いくら超人的な肉体を持つとはいえ、超能力者バトルみたいな能力はありませんからね。
早朝、連合軍は一乗谷に向けて進軍する。
流牙はザルバのカバーを開き、牙狼剣を持ちながらいつでも戦える準備を整えた。
流牙隊の役目は切り札である流牙と一葉で戦の後半戦で一気に攻め立てる事である。
そのため奇襲対策を兼ねて後方で備え、もしもの時に久遠を逃がすための策を詩乃が考える。
そして……静かに鬼との戦が始まり、武士達の声や鉄砲の音が後方に備えていた流牙達の耳にも届いていた。
戦況などの情報は随時、小波が伝えていてくれるお陰で内容を把握している。
そんな中、流牙とザルバは不安や解せない気持ちでいた。
「ザルバ、どう思う?」
『妙だな。逃げ出した鬼がどこへ逃げた事もそうだが、人よりも強い力を持つはずなのにまるでわざとやられているように見える』
「俺は戦の戦術は疎いけど、いくらなんでも全てが上手く行き過ぎている。知恵をつけているはずの鬼がこうも簡単に攻められているのは変だ」
『確かに。それに一つ気になる事がある』
「気になる事?」
『鬼の姿が見当たら無いが、邪気が広範囲に漂っている。こんな感じは初めてだ』
邪気が広範囲に広がっている……しかし、鬼の姿が見えず、周囲の草木などの手つかずの自然は美しかった。
「何にせよ、警戒をするしかないな……」
流牙は周囲に気を配りながら待っていると、小波から驚愕の報告が上がった。
「ご、ご主人様!森一家との繋ぎをやらせていた手の者から、連絡が途絶えました!」
「何だと!?」
それは句伝無量のお守りを渡していた連絡係からの連絡が途絶えたと言うものだった。
伊賀の者たちは皆、事切れる寸前に状況を念で飛ばすよう訓練している。
しかし、それすら無いという事は異常事態が発生している事を意味している。
「みんな、気をつけろ……」
流牙が牙狼剣を抜くと、皆が皆、臨戦態勢を整え始めた。
そして、目を閉じて邪気だけを集中して探知していたザルバが赤い目を見開いて叫んだ。
『……はっ!?そういう事か!流牙、地下だ!奴らは地下にいる!!』
「地下!?」
ザルバの叫びに驚く間もなく地響きが鳴り、地面が盛り上がった。
『グォオオオオオッ!!!』
咆哮と共に地中から鬼の大軍が現れ、皆が言葉を失う中、流牙は牙狼剣の刃をザルバに噛ませる。
「くっ!?ザルバ!!」
『応!!』
牙狼剣を滑らせて刃に魔導火を灯して烈火炎装を発動させる。
「薙ぎ払う!結菜、雷電胡蝶を!」
「え、ええ!!雷電胡蝶!!」
呆然とした結菜に喝を入れ、雷電胡蝶を出した。
流牙は魔導火を纏った牙狼剣を横薙ぎで振るい、翡翠に輝く炎の斬撃を放った。
魔獣を焼き尽くす炎の斬撃は一気に数十体の鬼を焼き払った。
尽かさず牙狼剣で円を描き、瞬時にガロの鎧を召喚して体に装着し、結菜が出した雷電胡蝶を取り込んだ。
烈火炎装に続き、雷電を纏う閃迅雷装を発動し、地面に降り立つと同時に地を蹴る。
「はぁあああああっ!!はあっ!!!」
雷の化身となった流牙は雷光を迸らせて鬼を一瞬で斬り裂いた。
しかし、まだ次から次へと溢れんばかりに現れる鬼にザルバは流牙だけでなく詩乃たちにも聞こえるような大声で伝えた。
『流牙!このままだと全滅だ!すぐに撤退しろ!』
「でも前にいるみんなが!」
『流牙だけで対処できる問題じゃない。詩乃のお嬢ちゃん!聡明なお前さんなら分かっているはずだ!すぐにみんなを連れて撤退しろ!』
「もちろんです!このままだと全滅は免れません!流牙様と結菜様と一葉様をここで死なせるわけにはいきません!これより流牙隊は独自に撤退戦を開始する!皆、旗の下に集え!」
完全に不意打ちを受け、全滅は免れないと詩乃は判断して流牙隊に撤退命令を下す。
「詩乃!?」
『流牙!波奏との約束を忘れたか!今は仲間と生き延びる事だけを考えろ!』
波奏との最後の約束を出されてしまい、反論できなくなった流牙は唇を噛んで心を抑えながら頷いた。
「っ……分かった……流牙隊は撤退だ!俺が活路を切り開く!そうしたら一気に進め!!」
流牙は閃迅雷装を解くと同時に鎧から闇の力が溢れ、黄金の光から漆黒の闇に染まる牙狼・闇となって背中に闇の翼を羽ばたかせる。
「行くぞ!!!」
漆黒の闇を纏う黒翼で滑空し、鬼に向けて牙狼剣を振るう。
流牙隊は鬼の大軍から生き延びる為の撤退戦を開始した。
その後……流牙隊は日が暮れるまで撤戦退をしていたが、一向に減る気配のない鬼に必死の攻防を繰り返していた。
「くっ……はっ、はっ……」
そんな中、誰よりも疲労していたのは流牙だった。
仲間を守るために誰より剣を振るい、大量の鬼が現れるとガロの鎧を纏って戦っていた。
しかしその所為で流牙の体力や精神力はかなり消耗していた。
身体中から汗が流れ、体が若干震えている程だった。
「流牙!少しは休みなさい!私達が代わりに戦うから!」
結菜は流牙を少しでも休ませようとしたが、流牙はそれを拒否して立ち上がる。
「そうは、いかない……仲間たちの死を……無駄にしない為にも……」
ここまで逃げ延びるまでに何人ものの足軽の命が鬼に奪われてしまった。
流牙は人とは異なる生き方をして鍛えられた魔戒騎士ではあるが、神でも仏でもない……所詮はただの人間。
守りし者である魔戒騎士だが、どんなに手を伸ばしても救えない命はある。
足軽達は死に際にまだ生きたい、家族に会いたいと言葉を残す中……忠義を尽くす者達は流牙に未来を託して死んでいった。
この日の本を救えるのは流牙しかいない。
そう確信している足軽達は己が命を犠牲にしてでも流牙と流牙を支える者達を守ろうとしていた。
その思いを受けた流牙は休んでる暇などないと自分に強く言い聞かせ、魂を震わせて牙狼剣を手に戦う。
「流牙、大丈夫なの……?」
「余らに任せて休んだらどうだ?」
「そうですぞ。ここで倒れたら元もこうもありません」
流牙に匹敵する剣の腕を持つ鞠と一葉と幽は心配するが、流牙は鞠と一葉の頭を撫でてから牙狼剣を構える。
「心配するな、俺はまだ戦える……」
そして、再び現れた鬼を流れるような剣で瞬殺していく。
剣の達人である三人には今の流牙の剣は怒りや悲しみ……様々な負の感情が混ざり合った心で操る危うい剣だった。
誰よりも優しく、そして誰よりも情に深い流牙だからこそ、その心が剣に反映される。
これ以上、流牙が追い詰められないように自分達が支えないとならない……そう思った一葉達は刀を握りしめて流牙の隣で戦う。
そこに小波に本陣からの知らせが入った。
久遠達が無事に敦賀方面に落ち延び、朽木谷に向けて移動しているが、森一家や松平衆の行方が分からないとの事だった。
小波は松平衆の行方が分からないことに不安を覚えるが、流牙は優しい笑みを浮かべながら小波の頭を撫でる。
「小波……葵達はきっと無事だ。綾那に歌夜、悠季がいる。まずはここを切り抜けて会おう」
「はい……はい……」
流牙の言葉に縋り付くように小波は何度も何度も頷きを返した。
久遠達が無事であると知ると安心感から流牙の心に僅かな余裕が生まれ、牙狼剣を握りしめて八咫烏隊と連携をとりながら再び撤退戦に臨んだ。
森に逃げ込み、何とかひとまず追ってから逃れて小休止をしていると八咫烏隊とは別の鉄砲の音が鳴り響き、流牙達が駆けつけるとそれは二手に分かれていた流牙隊だった。
転子、梅、雫……離れ離れになっていた大切な仲間達と無事に再会し、既に体力を大幅に失っていた流牙は湧き上がる力を感じた。
牙狼刀を取り出して夜空に浮かぶ月と同じ光の円を牙狼剣で浮かび上がらせ、牙狼の鎧を纏う。
夜の闇に輝く金色の鎧と二振りの金の刃……黄金騎士ガロは鬼の軍勢に突撃し、それを結菜や一葉、八咫烏隊が援護をして殲滅していく。
そこに一つの大きな援軍が現れる。
「「ひゃぁぁぁっはぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」
聞き慣れた二つの高い雄叫び……それは織田家最凶親子、桐琴と小夜叉の二人だった。
行方不明だった森一家を引き連れて鬼を虐殺していく。
「桐琴さん!小夜叉!」
「おう!小僧、無事だったようだな!」
「ま、お前がそう簡単にくたばる奴だとは思わなかったがな!!」
「俺も二人が、森一家がやられるとは思わなかったよ!それより、力を貸してくれるか?」
「おう。森一家、六百程度になっちまったが、好きに使えや!」
「母もオレも、流牙の指示に従ってやんよ!」
「ありがとう!みんな、行くぞ!」
「「おう!!」」
森一家の協力もあってその場に現れた鬼をあっという間に全滅させ、更に進むともう一つの行方不明だった松平衆と合流した。
葵たちは無事で小波は安心し、すぐにこれからどうするか作戦会議を開いた。
松平衆も流牙隊と共に撤退し、加賀に向かうことになった。
しかし、この場にいる流牙や詩乃を含む数人は気づいていた。
兵の数は少なく、鬼の軍勢から逃れるための時間稼ぎをしなくてはならない。
それをどうすれば良いか……その答えを流牙は分かっていた。
松平の本陣から出た流牙はザルバのカバーを開いて話しかける。
「……ザルバ」
『どうした?流牙』
「……分かってるだろ?俺がやろうとしていること」
流牙との付き合いも長くなっているザルバは流牙の考えを察していた。
『……継承者は結菜か一葉のお嬢ちゃん達の子に任せるのか?』
「それしかないよね……牙狼剣は大丈夫だろうけど、ザルバだけは壊れたら直す人がいないからね。二人に託すよ」
『また鎧の継承者が不在になるのか……やはりそう上手くはいかないものだな』
ザルバは諦めたような声を吐き、そこに結菜達がやって来た。
「……結菜、詩乃、一葉」
「流牙……?」
「どうしたのですか……?」
「流牙よ……何を考えておる?」
流牙がただならぬ様子にいち早く気づき、結菜達は不安そうな表情を浮かべる。
「俺が鬼達を止める。みんなは少しでも遠くに逃げてくれ」
それは流牙がここを死に場所として選んだ大きな決断だった。
このままではみんなが死んでしまう……誰か命をかけてが止めないといけない。
それならば、自分が行くしかない。
魔戒騎士の最期は戦いの中で戦死するのがほとんどである。
守りし者として命尽きるまで、肉体が滅ぶまで、闘い続ける……。
流牙のその決断に言葉を失う結菜達……しかし、その決断を止める一つの影が流牙の背後に近づいていた。
.
その人は戦いと言う名の快楽を求める人だった。
彼にとって大きな背中だった。
そして、その人との別れが待ち受ける。
次回『別 〜Parting〜』
希望の光は愛する者達へ託された。