孤高の牡牛と星の灰被り姫 【完結】   作:シエロティエラ

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「桜井侑斗さん、残念ながらあなたは亡くなりました」

「それは分かってる」

「私は日本担当の女神です。それで貴方には……い、いくつかの……ププッ…せ、せん、たく…し、ブハッ!!」

「……おい」

「アハハハッ、もうダメ我慢できない!! なんでこんな変な死に方したのよ、笑うなってのが無理よ、プークスクス!!」

「……」

「自滅で死ぬなんて、時代錯誤にっも程があるでしょッ、アハハハハ!!馬っ鹿じゃないの……ね、ねぇ。なんで無言で手をボキボキ鳴らしながら近寄ってくるの? なんか目が殺意を湛えてるし、ほ、ほら!! ちょっとした女神ジョークよジョーク!!」

「……」

「ごめんなさい私が悪かったから拳を振り上げないでお願いしますビェ~~ン(泣)」






Feel sad, feel cold, miss you

 

 

 

 春。

 桜が満開になり、美しく花弁を回せている昼日中。

 小高い丘にポツンとある一つの墓石の前に一人の女性と大きな真っ黒な人型が佇んでいた。女性の髪は美しい白、肌も日本人とはかけ離れた白さを湛えている。人型は金色に輝く烏天狗のような面をつけており、手甲を付けた腕には花と水の入った木の桶があった。

 女性は墓石の周りを一通り掃除した後、花を墓石の前に置く。周りにはその墓石以外に墓はなく、丘のふもとまで花や桜木で埋められていた。麓にはいくつかの墓石が認められることから、ここも墓地の一角なのだろう。

 無言で墓を見つめていると、二人の後方から駆け寄る小さな影があった。女性と同じ真っ白な髪に、女性とは異なる鋭い、しかし大きな眼。そして薄い唇に少し高い鼻。十中八九世間でイケメンとカテゴライズされる容姿を持った少年である。

 少年と二人は少し話すと一度墓前に手を合わせてこの場を去った。誰もいなくなった墓には、桜の花が一輪、静かに墓石の上に佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五年前……

 

 

「それではただいまから、アーティスト・アナスタシアさんの引退会見を始めます」

 

 

 司会の声と共に、多数のカメラのフラッシュが焚かれる。女性とその隣にいるスーツの男性が立ち上がり、マイクを手に取った。

 

 

「この度は、お集まりいただいてありがとうございます。引退につきましては、彼女のほうから直接話があります」

 

「私アナスタシアは、一か月後の紅白を最後に、芸能生活を引退することを決めました」

 

 

 二人から言葉が発せられると、先ほど以上にカメラのフラッシュが焚かれる。鳴りやまぬシャッター音の中、二人は椅子に座り直し、記者の質問に応える姿勢となった。すると早速一人の記者が手を上げる。

 

 

「○○新聞のものです。いきなり核心を突く質問になりますが、何故芸能界引退されるのですか?」

 

 

 記者の質問に対し、アナスタシアはマイクを取り上げる。そしてゆっくりと話し始めた。

 

 

「元々引退は考えており、数年前から社長やマネージャーと相談してました。そして今年の初め、年末を最後に引退するという形で話が付いたのです」

 

 

 そこで彼女は言葉を区切り、水を一口飲む。

 

 

「……数か月前、私に子供が生まれました。まだ小さい子供を残して、今まで通り仕事をすることは出来ません。子供を育てる以上、芸能界という収入が不安定な職業を続けるわけにはいかないためです」

 

「失礼ですが、話を聞く限りアナスタシアさんに旦那がいないようにも受け取れますが」

 

「……今は、いません」

 

 

 その言葉を皮切りに、会見会場は騒然とした雰囲気になった。当然である。引退に加え、彼女がシングルマザーであることも発覚したのだから。

 当然、ゴシップ紙や週刊誌、テレビはその話題に食いつく。そして根も葉もない悪質な記事に仕立て上げたり、本当は聞かれたくない不躾な質問も行う。今もそれらの記者たちは、未婚だの逃げられただの妙な憶測を立てては、彼女に対して質問を重ねていた。

 流石にこれ以上は収拾がつかないと判断したのか、隣に座る男―恐らくはマネージャー―や他の会社の上層部の人員が止めようとしたとき、アナスタシは机を叩いて立ち上がった。

 

 

「夫を……ユウトさんを貶めないでください!!」

 

 

 その叫び声、悲痛さも含むような声に会見場は静寂に包まれた。埃が地面に着く音さえも響きそうなほど、会場は静まり返っていた。

 

 

「何も知らないのに……彼が今までどのような思いでいたか知らないのに……何故会ったこともない人をそこまで悪く言えるのですか!!」

 

 

 彼女の叫びに答える者はいない。

 

 

「ユウトさんが……夫がいなかったら今頃私たちは、一年前から今のような生活を送れなかったんです!! 皆さんも覚えているでしょう、ショッカーの世界征服宣言を!!」

 

 

 彼女の言葉によって、一年前の恐怖を殆どの者が思い出した。中にはその時の中継に映っていた、数十人の仮面の戦士たちを思い出すものもいた。そしてそれらを思い出したものは、殆どが事情を察してしまった。彼女の夫はその戦士の一人であり、もしかしたらあの日に戦死してしまったということを。

 

 

「夫とその友人たち力がなければ、今頃私たちはどのようにして生きていたかわかりません。勿論誰が戦っていたかなど知ったことではないと思う人もいるでしょう。それは分かっています、ですが……」

 

 

 そこで言葉を区切り、記者たちを、主に彼女の今は亡き夫を貶めるような発言をした者達を睨みつけながら、言葉を続けた。

 

 

「でもあなた達は今知った。誰があの怪人達と戦っていたか知ることになった。それでもあなたたちは、私の夫を悪く言うつもりですか?」

 

 

 彼女の問いかけで、何とも言えない空気が出来上がってしまった。大衆に興味を引いてもらう面白い記事をつくるため、そして自社の利益のために行った質問や推測が、ここまで失礼極まりないことだったとは誰も思っていなかった。睨まれた記者たちも、ばつが悪そうに、後悔するような表情を浮かべている。

 そのような空気の中、記者会見は終わった。

 

 

 

 

 

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 そして引退会見から3か月経過した、紅白歌合戦当日。彼女の最後のステージを観ようとテレビをつけるファンや会場に来た客はたくさんおり、放送前にも関わらず視聴率は爆発的に上がり、会場も人がひしめき合っていた。

 彼女が待機している楽屋では、かつての同期や世話になったもの、後輩たちなどが集まっていた。

 

 

「アーニャちゃん、大丈夫?」

 

 

 一番親交のある東方美波、旧姓名新田美波はアナスタシアを案ずるように問いかける。あの会見の後、世間はアナスタシアに同情する姿勢が強かったが、やはりというべきか誹謗中傷を行う者もいた。それによって今の住居を暴かれ、アンチの便箋が自宅や事務所に届くことも少なくない。彼女の精神的な負荷は計り知れないものだろう。

 

 

「大丈夫。ユウトさんはもっと辛かった。それに私はもうお母さんだから」

 

 

 そう言いながら、腕の中で眠る我が子を愛おしそうに見つめる。母は強しとは言うが、彼女の精神面はとても強いのだろう。まだ子供の後輩たちの相手をする様子を見ながら同期達は優しい目で彼女たちを見つめた。

 

 歌合戦が始まりいくつかのグループが歌い終えたところで、ついに彼女の順番が来た。煌びやかな服ではなく、赤錆色の衣装を身に纏った彼女は、マイクを持ったままステージの中央に立った。

 ライトがあてられる。それによってイヤリングとネックレス、左手の指輪が小さく煌めく。彼女の腰には、銀に輝く懐中時計が下げられている。

 

 

「それでは本日が芸能活動最後のアナスタシアさん。今回紅白で歌われる曲は今後販売されない、最初で最後に世に出される歌だそうです」

 

 

 司会の説明に、会場内の空気が動く。ラジオにて解説している席も、動揺を隠せていない。

 

 

「彼女は語りました。この曲は今は亡き夫と、今もどこかにいる仲間たちへの想いが込められていると」

 

 

 それはもう届かない想い。でも彼女は前を見つめ、先を歩いていくと目で、体で語っている。

 

 

「それではお聞きください、アナスタシアさんで”Action-Zero(ballade ver.)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~貴方が帰ってこなくなって、桜が何度も咲いては散りました。

 貴方と私の子は大きくなり、今やミルクディッパーを切り盛りしているベテラン店主です。もうすぐ、私たちの孫娘に代替わりするでしょう。

 貴方は世界から消えたとき、時計の針はいくら電池を取り換えても動かなくなりました。それはまるで、貴方が帰らぬ人になったことを証明するかのように。でも貴方の護った世界は、今も尚平和に過ぎています。

 外では、私たちの曾孫が駆け回っています。どうやら歌が好きなようで、私に歌ってくれとせがんできます。

 ハナさんやお義母さんとは会えましたか? 二人とも、そちらで貴方に会えたら椎茸ご飯を山盛り食べさせると意気込んでましたよ。

 デネブさんは子供が成長した後、時の列車と共にこの世界を去っていきました。モモさんも一緒にこの世界から去りました。二人とも、ユウトさんが生まれ変わっても、戦わなくていいように願ってましたよ。~

 

 

 

 

 

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 もう何枚目ともなる届かない手紙を書く手を止める。最近は体に力が入らなくなることが多くなってきた。視界も霞むことが多くなり、そろそろ自分の寿命が来たのではと悟る。入れ歯を入れたりはしてないが、固形物を食べると咽ることもある。

 曾孫たちが部屋に入ってきた。どうやら自分たちの家に帰るらしい。気づけば外は夕闇に染まっていた。先ほど書くのを辞めたときには日は高かったのだが、どうやら随分と長くぼうっとしていたらしい。孫夫婦と共に帰路に就く様子を、窓から眺める。こちらに手を振る孫と曾孫に手を振り返し、手元の書きかけの手紙に目を向ける。

 書き上げるのは明日にしよう。そう思った私は、手紙を折りたたんで便箋にしまい机の引き出しに入れる。今日はもう疲れた。少し早いけど、もうベッドで休むとしよう。

 ゆっくりとした足取りで自室に向かう。ベッド小脇の小さな棚には、自分の結婚式のときの写真と物言わぬ懐中時計が置いてある。いつもの日課でそれらの一日の埃をふき取り、体を横たえる。

 明日は晴れるだろうか? 桜はもう葉桜にかわるのだろうか?

 彼が守った世界が続くことを願いつつ、私は静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナスタシアさん。残念ながらあなたは……」

 

 

~To be continue?~

 

 

 






はい、遅くなりましたがIFルートエンディングです。
既に皆さまは察してらっしゃると思いますが、真エンディングはハッピーエンドとさせていただきました。
それではこの話を以て、「孤高の牡牛と星の灰被り姫」は真に完結とさせていただきます。





もしかしたら続編書くかも?


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