこちらに走って来たのだ。
「銀ちゃん大変アルよ!! あの金髪がサバ缶食いまくってぶっ倒れたネ!!」
「はぁ!? 何してんだアイツ!? ていうかなんで来たのお前!?」
「うっす! 連絡ついでにラーメン食べさせてもらえるかなと思っておりました!」
「お前絶対そっちの方が本命だろ!」
現れたチャイナ少女は銀時は知り合いなのか親しげに会話している。
いきなりの乱入者に戸惑っている芳川をよそに、今度はチャイナ少女より少し年下に見えるちんまりとした少女が息を切らしてまたこちらに向かって来た。
「ハァ、ハァ……! 神楽さん早すぎです……あ、私はギョーザ2人前とチャーハンで超お願いします、ハァ、ハァ……!」
「なんでお前まで来てんだよ! しかもこっちの方は金髪のガキの事に一切触れずにすぐに本命出してきたんだけど! 息切れしながら注文してきたんだけどコイツ!! どんだけチャーハン食いたいの!?」
二人目の少女も知り合いなのか銀時は声を枯らしかねない程怒鳴って指を突けると、少女はふと思い出したかのように言葉を付け足す。
「そういえばあのサバ缶臭い女、サバ缶を超ヤケ食いしてぶっ倒れました。今は私が呼んでおいた救急車で搬送中です」
「サバ缶ヤケ食いで病院運ばれるってどういう事だよそれ……」
「いやぁ、あなた達が出て行ったあと、超心優しい神楽さんがあの女の事を慰めてやってただけなんですよ? それなのにいきなりまたビービービービー泣きながら「浜面はそんな男じゃない」だの「私を置いて行くはずがない」とか訳のわからない事喚き出して、そっから急に冷蔵庫から大量のサバ缶を取り出すと、私達のゴミを見る様な冷たい視線を無視しつつバカみたいに食い始めたんですよ。けどその後空腹状態からすぐに大量暴食したのが原因なのか泡吹いてぶっ倒れて、しょうがないから私が携帯で救急車呼んで彼女を搬送させたんです」
「うん、丁寧にご説明ありがとう、テメェ等何してたのホント?」
長く説明してくれた少女に銀時が仏頂面で問いかけると、少女は誇らしげに胸を張りながら
「だから救急車呼んだんですよ、超偉いですよね私? だからなんかメシ奢ってください」
「いやそもそも救急車必要になったのはお前の監督不行届きとアイツ(神楽)の死体撃ちのせいだから」
すっかり英雄気取りの少女に銀時が死んだ目で返事すると、傍から彼女達を見た小萌、全蔵がすぐに歩み寄ってくる。
「何してるんですか神楽ちゃんと絹旗ちゃん!! ここは子供は絶対立入禁止なのですよ!!」
「夏休みだからってはしゃいでんじゃねぇよ、ここは大人の町だ、ガキはさっさと家帰って寝てろ」
こちらに寄って来た二人が次々と銀時の知り合いだと思われる少女二人に言葉投げかけている。
それを銀時の傍にいながら芳川は遠い目で見つめていた。
「完全にタイミング逃しちゃったわね……はぁ、どうしてこう上手く行かないのかしら」
「おい、ところでオメーの話って?」
「忘れてちょうだい……それよりあの子達の相手してあげたら」
空気を読まないこの展開に、芳川は明らか不機嫌そうな様子で銀時の方へ振り返る。
「子供の相手するの好きなんでしょあなた」
「なんか棘のある言い方じゃねそれ?」
「別に」
八つ当たりされてしまった銀時は「はぁ?」っとしかめっ面を浮かべるも、彼女の言う通り、すぐに小萌達の方へ行って少女達がここに来た訳を説明し始めた。
ポツンと一人取り残された芳川は、白衣からタバコを取り出して口に咥え、安いライターで火を灯すと寂しそうにフゥーと煙を吐く。
「やっぱりもう一度やり直すのは考えておくべきかしら?」