禁魂。   作:カイバーマン。

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第二十四訓 電撃少女、不穏な影の裏で大切なモンを護りきる

学園都市・レベル5第三位

 

その位置に君臨するのは常人にはとても歯が立たないほど超越した能力だけでなく、その力の応用幅も含まれている。

御坂美琴がどうして第四位の麦野沈利よりも順位を上に設定されているのかは、単純な力の差とかでなくその能力の応用幅も含まれて計算された上で成り立っている。

 

超電磁砲≪レールガン≫

 

10億ボルトの電撃を操り、強力な電磁波を用いて時にはジャミングや電波傍受、磁力を用いて鉄分の含まれた物質ならば操作・破壊する事さえ可能。

デフォルトで自身の身に電磁波を利用した薄い電磁バリアが張られており、精神能力者による心撃ダメージを防ぎ、銃やバズーカなどの殺傷兵器を逸らす事さえ出来る。

他にも美琴自身がまだ銀時やお登勢にさえ教えてない、否、教えられないような事(下手すればアンチスキルの御用となるレベル)があるのだがここで語られる事ではない。

 

とりあえず言える事があるとするならば

 

いかに第五位の力の一部を借りた超高性能の能力対策兵器であっても

 

彼女に対してはただの鉄くず同然というわけである。

 

「それ、女王の能力を利用して作ったリモコンでしょ。アンタがさっきそいつを使った時、アイツが能力使った時と同じく私の電磁障壁を突破できなかったし」

「……」

「大体は予想出来てたけど、精神操作の一つとして能力者の能力者としての記憶、自分だけの現実≪パーソナルリアリティ≫を忘失させる為に作られたって感じかしらね」

 

背後でまだ神楽と沖田が戦っている中。美琴はただ前方の相手を見据えるように立っていた。

疲弊してぐったりしている絹旗を抱きかかえて立っている滝壺が、こちらにリモコンを突き付けたまま固まっている。

 

「これは迂闊だった。まさかあなたみたいな人が現れるなんて」

「勝負あったわね、お得意の探知能力じゃ私には勝てない、頼みの綱だったあの憎たらしい女王の能力を利用したリモコンも使いモンにならない」

 

真っ直ぐ見据えたまま美琴は仏頂面の滝壺の方にザッと近づく。

 

「その子を解放してあげて。生意気で可愛げのないチビッ子だけど私にとっては対等に接してくれる大切な友達なの……と思いたい……」

「思ってるだけなんだ……」

「その子に記憶を返してやって何も危害を加えずに返してくれるなら、私はアンタに何もせずにここから逃がしてあげる」

 

別にここで一戦交えずとも勝負はとっくに見えている。

戦闘能力皆無の少女に対し学園都市の三本の指に入る能力者

仮に全力で戦う事になれば滝壺の体など美琴は一瞬で灰に帰す事が出来るであろう。

そんな誰でもわかる結果が見えてる中で滝壺は彼女に向かってゆっくりと頷いた。

 

「みことは優しい子だね、友達少ないけど」

「おい、なんでそこで余計な言葉付け足した」

「でも私は逃げる事なんて出来ない、失敗したら私はここにいられなくなるの。だから優しくて友達のいないみことの頼みでもきぬはただけは渡せない」

「いや明らか友達いないって部分いらなかったわよね? アンタ絶対わざと言ってるでしょ? そうでしょ?」

 

引っかかる物言いをする彼女に美琴がビリッと電撃を頭から出してる中、滝壺は手に持っていたリモコンはもはや必要ないと考えて懐に仕舞うと、今度は別の物を取り出した。

 

滝壺は絹旗を抱きかかえたままジャージの首の下から取り出す。

 

首に巻く紐に付けられたその先に、小さな薬箱が付いている明らか怪しい首飾りだ。

 

「それに私はまだ負けるとは思っていない。上手く行けば、もしかしたらあなたを倒すが出来るかもしれない」

「何言ってんのアンタ……強がりは止めなさいよ、それにどうしてアンタみたいな子が真撰組に従う必要があるの」

「”私みたいな子”だからそうするしかないの、もう私がいられる場所はここしかない。だからなんだってやる、それが正しいとか間違ってるとか関係なく」

 

首飾りに付いた薬箱の蓋を開けてそこから一つまみ程彼女が取り出したのは

 

見てくれはどんなものかわからない、ただの白い粉

 

右手の指に白い粉を付着させると、滝壺は小さな口からちょっとだけ舌を出してそれをペロリと舐める。

 

その時、電流でも走ったかのように彼女の目がカッと見開いて、先ほどまで覇気の無かった表情が消え失せたのだ。

 

「……これで私にも道が見えた」

「! ア、アンタなにしたの!?」

 

態度が変わったという訳ではない、しかしその口調には一切強がりは見えなかった。

一体彼女がさっきの粉を舐めた事で何が起こったのかわからない、美琴が慌てて彼女の方へ走って近づこうとするが

 

「ぐ!……な、なに…?」

「事前にあなたのAIM拡散力場を記憶しておいたから、後はそこから”干渉”さえ出来れば……」

 

突然、ドクンと体全身が脈を打つ感覚が美琴を襲う。先程の女王のリモコンによる精神操作ではない、何かとてつもなく嫌な感覚が彼女の全身を駆け巡る。

 

(どうなってる……! もしかしてこれもあの子の能力、相手のAIMを記憶して容易に探して当てる事が本来の能力って訳じゃないって事!?)

「”体晶”は前に一度使用している。最初はあなた達を探す時に、さすがに一日に二度も使ったら私の体がどうなるかわからないけど、こうでもしないと私はあなたを止める事が出来ない」

(私には女王みたいな精神操作は効かない筈……! なら私の体に直接干渉するこれは一体……まさか!)

 

膝を突いて頭を押さえながら美琴はぼんやりとした視界の中で滝壺の方へ顔を上げる。

 

(私の体でなくて私の持つAIM拡散力場に直接干渉しているって言うの!? 肉体でなく”能力”そのものを支配して操る気……!?)

「私の能力は……私自身でも把握できないほど……成長できる可能性が……あるの……」

「アンタ……!」

 

フルに思考を巡らせながらこの現象の実態を突き止めようとする中で、美琴は滝壺自身の異変に気付いた。

 

顔からは常人が夏に一日に流す汗を、ここで一気に放ってるかのように出し。

呼吸も荒くなって今にもぶっ倒れそうな勢いだ。

だが彼女はそれでも懸命に意識を失わないように、滝壺を抱えて必死に己の体を支えたまま美琴から焦点をずらさない。

 

「だからここに拾われ……た……居場所はここ……ここだけが……こんな私を必要としてくれる場所……」

(……もしかして力の制御がまだ……いやそれだけじゃない、さっき舐めてたあの白い粉、あれになにかあるんじゃ……)

「もう少し……もう少しで……」

 

もはや喋る事もままならない状態で美琴に己の隠された能力をフル展開する滝壺。

しかしいくら冷静でポーカーフェイスな彼女でも

短い活動時間が決められた中で美琴を無力化しようとする事に少し焦りを覚えてしまっていたのか

己の体の危険を省みずに、未だ慣れてない能力の応用を行ってしまったせいで

 

「ぐ……!!」

「!!」

 

見開いていた目がより一層強くカッとなった後。

滝壺はフッと糸が切れたかのようにその場に両膝を突き、首をカクンと垂れて美琴から焦点をズラしてしまった。

それと同時に美琴は体だけではなく能力自体にも付いていた違和感がいきなり消え去った事を感じた。

 

「あの嫌な感覚が消えた……私の体の全身、内側の内臓や筋肉繊維、骨に至るまでの部分が無数の手で弄られていたような感覚が……」

「ハァ……! ハァ……!」

「……失敗したって事かしら」

 

抱え込んでいた絹旗を地面に下ろして、その場に両膝を突いたまま過呼吸気味に息を吸って吐いてを繰り返している滝壺を目撃して美琴は確信した。

結局彼女の”悪あがき”は無駄に終わったと

 

(この子が持ってる力…もしこの子がうまく扱えるようになったら、”8人目”のレベル5にだってなれるかもしれないのに)

「ぎッ!」

「ってそんな事考えてる場合じゃないか……!」

 

苦しそうに呻く滝壺に危険性を感じて、敵味方という関係など忘れて美琴はすぐに彼女の方へ駆け寄った。

 

「大丈夫! とりあえずここで横になって!」

「私……まだ……」

「いいから横になれ! さもないとはっ倒すわよ!」

 

普通に疲弊している人に向かって放つべきものではない言葉を用いながら、美琴は慎重に滝壺の体を両腕で支えながらそっと絹旗の隣に下ろした。

 

「……何があったの、アンタの体?」

「……自分の体が何にあったか聞くより先に、私の体の事を心配してくれるの?」

「勘違いすんじゃないわよ、別に心配なんかしてないし。それにさっきアンタが私にやった能力の事は大体予測できてるの」

 

滝壺の様子をあちこち視線を動かしてチェックしながら美琴はしゃがみこんだ体制で話を続ける。

 

「能力者のパーソナルリアリティへ干渉して、体ではなく能力そのものを自分の意のままに操れる。でしょ?」

「……そう、けど私の能力はまだ未完成。だから能力開発を専攻とする研究所が極秘に作り上げた『体晶』を使わないといけなかった、でもそれでも無理だった……」

「それってさっきアンタが舐めてた薬みたいなモン? まさか麻薬とかじゃないわよね?」

 

目を細めて問い詰めてくる美琴に滝壺は倒れたまま首を横に振った。

 

「『体晶』は麻薬よりもずっと危険、能力者にとってだけど」

「な!」

「研究施設の中でも禁忌とされている産物、服用した者は皆、拒絶反応を起こし能力が暴走する。暴走能力者の脳内では本来見せない反応が現れ、シグナル伝達回路が形成されて、 各種の神経伝達物質、様々なホルモンが異常分泌されていく」

「一時的に暴走を引き起こして能力の覚醒を促す薬品……」

 

そんな薬品が裏で出回っていたとは美琴も知らなかった。

はたから聞けば自分の能力を少しの間強化できる夢のような代物だが

 

「使用者へのデメリットが大きすぎる……能力を無理矢理暴走させるなんて、体の細胞を滅茶苦茶にして脳にも深い傷を負う可能性が……下手すれば死ぬわよアンタ」

「私は能力者の中でも”特別”だから。だから体晶を使う事が出来る。でもさすがに一日に二度も使うのはキツかったかも……」

 

横になっている滝壺の言葉がどんどんかすれ気味になって顔も青くなっていく。

どうやら二度のドーピングによる副作用が体もその内側も蝕んでいる様だ

死の危険さえ見せるその姿に美琴もまた血の気が引く

 

「なんでこんな無茶したのよ……そこまでして一体アンタは……」

「私は……」

 

薄れゆく意識の中、滝壺が何か言おうとしたその時だった。

彼女を抱きかかえる美琴の背後からスッと人影が

 

「……おい、テメェウチのケツ吹き係に何したんでぃ?」

「!」

 

美琴が即座に振り返ると、そこにいたのは先程まで飄々とした態度で神楽と一線交わっていた真撰組の沖田総悟であった。

ポケットに両手を突っ込んだまま彼女達を見下ろす沖田、更にその背後から神楽が血気盛んな様子で追いかけてくる。

 

「てんめぇ! いきなり私から背向けてそっち狙うとはいい度胸じゃねぇかコラァ! ってあれ? どうしたアルかその娘?」

 

どうやら神楽とやり合ってる途中で沖田はふと美琴・絹旗と戦っている滝壺の方に目をやり、彼女が美琴に抱きかかえられたままぐったりしているのを目撃したらしい。

そこで一旦刃を収めてここへやってきたという事だ。

 

「おい短髪娘、そのガキになんかしたのか?」

「なにもしてないわよ私は! コイツが能力を暴走させる薬を服用し過ぎたせいで倒れたの!」

「薬? おいケツ吹き係、お前そんなの飲んでたのか?」

「あれ? アンタ知らなかったの? ていうかケツ吹き係ってなによ、女の子に何させてるのアンタ……」

 

訝しげな表情で小首を傾げる美琴に上半身を抱きかかえられている滝壺に、神妙な面持ちで話しかける沖田。彼に向かって滝壺は汗だくの顔をコクンと下に垂らした。

 

「私を拾ってくれた人が……体晶を使わないと私はなんの役にも立たないんだって……役に立たないならすぐに捨てるって……」

「ふぅん……ま、誰に言われたのかは大体予想つくけどよ」

 

少女に対して命の危険が伴う薬を提供した人物に心当たりがあるのか、沖田は面白くなさそうな表情で鼻をフンと鳴らす。

 

「なにか裏があると思ってたがこういう事か」

「ごめん、私、きぬはたは捕まえれたけどみことに負けちゃった……」

「ああ? 俺が天人の研究所から持ち出した例のリモコンはどうしたんだ」

「みことには効かなかった」

 

滝壺の通達を聞いて沖田はふと彼女を抱きかかえている美琴の方へ目を細める。

 

「何モンだオメー、コイツが効かねえって事はただのガキじゃねぇみてぇだな」

「……御坂美琴よ、レベル5の第三位」

「三位? 前に土方さんをやった四位より上かよ。面白そうだからここでやり合ってみてぇけど」

 

レベル5の第三位と聞いてもあまり驚いた様子も見せずにポツリとつぶやいた後。

沖田は彼女が抱きかかえてくれている滝壺の後ろ襟に手を伸ばしてむんずと掴み、美琴からひったくるように彼女をそのまま引っ張って背に掛ける。

 

「それより先にコイツを病院に連れて行く方が先だ。おいチャイナ娘、テメェとの勝負はお預けだ。今度会ったら全力でたたっ斬ってやるから覚悟しろ」

「んだとぉ! 逃げんのかサド野郎!」

 

後ろから聞こえる神楽の罵声を無視して沖田は滝壺の着ているジャージのポケットの中に入ってあった第五位の能力の一部が搭載されているリモコンをポイッと美琴に向かってほおり投げる。

 

「そいつ壊せば、そこで寝転がってるターゲットのガキ(絹旗)の能力もどっから。そんじゃ」

「ちょ! ちょっと待ってよ! アンタ等真撰組ってコイツを捕まえようとしてたんでしょ! そんな簡単に引き下がる気!?」

「俺は元々ガキ斬るつもりで来た訳じゃねえし、ただ遊びたかっただけだ。あばよ乳無しトリオ」

「は?」

 

遊び半分に首突っ込んであっさりと引き下がる沖田に美琴は呆れてものも言えない。

そして遂に意識を失ってしまった滝壺を背に掛けながら、こちらに背を向けてさっさと彼は行ってしまった。

 

「……なんか調子狂うわね、つかアイツさっき乳無しトリオって、今度会ったら絶対ただじゃおかない……」

 

あの沖田という男、警察という立場でありながら任務をあっさりと放棄するばかりか、相手に向かって能力対策兵器という高価な物を渡して、壊してもいいと言ったりなど全く何を考えているのかわからなかった。銀時の様に飄々としていて掴みどころがない。

だが滝壺がヤバいと知るや否やすぐに病院に連れて行くと判断する所は評価してもいいかもしれない。美琴がそんな事を思いながら彼から預かったリモコンに目をやる。

 

「壊していいなら、遠慮なく壊させてもらうけど」

 

そう呟くと美琴の頭からバチッと強い火花が飛び散る。

それに反応して彼女の手に持っていたリモコンがあっという間にバチッ!っとショートしてモクモクと小さな煙が出てきた。すぐにシューと壊れゆく機械音を放ちながら事切れる。

 

それと同時に倒れていた絹旗が目を覚まし、ゆっくりと半身を起こした。

 

「……いきなり頭に超膨大な記憶が入り込んできて目が覚めたら……何があったんですか一体……」

「調子はどう? 全部片付いたわよ」

「え? 超マジですか? 私なんの活躍もしてないんですけど……」

 

記憶が戻ったがまだ意識がしっかりしてないのか、ぼんやりとした表情で小首をかしげている絹旗に目をやりながら美琴は立ち上がった。

そして得意げな顔で彼女を見下ろしながらニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「ねぇちょっといいかしら? あの滝壺って娘から一体誰がアンタを助けたと思う? ムフフ、気弱な声で泣きながら助けて~とか言ってた娘っ子の為に誰が体を張ったと思う、ねぇねぇ?」

「……だから友達出来ないんですよあなたは……いい加減気付いてくれませんかねホント」

 

すぐ調子に乗ってしまうのは彼女の悪い癖なのか、そんな彼女に絹旗がカチンと来た様子でイライラしていると。

沖田がいなくなったことですっかり戦意を失った神楽がニヤついている美琴に口を開いた。

 

「それよりこれからどうする気ネ。あのサド野郎の仲間が追いかけてくるかもしれないアルよ」

「う……それは考えてなかったわね、とりあえず私の学校に行きましょう。お登勢さんならきっと匿ってくれるし」

 

バツの悪そうな表情に変わるもすぐに解決策を思い出し、まだ起き上がれない様子の絹旗の方へ振り返る美琴。

 

「アンタの事も保護してどこかいい場所に住まわせてくれるかもしれないわよ」

「……超期待できませんね、私みたいな超はぶかれモンを受け入れてくれる場所なんてあると思いませんが」

「あるわよきっと」

 

仏頂面で悲観的に考える彼女に、美琴は笑みを浮かべながら自信満々に答える。

 

「アンタはクソ生意気でワガママで横暴で口が悪い小娘だけど。そんなアンタを好きになって受け入れてくれる人なんてきっといるわよ。私みたいなのでも受け入れて仲良くしてくれる奴等だっているんだから」

「あ、それを言われてなんか自身つきました。そうですよね、あなた”が”受け入れられてるのに私が受け入れられないなんてよくよく考えれば超理不尽でしたね」

「おい小娘……」

 

自身付いたのはいいがやはり引っかかる物言いをする絹旗に遂に美琴がこめかみに青筋をくっきりと浮かべる。

 

「こうなったらこの場で誰が上に立っているのか教えて上げようかしら? 立ちなさいよ泣き虫。今度は泣くだけじゃ済ませないわよ」

「ほほう、いいでしょう。丁度いい機会です、一度レベル5と超手合せしたかったんですよ。いい気になってるのも今の内ですよ」

 

美琴に促されて絹旗は立ち上がるとすぐに喧嘩腰に入り始める。

両者バチバチと火花を散らし合いながらメンチの切り合い。

そしてその間にいた神楽が突然コキコキと拳を鳴らしながら

 

「おいテメェ等、私を置いて天下一武闘会始められると思ってんのかゴラァ? 優勝すんのは私に決まってんだろうが、オラワクワクすんぞ」

「……いや、アンタは別に出なくていいから」

「神楽さん、これは私と彼女の戦いなので……」

 

自分達以上に戦う気満々の神楽を前に

さすがにヒートアップしていた美琴と絹旗も一気に冷静さを取り戻す。

 

「こんな事してる場合じゃなかったわね……引っかかる事もあるし早く目的地に急ぎましょう」

「へ? 引っかかる事ってなんですか?」

「大したことじゃないから言わなかったけど、ちょっと私達がアイツ等と戦ってる中にね……」

 

仕切り直して常盤台に向かおうとする中、訪ねてきた絹旗に美琴は小難しそうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「どこの誰かは知らないけど、ずっと私達を観察してる気配があったのよ、何もしないから気にも留めなかったけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、倒れた滝壺を背中に乗せた沖田はけだるそうに病院へと向かっていた。

街中を高校生ぐらいの少女をおぶって歩くのはやはり疲れるのか、歩いてる途中で何度か足を止めてため息を突く。

 

「だりぃ、このガキ、罰として俺のケツ吹き係から近藤さんのケツ吹き係へ転属だ」

 

そんな事をぼやきながら立ったまま休憩していると、彼の背後からツカツカと足音が聞こえてきた。

 

「先陣を切って敵を殲滅させる事を生業とする君が、随分と似合わない事をやってるね、沖田君」

「あん?」

 

急に呼ばれて沖田は不機嫌そうな様子で後ろに振り返ると、そこにいた人物を見て反射的に「あ」と声を漏らした。

 

背後に立っていたのは自分と同じ真撰組の制服に身を包んではいるが、他の隊士達の様な荒っぽい連中と一線引いてるかのように、知的っぽい印象が窺えるメガネを掛けた男だった。

なんというか、休日は自室で優雅にクラシックを聞いて過ごしてそうな育ちのいい匂いがする様な、自分達とは育ちから違う人間だというのが沖田の印象だった。

伊東鴨太郎、真撰組の参謀役にして相当の腕前でもあり。真撰組にとっては副長の土方と並ぶ程の実力者だ。

 

「キミの行動は先程見せてもらったよ、敵前逃亡なんてらしくないじゃないか」

「敵? 生憎俺の敵は攘夷浪士や凶悪犯罪者とか、”タバコ吸いながらふてぶてしい態度で副長の席に座ってる野郎”だけだ。ガキなんか退屈しのぎの遊び道具としか思ってねえですぜ」

「ふ、そうかい」

 

伊東はメガネを指でクイッと上げながら見透かすような視線で沖田を見つめる。

 

「その少女はどうだった? 役には立ったかね? さすがに体晶を二度も使うのは僕も予想外だったよ」

「……アンタがこのガキに薬渡したのか、伊東さん」

「彼女がそれがないと能力を活用できないんだよ。そして彼女は望んだ、だから与えてあげたまでの事さ」

 

伊東は口元に小さな笑みを浮かべて返事をした。

沖田は彼女に体晶を提供した人物が誰なのか大体検討はついていた。

そしてその予想はやはり的中していたようだ。

 

「すまなかったな沖田君。”欠陥品”なんかを君に預けてしまって、使えないならこちらに渡してくれても構わないよ。それの処分は僕がしてあげよう」

「わりぃが伊東さん、そいつは結構だ。処分ならこっちが適当にやっておきやすから」

 

処分と聞いて沖田はすぐに勘付いていた。

彼の言う処分とは”そのまんまの意味”であると。一人の人間を欠陥品呼ばわりする時点でわかる。

渡すのはマズいと思い、沖田は別の話題に変えてさっさと男を追い返そうとした。

 

「アンタはさっさといつも通りに、俺達に隠れてコソコソと謀略でもしておいてくだせぇ」

「僕がそんな事をするとでも? 僕はただ真撰組がより屈強で優秀な組織であると証明させる事に知恵と力を注いでいるだけだよ」

 

どうにも胡散臭い言い回し、ほくそ笑む男に沖田は怪しむようにジーっとジト目を向ける。

 

「そうですかぃじゃあ頑張ってくだせぇ、俺はこれからちょっと用事あるんで」

「そういえば沖田君、君は知ってるかね見廻組≪みまわりぐみ≫と言う存在を」

「見廻組?」

 

伊東は思い出したかのようにその名前を告げる。

沖田が聞いた事さえ無い組織名だった。

 

「僕ら真撰組と似た組織ではあるがそれは見た目だけ。システムは根本的から違う。僕らの組織は各々の生まれなど評価しないしどこの生まれであろうと志強ければ採用する、だが連中は組織に属するのは皆良家の”エリート”揃いだ。高貴なる血を持つ者のみを選別して迎え入れているらしい」

「そりゃまた絵に描いたようなぼっちゃん軍団ですこと、俺等みたいな芋侍共とは違って、さぞかし気品溢れる組織なんでしょうね」

「そして沖田君、ここからは特に大事な事だから覚えておいてほしい」

(早くこのガキ病院に連れて行きてぇんだけどな……)

 

結構話が長いのでいい加減沖田もウンザリしてきた。背中におぶってる滝壺は結構マズい状況なのだ。さっさとタクシーでも捕まえて病院へ行きたいと考えている彼に、伊東は更なる情報を伝える。

 

「僕ら真撰組は最近は能力者の力を借りるようになった。だが見廻組はそれとは”異なる力”を用いているようだ、僕が前々から独自に探っていたから確かな情報だ」

「はぁ? 能力者じゃねえ力ってなんですかぃ? 俺は学がねぇから伊東さんの言ってる事が全然わかんねぇや」

「どんな力かはまだ情報不足だ、今後とも僕や、僕の部下が探れば、いずれその正体を突き止められるかもしれない。そしてもし連中とぶつかり合う時が来たら、君の力を僕に貸してほしい」

「そいつは状況しだいな、俺が気に食わねぇと思ったら協力しやすが、アンタの命令じゃ気乗りしねぇ」

 

能力者とは違う力? 沖田にはさっぱりわからなかった。そんな物があるとしたら一体……どういう経緯で見廻組はそれを知って利用する事に成功したのか。

しかし彼はその力の正体よりも、勝手に動き回っている伊東の方が引っかかった。

 

「それよか伊東さん、あんまり近藤さんの見てない所で勝手な真似してほしくないんですけど」

「わかっているよそこは安心してくれたまえ、僕は近藤さんに、真撰組に迷惑がこうむる様な真似は絶対にしないと」

「……」

 

その言葉を信じていいのかと無言で疑う視線を向けてくる沖田を気にせずに、男は話を続ける。

 

「まあ結論から言うと、見廻組は僕らとは様々な意味で対極的な所を持っている組織という訳だよ。組織の思想、誇り、力など。僕らは能力者を使い、連中はそれとは違う力を使う。今後とも注意しておかないと手柄を奪われかねないから用心しておいてくれたまえ」

「……それだけ言えば良かったんじゃないですか?」

 

長々と語った挙句至極簡単にまとめにかかった男に、沖田は疲れた表情でツッコミを入れると、踵を返して彼に背を向ける。

 

「じゃあ俺、適当な場所でタクシー拾ってこなきゃならないんで。さいなら」

「沖田君」

「なんですかぃ、まだ何か……」

「病院へ行くなら、徒歩の方が近いと思うがね」

「……」

 

後ろからまた呼び止められたことにウンザリするが、男の言葉に沖田は思わず声が出なかった。再度振り返ると男はこちらにやや挑発的な笑みを浮かべている。

 

沖田は彼に病院へ行くとは一言も言っていない。滝壺を病院に診せるなど言ったら彼がまた何をやるかわからないからだ。

しかし彼は気付いていたのだ、沖田が滝壺の容体を思って病院へ向かおうとしていると

 

「早く行くといいよ、彼女を診てもらいたいんだろ?」

「……止めねぇんですかい? おたくが処分してぇ欠陥品を修理に出そうとしてんだぜこっちは」

「誤解していると思うが僕は別に彼女を処分したいなど思ってはいない、役に立たないならどこぞに捨てるなり、リサイクルショップにでも売り飛ばすなりしても構わないと思ってるだけだ。それはキミに任せる事にしよう、少しばかりの付き合いで君は彼女に情が湧いてしまったらしいし」

「俺は別に情なんざこのガキに持ってねぇですぜ」

 

非情な言葉を突き付ける男に、沖田は滝壺をおぶったまま背を向けて歩き出す

 

「目の前で死なれちゃ気分が悪くなるだけですし。病院で診てもらった後はコイツを引き取ってくれる連中を探して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くたばるなら俺の目が届かない場所でくたばりやがれって思っただけでさぁ」

 

その言葉が本音か建前か、真意は彼以外分からない。

 

 

 


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