視える少年と新たに輝く少女たち   作:黒ニャンコ先生

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サンシャインアニメ放送開始!……え、始まってる?あっ……そうですか。


ねーちゃんとシャイ煮ー

「えー、急だが天候の悪化で今日の部活は中止、完全下校になった。と言うことで全員ホームルーム終了後真っ直ぐ帰宅するように」

 

 担任の説明を聞き流しながら窓の外に映る風景を見遣る。昼ごろから空はどんよりと曇りはじめ、6限は終わる頃には雨風が激しくなっていた。

 そんな中にSHRでの担任からの報せにも、「まあ当然だよな」と1人納得している。

 そもそもオレには関係の無い話だ。部活に所属しているわけでもなく、授業が終わればそのまま帰宅――

 

「それと松浦、お前は国道414号線を使っていたな?」

「え? そうっすけど」

「海岸沿いの道は高波の危険があるので通行止めだ」

「あー……」

 

 そりゃそうだ。いつも通学に使っているあのルートは完全に海沿い。こんな悪天候にあの道を走れば確実に波に飲まれる。

 なら迎えに来てもらうか、あるいはバスと言う手もあるんだが……きっとバスも人でごった返すだろうし。

 

「どうする? もし帰宅が難しいなら学校に泊まるれる手続きをするが」

「いや、それは勘弁してください。全力で断ります」

 

 学校に寝泊りなんてそれこそ正気の沙汰としかいえないだろう。いや、普通の人間なら気にしないだろうが、オレみたいな人間が泊まれば確実にヤバイ。

 となったら親に迎えを頼むか、大きく迂回して帰宅か……。まあ最初に聞くのは親だよな。

 

「とりあえず親に迎え頼めるか聞くんで、電話してもいいっすか?」

「ああ、構わないぞ」

 

 一言担任に断りを入れ、スマホを取り出して電話帳から母親に電話をかける。

 

「あー、もしもし? オレだけど。悪いけど迎え頼める?……ねーちゃんからも迎え頼まれてる? じゃーオレ後でいーわ。ん、わかった」

「親御さんはなんだって?」

「迎えに来てくれるって行ってました。迎えが来るまで学校に残ってても良いですよね?」

「ああ。他にも迎えを頼んでいる生徒がいるからな」

 

 そうと決まれば有り難い。原付を置いてくのは不安だがそれよりも身の安全のほうが優先だ。

 けど来るまでどうやって時間潰すか……あ、そだ。久しぶりにマルをからかってみるか。

 善は急げと言う事で、さっそくからかうターゲットにラインでメッセージを飛ばす。

 

『おーい』

『涼さん? どうしたの?』

 

 すぐに既読がつき、相手から返信が飛んでくる。

 《国木田花丸(くにきだはなまる)》。オレが世話になってる寺の孫娘で、俺の霊能力を知っている数少ない相手だ。ちなみに1個下で後輩。

 

『頼みがあるんだけど、今晩そっちに泊めてくれ』

『意味がわからないんですけど!?!?』

 

 おー、期待通りの反応だ。ここでバラしてもいいんだが、もうちょっとだけ引っ張ってみるか。

 

『今日嵐だろ? 国道が通行止めになったから頑張って迂回して帰るけど、家まで厳しいからいっその事お前んちに泊まる方が手っ取り早いよなぁって』

『だ、だからっていきなりはオラも困りますよっ!』

『だよなぁ。――まあ冗談なんだけど』

『……涼さんは意地が悪いです』

 

 文章でのやり取りだからどんな顔をして言ってっかは分からないが、きっと半眼で入力してるんだろうなぁって事だけは予想できる。

 そもそもレインコート積んでるっていっても、マルの所まで行くにはこの天気と迂回ルートを考えると3時間以上は掛かるんじゃないだろうか。これなら迎えに来てもらう方が安全で早いって明らかだ。

 

『とりあえず迎えが来るまで暇つぶしに付き合ってくれよ』

『別にいいですけど……』

 

 こうやって時間潰しに律儀に付き合ってくれる辺り、結構いいやつだ。特に暴走バカ2人と付き合いが長いとマルの方が遥かにマシだと思える。

 あいつらも少しは見習って落ち着きを覚えろと。………………無理か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ったのは7時をとっくに過ぎた頃だった。

 雨の勢いは凄まじく、短時間で全身濡れて不快指数がマックスだったオレは、帰って来るなり荷物を部屋に置いて風呂に入ろうと脱衣場に行き――――

 

 ガチャッ

 

「え…っ?」

「ワッツ?」

 

 戸を開けると、一糸纏わぬ2人の姿がそこにはあった。

 誰かが来るなど想像もしていなかったかのように2人は振り向いた体勢のまま固まっている。

 そして、戸を開けたオレ自身も目の前に広がる光景に頭が真っ白になり、その体勢のまま固まってしまう。

 1人は……見間違えるはずがない。オレの姉である《松浦果南(まつうらかなん)》。もう1人のは見たことがない。っつーか金髪じゃねーか。

 そういや、ねーちゃんの裸なんて何年ぶりに見たっけ。っつーか同年代の異性の裸なんか―――ァアアッ!?!?!?!?

 

「っく!」

 

 ようやく我に返った俺は飛びのき、そのまま引き戸をあらん限りの力で閉める。

 スパァンッ! と大音量を響かせて脱衣場が遮断され、そのまま全速力で自室に駆け込んだ。

 

「なんで? なんでねーちゃんが裸でいたんだよ!? つかなんでねーちゃんいるんだ? じーさんちで暮らしてるはずだろ! あとあの金髪の人も誰なんだよ!? つか思いっきり裸見たんだけど覗きかこれ!? 犯罪? けど意図していたわけじゃないし冤罪だよなぁ!?」

 

 頭の中がパニックになって自分でも何を考えているかわけがわからねぇ!

 

「涼! 涼ったら!」

 

 その時、ドンドンとドアを叩く音に我に返る。

 振り返るとほぼ同時にドアが開き、顔を赤くしたねーちゃんが部屋に飛び込んできた。

 ……バスタオル1枚で。

 

「ちょっ……なんて格好してんだよねーちゃん!!」

「仕方ないでしょ! 急いでたんだから!」

 

 急いでたからってその格好はねーよ! いくら姉でも恥ずかしいわ! いや見てるこっちが恥ずかしいってのもヘンな話だけど!

 

「いや……さっきのは事故だ! 完全に俺の不注意でまさかあそこにいるとは思わなかったんだよ!」

「それはまあ、分かってるよ。涼が堂々と覗く趣味なんて持ってないのは分かってるしキャラじゃないし。でもほら、鞠莉もあそこにいたし、裸見たことに関してはちゃんと謝ってよ?」

「わ、わーってるよ……それより早く服着てくれ。目のやり場に困るんだよ」

「ねーえー果南ー? まだウェイティンー?」

 

 と、視界にねーちゃんの姿を入れないようにしていた矢先、日本語と英語が混ざった言葉と共にさっきの金髪がひょっこり姿を現した。

 しかも、ねーちゃん同様バスタオル1枚で。

 

「ぶふっ――!?」

「ちょっ、なんで来たの鞠莉ぃ!?」

「だってー、このままウェイティンしてたら風邪引いちゃうもの。マリーたち着替えがないから果南のブラザーに服を借りるって話してたじゃない」

「そうだけど涼は男の子なんだし、こんな格好で来ちゃマズイって!」

「Oh、ソーリー! でも果南だって他人のこと言えないわよ?」

 

 ……なんだこの状況は。ねーちゃんと金髪の女がバスタオル1枚で俺の部屋で言い争ってるって。

 だがひとまず、2人の言い分は分かった。俺はわいわい騒いでいる2人を無視してクローゼットを空け、適当にシャツやらスウェットやらを2人分引っ張り出して2人に投げる。

 

「とりあえず服着ろ。話はそれからだ」

「サンキュー! でもショーツがないとヘンな感じ――」

「い・い・か・ら! 部屋に行くよもうっ!」

 

 まだ何か言いたげな……えっと、確かねーちゃん鞠莉って言ってたっけか? を強引に引っ張って部屋を出て行った。

 まるで嵐みたいだったな……なんで屋外と屋内にも嵐が来てるんだよ。

 

「…………っくし!」

 

 身体が少し冷えてきて、思わずくしゃみが出てきた。

 ……頭冷やす意味も含めて風呂に入ってこよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、なんでオレの部屋にいんだよ」

 

 務めて、可能なかぎり冷静に、オレの部屋で入り浸っている2人に問う。

 風呂から上がって部屋に戻ったら、なぜか勝手に入られたりしていれば不機嫌になるのも当然だっつの。

 

「ごめん、私の部屋って何もないからさ……」

 

 まあ確かに? 普段はじーちゃんちで暮らしてるからこっちの家にあるねーちゃんの部屋にはほぼ何もない。たまにこっちに帰って泊まる時は着替えなりを持ってきてるからな。

 ねーちゃんはまだいい、百歩譲って許そう。ねーちゃんだけ、ならな。問題はなんで鞠莉って人もいんだよ。

 

「あなたが果南のブラザーよね? 私は小原鞠莉。マリーって気軽に呼んでいいわよ★」

「……松浦涼っす。さっきは知らなかったとは言え覗いてしまいどーも申し訳ありませんでした。で、一応窺いたいんですが、どうしてあんたまでオレの部屋に入り浸っていやがるんでしょうか?」

「だってブローイングだったんだもん」

 

 ぶろーいんぐ? 何の意味だと首を傾げていると、鞠莉とかいう人が「退屈って意味よ」と教えてくれた。

 

「私のパパってイタリア系のアメリカ人で、私も何年か海外にいたからまだ英語が抜けきらないのよ」

「あーそーっすか。それでねーちゃんも突然なんでこっちに来たんだよ?」

「母さんから聞いてないの? この嵐で船が出れないって話だから、今日はこっちに泊まることになったって」

 

 ……言われてみれば連絡取った時そんなこと言ってたな。けど他にも居るとは聞いてなかったと思うが。

 

「私と同じで鞠莉も淡島に住んでいて、今日は帰れないしそれなら家に来る? って誘ったんだよ」

「……あそこって民家あったか?」

 

 ねーちゃんが普段住んでいる淡島っていうのは、すぐ目と鼻の先にある小さな島だ。いわゆるリゾート島ってやつで、俺たちのじーさんが経営しているダイビングショップ以外だと水族館やホテルしかなかったはずだが……。

 

「私はホテルに住んでるのよ」

「は?」

「驚くのも無理はないけど、鞠莉は本当にホテル暮らしなんだよ。あのホテルって鞠莉のお父さんが経営してるホテルチェーンの系列だから」

 

 驚きすぎて言葉も出ねーよ。いや、俺には関係ないからどうだっていいけど。

 とにかく事情は理解した。が、入り浸られるのは困るんだが。

 

「ホワイ? 何か不味い事でもあるの?」

「別にないっすけど、遠慮とか気を使ったりするとかあるんで」

「ああ、それならノープロブレム♥ ここはキミの部屋なんだから遠慮する事なんてナッシングよ♥」

 

 ……………。無言でねーちゃんを見る。と言うか睨む。

 ねーちゃんは無言で手を合わせ、頭を下げていた。

 言葉のやり取りはなかったが、そこは姉弟間の言わなくても伝わるやつと言うかそんな感じでねーちゃんの言いたいことが伝わったと思う。

 『ごめん、鞠莉ってこんな子だから慣れて』――と。

 だがそう頼まれた所で即座に適応しろってのが難しい話だ。だってオレ、この人苦手なタイプっぽいから。

 だからと言ってこんな嵐の夜に出てけと言うほどオレも冷酷非道で薄情者ではない。とにかく震える手を握り締めて抑え込み、どうにか冷静に、れ・い・せ・い・に、なろうと努力する。

 

「ね…ねえ涼、何冊か漫画借りていってもいいかな? 部屋で読みたいんだ」

「えぇー? それなら涼の部屋でリードする方がいいでしょ?」

 

 これ以上俺を怒らせないよう、ねーちゃんが冷や汗を掻きながら案を出したが、それはあっさりと唇を尖らせた鞠莉のブーイングで却下された。

 いや確かに正論かもしれないがそれで男子高校生の部屋に入り浸るって言うのは女子高生としてどうなんだ? ねーちゃんはまだいい、千歌と曜も許せるが初対面の相手にそれを是とするってフランクすぎないかイタリアかアメリカっておおらかな国柄だっけそうなんだっけか。

 

「生憎と俺はアメコミは持ってないんで、クモの能力を得たヒーローだとかパワードスーツ来て悪と戦うヒーローが出てくるような漫画は持ってないですけどね」

「んー、スパイダーマンとかアイアンマンとかってガールズ向けじゃないし。別にそういうのじゃなくても普通のコミックで良いわよ。例えばこれってどんなストーリー?」

「妖怪と人間が共存している町で次々に起きる事件を人間と妖怪の少年少女たちが解決してくってやつっすねー」

「じゃあこっちのコミックは? この……んー……ポークチャイルド? レコン犬? これってこのぬいぐるみ……のカラー違い?」

 

 レコン犬ってなんだよレコン犬って。多分ニャンコ先生と黒ニャンコの事を指しているんだろうけど。

 その漫画はねーちゃんを始め千歌と曜も気に入ってる作品なんだが、鞠莉はぱらぱらとページを捲って眉を寄せてすぐに本棚に戻していた。

 

「涼の持ってる漫画って妖怪とか幽霊とかそう言ったテーマの作品ばっかりだから、鞠莉の趣味に合うかは……」

「んー……こう、ハートフルじゃなくてとってもエキサイティンがいいんだけど。あっ、これってバンパイアが出てくるの?」

 

 適当に目に付けたタイトルに目を輝かせてページを開く。けど思っていたのと違っていたのか明らかに落胆して元の場所に戻していた。

 

「まあ、涼だって男の子なんだし? こういうのも読みたくなる気持ちは分からなくもないわよ」

「何を考えてんのかはあえて聞かないが、その漫画は確かに最初はそういう描写多いけど終盤の内容完全にバトル漫画っすから」

「できれば最初から激しい感じがいいんだけどー……あ、これって面白そう!」

 

 そう言って今度手に取ったのは……あっ。

 黒い装束を纏ったオレンジ髪の男が表紙に書いてある漫画を手にとって、パラパラとページを捲っていくうちに段々目を輝かせていく。

 確かにこの漫画なら好みに合うかもしれない。しれないんだが……。

 

「面白いじゃないこれ! うんうん、とってもエキサイティンねっ! 気に入ったわ!」

「けどそれって打ち切り決定してあと数巻で終わりなんすけどね」

「えっ」

 

 キラキラと目を輝かせていたのが一転、ピシリと石像のように固まる。

 そりゃぁ、そこまで気に入った漫画が「打ち切り」って言われてしまえばそうなるかもしれない。ただ最近……と言うかもう5年位前からすんげーつまんない。

 いや、かろうじて代行証消失編までは許せるけど最終章が明らかにつまんないのにダラダラ続いていて、それでもまぁ購読してたけどつい最近買った最新刊に入ってた広告に最終巻の発表があって、驚きよりも当然かと納得の方が大きかったんだが。

 

「ええっ!? これってとうとう打ち切りになったの!?」

「ああ。最新刊に入ってた広告に書いてた」

 

 打ち切りの事実にはねーちゃんも驚いていた。少年漫画だけど俺が読んでいた影響で帰ってきた時には読んでいたし。ただ評価については俺と同じくここ数年のは面白くないと言っていたが、打ち切りの話は驚く事だったらしい。

 ……それよりある意味問題なのは鞠莉の方で、せっかく気に入った漫画が打ち切りって宣告されればそりゃぁショックも大きい。さっきまでのハイテンションは完全に消え失せ、別人みたいだ。

 

「そう……なんだ。打ち切りになったのね」

「あー……打ち切りになったのは確かだけど、途中までは全然面白いっすよ?」

「いえ、いいわ……サンキュー涼」

 

 フッと憂いを帯びた顔で言って、静かに本棚に漫画を戻してしまった。……言わない方がよかったか? けど結果的に大人しくなったからいいけど……なんかこう、ちょっとだけ罪悪感が湧かないでもない。

 とりあえず、BLEACHがストライクならCLAYMOREを薦めてみたらこっちも気に入っていた。気持ち最初のころよりテンション落ち込んでいたが。

 

「さてと、涼がいかがわしい本を仕入れていないか確認しようかな」

「ねーちゃんは大人しくぬら孫読んでろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、翌日。

 

「ちょっと待てコラ」

「Oh! いきなり掴んできてなんなの? 涼」

「それはこっちの台詞だ。なに人の物を持ち去ろうとしてんだ」

 

 嵐が過ぎ去って島に帰る2人を見送っていけと言われて見送ろうと玄関まで行った時、カバンから文字通り顔を覗かせていた黒ニャンコを発見して反射的に鞠莉を捕まえる。

 いったいいつの間に持ってきていたのか。いやそれはいい、問題はその黒ニャンコをどうするつもりだったのかだ。

 

「欲しい」

「はいどうぞ、って言うわけないだろ」

「えぇ~? だってこの黒キャットかわいいし欲しいもん」

「自分で買え」

「じゃあ買う」

 

 オ レ の を 買 う な 。

 

「もう、ダメだよ鞠莉」

「ああ……ねーちゃんからも言ってやってくれ」

「私だって欲しいのずっと我慢してたんだから!」

 

 突然なに言い出すんだねーちゃんは。てっきり言いくるめてくれるかと思ったら謎の主張を言い出して目を丸くしてしまうと、はっと我に返ったねーちゃんは顔を赤くして俯いてしまう。

 俺のねーちゃんは基本無頓着で、ブランド物とかにもあまり興味を示さない……千歌と曜そうだな。お前ら現役女子高生なのに良いのかそれで。いや、曜は水泳用品ではブランド物を買ったりすることもあるみたいだが、それでも買うのが競泳水着とかのあたりどっかしらズレてるが。

 じゃなくて、ねーちゃんがねーちゃんらしからぬ発言に動揺してしまった。ひとまず落ち着けオレ。

 

「じ……じゃなくて、その黒ニャンコすっごく気に入ってる子がいるから、ね?」

「む~……私だって黒キャット気に入ったのにぃ」

「い・い・か・ら・か・え・し・て・ね?」

「……Yes Mom」

 

 有無を言わさぬねーちゃんの圧力に圧され、鞠莉はカバンから黒ニャンコを出してねーちゃんに渡した。

 ねーちゃんの言うとおり、黒ニャンコが無くなったってなれば千歌が発狂……とまでは行かないが暴れ狂う可能性だって十分有り得る。あの怪獣を鎮圧するのは多大な苦労を要するから勘弁してほしい。

 鞠莉から返してもらった黒ニャンコをねーちゃんから受け取ろうとして、ぐっと……ん?

 

「……………」

「ねーちゃん?」

 

 引っ張ろうとしたらなぜかがっちり黒ニャンコをホールドされていて、目を瞬かせてねーちゃんを見る。じーっと腕に抱く黒ニャンコを見つめているねーちゃんは無表情なんだが、何かおかしいような気がする。

 

「おい、どうしたんだねーちゃん」

「あっ――ごめんごめん、なんでもないよ」

「……ならいーけど」

 

 もう1度呼びかけて我に返ったねーちゃんが腕の力を緩めて、ようやく俺の元に黒ニャンコが返ってきた。

 別に愛着があるというわけじゃないが、持ち主以上に気に入っている飼い主(なんかヘンな言い回しだが、実際こんな感じだし)が居るから黒ニャンコが所在不明となればさっきも言ったとおり暴れかねない。怪獣みたいなやつだからなあのバカみかん。

 とにかく無事黒ニャンコを回収し、部屋に置いてから改めて2人を見送りに外に出る。淡島までの連絡船乗り場までは少々距離があるが……と思っていたら連絡船乗り場に向かわず、むしろ逆方向に行っていることに疑問を覚えた。

 

「なあ、連絡船逆方向だぞ? どこに行ってんだよ」

「んー? 私のバイクこっちに止めていたから」

「ねーちゃんってバイク持ってたっけ……?」

「まあね」

 

 浦女ってバイク通学認めていたっけ? イマイチ分からず首を傾げていると、暫く歩いてその『バイク』とご対面した……んだが。

 

「……なあ、ねーちゃん」

「なに?」

「なんで水上バイクがこんな所にあるんだよ」

 

 海岸の砂浜に置いてあった1台の水上バイク。おまけにねーちゃんが制服の上からウェットスーツを着込み、思わず半眼で突っ込む。

 

「言ったでしょ? 私のバイクって」

「これが?」

「うん。私もコレで通学してるから」

「果南のウォーターバイク通学ってちょっとした名物になってるのよ?」

 

 名物って言われても、学校が違う上にここは家から反対方向だ。小さい町と言っても気づきにくい。

 

「免許なら進学してすぐに2級と特殊小型免許を一緒に取ったんだよ。えっと、涼的には原付と普通免許って言った方がわかりやすいかな?」

「まあどんな感じかはイメージできっけど……なんでまた?」

「涼が原付免許取って原付通学するって聞いたから、私も学校に申請出したんだ」

 

 聞いたから……って、そんな理由でわざわざ学校に申請出して水上バイク通学なんて世にも珍しい通学方法を手に入れたのかよ。

 つか俺より免許1つ多いな。なんでだよ。

 

「そりゃセットで取ったからねぇ。涼も取る?」

「取れねーよ。俺がダメなの知ってるだろ」

「……()()()()()()()()()

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ哀しげな顔を浮かべてポツリと一言。

 今更昔の話の話を掘り返すつもりもないし、俺はもう気にしていないし慣れてしまったんだから気にしなくてもいーのに……でも原因であるねーちゃん的にはそう流せる話じゃねーか。

 俺たち姉弟の間に漂う奇妙な空気を感じて、鞠莉は不思議そうに交互に見る。あんまり詮索とかされたくないし、ここらでお開きだろう。

 

「ほら、鞠莉も待たせてるんだしさっさと行けって」

「……ん、そうだね。行くよ鞠莉」

「んー……オーライ、分かったわ」

 

 ねーちゃんに促され、鞠莉は後ろに座るとねーちゃんの腰に腕を回す。

 

「じゃあ涼、色々とありがとね」

「ああ。今度から着替えくらい用意しておくんだな」

「なら次からは下着は用意しておくわね」

「上も用意しろっていうかオレの服借りる前提にするな!」

 

 それ以前に何故またオレんちに泊まる気満々なのか。いやねーちゃんちでもあるから当然だが、ノリノリってなんだ。

 

「次に来た時こそその黒キャットを奪ってみせるわっ!」

「う ば う な」

「ダメだよー鞠莉。あんまりそんなこと言うと急にドリフトとかするかもしれないよ?」

「うっ……果南ってばチェンジしてるぅ……」

 

 さっきまで意気込んでいたのに、ねーちゃんの鶴の一言で一気に大人しくなってしまった。なるほど、こうすれば鞠莉は大人しくなるのか。

 

「それじゃあ今度こそ、またね涼」

「シャイニー★」

 

 アクセルを回し、水上バイクが波間を掻き分けて淡島に走っていく。

 なるほど、直線距離なら確かにこっちの方が早い。水上バイクで通学したくなる気持ちも分からなくもない。いや、気持ちだけだからな。取らないし取るつもりもない。

 

「……シャイニー?」

 

 別れ際、鞠莉の残した言葉がなぜか印象に残っていた。

 

「シャイニー……シャイ煮ー?」

 

 鞠莉って黄色の目だったし、キンメダイのシャイ煮ーって……ダメだこんなの千歌と同レベルじゃねーかあんな面白くもないダジャレと同レベルのものを考えるなんて何考えてんだオレは。

 そもそもオレ、魚介類全般食えねーんだよな。なら豚の角煮……コンビニ行って買ってくるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、その後日談。

 

「………………ねー涼ちゃん」

「んだよ?」

「黒ニャンコから知らない女の人の匂いがするんだけど……ナンデ?」

「は……?」

 

 うちに曜と千歌が遊びに来て、いつものように千歌が黒ニャンコを抱きかかえた瞬間、何かが変わった。

 ただその原因が分からず、おまけにオレに対してではないから余計混乱している。

 

「くんくん……涼ちゃんでも果南ちゃんでもない。曜ちゃんはチョッパーだから絶対ないしそもそも曜ちゃんの匂いでもないし」

「犬かお前は……」

「正直に答えて! チカの黒ニャンコを寝取ろうとしたのは誰なの!?」

「千歌ちゃん……それ意味分かって言ってるの?」

 

 さすがにオレも曜も千歌の豹変っぷりにドン引きしている。

 だいたい千歌以外黒ニャンコが好きなヤツって……あ、いた。しかも盗んでいこうとまでしたのが1人。

 

「あー……そいやあこの間鞠莉が」

「鞠莉って誰!? その人がチカの黒ニャンコを奪い取ろうとしたの!?」

「お、落ち着いて千歌ちゃん! っていうかりょーくん女の子連れ込んだの!? いつの間に彼女なんてできたのさ!」

「誤解してるようだから説明するが彼女でもなんでもないねーちゃんのクラスメートだからな!?」

 

 勘違い爆弾を投下した曜に全力で突っ込み、その後2人にねーちゃんと鞠莉が泊まりに来た事、その鞠莉が黒ニャンコを気に入って持ち帰ろうとした事などを説明した所……曜は納得し、ご機嫌ナナメの千歌は帰るまでずっと黒ニャンコを抱きしめていた。




・国木田花丸

今回はちょっとだけ顔出し(顔すら出てないけど)。次回ちゃんと登場するよ!


・松浦果南

涼の姉でもしかしたら唯一の常識人……だと思うだろ?

その実曜と同レベルの体力バカ(by涼)で弟が原付通学はじめたのに触発されて自分も水上バイク通学を始めたり、鞠莉を圧迫魔で服従させたりしてる。

でも他の面子に比べたらまだ可愛いレベルだよねうん。

ちなみに本作では祖父のダイビングショップを手伝うため親元を離れている。過去に起きたある事件で涼に負い目があるらしい?


・小原鞠莉

マリーにしてシャイニー。アニメだと果南にあまりいい印象持たれてないがこっちじゃそんな事なかった。

ただ相変わらず周囲を振り回したり、黒ニャンコを巡って千歌と火花を散らすかもしれない。

その性格から涼にとっては大変苦手なタイプ。


・涼の部屋の本棚。

今時の学生らしく漫画が中心。しかし外見に反し蔵書は妖怪や幽霊、悪魔と言ったオカルトを題材とした作品が占めている。

特に周囲には夏目友人帳が好評。

・レコン犬

黒ニャンコのこと。レコンドッグで日本語で言うタヌキになる。ちなみに妖怪のタヌキはそのまんまタヌキって読むとか。


・鞠莉の気に入った漫画

つい先日最終巻発売が発表、最終話までカウントダウンを開始したBLEACH。話数的にもついに打ち切りだともっぱらの噂だが確定事項でしょ。

余談ではあるが、「最終章開始!」と発表されてから既に5年経過していてその間に連載が始まった暗殺教室は円満に完結し、HUNTER × HUNTERは連載再開してからすぐ休載した。作者もうちょっとがんばれよ。

・果南の水上バイク

G’sマガジン8月号に掲載されているサンシャインの漫画を見よう(投げ槍

・キンメダイのシャイ煮ー

鞠莉が去り際に残した一言からつい連想してしまったもの。

なお涼は魚介類全般がダメな体質でキンメダイの名前は知っていても味は知らない。だから代わりにコンビニで豚の角煮を買って帰った。

元ネタは当然ニコ生で3年生回の時に鈴木愛奈さんに送られた称号から。シャイ煮ー★


・ぬいぐるみ(その2)

涼の部屋に飾られているぬいぐるみは2つあり、1つは千歌(と鞠莉)大のお気に入りの黒ニャンコ、もう1つはチョッパーの計2つ。

黒ニャンコに対してどこかの上級大尉のようにその存在に心奪われた千歌に対し、自然と引き算で曜はチョッパーになったがなんやかんやで気に入ってる模様。

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