目を閉じるように指示された俺は、大人しくそれに従う。
真っ暗な闇の中、思い出すのは中学時代の唯一の友達――材木座義輝のことだった。小学生の時から虐めにあっていた俺に話しかけてくれた存在。
最初は鬱陶しいなどとあしらっていたが、あいつはしつこく俺に話しかけてきた。今思えばあいつも話し相手が欲しかっただけなんだろうと思うが、それでもやはり俺はあいつの存在に救われている部分があったんだろう。
だからこそ、あいつを失ってからどこか空虚なものを感じ、やる気とか生気とか色々なものが無くなってしまったんだろう。こんな腐った目を置き土産に勝手に死にやがって。次会ったら1日かけて文句を言ってやる。
過去の思い出に浸っていると、暗闇の中で俺の手が取られた。
「もうちょっとだけ目をつぶったままな。すぐ終わるから」
陸さんの静かな声と共に、俺の手にはあるものが乗せられる。
指を曲げ、少し重い円型の感触を確かめた。その俺の手が、さらに上下から挟まれる。
陸さんの掌で、包むように握られたようだ。
「――悠久にして限りある“時”、刻まれし十二の証を介し、今託さん」
小さな声で、陸さんは呪文のようなものを唱えた。……どことなく儀式染みているな。もしかしたら本当に儀式なのかもしれないが。
この『時計』を次の持ち主に……俺に譲渡するための。
「――よし。目を開けていいぞ」
包まれていた手が解放されると同時に、俺はその声に従い、瞼を動かす。
いつの間にか俺から離れていた陸さんは、花壇の縁に座り、まっすぐこちらを見つめていた。
「確かに渡したからな。その、時間を巻き戻す『時計』を」
「……ええ。確かに受け取りました」
俺は、改めて手の中にあるそれを――『時計』を見つめた。
それなりに年季が入っていて……何故か目を引き付けられるようなフォルムの、その懐中時計。
陸さんは以前からの約束通り、この『時計』を俺に譲ってくれた。
「……渡すときって、必ずあんな呪文を唱えるんですか?」
「いや、俺が前の持ち主から『時計』をもらったときの真似しただけだ。たぶん言う必要なんかないんだろうな」
「そうなんですか」
「まあ、それはともかく……これで『時計』の持ち主は、俺から八幡に変わったわけだ」
陸さんの表情は、晴れ晴れとしているようにも、逆にどこか寂しそうにも見えた。
正反対の感情を同時に醸し出しながら、俺に声をかけてくる。
「実際に使えばすぐに分かるとは思うが、これを使えばいくらでも時間を巻き戻せる。つまり、同じ時間をくり返すことができるんだ」
「今の記憶を保ったまま、ですよね」
「ああ。ちゃんと俺の説明を覚えてたみたいだな」
「受け取る立場ですから。忘れるわけありません」
中学生にして絶望にうちひしがれている時に陸さんと出会い、俺はこの『時計』の力を目の当たりにした。
そのとき陸さんから聞いたことを、声にして並べる。
「何回でも時間を巻き戻して過去に行ける。そのとき、記憶は今現在のものを引き継げる」
つまり、未来の記憶を持ったままで過去に戻れる……ということだ。
「そして、時間を巻き戻すためには、何の対価もいらない」
「そう、だけどいいところだけじゃないぞ?」
「もちろん、悪いところもちゃんと覚えてますよ。巻き戻せる地点には限界があり、前の所持者から時計を譲渡されたその瞬間までしか――たとえば今の俺は、ほんの1分前にしか戻れない」
「……それだけか?」
「いや、もう一つ残ってます」
この時計を手にするにあたって、とても重要なことが。
本当は信じたくはないけれど、これを受け入れないと始めることすらできないだろう。だから俺は続きを口に出す。
「未来を変えることはできない」
「そう。確定した未来は変えられない――この時計を使うのであれば、それだけは常に頭の片隅に置いといてくれ。それを理解したうえでなら、これをどう使おうが、君の自由だ」
未来は変えられない、か。
陸さんは「近い将来にけがをする人は、どんな手段を用いても必ずけがをする」……って説明してくれたっけ。
「陸さん、仮の話なんですけど」
「ん……なんだ?」
「未来が変えられないと分かっていて、それでも変えようとしたら、どうなるんですか?」
しかし俺は、陸さんの言うことを受け入れはしても、どうしても納得できないでいた。
時間の遡行に対価を必要とせず、記憶も失くさない。……それなら、未来なんて容易く変えられる。
そんな根拠のない自信を持って、俺はこの『時計』を受け取ったのだ。
「……変えたいと思うその心意気は、個人的には好きだけどな」
「変わらない、って言いたげな感じですね」
「だって変わらなかったからな。少なくとも俺と、前の持ち主はね」
浮かべたのは、どこか諦めの気配を漂わせる小さな笑み。
……なんというか、大人の表情だった。
二十歳を迎えて1,2年の陸さんは中学三年生の俺からしたら大人も同然なのだが、陸さんの同年代と比べても、どうしてか、ずっと大人っぽく感じる。
「俺だって、何度も何度も試したさ」
「そうなんですか?」
「ああ、君と同じ。未来は変えられるって前の持ち主に宣言して、実際に変えようと努力してみた」
「……でも、ダメだったんですね」
「うん。1年前に戻って毎日牛乳を飲み続けてみたけど、変わらず身長が伸びなかった、とか」
「陸さんそんなに身長低くないじゃないですか」
「まあそれは冗談として……とりあえず俺は、いろいろと試してきた。そのうえで言ってるんだ。未来は変えられない、ってな」
陸さんは俺から視線を外し、宙へ視線を彷徨わせた。その視線を、ほとんど反射的に俺も追いかける。
夕焼け色に染まった空は雲一つなく、無性に寂しさを感じさせた。
「だから、そこは諦めた方がいいぞ。何回、何十回と挑んでも、絶対に未来は変わらない」
「分かりました。でも、試すくらいはいいですよね?」
挑戦的にそう告げると、陸さんは少し目を見開いたあと、口元を緩ませる。
「ああ、満足するまで試したらいいさ。何千回、何万回もくり返せたら、もしかしたら変わるかもしれないぞ。まあ、ないとは思うが」
「決めつけはよくないですよ」
「ははっ、そうだな。悪い。でも先輩として注意しとくと、あまり過度な期待はしちゃ駄目だ。その『時計』は変えるために使うんじゃない。自分を納得させるために使え」
「……どういう意味ですか?」
「使ってればそのうち分かるさ」
あくまでも教える気がないのか、からかうように言ってくる。
「何千回、何万回……か」
「え?」
唇をかすかに動かして、陸さんが呟く。
それをかき消すように、何かの軋むような音がした。屋上の出入り口が開かれる音だ。
「大崎さーん!」
「おっと、もう時間か。俺はそろそろ行くよ」
言いながら、陸さんは俺をまっすぐに見つめてきた。
すべてを見透かすようでもあり、すべてを吸い込んでしまいそうでもある、深い、深い瞳。
「それじゃあな、頑張れよ、八幡」
いつものように俺の名を呼んでから、陸さんは花壇の縁から腰を上げた。
「誰と話してたんですか?」
「ああ、俺の後継者……とでも呼ぶ人物かな」
「なんだそりゃ?」
「まあ気にしないでくれ」
陸さんが屋上から去ったあとも、俺はしばらくそこから動けないでいた。
手の中にある『時計』は、一定間隔で音を奏で、時を刻み続けている。
未来は、変わらない?
本当に?
「…………俺は本気で試しますよ、陸さん」
あなたの言葉が真実かどうか。
少しだけ力を入れて、俺は『時計』を握りしめた。
初めましての方は初めまして。僕の別作を読んでいる方は久しぶりもしくはさっきぶりです。
前々から俺ガイルと何かのクロスを書きたいと思ってまして、でも他の人と被ったら比較されてぼろくそ言われて豆腐メンタルがぐちゃぐちゃになった挙句に廃棄されちゃうまであるので誰もやってないクロスをやりたいな、と考えてたらなぜかエロゲとのクロスに。
おそらく原作を知らない人が大多数だと思いますが、まぁ知らなくても読めるので是非一読して行ってください!
一応サイトでキャラの立ち絵くらいは見ておくとイメージしやすいかと思います。
亀更新でさらには書き溜めもしてない見切り発車ですので、もしかしたらそのうち気づかないうちに矛盾点が出てきてしまうかもしれませんが、ご了承ください。