視える少年と新たに輝く少女たち   作:黒ニャンコ先生

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今回から本編にして比較的スピード更新で魂抜け出る


現在のお話
普通怪獣バカみチカ(劇場版)(嘘)


『今日はまっすぐ帰ってきて! お願い!』

 

 新学期が始まって暫く経ったある日、昼ごろにチカからラインでメッセージが届いた。スタンプのおまけつきで。

 なんか面倒な予感をひしひしと感じているが、これですぐに帰らなかったらまたメンドクサイ。というかあのバカみかんの思考プロセスから考えるに勝手に上がりこんでいる可能性は十分にあり得る。なので被害の拡大を防ぐために迅速に帰宅しなきゃならねぇだろう。

 そんなことを考えながら特に問題なく家にたどり着き、家に入るとなぜかローファーが3組。……3組? 部屋に行く前にリビングに居たかーちゃんに声をかけると、ねーちゃんと曜の2人まで来ているらしい。

 ああ、道理で。仮にチカだけなら靴を脱いでそのままが大半で、ねーちゃんか曜のどっちかが靴を揃えたんだな。けど3人揃ってくる……っつーのは珍しいシチュエーションだ。学校がまだ同じで、ねーちゃんもこっちに居た頃はかなりの頻度で3人揃っていたはずだが、進学してからはめっきり減ったはず。浦女ではどうなのかしらねーけど。

 

「あ、涼ちゃん帰ってきた! おかえりー!」

「……………」

 

 自室に入ると、人様(オレ)のベッドに堂々と寝転がって黒ニャンコを抱えていたチカを捕捉。問答無用の無言でカバンを投げつける。

 

「ぶふぇっ!」

「色々とツッコミてーことがあんだが、異論はねぇよな?」

「あー……もしかして、りょーくんお怒り気味?」

「そりゃぁ、すぐに帰宅するように言われ、断り無く部屋に入り込まれ、あまつさえ我が物顔でベッドを占領されていて心中穏やかでいられるとでも?」

「どうどう、ちょっと落ち着こうか涼」

 

 極めて冷静に、そして淡々とした口調で顔が若干引きつっている曜に説明すると、冷や汗を掻いてねーちゃんが宥めようとする。

 何言ってるんだろうなねーちゃんは。落ち着いているのに。落ち着いて客観的に状況を把握し、その上で我が物顔でいるバカを叩きのめしただけなのに。

 そう説明すると、曜もねーちゃんも苦笑い。そんな顔をする理由を追求せず、ひっくり返ったチカの顔に張り付いたカバンを引き剥がし、襟首を掴んで強引に起こす。まるでネコみたいだな……。

 

「んで? わざわざ人を呼びつけておいて用件はなんだ?」

「…涼ちゃんひどい」

「もっとひどいことやって意識ブッ飛ばしてやろうか、あぁ?」

「けっこーです!」

 

 低く耳元で囁くと、チカは顔を真っ青にしながらベッドから飛び降りてそのまま正座。きちんと黒ニャンコも抱えて。

 はぁ、とため息をつき、ジャケットを脱いでベッドに投げると、そのままベッドに腰掛けた。

 

「で、改めて聞くがなんなんだ? まさか遊ぼうって理由だけじゃねぇんだろ。もしそうなら最初のラインでそう書いてあるはずだ」

「やっぱ鋭いね涼は。まあ詳しい説明は千歌から聞いてほしいんだけど……」

 

 ねーちゃんに言われ、ジロリとチカを一瞥。睨まれたと思ったのかビクッと怯えたように震えるのを曜に慰められて、チカは決意を固めて口を開いた。

 

「あのねっ、スクールアイドルはじめたの!」

「スクールアイドル……」

 

 ズイッと顔を寄せてきた分を顔を引き、じっとチカを見つめる。

 

「――ってなんだそれ?」

 

 まったく聞き覚えの無い単語に聞き返すと、チカは諸手を挙げてひっくり返りそうになった。そんなに驚くことかよ……?

 

「ええええええええっ!? 涼ちゃんスクールアイドル知らないの!? ウソでしょー!?」

「少なくともお前の一般常識とオレの一般常識が寸分違わず同一とは思うな」

「あっはは……まあそうだよねぇ。私も知らなかったんだし涼が知ってるはずないか」

「と言うか、りょーくんってアイドルに興味なさそうだもんねぇ」

 

 まあ、スクールアイドルがどういうものかは知らないと言うのは確かだが、アイドルって言うからにはあのテレビに出てるようなアイドルとかなんだろうってのは分かるけどよ。

 

「スクールアイドルって言うのは学校でアイドル活動している人たちのことでー――」

 

 熱心にチカが説明しているが、さして俺は興味も関心も惹かれないので程々に聞き流していたが、要約するとこうらしい。

 

『学校生活を送りながらアイドル活動をするアマチュア集団。全国各地にスクールアイドルのグループが存在し、同年代を中心に人気を博している一大カテゴリー。スクールアイドルグッズを専門に扱うショップもあり、中にはプロのアイドルになる人もいる』

 

 だそうだ。うん、聞いても「へえー」としか感想が出てこない。

 

「そんで? そのスクールアイドルってのをはじめて何するんだよ。淡島でも開拓して農作物育てるのか?」

「いやその認識は間違ってるって私でも分かるよ。アレって明らかにアイドルのすることじゃないでしょ」

「はいっ! 農家よりも船乗り系アイドルがいいと思います!」

「ああもう反応しないで曜!」

 

 つーか食いつくところはそこなのか曜は……って言うツッコミは置いておき、何で突然そんなのをはじめようと思い至ったんだチカは。

 

「きっかけはね……」

 

 そう言いながらタブレットを取り出してぱっぱと操作し、目当てのものを表示すると画面をオレに見せる。

 なになに……第2回Love Live!(ラブライブ) 優勝――えー……ゆず…か? なんて読むんだこれ。ロシア語?

 

「ミューズだよ! μ's!」

「……石鹸?」

「あ、やっぱり涼もそっち先に連想してる」

 

 そりゃあなぁ。ウチのハンドソープってそれだし。

 

「もぉ~! まじめに聞いてよ~!」

「はいはい、わーったよ」

 

 どんどん話がずれていくのに痺れを切らしたチカが頬を膨らませて吼えた。

 で、チカの説明を掻い摘んで聞くと、このμ'sというグループは東京の秋葉原に存在したグループだそうだ。

 過去形なのはもう何年も前に解散したからで、このグループは結成して1年足らずという超ハイスピードでこのラブライブ! の第2回大会を優勝して解散したらしい。まさに彗星のように現れて消えたと言ったところか。

 このグループは元々母校の廃校危機を救おうと結成されたもので、事実活動の甲斐あってそれまで入学希望者が右肩下がりだったのが一気に跳ね上がって毎年入学希望者が絶えない状況になったらしい。

 なるほどだいたいわかった。

 

「要するにこのμ'sってのに影響されてスクールアイドルになって学校を救おう……ってことか?」

「うん! さすが涼ちゃん分かってくれた!」

「ああ。お前が相変わらず残念なオツムしてるっていうのはな」

「……ほえ?」

 

 きらきらと目を輝かせていたのが一転、オレの言葉の意味が分からず目を点にするチカ。

 チカたちの通う浦の星女学院の状況は俺も聞き及んでいる。生徒数が激減してμ'sの属していた学校と似たような状況に陥っていることも知っている。

 ……が、このμ'sの学校と違う最大のポイントは、浦の星女学院の統廃合が確定している。という事だ。

 つまり廃校は確定されて覆ることはない。どうがんばってアピールしても、だ。

 

「それはー……まあ、チカが考えても仕方がないし」

「どうせお前のことだからノリと勢いだけで決めたんだろ」

「ぎくっ」

「けどそれだけじゃどうにかなる問題ばっかじゃねぇだろ。アイドルやるってことは人前に出て歌ったり踊ったりするんだろ?」

「そ……それはもちろん!」

「その曲は? 作詞に作曲、あとダンスはどうするんだ?」

「ぎくぎくっ」

「仮にそれがクリアできたとしてもライブをするならステージも必要になる。会場の確保は? その設営は?」

「ぎくぎくぎくっ」

 

 淡々と、チカが見過ごしてきた問題点をピックアップして掲示する度、言葉の槍がチカの胸に突き刺さっていく。他の2人もそれらの解決策を提案できずに目を逸らしていた。

 とどのつまり、この内浦でスクールアイドルってのをやるというのが大前提でありながら最大の問題になってる。こんな所までわざわざ見に来てくれる人間がいるかも怪しい上に、イベントが出来ても精々が漁協で、来るのはじーさんばーさんくらい。これが沼津ならハードルが少し下がるだろうが……ウチの学校にスクールアイドルなんてあったか? 多分ねーか。

 

「……りょーくんは千歌ちゃんがスクールアイドルをやるの反対なの?」

「否定も肯定もしねーよ。ぶっちゃけて言えば他校のオレに関わりないことだ。だがこの問題をどうにかできないのに活動なんて出来るのか?」

「まあその通りなんだけどさ……その割りにずいぶんトゲのある言い方じゃない?」

「そりゃねーちゃんたちがチカを甘やかしてるから、オレが現実を見させてやってんだろ」

 

 けどそれはいい。こういう役回りなんて気にならねーし。

 

「……つか面子は? まさかチカだけってやつか?」

「えっとー……曜と私も誘われて、一緒にやろうってことになって」

「……それマジ?」

「うん。マジ」

 

 俄かに信じがたい言葉がねーちゃんの口から飛び出して、思わず目を瞬かせる。

 開いた口が塞がらない……ってこういう事なんだな。アイドルとは縁が無さそうな2人がアイドルになるって、誰が予想できんだ。

 

「曜ってお前、確か水泳部に入ってたろ? 辞めたのかまさか」

「辞めてないよ。水泳部とスクールアイドルの掛け持ち!」

「お前が体力の上限不明の体力バカってのは知ってっけど、やれるのかよ?」

「さりげなく私バカにしてるよね!? ま、まあそれはともかくやれるよ。やれるし、千歌ちゃんと一緒にやりたい! ちっちゃい頃から一緒に夢中になれることをしたいって、ずっと思ってたから!」

 

 あー、二兎を追うものは一兎をも得ずって言葉があってだな……けど意思は固いらしい。

 

「……ねーちゃんは?」

「最初は私もそんなに興味が無かったんだけどね……まあ、どうにかなるかなって」

「……はぁ」

 

 楽観的なねーちゃんの考えに深くため息。昔からねーちゃんはチカに甘い。砂糖よりも甘い。血を分けた弟を差し置いて姉妹みたいに仲がいい。いや嫉妬とかしてねーから。

 

「………………」

 

 徹底的に問題を突きつけてやった結果、チカは俯いて黙り込んでいた。おい、そこの2人。「千歌(ちゃん)を泣かせた……」みたいに半眼で見るんじゃねえよ。オレは何も間違ったこと言ってねーだろ。

 

「……う」

「あ?」

「うっ――――がぁー!」

 

 本当にいきなりだった。顔を上げたチカが何の脈絡もなく吼え、その場にいたオレたち3人はぎょっと目を丸くする。

 そのまままっすぐにオレへ飛び掛り……腕を掴んで捻り、腹と頚椎に軽く1発叩いてベッドの上にねじ伏せたが。

 

「ぐへっ!」

「いきなりなんなんだよテメーは……怪獣か? ついにケモノを通り越して怪獣にレベルアップしたのか? オツムが残念なまま普通怪獣バカみチカになったのか?」

「うぐぐ…っ! だって涼ちゃん、さっきからヘリクツばっかじゃん! 先の事なんて今考えたってなんにもわかんないよっ、チカはやりたいって心の底から、本気でそう思ったの! あのμ'sみたいに輝きたいって! だからやるっ! ぜったい、ぜーっっっったいにやるの!」

 

 ねじ伏せられながらも、顔だけはオレに向けて力説するチカ。

 その熱意だけは認めてやりたい……が、それだけじゃどうにも出来ないからオレはああ言ったんだ。

 

「ほら、涼。そのくらいにしてあげたら? 心配してくれてるのは分かったからさ」

「心配? りょーくんが?」

「さっき涼が自分で言ってたでしょ?『オレに関わりないことだ』って。それでもああやって言ったのは私たちが途中で挫けて、やっぱりやらなければ良かったって思ってほしくないから……違う?」

「いやいやいや、なに「涼のことなら何でも分かるんだから」みたいににっこり笑って言ってんだよねーちゃん」

「そりゃぁ実の姉だからね」

 

 いや胸張って断言すんなよ……どうにもねーちゃんがいると調子が狂う。

 

「……まあお前らが何やってようがオレには関係ねーけどさ。そんなにやりたいなら俺に言う必要ねぇだろ。なんで他校のオレにわざわざ言ったんだよ」

「それは……涼ちゃんにも手伝ってほしいなぁって思っ「却下無理お断りパス」即答!?」

 

 ねじ伏せていたチカを離して、捻られていた腕を摩りながら涙目で言いかけていたのを全て言う前に拒否。

 ガーンッ! とあからさまなショックを受けているチカに嘆息し、ベッドを離れイスに座った。

 

「オレだって暇じゃねーんだよ。むしろ免許取るために勉強していて忙しいんだ」

「免許? また何か取るの?」

「普通自動二輪免許をな。通学には使えねーけど所持の禁止はされてないし」

「でもなんでもう1つ免許とろうって思ったの?」

「………………」

 

 ごもっともな疑問を問われ、つい口を閉ざした。

 元々取りたいと漠然とは思っていたが、きっかけは去年、ねーちゃんが水上バイクと船舶版の普通免許を取ったとカミングアウトしたこと。

 それがなんつーか、悔しいというかなんと言うか……いくらセットで取れるんだと説明されてもやはりちょっとした対抗心みたいなのが芽生えて、「とりあえず免許だけでも」と親を説得してなんとか普通自動二輪を受けることを許された。

 けど曜に言ったとおり、所得は許可されているがウチの学校は原付しか通学に使えないし、取っても乗れるかどうかは現状非常に怪しいんだが。

 

「……別に。取っておいて損はないからな」

「ふ~ん……」

 

 内心を悟らせないよう、平静を装って返す。

 幼馴染み2人はそれ以上追及しなかった。が、ただ1人ねーちゃんはニヤニヤと含みのある笑みを浮かべていた。

 ……イヤな予感をひしひしと感じる。

 

「ねえ、涼。私たちを手伝ってくれない?」

 

 そう言いながらずいっと、顔を近づけるねーちゃん。けど何度言おうがオレはやることがあっから無理だと――――

 

「――手伝ってくれるなら、おじいに口添えして新しいバイク買ってくれるよう頼んでみるけど」

「――――――――――」

 

 ふぅっと、耳元でねーちゃんの姿をしたアクマが実に魅力的なことを囁いた。甘い、砂糖菓子のように甘い甘美な響きが脳全体を支配していく。

 

 …………………………。

 ……………………………………………………。

 ………………………………………………………………………………。

 …………………………………………………………………………………………………………。

 

「――具体的にオレはなにをやりゃいいんだ?」

(あ。堕ちた)

(さすが果南ちゃん)

 

 なんかチカと曜が生温かい目で見ているが、あえて気にしないでおこう。

 

「で、どうなんだよ?」

「あっ、えっとー……涼ちゃんって曲作りって無理、だよね」

「できるわけねーだろ。よしんば出来ても……そうだなぁ、「ピストル」みたいな曲を作ってお前ら歌えるか?」

「えええぇー……せめて「マリア」をチョイスしてよ」

 

 露骨にイヤそうな顔をする曜だが、「SPELL MAGIC」をチョイスしないだけマシだと思え。真っ先に浮かんだけど。

 

「曲……曲かぁー……そうだよねぇ、曲をどうにかしなきゃだよねぇ」

「曲はこっちでどうにか考えてみるから、涼にはライブをやる時に宣伝してもらったり、ステージの設営を手伝ってもらったりとか力仕事で手を貸してもらうってことでいい?」

 

 それくらいなら異論はない。むしろそれで見返りからすれば破格も破格だろ。

 ……ただその前に、曲の問題で立ち往生している現在その日が来るのがいつになることやら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その日はそのまま一向に進まずお開きになり、3人が帰ってから俺は着替えてランニングに出ていた。

 いつものように連絡船乗り場まで来て一息ついていると、視界の隅に何かを捉えてもう1度そちらを見た。

 

(なんだあれ? こんな時間に女があんな場所に1人?)

 

 背中からじゃ顔までは見えないが、髪の長い女が膝を抱え込みぼーっと淡島の方を見ている感じだった。

 一瞬あやかしじゃないかと警戒したが、気配を探ってみる限り正真正銘生きた人間らしい。明らかに落ち込んでいるオーラが見えるが。

 地元の人間には見えないし、旅行者か……? なんかトラブってそんな自分に自己嫌悪ってところか?

 まあ自己嫌悪に陥るのは勝手だが、暗くなるし女1人は危ないだろうから早めに帰ったほうがいいと思うけどな。

 

(まっ、オレには関係ないか。とっとと戻ろう――)

「はぁ~………………」

 

 背を向けて立ち去ろうとしたが、背後から重い溜め息が聞こえて足が止まる。

 いやいやいや、もしかして妙な気を起こそうとしてないかオレ? 仮にここで声をかけたりすればアレだろ? ナンパとかと勘違いされるだろ? イヤだってそんなのキャラじゃないし。

 ただここで何も見なかった振りをして、数日後テレビのニュースで「悲劇! 旅行先で強○に遭う!」みたいな事件があって、心当たりあったらそれはそれで気分が悪くてイヤだぞ。

 

「……おいアンタ」

「ひっ…」

 

 あー、やっちまった……。もういいや、なるようになってしまえ。そんな諦観の思いを抱きながら女の背中に声をかける。

 が、掛け方がマズかったのか女の方がビクリと震え、恐る恐るといった感じで顔を向けた。

 ……やっぱり地元の人間じゃねーな。かといってあやかしでもやっぱりない。

 

「あー……いや、いきなり声をかけて驚かせたと思うけどさ、暗くなる前に帰った方がいい。女が1人で夜に出歩くのはやっぱり危険だろ」

 

 出来る限り怯えさせないよう、穏やかな口調を努めて彼女に説明する。それでも女はビクビクしたままこっちを見続けて、何か言いそうな素振りを見せない。

 ……もしかして外国人ってオチはねーよな? オレ英語喋れねーよ。でも話しかけたら普通に反応したし日本人だよな。

 一応忠告はしたし、これ以上関わる必要はねーかぁ……?

 

「あー、分かった。ここに居たいなら好きなだけ居てくれ。無理強いはしねーから」

「ぁっ……あ、あのっ!」

 

 素直に両手を挙げて降参の意を示し、背を向けて今度こそ立ち去ろうとしたらいきなり声をかけられて僅かに振り向いた。

 

「ご…ごめんなさい、いきなり声をかけられてビックリして……地元の方、ですか?」

「ああ……そうだけど。アンタここら辺じゃ見ない顔だし、旅行者か?」

「い、いえ。私、今日からここに引っ越してきて……」

 

 まだ警戒心が薄れないものの、それでも彼女は事情を説明してくれた。

 曰く、親の都合で東京からこっちに引っ越すことになり、先に引越し先に行き荷物を受け取っている親に遅れて電車に乗って来たものの、土地勘がないため迷いに迷ってここで途方に暮れていたらしい。

 

「携帯の地図アプリ使えば良かったんじゃないか?」

「それが…途中でバッテリーが切れてしまって」

「ここで途方に暮れていたのを、オレが見かけたと」

「うぅ……ごめんなさい」

 

 旅行者じゃなくて新しい住民だったわけかよ。親も親で途中で迎えに行くって言う考えは無かったのか……?

 

「あー、引越し先の住所は分かるのか? 何か目印になるものとか」

「そ、それなら住所を書いたメモが……あっ! これです!」

 

 彼女がスカートのポケットから1枚の紙切れを取り出してそれをオレに差し出し、受け取って住所を見る。

 ……なんだ、この住所チカんちの近所じゃねーか。これで街の方だったら難しかったけどどうにかなりそうだな。

 

「あの……場所分かりますか?」

「ああ。知り合いの近くだここ。案内できるけどここからだと少しかかるがいいのか?」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

「んじゃさっさと行こうぜ」

 

 ぺこりと頭を下げる彼女を促し、オレたちは歩き出した。

 これといった話題があるわけでもなく、ずっと黙ったまま薄暗くなりつつある道を歩き続ける。そもそも初対面の相手に話すことなんてあるか? オレは別にこのままでも問題ねーけど。

 ただやっこさんは気まずそうで、しきりにチラチラと見ているようだが……。

 

「………………」

「…………………」

「……………………」

「………………………」

「…………………………」

「………………あ、あのっ!」

 

 沈黙を破って彼女が声を上げた。

 チラ、と背後を一瞥すると、目が合った瞬間ビクリと……怖いなら声かけなきゃいーだろ……。

 

「い……いい天気ですねっ!」

「……は?」

「………………」

 

 なんか意味不明なことを言い出して思わず聞き返したが、ハッとなって恥ずかしそうに俯いてしまう。

 なんなんだこいつ……分からない。謎過ぎる。

 

(あ。そう言えば……)

「なあ、今更だけど良いのかよ?」

「……。え?」

「いや、見ず知らずの男の話を信じてのこのこついてきて。何かされるとか危険性を考慮しなかったのか?」

「……………ぁっ」

 

 別に彼女をとって食おうとか言う魂胆は毛頭無いんだが、それでも見ず知らずの男の話をあっさり信じてついてくるってのはよっぽど肝が据わってるのか。

 ……などと考えていたらそんな可能性なんてミクロたりとも考えていなかったらしく、彼女はさーっと顔を青くするとがたがたと震え始めた。

 

「考えてなかったのかよ……」

「わ…私をどうかするつもりですか……!?」

「いやしねーよ。そんな魂胆あったならわざわざ訊ねたりしないだろ……ヘンなやつだなあんた」

「ヘ……友達からはよくのんびりしているって言われるし、自分でも自覚はありますけど……」

「自覚してるならちょっとは気をつけたほうがいいぞ。途中でオレが信用できなかったら……この道を道なりにまっすぐ行って、左手に消防署が見えたらその隣に駐在所あるから駆け込めばいい」

「……わざわざ自分で言うんですか?」

「面倒事には慣れてっからな」

 

 皮肉っぽく笑い飛ばし、さらに歩き続ける。別に悪事を働いているわけでもねーし、身の潔白は……あ、何度も少年課の世話になってるからなぁ。非はないとは言え。

 

「くすっ……ヘンな人ですね」

「あ? 変人に変人呼ばわりされたくはねーんだけど」

「わ、私は変人じゃないです!」

「変人じゃなくても抜けてるのは確かだろ。人に道を聞いてさっさと住所の場所に行くとか、いくらでも方法があったのにあんな場所で座って黄昏てたじゃねーか」

「……貴方って、性格悪いって言われてませんか?」

「結構な。自覚もしてる」

「はぁ……ヘンな人に頼んじゃったなぁ……でも人相はともかく悪い人じゃないみたいだし」

 

 ボソッと聞こえないように小声で言ったらしいが、バッチリ聞こえてるんだよな。

 別に捻りあげても構わないが、あえて皮肉にしておくか。

 

()()()()()()()()()()()()()

「ひっ……!?」

「別にとって食おうとかいう腹積もりはねーよ。ケンカ売られたら喜んで買って、自衛という名でグループ何個か潰してるがな」

「実はかなりの不良とか……?」

「根は善良な市民でありたいと願ってる」

 

 まあ、叩きのめした結果、その噂がさらに噂を呼んで目をつけられてんだけどさ。別に犯罪とかやってねーからな?

 ……そう言えば普通に話してるな。さっきまでずっと黙り込んでたのに。

 

「ところで……まだかかるんですか? 結構歩いたと思うけど……」

「あー……いま駐在所を過ぎたし、松月まで来たから200mちょっと、ってとこだな」

「結構、歩くんですね……」

「ここから沼津までに比べたらたいしたことねーだろ。ココにはなぜか男子校だけがねーからオレは毎日原付走らせて街の学校まで通ってんだぞ?」

「私は絶対根を上げそうです……」

「見るからに体力なさそうだもんな、アンタって」

 

 若干息切れを見せている彼女に、オレは肩を竦めて言ってやった。普段から走りこんでいるからこの程度で疲れねーし、他の奴らだって……いや、身近に居る異性は除外しておこう。特に曜とねーちゃんの2人は。

 それに彼女の場合は長旅や迷い歩いたってのもあるだろうし。

 

「っと……十千万まで来たか……住所だとこの辺りだが」

 

 気づけばチカの家までやって来ていて、歩く速度を緩めて改めてメモの住所を見てみる。この周囲に彼女の家があるはずだが……。

 

「あ……多分、あそこだと……」

 

 同じように周囲を探していた彼女が、目に留めた一軒家を指差す。

 前から空き家だったはずの家だが、今は玄関に灯りがついていて人が居るようだった。

 念のためその家の前まで言ってみると、表札には桜内と名前があり、間違いなく彼女の家らしい。

 

「ありがとうございました……本当にお世話になって」

「別に見返り求めて世話焼いたわけじゃねーよ。見て見ぬ振りした結果事件に巻き込まれてしまったら気分悪いからやっただけ。ただの気まぐれだ。んじゃな、さっさとこの土地に慣れて迷子にならないこった」

 

 深々と頭を下げる彼女――えっと、桜内某? に素っ気無く返して踵を返す。顔を上げた彼女が何か言っていたが、面倒だから走って逃げた。

 これ以上関わる必要もないし、ただオレが気分悪くないからやっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。地元の人間って言ってもまた会う可能性はそこまで高くねーだろ。

 

 

 ――なんて高を括っていたものの、暫くして本当に再会し、しかも結構な頻度で顔を合わせる事になるのをオレはまだこの時点では知らない。




・桜内某

はぐらかしているようでまったくはぐらかせてない今回のニューカマー。

流れ的にはGマガをベースに色々変更した。

声をかけてきた涼に戦々恐々としながらもなんとか奮闘するが結局から回りしてしまう若干天然でのんびりした女の子。


・ようちかなん

涼の幼馴染みにして実姉のトリオ。千歌と曜にとっても(実の弟を差し置いて)姉妹みたいに仲が良いとか(弟談)

千歌がスクールアイドルをはじめると宣言して曜も同調。そんな2人を放っておけないと果南も加わり、涼に協力してもらおうとしたが……。


・涼

スクールアイドルをはじめようとする千歌たちを現実的&ネガティブ思考で一蹴した主人公。Gマガ9月号においてどこかのよし……ヨh……堕天使が千歌に対していった問題点等を挙げた。

否定的だったがそれはいざやって失敗して挫折した時に後悔してほしくないという思いやりの裏返しだと実姉は推察して、本人は否定しているが姉はそうだと確信している。根拠は姉の勘。

結局活動に関してはノータッチ、自身は普通自動二輪免許を取るために勉強していてそんな暇はないと一蹴したが、姉の提示した取引によって陥落した。


チョロ甘。


・普通怪獣バカみチカ

完膚なきまで涼に論破されて凶行に走ったチカっちの暴走形態()。

その実力は普通の名に恥じず、返り討ちにあって秒殺されるほど。

当然ビームは放てない。

由来はアニメ1話で本人が自称した普通怪獣ちかちーから。最初はそのまま使おうとしたのにこんなになった()


・果南

今回の最大の功労者であり同時にエースを殺すジョーカー。涼の心理を的確に分析・把握し弱点を突いた。

さすがねーちゃん、そこにシビれる! あこがれるゥ!



・農家兼アイドル

かなりまな板だよコレ!


・「ピストル」「マリア」「SPELL MAGIC」

涼が好んで聴く曲。全てAcid Black Cherryなのは作者が好きだから。特にSPELL MAGICはMVがいろんな意味で素晴らしい。

マリアはともかく、あとの2つみたいな曲を提出されればそりゃ抵抗がある。

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