禁魂。   作:カイバーマン。

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第十三訓 世紀末少年 誕生

「姉上、なんだか大変な状況になってませんか?」

 

スナックお登勢の前ではざわざわと人だかりができていた。かぶき町の物好きな連中がこぞって円を囲むようにして集まっている。

 

「ハーイ、キャサリン饅頭売ッテマース、バカ共ノ戦イヲツマミニシテ下サーイ」

「なんだ? げ! 饅頭にグロデスクな顔が焼印されてる!」

「ンダトテメェ! コノ猫耳ガチャームポイントノキャサリン饅頭ガ目ニ入ラネーノカ! 萌エルダロ! スッゴイ萌エルダロ!」

「近付けないでくれ! 夢に見る!」

 

集まった住人達に早速キャサリンが呪われたアイテムを籠に抱えて売り出している(どう見ても売れてない)

その群衆の中に紛れて志村新八は心境どうしたらいいのかと不安に駆られていた。

 

「まさか麦野さんのせいで浜面君が真撰組のトップと決闘する事になっちゃうなんて」

「全く、これじゃあ私のせいで浜面君がとばっちり食らったみたいなものじゃない」

 

新八の傍に立っていた姉のお妙がため息交じりに呟く。

いくら傍若無人な彼女でもなんの関係もない人物を自分の都合に巻き込むのは目覚めが悪い

 

「それにあの人多分強い、決闘を前にあの落ち着きぶりは普通じゃないわ」

 

そう言ってお妙は他の住人達が囲んでいる円の中心に立っている男に視線を向ける。

近藤勲、真撰組の局長という立場でありお妙のストーカーでもある。

だが今の彼は間違いなく前者の姿。決闘という男と男の意地のぶつかり合いを行おうとしているのに、涼しげな表情でただ目の前の相手にだけ集中している。

 

「動揺も見せないあの姿は何度も死線を潜り抜けてきた証拠よ」

「伊達に警察組織のトップに立ってる人じゃないって事ですね……それに引き換え浜面君は」

 

静かにたたずむ近藤、しかしその一方彼の向かいに立っている相手方を見て新八は一層心配になる。

 

「助けてぇ……誰でもいいからこの状況から俺を助けてぇ……フレンダ、ツインテ、駒場……銀さぁぁぁぁん!!」

「はーい大丈夫大丈夫、訳の分からない事叫んでないで集中しなさーい。まあ集中しようが何しようがどっち道アンタ終わりだけどね」

 

冷静な近藤と対照的に足から頭まで全身から汗を流しながら振るわせて、恐怖で顔をこわばり意味不明な叫び声を上げている浜面がそこにいた。

近藤の決闘相手は彼だ。麦野が彼の事をお妙の婚約者とでっち上げたせいで、それを鵜呑みにした近藤から決闘を申し込まれてしまったのだ。

そして彼の背後にはセコンド役なのか万事屋である麦野が他人事のように話しかけていた。

 

「まさかもののはずみでこんな事になるとは思いもしなかったわ。お詫びとしちゃなんだけど骨は拾ってあげるから」

「俺が生きてる内に詫びろ!」

「あ~めんごめんご、これでいいでしょ」

「この野郎絶対化けてやる…… 末代まで祟ってやる」

「科学で証明する事が第一の学園都市でなにオカルト染みた恨み言をほざいてんのよ。ていうかマジで化けんなよ、冗談じゃなくてマジで出るなよ頼むから」

 

何やら元凶である麦野に対して涙目で浜面が怒鳴っている

決闘前にあんな醜態を晒している男が勝てるわけがない、下手すれば命まで取られる。

新八は眉間にしわを寄せ、彼をなんとかして助けようと思った。元はと言えば赤の他人、依頼しようとした相手は本来麦野であったし彼がこんな事する理由はないのだから。

 

「姉上、なんとかしてこの決闘を止めないと。じゃないと浜面君、本当に……」

「おーい、どうなってんだコレ? なんでババァの店の前で人がごっちゃり集まってんだ?」

 

新八の声をさえぎる様に背後から大きくやる気のない声が響く。

振り向くとそこには着流しを着た銀髪天然パーマの死んだ魚のような目をした男が腰に木刀を差して群衆をかき分けてやってきたのだ。

 

そして彼の傍には何故かあの有名な常盤台の制服を着た少女が立っている。

 

彼等が現れるとお妙は振り返って「あら」という声を漏らし

 

「銀さんじゃないですか、今日もお連れさんとデートしに来たんですか?」

「人聞きの悪い事言うんじゃねえよ、ただの散歩だ散歩。教師が生徒に手ぇ出したらババァに殺されるっつーの」

 

親しげにその男、銀さんこと坂田銀時と話すお妙に新八はキョトンとした様子で口を開いた。

 

「姉上。この人と知り合いなんですか?」

「ええ、前々からよくウチのお店にそこのお嬢さん連れて遊びに来る変わった人なのよ」

「社会見学だよ、こういう男の金をむしり取るけだものという悪魔にならないようしっかり教育しておかねぇと」

「……いや学生の女の子をキャバクラに連れて行く男の方がよっぽどけだものだと僕は思うんですが」

「うるせぇよメガネ。そのメガネ取ってモブのモブに降格してやろうか」

「モブのモブってそもそもモブじゃねえし! 準レギュラーぐらいの扱いだよきっと!」

 

けだるい感じでさらりと人に向かって酷い事言う銀時に新八がツッコむ中、銀時はようやく円の中心に立っている近藤と、その向かいに立つ浜面に気づいた。

 

「……なにやってんのアイツ?」

「浜面君の事知ってるんですか?」

「ちょっと世話してやったぐらいとちょっと部下やってたぐらいの仲だ」

「いやわけわかんないんですけど」

「ていうかこれどういう事だよ、なんでリーダーがかぶき町の住人が野次馬になって集まるぐらい注目の的になってんだ」

 

民衆の中でビビりまくってプルプル震えてる浜面を眺めながら呑気に首を傾げる銀時に新八が説明して上げる。

 

「実は彼、僕の姉上のストーカーと決闘する羽目になってしまったんです。しかもその相手がどうもあの真撰組のトップらしくて」

「はぁ? かぶき町に来て早々なにやってんだよ……余計なトラブルに自分から突っ込みやがって」

「いや彼はなにも悪くないんですよ、とばっちりみたいな感じで。とにかく、今浜面君は僕の姉上を賭けてあそこにいる近藤とかいう人とやりあわなきゃいけないんですよ」

「ダメダメだなホント、どうやらあの流され体質はどうにか出来るもんじゃねーみたいだな」

 

一部始終を新八から聞いて銀時は小指で鼻をほじりながら呆れたように呟く。

 

「ま、これがかぶき町からの洗礼だな、この状況を打破しねえとこの先、この町で生活なんて出来やしねぇだろうしな」

「ちょっと待ってくださいよ! アンタ浜面君の知り合いなんでしょ! 何とかして下さいよ!」

「それはアイツ次第だな」

「え?」

 

鼻の穴に突っ込んだ小指をポンと出す銀時。

 

「何が起こってもまずはテメーでなんとかするのがこのかぶき町のルールだ。だからここはリーダーにはきっちりそのルールに従ってもらおう、この町で誰かに助けなんざ求めたら俺はアイツを見捨てる」

 

小指の先に鼻くそが付いた手で、隣に立ってる常盤台の少女の頭を撫でるフリをして彼女の髪に鼻くそを擦り付ける。

 

「だがもし、アイツがそのルールに従って誰の助けも求めずにテメーでやってやると腹くくってんなら」

 

怯えてる浜面を眺めながら銀時はフッと笑う。

 

「そん時は俺達がその背中押してやるよ、それもまたこの町のルールだしよ。な、”女王様”」

 

ポンと常盤台の少女の肩を叩く銀時、だがそれを聞いていたお妙は顔をしかめて

 

「それでも心配だわ、だって万年ちゃらんぽらんの人と、頭に鼻くそ付けた子が助けに入っても、ねぇ」

「!?」

 

お妙のその言葉をキッカケに

銀時の隣に立っていた少女はようやく彼に鼻くそを付けられたと気付いて、パニくった様子で必死に両手で髪を掻き乱し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時達がそんな話をしていた一方。そろそろ浜面と近藤の戦いが始まろうとしていた。

 

「さて、ぼちぼちやりあおうじゃないか、俺とお前、お妙さんに相応しいのが誰か決める為の戦いをな」

「いや確かにあの人は顔はめっさ美人だけどさ……俺として守ってあげたくなる使命感を湧き立たせるよう子の方が好みでして」

 

震えながら小さな声で近藤に向かって呟く浜面に、何故か彼の背後に立っていた麦野が何故か顔をしかめる。

 

「ちょっと浜面、なにアンタ出会って初日で私に告ってんのよ。無理に決まってんだろバーカ」

「宇宙空間にほおり投げても生きていそうなお前をどうして俺が守ってやりたいと思うんですかね!?」

 

勝手な誤解を己で生んでかつこちらに軽蔑の眼差しを向けてくる麦野に浜面は怯えるのを忘れてついツッコミを入れる。

 

「確かに一人で頑張って店を経営してるのに、仕事来なくてひもじい生活送ってるって聞いたときはちょっと可哀想だとは思ったけどよ……」

「うわ、こんな奴に同情されてたのかよ私……死にたくなるわね」

「なんで俺に同情されただけで死にたくなるんだよ!」

 

頭を押さえてマジでへこんでいる様子を見せる麦野に浜面が叫んでいる中。

 

彼の向かいに立っている近藤は腰に差す刀を鞘ごと抜き、手を放してそれを地面に落とす。

 

「獲物さえ持っていないガキ相手にコイツは必要ねえな」

「ん? お! 刀使わないでくれるのか!」

「決闘だからな、ここは男らしく対等な状態でやりあおうじゃねぇか」

 

てっきりあの人斬り集団と噂されている真撰組の男なのだから、こっちが獲物持ってなくても問答無用で斬り捨て御免と刀を抜いてくると思っていた。

武装解除してくれた事に浜面はなんとか命だけは助かるかもと嬉しそうな声を漏らすが

 

「だが俺は素手でもつえぇぞ」

「……う」

 

拳を鳴らしながら余裕気にこちらに笑って見せる近藤、目には見えない威圧感が浜面を襲い一瞬にして彼に不安と恐怖を思い出させた。

 

(こえぇよやっぱこの人……ん? アレは……)

 

しかしふと近藤の背後に立っている野次馬の中で一人の男に気づいてハッとする。

 

(銀さん……!)

 

そこにいたのは紛れもない坂田銀時の姿だった。しかしこちらを見てはいるものの胡坐を掻いて助ける気など微塵もない様子。

そんな姿勢を見せる彼を見て浜面は思い出した。

かぶき町に住む者は、誰かにすがらず自分でなんとかする事

 

(俺一人でなんとかしろってか……くそ、出来るわけねぇよそんな事。口で言うのか簡単だけどそれを実行するのにどれだけ……いっその事痛い目見る前に……)

 

泣いて謝ろうか、そうすればこの事に関しては一切関係なかった自分は容易に抜け出す事が出来る。

だがその考えの最中にある記憶が思い出される。

 

 

 

 

それは今日の早朝だった。銀時と一緒にかぶき町に行こうとする時に、見送りに来たある少女が彼と別れ際に話していた事を、浜面はこっそり盗み聞きしていたのだ。

 

 

 

 

『結局さー、浜面の言う通り待つ事にしたけど、チキンな浜面だからどうせかぶき町でもビクビクして騙されたり酷い目に遭わされるに決まってるって訳よ』

 

あんまりだろさすがにと落ち込みかけた。

 

『アイツはどこ行っても結局バカだしアホだしマヌケ面だし~? 1人でどうこう出来る訳ないってわかってるし~』

 

アイツ、人が聞いてないと思って……いや聞いているとわかっても言うだろうなとため息を突く。

 

『それで~もし浜面が泣き叫びながら逃げ回る羽目になったら~すぐに連絡してね~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アイツの傍には私がいないとダメなんだから』

 

 

 

 

 

その言葉を銀時に放った時の彼女は

 

今まで見た事が無いぐらい凛とした目と真剣な表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ぶっちゃけすぐに参りましたって言って土下座するなり誤解解くなりすれば、無傷でこの場から逃げる事も出来る……けど)

 

未だかつてない相手と一人で戦うというこの状況下で。

浜面はぐっと唇を歯で噛んだ。

 

「このかぶき町でもそんな真似したら、もうアイツに……フレンダに一生顔見せできねぇ……」

 

こんな自分でもついて行くと言ってくれた人がいる、こんな自分を信じて待ってくれている人がいる。

いつも陰に隠れて誰かの助けを求めてばかりいた浜面だが、今彼女の存在が支えとなり過去の自分に打ち勝とうとしていた。

 

「は、負け犬上等! こちとら長年スキルアウトにいたんだ! 素手での喧嘩なんて慣れっこだっつーの!」

 

自分自身を鼓舞するかのように浜面は叫んだ。それに対して近藤は静かに拳を構える。

 

「来い若造、大人の男として俺が愛とはなにか拳で教えてやる」

「ストーカーに教えてもらう愛なんて知るかぁぁぁぁぁ!!」

 

吠えながら近藤に向かって突っ込む浜面、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

二人の距離は浜面の接近によって一気に縮まり、まずは先手必勝と言わんばかりに浜面は近藤の顔面を狙って走りながら拳を構えるが

 

彼が接近したという事は近藤にとっても彼が射程範囲に入ったという事だ。

 

拳を振り上げる動作をしたかどうかぐらいの時に。

浜面の顔面に彼の重い拳が綺麗にめり込んだ。

 

「ふごぉ!!」

 

マヌケな声を出してしまうぐらいの強烈な一撃が浜面を襲った。近藤は彼の顔面にめり込んだ拳を思いっきり振りぬく。それと同時に浜面は勢いよく後ろに吹っ飛ばされた。

 

「うげ!」

 

砂ぼこりを散らして地面にひれ伏す浜面。意識はまだかろうじて残っている、鼻を押さえながらヨロヨロと上体を起こすが

 

(ちょ、超つえぇぇぇぇぇ!! なんだコイツ! なんでこんなパンチ打てんだ! ホントに俺と同じ人間なのか!? ホントはゴリラなんじゃねぇのコイツ!?)

 

さっきまでの威勢はどこへ行ってしまったのやら、予想外の一撃に浜面はすっかりビビッてしまった。鼻からはポタポタと鼻血が出始める。

 

(スキルアウトやってた時でもこんなパンチ食らった事ねぇ! 真撰組なんて所詮刀持ってなきゃ俺等と同じ無能力者だと思ってたのに!)

「うわ、コイツ私の醸し出すフェロモンに魅了されて鼻血流してやんの、いやらしー」

(コイツに関してはもうツッコむ気力もねぇ! どっか行けバカ! 頼むから!)

 

すぐ傍で観戦している麦野が鼻血を流している彼を見てまた変な勘違いしているようだが、浜面はそれをスルーしてゆっくりと立ち上がる。

 

「な、なかなかやるじゃねぇか……」

「殴った方が言うのもなんだが大丈夫かお前、目の焦点が合ってないぞ」

「うるせぇちょっと油断しただけだ! 今度はこっちの番だ!」

 

決闘の相手に心配された事が癪に障ったのか、再び闘志を燃やして浜面は近藤に襲い掛かる。

 

「どてっ腹に一撃かましてやらぁ!!」

 

次に狙いを定めたのは近藤の腹部。ここに拳を入れればかなりのダメージを与えるばかりか、怯んだ相手に次の一撃を加える隙も出来る筈。

 

「これでどうだぁ!」

 

近藤の腹目掛けて浜面の渾身の右拳が思いっきり入った。しかし

 

ドスッと情けない音がしただけで、腹に一撃を入れられた近藤の方は「?」とした表情で彼を見下ろしているではないか。

 

(か、かてぇぇぇぇぇぇ!! どんだけ鍛えればこんな堅い肉体になるんだよ! 正真正銘の化け物だコイツ!!)

 

確かに自分の拳は綺麗に彼の腹に入った。だがそれだけ、自分が殴ったその部分はまるでコンクリートの様に堅くて分厚い腹筋。そんな所を殴っても彼は痛くもかゆくもないといった反応

浜面は戦慄した、この相手は本当にヤバい、もしかしたら銀時クラスの実力者なのかもしれない。

 

「今度は俺の番だな」

「へッ!?」

 

腹を殴られても何事もなかったように自然に話しかけてくる近藤に変な声を出してしまう浜面だが、次の瞬間、

 

「うお! いて!」

 

近藤はスッと彼の足元に軽く足払いをかけた。意表を突かれた浜面はそのまま足を捻って転倒。尻もち突いて倒れた彼を、近藤は見下ろしたまま彼の両足を両手で掴み。

 

「どりゃぁぁぁぁぁl! お妙さん見ててくださぁぁぁぁぁい!! わたくし近藤勲の輝かしい強さをぉぉぉぉぉ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

上体を大きくねじってジャイアントスイングに入った。

高校生ぐらいの男を簡単にブンブン振り回す近藤。振り回されている浜面はたまったもんじゃなく意識が朦朧とし始める。

 

(やばい、死ぬ……走馬灯が見えてきた……)

 

視界がグルグルと回る中浜面は。ぼんやりと意識がなくなりかけていた

 

そして彼をそのまま数十秒ほど振り回していた近藤は最後の一振りを終えると

 

「よっと」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

脳をシェイクされていた浜面を野次馬共に向かって盛大に放り投げたのだ。

放り出された時に意識が再びあ戻った浜面は自分が飛んで行くであろう方向にチラリと目を向ける。

 

(ってやべぇ! このままだとあの常盤台の子にぶつかる! ってあれ? なんで学生が来れないかぶき町に常盤台の子が? まさか……)

 

ほんのちょっとしかない間で色んな事を考えていた浜面だがその常盤台の生徒の方へ飛んで行く。

しかし彼が生徒とぶつかる寸前で

 

その生徒の盾となるように銀時が鋭い目をしながら木刀を構えて颯爽と現れた。

 

そして

 

「おぶる!」

 

無言で浜面を”打った”。

再び彼は顔面に激痛を覚え、その痛みと共に再び円内に戻された。

後頭部からドサッと地面に倒れると、もう鼻血が物凄い勢いで出始めた浜面はバッとすぐに上体を起こして野次馬の中にいる銀時を指さす。

 

「何すんだよアンタぁぁぁぁぁぁ!!」

「いや、鼻血流した変態が飛んできたから、いやらしー」

「アンタもその反応か!」

 

決闘そっちのけで銀時に向かって吠える浜面だが、当の銀時は頭をポリポリと掻いて全く悪気が無い様子。

 

「ほら立て変態リーダー。あのゴリラぶっ飛ばせ。女賭けて戦ってんだろ」

「別に俺は賭けてねーよちくしょう!」

 

銀時に押されて浜面は勢い良く立ちあがってこちらを黙って見下ろしていた近藤と向き合う。

 

「アンタが強いのはよくわかった……さすが真撰組のトップだ……」

「はは、男におだられても嬉しくねぇな。ほらもう終わりか? 俺はまだ片膝すら突いとらんぞ」

「上等! 片膝どころか地面にキスさせてやらぁ!」

「やれやれ、威勢だけはいいみたいだな、だがそれがどこまで持つか」

 

相手が自分では到底辿りつけないほどの実力者だと知った上で浜面は近藤に殴りかかる。

しかしすぐに

 

「ぐは!」

 

やはり攻撃の動作は近藤の方が精密さも早さ、そしてその強さも別格だった。

浜面の拳は届かず、代わりに近藤のボディブローが彼の腹部に襲い掛かる。

 

(やっぱりつぇえよコイツ! けど……!)

 

腹部を殴られて猛烈な吐き気がやってきても浜面はぐっと耐えてなんとか持ちこたえる。

だがそんな事をしている間にも近藤の容赦ない攻めが彼に降りかかる。

 

「うぐ……!」

 

圧倒的実力差があると確信し、一気に勝負を決めるつもりなのか。近藤はその重い一撃を次々と浜面の体中に浴びせる。

顔、後頭部、背中、腰、横っ腹と次から次へと殴り続け、そして最後に一度ボディブローを入れた腹に向かって

 

「ふんッ!」

「がはッ!」

 

正真正銘渾身を込めた本気の一撃。洒落にならないその威力に、遂に浜面は腹を押さえながら地面に両膝を突く。

 

「ク……クソったれが……マジでいてぇよバカ……」

「もういいだろ、降参しろ」

 

まだ憎まれ口を叩く気力が残っている浜面を見下ろしながら、近藤は真顔で静かに言い放つ。

 

「潔く負けを認めるのも恥じる事じゃねぇんだ」

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

そう言ってくれる近藤だが浜面は荒い息を吐くだけで何も言わなかった。

そうしているとさっきからずっと傍観者だった麦野が

 

「あーもう止め止め、終わりにしましょうこんな茶番」

 

ツカツカと二人の所に歩み寄って来たのだ。手をパンパンと叩いてもう終わりと合図を送りながら

 

「ストーカーさん、実はそいつあのキャバ嬢の婚約者でもなんでもないのよ。私のでっち上げだから」

「なんだと!」

「だから決闘ごっこはもう終わり。そこのバカも解放してやって、後は私が病院に連れて行くから」

 

あっさりと嘘だとバラしてボロボロになっている浜面の傍にしゃがみ込む麦野。

さすがにこんな状態になってしまったのは自分の責任であると考えたらしい。

 

「ったくアンタってホントアホよね、こんな事にマジになっちゃって。まさか本当にあのキャバ嬢に惚れたわけじゃないでしょうね?」

「麦野……」

「はいはい、文句なら病院でたっぷり聞いてあげるから。肩貸しなさい」

「戻ってくれ……俺はまだ負けてねぇ……」

「は?」

 

浜面の肩にそっと腕を伸ばした時に麦野は我が耳を疑った。

両膝を突き体中に無数の殴られた跡を付けて、今にも気を失って倒れてしまいそうなこの男は今何と言った?

 

思わずその場に固まってしまう麦野を無視して、浜面はグッと足に力を込めて立ち上がろうとする。

 

「確かにこんな事にマジになるなんて馬鹿らしいってのはわかってる。俺は別にお妙さんとは会ったばかりの間だし通す義理もねぇ、万事屋でもなんでもない俺がこんな所で真撰組のトップと喧嘩する理由なんてハナっから存在しねぇんだ」

 

傍に寄り添う麦野にも、目前で立っている近藤にも、そして群衆の中にいる新八やお妙、銀時にも彼の声が静かに響く。

 

「けど俺は……それでもコイツに勝ちてぇんだ……」

 

歯を食いしばりながら浜面はヨロヨロとしながらも遂に立ち上がった。

 

「今まで散々惨めな人生送ってた。逃げたり隠れたり、強い奴の後ろから威張ったりしてる事を生きがいにして……だから俺は決めたんだ」

 

未だ荒い息を吐きながら浜面は喋るのを止めない。

 

「俺はこんな弱い自分から脱却したい」

 

体中から来る痛みに何とか意識を奪われぬようにこらえ、浜面は目前に立つ近藤を鋭く睨み付ける。

 

「その為のキッカケがコレだ。アンタを倒してこの町に俺の名をとどろかせるとか、有名にってちやほやされるのが目的じゃねぇ、この町を俺の新しい”居場所”とする為にアンタを倒すんだ。陰に隠れて暮らすなんてもうまっぴらだ、”変わりたいんだ”俺は」

 

ボロボロになりながらも浜面の目は死んでおらず

 

「アンタに勝てばなにか得られるモンがある! それは物や金じゃねぇけど今俺が一番欲しいモンなんだ! だから! 俺はこの戦いに絶対に逃げねぇ!」

 

大声でそう啖呵を切った彼の周りにいた多くの野次馬はしんと静かになる。

情けない姿だった、勝てない相手に向かって吠えてるだけの負け犬にしか見えない。

だが新八とお妙も、そして麦野と銀時もそんな彼の姿を笑わなかった。

 

そんな中で彼に真っ向から睨み付けられてる近藤の方は若干口元に笑みを作っていた。

しかしそれは無様な負け犬に対する嘲笑ではない

 

「半人前から一人前の男に変わるために俺を倒すってか。おもしれー事考える野郎だ。おい坊主、名前は」

「浜面仕上だ……」

「その名前覚えておくぜ、将来が楽しみだ。いずれウチの隊士になって欲しいぐらいの逸材になるかもしれねぇ」

 

爽やかに笑いながら近藤は改めて浜面を評価した。

彼もまたストーカーでありながらも真撰組の局長を務める男。人を見る目は人一倍鋭い。

 

「だが、だからこそ俺は本気でおめーをぶっ飛ばさにゃあならん、これはもうお妙さんを賭けた決闘じゃない。男と男の意地と魂を賭けた真剣勝負だ」

「ああ……意地なら負ける気はしねぇ」

「フ、それは俺もだな」

 

近藤は肩を軽く鳴らした後スッと構えを取る。ここからはもう彼は一切手加減しないだろう、全力でぶつかってくる筈。それに対し浜面は不思議と恐怖はもう感じなかった。

ここまで来たら一か八かとか運に賭ける気などない。何が何でもやってやる。

 

「行くぞ近藤ぉぉぉぉぉぉ!!」

「来い浜面ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

互いの相手の名を叫びながら同時に突っ込む。片や無傷、方は満身創痍の体を引きずった状態で挑む無謀な戦い。

 

 

 

しかし

 

 

助けも運もいらないと腹をくくった彼に

 

 

群衆の中でその成長を見届けた銀時がニッと笑う

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女王、やれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀時がそう言い放つと、彼にそばに立っていた少女が躊躇せずに懐に持っていた大きなカバンからリモコンを一つ取り出し

 

 

 

 

 

浜面と交差する寸前、近藤に向けたそのリモコンのボタンをピッと押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉl! あれ? なんだ急に動け……」

 

瞬間、近藤がピタッと固まる。

 

その隙を浜面は見逃さず目を光らせ

 

「そこだぁ!!」

「ひぶッ!」

 

渾身の右ストレートが遂に近藤の顔面を捕らえた。

遂に一発当てたと浜面は荒い息を吐きながらも喜びを見せる。

反面殴られた方である近藤は訳が分からない状態のまま後ろに吹っ飛んだ。

 

「ど、どういう事。え? なんで急に動けなくなってんの?」

 

地面にぶっ倒れると、やっと体が自由になり近藤はすぐにむくりと起き上がる。

しかしなぜいきなり動けなくなったのか彼自身知る由が無い。

 

彼の意識は動く事に集中しているのは確か、だが彼の脳はというと勝手に「動くな」と指令を体全体に送っていたのだ。

どうして彼がこうなってしまったのか、それは銀時の傍にいた少女が……

 

「てぬるいんだよ。もっとやれ、女王」

 

起き上がった近藤を死んだ目で傍観しながら隣の少女に振り向かずに命令。

すると少女が再びピッとボタンを押すと

 

「がちょぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」

 

いきなり近藤が浜面に向かってコテコテの古い一発ギャグを物凄い形相で放つ。

放たれた方の浜面は思わず口を開けてポカンと

 

「な、なにやってんのお前……」

「コマネチ!!」

「おいおい! さっきあんなにカッコよかったのにいきなりなにやってんのアンタ!?」

「ぐわし!」

「出来てねぇし!」

 

なぜか決闘の最中に一発ギャグ披露会をおっ始める近藤に浜面は唐突な急展開に混乱する。

しかし困惑しているヒマも無かった、なぜなら彼の所にヒュンヒュンとある物が円を描きながら落ちて来て

 

ドスッと彼の目の前に突き刺さったのだ。

 

柄に洞爺湖と彫られた木刀が……

 

「使え、俺の愛刀だ」

「えぇぇぇぇぇ!! 銀さん!?」

 

木刀を投げた張本人はやはり銀時であった。ニヤニヤしながらこちらに目配せし、早く抜けと浜面に催促する。

 

「別に獲物使ったらダメって訳じゃねぇだろ? そこのゴリラは自分から刀置いただけだぜ?」

「いやそうだけど! だからってコレはダメだろ!」 

 

そう言いながらも浜面は恐る恐る銀時の愛刀を地面から抜く。

しかしこんな物を貸してくれるとは一体銀時は何を考えているのか

 

「ていうかなんで俺を助けようとすんだよ! かぶき町じゃテメー一人でけじめつけるのがルールだって自分で言ってただろ!」

「ああそうだ。だがな、この町はそのルール”一つ”で成り立ってる訳じゃねぇんだわコレが」

「へ?」

 

木刀を両手握ったまま首を傾げる浜面に銀時は真顔で人差し指を立てる

 

「かぶき町ルールその一、かぶき町に住む者は他者に損得無しの助けを乞う事なかれ、テメーの厄介事はテメーで考え、テメーで決めろ」

 

人差し指の次は中指を立てる。

 

「かぶき町ルールその二、かぶき町は欲と人情が混ざりあった町、もしもテメーの周りで誰かがどうにも出来ない事になってたら。そん時はその背中に蹴り入れて押してやれ」

 

木刀を渡し、近藤になんらかの小細工を少女にやらせたのも全てこのルールに従ったまでの事だという様に銀時ははっきりと言ってみる。

そして薬指を立てて彼が口を開いたその時

 

「かぶき町ルールその三……」

「かぶき町に住む者として喧嘩や博打を恐れるなかれ」

「っておい! なに人のセリフ取ってんだコラ!」

「麦野……?」

 

銀時の言葉をさえぎって、突如木刀を握る浜面の方へ歩み寄りながら麦野が語り出す。

 

「恐れは弱さを生み負けに繋がる。ゆえにどんなに汚い手を使おうが卑怯な小細工をしようが勝って黙らせればいい事。ただし色恋沙汰には白黒はっきりつけるべし」

「それって確か麦野がいきなり俺に教えてくれた……」

「そう、かつてこの町にいた二人の若者と一人の町娘が面白半分で一人で一つずつ作った三つのルールよ」

 

返事しながら麦野は群衆の先頭に立っている銀時を見て愉快そうに笑う。

 

「まさか”コレ”を覚えてる奴が私以外にもいたとはね。さしずめあのバーさんから聞いたのかしら? ”銀髪のお侍さん”?」

「ああ? テメェまさかババァの所のガキか? オメーに対する愚痴はよくババァから聞かせてもらってるぜ」

「はん、そりゃこっちも一緒だっつーの。隣にいんのは噂の”第五位か”? ストーカー野郎があんなになっちまってるのもそいつのおかげって訳か」

 

不満そうに呟く銀時に麦野はせせら笑いを浮かべると、すぐに浜面の方へ向き直る。

 

「ほら、ボーっとしてないでいっちょぶちかましなさい、浜面。私は自分を変えたいから必死になる奴ってそんな嫌いじゃないのよ。私も似たような経験あるし」

「いや、でもこれって完全に卑怯なんじゃ……アイツが変な事になってるのもひょっとしてあの常盤台の子が……」

「おいおい私の話聞いてなかったのかにゃ~ん? 汚ねぇ手を使おうが勝てば官軍、正々堂々と戦おうが負ければ賊軍なんだよここじゃ」

 

口を広げてニヤリと笑って見せる麦野、それはまるで悪魔さえたぶらかす魔女の様な。

 

「この町で生きて行く為ならやれ、卑怯だとか正攻法じゃないとかそんな考えはさっさと厠に流して捨てちまえ。変わりたいならまずはテメーのその陳腐な考えを改めろ」

「え~……」

 

会って数時間経ってないのにまるで自分の考えはお見通しのように麦野は浜面の良心に蹴りを入れ続ける。

 

そして

 

「行け浜面! あのゴリラをぶっ倒せ!! ”かぶき町の力”でな!」

「アイィィィィン!! イナバウアァァァァァァ!!!」

「あのもはや一発ギャグでさえない事繰り返してる男を倒せと!? あ~もうこうなったらヤケだ! やってやるよ畜生! 変わってやるよコノヤロー!!」

 

目の前で奇行を繰り返す近藤目掛けて、遂に浜面は木刀を両手で構えて突っ込み。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卑怯上等! 卑劣上等! 男浜面仕上! 一世一代の大舞台でかぶき町デビューだぁ!!」

「おごろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近藤の顔に思いっきり横に振りぬかれた木刀。

ぶっ飛ばしてやった浜面の顔にはもう迷いも怯えも見えなかった。

 

ここにまた一人、かぶき町の魂を受け継ぐ若者が誕生した。

 

 

 

 

 

 


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