僕と姉貴の非日常   作:宵闇@ねこまんま

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天まで届く羽―夢呼び雀―

001

 

 

「こんばんは、天羽さん」

 

 偽姉貴、いや、天羽さんは少し驚いた顔をして

 

「……やっぱり気付かれちゃってたか」

 

 とあっさり認めた。

 

「ずいぶん沢山の生徒の『精気』を吸ったもんだね。」

 

 言い方が多少卑猥になるのは仕方がない。

 

 今はそんなこと気にする余裕は無くもないが、面倒だからしない。

 

「…『精気』?」

 

 何も知らないかの如く、首を傾けた。

 

 姉貴の姿で微妙に卑猥な言葉を使うとは…。

 

 誰得だよ。もちろん僕得だよ。

 

 …失礼、思考がずれた。

 

「私は『精気』なんて吸ってないよ、人聞きの悪い」

 

「違うの?伝承通りだと…」

 

 …確か『精気』を吸い、人を殺すのではなかっただろうか。

 

「伝承なんて知らないよ。私はみんなから『愛』を貰ったんだよ」

 

 愛…?

 

 随分抽象的な、いやピュアな表現をするもんだ。

 

 さすがは中2女子。

 

 今をときめく夢見る乙女だ。

 

 ときめきすぎて、怪異に取り憑かれたのだろうか。

 

 冗談はともかく、今回は夢を見過ぎた。

 

 いい迷惑だ。

 

「それは違うよ。天羽さんがみんなから『精気』を吸ったんだよ」

 

 意見の食い違いが目立つ。

 

「まぁ『愛』でも『精気』でもいいよ。天羽さんが生徒を襲ったんだね?」

 

 ここらで話題を転換。

 

 困った時の必殺技だ。

 

「またまた、変な事を聞くね。私は『愛』を貰ったんだよ」

 

 何を言っているのだろう?

 

「常々、変な事を言うね?」

 

「どっちがよ」

 

 え、逆に?

 

 もしかして、いやこれは確実に…。

 

「天羽さん。今、自分がどういう状況に置かれているか分かってる?」

 

「とある一件で謎の超能力を得た女子中学生?」

 

 天羽さんは精一杯お茶目に言った。

 

 間違っているのだけど。

 

 ぶっちゃけ痛い。いや、イタイ。

 

 こんな事を言うとは、もしかすると天羽さんは中二病なのかもしれない。

 

「まず、そこから否定したげよう」

 

「???」

 

「君は超能力少女じゃなく、妖怪に取り憑かれた可哀想な少女だ」

 

 可哀想、と言った瞬間天羽さんの表情は曇った。

 

 それはもう、あからさまに。

 

 例えるなら、体重を聞かれた女子の如く。

 

 …いや、僕は聞いたことないけど。

 

 一般教養である。

 

「私は『可哀想』じゃない」

 

 少し怒って言った。

 

『そこ』がポイントか。

 

「天羽さん、怪異を取り除くには2つある」

 

「はい?誰も取り除いてなんて頼んでないよ」

 

 いちいち相手にするのは面倒なので、一方的に話すことにする。

 

「1つは怪異そのものを殺すこと、もう1つは天羽さんが怪異になった原因を取り除くこと」

 

「話を聞いてよ!」

 

「2つ目はあんまり使えないんだけど、今回は適用出来るみたいだ」

 

「だから……話を…聞いてって…」

 

 言葉の勢いが無くなっていく。

 

「怪異を殺せばたぶん今は助かる。でも悩みを消せる訳では無いから、怪異はまた顕現するかもしれない。要は一時しのぎだってこと」

 

「…話を……」

 

 気のせいか涙目になってる。

 

「さて、ここで君の意見を聞きたい。どうする?」

 

「だから、この力は、誰にも渡さないって!」

 

 泣きながら、怒っている。

 

 姉貴の顔だから、かなり可愛い。

 

 まぁ偽物なのだけど。

 

「ということは殺す方向性で」

 

「いい加減話を聞けぇー!」

 

 ぶちキレた。

 

 最近の若者はキレやすいと聞くが、これがまさにそうなのだろうか。

 

 …たぶん違うだろうなぁ。絶対僕が原因だ。

 

「だってせっかく無料でお悩み相談してやろうと言うのに、それを断るんだもの。なら殺すしかないでしょ」

 

「短絡的過ぎるっ!?」

 

 リアクションがうざいなぁ。

 

 偽姉貴の分際で鬱陶しい。

 

「というか、なんで神音君はそんなに詳しいの?オカルトおたく?」

 

 彼女には僕がオタクに見えるのだろうか?

 

 だとしたら早急にイメチェンをしたいところだ。

 

「違う。他人以上、友達未満の情報屋に聞いただけだよ」

 

「へぇ、そんな人がいるんだ」

 

「うん。じゃあ今から怪異殺すから動かないでね」

 

「えっ、あ、はい……じゃなくて!だから殺すなって言ってんじゃん!」

 

 またキレた。

 

 さっきも言ったが、最近の子はキレやすいらしい。

 

 カルシウムの摂取を推奨しよう。

 

「あぁもう怒った。神音君も永遠に幸せな夢を見ていればいいんだよ!」

 

 偽姉貴(天羽さん)が両手を頭上にかざした。

 

 すると、手の上から黒い皿のようなものが…。

 

 そう、それはまさに…。

 

「…黒い気円斬?」

 

「違うっ!でも、受けてみれば分かるよっ!」

 

 そう言って、まんまクリリンのようにそれを投げてきた。

 

 受けてみれば分かるとか、実際問題なんの解決にもならないだろ。

 

 一回受けて死んでしまえば、そこで終わりだしね。

 

 そう簡単に死ぬわけにはいかない。

 

 なので、避けることにした。

 

 幸い、それは普通に避けられるレベルの速さだった。

 

 しかし、黒い気円斬のようなものは僕の5メートル前まで普通に飛び、僕の目の前で『変化』した。

 

 それは僕を包み込むカーテンの様に広がった。

 

 まるで、マジシャンが相方を布で隠すように。

 

「…時間的にはちょうど良いか」

 

 視界が黒に染まっていく中、時計が2時になるのを僕は見た。

 

002

 

 目を開くと、眼前には…。

 

「……グハッ…」

 

 天国、あるいは楽園が。

 

「あれ?しおんどうしたの?」

 

「くっ。未だに姉貴で攻めてくるか」

 

 穏やかな丘の上で、姉貴がいた。

 

 日差しが暖かい。

 

 吸血鬼なのに。

 

 姉貴は凄い格好をしていた。

 

 中世の絵画にあるような、カーテンみたいなものを体に巻いていた。

 

 体のラインがはっきりと、出ている。

 

 というか、少し透けてる。

 

 さらに着目するなら、胴体上部のある一点の自己主張が激しすぎて直視できない。

 

 破壊力は抜群だ。

 

 今にも鼻から赤い聖水が出そうだ。

 

 吸血鬼だから聖水はたぶん生死に関わるけど。

 

 まぁ、それぐらい凄いものだったと把握してくれれば良い。

 

「ヤバい、姉貴それはヤバい」

 

「それってなぁに?」

 

 可愛くすっとぼけた。

 

 はぁ、死ぬなら今が良いなぁ。

 

 きっと、人生のピークは今なんだ。

 

 そんなよしなしごとを考えておりましたよ、梛川神音は。

 

 しかしね…。

 

「ごめん、姉貴。夢って知らなきゃ、ずっとここに居たいけどそうもいかないから」

 

 これは紛れもなく夢だ。

 

 しかも叶うことのないであろう夢だ。

 

 姉貴がこんな昼間に外に出てるのが良い証拠だ。

 

 そして、2時を過ぎたので僕はまた似非サ○ヤ人になってる訳で。

 

「何言ってんの?しおん。一緒に遊ぼうよ。」

 

「本当に、まだまだ姉貴と過ごしていたいけど、時間が無いから、じゃあね」

 

 そうして、僕はこの夢と別れを告げるため、地面を強く『殴る』。

 

 すると、地面に亀裂が入る。

 

 その亀裂はそのまま空にまで続いていった。

 

 そして世界が崩れていく。

 

 この世界には僕は居られない。

 

 吸血鬼に幸せな夢は似合わないからね。

 

「にしても、あっけなかったな」

 

003

 

 また目を開けると、そこには…。

 

「姉貴に見とれ過ぎちやったかな」

 

 そこには誰も居なくなっていた。

 

 ただ窓から冷たい空気が流れていた。

 

「逃げたか」

 

 逃げられたなら追うしかない。

 

 昨日みたいに、姉貴は居ないけども。

 

 話題転換。

 

 今更ながら、本物の姉貴はぐっすり睡眠中だ。

 

 普段は夜行性のはずの吸血鬼、もとい姉貴を寝かすのは普通無理だ。

 

 しかし、1つだけ方法がある。

 

 と自慢気に言ってるが、僕自身もそれに気付いたのは中学に入ってからだ。

 

 その方法とは…。

 

 その1

 

 夕食を作る。

 

 その2

 

 食後にココアを与える。

 

 …これだけだ。

 

 これをすると、姉貴は風呂に入るのも億劫になり、すぐに寝る。

 

 しかも、とても深く眠る。

 

 となりで、添い寝をしても、起きないほどに!

 

 ……比喩です。

 

 やったことはないはずです…。

 

 …やめてっ!警察は勘弁してくれ!

 

 閑話休題。

 

 という訳で、姉貴は現在絶賛ノンレム睡眠中だ。

 

「家に籠られるとダルいから、少し急ぐか」

 

 最悪、昨日の姉貴が言ったような事をしなくてはならないかも知れない。

 

 要は家の破壊だ。

 

004

 

 ……二分後。

 

 「発見」

 

 昨日、姉貴を追いかけた時より少し、いやかなり早く走っているとあっさり見つかった。というか、のんきに歩いていた。

 

 既に偽姉貴は天羽さん本人の姿に戻っているようだ。

 

 …なんかイラッとくるよね。

 

 僕は必死に(なってないけど)走って来たと言うのに…。

 

 という訳で。

 

「待てや、オイ、ゴルァ!」

 

 おもいっきり怒鳴った。

 

 またもやキャラ崩壊してるが、気にしない。

 

 今更だ。

 

 いっそのことキャラ崩壊キャラになろうか。

 

 ……ただの情緒不安定やん…。

 

「はひっ!?」

 

 そんな僕の心の葛藤も知らず、凄い驚いたようなリアクションをしてくれた。

 

「だ、誰ですか!?」

 

 現在天羽さんは怪異のようなものなので、一般人には見えないのだけど。

 

 そんなことには、気付いていないようだ。

「はぁ?いやいや、誰って…」

 

「私の知り合いに金髪のヤンキーなんていません!」

 

 …そうか。

 

 今は似非サ○ヤ人なのか。

 

 いっそのこと、このまま隠し通すか。

 

「お、俺は悪を成敗する、その名も…」

 

 その名も…?

 

「その名も…?」

 

 天羽さんも何かを期待しているようだ。

 

 しないで欲しいのに…。

 

 やればできる子ならぬ、やってもできぬ子なのだよ、僕は。

 

「ジャスティスナイト!」

 

「……」

 

 ひどく冷めた目で見られた。

 

 温度で言えば、-275.15℃ぐらいだ。

 

 まぁ、こうなることは前世から想像していたさ。

 

 ……だからやりたくなかったんだ。

 

「…悪を成敗しに来ました…」

 

 敬語を使わなきゃいけない空気だった。

 

 故に使った。

 

 他意はない。

 

 ちなみに、ジャスティスナイトのナイトは騎士(knight)と夜(night)が掛かってるんだよ!

 

 一応、言わせてほしい。

 

 ものの数秒で考えた割には良くできたハズだ。

 

「あぁ、それならさっき向こうの路地裏にありましたよ」

 

 ひどく冷めた対応をされた。

 

 温度で言えば…《以下略》

 

「あぁそうですか。わざわざすいません……じゃなくて!」

 

 ノリツッコミを久しぶりにやった様な気がした。

 

 いやいや、さっき天羽さんもやってたか。

 

「すいません、急いでるので」

 

 天羽さんは足早に去ろうとしていた。

 

「待て待て。お前に用があるんだ」

 

「私の知り合いに正義の味方はいません!」

 

「またそこからやんのかよ!」

 

 話が脱線している。

 

 線路が途中で千切れている感じだ。

 

 いったん落ち着こう。

 

「ふぅ……」

 

 深呼吸をする。

 

「息臭いですよ」

 

 罵声を浴びさせられる。

 

「ひたすらに黙れよっ!!」

 

「五月蝿いです。速やかに胃の中に消臭剤を移植して下さい」

 

 なんで、そこまで嫌われてんだ僕は。

 

「おやおや、もしかするとジャスティスナイトさんは責めるより責められたりする方が好きですか?」

 

 ニヤニヤしながら、嘲る。

 

 ヤバい、調子に乗られておらる。

 

 ここらで一発ガツンと…。

 

「おいおい、お前いい加減にし……」

 

「世界が腐るんです。喋らないで下さい」

 

遮られた。

 

傷ついた。

 

目頭が熱い。

 

 …だが、こんなところで挫けるような僕ではない。

 

「いやいや、いい加減にしろや。お前なんか祓ってやるよ」

 

 これ以上会話したら、僕の心が殺られる。

 

「さっきも似たようなこと言われたよ」

 

「ははは、そりゃいいや」

 

 だってそれ言ったの僕だし。

 

「さっきの人には幸せな夢を魅せたけど、正義の味方さんにはそんな良いもの魅してあげない」

 

「どういうことだ?」

 

「あなたはムカつくから、あなたには悪夢を魅せてあげる。それに…」

 

「それに?」

 

「この世に正義なんてない!!」

 

 そう怒鳴り、天羽さんの背後から黒いオーラがにじみ出る。

 

 それはとても、とても暗く。

 

 ……不幸の色だった。

 

「それじゃ、最終決戦と行きますか」

 

 逝きますか、の間違いかも知れないが。

 

 天羽さんの闇が、僕と天羽さんの周りを包んでいく……。


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