偽を演じて…   作:九朗十兵衛

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どうも、九朗十兵衛です。

今回のお話は本編に登場させることが(今の所)ない折本との中学時代のお話です。

では、本編をどうぞ。


外伝 かおりいんわんだーらんど

 

 

『……好きだ』

 

 

 

 扉を一枚隔てた向こう側から聞こえる声。それを発した人物は声替わりを迎えたのか、少し低めの声で言葉の意味と合わさりそれがとても大人びて聞こえた。

 

 

 

 

―――好き

 

 

 

 

 それは好意を寄せている相手に向けて贈る言葉。

あたしたち学生にとって、その言葉はとても身近なもので漫画だったり小説、映画やドラマ、友達から聞く噂話にもよく出る話題で、何だったら直接言われることだってある。

 あたしも男子に告白されたことがあるからその言葉を言われた。でも―――

 

 

 

『君が好きなんだ』

 

「っ……!!」

 

 

 

 再度、扉の向こうから聞こえる愛の告白にあたしは思わず体を抱きしめて蹲った。

 鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているのが分かってしまう。直接胸に手を当てなくとも、心臓が早鐘の様に激しく鼓動を刻んでいるのが分かってしまう。

 自分に向けられていないと分かっていても、そうなってしまう程にその声は、言葉は

 

 

 切なくて

 

 

 焦がれていて

 

 

 求めていて

 

 

 聞いた者を惹きつけて放さない、言葉では言い表せないような迫力があった。

 あたしが男子から告げられた言葉と同じなのに、同じ愛の告白なのに何もかもが違っていた。この人物の告白の言葉を聞いてしまったら、今まで何人かの男子に告げられた告白が霞んでしまう。不満が心に広がってしまう。

 

 ―――ねえ、君たちはあたしを好きだったんだよね? 想いが溢れてしまうから、あたしに向けてその言葉を贈ってくれたんでしょ? じゃあ、何で今みたいに胸が苦しくならなかったの? 何であたしの心を揺るがすことが出来なかったの? 何で……こんなにも感情が抑えられなくなってしまうほどの言葉を贈ってくれなかったの? そう、思ってしまう。

 

 分かってる。こんなことを思うのは、理不尽で傲慢で的外れな八つ当たりだってこと。でも、それでも、理性では分かっても感情が止まってくれない。

 

 あたしもこんな言葉を贈ってもらいたい。できる事なら、今すぐ中で告げられているだろう人と変わりたい。この言葉を向けられていないあたしでも、ここまで体が、心が揺さぶられたのだ。

 正面から受け止めた人は、もしかしたら天にも昇る様な幸せを感じているかもしれない。そんなのって―――ずるいっ!

 

 

『っ……誰か、そこにいるのか?』

 

 

「っ!?」

 

 

 中からの声に体が強張る。まずい、暴走する感情のせいで思わず音を立ててしまった。逃げなきゃ!

 

「……え、っきゃ!?」

 

 ここから離れるため、蹲って背を預けていた扉から勢いよく立ち上がって離れた。しかし、先ほどの感覚が抜けていない体が思う様に動かなくて、足をもつれさせ盛大に転んでしまった。

 

「っ~~! いったぁ」

 

 転んだ拍子に顔をぶつけてしまった。そして、ぶつけた顔を押さえて呻いている間に、無情にも扉が開かれてしまった。あぁ、怒こられるっ!

 

「っ!…………あ、あれ?」

 

 ぶつけてくるだろう怒りの声に備えるため頭を抱えた。しかし、予想に反して声がぶつけられることはなかった。そればかりか扉を開ける音以降物音ひとつしない。

 それが不思議で恐る恐る振り返って、何で声がしないのか理解した。

 頭を巡らせて見た後ろには、扉に手をかけたまま目を見開いて口元を引きつらせる同級生がいた。彼が驚いているのはあたしがいたからってわけじゃない。

 あたしが転んでいることは該当してるけど、大部分はそれじゃない。

 

「あ、あぁっ」

 

 自分の口から勝手に声が漏れてしまう。

 

 

 顔に先程とは比べようのない熱が集まるのが分かってしまう。

 

 

 それに伴って相手の顔色が青くなっていく。でも、この後に起きることを思うとそれもしょうがない。だって今のあたしは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手に向かってお尻を突き出した状態でスカートが捲れてしまっているのだから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 数瞬の間をおいてあたしの口から悲鳴が飛び出したのは言うまでもない。

 叫ぶあたしは微かに残る冷静な部分で何故こうなってしまったのかを知るため、数十分ほど前からの記憶をたどることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日のあたし、折本かおりは何故かとてもつまらなかった。

 中学生になって一年が過ぎ、二年生になったあたしの日常は充実していると言っても過言ではない。友達も多いし、勉強も特に躓くこともなく部活だって良好だ。本当に青春って言葉が似合う生活をしているって思う。

 でも、そんな楽しい日々を送っているにもかかわらず、あたしは時々とてもつまらなくなる時があった。

 そういう時はいつも色鮮やかなはずの周りが色あせて見えてしまって、何にも興味が示せなくなってしまうのだ。まあ、だからといって周りに対してぞんざいな態度何てとることはないけど、っていうかそんなんしたら友達なくすじゃん? そんなのウケないしね。

 

 そんな訳で、今日は不定期に起きるつまらなくなってしまう日だったのだ。だから放課後、いつもなら部活に行くか友達と駄弁りながら帰るはずなのに、今日は部活がないので友達に適当に理由を告げて一人で帰ることにしたのだ。

 

「ふーふーん、ふーんふふー……ん?」

 

 もう誰も居ない廊下を鼻歌を歌いながらゆっくりと歩いていると、前方に誰かの後ろ姿を見つけた。そしてその制服姿から男子だと分かったし、あの特徴的な髪形、撥ねる様に上を向く一房の髪は見たことがある。っていうかあたしのクラスメイトだ。

 

「確か、ヒキガヤっだったかな?」

 

 うん、そんな名前だったような気がする。正直話したことないからよく覚えてない。

 そのヒキガヤが、気だるげに背を丸めながら廊下を歩く姿を何とはなしに眺める。その手にはカバンがあるから、今から帰るのだろうと思ったが、そこで彼の行き先を見て首を傾げてしまう。

 

「って、あれ? あっちって玄関口とは逆だったような」

 

 ヒキガヤの向かっているのは、玄関口に向かう方とは違うほうでそっちは普段使わない備品などが置いてある準備室が何部屋かあるだけだ。

 頭の中で学校の見取り図を思い浮かべ合っていることが分かると、あたしの中でなんで彼はそんな人気のない場所に向かっているのだろうかと興味が湧いた。多分、何時ものあたしなら彼がそっちに向かうのを見ても気にしない。何やってんだろうと思ってもすぐ忘れてしまうそんなものだ。だけど今日は違った。

 あたしにとって今日はつまらない日で終わるはずだったんだ。それが最後に彼を見つけた。これはもう追跡するしかないでしょ。

 なんて思う今のあたしは、さながら不思議の国のアリスってところかな? うは、ウケる!

 

 ひそかにテンションを上げて柄にもないことを思い浮かべながら、前を行く白兎ことヒキガヤの事について知っていることを思い出す。

 名前は確か、ヒキガヤ ハチマンであたしのクラスメイト。どの教室にも一人はいるよく言えば物静か、悪く言えば空気みたいに存在感の無いそんな男の子。って、こうやって思い出してて気づいたけど一度だけ話したことあったよ。

 まあ、話したと言っても進級した時にこちらから話しかけたら、「……おう」の一言で会話が終わちゃったから、実質話してないようなものだけどさ。その時のヒキガヤはこっちに興味すらなさそうだったし。

 

 その時を思い出すと、ヒキガヤって結構変わっているのではないだろうかって今なら思う。だって、ああいう物静かな子って結構陰気っていうか、こう、暗い感じで、だから空気扱いなのに悪目立ちとかしちゃって陰口の的にされちゃったりするんだよね。

 なのにヒキガヤはそういう陰気な部分がない。あいつにあるのは周りに対する無関心だけだ。だから本当に空気みたいで、誰も気にしないし気にならない。

 本当は周りに興味があるけどそう装ってるだけって可能性もあるけど、あたしはそれは限りなく低いと思う。女の勘ってやつだね。

 

「おっ、あそこに入るのかな?」

 

 あたしがヒキガヤの考察をしている間もあいつは止まることはなく、目的地についたのか、ある部屋に躊躇することなく入って行った。それを見たあたしは物音を立てない様に慎重に進み、その部屋の扉の前に到着した。その扉の上のプレートにはこう書かれている。

 

「第二図書準備室?」

 

 うちの学校の図書準備室は、十畳ほどの大きさの部屋でそこには図書室のいろいろな書類が納められていて、言ってしまえばスーパーなどの事務室みたいなもの。ただそれは図書室の隣に併設されている第一準備室の方で、此方はただの倉庫だったはずなので中には本がつまれているだけだ。ヒキガヤはこんな所に何の用があるんだろうか?

 

「流石にドア開けたら気づかれちゃうだろうし、ここはやっぱり聞き耳を立ててみるのがスタンダードだよね」

 

 あたしは扉の前でしゃがむとそっと耳を当てた。うっはぁ、なんかこうしてるとわくわくしてくるなぁ。

 

『……だし……ご…んな』

 

 あ、声聞こえた。ん? これって誰かと話してるのかな? っていうことはヒキガヤ以外に人がいるってこと? う~ん、籠ってて何言ってるのかまったくわかんない。

 確か漫画とかだとこういう時ってコップとか当てるとよく聞こえるんだったはず、でもそんなの持ってないし……しょうがない、少しだけドアを開けてみよう。

 

 よく聞こえない中の声にやきもきしたあたしは、音がしない様に気を付けながらドアをほんの少しだけ開けることにした。慎重にドアを小指の爪程度開けながら、自分の胸がドキワクしているのが分かる。

 気分はさながら冒険家の考古学者か、またはイギリスのスパイだ。まあ、どっちも見たことないんだけどね。見たことがあるスパイ映画は、やってられない任務と暗号名足首ぐらいだよ。ロシアスパイばかわいい。

 なんてことを考えながら引き戸をずらして隙間を作った。はてさて、ヒキガヤは一体誰と、どんな秘密会合をしているんだろうね。この凄腕スパイのかおりさんが極秘情報をマルっといただいちゃうぜぃ!  

 

 

 

『あぁ、来てもらったのは他でもない。……君に、聞いてほしいことがあるんだ』

 

 

「……え?」

 

 

 隙間を作ったことにより、はっきり聞こえた声に喜ぶ暇もなく固まってしまった。

 だって、中から聞こえた声は確かにヒキガヤの声のはずなのにまるで違かったから。あの時の、無味乾燥って言葉がぴったりくる聞き手に何も与えない声が、今は伝えてる人に自分がいることを強烈に印象付けるものになっている。って、そんなこと考えてる場合じゃない。

 これってあれじゃん。あたしが想像してたものじゃなくて男女の密会じゃんか! シンプルに言えば告白現場だよ!

 

(うわはぁっ! マジかぁ。何だよ何だよヒキガヤ別に他人に無関心じゃなかったよ。むしろありありじゃんさ。つーことはあたしの女の感ってただの誤作動? うっわ、ハッズ!)

 

 おっと、こうしてはいられない、中で行われているのが告白となれば長居は無用だからね。こんな真剣な雰囲気何だもん。もし覗いてるのがばれてぶち壊しちゃったら申し訳ないどころじゃない。かおりさんは颯爽と退場するよ! ……そう、思ったんだけどさ。

 

 動かそうとする足が、意思に反して動いてくれない。頭では聞いちゃいけないって分かってても、あたしの女の子としての部分が聞いてみたいって囁いてる。

 あたしだって中学二年生の女の子。そういう話に興味がないって言ったら真っ赤な嘘になる。正直に言ったら、このままここで一部始終聞きたい。

 

 しかも、告白するのがあのヒキガヤなのだ。空気で、存在感が無くて、周りに一切興味がなさそうだった男の子。そんなあいつがどんな告白をするのか気になってしょうがない。

 

(一部始終とは言わないまでも、ちょ、ちょっとだけだったらいいよね?)

 

 そんな、身勝手な言い訳を心の内でしながら、あたしはドキドキする胸を抑えて耳を澄ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その結果がご覧のありさまだよっ! 

 

 

 

 ヒキガヤの告白現場を覗き、あまつさえあんな最悪な形で見つかってから少し経った現在。あたしは今、準備室の中でヒキガヤの前に正座して、いまだ真っ赤になっている顔を両手で抑えていた。

 幸いなことに、あたしが上げた悲鳴で誰かが駆けつけてくることはなかった。普通だったらそれじゃダメなんだろうけど、今回は完全にあたしに非があるのだ。というか非しかない。

 

 それなのに、あの現場に誰かが駆けつけて来ていたら完全に誤解されていた。普段使われていない場所で、あられもない姿(下着丸出し)で倒れこむ(顔を打ったせいで)涙目の少女と、それを見下ろす目が淀んだ少年。うん、その場だけ見たら犯罪の匂いしかしない。

 

 そんな現場を見られたら、いくらあたしが誤解だって言っても聞き入れてくれる気がしないし、聞き入れてくれたとしても噂は確実に流れる。しかも、ヒキガヤに対して圧倒的に悪い噂だ。告白盗み聞きした上に冤罪被せるとか屑じゃん。そんなのぜんぜんウケない。

 あたし、痴漢した奴は須らく死ねって思ってるけど、それに乗じて冤罪でっち上げる奴も同じく死ねって思ってるからね。って、脱線し過ぎた。あたしがまずしなきゃいけないのはこんなことじゃないでしょ!

 

「ヒキガヤごめん!」

 

 顔を抑えていた手を下ろして勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を口にした。恰好がまんま土下座だけどこれでも足りないぐらいだと思う。そのままあたしは口を止めずに言葉を吐き出していく。

 

「ヒキガヤの告白邪魔した上にさっきは悲鳴まで上げちゃって、もし誰か来てたら誤解されてた。あ、そうだよ。相手の子は何処? その子にも謝らなくちゃ」

 

 あんな凄い告白されてたのを邪魔されたんだ。あらん限りの罵倒をされても文句は言えないし、何だったら殴られても不思議じゃない。あたしだったら確実に殴ってるもん!

 

「あー、ちょっと落ち着け」

 

 相手の子を探して視線を彷徨わせるあたしに、目の前で腕を組んでいたヒキガヤが落ち着かせようと声をかけてくる。でも、勿論あたしは落ち着けるわけがない。

 

「ヒキガヤ、相手の子どこ行ったの! もしかしてあたしが叫んでる間に出てっちゃったの? だったら早く追い掛けないと! ……っきゃ!?」

 

 相手の子が出て行ってしまったと断定して、立ち上がろうとしたあたし耳に、乾いた破裂音が響き思わず短い悲鳴を上げてしまった。

 反射的に閉じていた目を恐る恐る開けると、そこにはあたしの目の前で合わされたヒキガヤの両手があった。今の音の正体は、どうやらヒキガヤが手を打った音の様だ。

 

「とりあえず落ち着いたか?」

 

「え? あ、うん」

 

 落ち着いたというより、今ので興奮が一時的に吹き飛んだという感じだけど、反射的に頷いてしまった。頷くあたしを見たヒキガヤは、片目をつぶって頭を掻くと一つ嘆息した。その様子には、ありありと面倒くさいというのが見て取れる。

 あたしの中に、そのヒキガヤを見て一度は吹き飛んだ興奮が戻ってくる。それもヒキガヤに対する怒りとなってだ。

 相手の子がいなくなっちゃったのに何でそんなに冷静なんだ! って思わず怒鳴ろうとしてしまったが、それを目の前に突き出された手に邪魔されタイミングを逃してしまった。

 そして、あたしが止まったのを見たヒキガヤが、口を開き諭すように淡々とこういってきた。

 

「元々ここには俺一人がいた。だから相手何ていない。分かったか?」

 

 ヒキガヤのその平淡な言葉にあたしは目の前が真っ暗になった。だって、それって、つまり―――

 

 

 

 

 

 あの告白をなかったことにするってこと?

 

 

 

 

 

 

 あんなに切なそうだったのに、あんなに焦がれていたのに、あんなに求めていたのにそれを全部なかったことにするつもりなの?

 あたしだって一度は貰ってみたい、求められてみたいって、嫉妬しちゃうぐらい素敵だったものをあっさりと捨てるっていうの? そんな、そんなのって

 

 

 

 

 

「だからお前は何も見なかった。というわけで、俺は帰るか……ら? ちょっと、何で俺の襟掴んでんの?」

 

「……け……な」

 

「は? なんだって?」

 

 俯いたまま動かないあたしに、帰ると告げたヒキガヤだったけどそうさせることは出来なかった。突然、あたしに襟を掴まれて困惑するヒキガヤに言葉を告げたけど、どうやら小さすぎて聞こえなかったようだ。だからもう一度、今度は大声で伝えてやった。

 

「ふっざけんな!」

 

「……はぇ?」

 

 鼻がくっ付くんじゃないかというぐらいの至近距離で叫ぶあたしに、ヒキガヤは目を点にして呆けた。こいつっ! 

 

「好きだから告白したんでしょ。相手の子と一緒にいたいっていう思いが抑えられないから言ったんでしょ? 何でそんなあっさり切り捨ててんのよ! 捨てるんだったらあんな告白しないでよ! 直接言われてないあたしがずるいって、今までされた告白が子供だましだったって思っちゃったんだ。そんな告白聞かせておいてふざけたこと言ってんなっ!」

 

「いやそれお前が勝手に聞いたんじゃ」

 

「あ゛ぁっ!?」

 

 あたしは、爆発する感情をそのままにヒキガヤにぶつけたけど、こいつの態度は全く変わることはなかった。こうなったら、引きずってでも相手の子の所に連れてってやる!

 決めたら即実行と、襟を掴んだまま準備室を出るため歩き出そうとしたあたしの前に何かが差し出された。よく見てみるとそれは一冊の本だった。

 

「なにこれ?」

 

「お前が俺を如何したいのか分からんが、やる前にこの本のここの部分を読め。じゃないと、お前は後悔することになる。いや、本当にマジで」

 

 そう言って本を開き、とあるページを見せてくる。こんな事をやってる間にも、相手の子が何処かに行ってしまうかもしれないのだが、そうすることでヒキガヤが素直についてくるのならとさっさと済ませることにした。そしてあたしは見開かれたページを読み始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消えてしまいたい。

 

 

 図書準備室の隅っこで、体育座りして縮こまるあたしの脳裏にはその言葉が渦巻いていた。

 あの本には、あたしが聞いたヒキガヤの告白と同じものが書かれていて、意味が分からなくて混乱しているあたしに、ヒキガヤは事の次第を語ってくれた。

 ヒキガヤが、幼い時からの癖で人前で本を読むことが出来ない事、家で本を読むにしても買いすぎると親がうるさい。だからと言って、学校や図書館から借りると持ち運びが面倒で、一度に借りられる量もたかが知れているから、誰も来ないここで読んでいたことなどをだ。

 

 それを聞いてもっと混乱したけど、同時にあたしは自分の勘違いに気づいた。気づいてしまった。

 つまり、ヒキガヤの言っていることは全部本当だったってこと。ここにいたのは比企谷一人だけで、ヒキガヤはただ本を読んでいただけだったのだ。それはつまり、告白何てしてなくて、だから勿論のこと相手の子なんて存在しない。

 

 理解したあたしが崩れ落ちたのは言うまでもないだろう。そして、そのまま頭を抱えて心の中で絶叫した。

 

(あたしばっかじゃないの! つーかばかだよ!? なによふざけんなってあたしがふざけんな! 切り捨てて、誰かあたしの記憶を切り捨ててぇ!? あれ、まってあたし最後なんて言ってた。ずるいとか何とか言ってなかった? ……あ、あぁっ、っ~~!!?!?)

 

 多分、これがクラスメイトの男子が言っていた黒歴史というやつなんだと思う。できれば知りたくなかったぁ。

 あたしが心で絶叫している間、ヒキガヤは隅の方で携帯を弄っていたけど、それは優しさとかじゃなくてただあたしに興味が無いだけだと思う。あたしの女の感正常だったよ。嬉しくないんだけどさ。

 あたしが隅っこで体育座りしてる今も、携帯を弄って此方に話しかけてくる気配はない。

 

「……慰めてくれてもよくない?」

 

 だから、あまりにも此方に無関心すぎるヒキガヤに、そう声をかけてしまうのも仕方ないよね。

 恨みがましく見つめる先のヒキガヤは、携帯から視線をあたしに向けると、至極面倒くさそうにため息を吐いた。逆恨みなのは分かってるけど、その態度はムカつく。

 

「今の状況で当事者の片割れに慰められるとかそれ止めじゃねぇの?」

 

「ふぐぅ!?」

 

 愚直に、即座に返された返答は、あたしの胸に突き刺さるものだった。その通りだけど、その通りだけどさっ! 他に何かあってもいいじゃん!

 

「そろそろいいか? いい加減帰りたいんだけど」

 

 そんな、ヒキガヤの余りにもあっさりとした態度にカチンときたあたしは、密かに抱いていた願望を思わず勢いで言ってしまった。

 

「今度から、あたしも一緒にここで本読む!」

 

 言ったあとで、不味いと舌打ちしそうになった。本当は、もっと慎重に事を運ぼうと思っていたのに、まさか勢いで言っちゃうなんて。

 確かにあたしは、先程まで自爆したことに悶えてたけど、それも少ししたらある程度収まった。いつまでも、うじうじしててもやっちゃったことは覆らない。だったら、後は一人の時に存分に発散すればいいんだ。

 

 そしてある程度感情が収まったあたしは次にこう思った。

 もう一度、今度は目の前で本を読むヒキガヤを見てみたい。欲を言えば、あたしに向かってぶつけてほしい。そう思っちゃったんだ。でも、それはとても難しい。

 

 多分、今日以降ヒキガヤはここを使うことはなくなる。それは確信を持って言える。

 ヒキガヤは癖を見られたくないから、こんな人気のない場所で一人本を読んでいたんだ。それをあたしに見つかってしまった時点で、使わなくなるのは簡単想像できてしまう。

 だから、どうすればヒキガヤがここを使い続けて、そこにあたしが入れるか体育座りしながら考えてたのに、単純なあたしが恨めしい。

 そう思っていたからヒキガヤが次に言った言葉には驚いた。

 

「別にいいけど、こっちからも条件出すからな」

 

「……え、いいの?」

 

 目を見開くあたしに構うことなく、ヒキガヤは条件を伝えてきた。

 一緒にここで読むのは二週に一回。ここ以外では、見るな話かけるな意識するなを徹底すること。この二つを言い渡された。

 後者は今まで通りってことだから別にいい、でも、二週に一回は正直少ないと抗議したいけど、流石にそれは図々しい。すでに図々しいこと言ってんのに、これ以上は逃げられそうだから今は抑えよう。

 

 これは後から聞いたことだけど、この時あたしの要望に応えたのは、面倒が少ないほうを選んだだけだとヒキガヤが言っていた。

 此処で断ったら後々絡んできそうで、そうなると面倒事が加速度的に増えそうだから、あたしのわがままを聞いたそうだ。

 あ、あと予想に反して、ヒキガヤは別に本を読んでいる所を見られるのは、どうとも思っていないらしい。ヒキガヤが嫌なのは、その後に起こる面倒事だとのこと。本を読んでる姿を見られると、大抵面倒ごとになるから一人で読んでいるらしかった。その面倒事の一つにはあたしが含まれている事には、華麗にスルーさせてもらおう。大事の前の小事ってことで一つ。ちがうかな?

 

 何はともあれだ。あたしはヒキガヤという、白兎(案内人)どころかワンダーランド(不思議の塊)そのものみたいな奴と過ごす時間を手に入れることに成功したのだ。こんなの誰にも教えてあげる気なんてサラサラなっしんぐ!

 

 

「じゃあこれからよろしくね。ヒキガヤ!」

 

「おう、……ところでお前って何組の誰なの?」

 

 

 

 

 

 

 ……ふ、ふふっ、どうやらあたしが最優先でやらなきゃいけないことは、こいつにあたしの事を刻み付けることのようだ。

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

いやぁ、書いてる途中で折本の喋り方が分からなくなって何度かアニメの喋り方とか見直しました。

若干キャラ崩壊してるような気もしますがそこは気にしない方向で(マテ)

では次は本編でお会いしましょう。

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