坂田銀時が住むアパートは何度も彼が自分で言っている通りオンボロアパートだ。
学園都市は常に最新の設備を整えられ、そこにある建物も全てが高度な技術を組み込まれて設計されていると、「外」から誤解されがちだが。
実際、彼が住んでる様な古い建物がちょこんと残っている所は少なくない。
室内はトイレはあるが風呂は無く、台所と6畳ほどしかない和室のみ。
そんな独り身専用の狭い部屋に
年頃の少女二人に快適な空間を作ってあげるなど無理に等しい
と思っていたのだが
「いけぇピン子ぉ! そこで畳みかけて暗黒面に堕ちた卓三をやっつけるアルぅ!!」
「いいえ、まずは前回の話で死んでしまったえなりを蘇らせて体制を超整えるべきです。宇宙最強の家族バトルもそろそろ決着が近いですね」
「……」
空に月が昇ってすっかり夜になっている頃。ここは銀時の住むアパートの部屋。
夜兎族の血を引く天人の神楽と、研究所から逃げ出した絹旗最愛は銀時が一時的に預かる事になってしまった。
白井黒子と入院中の時にお登勢が訪問、そこから数時間に及ぶ怒号と説教と鉄拳を食らい、クビではなく本当の首を飛ばしかねない勢いのオーラを放つ彼女の命令で、否応なしに彼女達を引き取る選択しか残されていなかったのだ。
預かって数日後。3人での生活は想像していたよりもずっと平和だった。
二人は今、部屋の隅に置かれてるテレビでやっているテレビドラマに釘づけになっており。
テレビに向かって叫ぶという無意味な行動を嬉々として行っている。
そんな二人を背後から、食事を並べる時に使っているちゃぶ台に肘を突いてだるそうに眺めるのは、家主である坂田銀時。
いつもの着物姿でなく、仕事着のスーツと白衣、伊達眼鏡を付けている所から察して、こんな時間からどこか出駆ける予定があるらしい。
「お前等さぁ、静かにしてくんない? 頼むから俺の留守中は騒がず夜更かしせずにすぐ寝ろよな」
「銀ちゃんは心配じゃないアルか!? ピン子が己の体を犠牲にしてでも卓三を倒そうとしてるんだぞ! 私達と一緒に応援しろヨ!」
「何バカな事言ってんの? 俺達が力を合わせて応援すりゃピン子が元気玉でも打てると思ってんの?」
クレームを入れたらすかさず振り返って来た神楽に銀時は肘をついたまま顔をしかめる。
「こりゃ芝居の演出なんだからストーリーはもう決まってるんだよ、応援しようがしまいがピン子はピン子、脚本通りにやってるだけだって」
「これだから大人は超嫌なんですよね、夢が無いというかドライというか。少しは空気を読んで私達みたいな無垢な乙女達の相手してあげたっていいじゃないですか」
「お前等の何処が無垢だよ、全身が邪念の塊じゃねぇか」
神楽と仲良くドラマを視聴していた絹旗もまた彼女同様に振り返って銀時に抗議するが、彼はしかめっ面のまま適当に返事するだけ。
「空気を読むのはテメェ等の方だろ。人がせっかく住まわせてやって飯も作ってやってんだからさ、恩返しとかしてくんねぇの? 少しは年上を労わる心を持て」
「生憎こちとら超無一文なので。だからといって超エロい事やらせようと企まないで下さいよ、そん時は容赦なくぶち殺しますから」
「銀ちゃん、辛楽のラーメン見たらラーメン食べたくなったアル。作って」
「おいおいなんて可愛げのないクソガキなんだコイツ等は。いい加減にしねぇと追い出すぞコラ」
家主に向かって澄ました表情で拳をポキポキと鳴らし始める絹旗と、いきなり食べ物をねだってくる神楽に銀時がイラッとしながら額に青筋を浮かべていると
部屋のドアをドンドンと叩く音が聞こえてきた。
その音を聞いてすぐに胡坐を掻いた状態から銀時が立ち上がる。
「もう時間か、テメェ等戸締りしっかりして寝ろよ。盗まれるモンなんざねぇが泥棒来たらぶちのめせ」
「どこ行くんですか? 眼鏡かけてる上にスーツと白衣なんか着て。なんか面白そうだから私も超ついて行きたいです」
「ああダメダメ、これから大人の付き合いしなきゃなんねぇんだから。テメェ等ガキ共はテレビにかじりついて、さっさとピン子とえなりVSダーク卓三の決着の行く末でも観てなさい」
「ちょっと待つアル! もしかして一人でラーメン食べに行く気アルか!? 私も連れてくヨロシ!」
「こんな時間にラーメンなんて食えるか、酒飲みに行くだけだっつーの」
ついて行きたそうにギャーギャー喚く二人を適当に流すと、銀時はそそくさと台所を通って玄関のドアを開けて外に出る。
ドアを開けた先には絹旗や神楽よりも小柄で、ピンク色の髪をした丸顔の小動物らしき女性がそこに立っていた。
「もー、何回もノックしたのに出て来るの遅いじゃないですか坂田先生ー」
「ガキ共が騒いでて聞こえなかったんだよ。文句言うならガキに言え、ガキに」
「私としては、子供達に責任を押し付けるのは教師としてよくないと思うんですよ」
その女性は小さな体でありながら自分よりもずっと背の高い銀時と、対等に接するかのように会話をしていた。
彼女の名は月詠小萌≪つくよみこもえ≫
銀時の隣に住む人物であり、身長はたった135センチしかない程の小柄ではあるがれっきとした成人女性らしい。
銀時と同じく教師ではあるが、彼女は常盤台の教師ではなくとある高校で教鞭を振るっており、担任を受け持っている教え子達、他のクラスの生徒からも人気が高いという。
銀時とは真逆の存在と言っていいほど対照的。つまり教え子に優しく人気のある教師なのだ。
目的も行く当ても無い家出少女を拾って世話するのが趣味なのか、度々彼女は自分の部屋に様々な悩みを抱えた少女達を迎える事が多い。
そして彼女の傍から巣立っていく者は皆、来る前とは別人だったかのように成長し、変わってしまうとかなんとか。
ちなみに現在は、銀時から託された少女、フレンダが彼女に厄介になっている。
「やっぱり坂田先生、女の子を二人も預かるなんて女子校の教師としてはちょっとマズイかもしれませんね。なんなら私が二人まとめて引き取ってあげましょうか?」
「いやアンタの所にはもう一人預かってもらってるし、これ以上世話かけるのも気が引けるっつうか」
「私は全然構わないですよー賑やかになる方が楽しいですし、あ、そうでした。実はその預かってる子の事で話したいことがあるんですよ」
銀時が珍しく遠慮する姿勢を見せると、小萌は顎に手を当てて悩む仕草をする。
「どうやら”浜面ちゃん”全然連絡が通じないらしくて凄い落ち込んでいるんです」
「へー、まああのガキ、完全にリーダーに惚れこんでたからな。ダメ人間好きだし」
「それで提案なのですが、ここの二人とフレンダちゃんを交流させた方がいいと思うのです。年の近い女の子ならいい話し相手になってくれるかなって」
小萌の悩みの種はどうやらフレンダの事だった。
浜面がかぶき町で万事屋として頑張っているとは銀時から聞いてはいたが。
当の本人からは全く連絡がつかず、さすがに彼女でもその事で悩み苦しみ部屋に引きこもってしまっているらしい。
それで絹旗と神楽を会わせて、年頃の少女らしい会話をして少しは元気になって欲しいと小萌は考えていたのだ。
「今日なんか、変な人形の前で正座しながら虚ろな目で浜面ちゃんの名前を呟いていたんですよ。さすがに可哀想で目も当てられませんでした……」
「そんなキャラだったっけアイツ?」
「食欲も日に日に衰えて、最近は一日サバ缶一個しか食べない時だってあるんです」
「気力失ってもサバは食うのかよ」
しばらく見ていなかったがまさかそこまで憔悴していたとは
ぶっちゃけフレンダの事など銀時はどうでもいいと思ってはいるが、何かと世話になっている小萌にこれ以上負担を増やす事には正直悪いとも思っている。
「まあそんくらいならウチのガキ共を使ってくれたって構わねえよ。おいクソガキ共」
彼女の提案にぶっきらぼうながらも承諾して、銀時はすぐに玄関から後ろに振り返って畳部屋にいる神楽と絹旗に振り返る。
テレビを観ていた二人はその声にすぐ彼の方へ向いて立ち上がって駆け寄る。
「なんですか、やっぱりついて行っていいんですか?」
「ちっす先輩ゴチになりやす! とりあえずチャーシュー麺大盛りとギョーザ5人前お願いしやす!」
「いんや、お前等が行く所は俺達が行く所じゃなくてお隣さんだ」
「は? 超どういうことですかそれ?」
親指で隣の方へ指さす銀時に絹旗が小首をかしげると、銀時の背後から小萌がひょっこり小さな体を出して彼女達に軽く会釈して挨拶する。
「こんばんわです、絹旗ちゃんと神楽ちゃん」
「あ、どうも。お隣さんの月詠さん」
「あ! 銀ちゃんもしかして小萌とどっか行くアルか!? ズルいネ子供はダメって言ってたのに!」
「わ、私は成人に達してる社会人ですから夜出歩いても大丈夫なんですよ!」
絹旗がキチンとお辞儀して挨拶するが神楽の方は彼女と指さして銀時に向かってブーブーと文句を垂れる
小萌は彼女達よりもずっと年上の大人の女性である、もしかしたら銀時よりも……
「本当にいつも元気ですねー絹旗ちゃんと神楽ちゃんは」
「私というより神楽さんが常に超元気爆裂状態ですから」
「銀ちゃん小萌と一緒にどこ行く気ネ? 辛楽アルか?」
「オメーはちょっとラーメンの事は忘れろ、今度食わせてやっから、カップラーメン」
未だにラーメンの事で頭がいっぱいになっている神楽に適当に約束すると、銀時は絹旗の方へ目を向けた。
「お隣に住んでる金髪のガキが最近しょぼくれちまってるらしくてよ。お前等ちっと相手してやってくれや」
「金髪のガキ? ああアレですか、あの超サバ臭い人ですか。私あの人超苦手なんですよねー、愚痴ばっか喋るし。てかなんでしょぼくれてんですか?」
「出稼ぎに行った男と全然連絡つかなくて落ち込んじまったんだとよ」
「……アレ、男いたんですね。あんな超サバ臭いのと付き合える人間がいるとは」
知り合い程度の関係の筈なのにうんざりした表情でフレンダの事を低評価している絹旗。
一方神楽はというと銀時の話を聞いて小指で鼻をほじりながら
「ああ、そりゃ男が出稼ぎ先で別の女作ってるアルな。間違いないネ」
「神楽ちゃん! それはあんまりですよー! 浜面ちゃんがそんな事する訳がありません!」
「いやいや、そうに決まってんだろー現実見ろよ小萌。連絡つかない時点でもう男は別の女とよろしくやってる証拠アル、もう過去の女なんてとっくのとうに忘れてるに決まってるヨ」
子供とは思えない一人前の女らしいドライな意見を鼻をほじりながら神楽が小萌にそう言い放ったその時
小萌が住んでいる、お隣の部屋のドアがバン!と勢いよく開かれる。
「私がいないからってなに好き勝手に言ってんだコラァァァァァァ!!!」
乱暴に開いたドアから怒号を上げて出てきたのは
絶賛引きこもり中だったフレンダ=セイヴェルンその人であった。
「あんの童貞野郎がかぶき町の女なんてヘッドハンティングしてるとかありえない訳よ!! それと私は結局アイツの女でもなんでもない!! それだけは断じてないから絶対!! どうせアイツはかぶき町でもモテない人生送って寂しく一人で惨めに泣いてるに決まってるし!!」
「おい、引きこもりがようやく心の殻を破いて出てきたぞ、これもう解決したんじゃね?」
「殻を破いても情緒不安定なのは変わらないみたいです」
少々髪がボサボサになって目の下にくまが出来てはいるも、それ以外はいつもとなんら変わらないと思う銀時だが、小萌ははぁっとため息を突くだけ。
彼女の言う通り、フレンダは急に静かになったかと思いきや、目からじんわりと涙を滲ませ
「だから早く迎えに来なさいって言ってる訳よ……浜面ぁ……グス」
「あー泣いちゃダメですよーフレンダちゃん! 自分をしっかり持ってください!」
「え、なにこれ? 急に泣き出したんだけど? 怖いんだけどこの子」
潤んだ目で心中を吐露し始めるフレンダに小萌が慌てて駆け寄って彼女を優しく慰め始める。
そんな光景を見せられて銀時が仏頂面でツッコミを入れていると絹旗がフレンダを目にやりながら
「すみません、私こんな人と会話できる自信なんて超無いんですけど。前々から”超苦手な人”でしたが、今は”もう一生関わりたくない人”にグレードアップしました」
「会話する事に逃げちゃいかんよ君、これからお前もどこかへ巣立って行くんだからよ。コミュニケーション能力を上げて新しい場所でも頑張れるようアイツで勉強しとけ」
「勉強しとけって、さすがにあんなので学習できるとは超思えないんですけど? 超上級者向けの相手じゃないですか、もうちょっとハードルが下の人で勉強させてください」
「なに言ってんだよ、ウチの所のガキと仲良くなれたんだし、あれぐらい大したことないだろ」
「確かに御坂さんは超上級者どころか超エクストリームレベルの相手でしたが……」
フレンダがダメなら美琴は?と聞かれて言葉を濁らせる絹旗。
あっちもあっちでいきなり喚いたり泣いたりするので相手にするのがめんどくさい事に変わりないし、ぶっちゃけフレンダ以上にめんどくさい相手だったのは確かだった。
「ていうか御坂さんといい彼女みたいなのを相手に出来る人なんて普通の人でもそうそういない筈ですよ。あなたみたいなちゃらんぽらんな人や月詠さんみたいな懐の広い人じゃないと、至って超クールな私には無理です」
「諦めんな、お前ならやればできるさ。ほら見ろ神楽を」
疲れた表情で既に匙を投げてしまっている絹旗に、銀時は顎でしゃくる。
「アイツなんかもうあのガキと仲良くやってるぞ」
「いい加減現実見ろよ小娘! オメーの男はもう他の女とデキてんだヨ! 捨てられちまった事を自覚してさっさと過去にしがみつくのはやめるアル!」
「す、捨てられてなんてない! 浜面は! 浜面は……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「フレンダちゃん落ち着いて! ご近所に迷惑だからこんな時間に叫んじゃダメです!」
「そうだ叫べ! 叫んで男なんて忘れちまえ!! 男なんてくそくらえだコラァ!!」
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「神楽ちゃん煽らないで下さい! もうこの子の心にこれ以上鞭打たないで!」
両手で頭を押さえて奇声のような甲高い声を上げるフレンダに、神楽が隣に立ってよくわからない激を飛ばしている。我を忘れてしまっているフレンダに小萌はオロオロと慌てるばかり。
その様子を見せながら銀時は絹旗の方へまた振り返ると
「な?」
「え、あれが正解なんですか?」
「ライオンがあえて我が子を谷底に突き落す話とかあんだろ、一度落として這い上がらせれば立派に育つモンなんだよ」
「谷底超突き抜けて地獄に叩き落としてんですけど、這い上がれるんですかアレ?」
落ち込むのは止めたが半狂乱で叫び声を上げているフレンダを眺めながら絹旗が不安そうに呟いていると、フレンダを慰めていた小萌がハッと何か思い出したかのように慌てて銀時の方へと駆け寄る。
「大変です坂田先生! そろそろ行かないと待ち合わせ時間に遅れちゃいます! かぶき町はここから徒歩だと結構距離あるんですよ!」
「え、マジで?」
「なんで月詠さん時計確認しないで時間わかってるんですか?」
「体内時計持ってんだとよ。すげぇ正確だから時計ない時とか役に立つぞ」
「なんですかそれ、時計いらないって事ですか、超便利じゃないですか」
小萌の隠れた技に絹旗は素直に驚いて見せる。確かに便利といや便利である。
小萌の部屋に時計は無い、体内時計で正確な時間を出せるからだ。
なんでそんなモンを彼女が持っているのかは不明だが、人それぞれが持っている特技みたいなモノであろう。
「さあ坂田先生、早く行きますよー。フレンダちゃんの事は無事に泣き喚くのを止めてくれましたから絹旗ちゃんに任せましょう。不安ですが神楽ちゃんにも」
「大丈夫もう平気……結局小萌に慰められたおかげで大分元気出たって訳よ……」
「げ、マジに静かになってやがらぁ。いつの間にあんな状態から泣き止ませたんだよ」
フレンダはまだ嗚咽を繰り返したり鼻水を出してはいるが、涙は目に溜まってるだけで流れていない。
それに先程とは一転して静かになっているのを見て、銀時は小萌の子供をなだめるテクニックの凄さに驚くが、すぐに目的地に向かおうとする小萌に急いでついて行く。
「じゃあなお前等、土産なんて期待すんなよ。俺達が帰ってくるまでとは言わねぇけど、しばらくそのガキの相手やっとけ」
「いやちょっと待ってくださいよ! 超嫌ですよ私! なんでこんなサバ缶臭い女の相手なんてしなきゃならないんですか!」
「はぁ! 私サバ缶の臭いなんてしないし! アンタこそ乳臭いし!」
「は? なんで急に元気になってんですかサバ臭い分際で。泣いても元気になっても腹立ちますね」
「落ち込まずに胸を張れ金髪! 昔の男なんてもう考えるな! いい女になって見返してやる事だけを考えろ!!」
「ぐふッ!」
「神楽さんはさっきから超男前すぎます」
すっかり元気になったフレンダに神楽が力強く彼女の背中を叩いてやってる姿に惚れ惚れする絹旗。叩かれた方のフレンダは神楽の予想だにしない力だったので、表情に苦痛を歪ませた。
アパートの廊下で騒いでいる三人娘を置いて
銀時と小萌は階段を下りて闇夜を歩いて集合場所である大人達の快楽街、かぶき町へと向かう。
数十分後、銀時と小萌は無事にかぶき町に着いて、夜のお店が立ち並ぶ街並みを堂々と歩いていた。
「ふえー、いつ来てもこの町は夜なのに明るいですねー。生徒さんが夜遊びしてないか心配です」
こんな時にも教師としての仕事を忘れない小萌。歩きながらも学生がいないかとキョロキョロと辺りを見渡している。
しかし後ろから彼女の後をついて行く銀時はというと、教師としての仕事など全くするつもりなく
「俺は自分の身が心配でしょうがねぇよ。こんな所でどっからどう見ても小学生にしか見えねぇような奴と一緒にいるのを知り合いに見られたらと思うと」
「大丈夫ですよー、私自身前に何度もここで百華の皆さん(夜勤担当のアンチスキル部隊)に補導されかけましたけど、最近じゃすっかり顔も覚えてもらってこの辺を自由に歩き回れるようになりました」
振り返ってニッコリ笑顔で銀時を安心させようとする小萌だが、そのどっからどう見ても幼女にしか見えない体系とスマイルに銀時はより一層不安になった。
「いやアンチスキルは良くてもこの街の住人視点だとどう見ても俺達ヤバい組み合わせだろ、子供を連れ回してる変態教師とか呼ばれるようになったらどうすんだよ」
「もー、さっきから私の事を子供っぽく言わないで下さい! プンプンですよー!」
「あーあ女王だったらなー、アイツ見た目は中学生っぽく見えないから街中を歩いても「あ、これはコスプレしてるだけですよ? そういうプレイなんです、俺が教師役でコイツが生徒役で」的な言い訳で通じるんだけどなー、いやそれはそれでまた別の誤解が生まれるか」
「ちょっと坂田先生! 無視しないで下さい!」
顎に手を当て一人ブツブツ呟きながら行ってしまう銀時に、小萌が小さな体でついて行きながらぷりぷり怒っていると、彼女はある店の前でピタッと止まった。
「あ、坂田先生! ここですよ! この店です!」
「よくよく考えれば俺ってこの街の住人にはいつも変な目で見られてたんじゃねぇか? 女王連れて歩くのも結構あるし、ていうかココに住んでた時から……え、なに?」
「だからここのお店が今回の集まり場なんです! 危うく通り過ぎる所でしたよもー!」
小萌の叫びを聞いてようやく銀時は我に返って振り返る。
彼女が指さす店に視点をずらすと、そこは至ってどこにでもありそうな2階建ての居酒屋。
安月給の銀時や小萌でも安く飲み食いできそうなシンプルなお店であった。
「この店来んのは初めてだな、アンタは前に来た事あんの?」
「ええ、同僚の人とよく来るんです。安くて美味しいと結構評判なのですよ」
「へー」
店の前にある看板には確かに安くて量の多い品々がこれでもかと大々的に出している。
眼鏡越しに死んだ目で眺めながら銀時はポツリと
「飯も多いしこれならガキ連れて来ても問題なさそうだな」
「ダメです! 絹旗ちゃんと神楽ちゃんはそもそもかぶき町に入っちゃいけない年じゃないですか!」
「いいじゃん別に、つか厳し過ぎじゃないアンタ? 子供ってのはもっと自由に羽ばたかせようとするべきだと思うよ銀さんは、危ない場所に行くのも一つの冒険だし良い経験になるぜきっと」
「羽ばたくのは結構ですけど教師として可愛い生徒さんをこんな危険な所に来させないようにするは当たり前なのです! 坂田先生も”一応”教師なんですからそこん所はキチッとして下さい!」
見た目は子供でも中身はキチンとした大人の教師。小萌にとってこのような常に危険が潜んでいるような快楽街に、可愛い自分の生徒が遊び半分で来る事など絶対に許せないのだ。
反対に見た目は大人でも中身は子供の銀時は、この街でしょっちゅう何食わぬ顔で自分の所の生徒である女王を連れ回して遊んでたりする。
お隣同士とはいえ、性格も考え方も正反対の二人だが頻繁に飲みに行く関係だというのは実に不思議である。
「あーもういいから店入ろうぜ、俺はアンタと下らねえ議論する為に来たんじゃねぇんだからよ。飲みに来たんだよ、飲みに」
「下らなくないです! 坂田先生は名門常盤台の先生なのですよ! キチッと真面目に取り組んでおかないと後々後悔しちゃいますからね! 知りませんよ私は!」
「すんませーん、待ち合わせしてるんですけどー」
「だから無視しないで下さい!」
同じ教師として言いたいことがあるのであろう、何事も不真面目な銀時に一度ビシッと言ってやりたい小萌なのだが、それを華麗にスルーして銀時は店の中へと入ってしまう、小萌も不機嫌な表情を浮かべながらもそれに従って彼の後をついて行く。
店の中はやはりごくごく当たり前のシンプルな様子だった。
かぶき町の住人や自分達の様な学園都市で働いてる大人達がこぞって集まり、カウンター席で酒を飲み交いワイワイと賑やかに騒いでいる。
かぶき町では日常茶飯事の荒くれ共による取っ組み合いの喧嘩が始まってないだけで良しとしよう。
「いい店じゃん、まだ物が壊れてねえし怪我してる店員もいねぇし」
「かぶき町の飲み屋は大体江戸っ子風味の手を出すのが早いお客さんやカタギじゃない人が来るのが普通とされてますからねー。こういう店を探すのは本当に苦労するんですよー」
「それならわざわざかぶき町で飲まなくてもいいだろ」
「いやいや、怖い人が多くてもこの街の独特的な雰囲気は結構好きなんですよ私は」
店の話で上手く小萌の教師論を水に流せた銀時は店の奥へと入っていく。
すると奥の隅っこにあるスペースを見て銀時は気づいた。6人ぐらいが飲み食いするような大きなテーブルの前に、自分とさほど年が変わらなさそうな男がポツンと一人で飲んでいる。
青いコートを上に羽織り、前髪は長く両目が見えない、周りから一切気配を遮断して一人退屈そうに酒をチビチビと飲んでいる男。
不審そうにその男を見る銀時だが隣にいた小萌は突如その男を見るや否やすぐに手を上げ
「あ、来ましたよ”服部先生”! ってもう飲んでるんですか!」
「え? 待ち合わせてた奴って、もしかしてアレ?」
「はい、私達と同じ教師の服部先生です。坂田先生は初めてお会いしますね」
小萌の待ち合わせ相手としては意外な風貌をしていたので銀時は少し呆気に取られる。
そうしている内に小萌は服部先生の向かいの席へと座った。
「私達が来てないのに飲まないで下さいよ!」
「いやだってさぁ、おたく遅すぎんだもん。俺集合時間10分前には来てる主義だから、あれ? そっちのお連れさんは?」
「はい、前に言っていた私の住んでるアパートのお隣さんの坂田先生です」
「あー、お嬢様学校の常盤台で教師やってるとかいう」
小萌に紹介されて男は酒を飲むのを止めて銀時の方へ顔を上げる。
銀時もまた彼の方へ近づいていくと、男はスッと席から立ち上がって軽く会釈してみせた。
「いやー初めまして、”柵川中学校”って所で日本史の教師やってる服部全蔵です」
「ああどうもどうも、常盤台で国語の教師やってる坂田銀時です」
互いに低姿勢で自己紹介をし終えると銀時は男、服部全蔵の隣にスッと座る。
「えーと、おたくはどういう繋がりでコレと飲み仲間に?」
席に座って何か頼もうかと考えながら、銀時は早速小萌を指さしながら全蔵に話しかけてみると、彼は席に座り戻しながら答える。
「んー俺が屋台で一人で飲んでる時にこの人が隣から絡んで来てさ。それがきっかけでこうして連絡取り合う仲になったんだよね、同じ職場だから話も合うし」
「そういえばそうでしたねー」
どうやら酒の席で会ったのがきっかけだったらしい、彼の話を聞いて当事者の小萌はメニューを両手に持ったまましみじみと思い出す。
「服部先生があまりにも寂しそうに飲んでたからつい声かけちゃったんですよ。きっと人には言えないような辛い出来事があったんでしょう」
「まあな、実は俺その日に買ったばかりのジャンプで気に入ってた作品が打ち切りになっちゃてさ、それでショックでずっと考え事しながら飲んでたんだよ。やっぱいきなりバトル始めたのがダメだったなとか」
「ええ! そんな理由で落ち込んでいたのですか! てっきり教師として自信が無くなったとかそんな理由だと思ってました……」
そんな事で寂しく飲んでいたのかと驚く小萌を尻目に、ジャンプと聞いて即座に銀時がピクリと反応した。
「え、なに? おたくジャンプ読んでるの?」
「え、ガキの頃からずっとだけど? あれ? もしかしておたくもジャンプ読んでるの?」
「ったりめぇだろ、生まれた時からジャンプ読むほどのジャンプ愛溢れる読者の一人だよ、俺にかなう程のジャンプ愛を持つ野郎なんざいねぇと自負するね」
「へー」
ジャンプ愛と聞いて、全蔵もまたピクリと反応すると突然口元に不敵な笑みを浮かべる。
「まあ実は俺も母親の腹の中にいる時から親父がジャンプ朗読しててさ、生まれる前からジャンプ愛溢れてたんだ俺。へーアンタは生まれた時からなんだ、俺は生まれる前から好きだったよジャンプ」
「いや実は俺って前世の記憶が曖昧にあるんだけどよ、そん時もずっと読んでたんだよジャンプ。前世から来世にかけてジャンプを愛してやまない信仰者だったんだな俺って」
「そういや俺も実は前世の前世の記憶があるんだけどよ、そん時はジャンプを神として崇めていたね。輪廻転生を繰り返しながらも俺はジャンプと共に生き貫いてきたよ、もはや俺あってのジャンプ、ジャンプあっての俺みたいなモンだな」
「あーそうなんだ。だけど実はここだけの話なんだけど、実は俺ってジャンプだったんだ。なんか色々とジャンプ愛について考えてたらわかったんだよ。俺自身がジャンプになる事だって、だからこれからはジャンプと俺は同じ存在だと思ってくれればいいから、俺がジャンプでジャンプが俺みたいな?」
「二人共ー、お話がどんどんわけがわからなくなってますよー」
いかにジャンプを愛しているかと不毛な争いを、大の大人が真顔で静かに争い合っているのを小萌は笑顔でツッコミを入れた後店員に注文を頼む。
「すみませーん、生ビール二つと焼き鳥の盛り合わせお願いしまーす。それにしても良かったですね、坂田先生と服部先生が話せる話題があって」
「そうだな、どちらかがジャンプを愛してるかなんてどうでもいいか」
小萌に向かって銀時はフッと笑いながら頷く。
「大切なのはこうして酒を飲み合いながら語り合う奴がいる事なんだからよ。ま、俺がジャンプを一番愛してるのは揺るがない事実だけど」
「まあ確かに大人二人でマジに争う事じゃなかったな、せっかく酒の席で出会ったんだ、これからは互いに尊重し合って大人らしい会話にしゃれ込むとするか、それとジャンプと一番強い絆で結ばれてるのは俺だから」
「いや俺だから」
「いやいや俺だから」
「俺だつってんだろ殺すぞ、こうみえて侍だからな俺」
「テメェこそ殺すぞ、こっちだって元御庭番衆の頭だからな」
「二人共本当に子どもですねー」
結局譲るつもりはなかったらしくまた顔を合わせて主張し合っている銀時と全蔵に、向かいに座っている小萌はやれやれと首を横に振った。
「今日はそういう話は無しにしてください、今日は大事な各学校の教師達による語り場としてお二人を呼んだんですから」
「は? そんな堅苦しい話する気だったの?」
「なんだアンタ、話聞かされてなかったの?」
口をポカンと開ける銀時に全蔵が盃片手に振り向く。
「ほら、俺達三人共教師だけど職場はそれぞれ別だろ? 俺は柵川中学、こっちはどこだか忘れたがとある高校、それでアンタは常盤台。違う環境の中で各々どんな考えで生徒に教育を施しているのかってのを互いに語り合う会なんだよ」
「なにお前? なんで急に真面目になってんの? 俺だけ置いてけぼり?」
「あ、ごめん。俺結構こういうのマジに取り組むタイプだから、ホントごめん、いやマジで」
「何度も謝るなよ、なんか俺だけ空気読めないみたいじゃん」
自分と似た匂いがしていたのでてっきり同類かと思っていたのだが、意外と全蔵はこういう事に乗り気な性格だったらしい。教師とか関係なくとにかく飲み食いしようと思っていた銀時は少し疎外感を覚えてしまう。
「じゃあおたくもなんか悩みの一つや二つ持ってここに来たの?」
「まあな、特に俺の所はレベル2にいきゃいい方だって連中ばっかの学校だからよ、高レベルへの劣等感みたいなの持ってる奴が多くて大変なんだわ」
「あーそうなんですか、服部先生の所も大変ですねー」
気の抜けてる様子で問いかける銀時に全蔵が答えるとそれに小萌は相槌を打つと、注文していたビールがやってきてすぐに一口グビッと飲んだ。
「私の所の生徒さん達はキチンとカリキュラムを積んでいけばもっと高い所に行ける筈なんですが、現状に満足してその位置に甘んじてる人がいるのですよ」
「へー、向上心が無い輩が多いって訳か。ウチの所にもいるわ」
「別に私は生徒さんみんながより凄い能力者になって欲しいなんて事は思ってませんけど、やはり努力すれば何かを得る事が出来るという事だけでも覚えておいてほしいのです」
はぁ~とため息突きながらそう答える小萌に全蔵はわかるわかるという風に腕を組みながらうんうんと頷く。
「でもそれを教えるのが難しいんだよな、俺達教師だって所詮無能力者だし教えれる範囲ってモンがあるからさ。生徒の連中もそれを理由によく反発してくる事だってあるんだよ、自分達と同じ無能力者のクセになに上から物言ってんだって」
「うう、教師やってる身としては胸の痛い言葉ですね……」
「しょうがねぇよ、俺達だって結局は教師の資格あってもただの人だし、一生懸命やってもそれをわかってもらえない事だって当然の摂理だ」
互いにビールと日本酒を飲みつつ語り合う全蔵と小萌。
そんな風に互いの話を出し合っている二人を横目で見ていた坂田銀時は仏頂面で
「レベルが低いコンプレックスねぇ、ウチはねぇなそういう事」
「ああ、アンタの所は常盤台だもんな」
「名門のお嬢様学校ですからねー」
「けどよ、逆にレベルが低い奴を格下扱いするガキが多いんだとよ、ウチの学校」
自分のビールを飲みながら銀時はそう呟く。
「ま、名門校ならではの問題だわな。他人を見下してテメーがデカくなったつもりでいる勘違い野郎が多いんだよウチは」
「なるほど、優秀な能力を持ってしまうとプライドも比例して大きくなっちゃうんですね」
「逆に能力が低いとコンプレックスがデカくなるって訳か、難儀な話だな全く」
「一応そういう問題あるからなんとかしろって理事長に言われてっけどよ。そんな問題をただの先公が出来る訳ねぇーつうの」
なるほどと頷く小萌と半蔵に、銀時はしかめっ面を浮かべたまま舌打ち。
「なのにそんな中でトップ2と呼んでも過言ではない問題児二人の面倒を見る羽目になってよぉ。しかも今年からデビューして早速3位にランクインしちまうこれまた可愛げのねぇチビが来てさぁ、やんなっちゃうよ本当」
「やっぱ名門の教師でも悩みとかあんだなぁ」
「そうですねー結局どこの学校も問題を抱えてるものですから」
教師という職業に就いてもロクに真面目にやってこなかった銀時にとっても悩みぐらいはある。
彼等のように生徒の方針について考えた事など一度たりともないが。
優秀な生徒が多い常盤台という環境だからこその問題点も多く存在する。
学校全体の指導方法について悩んだことなど一切ないのだが、一人の生徒に個人的なアドバイスやレクチャーを行った事は何度もあり、それで上手く行かないケースも少なくないのだから。
「常盤台っていやぁ知らねぇ奴はいねぇってぐらいのお嬢様学校だしな。育ちのいい連中が多そうだからやっぱお前さんも連中相手に苦労してるんだな」
「ああ、そういや前に校長の野郎が……」
ふと銀時は思い出す、あれはかなり前の話だったが、とある会議室でハタ校長が述べていた事だ……
『えーそれじゃ本日の会議の内容は、生徒からのアンケートからわかった我が校で最近起こっている問題事じゃ、余が全て言ってやるから教師の諸君は頭に入れておくように』
『その一、派閥同士の争い激化』
『その二、坂田先生が怖い』
『その三、外出先で禁止されてる規約を違反して面白がるグループがいる』
『その四、坂田先生が授業真面目にやってくれない』
『その五、夜間での無断外出』
『その六、坂田先生にお金貸したら返ってこない』
『その七、坂田先生が女王様をイジメになられる』
『その八、坂田先生がよく御坂様と口論されている』
『その九、坂田先生、数人の生徒と学校内でも外でもよく一緒におられてますけど、一体どういう関係なのですか?』
『その十、え、坂田先生ってもしかしてロリコ……』
「いやこれは極秘事項だったわ、うん部外者には他言無用だとか言われてた」
「ええ! 一体どんな問題なんですか! 部外者には教えられないって!」
「やっぱ名門は怖ぇわ、一体どんなやべぇ闇を抱えてんだか」
「ああメチャクチャやべぇよ、だから何も追求しないでね頼むから。銀さん教師辞める事になっちゃうから、下手すれば社会的に抹殺だからね」
思い出した事を無かったかのように真顔でそう言う銀時に、小萌が目を丸くして、隣にいた全蔵はアゴに手を当て頷く。
「こりゃ相当だな、表面上は平静さを装ってるみたいだが相当ストレス溜まってるみたいだぜ」
「いくら坂田先生でも苦労してるんですねやっぱり……」
「銀さんだって苦労するよ、いやーストレス溜まるわー、ホント先公ってツラいわー」
「なにせレベル3以上の能力者でないと門をくぐれないエリート校だからな。そりゃプライドの高い奴等もいるだろうし、反抗的な相手でも教師という立場だと容易に対処できないんだよな」
「いや反抗的なガキはよくシメ……そうなんだよねー。こっちから手ぇ出せないからねぇ普通」
同じ教師として同情の視線を送ってくれる小萌と全蔵に申し訳なさそうに心の中で謝る銀時。
教師としてはほぼ孤立状態だった銀時にとって彼等の様に生徒の事を思い考え、悩む姿を見ていると一層申し訳ない気持ちになっていく。
そしてこれ以上耐えられないと、銀時は突如、ガタリと席から立ち上がる。
「ちょっと厠行ってくる」
「え、どうしたんですか急に、吐くのは早いんじゃないですか?」
会話中にいきなり立ち上がったと思いきや、店に用意されている厠に早歩きで言ってしまう銀時に小萌が慌てて叫ぶも、向かいに座ってる全蔵は彼女に向かって静かに首を横に振った。
「そっとしておいてやれ、きっと俺達に言えないぐらいとんでもないモンを背中にしょいこんでるんだよ」
「坂田先生にそれほどの悩みがあるという事ですか? 見た目はあんなでもやっぱり色々と生徒さんの事で悩んでいるんですね……ちょっぴり見直しました」
本当は生徒ではなく自分の現状について悩んでいたのだが
そんな事は勿論知らない小萌と全蔵は勝手な憶測を立てて勝手に話を進め始めていた。
「あれほど話したがらないって事は相当だな」
「私達に言っても解決できないぐらいなのですかね……」
「無理矢理言わせるのも野暮ってモンだし、戻ってきたらいつも通りにしていようぜ」
「そうですね、あ、注文頼んでいいですか?」
「俺は、日本酒、熱燗で。それとアイツにはとことん強い酒を持ってこさせてやっておこう、嫌な事をさっぱり忘れちまうくらいのな」
ここまで気遣ってくれる人達も中々いないであろう。
銀時はそんな事も知らずに厠に引きこもっているが、小萌と全蔵は戻ってくる彼の為に色々と注文し始める。
小萌と全蔵が注文している頃、銀時は店内の厠に逃げ込み、便座に腰を落とした状態でボーっと虚空を見つめていた。
「いやぁ先生になるのって大変なんだな……今日はアイツ等のおかげでそれが身に染みたわ、これからは教師らしく生きていこう、逆さ吊りはマズかったな、校庭100週とか虫料理一気食いとかに、あれ? 虫料理一気食いって女王との一端覧祭でのネタに使えそうだな、こんど試しにやってみよう」
自問自答しながら銀時が物思いにふけっていると、コンコンと厠のドアを開ける音が聞こえた。その後すぐに申し訳なさそうに尋ねてくる女性の声
「すみません……まだ時間かかりますか……?」
「女……? そういやここ男女共有だったっけ?」
「悪いけどこっちはこっちで限界が見えてて……」
「ああはいはい、今出るから、俺が出る前に出すなよ」
別に用を足していた訳でもなく考え事の最中であった自分より、ドアの前で苦しそうな声を出している女性に譲る事が人として当たり前の行動であろう。
便座から腰を上げ、銀時は目の前にあるドアノブを手で回してガチャリと開けた。
「すんませんねぇ~、小なり大なりゲロなりどうぞごゆっく……り?」
「ありがと……え?」
ドアを開けた先はやはり女性であった。
銀時と同じような白衣を上に着ながら中に着込んでるのは安価で手に入りそうなシャツとズボン、とても20代の女性とは思えない服装だが顔はキチンと整っており、パッと見誰が見ても美人だと評価できるような女性。
そして銀時とその女性はドアを開けたタイミングで目が合うと、しばらく時が止まったかのように二人共固まってしまった。
互いに視線を合わせながら目をぱちくりさせると
「……何してるの”あなた”?」
「……」
「それにその服装……見ない内にあなた一体……」
女性の方が信じられないと言った表情を浮かべて何か言いかけたその時。
ドアノブに手を置いていた銀時は無表情でそのままゆっくりと
ドアをバタンと閉めて再び厠に戻って行った、
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その場に残された女性はしばし呆然とし突っ立ってると
すぐにハッとある事を思い出し、銀時が戻って行った厠のドアをドンドンと力強く叩き始めた。
「ちょ、ちょっと! なんであなたがここにいるのか知らないけど! それより厠から出て欲しいのよ! 私が使うから!!」
「聞こえない聞こえない何も聞こえない、銀さんは何も聞こえない」
「現実逃避してないで早く出て来て! あなたとは話したいことがあるけど今はとにかく! 厠を使わせて!」
「ハハハ、参ったなぁ、お姉さん。悪いけど俺今すんげぇ長い一本糞を捻り出してる所だから別の厠使ってくれません?」
「この店はここの厠しかないのよ!」
なぜかとぼけた振りを始めて一向に開ける様子を見せない銀時に、女性は歯を食いしばりながらなおもドアを叩く。
「私と会ったから気まずいからってここに引きこもらないで! 話したいことはあるけど今は後にしておいてあげるから!」
「え、何が? 僕あなたと会った事ありましたっけ? 人違いじゃないですか?」
「そんな銀髪のもじゃもじゃ頭がこの世に二人もいるわけないでしょ! お願いだから出て来なさい!!」
そのままドアを破壊しかねない勢いで叩いてる女性でも、銀時は頑なに開けようとせずに、便座に座ったまま両手で頭を押さえて塞ぎ込んでしまった。
顔中から滝の様に汗を流し、ガックリと肩を落とし
「マジかよ……どうしてこんな所で”アイツ”と会っちまうんだよ、俺が一体なにをしたんだよ……たかが教師として上手くやっていけてないだけじゃんかよ……」
「いいから出て来て! こっちは我慢の限界なの! あなたは私にこの年でどんな恥ずかしい思いをさせる気なのよ!!」
ドアの向こうから聞こえる女性の声に全く耳を傾ける様子なく
銀時は厠の中に引きこもったまま、捻り出すように声を振り絞って
「……どちらさんですか?」
「だからもうそのすっとぼける振りは止めなさい! 子供じゃないんだから!! 私は芳川桔梗≪よしかわききょう≫!」
あまりにもマヌケなセリフを吐いてしまった銀時へ女性からの返事は
「覚えてるでしょ!!」
ドア叩く音の代わりに思いっきり蹴りを入れる音と一緒に返って来た。
「過去にあなたと”関係を持っていた女”よ!!」
数年振りに出会った二人の男女
居酒屋の厠のドアを隔てての再会であった。