禁魂。   作:カイバーマン。

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第十四訓 世紀末少年、面倒みられる者からみる者に

かぶき町・スナックお登勢兼万事屋アイテムの店前。

事が終わった跡地には一人の屈強な体つきの男が大の字で横たわっていた。

白目を剥き、顔には棒状の様な物で強く殴られたかのような赤い痕が残っている。

 

気絶して動かない男をかぶき町の住人達が取り囲みざわざわと騒いでいた。

 

「しっかし、真撰組の所の局長と女の取り合いで負かしちまうたぁねぇ」

「何モンなんだあの金髪のガキ? あれがうわさに聞く能力者って奴かい?」

「そういや途中からこの男妙な動きしてたな。もしかしたらあのガキがなにか使ったんじゃね?」

「まあなんにせよ、これでまた真撰組が赤っ恥をかくのは明白だな」

「凶悪犯逃がした次は女の取り合いでガキに負ける、か。人斬り集団も聞いて呆れるねホント」

 

住民達がこぞって倒れている男を見下ろしながらそうぼやいていると……。

 

「どうした、なんの騒ぎだ?」

「ああ、なんでも女の取り合いで決闘したらしくて……ってげ!」

 

背後から尋ねられたので住人の一人が後ろに振り返るとすぐにギョッとした顔を浮かべる。

ピシッとした黒い制服、腰には一本の刀を差し、口にタバコを咥えて瞳孔が開き、鋭い眼を光らせる男がそこに立っていたのだ

 

「女だぁ? くだらねぇ、一体どこのバカがやったんだ」

 

その男が現れた途端、何故かかぶき町住人の顔色が変わった。さっきまで真撰組の事を色々言っていた連中は「ひ!」と短い悲鳴を上げて逃げ出していく。

しかしそんな事も露知れず、タバコを咥えた男は民衆を押しのけて大の字でぶっ倒れている男を見ると口をポカンと開けてポロッと咥えていたタバコを地面にポトリと落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、近藤局長」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少し時間が経ち、日は落ちてすっかり夜となっていた。

しかし夜の町、かぶき町はここからが本番、早朝はしまっていた店は次々とシャッターを開ける。

飲んで騒ぎ

打って稼ぐかすかんぴん

男と女で官能な世界へ

 

学生絶対立入禁止地区であるかぶき町の時間が始まったのだ。夜にも関わらず、この町は日が出てるように明るい。

 

その中でただ一件、店の前に「貸し切り」という札を置いて他の客を寄せ付けない店があった。

その店の名はスナックお登勢。店内は”特別な客人”が招待され、今日は彼がこの町にやって来たお祝いと戦勝記念をかねての祝勝歓迎会が開かれていたのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ浜面君が晴れてかぶき町の住人になれた事にかんぱーい!!」

「「「「「かんぱ~い」」」」」

 

スナックお登勢の店内ではメガネが唯一のトレードマークである少年こと志村新八がジュースの入ったコップを掲げて高々と第一声を発する。

それに釣られて他の者達も彼とは違いアルコールの入ったお酒を掲げた。

 

「全く、ガキの為に店貸切にしちまうなんて私も随分丸くなったもんだよ」

 

カウンターの奥に立つ中年女性はこの店の女店主のお登勢。

コップに入った酒を一気に飲み干すとやれやれと首を横に振る。

 

「ま、たまにいいかこういうのも」

「サツガブッ飛ばサレタ時ハ私スッゴイ興奮シマシタ、オイ浜面モウ一回ヤッテコイ! ソノ時ハ私モ混ゼロ!」

「止めなキャサリン、また獄中にぶち込まれたいのかい? それにアイツもあんな体じゃしばらくまともに動けやしないよ」

 

店で奉公している天人、キャサリンが酒をぐいぐい飲んですっかりテンション上がっている様子。それをお登勢がめんどくさそうに疎めながら目の前のカウンターで座っているこの祝いの主役の方へ目を向けた。

 

「調子はどうだい? 入院はしなくて良かったみたいだね」

「ああ、治療代出してくれてありがとよお登勢さん、2、3日安静にしていればいいってよ。しかしあの医者に同じ週に二度も会う事になるとはなぁ……いてて」

 

彼女の向かいに座り、体中に包帯を巻いて顔の左頬に大きめのガーゼを貼ってどう見ても怪我人ですといった格好をしているのは

 

口の中が切れているにも関わらず痛みを我慢して、未成年ながら次々と酒を飲み干す浜面仕上だった。

 

「銀さんはいないのか?」

「野郎なら私見るなり”あの子”連れてとんずらしたよ。全く、またここに連れてきたんだね……アイツとあの子はいつまで経っても懲りないよホント」

「そうか……」

 

ちょっと残念な所もあるが仕方ないか。浜面はため息交じりに自分のコップに酒を注ぐ

 

「だけど未成年に酒飲ませていいのか? 銀さんに聞いたけどアンタあの常盤台の理事長やってるような人なんだろ?」

「この町じゃ私は理事長じゃない。今の私はかぶき町の夜の蝶だよ。それにアンタぐらいの年で大酒飲む奴なんざこの町にはたくさんいるのさ、いちいち注意してたら身が持たないよ、テメーの身はテメーで気を付けろって事だね」

「まあキャバ嬢やってたりホストとして働いてる奴もいるって聞いたしな……」

 

お登勢直々に公認されてますます浜面の酒を飲むペースが速くなる。

そこへ先程乾杯の音頭を取っていた新八が彼の隣の席へ座った。

 

「ちょっとちょっと、飲み過ぎじゃないですか浜面君。ちょっと勢い落とさないとすぐに落ちちゃいますよ」

「いやいや子供だねぇ新八君は。男は酒が呑めてなんぼだぜ? 若い内に飲んどいた方がいい経験になるんだがな」

「はぁ……」

 

怪我人のクセに「俺結構酒強いんだぜ」アピールを自慢げにしてくる浜面に新八は軽くため息を突くと。

 

「じゃあ、ウチの姉上と飲み比べでもしますか?」

「……」

 

新八がクイッと横に目を向けると浜面もそちらに無言で目を向ける。

 

同じカウンターに座るのは、志村新八の姉、お妙と志村妙

その隣に座っているのはこの店の上に自分の店を構えている麦野沈利。

 

「すみませーん、これもう空になっちゃったんで新しいの開けてもらえますー?」

「あータダ酒サイコー、もう死んでもいい、酒に飲まれて死ねれば満足よ。っておい、つまみのシャケが切れたわよ、買ってこいよ猫耳団地妻」

 

仲が悪いにも関わらず何故か隣同士で座っているこの二人。

さっきから次から次へと酒を飲んでは空にし店の酒をありったけ飲みつくしている。

麦野の方はお妙に対抗しようとしていただけなのか顔を赤らめて少々ダウン気味。

だがお妙の方はケロッとした表情で持ってるコップに並々と酒を注ぎこむ。

 

「あら麦野さんもう限界ですか? 情けないですねー、それでもかぶき町の女ですか?」

「つまみが切れたからぁちょっと一息突いてるだけぇよ。ここから後3時間は飲みまくるわぁよ私」

「あらその程度? 私は朝まで余裕ですけど?」

「あ、間違えぇた。私明日の朝どころかぁ明日の昼ぅ、いや夜までノリノリでぇいけるんだったわ」

「本当に年中ヒマなんですね麦野さんは、羨ましいです事。どうぞごゆっくり朝から晩までグータラ飲んでてください」

 

呂律の回らない口調で喋る麦野にお妙は微笑みながら皮肉めいた言葉を浴びせた。

そんな二人を眺めて浜面はドン引きした様子で

 

「……女も酒飲んでなんぼって事か」

「姉上キャバクラ勤めですからね、お酒なんて姉上にとっては水ですよ水」

 

酒豪というのはきっと彼女の様な者を指すのであろう。

浜面がそう思っていると、お妙は彼がこちらを見ているのに気づいた。

すると酒の入った徳利をお登勢から受け取り、席から立ち上がってそれを両手に大事に抱えたまま彼の方へと近づくと

 

「ご一杯酌させてよろしいかしら?」

「え!? あ、どうも!」

 

 

やんわりとした笑みを浮かべながらそう言ってきた彼女に浜面は照れながら急いでお猪口を手に取る。お妙はそれに立ったまま徳利を傾けて酒を注いだ

 

「今回の件で事がすべて収まるとは思えないけど、あの人をはっ倒してくれた事に礼を言っておくわね、ありがとう」

「いや礼を言われる筋合いはねぇって……結局あれはアンタの為じゃなくて俺自身の為にやった事だし、勝てたのも銀さんとあの子のおかげだったし……」

「そうね、まさかあんな卑怯なやり方で正々堂々と戦い武士道を貫く侍を倒すなんて本当に卑劣で外道で最低なやり方だと思うわ」

「申し訳ないと思ってます……」

 

酌しながら中々胸の痛まる事を言ってくれるお妙に浜面は落ち込みかけていると彼女はフッと笑って

 

「ま、そういうやり口も私は嫌いじゃないのよ」

「なんなんだよアンタ、上げて落としてまた上げて……」

「キャバ嬢としての喋り方の基本よ、今の景気だと褒めてるだけじゃ男って中々財布から出すもん出さない、だから上下に揺らして攻めるの、これぞキャバ嬢の話法の一つ、ツンデレ戦法よ」

 

酌を終えてこちらに右目を閉じてウインクしてくるお妙に浜面は唖然とした表情を浮かべながら彼女が注いでくれた酒をグイッと飲むと

 

「……俺ぜってぇキャバクラ行かねぇ」

「そう残念、せっかく搾り取れると思ったのに」

「俺一応アンタの事助けてやったよね!? ストーカー追い払ったよね!?」

 

さらりと恐ろしい事を呟くお妙に血の気が引く浜面。やはりこの町の女は怖い……。

いやもしかしたら彼女だけ特別なのだろうか……。

そう考えながらため息を突いている浜面に、そのお妙の弟である新八がふと尋ねてきた。

 

「そういえば浜面君、就職先決まってないですよね? どうするんですか?」

「あ、やべぇ忘れてた……。今日中に見つけとこうと思ってたのに……」

 

尋ねられてやっと思い出した浜面。決闘する羽目になってしまってからすっかり忘れていたようだが今彼は働き口がないのだ。更に今晩寝る場所も考えていない

頭を抱えてガックリと肩を落とした彼に、新八がまあまあとなだめる。

 

「別にすぐに働き場所探さなくても浜面君ならきっといい所見つかりますって、明日から仕事探し再開すればいいんですし」

「いい所ってどこ?」

「ええとそれは……」

 

こちらに振り向いて来た浜面に新八は口ごもらせて困っていると、傍に立っていたお妙がポンと手を叩いて

 

「そういえば”西郷さん”のお店でスタッフ募集してたわ。そこへ行ってみたらどうかしら」

「アンタの事だからどうせロクでもない店だと思うが……一応聞くけどどんなお店?」

「心配しないで! 股についてる”玉と棒を取る手術”すれば完璧よ!」

「完璧じゃねえよ! 明らかに男として一番大事なモン失うよ!?」

 

親指を立てて「いっちょやってこい」と言ってるようにニコッと笑いかけるお妙にツッコむ浜面。

それほどのリスクを負わなければならない程働きたいとはさすがに考えていない。

それにその西郷とかいう人物の店がどんな内容なのかも大体察しが付く。

 

「は~そこだけはマジでご勘弁願うとして……どうっすかな~、なあお妙さん。アンタの所の店は男性スタッフとか募集してないの?」

「ウチの店で働くのは構わないけど、キャバで働くってのは女でも男でも難しいのよ? 覚える事も多くて厳しいし。呼び込みや接客も当然だけどマナーの悪いお客さんの対処とかもしなきゃならなかったり」

「いやいやそれぐらいの事でめげたりしねぇよ。下っ端人生長く送って来たんだ。そんな事全然構わねえから」

「そう? だったら今度店長に私から頼んで……」

 

キャバクラの様な水商売でも経営の仕方は普通のお店とも変わらない。

仕事と言えば仕事なので当然辛くて手厳しい目に遭うのも極当たり前の事である。

故に浜面はそんな事気にしない、働けて賃金が貰えればそれでいいのだ。(最初にお妙が紹介した店では死んでも働きたくないが)。

そんな彼にお妙は頷いて店長に紹介するよう約束しようとしたその時……

 

「おい」

 

さっきまで離れで飲んでいた麦野がいきなり席から立ち上がって歩み寄って来たのだ。

 

「勝手に何やってんだキャバ嬢。そいつは私の所で働かせるのよ」

「へ?」

「あら麦野さんいたんですか、私てっきりもう帰ったのかと」

「いちいち私に毒吐かなきゃ会話できないのアンタ」

 

ギロリとお妙を麦野が睨み付けている中、浜面は目を見開いて彼女の口から放たれた言葉に驚く。

 

「働く? 俺がお前の所で?」

「当たり前でしょ? 今日の件でわかったわ、アンタ中々いい筋してるわ」

「いやいや当たり前じゃないから、なんでそうなるんだよ?」

「私が決めたからに決まってるでしょう、ホント鈍い脳みそしてるわコイツ」

「いやいやいや! お前に言ってたよね!? 万事屋は自分一人で十分だって!」

 

いきなり自分の所に来いとほぼ強制的な勧誘に浜面が驚くが麦野はすっとぼけた表情で首を傾げ

 

「そんな事言った覚えないわねー。んじゃとりあえず明日からよろしく」

「おいぃぃぃぃぃ!!! テメーで言った啖呵をあっさり撤回してんじゃねぇよ!」

「いいじゃない、こんな美人と一緒に働けるなんてその辺の男からしたら発狂して死ぬレベルよ」

「もしそうなったらお前災害レベルの兵器になれるだろ……」

「ん~まあ”なれるわね”、興味ないけど」

 

へらへら笑いながら自分の過去の発言をもみ消していけしゃあしゃあと話を進め出す麦野に浜面は呆れて開いた口が塞がらない。

そりゃ確かに彼女の事は強引なところがあるけれど嫌いという訳ではないのだが

 

「お前の所って稼げないんだろ?」

「稼ぐ手立てがないのは仕事が来ないだけなのよ。だからアンタは明日から仕事探しよろしく」

「いやこっちがふざけんな! そんな収入が安定ない仕事なんて願い下げだわ!」

「決定事項だつってんだろ、ウチに来い。殺すぞ」

「こんな怖い勧誘生まれて初めてなんですけど!?」

 

ドスの利いた口調で言葉を吐き捨てる麦野に血の気が引く浜面。

助けを求めようとふとカウンターの奥にいるお登勢の方へ振り向くが

 

「浜面、私からもお願いだよ。この子の所で働いておくれ」

「はぁ!? なんでお登勢さんまで!?」

「そもそもこのガキ一人で店を経営すること自体無理なんだよ」

 

裾からタバコーを取り出しながらお登勢はうんざりした様子で話す。

 

「家賃の払いさえまともに出来ないぐらい可哀想な子なんだよ、お願いだからこの子の面倒みてやってくれないかい?」

「え、俺が面倒みんの!? 雇われた俺が面倒みなきゃならないの!?」

「おいババァふざけんな! なんで私がコイツにそんな事されなきゃならないだよ!」

 

哀れんだ目をお登勢に向けられそれに不満感を持つ麦野だが。浜面の隣に座っている新八は彼女の方に顔を上げて

 

「お登勢さんの言う通りですよ。だって麦野さん今ほとんどニートじゃないですか。もうダメ人間街道まっしぐらの状態で崖っぷちじゃないですか」

「うるせぇ誰がニートだ! 童貞のクセに!」

「童貞は関係ねぇだろ! てかなんで知ってんだアンタぁ!」

「私の能力は童貞と非童貞を見極める力なんだよ」

「そんな能力聞いた事ねぇよ! ていうか僕麦野さんの能力知ってますからね!」

 

横槍を入れてくる新八に一喝する麦野だが今度は天敵であるお妙も頬に手を当ててため息を突き

 

「そうねぇ、貯金も生活力も社交性もゼロな麦野さんには浜面君みたいな誰とでも喋れる人が傍にいた方がいいかもしれないわね」

「私は面倒みてもらうからコイツを雇うんじゃなくてコイツにある面白味を感じて雇うんだよ!」

「”マルデダメナ女”デスカラネコノ女ハ。私トお登勢サンニモ迷惑カケルシ最低ナ女デス、コノ人間ノクズ」

「テメェはいきなり話入ってくんじゃねぇ妖怪が!」

 

店の奥から酒を両手いっぱいに抱えたままキャサリンが話に加わって来た。

コイツはコイツでめんどくさい、麦野はしっしと手を払ってあっち行けと指示するがキャサリンはそれを無視して

 

「お登勢サン。コノ女ハ、イツモ家デゴロゴロシナガラ「マーガレット」読ンデ一日潰シテルンデスヨ」

「てんめぇぇぇぇぇぇ!! なんでそれ知ってんだぁぁぁぁぁぁ!!」

「え、マーガレット?」

 

キャサリンのまさかの告げ口に麦野が焦った様子でで彼女に向かって激情の声を荒げる。

しかし事既に遅し、彼女の話を聞いた浜面は頬を引きつらせて隣にいる新八に話しかける。

 

「なあ、マーガレットって確か少女雑誌だよな……」

「ええ、僕はあんま知らないですけど恋愛系を多く使ってる女の子の為の漫画雑誌ですよね。意外と乙女チックな所もあるんですね麦野さんって ぼふッ!」

 

感心したように頷く新八の横っ面に遂に麦野が拳を一発入れて黙らせるが。

キャサリンの方は指を突き付けて更なるカミングアウトを続ける。

 

「オ前ガイツモジャンプトシャケ弁デ挟ンデ買ッテルノモ知ッテンダゾコラ! ホントハジャンプハタダノカモフラージュナンダロ!」

「それまんまエロ本買う時に使う手口じゃね!?」

「カモフラージュじゃねぇよちゃんと読んでるつーの! ニセコイとか!」

「あ、やっぱりそういう系統が好きなのか……」

 

見ただけの麦野じゃ到底知らなかったであろう意外と可愛らしい趣味に浜面が「へ~」と呟いていると、そんな彼を麦野は額に青筋を浮かべて恐ろしい形相で睨み付けながら

 

「バラしたら殺すぞ……!」

「い、いや俺は別にそういうのも悪くないと思うけど……フレメアも読んでるし……」

「……ふん」

 

そう言ってフォローしてくる浜面に麦野は不機嫌そうに鼻を鳴らすだけでそれ以外何も言わなかった。

しかしそうしている内にキャサリンはいつの間にか、タバコを咥えているお登勢の隣に立って

 

「アノ年デ真剣ナ表情シテ「カナミン」観テルトカマジドン引キデスヨホント」

「なんだいカナミンって?」

「小学生グライノ小娘ニ人気ナアニメラシイデス」

「はぁ? そんな小さなガキが観るアニメなんかに夢中になってんのかいアンタ? そういうのはいい加減卒業しなよ」

 

呆れた様子でタバコを咥えながらこちらに目を細めるお登勢。

お母さんにエロ本隠してるのバレた男子中学生のように気まずそうにその場に立ちすくんで体を震わせる麦野だが、お登勢から来る痛い視線を無視してキャサリンの方へ睨み付ける。

 

「いい加減黙れよ猫耳付けた化け物が……ていうかテメェぜってぇ私の家に忍び込んだり後つけたりしてただろ……!」

「人聞キノ悪い事イッテンジャネェゾクソアマ! 金目ノモン全然隠シテナイクセニ!」

「オイババァ警察を呼べ! もしくは管理局呼んでコイツを故郷の星に帰せ!」

 

激昂を通りこしてもはや魔王の様にドス黒いオーラを身にまとっている麦野に浜面が頬を引きつらせながら苦笑する。

 

「い、いやいいんじゃねぇのそういうのも、そのなんだっけ……カルメン?」

「超起動少女カルミンだ! 名前間違えんなクソが!」

「あ、すみません……その別に気にすんなよ。フレメアも確かそんなアニメ観てたしさ……」

「慰めなんかいらねぇよ! かえって惨めになるだろうが! それと今度そのフレメアって奴ウチに呼べ!」

「いやここかぶき町だからそれはさすがに無理だろ……」

 

趣味が合う同士で語り合いたいのだろうか? 結構女の子っぽい所あるではないか。

浜面がそんな事を呑気に考えていると、お登勢がタバコの灰を灰皿に落としながら彼に疲れた様子で話しかける。

 

「見ての通りだよ、頼むからこの子の世話してやっておくれ。そうしてくれたら今日の酒代は私からの奢りにするからさ」

「ええ!? この酒最初っからタダじゃなかったの!?」

「そりゃそうだろ、なんで私がタダでアンタに酒飲ませなきゃいけないんだい? 損得無しの商売なんて私は御免だよ」

「ええ~……」

 

てっきり自分の事をお祝いして全部タダで提供してくれていたと思ったのに……。

世の中そんなに甘くないと落胆する浜面にお登勢だけでなくキャサリンとお妙も麦野の下で働くよう説得し始める。

 

「オイ浜面、精々ダメ人間同士デ仲良クシロヨ。ソレトお登勢サニ家賃払ウ為ニキッチリ働ケ」

「あなたならきっと大丈夫よ、なんだかんだで麦野さんといいコンビになれそうだし」

「いやそうはいっても滅茶苦茶不安なんだけど……俺どっちかというと面倒見るより面倒みられるタイプの人間だし……ってうお!」

 

将来に対する不安を抱えて気のない返事を浜面がしていると。

キャサリンのせいでずっと隠していた秘密を暴露されてすっかりご機嫌ななめの麦野が、突然彼の胸倉を勢いよく掴んで無理矢理立たせた。

 

「誰もアンタに面倒なんてみてもらいたくないっつーの……!」

「あ、ああ。俺もアンタの面倒見る気はないから安心して……」

「いい!? アンタはこれから一生私の下で働いてバンバン仕事取ってくるのよ! わかったんなら素直に「はい」と返事しろこの……う」

「ん?」

 

叫んでる途中で急に口を押さえる麦野。

胸倉から手を放してもらった浜面だが何事かと彼女の顔を覗くが

 

さっきまでとは一転して物凄く青ざめた様子で気持ち悪そうにしていた。

 

嫌な予感をする……そして浜面がそう思っていた通りに

 

「……マジでヤバい、マジで吐くこれ絶対……」

「うおい! そりゃ酒飲んであんなに騒いでたら酔いも頭に回ってくるわ!」

「ああもうダメだわ……うぷ」

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ!! ここで吐くなよ!? ここで吐かないで頼むから!!」

 

お妙に対抗して多量なアルコールを摂取したのが仇となったのか。

完全にグロッキーな状態でその場で崩れ落ちそうな麦野を、慌てて彼女の首の後ろから肩に手を回してなんとか立たせる。

 

「なにやってんだよホント……」

「厠ならあっちだよ! 早くそのガキ連れて吐かせな!」

「オイ小娘! コノ店ニテメェノキタナネェゲロブチマイテミロ! 私ガタダジャ……ウプ! オロロロロロ!!!」

「テメェが吐いてどうすんだよ! ふざけんなよコラァァァァ!!」

 

喋ってる途中でカウンターの向こうで盛大な吐瀉物をまき散らすキャサリン、どうやらお登勢の見てない隙に隠れて相当飲んでいたらしい。

しゃがみ込んで吐き散らす彼女にお登勢が頭に拳骨を一発振り下ろしているのを目の当たりにすると、浜面は麦野を肩で担ぎながら急いで厠へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気持ち悪ぅ……もうヤダ、私絶対お酒止める……」

「こりゃ確かに面倒みてあけなきゃ可哀想だわ……」

 

この夜、浜面は万事屋アイテムの”二人目”のメンバーとなる事を決めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コイツの傍には俺がいてやんなきゃダメだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スナックお登勢がてんやわんやとしているその頃。

 

かぶき町から少し離れた場所に置かれている武装警察組織、『真撰組』の屯所では。

隊士達もそれに負けじと慌ただしく騒いでいた。

 

「ちょっと! 局長が喧嘩に負けたって本当ですかい!?」

「しかも女を賭けた決闘でその上卑怯な手使われて負けたって本当かぁ!?」

「おまけに局長を倒したのがただの金髪のガキだって聞いたぞぉ!」

 

屯所の作りは江戸本来の和風を強調して作られている。

会議場も大きな畳部屋で隊長各の隊士全員が容易に収納できるスペースが設置されていた。

そしてその会議場で一つのテーブルを囲んで血気盛んな隊士達が声を荒げて激しく問い詰める。

テーブルの奥に座って不機嫌そうにタバコを吸って胡坐を掻いている男へ

 

「会議中にやかましいぞテメェ等、誰だそんなホラ吹きやがったのは」

「”山崎”の野郎に何が起こったか下調べするようアンタが頼んだんだろ!」

「”沖田隊長”が山崎脅して全部吐かせたんだよ!」

 

それを聞いて男の顔色が変わる。不満そうな表情から殺気を秘めた顔つきになった。

 

「……山崎の野郎はどこだ」

 

タバコの灰が畳の上に落ちているのも気にせずそれだけを呟く男に隊士達は一同でビシッと廊下を隔てて置かれている、主に演習目的で使われている広大な庭を指さして

 

「「「「「”変な恰好した小娘”とミントンやってます!!」」」」」

「山崎ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

即座に立ち上がって一直線に男は庭へと向かう。

 

数秒後山崎と思われし人物の「ひぃぃぃぃぃぃ!!」という断末魔と、男の「てか誰だこのガキィィィ!!」という叫び声も聞こえてきた。

 

 

それからまた数秒経った後に、男が何事もなかったかのように会議場に戻って自分の席に戻った。

 

「……まあそういう事だ、近藤さんは俺が病院に送っておいたから心配ない」

「んだよやっぱり本当じゃねぇかよ!!」

「偉そうな顔してふざけんじゃないわよ!!」

「って事はマジ!? マジで局長がただのガキに負けたの!?」

「どうするんすか!? ただでさえ駒場の野郎逃がした事でうち等の立場ヤバくなってるのに!」

「組織のトップがガキなんかに負けたなんて! ここの住民や幕府の上層部に知られたら笑い話じゃ済みませんぜ!」

 

再び皆声を上げて男に向かって叫び始める。

局長が倒れた事は隊士達にとっては血相変える事実なのはよくわかる。

 

だが統率者がいない今、自分がなすべきことは

 

男は吸い終えたタバコをテーブルの上に置かれている灰皿に捨て、ゆっくりと立ち上がると

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

その灰皿が置かれているテーブルを豪快に蹴り上げた。

いきなり動いた彼に先程まで勝手に騒いでいた隊士達は一斉に猫のように大人しくなる。

 

そんな彼等を目を吊り上げて見下ろしながら、男は傍に置いていた刀を手に取って鞘から少しだけ抜く。

 

「会議中にごちゃごちゃ騒ぐなつってんだろうが。私語使う奴は全員切腹だ。俺が介錯してやるから全員並べ……」

 

その場にいた者全員の背筋が凍るような低い声。この人ならマジでやる、それを即座に理解できるぐらいこの男の事は皆わかっていた。

 

真撰組・副長 土方十四郎≪ひじかた とうしろう≫。局長である近藤勲の傍らで共に死線をくぐり、攘夷浪士どころか味方にさえ「鬼の副長」と恐れられるほどの人物。

 

この学園都市に拠点が置かれることになってもそれか変わらず、常に近藤や真撰組の事を思って隊士達の指揮を行っていた。

そして今回の件もまた、どうやら局長の次に高い立場にいる彼が動かなければならないらしい。

 

 

(しゃあねぇな……このまま隊士達がバカな真似やりかねねぇ)

 

男は、土方十四郎は懐から二本目のタバコを取り出しながら思考を巡らせる。

 

(でけー事になる前に……)

 

その思考時間は極めて短かった。

 

彼はもうわかっていた今自分がなすべき事を。

 

かぶき町で醜態を晒して倒れている上司であり戦友でもある近藤を見た時から

 

 

 

 

 

 

 

(俺が斬る)

 

 

 

近藤を倒した者が誰であろうと自分で始末つけると

 

 

 

 


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