やはり俺の間違った青春ラブコメはくり返される。   作:サエト

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それでも戸塚彩加は男である

 体育の種目も変わった新たな月。

 我が校はサッカーとテニスの選択授業だ。俺はもちろん個人種目であるテニスを選んだ。

 サッカーというチームプレーの最たる種目なんてやってられっか!けっ!なんて思った瞬間には罠(トラップ)カード『二人一組を作れ』が発動してしまい、無慈悲にもぼっちに追いやられてしまった。

 しかし案ずることなかれ。こういう時のために俺には秘策がある。

 

 

 

「あの、俺壁打ちしてていいっすか?調子あまりよくないんで迷惑かけると思うんで」

 

 

 

 そう宣告してから体育教師の厚木の返事も待たずに壁打ちを始めてしまう。そうすると厚木も声を掛けづらくなったのか特に何も言ってこない。

 ふはは!どうだ、これが俺の考えた最強の……じゃなかった。最高の策である。

 ぱこーん、ぱこーんと打っては返って来る球を打っては移動して打っては移動して打って打って打って打ちまくっておらああああああああああああああ!

 いかん、脳内が麻薬に侵されて変なテンションになった。

 単調な作業をただ淡々と繰り返して時間の経過を待つ。途中、「っべー!マジ魔球じゃね!」やら「スラーイス!」などといったトップカースト連中の五月蝿い声と共にボールが飛んできたりもしたが、それ以外は至って平和な授業になった。

 斯くして新種目に変わった体育でも安定のぼっち生活を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 チャイムと同時に俺は教室を去り、購買で買ったパンとマッ缶を手に潮風漂うベストプレイスへと向かう。

 階段に腰掛け、練習している女テニを眺め、風を感じながらもそもそとパンを食す。

 

 

 

「あれ、八幡くん?」

「んあ?」

 

 

 

 ルーチンワークをこなすかの如く食事を進めていたら、非常に不本意な渾名で呼ばれる。

 振り返ってみればそこには案外Sな子でお馴染みの泉が立っていた。……いや、その位置に立たれるとね?座ってる俺からしたらちょっとね?スカートが気になるんですが。

 てか見えそうで見えないとかなんなんだよ。魔法防御力どんだけ高いんだよ。

 

 

 

「何してるの、こんなとこで」

「見りゃわかんだろ。昼飯食ってんだよ」

「えー、こんなところで?寒くない?」

「いんだよ。教室で無遠慮な視線に晒されるよりはずっと暖かい」

 

 

 

 雨の日とかホントきつい。恐らくいつも俺の席を使っているであろう奴等から『え、何であいつ居んの?むしろ何で生きてんの?』って視線が向けられるからな。悲しい!でも八幡挫けない!

 

 

 

「で、お前はここに何の用なんだ」

「あー、それがね、実は部室で雪乃ちゃんと結衣ちゃんとじゃんけんして、で、負けたから罰ゲームしてるんだよ!」

「俺と話すことがですか……」

 

 

 

 もう死んじゃおっかなー。俺が生きる意味が分からないし。

 いやでも待て、俺が死んだら小町が悲しむ。千葉の兄としてそんなのは絶対に許されない!そうか、俺は小町のために生きているのか。やはり小町は正義だったのか。

 

 

 

「そうそう、これで罰ゲーム達成だね!」

「やっぱりそうなのか……」

「あはは、ごめんごめん!冗談だよ。本当はジュース買いに来たの、ジュース!」

「何だ、別に嘘吐かなくてもいいんだぞ?俺は生きる意味を再確認したからな」

「いつの間にか壮大な話に!?」

 

 

 

 泉はぶんぶんと腕を振って否定すると、ちょこんと俺の隣に腰掛ける。……いや、なんでだよ。ジュースはいいのかよ。

 

 

 

「雪乃ちゃん最初は『自分の糧くらい自分で手に入れるわ』とか言って渋ってたんだけどね」

「まあ、あいつらしいな」

「でも私が『自信ないらしいから結衣ちゃんと二人でしよっか』って言ったら乗って来た」

「……あいつらしいな」

 

 

 

 相変わらずの挑発に対する耐性が身についてないらしい。挑発と知った上で挑発に乗せられるとかどんだけプライド高ぇんだ、あいつ。

 

 

 

「それでね、雪乃ちゃん勝ったとき小さくガッツポーズしててね、それがまた可愛かったんだよ!」

 

 

 

 ふぅ、と満足げな吐息と共にテニスコートへ視線を移した。

 つられて俺も顔を向けると、先ほど練習していた女テニの子が戻って来るところだった。

 

 

 

「あっ、おーい彩加くーん!」

 

 

 

 どうやら知り合いだったらしい泉が手を振って呼びかけると、とててっとこちらに駆け寄って来る。

 どことなく小動物を感じさせる子だ。

 

 

 

「こんにちわー、彩加くんは練習?」

「うん。うちの部弱いからお昼も練習しないと……。泉さんと比企谷くんは何をしてるの?」

「うーん、特になにも……ね?」

 

 

 

 いや、俺に聞くなよ。第一俺は昼飯を食ってるんですけど。いい加減お前もジュース買いに戻らなくて大丈夫なのか?

 

 

 

「彩加くん、授業でもテニスなのに昼練もするなんて大変だねー」

「好きでやってるから平気だよ。あ、そういえば比企谷くんテニス上手いよね」

 

 

 

 思いがけず俺に話が振られ、黙り込んでしまう。てか君誰?何で名前と俺のテニススキル知ってんの?

 何から聞けばいいのやら悩み混んでいたら、それより先に泉が質問をくりだす。

 

 

 

「八幡くん、そんなテニス上手いの?」

「うん、フォームがとっても綺麗なんだ」

「いやー照れるなーはっはっは。……で、誰?」

「え、知らないの!?確か八幡くんと同じクラスでしょ!?」

 

 

 

 後半は謎の少女に配慮して小声で泉にだけに聞いてみると、驚き半分の微妙な声量で返答がくる。たぶんギリギリアウトくらいの声量。ダメじゃん。俺の気遣いになんてことをするんだ。そんなこと言ったら俺がこの子の名前知らないの丸分かりじゃねーか。

 機嫌悪くしてないかな、なんて思いさいちゃんの方を見ると、目をうるうるとさせていた。チワワのようである。

 

 

 

「あはは、やっぱ覚えてないよね……同じクラスの戸塚彩加です」

「い、いや悪い。ほら、俺ってクラスの女子と関わらないからさ。なんならクラスの男子もこいつの名前も知らないくらいだ」

「いや、私の名前は覚えててよ……」

「二人は仲が良いんだね」

「そうそう、所謂マブダチってやつですよ!」

「友達宣言すら初耳だわ」

「殺してやりたいほどの友情を感じてます!」

「それはもうただの狂気だ」

「八幡くんを殺して私も死ぬ!」

「怖っ!本物の狂人じゃねーか!止めろ!ちょっとずつ擦り寄ってくんな!」

「ほんと仲がいいんだね」

 

 

 

 戸塚はぼそっと呟いてから今度は俺の方に向き直った。

 

 

 

「それと比企谷くん、僕は男だよ」

「え」

 

 

 

 ぴたっと俺の動きと思考が止まる。ついでに心臓まで止まるかと思った。

 『嘘だろ?』と視線で泉に問いかけるも『いやいや、残念ながらこれが本当なんだよ』と告げてくる。

 えーマジでー?冗談でしょ?

 信じられずに疑いの眼差しを戸塚に向けていると、それに気付いた戸塚は真っ赤な顔で俯いてから、上目遣いで俺を見た。

 

 

 

「証拠、見せてもいいよ?」

「なん……だと……」

 

 

 

 思わぬ提案に俺の心に悪魔と天使が現れる。『こんなチャンス滅多にないんだ、見せてもらえって!』まぁその通りなんだけどな。『お待ちなさい!』おぉ、来てくれたか天使さん。『どうせならいっそ上まで脱いでもらいましょう!』天使じゃねえのかよ。誰だよお前。これじゃあ小悪魔と悪魔だろうが。

 悪魔軍団と俺の理性が必死にせめぎ合っていると、それをみかねた泉がそっと耳打ちしてくる。

 

 

 

「もし提案を受けたら顧問を含めた奉仕部全員に言いふらします」

「疑って悪かった戸塚!お前は正真正銘男だ」

「ううん、別にいいよ」

 

 

 

 溜まった涙を払うように首を振ってからにっこりと笑う。

 機嫌を損ねてないことに安堵した俺は聞いてみたかったことを尋ねてみる。

 

 

 

「それにしてもよく俺の名前知ってたな」

「だって比企谷くんって目立つもん」

「あー、確かに一人ぼっちでニヤニヤ読書して悪目立ちしそう」

「そ、そんなことねえしっ!」

 

 

 

 読書はしているがニヤニヤはしていないはずだ!……してないと思う。思いたい。思いたかった……!くそう、恥ずかしくてもう教室じゃ読書ができない。

 新たな黒歴史に頭を抱えていると校舎にチャイムが響きわたる。いつの間にか昼休みの終了時間になっていたようだ。

 泉も気が付いたようで「あっ!」と慌てたような声を出しながら立ち上がった。

 

 

 

「やばい、私まだジュース買って行ってない!ごめんね、先に戻るから!」

「うん、またね泉さん」

「あ、あぁ」

 

 

 

 俺の返事も届いたか分からぬうちにとっとと戻ってしまう。

 それを戸塚と二人で見送り、辺りに元の静寂が訪れる。

 

 

 

「僕たちも行こっか」

「……そうだな」

 

 

 

 ぼっち故に一瞬一緒に行ってもいいのか?なんて思考がよぎったが、その思いは声には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ雪ノ下、頼みが――」

「無理よ」

「まだ何も言ってないだろうが」

 

 

 

 それから数日後経った放課後。

 部活が始まってすぐ、善は急げと雪ノ下に相談を持ち掛けようとするが、にべもなく却下される。せめて内容は聞いてほしいものだ。

 

 

 

「あなたからの頼みなんてどうせ碌なものではないわ」

「とりあえず内容を聞け。聞いてくださいお願いします」

 

 

 

 土下座も辞さない姿勢でお願いし、ようやく聞いてくれる態勢が整った雪ノ下、ついでに部室にいる泉に戸塚からの依頼を告げる。

 今日の体育の時間に戸塚のペアが休んで一緒に体育をしたことからテニス部の現状、そして俺にテニス部に入部してほしいという依頼まで余さず伝える。

 その結果。

 

 

 

「無理ね」

「結局答えは変わらないのか……」

 

 

 

 無情にも返って来た答えは先ほどと同じものだった。

 

 

 

「ええ、仮にあなたが入部したとしても部員はあなたを排除するのに結束を固めるだけだわ。誰もテニスの技術向上なんか目指さない。そもそもあなたに集団行動なんて不可能でしょう」

「舐めるなよ。俺ほどのぼっちになると集団行動なんてのは一周回って得意なんだよ。遠足然り体育祭然り修学旅行然り、誰も俺の言葉を求めないからただただ気配を消し去っているだけで終わるんだからな」

「結局ぼっちじゃない……」

 

 

 

 いや、ぼっちじゃないから。ちゃんと行事の写真に映りこんでは『え、なにこいつ……もしかして心霊写真!?』って驚かれるからな。俺の幽霊と間違われる率半端じゃないな。

 

 

 

「でも彩加くんの依頼はなんとかしてあげたいよね。雪乃ちゃん、八幡くんが入部する以外で良い方法とか思いつかない?」

「そうね、死ぬまで走って死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」

 

 

 

 泉の問いに良い笑顔で答えた雪ノ下に、マジで恐怖を感じた。こいつぁやべぇ……!

 戦々恐々としていると、ガラッと部室の戸が開けられた。

 

 

 

「やっはろー!」

 

 

 

 雪ノ下とは対照的な能天気な声で阿保らしい挨拶が聞こえる。

 悩みのなさそうなお気楽そうな由比ヶ浜の後ろに、しかし力なく深刻そうな顔をした少女がいた。自信なさげに下へと伏せられた瞳、由比ヶ浜のブレザーの裾を力なく握る指先、透き通るような白い肌。というか戸塚だった。少女じゃなかった。戸塚だった。

 

 

 

「……あっ、比企谷くん!」

「……よう、戸塚」

 

 

 

 ぱぁっと咲くような笑顔を見せた戸塚はそのままとててっと俺の傍に寄り、そっと俺の袖口を握る。……これ、本当に男か?今更ながら疑わしくなってきた。

 

 

 

「比企谷くん何してるの?」

「いや、俺は部活だけど。そういう戸塚はどうしたんだ?」

「ふふん、私が依頼人を連れてきてあげたの」

 

 

 

 何故か聞いてもいないのに由比ヶ浜が答える。ちくせう、俺は戸塚のかわいらしい唇から聞きたかったのに……。

 

 

 

「やー、ほらあたしも奉仕部の一員じゃん?だからちょっとは働こうと思ってたらさいちゃんが悩んでる風だったから連れてきたの」

「由比ヶ浜さん」

「お礼とかそんなの全然いいから。部員として当たり前のことをしただけだし!」

「いえ、由比ヶ浜さん。あなた別に部員ではないでしょう?」

「違うんだ!?」

 

 

 

 違うんだ!?てっきりなし崩し的に入部してるのかと思ってたわ。あれからしょっちゅうというか毎日来るし。

 

 

 

「ええ、部長からも顧問からもそんな報告を受けた覚えはないわ。ねえ泉さん?」

「うん、まぁ、平塚せんせーも言ってなかったし私も入部届を貰ってないから一応そうなるね」

「部長って詩乃ちゃんだったんだ!?」

 

 

 

 部長って詩乃ちゃ、泉だったんだ!?衝撃の事実だわ。てっきり雪ノ下が部長とばかり思っていた。

 

 

 

「それで、戸塚彩加くん、だったかしら?何かご用かしら」

 

 

 

 ほとんど涙目でルーズリーフに入部届を書く由比ヶ浜を尻目に雪ノ下は戸塚に視線を向ける。

 冷たい眼差しに射抜かれた戸塚はびくっと一瞬身体を震わせた。

 

 

 

「えっと、て、テニスを強くして、くれるん、だよね?」

「由比ヶ浜さんがなんて説明したのかは分からないけど、奉仕部は依頼者のお手伝いをするだけで、決して願いを叶えるわけではないわ」

「そ、そうなんだ……」

「えっとね、今の雪乃ちゃんの言葉を翻訳すると『彩加くんが望むなら私たちはいくらでも手助けするよ!』って意味だからね!」

「泉さん、適当なことを言わないでちょうだい。私は一言もそんなこと言ってな――」

「雪乃ちゃんってツンデレだから言葉のまま受け取らなくてもいいんだよ、彩加くん?」

「待って。泉さんお願い待って」

 

 

 

 珍しく……もないか。泉は雪ノ下を完全に手玉に取りながら落ち込んでしまった戸塚を慰める。戸塚に期待を持たせたという意味での元凶・由比ヶ浜ーンは出来上がった入部届を掲げて、満足そうに頷いていた。……あなたはいつも幸せそうでいいですね。

 

 

 

「分かった、分かりました、いいでしょう。戸塚くんの依頼を受けるわ。テニスの技術向上を助ければいいのよね?」

「は、はい、そうです。ぼくが上手くなればみんなも一緒に頑張ると思うから」

 

 

 

 ついには雪ノ下が根負けして戸塚の依頼を受ける運びになった。

 

 

 

「まぁ手伝うのはいいんだけどよ。一体何すんだ?」

「うーん、けしかけといてなんですが、私は運動できない人だしなぁ……」

「あら、内容ならさっき伝えたじゃない。もう忘れてしまったのかしら鳥頭くん」

「せめて谷をつけろよ。ってかさっき言ったのって……マジか?」

 

 

 

 その言葉ににっこり笑顔で返事をする雪ノ下。どうやら本気で死ぬまでなんたらを実行するみたいだ。

 不穏な雰囲気を感じたのか、戸塚もわけも分からずに怯えている。まぁ雪ノ下の笑顔って得も言えぬ恐怖感があるもんな。『お前を強くしてやろう。だが代償にお前の生命を貰い受けるがな!』とか言い出しかねない勢い。

 

 

 

「ぼく、死なないかな……」

「大丈夫だ。お前は俺が守る」

「比企谷くん……」

「戸塚……」

「はーいそこの男子お二人さん、そんな茶番はそこまでです」

 

 

 

 茶番の一言で片付けられてしまった茶番を止める。しかし男なら言ってみたいセリフベスト三に入る台詞を言えた俺は謎の達成感に包まれていて、大して気にもならない。これがハイってやつか……。違うか……。

 

 

 

「確か戸塚くんは放課後テニス部で練習よね。なら特訓は昼休みにしましょう。明日からテニスコート集合ね」

「りょーかい!」

「わかった!」

 

 

 

 てきぱきと段取りを決める雪ノ下に、返事をする泉&由比ヶ浜。戸塚もこくりと首肯する。と、いうことは、だ。

 

 

 

「それって……俺もか?」

「当然。どうせあなたにお昼の予定なんてないのでしょう?」

 

 

 

 おっしゃるとおりです……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




再び俺ガイル原作。

夏休みになるとアニメやら宿題やらラノベやらバイトやらアニメやらで執筆速度が遅くなる不思議。

というわけで9月中にもう1話更新できるかどうか怪しいところです。
まあ夏休み終わったら終わったらでテストに体育祭に文化祭に忙しいんだけどね……。

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