真剣を所持している上に疲れは無い、完全に有利な状況に置いている土方と山崎。
得物は木刀一本のみの銀時と能力を封じられている黒子、先ほどの戦いでかなりの疲労している。
だが銀時と黒子はこの絶望的状況にも関わらず、まだ諦めていなかった。
「長期戦じゃもたねぇ、一気に片を付けるぞチビ」
「早い所ケリを着けないと身が持ちませんわ」
不利な立場である事を自覚していないのか、いまだ余裕の色を見せつけながら銀時は黒子。
明らかにナメられてると思ったのか、土方は不愉快そうにフンと鼻を鳴らす。
「なんの策もねぇ、そのくせ相方は自慢の能力も使えねぇ、頼りになるのはその貧相な得物のみ。お前達に何かできるとしたら、いかに苦しみを味合わずに楽に死ぬかだ」
「生憎ニコチン中毒のポリ公にやられるほど俺の魂は安くねえよ」
「テメェ……」
タバコを口に咥えながら、こちらにギロリと視線だけで殺せそうな気迫で睨み付けてくる土方。抜いた刀もまた日の光に照らされて鋭く光る。
それに対しても銀時はヘラヘラと笑いながら、突然隣に立っている黒子の後ろ襟をむんずと掴んで片手でブラーンと持ち上げた
「見せてやるよ俺達の戦い方って奴をよ」
「お姉様のご友人に”なるかもしれない”彼女の為にもこの白井黒子、あなた方を排除させていただきますの」
宙ぶらりんにされた状態ながらも土方達に笑いかけながら黒子がそう宣言した直後。
銀時はダン!とアスファルトの地面を強く蹴って土方達の方へ大きく踏み出した。
右手には愛刀である「洞爺湖」印の木刀。左手にはコンビとして幾多の戦いを共に経験してきたパートナーである黒子を掴んだまま。
「精々その瞳孔開きすぎた目でとくと見やがれぇぇぇぇ!!」
「おい山崎、油断すんじゃねーぞ」
「分かってますよ副長」
咆哮を上げて突っ込んでくる銀時に刀を構えながら土方は横にいる山崎に警告を促した後、彼もまた地面を蹴って走り出す。
「真撰組副長! 土方十四郎に続けぇぇぇぇぇぇ!!!」
「は、はいぃぃぃぃぃ!!!」
銀時達の方へ攻めかける土方に続いて山崎が慌てて彼の後を追った。
互いに詰めていき、銀時と土方の間がぶつかったその時
ガキン!と銀時の振るう木刀と土方の刀が激しい音を立ててぶつかる。
「本気で来い、死ぬぞ……!」
「へ……!」
つばぜり合いになりながら土方は嘲笑を浮かべながら銀時に言葉を投げかけた。
自分は両手で真剣を握っているに対し、向こうはなぜか左手で足手まといにしかならないような相方を掴んでいるので、右手一本でしか力を籠められない彼が相当なハンデを背負ってしまっていると思っているからだ。
だが土方のそんな考察をあざ笑うかのように、銀時はつばぜり合いの状況から左手で掴んだ黒子を後ろに振りかぶり
「いけぇ!」
「!?」
力任せに黒子を土方目掛けて振り抜いただ。
だが彼女はそんな扱いをされても驚きもせず怒りもしなかった。ただこちらに目を見開いている土方に向かって足を伸ばして
「ふん!」
「くッ!」
土方の横っ腹目掛けて蹴りを放ったのだ。しかしこちらに何か仕掛けると考えているような黒子の表情を見て勘付いていたのか。ワンテンポ早く土方はつばぜり合いを解いて後ろに下がってそれを回避する。
だが銀時”達”はそれを待っていたかのように彼が後退した分再び距離を詰めて追撃に入った。
「逃がさねえ!」
木刀を振り下ろしてそれを土方が慌てて刃で受け止めた隙に、反対の手で掴んでいる黒子の方は振り上げる。するとがら空きになっている土方のどてっ腹に
「がは!」
黒子の蹴りが遂に入った。急所を突かれたのか思わず嘔吐しかける土方だがなんとか堪えると、銀時の木刀を弾きつつ何とか後ろに下がる。
「コイツ……! 教師のクセに生徒をテメーの得物として扱ってやがるのか……! PTAの保護者の皆様が見たら抗議殺到だぞコラァ!」
「んなの怖くて教師なんてやってられるかってんだ」
「いついかなる時でも戦えるよう、わたくし達は幾多の戦いを乗り越えたからこそ多くの戦術を覚えてきましたの。このフォーメーションも不本意ながらより効率よく戦えるように計算されたもの一つ、題して」
銀時に後ろ襟を掴まれてブラーンと宙でフラフラと揺れているというシュールな光景であるのに、当の黒子はお構いなしに土方にふんすとドヤ顔で笑って見せた。
「『常盤台流・二刀の構え』ですわ。この男が本軸となり敵に突っ込み力任せに暴れ、そしてわたくしが彼のサポートと敵への奇襲役となる。正に無敵の戦法」
「常盤台流ってなに? 俺知らねぇんだけどそんな流派?」
「今決めましたの、この前お姉様がレンタルビデオ屋で借りてきたるろ剣の実写版観ましたので、参考とさせていただきました」
「止めてくんないそういうの? だせぇし意味わかんないし、佐藤健に謝って来い」
アドリブで変な名前を付けた黒子に銀時が少々ムスッとするも気にせずに彼女は話を続ける。
「どうです、ちゃらんぽらんでマヌケで馬鹿でいやらしい無能力者に、優秀な上に官能的な魅力さえ携えている能力者が手を貸してやるだけでこんなに強くなれるんですのよ」
「誰が官能的な魅力持ってる”優秀な能力者”だって? 貧相な体つきで考えてる事は高校生が書いたエロ小説みたいなイメージばっかの”変態な能力者”だろうが」
「な! それは聞き捨てなりませんのよ!!」
仏頂面で断言する銀時に黒子は顔を上げて食ってかかる。
「わたくしのイメージはその辺の学生よりもずっと卑猥でエロティックですの!! 今だってわたくしの頭の中ではお姉様をすっぽんぽんにして絶賛弄んでいるんですから! 逆のシチュエーションも無論!!」
「なに鼻息荒くして危ない性癖を教師に暴露してんだコラ! つか聞き捨てならない所ってそこかよ! 形だけでも俺が変態って言った所をツッコめ!」
明らか常人とはかけ離れた発想をする黒子に思わず銀時の方がツッコミを入れてしまった。
そんな二人の光景を土方は遠い目で見つめる。
「なんで戦ってる最中に喧嘩できるんだコイツ等?」
「見るに堪えない醜態ですね……俺等本当にこんな奴等にやられたんですかね……」
新しいタバコを口に咥えながら疑問を覚える土方に山崎が苦笑しながら相槌を打った。
「とりあえず俺達も作戦作りましょう、俺は後衛から援護射撃かますんで副長はさっきみたいに突っ込んでください」
「いや援護射撃ってお前そんなの出来たのか?」
「ええ、最近は”あの子”がいつもねだってくるので無くならないよう前々から多くこさえてんですよ」
「……なんかよくわかんねぇけど、飛び道具があるならこっちの方がまだ有利って事か」
自信満々な山崎の態度から見て勝利できる確信はあるらしい。
確かに銀時と黒子のコンビネーションは抜群だが、こちらに飛び道具があればそれを崩す事も難しくはない。
タバコの煙を吐きながら土方は彼の案に乗る事を決めた。
「よし行くぞ山崎、今度は俺達の番だ」
「はい副長!」
腹をくくった土方は再び銀時達の方へ特攻とも言えるような、なりふり構わない突進を仕掛ける。
抜いた刀を一層鋭く光らせ突っ込んでくる彼に気づいて銀時は黒子との喧嘩を中断して彼もまた木刀を握って構えて迎撃の準備に入る。
だが
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!! スパーキィィィィィング!!!」
今回はただ単に土方が突っ込んでくるだけではない、彼の後ろから山崎が奇声を上げながら両手に何か持って追走していた。その何かとは……
「おい! なんか後ろの地味な奴が”あんぱん”持ってるぞ!!」
「どういう意味ですの!? なんの儀式ですの!? なにを召喚する気ですの!?」
「山崎”夏”のパン祭りじゃぁぁぁぁぁ!!!」
両手に持つのは手のひらサイズの食べ易そうなあんぱん。
彼の行いに全く意図が読めない二人は突っ込んでくる土方の事を忘れて戸惑っている。
そこを突いてか、山崎は両手に持ったあんぱんを二人目掛けて
「食らえぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ギャァァァァァ!! めっさあんぱん投げてきたぁぁぁぁぁ!!」
とにかくあんぱんを滅茶苦茶に投げ出してきた。
しかも両手に持っているのだけではなく、どこに隠せたのかわからないが制服の裏から次々と同じ販売元のあんぱんを取り出しては投げるを繰り返す山崎。
彼が最近ある少女がいつもねだってくると言っていたのはこのあんぱんの事だったのだ。
「なんの殺傷力も無いですけどそれはそれでイラッときますの! もが! ああもう! 顔にあんぱんの餡がこびり付きましたわ!」
顔面にあんぱんをクリーンヒットしてしまった黒子はすぐにハンカチを取り出して顔を拭う。苛立ちは募るばかりであり銀時もまた必死に避けながら山崎に向かって吠える。
「テメェ! PTAがどうのこうの言ってる前にまずはテメェ等の方が抗議殺到モンだろうが! 食べ物は大切にしろ!」
「ハッハッハ、そんなの画面端のテロップに『※投げたあんぱんは全てシスターが美味しく頂きました』って付けとけば文句言われないのさ!」
「テロップなんてどこに付けんだよ! つかシスターってなんだよ! シスターがあんぱん食う訳ないだろ!!」
「いやそれがかなり食いつくんだよね……」
ツッコミを入れながら怒鳴っている銀時に山崎は頬を引きつらせて渇いた笑い声を上げながらもあんぱんを連投するのを止めない。
そして銀時達があんぱんに気を取られてる隙に
「くだらねえ援護射撃だが、気を逸らすには十分だな」
「!」
土方が銀時の懐の中に入り込んだのだ。銀時が気付いたときには彼はしゃがんだ状態で刀を水平に持ち……
居合い切りのように鋭い一閃で
銀時の腹部を切り裂いた。
「がッ!」
「あなたッ!」
「チ、少し浅かったか」
銀時の着る着物からじんわりと血が滲み出てコンクリートの地面に滴り落ちる。
腹部に横一文字に斬られた跡が見え、それを見た黒子は血相を変えて目を見開く中、土方は冷静に分析する。
「かろうじて後方に体を逸らして致命傷は避けたってとこか……」
「このッ!」
彼の握る刀に付いている銀時の血、それを束の間の僅かな時間に視界に入れた時に何かを感じたのか、黒子は握る力が無くなった銀時の腕を引き離して、なりふり構わず土方に飛び蹴りをかまそうとする。だが
「初見じゃ避けれなくても」
「づッ!!」
「二回目なら止まって見えんだよ」
自分の顔面に向かって飛んできた黒子に、土方は速い動きで振り上げて振り下ろすという縦の一閃を二回浴びせた。
黒子の細い右足と左足の太ももが縦一文字に斬られ、傷痕から出血している。
手加減されたのか、深くは斬られなかったものの黒子はあまりの痛みにその場に倒れて斬られた個所を抑える。
「コ、コンチクショウ……! 最悪ですの……嫁入り前の女の生足を斬りやがったですのコイツ……!」
「その程度じゃ傷は残らねえよ、数日まともに歩けねえだろうがな」
太ももを押さえてうずくまってる黒子を見下ろしながら土方は咥えていたタバコをペッと地面に吐き捨てる。
「ともあれ、これでテメェもあの銀髪の野郎もしめぇだ。お前は歩けねえし奴も数十分で意識を失ってぶっ倒れるレベルだ。降参してあのガキがどこに逃げたか吐け、そうすりゃ病院に連れてってやる」
「いっつぅ……」
黒子はともかく銀時の方は腹を斬られて結構な痛手を負っていた。彼はまだ土方を睨み付けながら立ってはいるものの、内臓までは斬られなかったらしいが腹部の出血もひどい状況である。
傍から見ればとても戦える様な姿ではなかった。
だがしかし。
「降参?……どこの国の言葉だっけそれ?」
そんな時でもこの男は口元に笑みを見せていたのだ
「まだ勝負は終わってねぇよ……」
「テメェ、まさかその体で……」
「この程度慣れっこなんでね”昔から”」
顔からは痛みのあまり冷や汗が滴り落ちてるものの銀時はまだ諦めていなかった。
土方に向かって虚勢なのかわからないが余裕そうな態度を見せる彼に、足元でうずくまっていた黒子がゆっくりと彼の方へ顔を上げる。
「おやおや……随分と汗をおかきになっていて……腹でも下したんですの?」
「下したどころか斬られたんだよ、お前こそどうしたうずくまって、ウンコ漏れたか?」
「レディーの教育を受けているわたくしが道中でそんな恥ずかしい真似するわけないでしょ、あなたじゃあるまいし……」
「道中で奇声上げて先輩に抱きつこうとする方が恥ずかしい真似だと思うんだけど?」
こんな時でも口喧嘩を始めようとするが、銀時は彼女の制服の後ろ襟にまた手を伸ばす。
「お前の能力を封じてるのは恐らくあの地味な野郎が持ってるリモコンだ、アレをどうにかすればお前の記憶も戻せるかもしれねぇ」
「そうですか……ならばその件についてはわたくしにお任せなさいませ。その代りあの男はあなたが」
「ああ」
足が痛いのを我慢して黒子が健気に頷くと銀時もまた痛みを堪えながら彼女を左腕で持ち上げる。
「あ~やだやだ俺達のこんな姿見せたらまたあのガキが怒り狂って説教しようとすんぞ」
「出来るならば電撃で体全身の感度をいじられながら怒られたいですの」
「いっそ能力だけじゃなくてその性癖も忘れればよかったんじゃねぇのお前?」
ぶらーんと持ち上げながら、アホみたいにニヤニヤと悦に入った笑みを見せる黒子に向かって銀時はため息を突いた後、まだ戦う気があるのかと軽く驚いている土方と山崎と顔を合わせる。
「んじゃあファイナルラウンドやるか」
「……大人しく降参しとけばこっちも余計な事やらねぇで済んだのに……」
面白くなさそうに舌打ちする土方に後ろから山崎が心配そうに尋ねる。
「どうするんです副長……」
「どうするもこうも、斬るしかねぇだろ」
「やっぱり……」
まあこの男ならそうやるだろうなと予測していたし聞くまでもなかった。長い付き合いだしその辺はよくわかっている。
「こんなんだからウチの組織って嫌われてるんだろうな……イメージアップやろうとか考えないのかなこの人は……」
「よし、俺だって鬼じゃねえ。テメェ等の根性を認めて”一撃で楽にしてやる”」
「わーさすが副長だー心が広いやー」
相変わらずの土方に山崎が若干棒読み気味に賞賛していると
「ん?」
突如、数メートルほど離れてる場所に立っている銀時の行動を見て不審に思った。
こちらをじっと見つめながら背負い投げするように上体を後ろに逸らしている。
そして彼が左手に持っているのは宙ぶらりんしている黒子。
謎の動きに山崎が頭の上に「?」を付けていると
「食らえ必殺!! チビ大砲!!!」
「えぇぇぇぇぇぇ!!!」
黒子をつかんだ左手に力を注いで全力投球でこちらに向かって彼女をぶん投げたのだ。
自分の生徒をまさかの”飛び道具”にしてしまうという、とても教師とは思えない行動に出る銀時に山崎が一瞬呆気に取られるが
「この黒子! お姉様を護る為ならどんな事だってやる覚悟ですのぉぉぉぉぉ!!!」
「ばぶらばッ!!」
そこを突いて黒子は雄叫びと共に頭を突き出して山崎の額に思いっきりかました。
唐突な出来事に山崎は訳が分からないまま後ろに倒れる。すると空中で体制を立て直した黒子が地面にバサッと大の字で倒れた山崎に馬乗りになると
「わたくしの記憶を奪ったリモコンを寄越しやがれコラァァァァ!!」
「あごんッ!」
「山崎!!」
口調が若干銀時みたいになっている事に自身でも気付かずに黒子は倒れてる山崎横っ面に右ストレートを一発。
銀時の奇想天外な行動に呆気に取られていた土方もまたようやく我に返って、倒れた山崎を助ける為に歩み寄ろうとするが
「おっと」
「な!」
「俺を忘れてんじゃねぇぞコラ」
山崎と彼の間に腹部から血を流している銀時がさっと割り込んできたのだ。
すかさず木刀を掲げる彼に土方は即座に対応して刀を振り上げる。
互いの得物がぶつかり、その反動で互いの体が後ろに弾かれた。
「なんて野郎だ……! 能力も無くし、足も使えなくなったガキを使ってこんな真似するたぁ教師の風上にも置けねぇ……!」
「勘弁してくれよ、そういうのはガキ共に毎日言われてうんざりしてんだよ。これでも頑張ってんだよ銀さん?」
「抜かせ!」
両手を扱えるようになった銀時は土方の剣さばきを難なく対処していく。
木刀と刀が何度もぶつかりあう、互いに押して押されてのワンパターンな繰り返し。
しかし出血を止めていない状態のまま土方と渡り合っている点からして、やはり銀時はただの教師ではないのが明白だった。
負傷はしているもののまだ目は霞んじゃいない、動きにも追いつけるし勝機はあると銀時は考えながら土方に食らいつく。
そしてその勝利を確実に決定させるのが
”彼女の役目”だった。
「ありましたの!」
我を忘れて歓喜の声を上げる黒子。山崎の上に馬乗りになっていた彼女が右手で掲げあげたのは小さなテレビのリモコン
黒子の能力者としての記憶を奪った能力対策平気だ。
「制服の裏側に大量のあんぱんに紛れて隠してましたわ! ていうかこの人どんだけあんぱん持ってんですの!?」
「うわ! ちょ、ちょっと待って! それってレベル5の能力を引用して作られた物だから凄いコストかかってんだよ! ただでさえ高価なモンだから丁重に……!」
強奪してる上に万が一壊してしまったら一体自分はどうなってしまうのか……
必死にあせっている山崎、黒子は一瞥した後スカートの下から小さな鉄棒を取り出して
「てい!」
「ギャァァァァァァァァァァァ!!!!」
力任せに鉄棒をリモコンにぶっ刺したのだ。壊してしまったら自分の記憶がどうなるかさえわからないのに黒子は躊躇せずに何度も鉄棒でリモコンを破壊しようと試みる。
早くしないとあの男(銀時)がやられてしまうかもしれない、ゆえに彼女は己の能力を失うかもしれないリスクを背負って、一か八かこのリモコンを破壊する事を早急に決断したのだ。
「ん~どこまで壊せば記憶が元通りになるんですの? この! この!」
「いやもう止めてホント! それ以上やったらもう取り返しが!」
山崎の叫びも聞かずに黒子はリモコンへの攻撃を止めない。
鉄棒を強く握って何度も同じ箇所に向かって突いていると遂に……
「ふぅ、穴開けられましたの。意外に脆いんですのね」
「あぁぁぁぁぁぁぁ!! おぉぉぉぉぉまいがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「うるせぇですわ!!!」
「ぶべら!!」
鈍い音を立ててブスリと貫通したのである。こちらに手を伸ばして絶叫を上げる山崎に上から拳を叩き落として気絶させた後、黒子は心配そうに手に持ったリモコンを眺める。
「でもこれでわたくしのテレポートが戻ってくるのか……ん? テレポート? っつ!」
その時、まるで脳内に直接静電気が走った感覚を覚えた。
その痛みに彼女が両手で頭を押さえようとするが
「わたくしの能力はレベル4の瞬間転移……!」
痛みはすぐに消えてある記憶が沸々と蘇っていく。
能力の正体、使用用途、演算形式、自分だけの現実……
「戻った! 戻りましたわよ! わたくしの全てが! 失われていたわたくしの勇ましい経歴と共に記憶が復活しましたの!!」
リモコンを半壊させたことにより失われた記憶をやっと取り戻せたことに黒子は歓喜した後、白目を剥いて気絶している山崎の腰元に差してあった”刀”に手を伸ばす。
「安心したら急にどっと疲れが出ましたわ……。それにしても第五位の能力を使った能力者対策武装兵器……確かにわたくし達能力者には恐ろしいものでしたわね……ですが」
鞘におさまった刀をガシっと掴むと、肩で呼吸してもう体力の限界も見え始めている黒子は独り言を呟きながらニヤリと笑って
「こんぐらいしてもらわないと退屈なまま終わらせてしまう所でしたわ、その点だけは褒めてさしあげましょう。真撰組の皆様方」
次の瞬間、山崎の腰に差してあった刀はヒュンと消えた。
それから数十秒前の出来事
土方と打ち合っている銀時はというと
「そろそろタイムリミットだ、覚悟はいいか」
「怪我人のクセにやるじゃねぇか……万全を期すればウチの総悟にだってやり合えるんじゃないかお前? まあそんな勝負を見る機会なんてないだろうがな」
「そりゃどういう事だいチンピラ警察さん?」
「オメェがここで俺に斬られるからだ」
何度も互いの得物をぶつけ合っていた時、土方は遂に意を決して彼に身を乗り上げて突っ込む。
しかし
「!!」
すくい上げるように振った刀は銀時を捉えなかった。代わりに彼が斬った物、それは
柄に洞爺湖と彫られた一本の木刀。
土方の一撃により綺麗に真っ二つになっていた
「変わり身……は!」
身代わりに使用された木刀にほんのちょっとでも気を取られた事が失敗だった。
突如上空の日の光が消えて自分のいる部分に影が現れる。
土方がすぐに顔を上げるとそこには
太陽の光を背に受けながら銀時がこちら目掛けて飛翔していた。
黒子が瞬間転移しておいた山崎の刀を口に咥え、右手で柄を握って鞘から引き抜き、咥えていた鞘はプッと吐いて捨てる。
「勝敗を決したのは、互いの相方の差だったなニコチン」
そのまま両手で刀を振り下ろし
「ジャッジメントォォォォォォ!!!」
咆哮を上げながら、土方ではなく彼の持つ刀を刀身ごと叩き折ったのだ。
一瞬で持っていた得物を粉々にされたショックで土方はその場に突っ立って固まってしまう。
「数日の間に二度も折られた……新調した刀がもうおしゃかかよ……」
折られた刀をボーっと眺めた後、ポイッと捨てて。
懐からタバコのを箱を取り出して一本抜く。
「どうして”俺ごと”斬らなかった? 俺達はお前達が護りたいあのガキ(絹旗)を始末しようとしてる連中だぞ」
言葉を投げかける土方に対し、銀時は腹を押さえながら黒子の方へ歩み寄って
仏頂面で無言に手を伸ばしてきた彼女の手を取る。
「こんな事でテメェを斬っちまったらもっとデカい騒ぎになっちまうだろうが。ただでさえ脱走者の手助けしてるアイツ(美琴)の状況が悪化しちまう」
「ジャッジメントはいかに相手が極悪な罪人であろうが野蛮なチンピラ警察であろうと殺生を行うような真似は致しませんわ、誰かさんと違って」
土方の方へ振り返らずにめんどくさそうに返事する銀時と、それに続いて口を開く黒子。
両足が傷むのか、立ち上がる事は出来ない様子
「いたた……すぐにでもお姉様の所へ行きたい所ですが、あなたのその傷から察して今行くべき場所は病院ですわね、わたくしも治療して欲しいですし、ここはこの寛大である白井黒子がご一緒に連れて行ってあげますわ」
「行かねぇよ病院なんて、こんなもんガムテープでも張れば止血できるんだよ」
「出来る訳ないでしょ、あなた本当にアホですわね」
自分より重症のクセに相変わらず小学生が考えそうな発想で解決しようとする銀時に、黒子はジト目で心底呆れた視線を送っていると。
その光景を眺めていた土方が一歩近づく。
「こんな事までしておいて結局テメェ等はなにがやりたかったんだ?」
その質問に対し
銀時は首だけ動かして彼の方へ振り返った。
「そりゃこっちが聞きてぇなお巡りさん、お前等が今やってる事ってなんだ? イカれた研究所から逃げ出した小娘を斬る事か? それが警察の仕事か?」
「だからどうした、俺達真撰組はただの警察じゃねぇんだ。こういう汚れ仕事もやらなきゃいけねぇ時もある」
「攘夷浪士を殲滅とする事に力と知恵を注いでる真撰組が聞いて呆れるぜ全く」
けだるそうに髪を掻き毟りながらため息を突く銀時。
「小便くせぇガキのケツ追っかけてねぇで、警察として俺たち小市民の為に働いたらどうだ?」
「誰が小市民だ、テメェ等がまともな人間に区分されると思ってんのかコラ」
「んだとコラ、どっからどう見ても善良なる一般市民だろうが。税金も払ってんだぞこっちは」
互いに悪態をついた後、銀時は黒子の手を取ったまま再び土方にそっぽを向く。
「このまま上の連中の言いなりになって、正真正銘犬っころ同然の生き方すんなら勝手にしろ。テメー自身に嘘ついたままこんなくだらねぇ仕事やるってのがテメェの筋って奴ならそれはそれで構わねえし興味ねえ、けどな」
黙って話を聞いている土方に銀時は
「テメェ等がまたアイツ(美琴)やアイツの周りに危害加える様なことすんなら。俺は何度でもテメェの刀へし折ってやる」
後の言葉を少しだけ強くした口調で言い放つと
黒子の手を取っていた銀時は土方の目の前で一瞬でフッと消えた。
恐らく彼女が空間転移を使ったのだろう、行き先は恐らく彼等の会話から察するに病院……。だがもう追う気力は彼には残っていなかった
「……刀も折れちまったし……帰ってドラマの再放送でも観るか」
土方は不機嫌そうに咥えていたタバコをポイッと地面に捨てる。
「……先公ってのはどいつもこいつもいけ好かねぇ。説教臭ぇ講釈垂れやがって……」
歯がゆそうにブツブツ呟きながら土方は募る苛立ちを抑えるかのように乱暴に髪を掻き乱し始める。
「こっちだってこんなくだらねぇ仕事なんざごめんだっつーの」
「ほう、だったらさっさと御取り潰しになって警察名乗るの止めてほしいじゃん」
「あ?」
独り言を呟いてる時に不意に後ろから聞こえた女性の声。
乱暴な口調で振り返るとそこに立っていたのは
腰の下まで長い髪を垂らし、スラリとしたスタイルのいい、いかにも気の強そうな女性がこちらを胡散臭そうに見つめながら腕を組んで立っていた。
土方は彼女の事を知っているのか、見るやいなやすぐに物凄く嫌そうな表情
「”アンチスキル”の先公がなんの用だ……とっとと失せろ」
「こっちだってお前等みたいなのと顔も合わせくないじゃんよ。だけどこの辺で大きな騒ぎがあるって通報が何件か来てな。チンピラ警察がコンビニにバズーカ打ち込んだ上にその場でギャーギャー叫びながら刀振り回してるって」
『アンチスキル』ジャッジメント・真撰組と同じく警察組織の一つだ。
次世代武装を施した教師のみで統率されたグループ。ジャッジメントと同じく給料は無く(特別賃金みたいなのはあるが)ボランティアの一環として存在している。
真撰組と同じく無能力者の大人達のみで構成されている組織。戦術・個人的な戦闘能力では真撰組の方が上だが、用いる武装兵器は真撰組よりも強力だ。
ジャッジメントは能力者を用いて
アンチスキルは武装兵器を用いて
真撰組は屈強なる隊士達を用いて犯罪者を相手にするのが主である。
ちなみに銀時と同じ常盤台の教師である月詠もこの組織の一員であるが彼女は朝と昼の時間帯は活動していない。
彼女が率いる『百華』は主に夜勤の活動であり、夜の闇に紛れて犯罪を行おうとする者共をとっ捕まえる事を生業としているからだ。
「あのなぁお前等、いくら幕府に配属された警察組織だからといってどんな所でもやりたい放題やっていいわけじゃないっていい加減気付いたらどうじゃんよ? ただでさえ市民はおろか私達にさえ嫌われてるんだし、このままこんな真似続けてるとどんどん孤立するぞ」
「ケ、先公の説教はさっき十分聞いてんだよこっちは。言われなくてもこっちは撤退する所だ」
「先公に説教されたってどういうことだ?」
「テメェ等には関係ねぇ事……いや待てよ、ジャッジメントのガキとつるんでた所からしてアイツもしかしたらコイツ等と同じ組織に……」
懐からまたタバコを取り出しながら土方はアンチスキルの女性の方へ顔を上げる。
「おい、お前等の組織に銀髪天然パーマの教師っているか?」
「はぁ? なんじゃん急に……銀髪天然パーマの教師?」
彼の問いかけに女性は顎に握りこぶしを当てながら首を傾げる。
「そいつってもしかして、ちゃらんぽらんで目は死んだ魚のような目をしてて腰に木刀差した……」
「そいつだ」
思い出しながら答える女性に土方は頷く。その特徴、どう考えても別人とは思えない。
「やっぱりテメェ等と同じアンチスキルだったか……」
「言っとくけどそいつはアンチスキルじゃないじゃんよ。名門常盤台で教師やってるだけの一般人だ」
「は?」
「同じ常盤台で教師やってる月詠は何度もアイツをアンチスキルに勧誘しているらしいがいつも断わられてるんだとよ」
しらっとした表情で告白する女性に土方は眉をひそめる。
あれほどの実力を持っていながら本当にただの教師だっただと……
「”色々あった関係だった私の友達”と”アイツと同じアパートに住んでる私の同僚”なら詳しく知ってると思うけど、私は顔合わせた事無いからよくわからないじゃん。噂では女性生徒を周りにはべらして遊び回るロリコン教師として有名で……」
「もういい、わかった」
彼女の話を土方はそっと制止させる。
「俺はとりあえずアイツの素性ってモンを知りたかっただけだ、アイツのプライベートな事情はどうでもいい。情報協力感謝する」
「タバコ吸いながらふてぶてしい態度で感謝されてもなぁ……」
建て前だけで感謝の意を伝えた後、土方はどこか納得していないアンチスキルの女性に改めて話しかけた。
「で? いつまでここにいんだテメェは? 情報は貰ったからとっとと帰れ」
「ホント腹の立つ男だなコイツ……そうはいかないじゃん。こっちもお前達に色々と詳しく聞かせてもらわないといけないんだから」
「俺達がお前等に言う事なんかねぇ」
「ふ~ん」
バッサリと答えた土方に女性はジト目でなるほどと頷いた後、すっと爆撃されたコンビニがある方向を指さして
「じゃああれはなんだ?」
「コンビニが爆破されるなんて日常茶飯事みたいなモンだろ、いちいち気にすんな」
「そんなの日常茶飯事にされてたまるか。いや私が聞きたいのは爆破されたコンビニの件についてじゃなくて、そのコンビニの周りであんな事してる連中の事じゃん」
「あん?」
女性にそう言われて土方はふと彼女が指さす方向に振り返ってみる。
その瞬間、彼は咥えていたタバコをポロッと落としてしまった。
「”負けないんだぞぉ~~~☆!!”」
「”私だって凄いんだぞ~~~☆!!”」
「”私なんかもっと凄いんだぞ~~~☆!!”」
「”やだ熱湯風呂こわぁい! みんなぁ! 絶対に押さないでぇ!……押せよ!!”」
「”はぁ~い、今からストッキングを5枚重ねて一気に被ってみせまぁ~す!!”」
「”もううるさぁい! 一番すごいのは私! 原田君なのぉ!! 井出らっきょの物真似やりま~す”」
「”違うわよぉ!! やっぱり真撰組で一番偉くてエロイこの勲に決まってるでしょぉ~~!! ゴリラの物真似やりま~す”」
凄まじい地獄絵図だった。屈強たる男達があれよあれよと全裸になり、どこから持ってきたのかわからないが様々なセットを用いてお笑い芸人みたいなことをやっているのだ。
メンバーは全て土方が見知ってる顔、つまり真撰組の頼もしい隊士達だ。
「こ、これはどういう事だ……! 確かにさっきまで原田と近藤さんがおかしくなっていたが……! 隊士全員が全裸祭りだと……!」
ショックのあまり凍り付く土方。彼は知らなかった、未だに遠くから”あのレベル5の少女”が彼等に細工をしている事を
恐らく病院に行った銀時を追わせない為の行いであろう。
「テメェ等ァァァァァァ!! 何やってんだいい加減にしろ!! 全員切腹させんぞ!!!」
彼女の存在を知らない土方はカッと目を見開いて彼等に向かって咆哮を上げる。
だがそれから間を少し置いた後、全くタイミングでぐるりと首を動かして振り返って来た彼等には、さすがの土方もゾクッといやな恐怖感を覚える。
全裸になった隊士達は彼をチラチラと見ながらペチャクチャと話し始めて
「”やだこわ~いあの人~”」
「”私達の事を見ながらあんなに瞳孔開かせてるぅ~”」
「”獣よ! 獣の目だわ!”」
「”きっと私達の肉体美に虜にされたのよ!”」
「”助けてぇ! 私きっと一番早く狙われちゃ~う!”」
「”なによアンタなんてぇ! 私が一番先に決まってるでしょ!”」
「”私よ”」
「”いや私よ”」
「”私に決まってんでしょ”」
「”ウホウホ! ウホー!”」
「”あらぁ、このゴリラ何処から連れてきたの~?”」
「”動物園の飼育員さん呼んで来て~”」
「”もしくは保健所の人連れて来て~”」
「”めんどくさいから誰か撃ち殺して~”」
まるで一人の人間が人形を使っておままごとをしてるかのように。
隊士達は一糸乱れぬかつ気持ち悪く動いていた。
股間にモザイクを付けて激しく卑猥にアクションする全裸の男共。
こんな光景を麗しい乙女達が見たら泡吹いて失神するに違いない。
これには土方も呆然と立ちすくす以外無い。
「なんなんだこりゃ……」
「わかったじゃん? 公衆の面前でこんな醜態晒してるお前等に話聞かせてもらいたい私の立場が? ちょっとウチの本部に来てもらおうか、じっくり言い訳を聞かせてもらうじゃんよ」
「まさかあの銀髪の仕業……テメーの所のガキを使って俺の同胞を全員……!」
怒りに身を任せ、短絡的な思考で行った推測とはいえ、土方の考えは見事に概ね当たっていた。
そして激しい憤怒で体を震わせながら突如天に向かって土方は口を大きく開いて
「覚えてろよクソ銀髪先公ぉぉぉぉぉぉ!! この借りは数億倍にして返してやらぁぁぁぁぁぁ!!」
「うん、よくわかんないけどいいからついてくるじゃん」
かくして土方・近藤と彼等が引き連れていた隊士達はアンチスキルによって全員御用となった。(倒れてる山崎は放置して)
残るは美琴達を追っている一番隊隊長のみ
もう一つの戦いが始まる