禁魂。   作:カイバーマン。

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第十五訓 破壊少女 執行

真撰組局長・近藤勲が浜面仕上に敗れた数日後の事。

 

昼頃、坂田銀時は隣人が預かっているフレンダ、ジャッジメントであり生徒でもある白井黒子との3人で第七学区のとある喫茶店へ足を運んでいた。

 

その理由は無論、かぶき町に行きながらも名目上ではジャッジメントの保護観察下に置かれている浜面の様子の事であった。

 

「ん~まあそんな事がきっかけで、仕事も住処も見つかったんだとよ」

「無能力者でありながら真撰組の局長を倒したんですの……?」

「あの浜面が?」

「現場目撃してるし間違いねえよ。そっから先はババァに説教込み(無許可で女王をかぶき町に連れ込んでる件で)で聞かされただけだけど」

 

クリームソーダの上に乗っかっているクリームをスプーンでツンツンと突きながら銀時がだるそうに答えると、彼の向かいに隣同士で座っていた黒子とフレンダはそれを聞いて

 

「げへへへ……あの憎き真撰組にそんな目に遭ってたとは……日ごろの行いが悪かった報いですわね……」

「お前、お店で変な顔でニヤニヤすんなよ、気持ち悪ぃ」

「ふへへへ、結局浜面は浜面でもやっぱりいざという時はやるって私もわかってたって訳よ」

「テメェものろけ顔でニヤニヤすんな気持ち悪ぃ」

 

二人して顔を斜め45度上げた状態で嬉しそうににやつくので隣に座っていた銀時が静かに諭す。

 

「万事屋だからロクに稼げそうにもねぇけどな、冷蔵庫にちくわしか入ってない状況もザラ。家賃数か月滞納も当然だろうよ」

「あなたが言うと自分の体験談みたいに聞こえるのですが?」

「俺万事屋なんてやった事ねぇけど? 誰がやるかあんな仕事」

 

こちらをジーッと見つめて変な事を言う黒子に、銀時はスプーンですくったクリームを一口でほおばりながら首を傾げた後、向かいでまだニヤニヤしているフレンダに話しかける。

 

「しっかしリーダーもアレだよな、それからもう結構経つのにお前に連絡の一つもよこさないんだろ? もしかしてもう忘れちまってんじゃねぇのお前の事?」

「な! そんな事あるわけない! 確かに浜面は頭の中空っぽだけど結局私の事だけは絶対に忘れないの!」

「だったらなんで”結局電話の一本もよこさないって訳よ”? お前が世話されてる所の連絡先は教えておいたはずだぜ?」

「むかー! 私の口調取るなー!」

 

嫌味ったらしくそんな事を言ってみる銀時にフレンダは先程まで上機嫌だったのにいっきに低下して機嫌最悪状態に。

彼女なりにも思う所があったのだろう。確かに銀時の言う通り、浜面は別れてから一度も彼女に連絡しなかった。

気になってた事を銀時にチクリと刺されたのが癪に障ったのか。

フレンダはイライラしながら席から腰を上げる。

 

「もういい! お手洗い行ってくる!」

「便座座る時はスカートの中にある爆弾取れよ、じゃねぇとファミレスごとぶっ飛ぶからな」

「アンタに言われなくてもわかってるって訳よ! このセクハラおやじ!」

「セクハラじゃねぇよ、お願いだよ。また誰かのおかげで病院送りにされたくねぇっつうの」

「ふん!」

 

銀時の忠告に不満そうに鼻を鳴らすと、フレンダは足音を大きめにしながら席を後にして行ってしまった。

残された銀時はフレンダの隣に座っていた黒子と一緒に彼女の背中を見送った。

 

「あらま、ありゃあ相当気にしてるご様子ですわね。まあ好意をもたれている殿方が遠い所に行ってしまってしかも連絡さえ来なかったらそら心配になるでしょうに」

「そういうモンなのか?」

「あなたみたいな愛する者のいない人間にはわからない事でしょうけど」

 

偉そうに鼻を高くしてそう言うと黒子は自分の胸に手をそっと当てる。

 

「わたくしも彼女の気持ちがわかりますの、わたくしも現在進行形で愛するお姉様に遠く距離を置かれている立場でして……」

「ああ遂にそうなったか、まあその内なると思ったよ俺は。それに懲りて自首しろ」「……そういう意味でそうなってる訳じゃありませんのよ。自首なんてしませんしする理由もわかりませんわ」

 

二人してこちらを眺めながら納得したように頷く銀時に黒子はジト目で顔を上げる。

 

「最近お姉様がわたくしとの距離を取るのは、どうもご自分一人でなにか企んでるらしいんですのよ。外出も増えてますし」

「外出ぅ? 外出増えただけでアイツがなにか企んでるってのは早計過ぎるだろ。アイツの事だからコンビニか漫画喫茶にでも行ってんじゃねぇの?」

「でしたらわたくしと距離を取る必要はないですの。ゲーセンにもカラオケにも見当たりませんでしたしやはり怪しいですわ」

 

コーヒーに砂糖の塊を3個入れてスプーンでかき混ぜながらそう話す黒子に、銀時がふと口を挟む。

 

「いるわけねぇだろ、あのガキナメんなよ。友達いなさ過ぎて虚ろな目しながら人形と喋っちまうレベルだぞ。そんな所行くわけねぇって」

「お姉様にかかれば、一人ゲーセン、一人カラオケなど容易きこと。レベル5第三位は伊達ではないんですのよ」

「アイツも遂にそこまでいったか、しばらく見ない内に成長するもんだな、出来ればもうしばらく見ておきたくない気もするけど」

 

こちらに振り向いて微笑を浮かべ、ドヤっとした顔を何故か浮かべる黒子に銀時ははぁ~と深くため息を突く。

 

「……もういいわ、アイツがなに企んでるかはなんざ俺は関係ねーし。それよりチビ」

「なんですの? 言っておきますがここは割り勘だといのは把握してますわよ。安月給のあなたにたかろうなんて真似しませんのでご安心を」

「違ぇよ、いやそれは当たり前だけどよ」

 

しかめっ面をこちらに浮かべながら銀時はクリームソーダと一緒に頼んでおいたソフトパフェを手に持ちつつ口を開く。

 

「リーダーの事だ」

「リーダーがどうかしまして?」

「真撰組局長をやっつけた事に喜ぶお前みたいなのもいれば、あまり良く思わねぇ連中もいる」

 

そう言うと銀時は眉間にしわを寄せて難しそうな顔をする。

 

「まずい事にならなきゃいいがな……」

「ボス猿の部下がリーダーを狙って報復に出るって事ですの?」

「あり得えねぇ事じゃねぇよ、組織の大黒柱的がやられたんだ」

 

いぶかしげに見つめる黒子に銀時が顎に手を当てて頷く。

 

「変に因縁つけられるって事もある」

「あるとしたらあのゴリラの次に偉い立場の方からの仇討ちですわね」 

「オラウータン?」

「いや別に自然界ではゴリラの次にオラウータンが偉いって訳じゃないですの、ですから」

 

ブツブツと考えに集中している黒子にい銀時がパフェを食べるのを止めて彼女を問い詰めようとすると。彼女は思い出したかのように嫌そうな顔を浮かべて重い口を開く。

 

「真撰組が副長を務める、土方十四郎。局長の次に偉い立場にいる”双方”のウチの一人ですわ」

 

その名を言うだけでも吐き気がするといった感じで「おえ」と黒子は舌を出してみせる。

 

「能力者嫌いとして有名なんですのよその男は。それにジャッジメントであるわたくし達どころか、能力開発に懸命に取り組んでる学生さん達にさえも目の敵にするような態度を取っているんですの」

「なんだそりゃ、スキルアウトとそう変わんねぇじゃねぇか」

「スキルアウトの方がまだかわいい方ですわよ、向こうはただの哀れな嫉妬心、しかしあの男は「天人の技術によって与えられた能力」というのが気に食わないみたいですわね」

 

銀時の土方に対する評価に黒子は肩をすくめて否定する。

スキルアウトは能力者に対して強い劣等感を持って襲う無能力者の集いだが、土方という男とは根本からそれとは違う。

 

「あの男は警察という立場を利用して更に帯刀まで許可された幕府の犬……いえ、自分達に害為す者は即座に斬り捨てる冷血非道な”狂犬”ですから」

 

自分達に泥でも投げた者は誰であろうと斬る。

そんな異常な短絡思考を持っている男が真撰組に控えていると知って銀時も口をへの字にして考え込んだ。

そしてわずかな沈黙の間が出来た後、黒子はゆっくりと口を開く。

 

「あの男がリーダーを斬るのもそう遠くない出来事かもしれませんわね。自分達の局長を手打ちにされた事を理由にして……」

「ど、どうゆう事!?」

「……あ」

 

冷静に黒子がそう予測していた所に

思わぬ人物が戻って来てしまう。

いつの間にか厠から戻って来たフレンダが目を小刻みに震わせて呆然と立ち尽くしていたのだ。

黒子が言ってた事はあまり聞き取れなかったが、ある事だけはしっかりと脳に入れて。

 

「は、浜面が殺されちゃうかもしれないってどういう訳~!?」

 

店内に響き渡るぐらい叫び声を出すフレンダを、銀時と黒子は真顔でじっと見つめた後。

 

「あ、今週ジャンプの発売日だったわ、先頭カラーなんだっけ」

「ギンタマンが映画化するとかなんとかでギンタマンが先頭カラーらしいですの。今日の朝、お姉様が引くぐらいハイテンションで叫んでましたから」

「んだよそれ、はぁ~萎えるわ~」

「ギンタマンとかどうでもいいって訳よッ!」

 

すぐに二人で顔合わせて問い詰める彼女を無視した。

それに負けじとフレンダはテーブルに両手を置くと会話している二人の間に入るように身を乗り上げる。

 

「浜面がまたヤバい事になってるんでしょ!? ねぇそうなんでしょ! ねぇねぇ!? だったら私をかぶき町に連れてって訳! 大至急今すぐ!!」

「ああヤバい事になってる、俺達のジャンプがギンタマンとかいうつまんねぇ漫画に乗っ取られかけている。これはやべぇよな確かに。集英社に大至急殴り込みにいくしかねぇよ」

「あなたに同意するのは不本意ですがわたくしもあの漫画は嫌いですわ。お下品ですし無駄に台詞多いし、なんでお姉様はあんな下劣な漫画をお好きになったのでしょうか? せめてスラムダンクとかならわたくしも許せたのですが……」

「いやそれもうジャンプ載ってないから。でもいつか復活する事願ってるけどね俺は」

「話聞けぇぇぇぇぇぇ!! 木端微塵にされたいのかクセ毛コンビ!!」

 

結局フレンダが彼等から浜面の事を聞き出すのはそれからかなりの時間を費やした後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方彼女達の話題の中心に立っていた浜面はというと、偶然の出会いで縁が出来た志村新八と志村妙。

その二人の実家である講道館に足を運んでいた。

だが浜面はその新八達の家の中でなく、何故か屋根の上に腰を落として一生懸命何かを行っている。

 

「あーあ、クソ暑ぃなコンチクショー」

 

口ではぼやくものも腕を止める気配はない。やる気なさそうにしても手際よく手に持ったトンカチを使って釘を置かれた板に打っていく。

 

今日ここに来たのは別に遊び来たわけではない、”万事屋としての仕事”を行う為に来たのだ。

依頼人は志村新八。随分前から屋根が傷んできてるので、腐ってる木材は新しく組みなおして欲しいといった内容。

報酬はそれほど多くはないが、新八はかぶき町では初めての同性同年代の友人。そんな彼の依頼を断る選択など存在しなかった。

それに……

 

「いっづぅ~……なんなのよこの釘……遠隔操作の能力使ってトンカチの軌道を私の指に逸らしてんじゃないの……学園都市産の釘ならあり得るわね」

「いやそれお前が不器用なだけだから……」

 

浜面より上の場所にいて、先ほどから何度も釘ではなく自分の指にトンカチを振り下ろしてる少女。打てたとしてもそれは全部不恰好にひん曲がったまま板に刺さっていて、とても釘としてまともに機能するとは思えない。

麦野沈利が赤くなった指を口に咥えているのを浜面は遠い目で見つめる。

 

「お前これ何度目だよ……釘の数だって無限じゃねぇんだからこれ以上無駄にすんなよな。後は俺がやるからお前は下降りて休んで来いよ」

「なに浜面のクセに仕切ってんだコラ、万事屋アイテムのリーダーは私、仕事が来れば先頭立って部下を先導するのが私の役目なの、おわかり?」

「釘をスクラップにする役目だと思ってたわ」

 

浜面がアイテムに加入して数日経った今、わかった事がある。

麦野は一応彼の上司なのであるが、何でも屋としてのスキルならやはり手先が器用な浜面の方が数段上だった。

彼女は事務作業や裏手に回る仕事もあまり得意ではなく、その上細かい作業や何かをじっくり待つというのも苦手らしい。特化しているのは人並み外れた運動能力らしいが、万事屋という職業柄、それほど重宝されるスキルではなかった。

どうしてこんな彼女が万事屋などという奇天烈な仕事をしようと思ったのか浜面は未だに疑問を感じている。

 

「……ちまちまとやんのはどうも私には合わないのよ……」

「だからもういいって、俺こういう作業結構嫌いじゃねぇしよ。後は全部任せておけって」

「嫌よ、これはあのメガネが依頼として私の店に持ち込んできた仕事。たとえどんな仕事でも私はやるったらやる」

 

ムスッとした顔でそう言うとまた不慣れな手つきで屋根板に釘を打ちつけ始める。

しかしものの数秒でゴンッという鈍い音が鳴り、またもや指を押さえて悶絶する麦野。

 

「どんな仕事にも一生懸命やろうとするのは健気でいいと思うけどさ、頼むから学習ぐらいはしてくれよマジで……」

「うごぉ……! ちくしょうこんな筈じゃ……!」

 

彼女はどんな内容の依頼でも即答で承諾するという自分なりのルールがあった。

たとえそれが自分には苦手な項目に当てはまる内容だとしても彼女はちゃんと自分なりに精一杯頑張ってその仕事を成し遂げようとする。

そういう姿勢には浜面も素直に素晴らしいとは思っているしほんのちょっぴり尊敬もしているのだが……

 

「頼むぜホント、俺が仕事できてもお前が出来なかったらこの先真っ暗なんだからよ」

「少しばかり仕事出来るからって調子乗ってんじゃねぇぞ浜面。見とけよ、これが私の必殺技、釘五連打ち!」 

「またこの子は変なモン覚えて……」

 

威勢はだけはいい麦野は一つ打つのも時間掛かるのに無謀にも五つの釘を板に刺して、それを滑らかな速さで一気に打ちつけてやるとトンカチを振り下ろすが

 

「あだ! いだ! うげ! えぐ! おご!」

「親指から小指までクリーンヒットさせてんじゃん! すげぇなそれもう一種の技術だわ!」

 

板を押さえつけてる左手にどういう原理なのか親指から小指まで的確にトンカチを振り下ろしてしまうアクシンデントを披露する麦野にさすがに浜面も驚くと、彼女は涙目になりながらもニヤリと笑って彼の方へ振り返り。

 

「ど、どうよ……これは本来何十年もの歳月を費やしないと出来ない奥義なのよ……?」

「無駄に『卍解』並に取得難易度高ぇよ! 出来ても悲しいだけだし! ていうかそれが出来るお前を見てても悲しい!」

 

真っ赤になってしまった手を押さえながら言っても全然凄く見えず、浜面が指を突き付けて彼女にツッコんでいると、下の方から彼等に向かって声が飛んできた。

 

「浜面くん、屋根の方は大丈夫ですかー?」

「あ、新八だ」

 

下を見るとこの家の住人である新八がこちらの様子を見に来たらしい。

顔を上げてこちらを見上げている彼に向かって浜面は落ちないよう気を付けながら屋根の端っこに立つ。

 

「いくつかもうダメな感じなのがあるが在庫の木材でなんとか取り替え出来そうだ、ただ釘の数はギリギリだ。麦野がさっきから何本も折ってるしその勢いで自分の指の骨も折ろうとしてる」

「なにやってんだあの人……それじゃあ僕、ホームセンターで釘と包帯買ってきますよ。それまでウチの留守お願いします」

「お妙さんは家にいねぇの?」

「今日は休みらしいですから店の人たちと一緒に買い物行っちゃってます。それじゃあ」

 

そう言って新八は手を振って元気そうに行ってしまった。

本来なら依頼を受けたこちらが足りない物を用意してもいいのだが……

恐らく新八と言う少年はこの町には珍しく人のいい人間なのだろう。会ったばかりの自分に留守を任せるぐらい信頼してしまうのだから。浜面にとっての新八とはそういう評価だった。

 

「ったく志村家には本当頭上がらねえよな、弟は万事屋にも仕事回してくれたり、姉ちゃんも……ああうん、多分いい人……だよな」

 

新八の背中を見送りながら髪を掻き毟って浜面がそう言うと、背後で麦野が「そうね~」と気のない返事をした。

 

「アイツ等の親父って友人の借金担いで、それで無理がたたって病にかかって死んじまったって聞いたし、あのお人好しは血筋なのかもしれないわね」

「そうなのか……苦労してんだなあの姉弟」

「この町にいる奴は大体そういう重い過去の一つや二つ背負ってるもんよ、苦しいのはアイツ等だけじゃないわ」

 

そこで言葉を区切ると麦野はその場に座ったまま疲れたように額に手を置く。

 

「私だってあるんだから」

「なんかあったのかお前?」

「知り合ったばかりのアンタなんかに私が教える訳ないでしょ、ホント馬鹿でしょアンタ」

「なんだよ自分であるって言うから聞いてみただけだろ……」

 

気軽な態度で尋ねてくる浜面に麦野はジト目で呆れたように見つめる。

この男は女の守秘義務というものをよくわかっていないらしい。

女というのは多くの秘密を持ってるものなのだ、それをこんな気楽に聞き出そうとするなど男として絶対NG

 

「やっぱアンタ女慣れしてないでしょ?」

「ふ、ふん見くびるなよ麦野! 俺だって女の一人や二人と遊んだ事あるんだぜ!」

「へー」

 

必死そうに上ずった声でそう告白する浜面に麦野は仕事中だというのを忘れてニヤニヤしながら首を傾げて見せた

 

「どんな子? アンタの女って事は相当品の無い奴なんでしょうね」

「アイツはそんなんじゃねぇよ! ていうか俺とアイツはお前が考えてるような関係じゃねぇからな! スキルアウト時代の頃から知り合って仲間になったフレンダって言うんだが……」

 

浜面がそう言った所でピタッと止まった。フレンダ……そういえば自分は彼女となにか約束していたような……

 

「やべぇ……この町に来てから色々と忙しかったらついアイツの事忘れちまってた……ずっと連絡してなかったし、どうしようアイツに殺される……」

「あ? どうしたのよ急に?」

「いやそれが……」

 

急にあたふたと慌て始める浜面に麦野が顔をしかめる。

浜面は慌てながらも彼女に事情を説明しようとしたその時。

 

麦野はハッとした表情を浮かべてすぐに鋭い目に変わった。

 

「!」

「へ!?」

 

彼が何か言いかけていたその時には、麦野は目の色を変えて彼に向かって突っ込んでいた。不慣れな足並みの屋根の上にも関わらずまるで普通に平面な地面を走ってるかのような速さで

いきなりの彼女の行動に浜面は面食らって驚くが、そんな事もお構いなしに麦野は彼の方へ走り寄るとすぐに彼の背中に手を回して

 

「ボーっと突っ立って”犬”に背中見せてんじゃねぇ!」

「うお!」

 

意味深なセリフを吐きながら麦野は浜面を後ろから抱えてそのまま横方向にのけ反る。

彼女の行動にますます混乱する浜面だが次の瞬間、麦野に抱きかかえられながら彼はとんでもない光景を目の当たりにする。

 

 

 

先程まで浜面が立っていた場所に

 

黒い制服、瞳孔は開き、口にタバコを咥えた男が

 

両手に持った刀を勢い良く振り下ろしていたのだ。

 

「うおわぁぁぁぁぁぁぁ!! なになに!? 何事コレ!?」

「チッ、やっぱ暗殺は柄じゃねぇ」

 

振り下ろした刀は静かに空を切る。

男は苦々しい表情で舌打ちすると麦野に抱きかかえられてる浜面の方に刀を手に持ったまま振り向いた。

 

「やっぱ正面からたたっ斬る方が手っ取り早いか」

「き、き、斬る!? もしかして俺を!?」

「オメー以外に誰がいんだよ」

 

素っ頓狂な声を上げて驚いている浜面に男はタバコの煙を吐いたまま平然と答える。

 

「先日、ウチの所の大将が世話になったらしいじゃねぇか」

「大将……? それってもしかして近藤とかいう……」

「その人以外に俺達”真撰組”の大将はいねぇ」

「げ、てことはアンタ真撰組の……」

 

浜面は嫌な事を思い出した。そう、彼の服装はまさしくあの真撰組のれっきとした制服。

随分前に自分達スキルアウトが起こした爆破テロを、手際よく迅速に対応して瞬く間に解決したあの真撰組だった。先日にその大将である近藤勲と会ったばかりだが……まさかまたその組織の一人に出会い、しかも自分を殺す気満々の者が出て来るとは思いもしなかった。

 

「まさかアンタ、やられた大将の敵討ちの為に俺を狙いに」

「そんなんじゃねぇ」

 

人ん家の屋根の上に男は咥えていたタバコをポトリと落とす。

 

「テメェには責任取ってもらうだけだ、ウチの大将はおろか組織そのものに恥かかせた責任をな」

「あのー責任って具体的にどうすれば取れるんですか……」

「ちょっと黙って俺に斬られろ、簡単だろ?」

「全然簡単じゃねぇよ! いて!」

 

シンプルな結論を述べる男に浜面が怖がりながらもツッコミを入れていると。

腰に手を回して抱きかかえていた彼を下にぼとりと落として麦野は男に向かってせせら笑みを浮かべた。

 

「なぁに~? あのストーカー野郎がやられた事が世間体に広がる前に、浜面を殺して黙らせてやろうって腹か? 警察組織がんな事していいわけ?」

「誰だか知らねぇがテメェに用はねぇ、とっととそいつ捨てて失せろ。俺は女子供だろうが容赦しねぇ」

「断ると言ったら?」

「斬る」

 

男が浜面を庇う麦野を睨み付けながらそう言い放つと

 

「へ~……」

 

麦野はニッと笑って空を見上げた。男は謎の行動に映った彼女に眉をひそめる。だがその時

 

スバァ!! という音と共に光線の雨が男の視界に映った。

 

「!!」

 

麦野を中心として真っ白で不健康的な光の筋が四方八方に飛び回る。

彼女の隣にでへたり込んでいる浜面の方にも飛び、「ぎょえぇ!」というマヌケな声をしてその場から飛び上った。

 

「な、な、なんですかこりゃぁぁぁぁ!!??」

「……チッ」

 

自分の座ってた場所に飛んできた光線は志村家の屋根を貫通して家の中へと消えていく。

貫かれた部分はオレンジ色に怪しく光り僅かに熱も帯びていた

突然の出来事に慌てふためく浜面の一方で男の方は冷静に舌打ちだけする。

彼の視線の先にはこの状況をもたらした張本人かと思われる麦野の姿が

 

「……テメェ”能力者”か?」

「まあね、たまに自分でも忘れるぐらい滅多に使わないんだけどさぁ」

 

喋っている途中でも光の光線は麦野の周りを飛び交っている。

熱を帯びたその光は時に男の足元へ飛んだり志村家の屋根に次々と穴を開けていた。

その光景を見て「せっかく取り替えたばかりなのに……」と浜面はがっくりしているが麦野は気にしちゃいない。

 

「コイツは『粒子』と『波形』のその両方の間にある『曖昧なままの電子』。私はそれを自由自在に操る事が出来るのよ」

「何言ってるのか俺にはわからんが、要するにビーム撃てんだろ?」

「確かにビームみたいなモンだけどそんな簡単に言わないでくれる? 傷つくから」

 

麦野の能力は曖昧なまま固定された電子を強制的に操作する事が出来る。

粒子と分子の中間にあるこの電子はどちらの反応を示すかも決定できずにその場に「留まる」性質を持ってしまう。そして「留まる」効力によって擬似的な壁となり、その壁は放たれた速度のままに恐るべき威力で標的へと飛んで行く事になる。

 

「原子崩し≪メルトダウナー≫」

 

麦野は笑みを浮かべたまま己の能力名を答えた。

 

「学園都市に7人しかいない超能力者、レベル5の”第四位”ってのは私の事だよ」

 

レベル5。学園都市にいる能力者達の頂点に君臨する超能力者。

七人の超能力者は順位付けされており、第三位は『超電磁砲』の御坂美琴、第五位は銀時が監視者として保護している”女王”。

 

そして原子崩しを持つ麦野沈利は、第四位の位置に立つまさに学園都市が誇る超能力者だったのだ。

 

それを聞いて新撰組の男は僅かに興味を持ったかのようににやりと笑い。

浜面は彼女の恐るべき正体にあんぐりと口を開けて驚いていた。

 

「……そういや”伊東の野郎”が言ってたな……学園都市は7人の化けモンを飼ってるとか、まさかその内の一人とこんな所で出会うとはな」

「マ、マジで……?」

 

さっきまで人としてダメダメでロクな仕事もまともに出来やしない子だと思い込んでいた数多の能力者が登り詰めようと並々ならぬ努力をして目指しているあのレベル5。

まさか麦野がその誰もが憧れる頂点の一角だったなど夢にも考えていなかったのだ。

というより

 

「なんでレベル5が万事屋なんてやってるんだ……?」

「やりたいからやってるに決まってるでしょ?」

「いやいやいや! だってこんな事してるよりレベル5として研究機関から受けた実験に参加すればたんまり金貰えるはずだろ!」

 

浜面のいう事はもっともであった。レベル5はただでさえ希少なのでその存在価値は非常に高い。能力開発に熱心な研究施設であればそんな彼等に喜んで莫大なる報酬を与える筈。

現に第三位の御坂美琴や第五位の女王は研究参加の報酬を全て足した場合、仮に坂田銀時が3回輪廻転生を行っても稼げない額を受け取っている。

 

とにかく万事屋などというロクに稼げない商売やっているより、超能力者であればその力を利用して稼いだ方が遥かに楽で効率よいのだ。

しかし麦野はそうはせずに、今日も不器用な手つきで釘じゃなくて指にトンカチを叩きつけていた始末。

 

「まあその辺は後で話してあげるから、今はコイツの後片付けするからとっとと後ろ行っててくんない?」

 

しっしと手で払う仕草をして後ろの方へ移動しろと浜面に命令する麦野。

浜面はそれに素直に従い後方に退くもその時改めてこの場の惨場を見渡す。

屋根の所々に麦野の原子崩しが貫いた穴が……

 

「……ここ人ん家だし暴れたら色々マズイと思うんだけど……」

「あ、そう」

「あ、そうじゃねぇよ! こんなん見られたらお妙さんに殺される!!」

「キャバ嬢にシメられるのを想定するより」

 

浜面の方へは振り返らずに、麦野は前を見据えたまま答える。

 

「あそこで偉そうに立ってる汚職警官をぶちのめすが先でしょ」

 

彼女の数メートル離れた場所に立っている真撰組の男は。

麦野がレベル5の第四位だと知っても慌てもせずに怯えもせずに。

平然と懐からタバコを出して口に咥え、胸元に入れておいたライターをカチッと付けていた

 

「おもしれぇじゃねぇか」

 

タバコに火を灯してフゥーと煙を吐く。

 

「一度テメェ等(レベル5)と殺り合ってみたかった、ガキ相手に本気になるってのも癪だが」

 

無能力者でありながらそんな言葉を吐けるなどまともではなかった。

そんなまともではない男は

 

「真撰組副長、土方十四郎。レベル5を独断で斬る」

 

喫煙を行いながら抜いた刀を麦野に突き付けた。

 

「そんなちゃっちぃモン一つで本気で勝てると思ってるのかにゃ~ん? マジムカつくわ、私はね、身の上をわきまえねぇで偉そうな態度で見下してくる奴が一番嫌いなんだよ」

 

レベル5の第四位である自分にこうもふてぶてしい態度で高慢に己の名前さえ明かした土方という男に麦野はフゥと息を吐いて見せた後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

 

 

 

 

 

 

口が横に引き裂かれるんではないかと思うぐらいに笑っていた。

 

 

 

そして浜面は戦慄しながらこれから起こる出来事を想定し、一つの悩みが生まれた。

 

 

 

「家全部吹っ飛んだら志村姉弟にどう謝ろう……」

 

 

 


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