スーパーショッカーの進撃から今日で十六年になりました。
彼らの進撃を止めた謎の戦士たちは、あれから一度も姿を現すことがありませんでした。しかしながら彼らによって混乱は止められました。
特徴的な仮面をつけた彼らの足跡を追う人も未だいますが、我々政府の見解では、あのような事態にならない限り、再び姿を現すことはないでしょう。
尤も、あのような事態を再び起こすわけにはいきません。我々日本は、今後も世界各国との絆を重んじ、力による支配を行わないよう注意して国を動かさなければなりません。
現在アメリカとの会談を予定しており……
「皆さん、ご入学おめでとうございます。春は桜のほかにも美しい花が咲き、また新たな命の芽吹く季節でもあります。新たな誕生、新たな出発としてこの上なく適している春は……」
大きな体育館に新入生が集められ、恒例となる校長のありがたい話を聞く。流石に高校生ともなればボーっとして聞かない生徒はいても、他人を巻き込んで新年度早々恥をかく生徒はいない。しかし校長の話が長いのもまた事実。最初は真面目に聞いていても、次第に飽きてボーっとしだす人がほとんどである。
校長もそれはいつも通りで慣れているのだろう。調子を崩すことなく話を続け、祝いの言葉で締めくくった。式も終わり、校歌斉唱も終了した後、それぞれ教室に戻っていった。
「あー校長先生の話長かったー。おーい桜井~」
「「なんだ(どうしたの)?」」
「あっ、すまん。梨穂子の方じゃなくて京介のほう」
「なんだ?」
高校生になる前からの知り合いなのだろう、一人の男子生徒が別の生徒に声をかけた。どうやら双子なのか、男女の二人が反応したが。
「それで? どうした?」
「いや、この後暇かなって」
「……いや、すまないが今日は無理だ」
友人の誘いを聞いてしばらく考えた後、青年は拒否の答えを出した。青年とは昔からの付き合いなのだろう、友人はその答えに特に悲しむような反応を見せることなく、ただ一言「そうか」と返した。
そのタイミングで担任教師が入ってきたことによって、生徒同士の会話は一旦切られた。
「皆さん、改めまして入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任の山田真耶です」
担任と名乗る女性は、大人には見えない外見をしている。場合によっては高校生でも通じるだろう、小柄で童顔な教師だった。ただその容姿のおかげか、多少緊張で支配されていた教室内を弛緩させ、リラックスするような空間に仕立て上げた。
だがそのような空気も一変、担任から自己紹介するように言われた瞬間、再びクラス中が、いや、二名を除いて全員が緊張した。何を話すか、どう話せば周りに引かれないかなど、各々頭の中で内容を組み立てている。
「……では次は桜井さん。あ、男の子のほうからお願いしますね」
「はい」
呼ばれた青年はゆったりと立ち上がり、教室全体を見渡すように一望した。容姿は日本人離れしたものであり、身長は低く見積もっても175cmはあり、頭髪もまた日本人離れした銀色、極めつけはサファイヤのように透き通っている青色の目。目立つ要素を幾重にもはらんでいる青年であった。
「桜井京介、母はロシア人で父は日本人だ。無愛想な感じになってすまないがこれが俺の素だ、気にしないでくれると助かる。来年また同じ組になるかはわからないが、これからもよろしく」
それだけを一息に言い切った後、青年京介は椅子に座って目を閉じた。それを見た担任はオロオロとしだすが、諦めて次の生徒に順番をまわした。
次に呼ばれた女生徒が立ち上がった。
担任と同じようにおっとりとした雰囲気を醸し出し、頭髪と虹彩は茶色、セミロングの髪は背中に流している。少し丸みを帯びた顔に女子が羨みそうなそうな体系をした彼女は、先ほどの青年のように教室を一望できるように姿勢を変えた。
「初めまして、桜井梨穂子です。先ほど紹介した桜井恭介の双子の姉です。弟の容姿は母親似で私は父親似ですね。趣味はお菓子作りです。これからよろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をする少女に女子は可愛さを感じ、男子はポゥッとした表情で見とれていた。しかしそれに気づくことなく、少女は前に座る青年に話しかける。
「もぅ~ちゃんと挨拶しなきゃダメだよ京ちゃん。みんな困っちゃうよ」
「いいだろう、別に。俺はちゃんと自己紹介したろ」
「そうやって投げやりだからみんな困っちゃうんだよ~。駄目だよ?」
「あ~はいはい」
注意する姉にそれにおざなりにする弟。教室内であってもそれは変わることなく、次の生徒が自己紹介するまでこのやり取りが続いた。
◆
手に教科書が多量に入った袋を持ち、男女二人が夕焼けに染まる空の下で歩いている。同じ高校の制服を着ているのだが、傍から見ると身長差からして兄妹であるような印象を受ける。二人とも着かず離れずの距離を保ちながら帰路についている。
「えーっと、確か今日は私がキッチンだったっけ?」
「俺がホールだな。まぁキッチンにはデネブと婆さ……愛理さんがいるし、大丈夫だろ」
「む~私って信用ないの?」
「少なくとも、俺は姉さんが食べているとこしか見たことがない。菓子作りが上手いし、料理もできるのは知ってるが」
「あっ、ひどーい」
どうやら二人は実家の方でアルバイトをやっているようだ。そのためか、帰る方向も同じらしい。車の通りが多い道から、住宅街へと景色は変わっていく。そして道の一角にあるカフェ”ミルクディッパ―”へと到着した。
「「ただいまー!!(ただいま)」」
「二人とも、お帰り。入学式は大丈夫だったか? 京介はちゃんと挨拶できたのか?」
「ああもう、これで何回目だよデネブ!!」
「アイタタタ、この技の切れは侑斗そっくりだぁ」
帰るなりデネブという、カラス天狗のようなお面をつけた人物にプロレス技をかける少年。幸い今の時間に客はいないらしく、誰にも迷惑は掛かってなかった。
「も~京ちゃん、早く準備しないと。お客さん来ちゃうよ?」
「んあ? ああそうだな」
青年はプロレス技も程々にし、店を手伝う準備に入った。その後すぐにポツポツと家族連れや仕事帰りの人やらで席が満たされる。元々カフェとして経営している店であるため、席はそんなに多くない。そして最低でも30年は続くこの店には暗黙のルールがあり、食事中はほとんど会話が行われない。
このことはどの公共の場でも共通事項なのだが、この店では本来騒ぐはずの幼児ですらも、店に入ると退店するまで大人しくなるほどである。それによって、食事のマナーを身に付けさせるために、幼子をこの店に連れてくる家族連れも多い。
人気の一端を担っているのが。
「はい、ご注文のから揚げ定食です」
「焼き飯定食、お持ちしました」
「こちら、ご注文のボルシチです」
接客している店員の容姿のレベルの高さである。日本人離れした青年に、三十年も店を切り盛りしているとは思えないほどの女主人。そしてこちらもおよそ子持ちとは思えない美貌を兼ね備えた、青年よりも更に白い肌に頭髪をもった女性がいた。今はホールにいないが、キッチンにいる少女もレベルが高いため、それ目当てで来る客も少なからずいる。
「お客様、あと十分でラストオーダーとさせていただきます。注文される方はお願いいたします」
時計の短針が七を指そうとするころ、女主人の声が響いた。その声と共に、食後のコーヒーやデザートを注文する声が殺到する。しかし慣れたものなのか、それらの注文をそつなく熟す店員たち。ほとんど客を待たせることなく、最後の注文が運ばれていく。
全ての業務が終わり、客も最後の一人が帰宅し、明日の下拵えと後片付けをしていると、カフェの入り口が開いた。
カラリとベルが鳴る音が響く。キッチンで仕込みをしていた銀髪の女性が顔を出す。その顔は笑顔で輝き、元々二十代前半と思われても可笑しくない容姿が、更に若々しくなる。
扉近くまで迎えに行き、入ってきた人物の許に女性は駆け寄る。その時に手を洗うことを忘れない。
扉から入ってきた男性も口元に小さく笑みを浮かべる。そして来ていた茶色いコートと鍔が広く深い帽子を取る。
「おかえりなさい」
「……ああ、ただいま」
彼女に宿った二つの命。その二つの命が俺を繋ぎとめてくれた。死ぬべき運命にあったオレを掬い上げた。
生成された二枚のチケットは、俺と彼女が作ったお守りにそれぞれ入れて、子供たちに渡している。彼らは何であるかは分かっていないが、大切なものであることは分かっているのだろう。肌身離さず持ってくれている。
あれ以来、一度もイマジンや怪人はわかない、ショッカーも出ない。平和な十六年だった。
もう今生で、俺が変身することはないだろう。もう俺が、命を張って戦うことはないだろう。
世界は回る。時の針は規則的に刻まれる。
俺が……俺たちが今乗っているレールは、光ある未来へと続いている。
~Fin~