禁魂。   作:カイバーマン。

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第十一訓 駄目少年、かぶき町に行く

第十一訓 駄目少年、かぶき町に行く

 

かぶき町

許可なき学生は足を踏み入れる事さえ許されない絶対立入禁止区域。

”学園都市最大の歓楽街”であり”学園都市最悪の治安”を誇り

町の中には普段絶対にお目にかかれないであろう店があちらこちらに当然のように置かれている

スナック、キャバクラ。ホストクラブ、オカマバー、賭場、子供は絶対に入っちゃいけない”お風呂屋さん”

 

学園都市側がどうしてここに学生の侵入を徹底的に禁止にしているかがよくわかる。

 

住んでる住人のほとんどは大人であるが

特別に移住を許されている子供もいる。

なぜ学生がかぶき町に住む事になったのか。それにはその数ほど様々な理由がある。

親兄弟がここの住人だという者

表の世界から追放され、行き場を失った者

敷かれたレールの上に乗せられる事に嫌気がさした者

かぶき町という町そのものに魅了されて抜け出せなくなった者

なんかいつの間にか住人になってた者

 

しかしこの町に住むのはそう簡単ではない。

この町は自分だけの力で生き抜かなければならない事を自然に義務付けられるのだ。

地べた這いつくばってでも、血反吐を吐くほど周りから殴られようと、思いもよらぬ裏切りにあっても。

それが欲望渦巻くかぶき町というものなのだから。

 

 

そしてその町に意を決して足を踏み入れた若者がここに一人。

 

「こ、ここがかぶき町……」

 

付添人と共にこの町にやって来た浜面仕上は

この町に入ってすぐに唖然としながら首を左へ右へと動かしていた。

 

すれ違う人は着物や袴姿の者ばかり。中には今時珍しい髷を結った者も多くいる。

立ち並ぶ店や家は江戸の本来の技術のみで作ったいわゆる木造建築の物が大半を占めていた。

学園都市にただ住んでるだけの学生では決して見れない光景が今、浜面の脳と視界を完全に支配していた。

 

「すげぇ……なんか別世界に来た感じだぜ……」

「おい、あんまりキョロキョロすんなよ”リーダー”」

 

見慣れない場所だからといって挙動不審に周りを眺める浜面に。

前方を歩いて案内していた付添人の男が彼の方へ振り返った。

 

「そんないかにも新参者の匂い漂わせてると、変な連中にたかられて身ぐるみ剥がされちまうぞ」

「いやだってよ”銀さん”。こんな場所に来ちまったらそりゃ驚くしかないだろ。学生絶対禁止区域だぜここは? 俺達スキルアウトにとっては一度行ってみたい場所って有名だったんだからよ」

 

浜面に銀さんと呼ばれた銀髪天然パーマの男。

坂田銀時は空色の着流しを風でなびかせながらけだるそうに返事した。

 

「この町に行ってみたいと思うなんざ最近のガキは怖いもの知らずだねぇホント」

「なあ銀さん、噂にはよく聞くんだけど本当にヤバいのかここ?」

「ま、それは俺が口で説明するより自分で体験した方がいいだろ」

 

進む度に段々怖くなったのか不安そうに尋ねるも銀時は軽く流して歩みを止めない。

 

「誰かに頼る前にテメーでなんとかしようとすんのがこの町のルールだ。ここの住人になるならガキだろうが心に刻んでおけ」

「俺が一番向いてないルールだなそれ……」

「環境変われば生き方も変わんだろ、人間ってのはそういう生きモンだ」

 

スキルアウトの時代から誰かの影に隠れて生きて、決めるのも行うのも基本他人任せだった浜面。

そんな自分が果たしてこんな場所で生活できるのかとウジウジ悩んでいると、前を歩く銀時が不意に話を切り出す。

 

「そういやあの金髪のガキ、俺の隣人に預けておいたがいいのか?」

「ああ、とりあえずアイツがこの町に来るのはまだ早い」

 

銀時の言う金髪のガキというのは浜面の仲間の一人であるフレンダの事だ。

浜面と共にかぶき町に行くと決めていた彼女だが、今は銀時の住むオンボロアパートの住人である隣人に預けているらしい。

 

「まずは俺がこの町で職を見つけて最低でも雨をしのげる程度の寝床でも確保しておく。あっちからフレンダを呼ぶのはまだ後だ」

「ま、俺の所の隣人はいつまでいても構わないって言ってたけどよ、あんま長居させるような真似はさせるなよ。女ってのは我慢する事が何より苦手なんだから」

「悪いな、アンタにも散々世話になって更にアンタの住んでる所のお隣さんにまで」

「あーいいからそういうの、元々家出少女を家に招き入れるのが趣味みたいなモンだからウチの隣人は」

 

攘夷浪士討伐の件もあるが浜面をこのかぶき町に住めるように手引きしたのも銀時のおかげである。恐縮する彼に対し銀時は気にすんなと言った感じ。

 

「俺もやれるところまでと言ったら、せいぜいリーダーをババァの所にまで送る事ぐれぇだ。そっから先はお前さんが決めろ、テメーの生き方を決めれねえ奴はこの町どころかどこでだって生きていけねぇよ」

「ああわかってる、わかってるけどやっぱこえぇな~……」

 

銀時にキッパリと断言され、その言葉を直に受けた浜面は募る不安な気持ちに押しつぶされそうになりながら深いため息を突く。

 

「俺も銀さんぐらい腕っぷしが強かったりあのジャッジメントのツインテみたいなすげぇ能力があればなぁ……レベル0(無能力者)で盗人の技術ぐらいしか得意なモンが無い俺がこの町で仕事見つけられるのかねぇ……」

「捨てる神あれば拾う神ありって言うだろ。リーダーみたいな卑屈でチキンで馬鹿でアホでクソの役にも立たないダメ人間でも拾ってくれる奴はいるだろうよ」

「泣いていい?」

 

励ましているつもりなんだろうが、あんまりな言葉を用いる銀時に浜面がそろそろ溢れる不安に押しつぶされて泣きそうになっていると

 

「着いたぞ」

 

銀時の歩みがとあるの店の前でようやく止まった。

2階建ての一軒家であり、1階には店らしくのれんが下がっている。

店の前にある看板には「スナックお登勢」と書かれていた。

 

「ここが銀さんの言ってた案内人の店か……」

「俺は昔この店の上に住んでたんだぜ、今はもう別の奴が住んでるらしいが」

「やっぱり銀さんもかぶき町の住人だったのか、なんかこの町に合うんだよなアンタ」

「常盤台で教師やる事になってからは最寄りの地区に引っ越したけどな」

 

過去に銀時が住んでたという家を浜面は見上げてみる。

見栄えは中々悪くない物件だ、大き過ぎでもなければ小さくもない。ここに拠点が出来るとすればああいう場所に住みたいと思うが銀時が言うには既に住んでる者がいるらしい。

 

「もう住まれてるんならしょうがねぇな……」

「んじゃ、俺はここで退散すっか」

「へ!? ついて来てくれねぇの!?」

 

いきなり踵を返して回れ右をすると、こちらに軽く手を振って帰ろうとする銀時に慌てて浜面が詰め寄る。

だが銀時はバツの悪そうな顔で

 

「今ババァに出くわしたら散々説教食らうのが目に見えてんだろ。攘夷浪士相手に暴れましたなんて報告は当然理事長のババァにでも届いてるだろうし」

「ああそういう事か……」

「それに俺、この後連れと一緒にこの町散歩する予定があるし、今からちょっと迎えに行かなきゃなんねぇんだわ」

「おお、なんだよ銀さんでもデートとかすんのか!? 見かけによらず!」

 

連れと一緒にかぶき町を練り歩くと聞いて浜面は不安な気持ちを忘れてニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。そんな腹立たしい表情を浮かべる彼に銀時はしれっとした顔で

 

「デートじゃねぇよ散歩するつってんだろ、”女王”呼んでこの町連れ回そうと思ったんだよ」

「じょ、女王ぉぉぉぉぉぉぉ!? それってあの人だよな!? 鼻からスパゲティ食べるあの!」

「逃げないようにしっかり”首輪”付けないとな、いやー散歩の基本だよねコレ」

「く、首輪ってアンタ……! まさか散歩ってそういう意味……」

「冗談だってぇの、首輪は付けねえよ、まだ」

「まだ!?」

 

顔に影を見せて意味深なセリフをボソッと呟いてみせる銀時に浜面は戦慄を覚える。

やはりこの男は頼りになるが色々と危ない……改めて浜面は彼に対する印象を胸に刻んだ。

 

「あ、そうだ。まだ言う事あったわ」

「なんすか……」

 

手をポンと叩いて思い出したかのように振り返った銀時に浜面が気の無い返事をすると

 

「オメーの所の元リーダー、真撰組の所から脱走したみてぇだな」

「ああそれか、俺も先日テレビのニュースで観たよ」

 

銀時の言う元リーダーというのはかつて浜面やフレンダ率いていたスキルアウトのリーダー、駒場利徳の事だ。

大使館爆破テロを行った首謀者として真撰組に拘束されて、いつ首を飛ばされてもおかしくない状況だった彼が、先日、夜間の隙に真撰組の屯所から脱走したというニュースが流れたのだ。

無能力者である駒場が単独であの人斬り集団と恐れられている真撰組の下からそう安々と脱出できるのは現実的に考えて難しい。

恐らく外部の者、それもかなりの高能力者の力を持つ者が彼を逃がすよう手引きしたのだと思われている。

 

ちなみにこの情報が流れたニュースを見た白井黒子は、真撰組の大失態にルームメイトが引くぐらい高笑いしていたらしい。

 

「駒場の野郎。俺達にまで姿を現さないでどこいったんだか……」

「このかぶき町ってのは裏の世界に通じてる奴もいる、もしかしたらその元リーダーがどこに潜伏してるかもわかる奴、逃げ出すよう手引きした奴にぶつかる事が出来るかもしれねぇぞ」

「そうか、だとしたらこの町にいる理由と同時に目的も見つかったな……情報ありがとよ」

「達者でやれよ、リーダー」

 

そう言い残して銀時は去って行った。女王を迎えに行くのであろう。

残された浜面は言ってしまう銀時の背中を見送った後、意を決してスナックお登勢の方へ振り返る。

 

「よし、この町でいっちょやってやらぁ。待ってろよフレンダ、早く一人前になってお前もここに連れて来てやる」

 

遂に腹をくくった浜面は店の引戸に手を伸ばしてガララと開けた。

 

「失礼しやーっす! 銀さんの紹介でやってきたはまづ……あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

店に入った瞬間、いきなり浜面は大きな絶叫を上げる。

引戸を開けたと同時に目の前に

猫耳を生やした団地妻の様な女が顔の間僅か数センチというドアップで目の前に出てきたからだ。

 

「ナンダオ前、店ハマダ開イテナイゾ。泥棒カ? 泥棒ナノカ?」

「い、いやもう泥棒じゃねぇよ!」

 

片言な日本語を使いながらじりじりと歩み寄ってくる女に浜面は本能的に後ずさりする。

 

「マダケツガ青イガキのクセに私ノハートヲ盗ミ二来ルトハイイ目シテルジャネーカ! 1億払ッタラ盗マレテヤルヨ! オラサッサト出セコラァ!!」

「新手の恐喝!? つうか明らか損しか貰えねぇじゃねぇか!」

 

テンション上げて詰め寄って来た女に浜面が引きながらツッコミを入れていると

 

「よしなキャサリン、そのガキは銀時の奴がよこした一人だよきっと」

 

店の中にあるカウンターの奥から聞こえたしわがれた女性の声に浜面はすぐに振り向く。

そこに立っていたのは着物を着たパッと見50代ぐらいの女性だった。

 

「ったく銀時の奴、テメーは姿を現さないで荷物だけこっちに送ってくるとはどういう神経してんだい全く」

「ああ! アンタが銀さんが言ってたあのお登勢さんか!?」

 

スナックお登勢の経営者、お登勢。

常盤台の理事長にしてこのかぶき町にも店を持っている謎の女性。

彼女を目の当たりにして浜面は先ほど突っかかって来た団地妻をスルーして恐る恐る店の中へと入りこんでいく。

 

「は、初めまして……浜面仕上です……」

「私ハキャサリンダ、ヨロシクナ小僧 惚レルナヨ」

「お前に自己紹介したんじゃねーよ! あとぜってぇ惚れねぇ!」

 

スルーしたのに後ろから急に入ってくるキャサリンと名乗る女に浜面が叫ぶと。カウンターに肘を突きながらお登勢はシュボっと口に咥えたタバコにライターの火を灯す。

 

「アンタの事は銀時から色々聞かされてるよ、アンタが前にどこで何をしていたのかも、そこでどんな目に遭ってたのかも、このかぶき町に住みたいっていうのもね」

「ああ」

「全く、生徒と一緒に攘夷浪士相手に暴れた挙句にこんなモンまで拾ってくるとは……」

 

ここにはいない銀時にお登勢がしかめっ面で文句を言っていると。浜面はカウンターの席に座って彼女の面に向かって口を開いた。

 

「この町が大変な場所だってなのはわかる。けど俺はどうしてもこの町でやっていきてぇんだ、それをアンタなら出来ると銀さんから聞いてここにやってきた」

「まあ出来る事は出来るけどさ」

 

あっさりとそう言ってしまうとお登勢はタバコの灰を灰皿にトントンと落とす。

 

「と言っても私が出来る事と言ったらアンタのこの町の出入りを許可する事だけさね、仕事や寝床を見つけるのはテメーで決めな」

「やっぱりそれがかぶき町のルールか」

「この町にはねぇ、アンタぐらいの年頃のガキも住んでる」

 

再びタバコを口に咥えながら彼女は話を続ける

 

「けどそいつ等はみなこの町の大人に負けないぐらい肝っ玉を持っているんだよ、ホストとして働いたり、キャバ嬢として働いたり、誰かの下に着くのが嫌だからテメーで店を出すガキもいる」

「自分で店出してる奴もいるのかよ……」

「ロクに稼いでないけどね、ったくいつになったら先月分と今月分の家賃払うんだかあの子は……」

 

つい愚痴をこぼすお登勢だが浜面はまず自分と同い年の少年少女がこんな場所でも大人と一人前に肩を並べて働いている事に驚いた。

 

「俺はどうっすかなーホストとかちょっと憧れてたんだよな俺」

「オ前ノ顔デホストナンテ出来ル訳ネェダロ、バカダロオ前」

「うるせぇ! 言ってみただけだ!」

「オ前ノ顔ジャオカマバーデ働クノガお似合イヨ。サッサトオカマニナッテコイ、カマ面」

「カマ面ってなんだよ! なるかそんなモン! そんな仕事着いたら銀さんにもフレンダに顔合わせできねぇよ!」

 

唐突に自分の独り言に入ってくるキャサリンに叫びながら浜面はふと思った。

 

そういえばコイツ何者なのだろう

 

「キャサリンは遠い星から留学生としてやって来た”天人”さ」

「天人!?」

 

浜面の疑問を見抜いて代わりにお登勢が答えてあげた。

 

「外の世界で色々やらかしちまったから居場所失っちまったらしくてね、それで私が拾ってやっただけの事さ。今はここで働いてもらっている」

「そうか、お前天人つっても俺と同じ境遇だったのか……」

「ア、今私ニ同情シタナ、金ヨコセ金」

「やらねぇよ! なんなんだよコイツ! こんな奴が本当にここで働けてるの!」

 

話を聞いて浜面はふとキャサリンの境遇と自分の身に置かれた状況を重ねるが、こちらに手を出して仏頂面で金銭要求してきた彼女にもはや同情する感情などティッシュに丸めて捨てた。

それと同時にこんな奴でも働けるんだから、もしかしたら自分もなんとかなるのでは?という勇気が芽生えた。

 

「でも働く気はあるけど、問題はどこで働かせてもらえるかなんだよなー」

「そうだね、ここん所不景気だからこの町でアンタぐらいのガキを働かしてくれる所は……」

 

難しい表情をして腕を組んでお登勢が考えてくれていると。

不意に店の戸がガララと勢いよく開いた。

 

「あっちぃ、ここはエアコン効いてるわね。家もエアコン付けようかしら……あ、金ないんだった」

「ん?」

 

戸が開くと同時に若い女の声が飛んでくる。

ここは居酒屋だしなにか飲み物でか頼もうかなと考えていた浜面はついそちらに目を向けた。

そこに立っていたのは自分とそう変わらない年頃の若い女性だった。

明るい茶色のロングヘアー、そしてモデルだとしてもおかしくないスタイル。

化粧もさほど必要ないほど綺麗な顔立ちには汗が滴り落ち、それを手で拭いながら店に入ってくる女性の姿に浜面が思わずドキッとしていると

 

「ちょっとバーさん、お金恵んでくんない? コンビニで鮭弁とジャンプ買ってくるから」

 

いきなりお登勢に向かって偉そうに金を出せと言ってきたのだ。しかも買ってくるのがいかにも庶民的……

お登勢の方が彼女が店に入ってきた瞬間には既にしかめっ面を浮かべていた。

 

「ふざけんじゃないよ小娘、家賃も払わない穀潰しに恵んでやる金なんてないよウチは。金欲しかったら学園都市からの奨学金受け取れって言ってるだろ」

「それだけは絶対無理ね、私は甘っちょろいガキ共と違ってそんな金いらないから、受け取ったりなんてしたらまた実験やら何やらに駆り出されるのが目に見えてるし」

 

そう言って女性は得意げにニヤリと笑って見せる。

 

「テメーの金はテメーで稼ぐのが私のポリシー、おわかり?」

「学生全員に送られる筈の奨学金を受け取らないのはアンタと”第二位”ぐらいだよ全く……」

「はぁ? あの”メルヘン野郎”も私と同じ事してるの? アイツと同じとか胸糞悪いわね……ん?」

 

ここにはいない何者かに対してブツブツと文句を言い出した女性だが、お登勢の向かいに誰かが座っていた事に初めて気づいた様子。

その浜面に女性は胡散臭そうな目を向けて

 

「誰コイツ?」

「アンタと同じ、ここに流れてきたガキだよ。この町には今日来たばかりさ」

「ふーん」

「ど、どうも……」

 

こちらを見つめてきた女性に心臓をバクバクしながら浜面はぎこちなく挨拶する。

 

「浜面仕上っす……」

「麦野沈利≪むぎのしずり≫よ」

 

名を名乗り、麦野は胡散臭そうなものを見る目つきを止めた。

警戒する必要なしと判断したらしい。

 

「どうしてこんな所に住むと決めたのかは知らないしどうでもいいけど、一つお姉さんからアドバイスしてあげる」

「はぁ……お姉さんって俺とアンタってそんな年離れてねぇと思うけど」

 

浜面のツッコミを無視して麦野は人差し指を立てて彼に話を続けた。

 

「かぶき町はまっとうな人間が生活出来る所じゃないの、アンタもここに流れ着いたって事はどうせロクでもない人生送ってるんでしょ?」 

「まあそうかもな……」

「だから真面目に働くとか生きて行くとか考えない方がいいわ、今更遅いのよアンタじゃ」

「は!?」

 

いきなり酷い事を平然と言ってのける麦野に浜面が思わず口をポカンと開けて驚くと、すかさず彼女は彼に顔を近づけて

 

「どんな汚い手を使おうが卑怯な事をしようが泥を被ろうが、周りに蔑まされても何食わぬ顔で平然と生きて行きなさい。生き残る為ならどんな事でも平気でする、それがこの町で生きる為の鉄則よ」

「は、はいぃ!」

 

銀時が言ってたのと近いかぶき町のルール。

その教えを聞いた浜面だがいきなり彼女に顔を近づけられたからか、顔を真っ赤にして声が裏返ってしまう。

麦野はその反応を愉快そうに笑う

 

「ま、もし助けてほしかったら私の所に来なさい、金次第だけどね」

「え?」

 

親指と人差し指でゼニのマークを作る麦野に浜面が首を傾げると彼女は得意げに

 

「この店の上で万事屋≪よろずや≫やってるのよ」

「万事屋? なんだそれ?」

「金サエ払エバドンナ仕事デモヤルッテ商売ネ」

 

麦野の代わりにキャサリンが聞いてもないのに答えた。

 

「ケド仕事ガ来ナクテイツモ家賃踏ミ倒シテ、お登勢サンニ迷惑カケテマース」

「あのさぁ、いかにもそのキャラ作りな片言で喋るの止めてくれなーい? ただでさえグロテスクな顔なのにその喋り方だと完全に化け物なんだけど?」

「誰ノ顔ガバイオハザードダ! コノアバズレガァ!! ロク二稼グ事モ出来ナイクセニ!」

 

猫撫で声で挑発する麦野に激昂して指を突き付けるキャサリン。

すると麦野はカチンと来たのか、さっきまでの様子から一変して

 

「おいもう一辺言ってみろ化け物、その耳素手で引っこ抜いてただの団地妻にするぞコラ」

「ヤッテミロヨゴラァ!! コノ作品ノメインヒロインノ相手ニ! ソンナ事シテタダデ済ムト思ッタラ大間違イダカンナ!!」

「テメェなんかがヒロインな訳ねぇだろうが!」

 

威圧的な物言いをする麦野に対し真っ向から睨み付けるキャサリン。

熱い火花を散らしメンチの切り合いを始める二人にお登勢が呆れたように見つめながら

 

「高レベルのクセに低レベルな口喧嘩してんじゃないよ、キャサリン、アンタもだよ」

「デモお登勢サンダッテコイツトヨク喧嘩シテルジャナイデスカ!」

「それはコイツが家賃払わないからだよ、せっかく上に住ませてやってるのにロクに働かずにグータラして、嫁入り前の若い女がこんな生活してるなんて情けないったらありゃしないよ」

「うるせぇ! 仕事こねぇから仕方ねぇだろ! 働いてほしかったら仕事と金よこせクソババァ!!」

「なに偉そうな事言ってんだクソガキィ! そもそもロクにご近所付き合いもしないテメェに仕事なんてくるわけねぇだろうが! 少しは町内会に顔出せ!」

「んなめんどくせぇの行けるか! 功績立てて名を広めれば仕事の依頼人なんて山の如しだっつーの! だから来月の家賃待っとけ!!」

「来月どころか先月も今月も払ってねぇだろうが!!」

 

キャサリンと麦野の口論になぜかお登勢まで加わってしまった。

3人で罵り合い、叫び、怒鳴り散らす、その恐ろしい女達の戦いを見て浜面は席に座ったまま固まってしまう。

 

しかしこのまま続けると暴力沙汰に発展してしまうかもしれない、そう思った浜面は震えながらも3人に向かって

 

「あのー、アンタ等とりあえず落ち着こうぜ……そんなつまんない事でいちいち喧嘩しちゃ」

「新入りは黙ってろ! ぶち殺されてぇのが!」

「部外者は口出すんじゃねぇ!」

「サッサトタマ取ッテオカマバーデ働イテ来イ! カマ面!」

「生きててすみません……」

 

女性三人の剣幕に思わず謝ってしまう浜面。フレンダがいたらきっとこの情けない姿に呆れていただろう。

 

そんな情けない浜面がどうしたらいいのかと困り顔で髪を掻き毟っていると

 

「あのー、ちょっといいですか」

 

麦野が開けっ放しにしていた戸から

袴を着たこれまた浜面とそう変わらない年頃の少年が遠慮がちに入って来たのだ。

背丈も普通見た目もメガネぐらいしか特徴が無い、はっきり言って地味な少年だった。

 

何か尋ねに来たんだろうが女三人に彼の声は届いていない。

代わって浜面が席から降りて彼の方に歩み寄った。

 

「えーと、この町の住人だよな?」

「ええ、あれ? あなた誰ですか? この辺じゃ見かけない顔ですけど」

「ああ、俺、今日この町に来たばかりだからさ」

「そうなんですか」

 

後頭部を掻きながら浜面が答えると、少年は新たにかぶき町の住人に加わった相手を歓迎するように小さな笑みを作った。

 

「初めまして、志村新八≪しむらしんぱち≫です。実家はかぶき町の外れで剣道の道場やってます、もっとも廃刀令のご時世だから剣を習う人なんかもういないですけどね」

「浜面仕上っていうんだ、まあ流れに流れてここに住む事になってな。どうぞよろしく」

 

礼儀正しく挨拶してこちらに手を差し出してきた新八に好感を覚えると、浜面は自己紹介がてら彼と握手しつつ話を続けてみる。

ここで会ったのも何かの縁だし早くかぶき町の住人とコンタクトを取るのも悪くないと判断したからだ。

 

「それよりさっき聞きたい事があるって言ってたよな? お登勢さんに用でもあるのか?」

「いえ、お登勢さんの方じゃなくて……麦野さんに頼み事があるんですけど」

「アイツに?」

 

新八曰く用があるのはこの店の経営者のお登勢ではなくこの店の上で万事屋とかいう仕事を営んでる麦野の方だったらしい。

 

「上いなくても居なかったんで、そしたら下から騒ぎ声が聞こえたらここに来たんですけど……なんかエキサイティングな事になってますね」

「あーいいよ、俺が話通して見る」

 

浜面は後ろに振り返ってまだ喧嘩している三人組に話しかける。

 

「おーい、麦野さん。志村新八って奴がお前に頼み事があるんだとよ」

「町内のイベントに顔出せば偉いって訳じゃねぇだろうが! ご近所付き合いなんざ糞食らえだ!」

「”西郷”の所のガキは嫌々ながらもちゃんと来るんだよ! 他のガキ共もちゃんと来てるしアンタもこの町に住む者ならそこん所キチンとわきまえな!」

「メルヘン野郎と比べんじゃねぇっていつも言ってるだろ!」 

「おい麦野、お前呼ばれてるぞ」

「人の事呼び捨てにしてんじゃねぇよ! 死にてぇのかコラ!」

「聞こえてんのかよ!」

 

ちょっと呼び捨てで呼んでみるとグルリと振り返って怒鳴ってくる麦野。

とりあえず話は通じたと浜面は早速新八を指さして麦野に話しかける。

 

「ほら、もしかして万事屋とかいう奴に依頼持ってきたんじゃねぇの?」

「え、マジ? あららごめんね~、ちょっと化け物2体を封印する為に呪文唱えてたから気付かなかったにゃ~ん」

「速攻猫被った! しかも言い訳の内容が意味わかんねぇし!」

 

依頼と聞いてさっきまでの口調がどこへやら、優しいお姉さんを装って新八に話しかけた。

新八はそんな彼女に目を細めて

 

「いや麦野さん、僕にキャラ作らなくていいですから。前に会った事あるじゃないですか」

「え? そうだっけ?」

「いやいや、忘れたんですか? 麦野さんがウチの姉上と鉢合わせて喧嘩した時に、仲裁役として二人の間に割って出て何故か思いっきり二人に殴られた志村新八ですよ」

「ああごめん、マジ思い出せない、私過去は振り返らない性格だし」

「あんだけ人の事散々殴っておいて覚えてねぇのかよ! 笑いながら殴ってたでしょ僕の事!?」

 

はっきりと一点の曇りのない目で断言する麦野にビシッとツッコミを入れる新八。

そんな彼に麦野は思い出そうとしながらう~んと首を傾げながら話しかけてみる。

 

「姉上って言ってたわよね? 私がアンタの姉と喧嘩したって事?」

「もうしょっちゅうですよ、その度に僕が何度殴られた事やら」

「思い出せないわね~、浜面、アンタ知ってる?」

「なんで俺が知ってると思う訳? 自分の事だろ」

 

不意に呼ばれても浜面が知る由はない、彼は今日初めてここに来たのだから

 

「喧嘩つってもぶっちゃけしょっちゅうやってるし~」

「おい新八よ、コイツは見たモノ全てに喧嘩売るような奴なのか?」

「ええ、この前なんかお魚くわえたドラ猫に「私のシャケ返せコラァァァァ!!」って叫びながら裸足で駆けてたって聞きました……」

「なんだその国民的アニメの主婦みたいな陽気な麦野さん?」

 

相手がドラ猫だろうがとりあえずキレる。新八の情報に浜面が「あまりコイツと関わりたくないな」と麦野を見つめながら呟いていると、当の麦野はまだ思い出せない様子で悩んでいる。

 

「えーと最近喧嘩したのはババァと猫耳団地妻に、アンチスキルのなんかじゃんじゃんうるせぇ奴、あとクソムカつく第二位のメルヘン野郎、ラーメン屋の女店主とも口論したような、あと……」

「可憐で美しく、そして周りに笑顔を与え、人情に溢れた慈悲深い女神の様なキャバ嬢かしら?」

「あん?」

 

考えてる最中にいきなり話に加わって来た声に麦野は顔を上げた。

浜面でも新八でもない若い女の声。顔を上げたそこには戸の前で立ってこちらをうかがっている着物を着た黒髪の中々綺麗な女性。

その女性は俗に言うキャバクラスマイル(仕事で用いる作った笑顔)を浮かべて麦野に向かい

 

「こんにちは麦野さん、こんな所で油売ってないでとっと仕事探すなり腎臓売るなりしたらどうですか? あ、どうせならあなたの毛の生えた心臓売った方がお金になるかもしれないわね」

「あーそうか、アンタコイツの弟だったのか……キャバ嬢のクセに朝から出てくんじゃねぇよクソアマァァァァァァ!!」

「っておい麦野! どうした急に!」

 

いきなり現れた女性に今すぐにでも殺しかねない形相で罵声を上げる麦野。

驚く浜面を尻目に新八は現れた女性に向かって慌てて

 

「姉上どうしてこんな所に!」

「新ちゃんがお登勢さんの店に入ってくるのを見てね」

「無視してんじゃねぇよクソが! ぶっ殺すぞ!」

「おい新八、一体誰なんだこの人! 麦野がすっげぇ荒ぶってるぞ!」

 

目の前で麦野が怒り狂ってるにも関わらず微笑を浮かべる女性を見て、浜面が新八にすぐに尋ねると彼は普通のトーンで

 

「僕の姉上です、麦野さんとは顔合わせる度に喧嘩する程仲が悪いんです何故か……あ、姉上、この人今日この町に越してきたばかりの浜面君です」

「あらそうなの、初めまして新ちゃんの姉の志村妙≪しむらたえ≫です。みんなからはお妙って呼ばれてるの」

「どうも浜面仕上です……なんで普通に自己紹介できるんだこの人」

 

にこやかに笑いながら会釈するお妙に浜面はこれで何度目だろうかと再び名を名乗る。

しかしそんな事も束の間、お妙の登場に麦野は完全にブチ切れている様子で

 

「おい浜面! 塩もってこい塩! 塩持ってコイツにぶつけろ全力で!」

「やらねぇよ! なんかこえぇんだもんあの人!」

「だったら塩の代わりにナパーム弾持って来いコラァ!」

「似たようなの持ってる奴知ってるけど塩と関係ねぇだろそれ!」

 

ギャーギャー喚く麦野を浜面が必死になだめに入っていると、お妙はそんな二人を軽く無視して新八に向かってため息。

 

「全く新ちゃんったら、どうしてこんな人の所に来たの?」

「それは……」

「まさか万事屋とかいういかにも怪しい仕事をしているこの人に依頼を?」

「い、いやだって姉上も困ってたじゃないですか!」

「あん?」

 

呆れたような視線を弟に向けるお妙だが新八の方は真剣に考えている表情だった。

彼の叫びに麦野は叫ぶのをピタリと止めた。

 

「おいキャバ嬢、アンタなにか困り事でもあんの? 依頼料さえもらえばそれなりに働いてやってもいいけど?」

「あら、あなたには関係ないわよ。私の事はいいからさっさと手術で取ったキン○マでも売ってきて下さい」

「え、お前男だったの!?」

「私は元から女だっつうの! そんな汚わらしいモン付けてた過去なんて存在しねぇよ!」

「いい加減にしてください姉上! ここは一つ! 麦野さんに頼んでみましょう!」

 

おちょくる姉を制止させ、新八は改めて麦野に面と向き合った。

 

「お願いします麦野さん」

「何よ?」

「姉上に付きまとうストーカーをどうにかして下さい」

「は? ストーカー?」

 

ストーカーと聞いて口をポカンと開ける麦野。思いがけない事に呆気に取られたらしい。

 

「先週からずっと姉上のそばをうろついて奇行を繰り返す悪質なストーカーがいるんですよ、僕、弟として心配で……」

「ストーカーに付きまとわれてるの? アンタが? ぶふ、コイツは傑作だわ」

「麦野さんはいいわよねー。”見た感じ”ストーカー被害なんて皆無だろうし、羨ましいわホント」

「いい加減にしねぇとマジぶっ殺すぞ」

 

相も変わらず吐いてくる毒に麦野はこめかみに青筋を浮かべながらツッコミを入れると新八の方に振り向く。

 

「ま、私はいいわよ」

「本当ですか!?」

「従業員は今の所私一人だけど、”金さえ貰えば依頼主がどんな奴でもなんでもやってみせる”」

 

新八の依頼を軽く承諾して、麦野はファサッと髪を手で振り払い。

 

不敵にニヤリと笑って見せた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが”万事屋アイテム”なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも思うんだけどホントに変な名前よね、カッコいいと思ってるのかしら?」

「し! 姉上!」

「縦文字と横文字を無理矢理くっつけてるし、ていうかそもそもアイテムってどういう意味?」

「知らないですよ! ていうかそこツッコんじゃ駄目ですって!」

「浜面! 核!」

「無理です! 色々と!」

 

 

 

 

浜面はまだ知らない。

 

麦野という女性と出会ったことで

 

この先、幾度もとんでもない目に遭う事を

 

 

 

 

 


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