視える少年と新たに輝く少女たち 作:黒ニャンコ先生
浦女に近いとある神社、その駐車場に原付を止めてオレはシート下の収納スペースから荷物を取り出して社に向かう。
「おい、いるのか?」
「そんな大声で言わなくても聞こえているぞ、涼」
と、いきなり音も無く1人の男が姿を現す。上下ともに黒と青のライダースーツを身につけ、顔の上半分を狐面で覆うというなんともアンバランスな格好をした男だ。
もちろん突然現れたのだからこいつも人間じゃなくて妖怪や幽霊の類に違わない。ずいぶんと現代的な服装である上に人間とほとんど変わらないように見えるんだが。
「ほれ、差し入れ。サンドイッチとハンバーガー」
「……いや、一応こんな面をつけている上に神社なんだから油揚げって選択肢は無いのか?」
「お前が稲荷神でここが稲荷神社なら考えるが、流れ者な上にここは稲荷神社じゃないだろ」
「まあそうだが……いや、ありがたく貰おう」
この妖怪……って言うよりは幽霊のほうが正しいか。名前は狐の面を付けているからオレは【キツネ】と呼んでいる(まんまだな)。本当の名前はあるらしいが、「明かすつもりは無い」というからオレが勝手に付けた。
さっき話したとおり、キツネはこの神社の守り神ではない。そもそも信仰が薄れている現代で神社に守り神がどれほど残っているやら。顔を隠す理由も名前を明かさない理由もオレにはそこまで興味は無いけどな。
面で隠れていて表情は読み取れないが、反応的になんとも複雑そうなキツネは俺の差し出したビニール袋を受け取ると中を漁る。まあ……普通のあやかしはコンビニのパンとか食わないよなぁ。
もっともこうして差し入れを持ってきたのはきちんとした理由があるんだが。
「さっさと食って、始めるとしようぜっと。この後も予定あっから。ノーアポだけど」
「何だ、デートでもあるのか?」
「なじみの寺で鍛錬だっつの」
「熱心だな……モグモグ」
そりゃ、鈍らせていたらいざという時に生き残れないからな。
「最近は……襲われる回数こそ減ったが、完全に無くなったわけじゃねぇんだし。
差し入れのハンバーガーを頬張っているキツネに、入念な準備体操を行いながら返し、体操を終えてから両手にオープンフィンガーグローブを嵌めた。
こちらが準備を終える頃にはキツネも差し入れを食べ終えていて、几帳面にフィルムをビニール袋に入れて賽銭箱の後ろにひとまず避けてから、軽く体を解すように動かす。
オレの目的はこっちだ。少なくとも知り合いの中では貴重な『組み手』が出来るから、こうやって差し入れ持ってきて交換条件として組み手の相手をしてもらっている。
何しろ格闘技で、おまけに使うのが
他の方法は……イメージトレーニングか。割合としてはこっちの方が多く、相手はいつもオレにこれを教えてくれたおっさん。実力が違いすぎて未だ黒星続きだけどな。
「……しかし食事してすぐに運動をさせるのはどうなんだ?」
「食後の運動と思えばいいだろ」
「それにしては激しいがな」
文句を言いつつも律儀に付き合ってくれるあたり、こいつも結構義理堅い。おまけにあのおっさんに並ぶ体術の使い手と来てる。
まあこっちは中国武術の使い手だが、異種格闘技みたいな扱いでいい経験になっている。確か詠春拳……とか言う流派らしい。日本でメジャーな中国拳法といえば八極拳、八卦掌、太極拳……辺りになるか。
「今日こそは1本とってやりたい所だけどな」
「簡単に取らせるつもりは無いぞ」
ゆっくりと拳を握り、顔の両側に立てるようにして構える。オレも似たような形の構えを取るが、手を半開きにしていた。
「………………」
「………………」
ゆっくり、すり足気味に間合いを調節しつつ、相手の出方を伺う。これはオレの行動方針であって、先に攻撃を受けてから反撃に出る自己防衛を目的としている。聴取された時の言い訳もしやすいし。
すると案の定キツネの方が先に仕掛けてきた。突き出された拳を払いのけつつ突き出された腕を絡め、回り込みつつ拘束しようとするが払いのけられ、そのまま回し蹴りを繰り出す。
それを受け止めつつ、受け止めた足を掴み思い切り投げ飛ばした。投げられたキツネは器用に空中で一回転して地面に着地し、微塵も堪えた様子は無い。
本来CQCはその場にあるありあわせの物――それこそ角材や紐、ナイフとフォークにいたるまで――も活用していくのだが、今回はそういった道具類は禁止にしている。
「ふっ……しっ!」
「っ……はぁっ!」
流れるようなキツネの連携を防ぎ、受け流し、かわし、隙を見てカウンターを狙うがどれもこれも有効な攻撃にはなっていない。キツネの攻撃が苛烈さを増していくが、それでもまだ動きは追え、反応もできる。「お前は動体視力と反射神経、そして反応速度が優れている」とはキツネの弁だ。
いつまでも防御していたら埒が明かないのは分かっているが、キツネはなかなか隙を見せない。詠春拳は動作をコンパクトにするのが特徴らしい。確かに動きをコンパクトにすれば次の動作へも素早く移ることが出来る。辛うじて隙を見出しても即座に阻まれるから厄介なんだよ。
だがこうして技術を腐らせず、なおかつそこらのチンピラを相手に技をひけらかすような物ではなく、逆に磨くことが出来るのは貴重な経験ということに変わりない。
「ちっ……」
「(とった!)……せぁっ!」
ラッシュの最中に一瞬だけ生じた隙を逃さずカウンターを割り込ませる。このまま決める――、っ?
「がっ!」
「甘いな」
決めたと、入ったと思ったカウンターはあっさりと防がれ、そのまま背中に強烈な肘鉄が打ち下ろされた。
ああ、クソ……今度のは通ったと思ったのにダメだったのかよ。
「俺に届かせるには、まだまだ足りないな」
「今のは結構いい線いったと思ったんだけどな……先はまだ長いか」
「少なくともよほど特殊な状況下でない限り、ただの人間に遅れをとる事はないだろう。低級中級のあやかしも……まあ対抗できるだろうな」
「上級なんかと鉢合わせしたら一目散に逃げるっつーの……よっと」
キツネが差し出した手を掴み、引き起こされた――その反動を利用して無造作に突きを放つ。が、見透かしていたかのようにキツネは容易く突き出された拳を受け止めた。
「不意打ちも失敗だな。他にまだ手の内を隠しているなら出しても良いぞ?」
「あー……無理だ無理。完全に打ち止めだ」
不意打ちすらも通らなかったんじゃ今回も負けを認めるしかねえな。これで黒星何個になったんだか……。あー、白星はいつになったら付くんだろうなぁと遥か先のことを考えながらコンビニで買ってきたスポーツドリンクを取り出す。
「そう言えば涼、お前俺の技を盗んだな?」
「ングッ、ングッ……なんだよやぶから棒に」
「さっきの組み手だ。俺の動きを盗んで覚えただろう」
キツネの指摘を受け、あーそのことかとオレは納得した。
確かにさっきの組み手の最中、オレはキツネの動き――つまりは詠春拳の動きを一部に使った。とは言ってもきちんと指導を受けていない見よう見まねの模倣だが。
「長いこと組み手の相手してもらってんだ、師事してなくても見続ければ覚えるだろう」
「それをきちんと形になっているあたり、やはりお前にはセンスがあるんだろうな。だがCQCはどうした」
「もちろんメインはCQCさ。けど世の武術家には複数の流派を修めたってやつも大勢居るだろ?」
「まあ、そう言われるとそうだがな……だが俺に指南してくれと言われても無理だぞ」
「あー、その辺りは気にしなくていーわ」
どうせ見て覚えるし。わけもなくそう答えるとキツネはやれやれと肩を落とした。
実際に教えてもらわなくても、数え切れないほど組み手を行ってきたんだから記憶に焼きついてい模倣は十分可能だ。実戦で使うにはまだ鍛錬が足りてないが不意打ちに使えるレベルだけどな。
「っし休憩終了。あと2、3回は付き合ってもらうからな。次は詠春拳の比率高めてやってやる」
「熱心だな……だが良いだろう、相手になってやる」
そうこなくっちゃ。ってことでボトルを賽銭箱の裏に置き、待っていたキツネの正面に立って構える。
詠春拳に関してはオレとキツネとじゃ天と地ほども力の差があるんだし、胸を借りる気持ちで盗めるだけ技を盗ませてもらうか……!
※
キツネとの組み手を終え、ゴミをまたコンビニに寄って捨てたり飲み物とかを買って休憩を挟んでから、その足で次の目的地へ――完全な余談になるがその後3戦やって0勝3敗に終わった。それでも得られたものは多いんだけどな。
目的地の入り口で原付を止め、ヘルメットを脱いだところ、門を潜ってきた1人の女子と目が合った。
「あ。涼さん」
「おう」
こいつはこの寺の住職の孫娘で、名前は国木田花丸。オレはマルって呼んでいて、『視える』のを知ってる数少ない人物だ。無論こいつ自身は視えるわけじゃない、普通の文学少女だが。
「今日住職は居んのか?」
「うん。またお爺ちゃんに修行を?」
「ああ。怠ったりするわけにもいかねぇだろ」
この寺の住職、つまりマルの祖父には力の使い方で昔から世話になっている。そうは言っても世の中視えない人間の方が圧倒的大部分を占めていて、マルの祖父もどちらかと言えば視えない側だ。
けど長く仏の元で修行を積み、徳を積み重ねた僧は法力という力が備わるという。逆にオレみたいな特異体質は『神通力』と呼ばれ、また別物だとか。住職の受け売りだけどな。
似て非なる力とは言っても力の制御に関しては共通。格闘技だって『型』があるんだし、そっちに当てはめれば分かりやすいかもな。
「……そう言えば涼さん、この間のことですけど」
「この間? 何の話だ」
「この前、嵐があった日ずら!」
あー、思い出した。そう言えばあの日にマルをふざけてからかってたっけな。
「それがどうかしたか?」
「『どうかしたか?』じゃないずら! いきなり泊めてくれなんてどういうつもりだったんですかっ!」
「……あの時説明したとおり?」
「だ、だからってぇ……」
悪びれた様子もなく、しれっとしたまま返すとマルはげんなりしたように肩を落としてしまう。
実際迂回して帰るならマルの家がオレんちよりも位置的に近くなる。おまけに知らない間柄でもないし、ただ寝泊りする分には問題ないだろ。実行に移してねーけどさ。
「じゃあマルは嵐の中迂回して何時間もかけて帰らなきゃいけない知人がいて、自分の家よりもマルの家に避難するほうが近いから泊めてくれと頼まれても無碍に断る薄情な奴だったんだな……」
「そうは言ってないずらぁっ! そもそも涼さんは男の子だし、それなら学校に宿泊手続きをとるとか……」
「フツーならそうすんだろうけど、オレが夜の学校に留まれると思うか?」
「そうでした……」
オレの能力を知っているがゆえに、マルは追求することなくがっくりと肩を落とす。
「それに男女の問題だとか言ってるが、オレがマルにナニかすると思ってるのかよ?」
「それは……涼さんはそういうことはしないって思いますけど」
「なのにマルはそういう風にオレを見ていたのかー、いやーショックだ。悲しいなぁ」
「……微塵にも悲しんだりショック受けてないですよね」
「まぁな」
あっさり返すとマルはジト目で俺を見て、はぁ、とまたため息混じりに肩を落とした。
そもそも俺がそんなことで悲しむような人間じゃねぇんだし、むしろ悲しむより殴ってるほうだ。だけど別に殴ろうとするほど怒ってるわけでもないし、気にも留めねえけど。
「つかお前、これからどっか行くのか?」
「…………ずらっ」
なんとなく気になっていた疑問を問うと、マルは一瞬硬直してからだんだんと顔を青くしていく。
基本、本の虫というか文学少女と言うか、暇があれば何か本を読みふけっているマルがこうして外に居るのは意外と珍しい。オレは基本的にアポ無し訪問だから、わざわざこうして出迎えに来てくれると言うこともまずない。ちょっと顔を出して少し喋るくらいだし。
……おまけに明らかに外行きを意識しているであろう服装はどう見てもちょっと散歩か買い物に行く、と言う風には見えないんだよ。伊達にヤンキー共に何度も因縁つけられて複数対1の状況で返り討ちにしたり、あやかしや霊相手にブッ飛ばして退散させてきてねえんだ、洞察力甘く見んな。
「そうでした……これから友達と出かけるんだったずらぁっ!」
「ならオレを相手にしてないでさっさと行きゃいいものだろうが……遠いなら乗せてくぞ?」
「だ、大丈夫ずら! バス停で待ち合わせだから走ればまだ間に合いますずらっ! あと原付は2人乗りってダメだったはずずら!?」
チッ。知ってたのかマルめ。確かに50cc以下の原付(正確には原付1種)は2人乗りが禁止されている。仮に50cc以上の原付2種ならタンデムもOKだが、適応される免許も違う上にどっちにしろ取って1年未満じゃ禁止されてる。つまり、どっちにしろタンデムダメ、ゼッタイ。
……しかーし、マルのやつ相当テンパッてて「ずら」って言いまくってんなぁ。
「あーはいはい、わーったよ。まあ転ばないように気をつけて急げよー」
「は、はいっ! それじゃあ失礼するずらっ!」
勢い良くオレに頭を下げ、急いで走っていくマル。……けどおっそい。間に合うのかアレ……まず転ばないか見ていて危なっかしいし。
だが内心ハラハラしていたオレの気持ちとは裏腹に、マルは転ぶことなく角を曲がって姿が見えなくなる。
「……ま、オレが心配しても仕方ねーかぁ」
こっちもこっちで用事済ませるとしよう、と門を通って敷地に踏み込む。
マルのじーさん、つまりこの寺の住職に会うと、なぜか淡島最中をご馳走してくれた。なんでも知り合いが差し入れてくれたとか。
そんな感じで時折面倒が舞い込むが普通の日々を過ごし、年が明けて無事に進級してから暫くし――
とある日、チカが頼みごとがきっかけにオレたちの物語が始まる――いやお前、オレを巻き込むんじゃねぇよ普通怪獣バカみチカ。
「ちょっと! チカにまたヘンなあだ名つけないでよ!?」
「うっさいお前今回出る予定ないのに出るなバカ」
・キツネ
上下共に黒のライダースーツを着込んだどっかのシスコンライダーみたいな風貌をしたあやかし。本当の名前は不明で、涼は狐面からキツネと呼んでいる。
詠春拳の達人で、涼とは親しく組み手の相手をしてもらったりする仲。その実力は涼も敵わないレベルで、「おっさんと同じかその次に強い」とのこと。
やたらと人間味溢れていて好物はサンドイッチやハンバーガーなど、ジャンクなフードがいいらしい。
・カッパ
世にも珍しいCQCを使うカッパ。
・詠春拳
中国武術の1つ。日本ではあまり馴染みが薄いかもしれないが仮面ライダーゴーストのアクションで詠春拳の要素が取り入れられていたり、かのブルース・リーが門下に入ったりしていたとか。
かなり実戦本意な武術らしく、徒手拳術以外にも刀を使った技もあるらしい。
・涼の戦闘センス
動体視力や反射神経、反応速度に優れていて、動きを何度も見たとはいえ教えられずにキツネの技を真似てみせる器用っぷり。本人は不意打ち程度のレベルと言っているが、キツネから見れば十分実用レベルの域に達している。
・国木田花丸
前回チラッと、今回ようやく本人登場。涼の秘密を知っている数少ない人物で理解者。
おっとりのんびりしているが、たまに弾けるものの基本常識人寄り。涼にはいろんな意味で可愛がられている後輩。
・普通怪獣バカみチカ
多分次回つけられるチカっちの新たなあだ名←