休日。
休む日と書いて休日と読む本日は、いつもなら昼まで布団にくるまり惰眠を貪りながら自堕落生活を謳歌する所存だが、今日は新刊の発売日なので嫌々ながら布団から抜け出る。……バイバイ布団!また夜になったら包まれに来るからね!
そんなわけで珍しく早起きして出かける準備を終わらせた俺は階段を降りたところで妹の小町と出会った。
「およ?お兄ちゃんこんな時間に起きてどしたの?偽物?」
「小町ちゃん、朝っぱらから兄を偽物呼ばわりするんじゃありません」
「だっていつもなら昼まで寝てるし、なんなら平日も『あと5時間……』とか言って起きてこないじゃん」
「マジで?俺そんなこと言ってんの?」
それじゃあ俺がただの屑みたいじゃないですか、やだー。
なまじ間違ってないだけに否定できないのがつらい。
「今日はただ本を買いに行くだけだよ」
「なーんだ。ついに気が触れたのかと思ったよ」
「休日に早起きするだけで狂ったと思われるって酷過ぎない?」
「まあ何にしてもまた事故るなんてことにならないでよ」
心配してくれるなんて優しいな。さすが小町ちゃん。ツンデレかな。
「お見舞いに行くのも朝歩いて行くのも疲れるんだから」
違った。
自分の心配しかしてねえやこいつ。
「そういえば、あの事故の後犬の飼い主さんがお礼しにうちに来たよ。お菓子美味しかった」
「ねえ、確実にそれ俺食べてないよね?なんで黙って食べちゃうの」
「てへっ☆」
それで許されると思うなよ。そんなんが通じるのは千葉の兄妹くらいだ。
「でも同じ学校だからお礼言うって言ってたよ?会ってないの?」
「……なんでそういうこと早く言わないの?一年経ってるんですけど。それで、名前は」
「えっとね……『お菓子の人』って言ってたよ!」
「素直に覚えてないって言いなさいな……」
「てへっ☆」
なんでもかんでもそれで許されると思うなよ。そんなんが通じ(以下略)
「はぁ、今度からはちゃんと報告しろよ。じゃあ俺はもう行くからな」
「ほいほーい、いってらっしゃーい」
小町に見送られながら玄関を出て、自転車に跨る。
昼飯は適当にラーメン屋にでも入ろうかなー、などと考えながらペダルを漕ぐ。
× × ×
目的の本も手に入れ充足感に満たされながらの帰り道。
どこのラーメン屋に入ろうかなと脳内マップを広げている最中。
「ひったくりよーーーーーー!!!」
いきなり非日常に巻き込まれた。
大きな声のする方を向いてみると、尻餅を着いている女性がいた。その前には女性ものの高そうなバッグを持った男性。……うん、紛うことなくひったくりの現場に遭遇してしまったらしい。
しかも何故か男性はこっちの方向に逃げてくるし。
「誰かー!捕まえてー!」
ヒステリックに叫ぶおばはんの声が響くが、ぼっちの俺にどうこうする勇気もなく道を譲る。いやだってしょうがないじゃん?突然こんなことに巻き込まれても上手に対応できるわけないでしょ。そんなことできる奴は漫画の主人公だけだ。
しかし、ひったくり犯は何故か何もない道で盛大に転ぶ。……ドジっ子?
転んだ拍子に荷物を落としたひったくり犯は、捕まるのを恐れて何も持たずにスタコラサッサと消えていった。あの男はいったい何がしたかったんだろうか。
まあこれで荷物も返ってきたし、解決――
「ちょっと!そこのあなた!なんであの男が転んだ時に捕まえなかったの!?」
「……は?」
――とはならなかった。
被害者であるおばはんが荷物が返ってきたにも関わらず無関係の俺に突っかかって来た。……いやホント意味が分からない。
「もしかしてあなた、あの男の仲間!?」
「え、いや、そんなわけ」
「ほら、答えられない!そしてなによりその目が証拠よ!さあ一緒に交番まで着いてきなさい!」
「は!?ちょっと待っ!」
俺の言い分も聞かずに問答無用と連行される。やばい、この人平塚先生以上に話を聞かない。てかその目が証拠って……ついに俺の目は犯罪の証拠にまでなるレベルになったか……。
はぁ、仕方ない。
空いている左手を使って右ポケットにある『時計』を握りしめる。
そして時計の針が逆回転する様子を強くイメージする。
――カチリ。
一際大きく針の音が聞こえると同時に一瞬、脳がぐらつく。
瞼を上げるとそこには何事もなかったかのような街並みが広がっていた。辺りを見渡すと少し後方に被害者兼俺にとっての加害者のおばはんがいた。
まだ盗まれる前なので当然なのだが、呑気に歩いている。
さて、再び犯人に仕立てあげられるのも嫌なのでなんとか阻止する方向で動いてみるか。
作戦をおおまかに纏めると、早速行動を開始する。
「すいません、そこのおば……おね……そこの高そうな鞄を持ったお方」
「はい?私のことかしら?」
「えぇ、えっと、このハンカチを落としませんでしたか?」
「いいえ、落としてません。だいたい、この私がそんな野暮ったいハンカチを持つわけありませんわ!」
「そ、そうですか……じゃ、じゃあこのハンカチの落とし主に覚えがあったりは」
「しつこいわよあなた!私は用事があるのよ!邪魔をしないでちょうだい!」
いや、だったら俺を交番に連れていかないで用事を済ませて来いよ。なんて今のこの人に言っても無意味なのは分かっているが、苛立ちと焦燥感で喉まで出かかった。危ない危ない。
てかもうちょい引き止めないとまたひったくりの餌食にされてしまう。今はおばはんの視界にひったくり犯が映るように調整しているため、ひったくり犯も真正面から盗みには来ないだろう。もう少し、もう少し……。
「話はそれだけ?私はもう行くから消えて頂戴」
「あっ、ちょ!」
俺の静止の言葉も聞かず、おばはんは俺に背を向けるとさっさと歩いていってしまう。
その瞬間、俺とおばはんの横を何者かが素早く通り過ぎる。直後、おばはんは倒れ『ひったくりよーーーーーー!!!』と叫び出した。
あぁ……結局こうなるのか。ちくしょう、俺のなけなしの勇気と善意を返して欲しい。おばはんと会話するなんて超精神力使うんだぞ。
しかし案ずるなかれ。
俺のコミュ力とおばはんの態度と『時計』の性能を考えれば予想するのは難くない。すでに予防策は張ってある。
おばはんから荷物を奪った犯人は、巻き戻す前と同様、何もない場所で転ぶ。
そして『なぜか不自然に置いてある少し大きめの石』に股間をぶつけ、悶絶していた。とても痛そう。
動けない犯人を前に易々と追いつくことができたおばはんは警察に連絡、事件はあっさりと解決した。
まあ分かっているとは思うが、一応言っておくと、予め犯人が転ぶ場所に拾ってきた石をセットしただけだ。石を置く場所なんかは割と適当だし、犯人が転ぶ前に石が撤去される可能性もある、穴だらけの作戦だが上手くいったようで何よりだ。
さて、巻き戻しも使って物理的にも精神的にもお腹が空いてきたことだし、近くにいいラーメン屋はないものか……。
「ねぇ、そこの君」
だいたいいつもは決まった店に行くから、今日は新しい店でも開拓しようか……。
「あ、あれ。聞こえてないのかな……。もしも~し!そこの目が濁ってるき~み~」
おい誰だよさっきから呼ばれてる奴は。さっさと返事をして差し上げろよ!しかし目が濁ってるなんてなんか親近感湧くな。一目見てみたい。
「えぇー、ここまでして気づかないとか……仕方ない、とりゃっ!」
「ぐえっ!」
突然首が締まる感触と共に体が後ろに引っ張られる。思わずカエルの呻き声のような音が漏れ出てしまう。同時にヒキガエルなんて呼ばれていた黒歴史も蘇ってしまう。くそっ、『ヒキガエルが帰るみたいだぞ!』なんてしょうもないギャグで笑い者にしやがった高野マジ許すまじ。
「おおぅ、間近で見ると想像以上に腐ってるね」
「えぇ……」
見知らぬ他人に捕まったと思ったらいきなり罵倒されたんだが。ありがとうございます!とでも言えばいいの?別にそっちの趣味はないんだが。
「ああごめんごめん、虐めるつもりはないからそんなに目を濁らせないで」
だったらそんなに目が腐ってるだの目が死んでるだの言わないで欲しいんですけど。え、何この人、自覚なく虐めるような人種なの?『俺たちは仲良く遊んでただけでーす』みたいなこと言っちゃう連中なのん?
「……それで、俺に何か用事ですか?」
「ん、ちょーっと気になったことがあってね。君、さっきひったくり騒動に巻き込まれてたよね?」
「さぁ、人違いじゃないっすか?」
「それでね、その時中々面白いものを見ちゃったんだよ」
聞いてねー。
「なんかね、不自然にポケットから石を落したかと思えば、何の脈絡もなく変なおばは……女性に話しかけたんだよ。しかもその人ひったくりに遭っちゃうし、ひったくりはひったくりで落とした石にやられちゃってるし」
「……何が言いたいんですか?」
「うーん、ちょっとまどろっこしいかったか。ならズバリ言わせてもらうよ」
腰まで伸びる白髪を揺らした女性は静かに顔を引き締める。
「――君、未来を見てきたんだね」
ゆっくりと告げられた言葉に、俺は暫く反応を返せなかった。
× × ×
「ほらほら遠慮しないで!ここはおねーさんの奢りだからさ!」
「はぁ、どうも……」
所変わって場所はファミレスの王道、サイゼ。休日の昼時なのでそれなりに混雑を見せてはいるものの、ピークは過ぎ去ったのか、幾分かの落ち着きを見せている。
対面に座る女性はメニューを広げて悩ましげに眉を顰めて唸っている。
改めて観察してみるものの、この女性、恐ろしく美人である。白髪ながらもそれで老けて見えるなんてことはなく、よく似合っている。銀髪やら白髪の美少女なんてのは二次元だけの特権かと思っていたが、いざ目の当たりにするともう『何も言えねぇ』くらいしか言えねぇ。初めて奉仕部に入った時も思わず見惚れてしまったが、それに負けないほどである。
「ん、決めないの?それとも……お姉さんに見惚れちゃった?」
「ミラノ風ドリアとドリンクバーで」
「なーんだ決まってたのか。ていうか別にもっと頼んでもいいんだよ?」
「そこまでお腹が空いてないんで遠慮します」
「そっか。でも君くらいの年齢はもっといっぱい食べなきゃ大きくなれないぞ!」
大きくなれないぞって、言っちゃ悪いがあんま成長しているように見えない人から言われても説得力皆無だから。
その後、料理を選び終えた対面の女性は店員を呼んで手早く注文を済ませる。
「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろっか。あ、今更だけど私は古川漣、大学生ね。さざなみって書いてレン。漣さんでも漣ちゃんでも好きに呼んでいいからね。ちなみにオススメはレンレン!」
「俺は総武高二年の比企谷八幡です。よろしくお願いします漣さん」
「ぶぅー、つれなーい」
わざとらしく頬を膨らませて拗ねてみせるレンレン改め漣さん。見た目はそうは見えないが、俺より年上の大学生だったようだ。雪ノ下に並ぶ容姿に加え、これまた雪ノ下に並ぶほど身体の一部が小さい。どことは言えないが。だが言動の無邪気さが目立ち、雪ノ下よりも幼く思える。これで年上なのだから甚だ不思議なものである。
「まぁいいや。じゃあ本当に本題に入らせてもらうとして……うーん、まずは確認のためにも『時計』を見せて欲しいな」
「……何のことでしょう?」
幼く見えても漣さんは『時計』を知っている人物なのだ。前の持ち主である陸さんからはそんな話は聞いたことがないが、この『時計』の力を知っていて悪用しようとする組織のようなものがあっても驚かない。てか貰った直後とかはよく妄想しちゃってたし。……いや、直後だから中三の頃だからね?ギリギリ中二病を患ってても許されるレベルだよね?
とにかく。
相手の目的が分からない以上、とぼけておくのが正解だろう。……何故かすでにほぼ確信しているみたいだけど。
「はい残念。私は『時計』としか言ってないよ?そこで素直に腕時計を見せてくれたらまだ疑う余地はあったけど、とぼけられちゃったらほぼ百パー持ってるよね」
「…………」
「あっはっはー、こう見えてお姉さんは賢いんだぞ?ちなみにさっきの台詞の後に動揺を見せちゃったのもポイントマイナスだぞっ」
「……はぁ」
うん、無理。
何かとお姉さん振るこの人には色んな意味で勝てる気がしない。
大人しくポケットから『時計』を取り出してテーブルの上に置く。
「それで、この『時計』を知ってるみたいだけど何が目的なんですか?」
「そう怖い顔をしなさんなって。ところで君はその時計を誰から貰ったのかな?」
「………………」
ここで陸さんの名前を出してもいいものか逡巡してしまう。もし本当にこの『時計』を利用しようとする組織とかだった場合、陸さんにまで迷惑が及んでしまう可能性があるからだ。
そんな迷いを見越したのか漣さんが先んじて口を開いた。
「大崎陸。それが君の前の持ち主の名前かな」
「………………」
「答えないのは正解ってことでいいのかな?」
「……さあ、どうなんでしょうね」
できる限りの抵抗にと精一杯の強がりを表情に乗せて返す。
しかしそんな仮面もあっさり見破ったように、漣さんは苦笑いを浮かべて訂正を入れてくる。
「あぁ、怖がらせたのならごめんね。実は私、大崎陸の前の持ち主なんだ」
「………………は?」
「前の持ち主の名前、聞いてない?……まあ普通は言わないか。私もりっくんに言ってないし」
前振りも何もなく、唐突に告げられた事実に暫し思考がフリーズする。
……前の持ち主?漣さんが?陸さんの?何の?『時計』の?え?は?
ってことはあれか。俺は勝手に妄想膨らまして悪の組織(笑)と戦ってたのか?………………死にたい。今すぐ布団にもぐって悶えてごろごろ転がって壁に激突して死んだように眠りたい。
「おぉ、見る見るうちに目が死んでいく……これ学会とかに報告したら面白いことにならないかな……」
何やら不穏なことを呟く漣さんだが、正直そっちにまで余裕が回らない。今の俺はどうやってこの出来事をリライトしようかという考えしか浮かばない。消してええええええええええええ!リライトしてえええええええええええ!な歌を今なら街中で熱唱できることだろう。(できるとは言ってない)
それから運ばれてきた料理をもそもそと食べながらクールダウンを図る。うむ、やはりミラノ風ドリアは素晴らしい。心の芯まで温めてくれる優しさがある。やだ、クールダウンが図れてない!
ともあれ一息吐くことができた。そしてドリアは美味い。
「落ち着いた?」
「あ、はい。一応」
「それは良かった」
落ち着いたはいいが、そうなってくると今度は美人なお姉さんと二人で昼食というシチュエーションに緊張してきた。いっそここに隕石が落ちてきて緊張やらなんやらを吹き飛ばしてくれないかなぁ、なんて思う始末。一緒に肉体やらなんやらも吹き飛んでしまうのはご愛嬌の範囲内だろう。
「それで、俺が『時計』の持ち主だってことを知って接触してきたのは何が目的なんですか?」
「んー、目的、なんて大それたことは特にないけどね。しいて言うなら……観察?」
「観察?」
「ん、観察。りっくんの選んだ持ち主はどんな人なのかなー、どうして『時計』を使っているのかなーって」
「なるほど……」
なるほどと言ってみたものの、実際は何にも分かってはいない。まあ分かってなくても大丈夫だろう。ほら、社交辞令っていうかなんていうか。
バイトとか仕事とかのクレームだって内容理解してなくても『分かりました』『大変申し訳ございませんでした』とか言ってれば大抵のことは解決するからな。だが『目が腐ってる店員がいて気味が悪い』ってクレーム言った奴。あれにはさすがに愕然ときたから素直に次のバイトをばっくれました。理不尽なクレームにも真摯に対応する俺マジ紳士。
「それで、俺は何を話したらいいんでしょうか?」
「まあ人柄は大体分かったし、時計を悪用するような子でもないからこれといった用事はないんだけど――そうだね、君はそれを何のために使ってるのかは聞きたいかな」
「何のために……」
問われて考えてみる。
今まで明確な目的もなく使ってきたが、俺はこの『時計』を使って何がしたいのだろう。
時間を増やして遊びまくる。
未来を変えられるように努力してみる。
困っている人すべてを助ける。
しかしそのどれもが違うように感じる。
材木座が死に絶望している、そんな折に出会ったのが陸さんであり、この『時計』だった。恐らくは初めての身近な人との死別であり、ショックが大きかっただろう当時の俺が何を思ってこの『時計』を受け取ったのかはもう分からない。
ただ、もう一度身近な人が――考えたくはないが、小町や両親が死んでしまった時に『時計』を使ってなんとかしようとするだろう。陸さんからも忠告された“未来を変えることは出来ない”ことも無視して、何度も何度も巻き戻す。そんな光景がありありと想像できた。
だから、俺がこれを使っている目的を問われれば、それは――
「――逃避、ですかね」
「………………逃避?逃避ってあれ?逃げるに避けるの逃避?」
「えぇ、その逃避です」
「そりゃまたどうして」
漣さんは初めて驚いたような表情を見せる。まぁこんな万能道具みたいなものを所持しておきながら、その目的が逃避だなんて言われちゃそうもなるか。
「その、俺は明確な目的があるわけじゃないんですよ。ただ、自分や困った時にちょろっと使ってそれを回避するみたいな。で、ちょっと話が飛ぶんですけど、俺がこれを知ったのって友だ……知じ……友達が死んだときなんですよ。だから、また同じような事態に遭ったとき、例え未来が変わらなくても延々と戻って、何事も無かったかのように、もしくは助けようと動き続けると思います。だから、逃避。いつか来る終わりなんてものから目を逸らし続けて、生温い環境に浸って、自己満足と共に過ごしていく。それが俺の目的です」
「…………そう」
俺の長い独白にも一言も介入することなく聞き終えた漣さんは短く返事をすると、何かを考えるように下を向いてしまう。
そして再び視線を上げた瞳には、真剣な色が灯っていた。
「ねえ八幡くん。未来は絶対に変えられないんだよ?それはちゃんと理解してるんだよね」
「まあ一応。半信半疑ですが」
「その上で君は、いつまでもみっともなく足掻き続けるのが目的だって言うのかな?」
「簡単に纏めるとそういうことですね」
「はあ……」
俺の返事に何かを諦めたかの溜息を吐く漣さん。
そんなこれみよがしに呆れたようにしなくてもいいんじゃないでしょうか。バカなのは自分でも自覚してるからこれ以上追い討ちをかけないで!
「いやあ、りっくんも頑固で捻てて面倒だったけど、君はりっくんよりも厄介な性格をしてるね!」
「そんな笑顔で言う内容じゃないでしょうよ……」
「いやいや、これでも褒めてるんだよ?ある意味りっくんよりも頑固で捻てるね」
「どこがですか」
これでも俺ほど自分に正直な人間もいないと自負しているんだぞ。
将来の夢は専業主婦で、一生働かずに楽していきたいと胸を張って言えるくらいだからな!……あれ、俺ってば人間の屑に見えるぞ?
「りっくんは未来を変えられないことを理解していながら変えようと努力するバカだったけど、君は未来を変えられないことを理解しながらも何度も繰り返すバカだとは。いやー、諭してあげられない分よっぽど性質が悪いね、これは」
「諭されたんですか、陸さん……」
「ん、どうしても救いたい人がいるから何千回、何万回だって繰り返してやるーなんて言うもんだからお姉さんがつい」
つい、で他称頑固者で捻くれ者の陸さんを諭すとかこの人バケモンかよ。いや、この人の容姿だと人外とか言われてた方が納得する部分があるかもしれないが。
「それなのに君ときたらねぇ……まいったまいった。これじゃあ手が出せないなぁ」
まいった、なんて宣いながらも全然困った様子を見せない漣さんは残った料理を食べ進める。それに倣って俺も止めていた箸を進め始めた。……少し冷めてしまったが、これはこれで美味い。やはりミラノ風ドリアは偉大だな。
× × ×
「それじゃあ今日はありがとね、はーくん」
「いえ、こちらこそ昼ご飯、ご馳走様でした」
あれから漣さんの『時計』を使った話、俺の話、そして陸さんとの話をしながら一時間近く居座っていた。その途中、何故か漣さんからは“はーくん”なる渾名を貰い受けてしまった。何か子ども扱いされてるみたいで少し恥ずかしい。
くそぅ!俺も対抗してレンレンと呼んでやろうか!……嬉々として受け入れそうだから止めておくか。
一応何かあった時のためと連絡先を交換し、漣さんと別れ、帰路につく。
当初の予定新刊を買うだけだったのに大幅に変更してしまった。まぁこれはこれで充実していたし良しとしよう。それに『時計』関係者が増えて、もしもの時の相談先にも困らなくなったと考えればお釣りがくるというものだろう。
ポジティブ思考、ポジティブ思考と脳内連呼しながら家に向かって自転車を漕ぎ出した。
『できない私が、くり返す。』の方のキャラである漣さん登場。口調やら性格やらがまだ定まってない感じがあるけど、まぁ後で書き直すだろうし気にしない方向で。
急いで書いたしおかしな部分があったりするかもしれませんがご了承ください。