ドラえもんのいないドラえもん ~超劇場版大戦 地球は何回危機に遭う~ 作:ルルイ
銀河漂流船団。
科学の発展の代償として自然環境が破壊されたことで人が住めなくなり、移住する星を探して母星を飛び出した漂流者たちの暮らす宇宙船の総称である。
彼らは移住する事の出来る惑星を探して長い年月宇宙を漂流しているが、その過程で同じように星を住めなくなって移住せねばならなくなった民族と幾度も合流し、旅の間に人口がどんどん増えて一千万を超える人口の大都市を内包する船になっていた。
そして理想の星が見つかっても原住民がいるなら武力による制圧を行わないという平和的な教えが定められていた。
これは愛する故郷の星を失った住民たちの悲しみを知っているからこそ、関係のない星の人間に自分たちの都合でそれを背負わせてはいけないという考えからだった。
だがそんな旅に疲れて武力による惑星移住を行わないという信条を破ろうとしている者たちがいた。
銀河漂流船団において移住先を探索する組織銀河少年騎士団が地球を発見し、そこを武力で手に入れようと司令官リーベルトとその部下達が独立軍を結成して武力制圧のための戦力を集めていた。
彼らは無人の小惑星を改造して基地を作り、まずは銀河漂流船団の母艦ガイアを掌握しようとしていた。
しかし独立軍を結成したのはリーベルト達の本来の意思ではなく、裏で蠢く黒幕の存在があった。
アンゴルモアと言う地球の予言の恐怖の大王の名を名乗り、リーベルトを超能力で洗脳して操っている事件の元凶の存在だが、その正体は不確かで映画では皆の心の闇とドラえもんは語ったが実態は不明だった。
しかし地球を最終的に侵略しようという事実に変わりなく、地球にとっても銀河漂流船団にとっても危険な存在だった。
そんな凶悪な存在が虚空より突然現れたロボット達の銃撃に襲われた。
『ギャアアァァァァァ!!』
スピーカーを通した機械音声の悲鳴が鳴り響いた。
「モア!? いったい何事だ!」
突然の攻撃に独立軍基地の指令室で地球侵略の作戦を練っていたリーベルト達は驚いた。
見覚えのない攻撃をしてきた味方ではないだろうロボットを確認し、独立軍の兵士ロボットに命令を下す。
「そいつらを倒せ!」
独立軍のロボット達はすぐに命令に従って侵入者のロボットを光線銃で攻撃するが、多少身じろぎする程度で破壊されることはない。
侵入者のロボット達の装甲が光線銃の攻撃に余裕で耐えていた。
『洗脳が解けてないという事はまだダメージが足りないか。
モビルソルジャー、アンゴルモアに再度攻撃を行え』
『了解シマシタ』
侵入者のロボットの持っている通信機から、操っている者の命令が下される。
それに従いモビルソルジャー達が熱線銃を倒れ伏している黒いローブを纏ったアンゴルモアに向けて再び攻撃した。
『ガアァァァァ!!』
倒れ伏しているところに再度攻撃が来るとは思わなかったアンゴルモアは再び悲鳴を上げる。
やられた振りをして状況を探ろうとしていたのだろうが執拗に攻撃されて、このままではやられると思い逃走を図ろうとその正体を現す。
黒いローブの中から粘液状の物体がグネグネ動きながら現れ、ローブの中にはスカスカの人の骨格のようなロボットが残っていた。
粘液状の物体がアンゴルモアの正体で、ロボットは人の形を維持するための正に骨格その物だった。
その正体を知っていたモビルソルジャーを動かしている操縦者、通信機の向こうにいるハジメは次の命令を出した。
『正体を現した! 【カチンカチンライト】を使え!』
熱線銃を持たないで後方に配置されていたロボットが前に出て、持っていたカチンカチンライトを粘液状のアンゴルモアに当てた。
『ガッ!』
―ゴロンッ―
粘液状で逃げようとしていたアンゴルモアはカチンカチンライトによって強制的に固体の性質に変化させられ、自然と丸い球体に形を変えて石のように固まってしまった。
「ウッ! ……ここは、私は何をやっているんだ」
アンゴルモアが無力化されたことで洗脳を受けていたリーベルトが本来の意識を回復させたらしく、洗脳の後遺症の頭痛を抑えながら混乱している自身の状況を思い出そうとしていた。
『洗脳が解けたようですね。 今の状況が理解できますか?』
「洗脳………そうか、私はモアに操られていたのか。
私は何という事をしようとしていたんだ」
「司令官、私達は…」
「皆も洗脳が解けたようだな」
「はい…」
通信機越しのハジメの声にリーベルトは少し思案し現状を理解する。
共に操られ指令室で作業をしていた部下達も、洗脳が解けて現状に呆然としている。
住めなくなった星を離れてからこれまで守られてきた神聖な教えを、操られてたとはいえ破ろうとしていたことにショックを受けていた。
『そちらの事情は大よそ把握していますが、こちらの事情を説明するためにそっちに行ってもいいですか?
洗脳能力を持つアンゴルモアがいたので、それを受けないために僕は遠くから指示を出していましたので』
「ああ、かまわない。 まだ少し混乱しているがどうやら我々は君に助けられたらしい。
誰かは知らないが恩人である君を歓迎しよう」
『では、すぐ向かいます』
そこで通信機からの声は止まり、その直後に指令室にどこでもドアが現れて扉が開くとハジメとドラ丸が出てきた。
「そのドアはいったい?」
「ワープ装置のようなものです。
僕はこの基地の近くに宇宙船で来て、そこからこのモビルソルジャー達を操っていました。
このどこでもドアでその宇宙船とここの空間を繋いで移動してきたのです」
「なるほど。 ともあれ我々の凶行を止めてくれてありがとう。
私はリーベルト。 銀河漂流船団の司令官を務めているものだ」
「僕の名前はハジメといいます。 今回の一件を予知して地球から来ました」
「拙者はドラ丸でござる。 ハジメ殿の護衛をしているでござる」
「地球から? もしや我々が攻め込もうとしてしまった地球かね。
だとすると我々は既に地球の人々に迷惑をかけてしまったのか…」
自分たちの凶行の影響が既に出てしまっていたと悟ったリーベルトと部下達は、沈痛な面持ちでどう償えばいいか悩んだ。
「いえ、この事を知っている地球人は僕だけですので社会的影響は全くありません。
放っておけば大変なことになったでしょうが、そうならないように僕が事前に対処に来たんです」
「それならば幸いだが、君に迷惑をかけた事には違いない。
謝らせてくれ、すまなかった」
リーベルトが頭を下げると一緒に操られていた部下達も頭を下げて謝罪の意思を示した。
「いえ、大した被害も出なかったので、それ以上気にしないでください。
いろいろ話したい事もありますが、まずはアンゴルモアを処分しないといけないので」
「なに? モアはまだ生きているのかね!?」
カチンカチンに固められているアンゴルモアに気付いてリーベルトは声を上げる。
アンゴルモアは動き出さないようにモビルソルジャーがカチンカチンライトを当て続けていた。
「今はあんな風に動けない様にカチンカチンにする特殊なライトを当てているので大丈夫ですが、放置していたらまた動き出します」
「奴はどうするのかね?
モアの正体がロボットどころか粘液状の生物とは知らなかったが、我々にはあのような生物を倒す方法を知らない」
粘液状の生物なら焼却するなどの方法が効くかもしれないが、カチンカチンライトは当て続けなければ効き目は五分しかもたないので試せる時間はあまりない。
なのでハジメは映画通りの処分方法で片付けようと考えていた。
「倒す手段を探る時間もないのでブラックホールにでも捨てようと思います」
「だが、ブラックホールに近づくのは危険だ」
「自動で飛ばせる道具があるので大丈夫です。
モビルソルジャー、アンゴルモアをうちの宇宙船に連れていって予定通り荷札で処分しておいてくれ」
『了解シマシタ』
モビルソルジャーは指示に従って球体になったアンゴルモアを抱えると、処分する為にどこでもドアを潜ってハジメの宇宙船に戻っていった。
宇宙船には同じコピーのハジメが常駐しているので後は大丈夫だろうと、この場に残ったハジメはリーベルトとの話に戻った。
「後の処分はロボット達がやってくれるので大丈夫です」
「最後まで任せて申し訳ない」
「いえいえ、それで僕等の事情でしたね…」
ハジメはいつも通りに、事件の発生を予知して事前に対処するために動いていたことを説明した。
宇宙を彷徨う銀河漂流船団、地球を発見した銀河少年騎士団、裏で暗躍し銀河漂流船団を操って地球に襲撃しようとしていたモアの企み。
それら全てを把握したうえで元凶であるモアを倒すために、この基地の場所を探し出して気づかれないように潜入して一気に事件を解決させるべく強襲したのだ。
「そうでしたか、重ね重ねお礼を申し上げる」
「何度も言うようですが気にしないでください。
それより少し訪ねたい事があるのですが、あなた方は移住出来る星を探しているのですよね」
「ああ、そうだが」
「住めるかどうかはあなたたち次第ですが心当たりがあります」
「本当かね!?」
リーベルトは声を上げて驚き、部下達も目を見開いた。
「はい、あなた方はユグドの木というものを神と崇め、自然を大切にしているのですよね?
自然との共存が出来るなら移住を受け入れられるかもしれません」
「我々の祖先は科学の発展によって自然を失い、母星を離れる事になった。
同じ過ちを繰り返さぬように母星から唯一持ち出されたユグドの木は大切に育てられ、木と自然を守るために様々な教えを守ってきた。
私達はそれを破ろうとしてしまったが、銀河漂流船団の者は皆自然を傷つけないように教わっている。
それでよければ是非とも紹介してほしい」
リーベルトは犯し掛けた過ちに引け目があるが、銀河漂流船団の長年の望みを叶え得る提案を逃すわけにはいかなかった。
再びハジメに頭を下げて、今度は謝罪ではなく懇願をした。
「わかりました。 ですがここだけで決めていい事ではないでしょう。
銀河漂流船団には評議会があると思ったのですが…」
「ああ、その通りだ。 我々が操られて教えを破ろうとした事も皆に釈明せねばならんな」
こうしてまずは独立軍の事情を説明するために銀河漂流船団に合流することになった。
そしてハジメの心当たりは映画に出てきたある星の事を指しており、ここに来る前に一度その星に確認しに行っていた。
ねじまき都市冒険記。
ドラえもんが未来の福引で引いてきた小惑星のはずれ引換券を、確認を行っていたのび太が番号を読み間違えた事でたどり着いた緑溢れる惑星。
そこでのび太達はひみつ道具【命のねじ】で生き物にしたぬいぐるみたちの都市ねじまきシティーを作り上げるが、地球からどこでもドアをこっそり潜ってやってきた犯罪者熊虎鬼五郎によって都市を守るための戦いになる。
事件自体は敵が時間犯罪者ではないのでひみつ道具で解決するが、舞台となる星はちょっと特殊な星だった。
”種を撒く者”というかつて地球や火星に生命誕生のきっかけを撒いたという神のような存在が植物の楽園として生み出した星であり、この星の植物は心を行動に移せるという特性を持っていた。
種を撒く者もその星で植物たちの成長を見守っていた為、一時はのび太達を追い出そうとしていたが、星の植物たちがのび太達を受け入れた事で、後を任せて種を撒く者は宇宙へ去っていった。
ねじまきシティになる筈だった星は都市を作る必要もなかったので特に干渉することはなく場所の確認だけをしてそのままだった。
敵役の熊虎鬼五郎も関わる可能性はなかったが、脱獄はしていたので見つけ出してショックガンで気絶させて警察署の前に投棄しておいた。
ハジメの心当たりというのもこの星で、植物たちに受け入れられるなら銀河漂流船団が移住することは可能ではないかと当初は考えていた。
途中いろいろな問題も出てきたが、銀河漂流船団の念願の望みだろうと考えて仲介しようと決断した。
その為に未だこの星を見守っている種を撒く者と接触しようとハジメはドラ丸と二人でやってきた。
「ちゃんと話を聞いてくれるといいのだが…」
映画では種を撒く者はその星のカルデラ湖の湖底にいて、事前の調べでも存在が確認できた。
のび太とはちゃんと対話をしてくれていたので人格が映画と大差がないのであれば話をすることは可能なはずだ。
人格の違いについても○×占いで確認し、いきなり襲われることはないと出ていたが、今回ばかりはハジメもいつも以上に不安で落ち着かなかった。
何せ今回はコピーではなく本人が直接来ているからだ。
「殿、もしもの時は拙者が時間を稼ぎますゆえ」
「のび太は心の中で種を撒く者と会話したから、話をするには近距離での接触になると思うからそんな時間的余裕は流石にないだろう。
正直心を読まれるのも想定してるから逃げようがないんだよ」
「でしたらコピーに任せればよかったのでは?」
「それだと誠意を見せないようなものだから、不敬だと思うんだ」
突然だが、ハジメはこれでも目上の存在に敬意を払うタイプだ。
年上はもちろん高い役職に就く者や実力で名を広めた者、この世に既に存在しない偉人や王族英雄神様など偉大な存在には礼を尽くすべきだと考えるくらいには畏敬の念を持つようにしている。
ただしそれは自身の害にならない範囲の場合で、敵対するようなことがあれば遠慮なくひみつ道具無双でぶっ飛ばすくらいの吹けば飛ぶようなものでしかない。
それでも話し合いが出来るような偉大な存在であれば礼を尽くそうという考えで、ハジメは誠意を見せるためにオリジナル自身が直接種を撒く者に会いに来た。
目的は銀河漂流船団の移住先としてこの星を紹介する許可を貰えないかという相談だが、許可がもらえないのであれば特に何もすることなくこの星を去る予定だ。
次善策として○×占いで移住先の星を捜索するもよし、少し手間取るが異世界の宇宙のコーヤコーヤ星を紹介するのもいいと考えていた。
「この星の木は心を行動に移せるらしいから、森に入らずタケコプターで湖を目指すよ」
「承知でござる」
ハジメとドラ丸はタケコプターを付けて空を飛び、森を抜けた先にある山岳地帯のカルデラ湖を目指した。
タケコプターで飛べばそんなにかからず目的地のカルデラ湖に到着し、湖の底は金色に光っていた。
「ここに捜し人がいるのでござるな」
「金の塊みたいな存在だけどね」
種を撒く者は全身金色で戦車になったり大魔神になったりと不定形でスライムみたいな存在だった。
ドラえもん達も最初に遭遇した時は、怪物だと思って逃げ出したくらいだ。
「湖の底にいるようでござるが、どう呼びかけるでござるか?」
「とりあえずここからでも聞こえるかもしれないから呼んでみる。
ダメなら湖の中に入るしかないな」
不定形生物の可聴領域なんてわからないし、まして神様みたいな存在の聴覚がどうなってるか想像もつかない。
もしかしたらこの星に来た時からの会話も聞かれていても可笑しくないとハジメは考えていた。
「種を撒く者さん、聞こえてましたら話を聞いてくれませんかー!!」
湖に向かって大声呼びかけてみる。
ハジメの声が辺りに響き渡るが反応はない。
「ダメみたいでござるな」
「仕方ない、【エラ・チューブ】でもつけて湖に潜るよ」
「殿、気を付けるでござるよ」
「わかってる……ン?」
―ポコッ―
ポケットからエラ・チューブを取り出して鼻に詰めようとしたところで湖から気泡が上がってきた。
続けて二つ目の気泡が上がり、さらにボコボコと無数の泡沫が水面に浮かんでは弾けている。
「どうやら聞こえていたらしい」
「湖の底から金色が上がってくるでござる!」
ドラ丸の言ったとおりに金色の物体がだんだんと底から浮上しており、水面まで来ると水を押し上げて波を起こしながら金色の球体として宙に浮かび上がった。
「これが種まく者でござるか」
「決まった形はないらしいからね」
ちょっとした大きさに二人は少し呆然と見上げていた。
浮かび上がった金色の球体から触手のようなものが二人に延び、その先っぽが人の手のようになり握手を求めるように掌を広げた。
「これは握手しろってことかな?」
「二本あるから拙者も求められているのでござるか?
拙者護衛であるので何かあった時のために遠慮したいのでござるが…」
「ここで断るのも種を撒く者に対して不敬だよ。
誠意を貫くなら最後までやるつもりだから、ドラ丸も付き合え」
「…仕方ないでござる」
ドラ丸は渋々といった様子で握手しようと手を差し出し、ハジメもドラ丸に合わせて同時に握手した。
しっかりと握手した瞬間二人の意識が一瞬ぼんやりとブレ、気づいた時には宙に浮かびその下には金の手と握手をした自分たちの姿を認識ていした。
「これは…幽体離脱でござるか?」
「のび太の時と同じだから一種の精神世界じゃないか?」
『大よそあっているよ』
二人の疑問に答えるように現れたのは古代ローマ人かギリシャ人が着ていたトゥニカような服装をしたハジメと同年代の少年の姿だった。
これは種を撒く者が人と対話しやすいように二人の意識に投影しているイメージの姿だった。
『こんにちは、知っているようだけど僕は種を撒く者。
君たちはちょっと変わってるみたいだけど地球人だね』
「初めまして、中野ハジメと言います」
「ドラ丸と申します」
二人はお辞儀をして種を撒く者に敬意を示す。
『そんなに畏まらなくてもいいよ。
それより君達がどうやってこの星に入ってきたのか聞かせてほしい。
この星は僕がシールドを張ってて入ってこれないし、地球からは見えない筈だったんだ。
君達たちの話も一緒に聞こう』
「えっと、種を撒く者さんは神様みたいな存在で僕等の心や記憶を読むことくらいできると思ったんですけど…」
『さんはいらない。 確かに可能だけど人間には心を読まれることを不快に思う事という事は知っている。
話し合いに来ただけでそんなことするつもりはないし、必要でなければそれくらいの配慮はするよ』
思った以上に温厚な神様でハジメの緊張とドラ丸の警戒心は少しばかり和らいだ。
「でしたら僕の記憶を読んでもらって構いません。
正直説明するとややこしいんで、口で説明するより見てもらった方が手っ取り早いんです」
『言葉は人間の意思疎通に必要な重要な文化だと思うんだがね。
それで本当にいいのかい?』
「種を撒く者は僕等に十分な配慮をしてくれました。
正直怒られる要素もあるかもしれませんがあなたを信じます」
『わかった。 じゃあ伝えたい事だけを意識してくれ。
そうすれば僕がそこから必要な事だけを読み取ろう』
「お願いします」
ハジメは伝えたいことを意識するために目を瞑り、種を撒く者は片手をハジメの頭に向けて集中した。
その様子を見ながらドラ丸は無駄だと解っていても護衛として警戒を怠らなかった。
生まれ変わった時に手に入った四次元ポケット、前世のドラえもんの知識、今世で共通するドラえもんの映画の事件、ねじまき都市冒険記と宇宙漂流記の詳細、そしてこの星を銀河漂流船団に移住先として紹介したいという意図をハジメは思い浮かべることで種を撒く者に伝えようとしていた。
そんな状態が十数秒ほど続き、種を撒く者はハジメに向けていた手を下ろした。
『なるほど、僕が言うのもなんだけど事実は小説より奇なりという言葉を思い出すね。
君達が伝えたい事は大体把握したし、君の奇妙な体験も理解した。
今の地球はいろいろ厄介な問題を抱えているみたいだね』
「種を撒く者は僕が四次元ポケットを手に入れた原因がわかりますか?」
ハジメはわずかな期待を込めてどうして四次元ポケットが自身の手にあるのか知らないか尋ねた。
ずっと気になっていたが答えられそうな存在に心当たりがなく、神のような存在である種を撒く者なら何かしらの心当たりがあるかもと期待してだ。
『残念だが僕にも見当がつかないよ。
君は僕を神のように考えているかもしれないが、僕はあくまで命の種を撒き育むだけの存在だ。
そういう意味では人間は僕の事を神というのかもしれないが、出来る事はそれだけでしかない。
君の持つタイムマシンのように時間移動も出来ないし、死んだ者の命を生まれ変わらせることも出来ない。
僕よりもいろんなことが出来る道具を持つ君の方がずっと神という存在に近いかもしれない。
星を作って命を芽吹かせることだって、そのポケットを使えば不可能ではないんだろう?』
「それはまあ…」
ハジメは映画にも出てきた【創世セット】の事を真っ先に思い浮かべるが、それ以外にも把握してないひみつ道具の中に種を撒く者の真似事が出来る道具はあるだろう。
『君の事情に関しては僕に答えられることはない。
その道具を使ってやってきたことに関しても僕は賛同もしないし否定もしない。
僕は命を育むだけの存在で君達人間、それも地球に限らず宇宙に存在する知的生命体が星を超えて争う事があっても関与するところではない。
僕の手を離れて歩み出した命はどのような試練であれ自分たちで立ち向かわなければいけない』
「では、僕がこの力を使う事をあなたは止めないんですね」
『ああ、もちろんだよ』
干渉される可能性を考えていたハジメは杞憂に終わった事に安堵した。
『だけどこの星は植物の楽園として育て、まだ僕の庇護下にある。
この星に移住目的の人間が来るのを黙ってみているつもりはない』
「では、やはり移住の許可はもらえないと…」
『早とちりしないでくれ。 この星の植物は十分育って自らの意思で選択することが出来る様になっている。
君の知識を信じるなら銀河漂流船団の人間とこの星の植物たちは決して相いれない訳じゃない。
彼らを受け入れるかどうかは、この星の植物たちが決める最初の試練にしようと思うんだ。
それが終われば結果がどうあれ僕はこの星を離れるつもりだ。
この星の植物は十分育った。 いつまでも子離れしないのはお互い良くないからね』
「じゃあ、彼らが話し合いを望んだら一度ここに連れてきていいんですね」
『もちろんだ』
「ありがとうございます」
「感謝するでござる」
色よい返事をもらってハジメとドラ丸はお礼を言いながら頭を下げた。
後は銀河漂流船団に潜む悪意であるアンゴルモアを排除するだけと意気揚々と、宇宙漂流記の事件解決までの流れを念頭を置いていた。
リーベルトに連れられて銀河漂流船団の評議会に接触したハジメは、ねじまき都市の星(仮)について改めて説明をした。
交渉次第だが移住の可能性がある星の発見に評議会は沸きあがり、すぐさま是非にと交渉を望んで準備を終えたらねじまき都市の星(仮)に向かった。
到着した後はハジメは種まく者の様に部外者として交渉の様子を見守ろうとしたが、予想外の存在がこの星の植物たちと最初に接触したことで一気に急展開を迎えた。
星の植物たちはあっという間に銀河漂流船団の移住を受け入れてしまったのだ。
ハジメも種まく者もこの事態は予想していなかったが、最初に植物たちと対話した物の存在に気づき合点がいった。
最初に植物たちと対話をしたのは評議会の誰でもなく、お守りとして銀河漂流船団が持っていた神樹の実、それに宿る彼らが神と崇めるユグドの木の意思が真っ先にこの星の植物に語り掛けたのだ。
神と崇められ不思議な力を持っていたユグドの木には、当たり前のようにその力を行使するための意思が宿っていた。
ユグドの木も移住を考えている星にいる対話の出来る植物たちに興味を持ち、神樹の実を通じてその星の植物たちに語り掛けたのだ。
同じ意思を持つ植物同士なら話は、スムーズに進むのは当然の帰結だった。
ユグドの木は銀河漂流船団の事情と歴史を語り、自身がどのように生まれて育ち大切にされているのかを人では理解出来ない感性でこの星の植物たちに伝えた。
星の植物たちはユグドの木の経験した人間の科学の発展による星の荒廃を恐れたが、それゆえに銀河漂流船団が同じ過ちを繰り返さぬように唯一の自然であったユグドの木を神のように崇め大事に育ててきたこともしっかりと伝えられた。
星の植物たちは銀河漂流船団の人間に一定の理解を示し、ユグドの木の教えを守り続けるのなら移住を受け入れると応えた。
ユグドの木の対話によってあっという間に移住計画は形になり、交渉にほとんど出る幕の無かった評議員たちも喜びに沸きつつ、まずは母艦ガイアに交渉成立の旨を船団の住人に伝える様に通信を送った。
通信先でも待ち望んでいた交渉の成功に歓声が通信機越しに聞こえ、銀河漂流船団の念願の夢が叶った事を宇宙の漂流者たちは感じ取った。
移住の際には様々な問題が発生するだろうが、求めていた新たな故郷に足を踏み入れるのに彼らは努力を惜しまないだろう。
移住の成立の後に交渉に共に来ていたリーベルトらも喜びながらハジメにお礼を言うことになった。
仲介をしただけで大したことはしていないとハジメは言うが、仲介が無ければこの奇跡は成しえなかったとリーベルトは語る。
いくらハジメが落ち着くように言いながら遠慮しても感謝の言葉を投げ続けられ、更に歓喜に震えている評議員からもお礼の言葉が雨のように降り注ぎ、ハジメはもみくちゃにされながら彼らの感謝の意に飲み込まれることになった。
落ち着きを取り戻してハジメが一人になった所に、種を撒く者が目の前に現れた。
『どうやら彼らの崇める神様の樹を、この星の植物たちは同族として賞賛し敬意を持ったらしい。
数百年もの間、自分たちの星を壊してしまったのに見限らず人間を正しい方向へ導いてきたのは、この星の植物たちにとって偉業と受け取ったようだ。
そんな素晴らしい同族の教えに従っているのなら何も問題ないと植物たちは言っている。
皆が決めた事なら後は安心してこの星を任せることが出来るよ』
「もうこの星を去るんですか?」
『次の新たな命の種を撒きにいかなくてはいけないからね』
「そうですか。 僕ら人間には気が長すぎて理解できそうにないですが頑張ってください」
宇宙に旅立つ種を撒く者は生命の芽吹きやすい星を探し出し、そこに有機物質を撒くことで新たな生命が育つのを見守るのだろう。
それは人間の寿命ではとても観察しきる事の出来ない長い時間が掛かる事だろう。
ハジメもひみつ道具によって長生きするつもりではあるが、星の生命の誕生を見守るほど生きるとは思っていない。
『最後にお礼になるか分からないけど君の気がかりについてアドバイスをしておくよ』
「気がかりですか? それにお礼を貰うようなことはしてないですよ」
『君が彼らを紹介してくれたことでこの星の植物たちは選択をするという成長が出来た。
些細なことかもしれないけど、これから先彼ら人間と共存していけば新たな可能性も見えてくるだろう。
結果はまだわからないけど、これはこの星の植物にとって良い事だったと思うよ』
「そう言ってくれるなら、僕も安心します」
ハジメは銀河漂流船団に対しては善意でやった事だが、ここに至ってこの星の植物には迷惑だったのではないかと少し心配していた。
種を撒く者の許可があればいいと軽く考えていたが、この星の植物はしっかりとした自我を持っているので住人である彼らの意思の方が重要だと再認識していた。
自分の行動が間違いではないかという考えが過ぎっていたからだ
『自分の行いに責任を持っていることは立派だが、少し気にしすぎだよ。
君は善意で彼らの仲介をしただけなのだから、選択肢を与えただけで選んだのはこの星の植物と彼らなんだ。
うまくいかなかったとしても何も悪いことはない』
「でももし交渉がうまくいかず、彼らが力ずくでこの星を乗っ取ろうとしたらどうしたんです。
そうならないように注意は払いましたけど、絶対ではありません」
『そうなったらそれも仕方なかったと思うよ』
「え?」
この星の植物を大事に見守ってきたものの言葉とは思えず、ハジメはあっけにとられた。
『人間には不思議に思うかもしれないが、多くの生命の誕生と滅亡を見てきた僕には生存権をかけた戦いなんてありふれている。
戦いを選ぶのも共存を選ぶのもそこに生きる彼ら次第だ。
育ててきた僕の手を離れたとたん、衰退して滅んでしまう星も決して少なくない。
命の奪い合いでどちらかが生き残るというのなら、星の全ての生命が根絶やしになってしまうよりずっといいことだよ』
「………」
人間では測る事の出来ないスケールでの種を撒く者の話に、ハジメは理解は出来ても納得は出来そうになかった。
生命の進化を見守るほどの存在だからこその実感を伴った言葉だった。
『だから君の恐れる失敗なんて些細な物なのさ』
「え?」
自分の恐れる失敗を言われて一瞬なんのことかわからなかったが、思い当たることはいくつかある。
今回の事件もそうだが、ハジメは失敗時の被害を恐れてあらゆる手段を講じて対策を張り巡らせている。
○×占いで成否を占い、失敗時のバックアップも十分に揃えて事に及んでいる。
自身の命が掛かる場合もあるので油断しないが、周囲への被害も出来る限り抑えようと気を張っていた。
特に地球の被害が考えられる事件の対処には際立っていた。
『君は多くの事件を事前に知って対処に回っているけど、失敗を非常に恐れすぎている。
それが君の心に大きな負担を掛けているみたいだから言うけど、失敗したとしても君に責任はないんじゃないのかい?
事件が起こるという事は当事者がいてどちらが良い悪いにしても、責任はそこにいる彼らのものだ。
君は介入するだけの部外者なんだろう?』
「ええ、でも介入したからには責任があると思うんです」
『そうだけど、それでも僕には君が責任を感じ過ぎているように思う。
どうしてそこまでして事件に関わろうとするんだい?』
「それは…放っておいたら地球が危ないから」
『そういう事件もあるだろうけど、この星に関しては地球と関わりはないだろう?』
確かにその通りで、この事件にハジメが関わったのはあくまでドラえもんの映画に出ていたからだ。
『君がこの星の仲介をしたのは善意からだ。
つまり君がやりたい事だから関わろうとしているんだろう?』
「ええ、そうです」
放っておいたら地球がヤバいのは事実だが、それなら地球に関わらない事件は放っておけばいい。
他の事件に関わったのは戦力の実験や訓練もあったが、好奇心からと善意の行動であったことも否定できない。
『つまり関わるも関わらないも君の自由なんだ。
それならもうちょっと気楽に頑張ればいいと思うよ。
さっきも言ったけど、失敗したって大したことはないんだから。
地球が滅びる事になっても君なら逃げられるんだろ?』
「ええ、それはまあそうなんですけど…」
種を撒く者にとっては滅びを見る事が珍しくないようだが、ハジメが地球の滅亡を見る事になれば穏やかではいられないだろう。
その感性の違いをハジメは流石に受け入れられそうにない。
『流石に僕も地球の滅びを地球人の君が許容出来るとは思えないけど、すべてに責任をもって君が対処するのは間違っている。
地球で問題が起こるという事は地球に住む全員の試練だ。
君が何もしなくても失敗して被害が出ても、地球の問題を受け止めるのは地球に住む全員の義務であり責任だ。
君の責任というものはその一つに過ぎないんだよ』
地球の問題は地球全体の責任で自分はその一人。
そう言われてハジメは確かに責任を抱え過ぎていたのではないか納得していた。
”なんでこんなことしなきゃいけないのか””ひみつ道具を持つ自分にしか出来ない事だ”と、思えば責任を抱えるような考え方もしていた気がする。
責任の有無に関わらずひみつ道具という対処法があるなら、ハジメは自分の意思で対処しようと行動するだろう。
だがそれはすべて善意の行動からであって、誰かに強要されるものでも嫌な思いをしながらやらなくてはいけない事でもなく、対処に失敗しても責任を感じるようなことではないと種を撒く者は言いたいのだとハジメは認識する。
『そして地球の中の一人分の責任も抱えたくないというのなら、一人で宇宙に逃げてもいいんだよ。
それを可能にする力を君は既に持っているのだから』
「いや、さすがにそこまですべて投げ出すようなことは出来ませんよ」
『そうだろうね、けど出来るってことを頭の片隅に入れておけば気が楽だろう。
善意の行動は自分に余裕があって出来る事なんだから』
そこで種を撒く者は一度言葉を区切り、改めてハジメを正面から見据える。
『君がどんなにうまく成功させても大きな失敗をしてもこの宇宙は大きく変わらない。
僕のやっていることだって宇宙全体から見たらちっぽけな物さ。
だから小さいことを気にせず成功も失敗も成長の糧として生きればいい。
本当に成功だったか失敗だったかなんて、終わりが来るまでわからない。
星が滅んでも生き続けて新たな故郷を見つけて続いていく人たちだっているんだ。
一回の失敗を恐れる事なんてないよ。
僕の言葉は君のアドバイスに成れたかな?』
「はい、自分でも思うところはありましたし、責任を抱え過ぎていると言われて否定出来ませんでした。
いろいろありがとうございます」
『いや、お礼なんていいよ。
僕の価値観で語った無責任なアドバイスだからね。
善意のね』
種を撒く者なりのジョークだったのだろう話の締めに、ハジメは苦笑して答える。
『では、いい加減僕は行くとするよ。
君の善意の結果が地球人にとって良い結果になることを祈っている』
「あなたも次の星で素晴らしい命が育ちますように。
さようなら、種を撒く者」
『さようなら、とても不思議な地球人』
別れの挨拶を済ませると種を撒く者は宙に浮かび上がり形を変えていく。
どんどん空へ浮かび上がっていきながらただ金色の光の球体になって、彗星のように光の雫を纏いながら上へ上へ上がっていき星を飛び出していった。
ハジメはそれを目で見えなくなるまで追い続けた。
最後の種を撒く者とハジメの会話が難産だった。
語りを外してもよかったけど、習作としては外すのは勉強にならないので頑張った。
読み手に理解してもらえるかはもう二の次になりました。
書きたい事を書くって難しい
ところで、ねじまき都市の舞台になる小惑星帯って火星と木星の間にあるんですが、現実にある小惑星帯で一番大きい星でも月よりずっと小さいそうです。
その上、小惑星帯にある星だと他の小さな小惑星とよく衝突するだろうから、本来は生物が住める環境の星なんて作れない筈なんですよね。
設定と現実の環境を比べた結果わかった事なので、やっぱりドラえもんはご都合主義が多いなと思いました。