駆け足ですがギリギリ間に合いました。
それではどうぞ。
聖夜のひと時、なんてあるはずもなく、俺は今日も天文台で研究をしている。ここ最近はイマジンも湧かず、残り少ないチケットも消費せずに済んでいる。平和なのはいいことだ。
「お疲れ様、桜井君」
「あっ、お疲れ様です」
同じ職場の先輩研究員に話しかけられる。彼の両手にはそれぞれ湯気の立つカップが握られていた。香りからして紅茶だろう、詳しい種類は知らないが。
「最近頑張ってるね」
「ええ、まぁ……新人ですから」
「そうかい」
彼からカップを受け取り、中の紅茶を一口飲む。温さと熱さのちょうど中間になっているそれは飲みやすく、彼の万人への気遣いが窺える。しばらく無言のまま二人で紅茶を飲んでいると、先輩研究員が先に口を開いた。
「そう言えばば桜井君、今日はお互い昼までだけど何か予定はあるかい?」
「予定……ですか」
クリスマスの予定、ハッキリ言うとある。仕事が終わり次第、久しぶりに実家に帰ってきてくれと母から言われている。なんでも家でクリスマスパーティーを開くとか。どうやら家族で晩餐でもするらしい。
「……ええ。申し訳ありませんが、今日は久しぶりに実家に戻るので」
「そうか。それじゃあ家族を優先させないとね」
「すみません」
大丈夫大丈夫、と笑顔を浮かべる先輩。少し罪悪感が襲う。
しかし彼の楽し気な表情を見て罪悪感から懐疑心へと変わる。彼は誰かをいじる時、どんなことを言われても笑顔でいる。
「……どうかされましたか?」
「ん~? いや別に、何でもないよ」
これまた楽しそうな表情で言葉を紡ぐ先輩。絶対何か企んでいる。その証拠に周りの同僚も何かを察した表情を浮かべている。
「それより早く仕事終わらせたほうがいいんじゃない? 可愛いお客さん待たせちゃだめだよ」
「ん? 可愛い……お客さん?」
まさか……頼むから違うと言ってくれ。おいそこの同僚たち、色めき立つんじゃない。
「コンニチハ!! ユウトさん!!」
「こんにちは。桜井さん、お久しぶりですね」
「……ああ。ご無沙汰しております」
先輩が指し示した方向、そこにはアーニャと付き添いであろう武内さんがいた。そして武内さんの後ろに見えてる何人かの少女たち。ああ、あの頃まだ小学生だった子らか。確か佐々木に橘、赤城だったか? あの子らももう高校生か中学生なのだな。
「……いい加減、机の下に隠れるのは卒業しろ、森久保。もうすぐ成人だろうが」
「そんなこと……い、言われても……人が多くて……むーりぃー……」
「いいから、出ろ。そこは俺のデスクだ」
「わわッ」
極度の人見知り少女を机の下から連れ出し、残りの仕事を片付ける作業に入る。その間のアイドル達の相手は、ほかの先輩研究員たちがしていた。どうやら仕事終わりに立ち寄ったらしく、赤城とアーニャ以外はこのまま事務所に戻るらしい。残りの二人はというと、母とハナから晩餐に誘われているらしい。
ああ成程、ハナが愉快そうな声を出していた理由がようやく分かった。彼女らが来ることは俺には秘密だったのだろう。
「さて、これでいい。じゃあ二人とも、行くぞ」
時刻にして一時頃、ようやく本日ぶんの仕事も終わり、先輩がたに挨拶をして研究所を後にする。武内さんに挨拶をした後に自家用車に乗ると、当たり前のように助手席にアーニャが座り、後部座席に赤城が座り込んだ。実家までの道中も二人が中心に話し、おれはそれに相槌を打つだけだった。
車を走らせて数分、「ミルクディッパー」に着いた俺たちは"CLOSED"と書かれた扉を開けた。中は既に賑わっており、何人かのグループに分かれて室内の飾りつけを行っていた。
「あっ侑斗、久しぶり」
「……なかなかの大所帯だな、野上」
「うん、僕も驚いた」
二人でそう話しながら室内を見渡す。窓の飾りつけはニュージェネが行っており、机の整理等はトライアドの残り二人が。ツリーな飾りつけは新田やデネブ、モモタロスやリュウタロスなどが行っていた。
今回いない人間は仕事の都合や、そんなに親密ではない人たちだ。高垣さんや姫川、城ケ崎姉妹などは仕事でいないらしい。
「あーッ!! 桜井さん帰ってきた!!」
「本当です!!」
相変わらず騒がしい本田と島村、女三人寄れば姦しいとはよく言うが、彼女らの場合一人で二人分補っている気がする。机の整理をしてる神谷と北条はイマジンを見るのは確か初めてか、モモタロスとデネブをまじまじと見つめている。アーニャとともに飾りつけを始めた新田は、すっかりこの環境に馴染んでいる。
「……本当に大所帯になったものだ」
自然と口から出る言葉。しかし、以前までと違ってそんなに嫌な気分ではなかった。暴走しそうになっているリュウタロスとそれを抑えるモモタロス。ナンパを始めたウラタロスを諫める野上、それを見て笑うアイドル達と家族たち。
未だこの手をイマジンたちの
「ユウトさん、どうしました?」
空のように蒼い眼をした彼女が、俺の顔を覗き込んでくる。汚れを知らない、夜空のように美しいその瞳は、真っすぐに俺の目を見つめる。まったく、本当に俺には眩しすぎる。
「何でもない」
仮令この先この身が果てることになろうとも、この笑顔を護ったことに意味が出来るだろう。今はそう信じて戦うだけだ。せめて今は、安らかなひと時を過ごそう。そう思った俺は、料理をしているキッチンへと向かった。
◆
ユウトさんがプロデューサー助手をやっていたころに比べると、私やミナミはもっとずっと忙しくなった。それでも私は時間を見つけてはユウトさんの許に出かけた。ここ数年で料理も上手くなったから、たまに晩御飯を作りに行った。
ユウトさんが事務所を辞めていくとき、私は自分の思いの丈を伝えた。返事はもらっていない、というより私が効かなかった。断られるのがわかっていたから、本当に安心できる日まで彼は答えを出さないから。
彼は気づいていないだろう、彼の嘘に私が気が付いていることを。彼は知らないだろう、彼の家族が彼の異変に気付いていることを。それでも彼は隠し続ける、彼にとっての大切な人たちを心配させないために。自分の命がなくなる前に、全てを終わらせるため。
だから私は知らないふりをする。そして少しでも彼が日常に平穏を感じてもらえるように。彼が一日でも早く、幸福な時間を得られるように。
「ユウトさん。これ、とても、おいしいです。ユウトさんが作ったのですか?」
「ああ、それか。そうだが、よくわかったな」
「Да!! ユウトさんの味でした!!」
こんな他愛のない話ができる、それだけで私は幸せを感じる。彼自身は気づいていないだろうが、私や他の人と話しているとき、柔らかい表情を浮かべるようになった。そんな彼の顔を見ると、私まで幸せな気持ちになる。
ふとバッグの中に意識を向ける。そこには長い長方形の箱が入っている。いつのタイミングで渡すのか、正直私は迷っている。皆がいる場で渡すのは恥ずかしい。
「……ユウトさん。あとで、時間ありますか?」
「……解散になったら俺は自宅に帰る。その時なら」
「Да」
約束はできた。あとは渡すだけ。
クリスマス・パーティーも終わり、ユウトさんがミリアを送っていったあと、私はユウトさんの部屋にいた。
室内は片付いている。綺麗すぎもせず、かといって取り立てて汚れてもいない。せいぜいいくつかの洋服が干されたままになっているぐらい。私はそのうち一つを手に取り、畳んだ。長く、大切に使われていることがわかる。
「……帰ったぞ」
「あっ……ユウトさん、お帰りなさい」
部屋主が帰宅したようだ。洗濯ものを畳み終わった私は、その時お茶の準備をしていた。私は急いで箱を取り出し、後ろ手に隠してユウトさんに駆け寄る。
「それで、どうしたんだ?」
「あの…その……」
「ん?」
恥ずかしい。いざ渡すとなると、恥ずかしさと同時に不安が募る。もしかしたら彼が気に入らないかもしれない、そんな不安が私を襲う。
ふと視線を上げると、ユウトさんと目が合った。彼の優しい視線を認識した途端、私を襲っていた様々な悪い感情が一気に取り払われた。一つ深呼吸をする。そして手に持っていた箱を取り出した。
「あの……これを」
「ん? これは……おお…」
渡したのは腕時計。超高級というわけではないが、彼に似合うと思ったものを渡した。
「……ありがとう」
ぼそりと呟かれた言葉。その言葉だけで私は救われる。ああ、彼のために選んでよかったという気持ちになる。
ふと目の前に包みが出された。顔を上げると、ユウトさんが顔を赤くして横を向いていた。包みは小さく、しかし確かな重さがあった。
「その……なんだ。……プレゼント」
受け取ったプレゼントを開く。そこには銀に輝く懐中時計が入っていた。中で歯車が回る音が確かに聞こえる。まるで心音のように、私の体に染み渡る。
「……いいのが思いつかなかった。気に入らなかったら捨てt…」
彼はその先を言葉に出せない。私が抱き着いているから、私の顔が近くにあるから。
私の口が、彼の口を塞いでいるから。
「ッ!! ……おまッ!?」
「……」
唇を放した後も、私は彼を抱きしめた。彼が愛おしくて仕方がなかった。彼に愛されたいと思った。
彼はしばらく硬直していたが、やがて腕をそっと私に回した。夜空の暗闇を包み込む、無限の星々の輝きのように。
そして私はその夜、
甘めに作りましたが、いかがでしたでしょうか?
次はハリポタのほうを更新します。